Aerial World内検索 / 「チャプター2.異界の硬貨」で検索した結果

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  • チャプター2.異界の硬貨
    ―2― どんな夜でもいつかは日が昇り、朝となる。 それはこの日も例外ではなく、マスターと少女以外に誰も居ない酒場も、入り混んでくる朝の光は、強く、そして高くなっていた。 そろそろ、支援士達も含めて人々が家の外へと動き出す時間である。 「―ごちそうさまでした」 出されていた食事を平らげて、手を合わせる少女。 その内容はベーコンエッグのせトーストにさっきのスープのおかわり、と軽食程度のものだったが、朝食としてはまぁ普通と言える内容でもあったかもしれない。 「おう、これだけ綺麗に食べて貰うと、作る側も気分がいいってもんだ」 そして、そう言いながら食器を一箇所にまとめるマスター。 見た目の図体に似合わず、家庭的な癖がついているのは一人身男という身の上が影響しているのか、それとも単に酒屋と言う店を持っている立場による行動なのか、若干考え込めそうな行動ではあった。 ...
  • チャプター2.審判
    ―2― 出会い頭にこちらの持っているモノを渡してくれと言い、断ったら断ったで即座に実力行使に移る。 それはまっとうな人間ならば決してとることのない手段で、躊躇無くそれを行えるというその態度は、世間一般的に言う『悪』の精神に近いものをもっているということになる。 自分自身の考えが正義とは言わないが、気にいらないタイプの相手であることは確かだった。 「シャアア!!」 取り囲んでいたクレセントのうちの一人が、奇声をあげて飛びかかる。 ティールは鋭く狙い済まして振り回される敵のカタールを横に一歩跳ねて回避、そのまま適当な間合いを取り、その手のハルバードで一撃を叩きこむ。 「…っと、危ない」 一人が軽く吹き飛んで行った直後、また別の方向から時間差で飛びかかってくる残る四人。 一人一人の実力はティールとほぼ同レベルのようだが、このままでは数と連携の差で押されてしまうだろ...
  • チャプター2.氷昌姫
    ―2― 氷昌宮、クリスティオンパレス。 それは一般的に『水晶の館』として伝えられている氷の館の正式な名称らしく、その館の主を名乗るアウドムラの口からそう告げられていた。 夢の中でこの場所にたどり着くのは、もう片手で数えられる数は越えてしまっている。 ……氷昌宮の夢を見た後は、目を覚ました後でも明確に夢の中の出来事を記憶していた。 それは何度繰り返しても同じで、それだけでもこの夢がただの夢では無い事は理解できる。 もっとも、最初に辿りついた時はこの館の詳しいコトなど何も知らず、戸惑うばかりだったが…… 「……ふぅ……」 勝手知ったるなんとやら、とまではいかないものの、入り口から広間と、その周辺にかけてはある程度構造は理解できている。 この日も夢の中でたどり着いた館の廊下を進み、広間のテーブルの一つに腰かけて、頬杖をつくようにして溜息を漏らしていた。 「あら...
  • チャプター2.出ない…?
    ―2― 「ふぅー、それにしても今日はいい天気じゃのー」 ミナルからモレクまで、隣町という関係ではあるが、徒歩ならそれなりの時間はかかる。 急ぐ者のために町の間をつなぐための、護衛を何人か雇って乗り合い馬車などという商売をしている者もいるが、エミリアとディンはどちらかというと、基本的に歩いて町を移動するタイプの支援士だった。 エミリアはディンの後ろでぐっと背を伸ばし、二人は陽気につつまれた街道をほてほてと歩いている。 このあたりのモンスターは、普段通りならこの二人からすればそれほど強くはない。 戦闘に突入している時以外はいつもこんな調子である。 「そうだな。 いつもこうならありがたいんだが」 当然、突然の雨に打たれてそのへんにある木の下に避難して数時間、などということも珍しくは無い。 そう言う時は、運良く馬車が通れば途中乗車させて貰うこともあるが、雨の日は馬車...
