「わははは!!見ろよヘイド!こいつら弱すぎるぜ!!」
マスターの紹介でやってきたリエステール東街道で、ルドが可笑しそうに指を差すのは、キング・オブ・ザコの呼び名も高い、ゲル状のねばねばした液体でできたスライムだ。
すでに周りにはかなりの数に上るスライムの残骸と思われる粘液の塊が広範囲に渡って散乱している。ちなみに片づける気など毛頭ない。
「ああ本当だな!これで俺達が将来有望なのは決定したも同然だぜ!」
その隣では、スライムの残骸を乱造しているヘイドが意気揚々とスライムを叩きながら笑った。ぐしゃっ!という潰れる音とともに、また一つ粘液の塊が飛び散る。ついでに後始末などという考えは頭の隅にすらない。
「「ははは!俺達の天下だー!」」
高笑いをしながら数日間、その後には顔が引きつりそうな程の惨状が片づけられることなく広がっていた。
「そういえばマスター、あの二人は?」
数日前に二人を焚きつけた銀髪の支援士は、のんびりとした様子でマスターに話かけた。
「ん?おお、おめぇが焚きつけてくれたおかげで、大人しく依頼に精を出してくれてるぜ」
「そっか。それはよかったよ」
「ああ、だがそろそろ―――」
「「おっさぁああああん!!」」
どっばーん!と扉を蹴破る勢いで開け放ち、カウンターに向かって突撃してくる若者2名。
「・・・来るころだと思ったぜ」
マスターが深く溜息をついたその先には、
「もう嫌だ!なにが楽しくて毎日毎日スライムの粘液まみれにならなきゃいけないんだよ!」
「ねばねばが!体からねばねばの感触が離れねぇ!」
そこにはスライム狩りに嫌気が差した二人の喚き散らす姿があった。
そんな二人を呆れ顔で見ながら酒場のマスターは腕を組んだ。
「まぁ、気持ちは察するが小さなことからがんばってくれ」
「「同情するなら金をくれ!!」」
「これは同情じゃなくて応援だ。金は自分で稼ぐんだな」
「「ちくしょぉおおおおお!!」」
酒場のマスターの冷たすぎる(2人の主観)対応にルドとヘイドはがくりと膝をついて絶叫した。くそっ、なんて世の中だ!
「あっ!そこのあんた!あの依頼で将来が有望かわかるって話は嘘じゃねぇか!さっきそこで聞いたぞ!」
「俺達の数日間の努力を返せ!」
現場を見た人がいたなら迷惑行為以外の何物でもない努力をした二人は、新たなターゲットを見つけて近くの席で様子を見ていた銀髪の支援士に詰め寄った。
大の男にすごい剣幕で詰め寄られたにも関わらず、彼女は苦笑しながら、
「あはは、ごめんごめん。でも支援士にとって情報は大切だからね。事前の情報量が命に左右することも少なくない。・・・っていう教訓料としてどうかな?」
まったく悪びれもせずにそう答えた。
「くそっ!今に見てろよ!俺達を騙したことをたっぷり後悔させてやる!」
「てめぇらなんかこれでも喰らえバーカ!!」
ぶんっ、とヘイドが投げつけた物を銀髪の支援士が受け取ると、二人は罵声を上げながら酒場を飛び出していった。蹴破られた扉が「もう限界です」と言わんばかりに吹き飛ばされる。
「・・・あの人達、扉の弁償が自分達にくることを知らないのかな?」
「さぁな。あいつら馬鹿だからな。・・・それよりティール、おめぇ二人から何を受け取ったんでぃ?」
そういえば、と好奇心旺盛な周りの支援士たちも銀髪の支援士の腕の中にあるものを注目する。
形は人の頭くらいの大きさがある球体。青く着色されたボディには『DENGER』の文字。そして球体の上には細い紐が伸び、先端からじりじりと小さな火が燃えていた。
