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チャプター9.無情 - (2007/06/19 (火) 10:48:07) のソース

―9―





ちらり、と地面に倒れこんでいるディンへと目を向ける。
先程身動きもとれないほどのダメージを負っていたせいか、それからここまで相手には見向きもされていない。
……それからここまで、それなりに時間が経っている。
自然回復だけであれば、さすがにまだ立てるような状態では無いだろうが……
「&ruby(クリスティオンクラウン){氷昌の冠}の下に――我らを覆い隠せ! ダイヤモンドダスト!!」
意を決し、エミリアは魔法を発動させる。
その瞬間、高く掲げた杖の先から噴き出した氷の微粒子が、この周囲一体を包みこむ濃霧のように展開し……
一同の視界は太陽光を反射して輝く氷の霧で満たされ、かろうじて相手の位置を把握できるような状態に持ち込まれた。
「イリス!」
「うん! ――焦熱の赤をまとう火精」
その直後、エミリアの一声を受けて詠唱を開始するイリス。
「ふんっ、これで目隠しのつもり!? ねーちゃん、いくよ!!」
「は~い。 ――万物を包む大気」
そしてそれに一歩遅れて傘を振り、これまでも数度使っていた風の魔法の詠唱に入るカノン。
視界を塞ぐ氷雪の霧――たとえそれが魔法の力で生み出されたものだとしても、強烈な突風の下では全て押し流されるだろう。
リーゼは目を凝らして周囲からの攻撃を警戒するように構え、カノンのその詠唱の防御体制に入っている。
「――猛々しきその咆哮は万象を討つ槍とならん! ファイアランス!!」
「……風精の契約の下に命ず 万象を絡めとる &ruby(ロンド){輪舞曲}を奏で……」
イリスのその手から解き放たれた火槍は、カノンに向けて真っ直ぐに飛来する。
……が、カノンは詠唱を続けながらも向かい来るその攻撃に向けて傘を広げ、その一撃の防御に動く。
「&ruby(クリスティオンクラウン){氷昌の冠}の下に――愚かなる者を打ち貫け! フェイタル・フロ-ズン!!」
しかし、その直後、霧にまぎれてまた別の方向へと移動していたエミリアが、イリスと同様にカノンに向けて上位氷槍呪文を展開。 氷の霧でやや下がっていた気温が、その杖の先に現れた槍を中心に、更に低下していくのが感じられる。
「――なっ…!? ねーちゃん! そっちだ!!」
一本の傘では”多方向からの同時攻撃には対応できない”
そして向かい来るのは中級の下程度の火槍魔法と、上級レベルの氷槍魔法。
どちらを確実に防ぐべきかは、見るからに明らかだった。
「雷華・飛燕連牙!!」
カノンがエミリアの魔法へと防御対象を変更する一方で、リーゼは双剣に宿した雷撃をイリスの魔法へと向けて撃ち込んだ。
二発の雷撃は一寸の狂いも無く火槍と正面衝突し、その一撃を相殺する……が、ほぼ同時に、カノンに向けられた”3撃目”が放たれていた。
「――ブレイブソード!!」
タイミングを完全に一致させ、攻撃する方向も全くの別方位からという、”アンブレラ”の防御特性の穴を突いた連携攻撃。
一歩早くイリスの一撃を打ち落としたリーゼも、ティールの一撃を撃ち落とすために技の後から構えなおす程の時間はとてもではないが与えられていない。
「ねーちゃ…!!」
リーゼが呼びかける中、カノンはエミリアの魔法ではなく、ティールのブレイブソードへと防御対象を切り替える。
と同時に地面を思いきり蹴り、氷槍の軌道上から僅かに身体の位置を移動させた。
「……ぅっ…!」
しかし、僅かに間にあわなかったのか、氷の淵が身体を掠め、その部位から僅かに身体が凍りつき、そのまま体勢を崩し吹き飛ばされる。
「……く……――こ…こに舞い踊れ サイクロンウェイブ」
それでもブレイブハートの一撃は傘で防御し、倒れこみながらも呪文を完成させ……一瞬大きく突風が巻き起こり、周囲を包んでいた氷の霧は一気に吹き飛ばされた。
……が、受けたダメージが響いたのかメンタルの集中は僅かに途切れ、視界が開いた時点でその竜巻は消え去ってしまっていた。
「ね…ねーちゃん…」
咄嗟に、倒れていくカノンの方へと目を向けてしまう。
「り、リーゼ……前……」
その、直後の事だった。
地面に身体を落としたカノンが、僅かに掠れた声で呼びかけ……その行動に反応し、リーゼは言葉通りの前方へと目を向け直す。
……その時、目に入った光景。
白いアーマージャケットを着込み、大きくその大剣を振りかざす一人のパラディンナイトの姿。
「………なぁ!!?」
「ディヴァイン・&ruby(フレア){F}・ブレイド!!」
その形相は、十六夜に伝えられる『鬼』の如く。
全身に先のダメージを残しつつも、全霊の力を剣に込めて降り下ろす。
――今一度言おう、”自然回復だけ”であれば、彼はまだ立てるような状態では無かった。
「くっ……ああああああ!!」
必死の勢いで、足元にメンタルを注ぎ込むリーゼ。
それに反応し、トップスピードから回転を始める車輪。
紙一重の瞬間にバックドライブで駆け出し……彼の一撃は、僅かに服の表面を切り裂いていた。