  • チャプター2.少女と盗賊
    ―2― 「他愛もないな」 どさり、と狼型の魔物が地面に崩れ落ちる。 ……鉱山の町モレクの入り口まで、およそ百数十M地点。 二人は突如襲ってきた魔物の迎撃し、エミリアがその死骸を調べていた。 「ふむ、なかなか立派な牙じゃな。 売れば宿代くらいにはなるやもしれん」 そう言って、カバンから小型のノコギリを取り出して、牙を削り出すエミリア。 ディンは、やれやれとばかりに溜息をつくと、近くにあった岩に腰掛けて、すでに見慣れたその光景を何も言わずに眺める。 (こりゃ、研究者というかアイテムマニアだな……) そんなことを考えされられるのもいつもの事で、はぁ、と溜息をもう一つ。 死骸は3匹、全部切り出すまでにはもう少しかかるだろう……そう思い、街道からそれた平原の方へと目をやった。 特に意味は無い。なにか面白い物でもあればもうけものだろう……その程度の行動だったのだが…… ...
  • チャプター2.天を舞う少女
    ―2― ミナルとモレクは共にリエステールより西にあれど、大きくその様相を異にする対象的な存在でもある。 かたや、山男の集う土ぼこりにまみれた鉱山の町。  かたや、大陸一水が美しいとされる河川の町。 それゆえに、それぞれに集う人達は見事なまでに分かれる事が多く、片方によく行く人でも、もう片方にはあまり足を運ばないと言う人は少なくはなかった。 「どっちがミナル行きかな」 それは、画家アウロラと言えども同じらしく、向かうとすれば比較的静かな河川の町を選ぶことの方が多い。 ……とはいえ、東西問わず馬車が集まるこの広場は、それだけに集う人間もなかなかに混沌としている様子だった。 言ってしまえば、人波がすごくて目的の馬車がどれなのかがわからない。 丁度お昼の馬車が出ようかと言う時間だけに、その勢いはひとしおである。 「……それにしたって騒がしいけど、何かあったのか...
  • チャプター2.外からの来客
    ―2― そして、翌日……正午を回ろうかと言う時間帯。 ホタルは朝から自身の工房の中で、一本の片刃剣を前にして座りこみ、槌を振るうわけでもなく、炉に放り込むわけでもなく、ただその刀身をジッと眺めていた。 ―それだけでは意味がないのだ― クウヤにかけられたその言葉が、幾度となく脳裏に響いている。 「…………」 目の前にあるこの剣は、作り手の目から見ても、間違いなく父、シエンの作ったそれと遜色ない輝きを放っている。 天乃の名を継ぐ者として、先代の技と同等の技を身につけ、それらを全て打ち込んだという自身もある。 それなのに、クウヤはその剣を否定した。 ―天乃の名を継ぐということ、その意味を貴方は理解していない― 「名を継ぐ意味……」 それは、代々伝えられている技を受け継ぐということではないのだろうか。 ……いや、技を継ぐというのは、一族を継ぐ者としてあたりま...
  • チャプター22.結論
    ―22― ティールとイリス、エミリア、ディン、そしてヴァイとリスティという大所帯で、女性で四人部屋と、男性で二人部屋を借りて昨日の夜は過ごしていた。 現在集まっているのは、女性陣が使っていた四人部屋であるが、さすがにクローディア、シア、ユキのプラス3人ともなれば、本来入るべき人数の二倍以上の人数となり、比較的広い部屋とはいえ窮屈に感じられる。 ……が、今はそんなことを気にしていられる状況でも無いのか誰も気にした様子もなく、先に現状の確認をするべきだと踏んだのか、廊下へのドアを閉めたクローディアに向けて、エミリアが真っ先に声をかけていた。 「自警団と教会はどう言っておった?」 気になる点は二つ。 一つは、自分達に課せられていた依頼の扱い。 そしてもう一つは、”教会と自警団における”イリスの扱い。 前者については昨日の間にクローディアの口から”強制破棄”という答...
