学校からそう遠くない神社の夏祭り。
私は鳥居の側で、唯先輩が来るのを待っていた。
「へ、変じゃ、ないよね……」
唯先輩を待ちながら、私は何度も自分の体を見下ろしては、
今日の格好をチェックしていた。
今日着ているのは、ピンクに花柄の浴衣だった。
薄い赤色の帯をしめ、浴衣とお揃いのピンクの小さな巾着を手に持って。
履いている下駄の鼻緒もお揃いのピンク。
選ぶのにも着るのにも時間のかかった浴衣姿。
着慣れていないだけに、
どうしてもおかしなところがないかと気になってしまって……
何度もチェックをしてしまっていた。
小さなホコリを見つけては手で払い、
微かなしわに気づいては姿勢を変えたりもして。
チェックが終わって「大丈夫」と呟いて……
でも一分とじっとしていられなくて、
また同じことを繰り返してしまっていた。
そんな風に自分の格好ばかりを気にしていたせいだろう、
そう唯先輩に声をかけられるまで、
私は先輩が待ち合わせ場所に来たことに気づかなかった。
突然声をかけられて、驚きに心臓が跳ね上がる。
慌てて顔を上げて、先輩に挨拶をしようとして、
「エヘヘ……」
目の前の唯先輩の姿に、私は言葉を失っていた。
唯先輩も浴衣を着ていた。
花柄の白色浴衣に、アクアブルーの帯をしめ、
手にはオフホワイトの小さなバッグを持っていた。
いつものヘアピンはなく、髪の毛は真っ直ぐ整えられている。
浴衣のためか、動きはいつもよりもずっと大人しくて、
私に近づいてくる歩幅も小さなもの。
どこか楚々とした動作が、唯先輩を大人っぽく見せていて……
私は思わず見惚れ、立ち尽くしてしまっていた。
「えっと……待たせちゃったかな?」
「い、いえ……わ、私もついさっき来たところで……」
「そう? ならよかったよぉ。浴衣選ぶのに時間かかっちゃってね。
憂がいなかったら、着るのにも時間かかっちゃうところだったんだぁ」
「そ、そうなんですか……」
「あずにゃんも浴衣なんだね、すっごく似合ってるよ!」
「あ、ありがとうございます……ゆ、唯先輩も……に、似合ってます……」
「エヘヘ、ありがと! 嬉しいよぉ」
明るく笑う唯先輩に、私はどうしても言葉少なになってしまっていた。
緊張のあまり、口がうまく動いてくれなかった。
緊張するのも仕方のないことではあった。
だって今日は……唯先輩と恋人同士になってからの、
初めてのデートなのだから。
今日は他の先輩方も、憂も純もいない。ほんとうに二人きりのデート。
緊張して、ずっと落ち着かない気分でいるのに……
この大人っぽい唯先輩は、あまりに不意打ちすぎた。
心臓の鼓動はどんどん早くなるばかり。
頬の熱さが、自分の顔が真っ赤になっていることを教えていた。
「じゃ、行こ、あずにゃん」
「は、はい……」
笑って手を伸ばしてくれる唯先輩に、
私は俯きながらそう言うのが精一杯だった。
唯先輩と手を繋いで、神社の参道を歩く。
両脇にはたくさんの出店が並んでいた。
やきそばやお好み焼き、
かき氷に綿菓子。
食べ物以外だと、金魚すくいや水ヨーヨー、射的や輪投げなんかがあった。
この前みんなで行った夏祭りと大差のない定番の出店で、
珍しいものなんてなにもなくて、
「あ、あずにゃん! あれ食べよ!」
でも唯先輩は、まるで初めてお祭りに来た子供みたいにはしゃいでいた。
浴衣のせいでいつもより動きは大人しくて、髪型も大人っぽいもので……
でも笑顔を浮かべれば、そこにはいつもの唯先輩がいた。
「もうっ、危ないですから走らないで下さい!」
小走りで私の手を引く唯先輩に、小声で文句を言う。
一緒に参道を歩くうちに、ようやく私の緊張もほどけてきてくれていた。
握った手の温かさ、浮かぶ笑みの柔らかさ、
どちらもいつもの、私が大好きな唯先輩のもので……
唯先輩と一緒にお祭りを歩ける嬉しさを、
私は素直に感じることができていた。
「はい、あずにゃん。あ~ん」
「あ、あ~ん……」
唯先輩が差し出すフランクフルトを、私は大きく口を開けてかじった。
「あ、あちゅっ……」
「エヘヘ……でも美味しいよね。
こういうところで食べると、なんかいつもより美味しく感じちゃうよねぇ」
私がかじったあとのフランクフルトを、
唯先輩が食べるのを見て、少し頬が熱くなる。
今更ではあるけれど、やっぱりちょっと恥ずかしかった。
手を繋いだまま、お互いずっと食べさせっこしているのだから、
本当に今更だけど。
恥ずかしさを紛らわそうと、
手に持った巾着を無意味に動かしたり、
唯先輩が腕に引っ掛けたバッグに視線を移したりしていると、
「そういえば……あずにゃん……」
唯先輩が、唐突に足を止めた。
