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鏡合わせの少女―夢の国より―:3 - (2009/01/16 (金) 06:42:51) のソース

船旅――と言っても、一般人ができるものは南北を行き来する定期船くらいのもので、沖に出ていくのは漁師だけというのが現状。

かの黒船の一件以降、海の向こう側にあると言う別の大陸の探索に向けて、長期航行といざと言うときの為の武装も施された、超大型船の建造が南北協同で行われているのは有名な話だ。
まあ、その参考の為に回収された黒船は、破損は激しいものの、今の大陸の技術力では解明が難しい領域が殆んどで、マシンナリーやら造船技術者やらは目を輝かせていたり、逆にノイローゼになっているのもいたりと大変らしいのだが。




「…………こんなのんびりした船旅、初めて……」
そんなことは一般人には、興味は出ても知ったことではなく――
定期船は、今日ものどかに南北の港を往復していた。
「海上に居るのは半日足らずだけどね」
甲板に出て、何やら感激した様子で船の舳先に立ち、気持ち良さげに両手を広げ、潮風を受けているアリス。
支援士である自分にとっては船に乗るなど珍しいことでも無いのだが、北部産まれと言うことなのだろうか?
……いや、それでは今の彼女の一言とは食い違う。
少なくとも、船旅はしたことがあるのは確かだが、“のんびりした”という観念からは大きく外れたものしか経験にないと察することができる。
「…………」
まさか、と思いついたのは『黒船』だった。
それを肯定すれば、首都の地理に詳しく無かったこと、誰も知らない菓子レシピを持っていること……そして、黒船襲来当時の事を知っていること……多くの事が、納得できる。
あのティールと友好関係にある以上は、敵の側に付いていたというふうには考えにくいが、考えうる可能性はそんなところだろう。
人質やなど、考えうる可能性はいくらでもある。
「ま、満喫してくれれば何よりか」
少なくとも、悪い人間ではない。
そう結論づけて、ベティは追求するのをやめた。
人の過去をほじくり返すような趣味はないし、必要外に疑うようなことも好きではない。

「ん?」
ふぅ、と一息つけて、アリスから目を反らし、海上へと向けたその時――――
なにやら、不自然な波が起こっているのが目に入った。
「……何かいる……?」
グランドブレイカーの延長線上にある海域は、陸側から警備することができない領域。
その理由は、南北が海路でしか行き来できないのと同じ理由で、グランドブレイカーの両端から海にかけての区域は、人も馬も通ることができないような高低差の極端な地形が続いている上、深い森になっているという侵入などとても不可能な状態なのだ。
それゆえに陸側からの警戒は不可能で、その海域を通る際には特別警戒を強める必要があるのだが
……基本的に、定期船の航行海域には海の魔物除けの仕掛けがしてあり、早々なことで大型のモノが寄ってくることなどはない。
「―――デカイ!?」
ゆえに陸付近では魔物といっても小物ばかりが多く、普段ならば魔物除けもあって定期船を襲ってくるような相手はまずいない……はずだった。
が、しかし今は明らかに海面の下に大きい何かがいる。
「……船の下に移動しましたね」
「これはもしかすると……」
その様子はアルとワルツの二人も目にしていたのか、相変わらずの冷静な調子で二人は状況を口にする。
一瞬海面に出てきた白く長い身体の魔物……・あれは……

――――ズン!

「!!」
記憶を掘り返そうとしたところで、船が大きく揺れた。
「………ワルツ!」
「ええ!」
その直後、何のためらいもなく走りだすアルとワルツ。
そしてアリスもまた何かに気がついたらしく、二人を追うようにして甲板を駆け出していた。
一瞬取り残されかけたベティだったが、冷静さはどうにか保てていたのか、即座に先ほどの揺れが何を意味するのかに気が付き、三人を追いかけだす。
もしこの予感が当たっているのならば、すでにこの船は危険な状態に陥っていることになるから……