  • チャプター2.奴隷
    護衛の姿も見えず、フィールドを駆けるには余りにも不用心すぎる一台の幌馬車 ガタガタゴトゴトと揺れる荷車の中 様々な荷物と共に10歳前半の奴隷が鎖に繋がれて縮こまっていた。 「………。」 奴隷にはあちこちに打撲や浅い切り傷が体中にあり 疲れた顔をして、多少破れた幌から見ることの出来る空を眺めていた。 その奴隷には、空を行く鳥が何よりも自由に見えた。 “よく、あんな子供が手に入りましたね。 なかなか高く売れるんじゃないですか?” “商品を売りに行った時に連中、全額払いきれなかったんだ。 残額分ってことであの奴隷を俺に売ったんだ 元々孤児だったらしいからな、まぁていのいい厄介払いだ。 この先を少し行ったところの盗賊たちに高く買ってもらうつもりだ。” その会話は、荷車の中の奴隷にも不鮮明ながらも聞こえていた。 だが彼女は何の反応も示さ...
  • チャプター17.異端児
    ―17― モレクの酒場。 先日と変わらず、『新種の鉱石』―その真の名が『エメトの欠片』と呼ばれる事を彼らは知らないだろうが、それを求める支援士達で賑わっていた。 当然、他の目的の支援士もいるかもしれないが、現在酒場に置かれている依頼の大半はそれで間違いないだろう。 「ティール。 ここにいたか」 目的の人物を発見するまでに、特に時間はかからなかった。 酒場の中にはいったその時点で、カウンターに座りバージンメアリーを飲みながら、マスターと話している姿が目に映っていた。 「……随分と災難だったみたいだな」 マスターのその言葉は、先日の盗賊の時と言っている内容こそ同じものの、あの時のような気楽さはなかった。 彼の心にのしかかっていた重さを、ティールというフィルタを通して聞いていながら、しっかりと理解している。 ―当のティールは、黙って顔も向けずにグラスを傾けてい...
  • チャプター24.マアトの裁定
    ―24― 月明かりの落ちるモレク近辺の林の中。 一人のネクロマンサの男が、全体がボロボロとなった衣装を身につけ、半ば這うような姿でその中を進んでいる。 「くっ……おの…れ……!」 彼は、アイリスのレインボウドロップの直撃をかろうじて回避したものの、着弾後に広がった強烈な魔力の余波をその身に受け、全身に大きなダメージを負うに至り…… 余波だけでこの威力と言うのなら、それは直撃を受ければそのまま死に至らせる可能性もあった一撃であり……彼は、精霊王の強大な力の片鱗に、これまでに無いほどの畏怖と恐怖を感じていた。 「あの……妖精(ムシ)めが……出てこなければ……」 ……そう、あのままヒミンと名乗っていた妖精が乱入してこなければ、アイリス本来の力を発揮することなく全てが終わっていたはずだった。 天に輝く12星座――『黄道十二宮(ゾディアックベルト)』の力。 それは、...
  • チャプター23.契約取引
    ―23― そこまで話がまとまったところで、ティール達は宿を立つ事にした。 そもそも宿の一室に留まって話をしていた理由は、他に聞かれては少々面倒な事になりかねないという点であり、今回の件について話もついた今となっては、あそこに留まってもただ狭いだけである。 ひとまず外へと出た一同は、すこし遅れた昼食を食べるべく、酒場へと向かっていた。 「……そういえば、さっきシアさんが”夢”とか言っていたが、あれはどういう意味じゃ? 私達とチームを組むのと、関係あるのか?」 スプーンでカレーを口に運ぶ途中で手を止め、思い出したようにそんなことを口にするエミリア。 その目はしっかりとティールの方に向けられていて、その”夢”は誰が語ったものなのか、しっかりと把握しているようだった。 確かに、シアは部屋に入ってきた際に、ティールに対して『ようやく、夢への第一歩ですか?』と言っ...