「・・・なんだろう、これ?」
その青い物体を抱えながら首をかしげる銀髪の支援士と同じように、周りの支援士も首を傾げた。
『・・・なんだっけ?あれ』
『うーん。なんか見覚えあるんだがなぁ』
『おい、周りの床にもそれと同じ奴が転がってるぞ』
『あいつらいつの間に・・・』
周りがざわざわとその謎の青い物体について検証していると、やがてその中の一人がうわ言のように呟いた。
『・・・なぁ、あいつら何の依頼を受けてたっけ?』
『うん?確か・・・スライムの粘液の採取じゃなかったか』
『マスター、その依頼の依頼主は?』
『爆弾を中心に扱っているクリエイターだな』
『『『・・・・・・』』』
まさか・・・と顔を引き攣らせながら、周りの支援士が銀髪の支援士からゆっくりと距離を取っていく。手に問題の物体を持っていた支援士も、だらだらと冷や汗を流し始めた。
「えっ、いや、まさかこんなところで使うはずが・・・・・・」
じりじりと燃えていた紐も、気がつけば球体の根元まで燃え尽き―――
『『『逃げろぉおおおおお!!!』』』
そんな多数の叫び声と重なるように、いくつものどっぱーんという破裂音と、それに続いてベチャベチャッという粘着質な汚い音と悲鳴が店内にこだました。
「まったくとんでもない奴らだなルド」
「ああ、精々俺達の苦しみを味わえってんだ」
酒場から飛び出した二人は、当てもなく歩きながら愚痴を言い合う。依頼報酬とトカゲの憎いあんちくしょう用に買い溜めたスライム爆弾を全部酒場で使ったので、懐は綺麗さっぱりなくなっていた。
「だけど酒場で依頼を受けてなかったのは痛いな・・・。これじゃ有名人どころか俺達の明日が危ないぜ?」
「それについては大丈夫だ」
そう言うと、ルドは懐から一枚の紙を取り出してヘイドにも見えるように広げた。
「なになに・・・『連続殺人事件の犯人捕縛依頼』?」
「さっき酒場を出る前にかっぱらっておいた。こいつを捕まえることができれば、俺達は一躍有名人だ」
「そういえば聞きそびれてたけど、その殺人事件ってなんなんだ?」
「そうだったな。まぁ、言葉通りだ。最近、リエステールの街で夜な夜な殺人事件が起きているんだ。殺害方法が同じだから同一の奴の犯行だと言われてる」
「ふーん」
紙も持ったまま、ヘイドは別の方向を見ながらルドの説明を聞く。
「で、ここからが重要なんだが、その現場を遠くから見たって奴がいてな、そいつ証言によると・・・、犯人の背中には、まるで天使のような白い翼が生えていたっていう話だ」
「てことは、その犯人は天使ってことなのか?」
「そういうことになるな。・・・で、お前はさっきから何を見てるんだ?」
「ん?ああ、・・・なぁ」
ヘイドはそう言って、いままで自分が見ていたものを指差した。
「あれって・・・天使だよな?」
「は?何を言って・・・・・・ぶっは」
ヘイドの指差した方向を怪訝そうに見たルドが盛大に吹き出した。
向かいの道の人ごみに、それは異色を放ちながら存在していた。
風になびく腰まではありそうな長い菫色のストレートヘアー。僅かに青味を帯びた眼球の中で、ルビーのような深紅の瞳が輝いている。
そして背中から生えているのは、この世にあるどんな白でも真似できないだろう、ほのかに白い燐光を放つ純白の翼。
そしてその頭上には、淡い光を放つ金色の輪が輝いていた。
遠目から見てもわかる、周囲とは明らかに違う異形の姿は、いわゆるおとぎ話などに出てくる天使―――とは少し違うようだが、頭上で放つ金色の輪と純白の翼は、明らかにその異形が天使に近いものであることを容易に想像させることができた。
