私にはずっと前から気になっていたことがある。
それは────
私が卒業した後の軽音部のこと………もっと具体的に言えば、来たる軽音部の新入部員、
つまりは
あずにゃんの後輩のこと。
「あずにゃん、もしも後輩ができたらどうするの?」
何の前置きもしないでストレートに聞いてみる。こういうのを単刀直入っていうんだっけ。
「えっ?……いや、どうするも何も、一緒に練習してライブをやったり…」
ちょっと戸惑ったようなあずにゃんだけど、やっぱり私が思っていたのと同じような答え
が返ってきた。
「…………ふぅん。じゃあさ、あずにゃんがギターとか教えてあげるの?」
「っ……あ、当たり前じゃないですか。」
あずにゃんは、何でそんなことを聞くのかと不思議そうな顔をしている。たしかにそうだよね。
いきなりこんな話されても、あずにゃんからしてみたらあんまり実感がないのかもしれない。
自分が後輩を持つってことに………
それに私達が卒業したら、ギターを教えられるのもあずにゃんだけになる。
あずにゃんが教えてあげれば、きっとみんな上手になるに違いない。それは、とてもうれしいこと
だし喜ばしいことで、軽音部のためにもなるはず………なのに……あずにゃんに後輩ができることを、
なぜか素直に受け入れらることができない自分がいる。なんで………どうして………
そんなの分かってる。
私は…………嫌……なんだ。あずにゃんが私以外の子にギターを教えることが………
あずにゃんがちょっぴり恥ずかしそうに、それでも優しい笑顔を浮かべながら一生懸命に教え
ている姿が目に浮かぶ………けど、その中に私はいない。あずにゃんが笑顔を向けている
相手は私じゃないんだ。それが嫌で嫌で堪らない………きっと、ギターを教えるとか教えないとかは
建て前で、本当は、あずにゃんが私の知らない子達と仲良くするのが嫌なんだ。
………そんなモヤモヤした気持ちが私の中でざわついている。胸が苦しい。
「っ……で…もさ、入ってきた子が、あずにゃんみたいにギターが上手な子だったらどう
するの?」
そうだよ………。
あずにゃんが教える必要がないくらい上手な子が入ってくれればいいんだ。
「………それは……まあ教える必要のない子だったら、話は変わってくると思いますけど……
…ってどうしたんですか、いきなりそんなこと聞くなんて……」
「………別に。ただなんとなくね……」
私の嘘つき。気になって気になってしょうがなかったくせに。見栄を張って何でもない感じを装ってる。
「でもさぁー、唯みたいにギター初心者の子だったら…っ……」
私とあずにゃんの話を黙って聞いていた律ちゃんが、私が一番考えたくないことを投げ掛ける。
「手取り足取り教えてあげなきゃね♪梓ちゃん」
「ってこら!!ムギぃ、私のセリフ取るなあ!」
そう。ムギちゃんの言う通りだ。律ちゃんの言うようなギター初心者の子が入部してきたら、
一からすべてを教えてあげなくちゃいけない。みんなが、かつての私にしてくれたように………
あ、みんなに教えてもらった私が、こんなこと考えてるなんてバチ当たりなのかな。
「それもそうだな。ギターやベースは、フォームやピックの握り方からしっかりやらないといけない
からな。律の言う通り初心者が入ってきたら、梓がしっかり面倒を見てあげてくれ。」
さすが澪ちゃん。私にギターを教えてくれた時も本当に丁寧に教えてくれたよね。でも……ごめんねっ…今の私は………
「はい!!私、がんばります。」
だめ……がんばらないでよあずにゃん……。
「おおっ、張り切ってんなー梓」
「もちろんです。がんばって私っ………」
「…………がんばらなくていいよ…」
「……へっ?…ゆ、唯先輩…?」
「おいっ、唯。なーに言ってんだよお前は。」
「…どうしたんだ唯?」
「ゆ…いちゃん…?」
……こんなこと言っちゃだめなのに……私は言ってはいけないことを言ってしまった。
「あずにゃんは……あずにゃんはがんばって教えたりしなくていいの!!……っ」
そう言うと、私はあずにゃんの腰を引いて思いっきり抱き締める。思いが溢れて止まらなくなる。
「な…///……ちょ、ちょっと唯先輩////…やっ………」
「…っ…やだよぉ……あずにゃんが私以外の子にギターを教えるなんて……だめだよ……そんなの…」
「……唯…先輩…ぁっ///」
「……ねぇ……なんであずにゃんなの?なんであずにゃんが教えなくちゃならないの?」
そう言っているうちに、私の中で何かが弾けた。あずにゃんを抱き締める力はそのままで、その耳を
ペロリと舐め上げて、首筋にも舌を這わせてみる。
「………そっ……それ…はっ…んんっ……やぁ…………だ…めっ…」
「…っ………あずにゃんは、今までも
これからもずうっっと、私だけに教えてくれれば、それで………」
「……そっ…////そんな…何言ってるんですか///んぁ…っ……そんなこと言われても……
私っ……困ります……第一…先輩は……私が教えるなんてことしなくても大丈夫じゃないですか…っ…」
あずにゃんは目にうっすらと涙を浮かべながらも、私の言葉に言い返してくる。だけど私に抱き締め
られているせいか、顔はほんのり赤く、舌を這わせる度にあずにゃんの体がピクンと動くのが分かる。
「……っ…それに………どうするんですか、先輩方は卒業してしまう…から……っ…だから………私しかいないじゃないですか……」
「……それは私が許さないよ。あずにゃんは可愛いし、ギター弾いてると、とってもかっこいいから………
…あずにゃんに教えてもらったら、みんながあずにゃんを好きになっちゃうよっ…!!そんなの………やだよ……」
「……っ//////……そんなこと…っ……ないですよ///私なんて………」
「ほら……あずにゃんには自覚がないんだよ……」
「…うぅっ……そんなっ………」
「だからね………」
私はそう言うと、あずにゃんの顔を覗き込むようにして言った。
今日の唯先輩はいつもと何かが違う。雰囲気………オーラ?みたいなものが、いつものふわふわして
いる感じではなくて、ぴりぴりしているというか。そして、後輩ができたらどうするか、なんて私が予想も
しなかったことを聞いてくる。おまけに、今の私は先輩に抱き締められていて……////…
………唯先輩は、私が後輩にギターを教えることを嫌がっていた。………なんでだろう?なんで先輩は……………
……でも、卒業してしまう先輩方に代わって教えられるのは私しかいない。
だけど、先輩はそれを許さないと言う。
それならば、誰が教えるのかと聞いてみる。すると先輩は………
「私が教えるよ!!!あずにゃんの後輩に!!」
………えっ………??先輩が教える……?唯先輩が………後輩に教える……っ……?