  • チャプター20.記憶の涙
    ―20― アイリスが地面に降り立つと同時に、ゆっくりとその背の大きな翼が、小さな”イリス”の身体に吸い込まれるように消えていった。 ……外見こそ幼いイリスのままだが、纏う空気はさも”王”のごとき風格を帯び、そして他者に感じさせる力の強さは、”記憶”が解放される前とは比べ物にならないほどの強力な物へと変化している。 周囲が呆然と眺める中で、アイリスはシアの腕に抱かれているティールの元に歩を進めていく。 「……”イリス”のために……自らを、ここまで……」 「だって、私はあなたの『親』だから……絶対に、まもってあげるって決めたから」 そして、外面上の傷は消えたティールのその顔にそっと手を触れながら……心から申し訳なさそうな顔を浮かべるが、ティールは苦しげな顔も見せず、笑顔でそう答えていた。 「……そのままじっとしていてください」 その表情を目にし、アイリスはすこし...
  • チャプター21.結び付く約束
    ―21― ――翌日、ティール達はモレクの宿の一室を借り、全員がてきとうに腰かけ、今回の事件についてそれぞれどのような経緯で昨日のような状況に追い込まれたのか、情報を交換していた。 ティールはオース海岩礁洞窟に向かったところから、たまごをひろったところまで。エミリア達は、リエステールに戻ってから酒場によったところまで答え、ひとまず全員の間で事件の流れが確認される事となった。 シア達三人とクローディアは、昨日の間にリエステールの自警団と教会へと今回のあらましについて報告に行き、ヒミン、ソール、マーニの妖精三人組はあの後モレクに帰りつくその前にいつの間にか姿を消しており、今この場にはいない。 ただヒミン達に関しては、別れる前にすこし聞いた話では、彼女達は先代のアイリスと一緒に暮らしていた時期があったらしく、手を貸してくれたのもその辺りが関係しているのかもしれない。 ...
  • チャプター12.黒き旋風
    ―12― 「オオオオオオオオオオ!!」 エミリアはディンが受けるはずだった攻撃の身代わりとなり、ディンはそれで吹き飛ばされた彼女を追うようにして駆け出し始める。 ―しかし、負傷したその足では、敵であるゴーレムの方が僅かに動きが速い。 「くっ……」 このままでは、駆け寄るその前にやられてしまう……いや、このまま駆け寄れば、更にエミリアを敵の攻撃に巻き込み兼ねない。 少し進んだところでそれらを察したディンは、振り返り、ゴーレムに向けて剣を構える。 一人でどうにかなる相手では無いかもしれないし、こんな言葉を発するのは手遅れかもしれないが…… 「あいつだけは……俺が守る!!」 気合い一声、足の痛みも無視し、向かい来る巨体に渾身の力を込めて斬りかかる。 しかし、本気になったらしいゴーレムの攻撃はそう簡単に弾かせてはくれず、逆にディンの剣が力に押され、後方に吹き飛ばさ...
  • チャプター3.雑音
    ―3― あれから数十分。 全員でミナル方面に向かって歩きながら、エミリアは先程の戦闘で起こった事に関して、戦闘に割り込んできた吟遊詩人(バード)の女性に尋ねていた。 ―バードは、『歌』の能力を持つカーディアルトの特殊職。それゆえに、特殊な状態異常などの治癒に関しても、カーディアルトと同等以上の知識、力を持っている。 そう考えての相談だった。 小さな女の子の方は、フロストファング―銀牙の背中に乗ってそのへんを駆け回っているが、ちゃんとこっちの動きは見えているのか、常に一定以上の距離をあけないようにしているようだ。 「体調は問題ないんですね?」 「うむ…魔力が尽きている感覚もないのじゃが……」 今エミリアの身体に起こっている事……それは、魔法が使えない、というマージナルとして致命的な状態だった。 相談をする際にも、その辺の石に向かって何度か魔法を使おうとしたが...