「よーし!んじゃあ早速・・・」
ヘイドが血気盛んにその天使っぽい女性に突撃しようとする。しかし、ルドが肩をつかんでそれを止めた。
「いや、ちょっと待て。ここは本人に確認しておくべきじゃないか?」
「・・・そうか、もしかしたら天使っぽいだけの人かもしれないし、勘違いだったら悪いしな」
「そういうことだ。おーい、そこの奴、ちょっと待ってくれ!」
ルドがよく響く声でそう呼ぶと、天使っぽい女性は足を止めて振り返り、「?」と自分に向かってやって来る青年2人に首を傾げた。
深紅の瞳にまっすぐ見つめられて一瞬たじろいだルドだが、気を取り直すように一度咳払いをしてから女性に問いかけた。
「あー、いきなりで悪いんだが、あんたちょっと変わった格好をしてるな。もしかして天使なのか?」
「・・・・・・(こくん)」
要領を得ないルドの質問に、天使っぽい女性は一切の躊躇も見せずにあっさりとうなずいた。
数秒、何とも言えない時間が流れた。
その奇妙な沈黙の後、ヘイドとルドは一息吐いてからお互いの顔を見合わせて頷き合うと、
「ここであったが百年目ぇ!!」
「往生せいやぁー!!」
―――2人揃っていきなり天使の女性に飛びかかった。
いきなり襲いかかったチンピラ2人を見て、周囲からは悲鳴が上がる。
そして襲い来る2人の男を前に、天使の女性は目を丸くすると―――
気がつくとヘイドとルドは、汚い地面に寝転がって空を見ていた。
「・・・なぁ、ルド」
「・・・なんだ?ヘイド」
全身がボロボロの有様で空を流れる雲を眺めていたルドは、同じくボロボロになったヘイドに呼ばれ、顔も向けずにそれに応じた。
「・・・俺達、なんでこんな所に寝てるんだろうな?しかも全身が痛むし」
「さあな・・・。なにせ一瞬だったから、何が起こったのかはこっちが聞きたいぜ・・・」
「そっか・・・。じゃあ、少しずつ思い出してみよう」
「そうだな。あの時・・・確か・・・」
***
『ここで会ったが百年目ぇ!!』
『往生せいやぁー!!』
ヘイドとルドが、それぞれの武器を手に天使の女性に飛びかかった。
いきなり奇声を上げながら飛びかかって来た男2人に驚いたように目を丸くする天使の女性に、2人の刃が襲いかかる。
『『もらった!!』』
ヘイドとルドは、叫びながら勝利を確信した笑みを浮かべ、そして剣の刃が天使の女性を捉えた―――かに思えた。
ガキィン!と、硬い物同士がぶつかり合う鈍い音が二重に重なった。
『痛ってぇえええええええ!!?』
『手が!手が痺れたぁあああああああ!!?』
続いて襲いかかった激痛に、2人は武器を取り落とし、手を押さえながらのた打ち回る。
2人の刃は天使の女性を捉える寸前にその姿を見失い、そのまま硬い地面へと叩きつけられた。そして衝撃はそのまま自分達の手首や腕へダイレクトに伝わり、激痛にのた打ち回っていた2人だったが、痛みも多少引いて正気に戻った2人は、いつの間にか天使の女性の姿が2人の視界から完全に消えていることにようやく気がついた。
『くそっ!一体どこに行ったんだ!?』
『まだこの近くにいるはずだ。なんとしても探し出すぞヘイド!』
『おうともさ!』
野次馬の視線には気も留めずに、見失った天使の女性を探すように周囲を見渡す2人。しかし、ヘイドはふと、頭上から何かがひらひらと舞い落ちてくるのに気がついた。なんだ?と落ちてきたそれを掴み取ってみると、それは滑らかな質感を持つ、純白の羽根だった。そしてその直後に、後ろからバサリ、と翼の羽ばたくような音がして、そちらから不思議な響きのある澄んだ声が聞こえてきた。