「……お前! なんで動けるんだ!?」
大きく距離を開け、斬りつけられた胸元を押さえつつそう叫ぶ。
しかし血が出ている様子もなく、その一撃は服を掠めた程度で終わっていたのだろう。
そして、その声を向けられているディンは、ぜいぜいと息も絶え絶えに全身のダメージに耐えながらも、剣を構えて仁王立ちしている。
ただ、モノを話す余裕は先程放った一撃で無くしてしまったのか、目を向けつつも何かを口にしようとする様子は無い。
「ディンはパラディンナイト、リラ系の聖術に多少は精通してる。 お主もセイクリッドなら、リラくらい使えるじゃろ」
「……!!」
その様子を目にし、彼に代わりエミリアがそう口にしていていた。
……そう、口さえ動き、メンタルと時間さえかければ、パラディンナイトでもラリラを使い、ある程度の自己回復は可能。
勿論、本職のそれには叶わず完全な治癒とはいかなかったようだが、立ち上がって剣を振る程度の体力は確保できていたようだ。
「……そうか、さっきの霧は……そいつの行動を隠すため……」
あの濃霧の中で、地面に倒れ伏している相手の行動など見えるはずも無い。
そしてその声に関しても、元々ダメージが大きく掠れるようなちいさいものならば、意図的に意識に入れなければ、戦闘中に耳に入るような事もないだろう。
「けど! まだ負けたわけじゃない!! ボクとねーちゃんが最強だって思い知らせるために――!!」
それでもリーゼのその気勢は衰えた様子も無く、胸を押さえていた手を放し、再び双剣を構えて戦闘体勢に入る。
……が、その瞬間、まるでエミリアの”コキュートス”がこの一帯全域に放たれたかのように、空気が凍りついた。
「……な、何、その顔……」
ティールはどんな表情をしていいかわからない、とでも言うように顔を引きつらせ、イリスも少し驚いたかのように……エミリアは僅かに顔を赤くつつ、ただ驚愕の表情を見せている。
そしてディンは、そんなエミリアに顔面を杖で叩かれて、先のダメージも重なりそのままその場に仰向けに倒れこんでしまっていた。
「……えっと……リーゼ、あなた……女だったの?」
「……へ?」
一瞬間の抜けた声を出し、視線を下へ。
……そこにはディンの剣閃を受け、胸元が大きく裂けた服と……その下に覗く、ほんの僅かに膨らんだ双丘。
肝心な部分までは見えていないのは救いかどうか。
「な、な、なな、だ…だだ…………」
咄嗟に、再び裂けた胸元を押さえるリーゼ。
さっきと違うところといえば、状況そのものと表情が真っ赤になってものすごい勢いで崩れているというところか。
……同時に集中も途切れたのか、両手に握っていた紫電の双剣も空気に溶けるようにして消えていってしまった。
「ダレが男だーー!!!」
もはや論点がそこでいいのかどうかもわからないが、ティールの一言がかなり気に障ったらしく、直後の第一声はそんな一言だった。
……”彼女”の後方では、地面に倒れ伏していたカノンが、フラフラと傷口を押さえながら立ち上がり、一同の下へと足を進めている。
「いや……だって男言葉だったし」
「……胸もろくに無いし、その上から胸当てで押さえておればなぁ……」
「うっ……!」
胸当て、と言ってもそれは服の上からつける男性のセイクリッドやブレイブマスターも使っている一般的な薄手の防具で、下着の事では無い。
……元々最低限の防御力しか持たないモノであり、ディンの渾身の一撃の下ではほとんど意味を成していないようだったが。
「そ、そんなストレートに言わなくても………ボクだって、ボクだってなれるものならねーちゃんみたいに女らしい体型がよかったのに!! 好きでこんな体型になったわけじゃないんだから!!」
「……リーゼ~、ちょっと~おちつきなさい~……胸なんて大きくても~男の人に変な目でみられたり~肩がこったりで大変なだけで~」
「いくらねーちゃんでも、ボクのこの気持ちが分かるわけない!! ていうかそのセリフ一回でいいから言わせろーー!!」 



「……で、戦闘はどうなんだ……」
ふらふらとよろけながら、再び立ち上がるディン。
その表情は先程と同じ苦悶のものではあったが、この状況のせいか、そこからは呆れの方が強く見てとれた。
「……とても続けられる雰囲気ではないのぉ……」
エミリアも、ふぅ、と肩の力を抜き……被っていたクラウンは消滅し、その身に纏っている雪姫のドレスも、元の黒いドレス風の衣装に戻っていった。
とりあえず、珍しく戸惑っているティールの元へと進み、彼女が被っていた自分の帽子を取り、被りなおす。



「まぁ、見たところまだ14、5歳くらい? だろうし……」
その一方で、あはは…と苦笑を織り交ぜつつ、なんとかフォローでも入れようとするティール。
……が、その一言は彼女にとっては痛恨の一撃に他ならなかった。



「これでも19歳だバカーーー!!!」

――ああ、無情

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