  • チャプター5.覚悟
    「ディスケンスさん。」 「何だ?弟子。」 あなたの弟子じゃないんですけど…。 「この絵、あ。」 「知る必要は無い。 知りたければ、可能性に賭けて時が経つのを待つといい。 それまでは、閉まっておいた方がいいんだよっと。」 絵を手に取ると、倉庫の扉を開けて投げ入れられてしまった。 「……どうして教えてくれないんですか?」 「知るべきことじゃない。少なくとも、今はな。 あぁ、俺もお前に聞きたいことが一つあるんだがいいか?」 「え?」 「お前さ、よく寝言で“レウィス”って単語が出て来るんだが誰だ? おっと勘違いするなよ?ききたくてきいてるわけじゃないんだからな。 おーい、人の話を聞いてるか?」 寝言にまで出てくるのは、最近頻繁に見るようになった夢の所為? 「おい、弟子。」 「あ、はい。えっと、レウィスっていうのは…。」 「いう...
  • チャプター1.名声
    ―1― もうすぐ春に差し掛かろうかというこの時期、暖かくなり始めた空気の中を歩く人達は、まだ厚着をしていたり、若干薄着に変わっている人もいたりと、人によって冬服と春服が入り混じるこの時期は、それはそれで面白い光景であるかもしれない。 アウロラの場合、彼女にとってはまだ肌寒いのか、比較的薄手のものではありながらも、コートを一枚羽織って街中を歩いている。 ……外出そのものに意味は無い。 強いて言うなら、じっとしていることが出来なかった、としか言う事はできないだろう。 とりあえずなにかしなければいけないような衝動に駆られながらも、その感情をカンバスに向ける気分にはならない。 それはスランプに陥った時によくある状態ではあるが、代わりとなるはけ口は早々見つかるものでもなかった。 「期待の新星とか、神童アウロラとか……周りは騒ぎ立てるばかりだし……」 とは言ったもの...
  • チャプター1.日課
    ―1― 今日の夕ご飯は白米と鮭、野菜の煮物、出汁巻きの4品。あとは茶でもあればひとまず満足といったところだろう。 ホタルは少し厚着をして工房を出、財布片手に十六夜の食品市場で今夜の夕食の食材を吟味している。 そういえばお酒がもう少しでなくなりそうだったことを思い出す。 あまり大量に飲む方では無いものの、寒波が厳しいこの時期に、身体を内から温める酒の有無は十六夜ではかなり重要だった。 ―まぁ、飲めない者はもっと厚着をすればいいという話だが。 「ふぅ~……今日は寒いね……」 十六夜の民が漏らすこの言葉に対し、他の町の感覚で”いつでも寒いだろう”などという台詞を言ってはいけない。 夏でも雪が残る事があるこの大地、冬の寒さは筆舌に尽くしがたい。 要するに、寒い。とにかく寒い。 雪が降らずに太陽が出てるだけマシである。 ホタルは自分の着ているコートを軽く着なおす。...
  • チャプター9.無情
    ―9― ちらり、と地面に倒れこんでいるディンへと目を向ける。 先程身動きもとれないほどのダメージを負っていたせいか、それからここまで相手には見向きもされていない。 ……それからここまで、それなりに時間が経っている。 自然回復だけであれば、さすがにまだ立てるような状態では無いだろうが…… 「氷昌の冠(クリスティオンクラウン)の下に――我らを覆い隠せ! ダイヤモンドダスト!!」 意を決し、エミリアは魔法を発動させる。 その瞬間、高く掲げた杖の先から噴き出した氷の微粒子が、この周囲一体を包みこむ濃霧のように展開し…… 一同の視界は太陽光を反射して輝く氷の霧で満たされ、かろうじて相手の位置を把握できるような状態に持ち込まれた。 「イリス!」 「うん! ――焦熱の赤をまとう火精」 その直後、エミリアの一声を受けて詠唱を開始するイリス。 「ふんっ、これで目隠しのつ...