「!!!……なっ……っ……そっ……それこそダメですよおぉっ…!!!!」
「……っ?あずにゃん?」
思わず大きな声が出て、自分でもびっくりしてしまう。だって…………
………嫌だ…よ…っ……
唯先輩が私以外の後輩に教えるなんて………
私以外の子と仲良くギターをやっている様子を思うと、胸がちくちくする。先輩の笑顔が
向けられる相手は私じゃない。………寂しいよ……っ…そんなの………嫌だよ……っ…!!
「……っ……唯先輩、先輩は卒業……しちゃうんですよ?そんなの……無理です…」
そうだ…………
無理…だ。無理だよ。冷静に考えれば、そんなことできっこない………
「大丈夫!ちゃんと
放課後には音楽室にお邪魔するからさっ。まかせてよ」
!!………っ……自信満々な顔でそう言い切る先輩の姿は、本当にやってしまうんじゃないか……と
私を不安にさせる。唯先輩なら本当にやってしまうかもしれない……と思ってしまう。
先輩………私は嫌なんですよ………っ……唯先輩は………教えなくていいんですっ…!!
「…だからダメです……っ」
「えぇー?」
「唯先輩に教えてもらうなんて絶対に……ダメです…っ……やめて下さいよ……」
「しっ……シドイよあずにゃん……およよよよ………私だって教えられることあるのにぃ。」
あ………先輩は悲しそうな表情を浮かべてしまう。私が技術的な面から、先輩が教えるの
は無理だと言っていると
勘違いしているようだ。
「あっ………あ、いや、すみません……決してそういう意味じゃなくて………////あのっ…」
先輩に謝ってはみるものの………もうだめだ……っ………自分を抑えられない…っ……
「あずにゃん?」
「////…っ………い、嫌なんです////…私が……///…………唯先輩が他の子に教えるとか……」
言っちゃった………///言っちゃったよぉっ…////一気に体温が上がるのが分かる。体が震える。
先輩の反応が恐くて俯くことしかできないよ………
「//////………あっ…あずにゃぁあん」
チュッ
ふぇ…////………?
いっ……今のって……
…ほっぺに…き…キス…っ……///
「……/////なっ……あぅっ……唯先輩…っ//」
「あずにゃんも私と同じ気持ちだったんだねっ。うれしいよぉ~♪」
…え…っ………同じ気持ち……?唯先輩も私と同じ…………私は唯先輩がギターを教えるのが嫌……
…先輩が他の後輩と仲良くしていると寂しい……その気持ちと同じ…………ということ…は……
────……あ………そうだったんだ………。
……唯先輩も、私が先輩の知らない子と仲良くするのが嫌だったんだ。
だから…っ………あんなに………////
それが分かった瞬間…………
「ん?あれれ?あずにゃんどうしたの?顔が真っ赤だよ。う………っ……あずにゃん可愛すぎだよぉ………////」
「…!?……っ////」
「…ね……だめ…?」
耳元で囁く優しくて甘い先輩の声に、私が抗えるわけがない………
「………////う…っ…あ……も、もう勝手にして下さい……////」
「あっずにゃぁあん」
「……ぁ…っ……/////…」
これからの私達………
お互いに違う時間を過ごしたり、違う出会いをしたりするかもしれない。だけど、この想いだけは
いつ何時も変わらない。今までも、これからも………それを確かなものとして感じることができて、
さっきまでの不安は嘘のように溶けていった。そして、私のすべてが優しく先輩に包まれていった………
──────
「ったく………完全に2人の世界だなっ。っつうか、唯は無茶言うよ。本当に教えに行くつもりだったのか?」
「/////……っ……唯ならやりかねないな……」
「……うふふふふふ」
「しっかしなぁ………唯と梓があんなんじゃ、後輩ができても、誰も楽器を教えられないんじゃないか……?」
「ふふふ………それは大丈夫よ、律ちゃん」
「ムギ………でも……」
「きっと大丈夫。唯ちゃんも梓ちゃんも、お互いの不安な気持ちをぶつけ合って、新しい気持ちが
生まれているはずよ。今までの不安とはまた違う気持ちがね………。だから大丈夫よ。」
「ムギ………」
「それに、唯梓は最強よ!!!!!私達が心配することなんて何もないわ!!」
「な、なるほど………たしかに演芸大会の唯梓は最強だったよな。2人ともがんばってたし、
いいコンビだよなっ☆」
「唯梓を見てると、本当に目の保養になるわ。うふふふふふ………」
「(ムギと律の会話………微妙に噛み合ってないような………)でもまぁ…………
唯と梓は、ああやって楽しそうにしてるのが一番だな……っ……////ちょ……ちょっと恥ずかしいけど////……」
~おわり~
最終更新:2010年10月10日 17:39