「なんですか、唯先輩?」
「もう私たち恋人同士なんだし……
名前、そろそろ呼び捨てにしてくれてもいいんじゃないかなぁ、
なんて思ったりするんだけど……」
「え?」
唐突にそう言われ、私は言葉に詰まってしまった。
「で、でも私たち、学年違いますし……
呼び捨ては、その……やっぱりまだ……」
「えぇ~、恋人なのにぃ……」
「ゆ、唯先輩だって、私の呼び方変わってないじゃないですか!」
「そ、それは……で、でもあずにゃんはあずにゃんだし……
そ、それに、呼び方は同じでもこもっている愛情は増えてるんだよ!」
「じゃ、じゃぁ私も、
こもっている愛情増えてますからいいじゃないですか!」
私の言葉に言い返せなくなったのか、
唯先輩は唇を突き出して「ぶー」と言った。
「す、拗ねても言いませんからね……」
「え~、あずにゃ~ん……」
「だ、だって……その、まだ心の準備ができてませんし……」
「一回だけ! ためしに一回だけ言ってみようよ!」
「う、でも……」
「あずにゃ~ん……」
「うぅ……い、一回だけですからね……」
いろいろ言い合って、でも結局唯先輩には勝てなくて……
私は顔を俯けて、上目遣いに唯先輩を見た。
「……ゆ……」
「ワクワク……」
「ゆ……ゆ、ゆ……」
「ほらあずにゃん! もうちょっと!」
「ゆ……唯……っ」
言った途端、自分の顔が真っ赤になったのがわかった。
恥ずかしくてたまらなくなり、顔を完全に伏せてしまう。
私に名前を呼び捨てにされ、でも唯先輩はなにも言わなかった。
ずっと黙ったままで、身動き一つせず、
「な、なんか言って下さいよ!」
顔を上げて文句を言うと……
恐らく私以上に真っ赤になった唯先輩の顔が見えた。
「あ、あずにゃ……」
「な、なんで唯先輩まで真っ赤になってるんですか!」
「だ、だって……なんか照れちゃって……」
「唯先輩まで照れてどうするんですか……」
恥ずかしさのあまり、動けなくなってしまい……
私たちはしばらく、その場で立ち尽くしていた。
「……や、やっぱり、呼び捨てはまだ……」
「そ、そだね……ゆっくり、呼び方も変えていけばいいよね……」
ようやくお互い声を出し、そして笑いあう。
花火の音が聞こえてきたのは、丁度そのときだった。
「あ、花火やってるんだね! 行こっ、あずにゃん!」
「え……あ……!」
花火に気づいた唯先輩が、私の手を引いて走り出した。
浴衣のため小走りで、この前のときよりもゆっくりとした動きで……
でも見える唯先輩の背中に、
私はどうしても前のときのことを思い出してしまっていた。
この前の夏祭りの夜、
夢を見ているのだろうかと思ってしまったあのとき、
人込みで唯先輩とはぐれてしまったあのとき……
(唯先輩……!)
あのときの寂しさ、心細さを思い出して、
私は唯先輩の手を強く握り締めた。
そんな私に気づいてくれたかのように、
唯先輩は走りながら後ろを振り向いた。
唯先輩の笑顔が私の目に映った。
まるで「大丈夫だよ」って、
そう私に言ってくれているかのような笑みだった。
手を握り合ったまま、私たちは人込みの中に飛び込んでいた。
人の多さに、どうしてもお互いの姿は見えなくなってしまって……
でもだからこそ、唯先輩の手の温もりを、握る強さを、
いつもよりもはっきりと感じることができた。
私の手を、しっかりと唯先輩の手が握ってくれている。
私の手が、しっかりと唯先輩の手を握っている。
私たちの手は確かに繋がりあっていて、
「あずにゃん!」
呼ばれて気がつけば、私たちは人込みを抜けていた。
神社の裏の、人のあまりいない小さな広場に、私たちは立っていた。
私たちの手はちゃんと握り合ったままで、離れてはいなかった。
その手を、唯先輩が持ち上げた。
二人の手が顔の前に上がり、
「大丈夫だよ……もう、絶対離したりしないから……」
唯先輩は、そう言ってくれた。
同時に上がった花火に笑顔が照らされる。
キレイだと思った。
あのときのようにとてもキレイで、
でもあのときみたいに儚いとは思わない。
唯先輩の笑顔は、ちゃんと現実に、今私の目の前にあった。
しっかりと握り合った手と一緒に、私の目に映っていた。
「……私も、もう絶対離しません」
私も言って、笑顔を浮かべた。
私ももう絶対に、この手を離したりしない。
「あずにゃん……」
唯先輩に握った手を引っ張られ、私の体が傾く。
半ば唯先輩の体に寄りかかるようになって、
そのまま私たちは、花火に照らされながら、キスをした。
END
- なんか先輩方と優純が見てる気がする -- (あずにゃんラブ) 2013-01-17 22:33:48
最終更新:2010年07月07日 23:08