  • チャプター4.開戦
    ―4― 場所はリエステール東街道……では馬車などの通行の邪魔になるので、街道からややはずれた地点を選んでいた。 地形的アドバンテージはどちらにも傾いておらず、兵力差は4:2. 単純な数字の上では、こちらが有利な状況である。 人員に関しても、ティールが斬り込み、ディンが盾に、そしてエミリアとイリスが後方から魔法で攻撃する、とバランスはとれている。 ……ただ、イリスに関してはせいぜい火と風の中級魔法がかろうじて使えるといった具合で、多属性合成魔法も下級魔法同士を組み合わせて中の下程度の威力を出すのが関の山で、中級同士を組み合わせるほどの能力はまだ持ち合わせていない。 尤も、中央都市近辺のフィールドをうろついている魔物程度ならそれでも十分対応できるのだが、今回は”対人戦闘”であり、その相手をする二人組は間違いなく自分達と同格以上なので……イリス単体で魔法を使わせたところ...
  • チャプター7.初心
    ―7― カノンの大魔法を前に、思わず目を閉ざしてしまっていた。 地面に倒れこんでしまった今、もはやその攻撃範囲から逃げ出すような時間は残されていない。 いくら魔法に耐性を持っているマージナルといえども、目の前に迫っていた雷撃はそれすらも貫通する威力がある事は、見るからに明らかな事。 ……結局、最後まで足を引っ張ったまま終わるのか…… そう思うと、悔いても悔いきれない想いで、涙が出そうになるのを感じた。 「―――……ん…?」 ……しかし、目前まで迫っていた一撃は、いくら待てども来る事は無かった。 何事か起こったのだろうか? それだけを思いつつ、恐る恐る閉じていたまぶたを開いていく。 ――そうして最初に目に映ったのは、予想だにしない人物だった。 「やっほー。 エミィちゃん」 「―――あ、アウドムラ!? こ……ここは……」 思いっきり目を見開いて身...
  • チャプター4.酒場で
    ―4― 鉱山の町モレク。 元は鉱山の採掘を生業とする山男達で賑わう町だったが、鉱山が魔物の巣窟につながってしまい、ダンジョン化してからは、支援士の姿も多くなっていた。 ……それから、随分と長い時が過ぎた今もそれはかわらずに、町の酒場は支援士と、鍛冶専門のクリエイターを中心に、多くの人で賑わっていた。 「はっはっは、そりゃー災難だったな」 「他人事だと思ってわらうでない!」 そんな中で、酒場のマスターと話しこむ二人。 ディンは、エミリアがいち早く鉱山へと向かいたい様子だったのを考慮して、平原で出会った少女とも別れ、最終準備を手早く済ませて出発するつもりだったが、エミリアの口から出たのは『情報収集じゃ』の一言。 その言葉に拍子抜けしつつも感心し、とりあえずは少女と一緒に、もっとも情報が集まっているだろう酒場に来たわけだが…… 「いやいや、すまんすまん」 モレクにく...
  • チャプター7.思考凍結
    ―7― さすがに宿の中まで銀牙を連れて歩くというわけにはいかず、一度彼を宿の裏に隠れさせて宿の中へと入る。 ……ヴァイ達はどの部屋に目的の少女がいるのか分からずに、ここにきて少しまよっていたが、ふと受付に目を向けると、シアが従業員に”宿泊客の友人です”と言い、目的の少女が泊まっている部屋の場所を教えて貰っていた。 「……堂々としてりゃ普通に教えて貰えるものなのか?」 バードの僧服を見に着けたままなので、教会の人間であるという影響もあるかもしれないが……実際のところは、シアの名前はモレクでも多少いい意味での評判が広まっている、という理由が主である。 「203号室だそうですよ。 行きましょうか」 もっとも、本人にその自覚があるかどうかは定かではなく、シアは特になんでもないような表情のまま、後ろに立っていたヴァイ達に呼びかけていた。 「で、来てみたもの...