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「シップイーター!?」
定期船船底部、そこにはすでにこの船に乗っていた支援士の内の数名がたどり着いていて、そこにいた魔物――シップイーターと戦闘状態に突入していた。
……シップイーター、通常遠洋の海域に生息していることと、魔物除けの仕掛けのおかげで滅多なことでは大陸付近までやってはこないはずの巨大魔物。
『船を喰らう者』というその名は、船底部に穴をあけて船を沈め、外に放り出された人間や荷物を喰らうというその行動から名付けられたものだが……遠洋漁業でもしていないかぎりはまず出会うことのない魔物の為に、あまり一般的には知られていない魔物ともいえるだろう。
まあ、知識としては知っている者はそれなりにいるかもしれないが。
「アリス様!」
「うん!」
アルの呼びかけに応え、アリスは懐からひとつのトランプデッキを取り出す。
また、アルとワルツは背負っていた大剣を抜き、シップイーターと戦う一団の中へと駆け出して行った。
「大型か……私も相手にするのは初めてだけど……」
それでも、船に乗り合わせた支援士の数はそれなりのものだ。
勝ち目は十分にある。
「――巡る大気、我が体躯を駆け、疾風の舞を――」
”魂の呼応(ソウル・ブースト)”
メンタルと自身の魂を共鳴させ、潜在力を引き出すベルレフォートの秘術。
使用者が所有する属性に、その効果が影響を受けるというものなので、人によって内容が変わってくるこの秘術。
ベティの主要能力は”風”――その力は、自身の行動速度を上昇させること。
「――シルフ・ブースト」
発動と同時に、敵の懐へ向けて走り出す。
海面下に逃げられれば、また別なところに穴を空けられかねない。
再び潜る前に、倒さなければ。
「……お姉さまと、同じ技……?」
「――っ!」
”同じ技”
後ろでアリスがふと漏らしたその一言が、妙に耳に響いた。
魂の呼応は、ベルレフォートの血筋に伝えられる秘術。
確かに、多少の才を要するがその気になれば使える者もいるかもしれないが……
―私が、劣ってるみたいじゃない―
同じ姿、同じ声、同じ武器、同じ能力……なのに、”向こう”の方が有名で、力もある。
名声にはそこまで興味はないけれど、ここまでくると、対抗意識のようなものは持たない方がどうかしていると思う。
「ウインド・クロスブレイク!」
風刃を纏った十字斬。
インパクトの箇所だけでなく、その周囲にも槍に纏わせた風で、無数の小さな斬撃を撃ちこむ技。
戦いの中で洗練させた、ベティが自信を持つ技の一つでもある。
「くぅっ!?」
……が、大型の相手には押し切れるほどの力がない。
Bランクでもまだ下の方でしかない自分が、上級の魔物を相手にすることなどほとんどなかったと言ってもいい。
その一撃はシップイーターの鱗に傷をつけることはできたものの、決定打になるようなものでもなかった。
「――やばっ!」
そんな戸惑いが生んだ隙。
気がつくと、シップイーターの牙が、自分に迫ってきているのが目に映る。
「フォーカード・エース!!」
「!?」
が、その次の瞬間には、”誰か”に抱きかかえられた状態で数メートルは離れた場所に立たされていた。
一瞬何が起こったか認識できなかったが、冷静になって目を上げてみると、アルの姿が目に入る。
……余計にわけがわからなくなった。
アルは、武器から見てもパラディンナイトのはず。
自分と同じドミニオンだという可能性も捨てきれないが、先ほどまでの重機動からいまの行動速度ははっきり言って想像がつかない。
「フルハウス・キング&ジャック!」
「――はぁあ!!」
次に聞こえてきたのは、先ほどと同じ、ポーカーの役の名を宣言しながら、トランプカードを手にするアリスの声と、直後に発せられたワルツの怒号。
そちらに目を向けると、先ほどとは明らかに威力の違う斬撃を放つワルツの姿。
――アリスがこの二人に何かしているのは、目に見えて明らかだった。
「戦えますか?」
「……まだ、いけるよ」
けど今は、そんな事を気にしている場合ではない。
まだ、自分の力の底まで出し切ってはいないはずだ。
まだ弱いというのは、まだ強くなれるということだから。



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「倒し……た……」
一言で言って、キツかった。
人の身から見れば大きすぎる身体を持つ魔物。
当然その耐久力も比例して大きくなるため、数で押してもずいぶんと時間がかかってしまった。
周囲ではシップイーターに開けられた穴の修復が突貫工事で行われていて、まだ運が良かったのか、穴を開けられた箇所は応急処置でなんとかなるような様子だった。
殺到していた支援士も、やれやれとばかりに船の上の方へと戻っていく。
「………動じない人たちもいるものだなぁ」
というより、まだ自分は経験が浅い方だということかもしれない。
これだけの大きな魔物と戦って、平然と引き揚げられる彼らの精神はまだ理解できそうになかった。

