「君はいいね」
「……」
「いつもあの子の愛を一身に受けて」
「……」
「付き合いの長さは一年も違うのに」
「……」
「私はあの子のことが大好きなのに」
「……」
「好きになってもらおうと一生懸命なのに」
「……」
「君はなんの努力もしてないよね」
「……」
「なのにどうして……」
「……」

今部室には私と彼女の二人きり。
だんまりを決め込む彼女に私は槍のような言葉を突き刺す。
不細工。グズ。ごくつぶし。チビ。泥棒猫。

「猫じゃありませんスッポンモドキです」

背後から声がした。
扉が開く音にも気づいてなかったんだ、私。

「……そういう問題じゃないの」
「どういう問題なんですか」
あずにゃんには関係ないよ」
「あぁそうですか」

そう言うとあずにゃんはギターを取り出してソファに腰掛けた。
どこから聞いていたのかな。ううん。そんなの問題じゃない。

あずにゃんは怒っている。

それは紛れもない事実だった。

あずにゃんは無言でギターを弾き始めた。私の方は見向きもしない。
ねぇ、いつもみたいに怒ってよ。練習してください、って言ってよ。
しかし彼女はただ「ふでペン~ボールペン~」を弾くばかり。

やり場のない思いを抱えながら私は水槽に目をやった。
私が連れてきたあずにゃんの唯一の後輩。
あずにゃんは誰よりもこの子をかわいがって、熱心に世話をして、誰よりもこの子を愛しているんだ。
最初は私も嬉しかった。あずにゃんが喜んでくれたから。でも今は……。

ねぇあずにゃん。あずにゃんはどこを見ているの?あずにゃんは誰を見ているの?あずにゃんの目が届く範囲に私はいるの?

「はぁ」

背後のあずにゃんが露骨なため息をついた。

「これでどうですか」

ふと、あずにゃんのぬくもりが私の背中に広がった。細い腕が私の胴を包む。
鼻腔に広がった香りに懐かしさを覚える。

「よくないよ~」
「あっそ」

回された腕の力が緩められたのに気付くと、私は即座に体の向きを変え、小さな体を強く抱きしめた。

駄目。離れないで。

「やれやれですね」
「そんな呆れないでよ」
「無理な注文ですね」
「お願いしますよ~」
「却下です。誠意が感じられません」
「ごめん」
「……」
「ごめんね」
「……」
「ごめんなさい」
「誰に対して謝ってるんですか」
「……ごめんなさい、トンちゃん」

私はようやく、散々嫉妬の念をぶつけてしまった後輩に謝った。

「トンちゃんは何を言われたって抵抗出来ないんです。だからいじめるのはよしてください」
「ごめんなさい、トンちゃん。あずにゃんもごめん。あずにゃんは後輩のことをよく考えてるのに私はひどい先輩だよ。先輩失格だよ」
「……」

あずにゃんは表情を変えずに私の背中に手を回した。
そして痛いぐらいに強く抱きしめてきた。

「痛いよ」
「お仕置きです」
「愛のムチって奴だね」
「もう。やっぱり唯先輩は唯先輩ですね」
あずにゃん先輩もあずにゃん先輩だね」
「来年は新入部員が入らないと廃部ですね」
あずにゃん部長なら大丈夫だよ」
「いいんですか?」
「何が?」
「私に後輩ができるんですよ。トンちゃん以外にも」
「嫌だよ」
「やっぱり」
「駄目だよ。あずにゃん」

私も腕にいっそう力を込める。
私達のシルエットは限りなく一つに近づいていた。

「私も嫌ですよ」
「えっ?」
「唯先輩、最近私に構ってくれませんよね」
「だってそれはあずにゃんが…」
「おまけに他の人に平気で抱きつくし」
「それはいつものことで…」
「大学に行ったらもっと交友範囲が広がって」
「でもあずにゃんのことは…」
「私を見てくれなくなったら、許しませんよ」

私の胸に顔をうずめていたあずにゃんがゆっくり顔を上げた。
強い意志を込めた目。でもどこか不安そうな目。寂しさを湛えた目。

私はその目をもっと見たいと思った。もっと近くで。

その目を私で埋め尽くしたかった。


距離は、ゼロになった。

「唯先輩」
「なあに」
「許しませんから」
「えぇ~」
「浮気したら、許しませんから」
「あ、そっちか」
「他に何があるんです」
「あずにゃんもね」
「はい?」
「浮気、しないでよ」
「……」


二回目。

今度はたっぷりと時間をかけて。ちょっと息苦しい。でも心地いい。
朦朧とした頭で私は考える。
私は何に不安を感じていたんだろう。結局私達はお互いを見ていたんだよね。
ただそれに気付いていなかっただけで。
これだけ近付くまで気づくことはなかった。
でも、もう大丈夫だね。

私の視界の全てがあずにゃんで覆われる前に目に入ったスッポンモドキは微笑んでいるように見えた。


END


  • 唯に罵倒されるトンちゃん……想像したら、和むなぁ(笑) -- (名無しさん) 2011-12-20 00:34:25
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最終更新:2010年10月12日 03:58