  • チャプター6.選んだ道
    ―6― リエステール中央部に建造された時計塔。 それは教会本部に続く町のシンボルであり、南部で最も高いとされている建造物。 一時も休むことなく時を刻み続ける大時計は、町の人達が時を知るための大切な機能を果たしている。 「はぁ……ふぅ……」 そんな壮大な存在である時計塔は、基本的に教会の権限の元に管理されており、外から眺めるだけならともかく、その内部に入ろうとするならば教会の人間の許可と、同伴が必要とされている。 ―孤児院の社会見学でごくごくたまに多くの子どもで賑わうこともあるが、太陽も昇っていない早朝、加えて、そういった時期では無い事もあり、今塔内にいる人間と言えば、案内人をかってでたエルナと、見学者のアウロラ……そして、教会所属の時計塔管理者数名といったところだろう。 「あら、もう息切れ?」 「すみません……普段、あんまり動かないもので……」 そして、今は...
  • チャプター3.挑戦者
    ―3― ――朝。 今日も、何か変わったことでもないものか、とつぶやく人もいるかもしれない平凡な日々がまた始まる。 それでも、この平穏はこの街が平和である証でもある。 特別な事件というものは、悪い兆候を交えるものが多く存在しているのだから。 それでも、”本当に何も起こっていないのか”といえばそれは否であり、中には、必ず小さな非日常に見舞われている人たちも存在している。 ……何か変わったことでもないものか、そう口にする人は、たまたま”非日常”が訪れていないだけ。 世界は、小さな非日常の繰り返しで成り立っているのだから。 それは、ちょうど朝食を食べ始めようかという時だった。 ヴァイとリスティは三日ほど前から街を離れているので、今この場にはいない。 その一点については特に珍しいことでもなく、残されているメンバーも気にするようなことはないだろう。 「...
  • チャプター10.天乃 蛍
    ―10― クウヤの途中参戦もあり、鎧武者の一団をなんとか退けた一行。 撃退後に本来町から出る事の無いクリエイター系列であるはずのホタルがあの場所にいた経緯も話し、その後はクウヤも交えてオーロラの発生を待つ事となった。 ……しかし、その日はオーロラそのものを見る事は叶わず、一旦十六夜へと帰還することとなり、町へついた後にもエミリアとディンは少し残念そうな表情を見せており……特にエミリアの方はかなり露骨な溜息を交えていた。 ただ、その横で非常に充実した表情を見せるホタルの姿もあったことを、クウヤは見逃してはいなかった。 ……そして、その2日後の早朝。 十六夜のはずれにある、どんな寒さでも凍らず流れ続けるという霊水の池に、ホタルは一人向かっていた。 昨日一日を使い天衣岬で見えた『答え』の意味を考え……今、戒めと決意の意味を込め、禊を行う。 今すべきは、剣を打つ...
  • チャプター12.決意と揺らぎ
    ―12― 支援士という職業は、戦士として熟達してくるほど受ける依頼にも幅が出来、自由に選ぶ事が出来る。 一般的な考えはそんなところであるし、実際に強ければ高額な依頼も難なく受ける事が出来ることも事実。 ただ、ランク、と言う形で格分けされた依頼の中で、AランクやSランクともなれば、支援士側に受ける受けないの選択権はなく、よほど不当な依頼内容であるか、依頼者がブラックリストにでも乗っていない限りは、例え気が進まなくとも支援士はその依頼を受けなければならない。 ……今のこの二人は、まさにそんな状況に置かれていた。 「ディン、エミィ。 これは、そこの男の依頼なの?」 一瞬驚愕の表情を見せたティールだったが、次の瞬間には冷静に状況を分析し、目の前のかつての仲間に向けて言葉を放つ。 相手が相手ならわざわざ問いただすようなことは無いのだが、ディンとエミリアの二人はテ...