『・・・・・・別に逃げてない』
『そこか!?』
『馬鹿が!逃がさねぇぞ!!』
即座に反応して声のした方向を振り向くヘイドとルド。そこには―――
『・・・・・・』
―――無言で巨大な大鎌を振りかぶりながらこちらを見る、深紅の瞳が。
『『・・・へ?』』
と、間抜けな声を漏らす2人に、その巨大な大鎌が勢いよくフルスイングで振り抜かれた。
『『ぎゃぁぁああああああああ!!?』』
悲鳴を上げながら、仲良く空を舞う2人。
空中を舞い、2人は薄れゆく意識の中で野次馬の歓声とそれに応えるように会釈をする天使の女性の姿を見ながら、重力に従って頭からまっすぐ硬い地面へ落ちて行った。
***
「・・・ていう感じだったな」
と思い出したことをまとめたルドの話を聞いて、ヘイドは頷きながら、
「なるほど。ようするに返り討ちにあったんだな」
身も蓋もないことを言った。
「まぁ、かいつまんで言うとそういうことだ」
それにルドも肯定するように頷く。
それから2人は溜息をひとつ吐くと、いままで横になっていた地面からのっそりと起き上がり、その場にあぐらをかいて座りこんだ。
「しかし、アイツ女のくせにすげぇ力だったな・・・」
「そうだよな。ルドがあんなにぶっ飛ばされるの、俺初めて見たよ」
女性1人に対して男2人で襲いかかるという外道な戦法を行い。見事に返り討ちにあった情けないことこの上ない2人は、そのまま地面に座って作戦会議を開始。
「暗い夜道で背後から襲いかかるなんてどうだ?簡単に言うと夜襲」
「夜襲か・・・。悪くはないが、まずあの天使がどこにいるのかもわからないのにその作戦は無謀じゃないか?」
「そうか、じゃあ昼からスト―キングして付けるってのはどうだ?あんなに目立つ格好をしているから、昼間に探そうと思えばいつでも見つけられるだろうし」
「夜になる前に自警団の世話になる光景が目に浮かぶようだな」
「うーん、それじゃあ・・・って、ルドもなにか考えろよ」
反論だけするルドにヘイドが文句を言うと、ルドは腕を組んで得意げに鼻を鳴らした。
「ああ、俺は奴の動きを封じようと思ってる」
「と言うと?」
「まず、奴の機動性を奪う。奴の死角から投げ縄なり投網なりを投げて奴をがんじ搦めにして、奴がもがいている隙にリンチにするんだ」
「おお、さすがルドだぜ。そんな卑怯かつ犯罪臭のする方法を考えつくなんてな」
「犯罪レベルでお前にどうこう言われる筋合いはないがな」
「でもそれって結局あの天使の場所がわかんないと無謀じゃないか?投網持って探し回るのは疲れるだけだと思うんだけどさ」
「ぐっ・・・!」
痛いところを突かれたのか、ルドの顔が露骨に歪む。
その後もあーだこーだと周囲に聞かれたらまず間違いなく自警団に通報されているだろう作戦会議を続けたが、ついに作戦のネタが尽きたのか、2人してうんうんと黙り込んでしまった。
「・・・あの」
そこへ、2人の耳に若い少女の声が飛び込んできた。
声に反応して一端作戦会議を中断した2人が顔を上げて声のする方も見ると、そこにはやはり、年が13~14くらいの気弱そうな少女が、オドオドした様子でこちらを見ながら立っていた。
「どうしたんだ?」
「なんだ?俺達になにか様か?」
勇気を振り絞るように胸の前で両手の握り拳を作り、そして一度大きく息を吸い込むと、
「あの・・・、さっき見てました!あなた方はあの天使をやっつけるんですよね!?私もご一緒させてください!!」
一息にそう叫んだ。