「――っ!?」

―――そして、少し落ち着いて自分も上に戻ろうとしたその時だった。
「二匹目!!?」
完全に、虚をつかれた。
一体目を追い出して、安心したその瞬間、また別の箇所に穴をあけて、2体目のシップイーターがそこに現れたのだ。
突貫で最初の穴を塞いでいた人達が、”あの箇所はまずい”といった感じの事を言っているのが耳にはいる。
……速攻で倒して、穴を塞がないとまずい。そのくらいは、その一言で理解できたが……
「――間に合わない」
一部上にあがって行った支援士たちも戻ってきているが、先程とは比べ物にならない勢いで浸水していくのがわかる。
どう考えても、倒そうとしている間に修理に間に合わなくなるのは明白だった。
「アリス様、ジョーカーは……」
「……ごめん、”コール”の条件もまだ満たせてない……」
「…………そうですか」
どういう道具なのかはわからないが、アリスのトランプがアルとワルツの二人の力を増減させていることは理解できた。
が、どうやらそれでも今は間に合わないらしい。
大人しく、脱出用の小型艇に映ったほうがまだ生き残る可能性はあるだろう。
そう思い、立ち上がろうとしたその時――
「狐火・白陽天照」
「鬼功・天轟一殺」
太陽のようなまばゆい輝きを放つ炎弾がシップイーターの頭部を蒸発させ、同時に一人の青年の拳がその体を一撃の下に爆砕していた。
「は……?」
人間、理解を超えた事象にはどうしても脳の処理が追い付かないものである。
突如現れた”その二人”の放ったあまりに人知を超えた一撃。
ベティとアリスも含め、その場にいた全員がその二人の姿を視界に入れたまま、完全に思考が停止してしまっていた。
「神りゅ……シン、とっとと床を治すぞ」
「ああ、沈むと俺たちも困るからな。 ギン、補助を頼む」
そんな様子などその二人は全く意に介さず、シップイーターが開けた穴をはさむような位置に立ち、同時になにかの印を結ぶ。
そして――
「森羅万象  世の理を成す意志よ  我が言ノ葉を聞き届けよ――幻想百鬼夜行――」
シンと呼ばれた青年が印を結び終えると、周囲に散乱していた応急用の木材や破片が穴に向かって瞬く間に集まり、一瞬の内に穴を塞ぐ形で固定される。
同時に、どういう魔法を使ったのか、ギンと呼ばれた少女の印で、船底部に入り込んでいた水は外へと追い出されてしまっていた。
――いや、水を追い出したのも恐らく青年の術によるものかもしれないが、こんな大がかりな作業を一瞬で終わらせるだけの魔力の供給こそが、少女のものなのだろう。
「やれやれ、たまに外に出てみればこれか」
「旅に事故はつきものだ。 とりあえず、久々に術を使って疲れたな……休むか」
一同が唖然とする中、スタスタと上へ帰っていく二人。
ベティもまたそんな呆然とする者達のなかの一人でしかなく、世の中の広さを改めて思い知らされたような気がしていた。
「……ベティさん、大丈夫?」
「ん、ああ、うん。 ……なんか、立てない……」
ほっとした瞬間に現われた二体目と、それを瞬殺してしまった謎の二人組。
唐突にとんでもない光景を連続して見せられたせいか、ベティは柄にもなく腰が抜けてしまっていた。
にもかかわらず、アリスは妙に平然とした表情をしているが……
それは、この程度ではそこまで驚くことでもないとでも言っているかのようで、一体彼女は、これまでどんな経験をしてきたというのだろうか。
そんなことが、少し気になる一瞬でもあった。
「私が背負いましょうか?」
「んー……あ、そうだ♪ ラビー」
「――!」
とりあえず上に戻ろう、とワルツがベティに手を伸ばしかけたが、なぜか妙に楽しそうな表情でそれを制止するアリス。
同時に、頭の上に載せているラビに声をかけ、ラビはそれに反応するようにピン、と両耳を伸ばした。
「こういうことってあんまりないしね」
「……何が?」
そして、そんな一言を呟くように口にすると……アリスは、何かの呪文のような言葉を紡ぎ始める。
それとともに、頭の上のラビからも強いメンタルの波が放たれ始め――
”変化”は、一瞬のことだった。
「えっ、ちょっ!?」
「えへ♪ お姫様だっこって、ちょっとやってみたったんだ」
「抱く側でですか……」
すらりと長い手足、整った顔立ちと、幼さを残しつつ、やや大人びた声質。
ドレスまで大きくなっているのが甚だ疑問だが、アリスのその姿は――いわゆる、大人のものへと変化を遂げていた。
クロック・ラビという微弱ながら『時』の力を持つ兎の姿をした精霊の力を借りて、自らの年齢を一時的に変動させる魔法、”時送り”と”時戻し”。
使いどころの無さからあまり多用するモノではないらしいが、後から聞いた話だと、アリスは時々こうして姿を変えて遊んでいるらしい。

―遊ばれてるなぁ……―

なんだか、妙に情けない気分になったベティだった。


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