  • チャプター4.七色の鳥
    ―4― その後、足早にモレクまで帰還したティールは自警団の駐屯騎士に事のあらましを告げた。 ……ただ、今の自分は事の大きさを理解しきれていないと考え、”ダンジョンから出たところを、荷物を狙われた”とだけ伝え、小鳥の存在についてはまだ隠しておく。 珍しい存在というものは、あらゆる方向から狙われる要因となり、加えて今自分がおかれている状況から考えると、騒ぎを大きくせずに、相手の出方を見る方が得策……そう考えての行動でもあった。 「……とはいえ、どうしたものかな」 自警団が岩礁洞窟方面に調査に出たのを見送ると、ティールは再びモレクの町を歩き出す。 とりあえず酒場に依頼されていた岩塩を届けるのは確定として…… 「ピィ~……」 「……あ、お腹すいた?」 コートのポケットからちょこんと顔を出し、なにやら切なげに鳴く小鳥。 思い返せば、たまごから孵ってからここまで何も...
  • チャプター3.鬼ごっこ
    ―3― 「マスター、おはよーっとっと…」 バタンと酒場の扉を開けて、いつもの調子で元気にその店の主に呼びかけようとした支援士の女性だったが、その直後に、不意をつくように飛び出て行った小柄な黒い影に驚き、わずかに身を避けた。 黒い影は、女性が目に入っていなかったのか、何も言わずにそのまま駆け出していってしまう。 「おお、ジュリアか。 丁度いいところに来てくれたな」 「え? なにか依頼でも入ってるの?」 しかし、それについては特に気にした様子も無い女性―ジュリアに向かって、マスターの声が飛ぶ。 ジュリアはぱたぱたと服のほこりをはたいて佇まいを直すと、とてとてとマスターの立つカウンターにむけて移動した。 「ああ、今外に出てったお嬢ちゃんの後を追って、様子を見て欲しい」 「今って、今でてった女の子を? 別にいいけど、何かあったの?」 誰の目にも分かりやすいハテナ...
  • チャプター9.巣窟地帯
    ―9― その後道中に何度かモンスターと遭遇しつつ、エミリアの目標以外のアイテム探索も交え、3人は炭坑の奥へと進んで行った。 『巣窟』付近まで来ると、昨日の二人のように、中まで行かずともどこかにあるのではないか、と踏んでいるであろう、クリエイターを引きつれた支援士達ともなんどかすれちがう事もあった。 「ふぅ…さすがに中まで来ると足場が悪いな。 エミィ、大丈夫か」 そんな彼らを尻目に、3人は巣窟内部へと足を踏み入れる。 内側は炭坑と違い人の手が一切はいっておらず、洞窟としての広さもまちまちなのは当然ながら、人工的な明かりが無いどころか足場の悪さも今まで以上のものだった。 「大丈夫じゃ。 ……しかし、どうやら何人かがすでに入った形跡もあるようじゃの……」 「ま、話が出てきて1ヶ月だからな……ダンジョン慣れしてるやつなら行くのも出てくるだろう」 そんな状況でも...
  • チャプター3.『親』
    ―3― 「な……何……?」 恐る恐る目を開くと、いつの間にか空間そのものを飲み込むような勢いの光は消え、たまごに群がっていたはずの四人のクレセントと、ネクロマンサの男はなぜか全身にダメージを負った状態で、地面に倒れ伏していた。 先程たまごが発していた光の影響なら、抱きかかえていた自分自身もただではすんでいないはずなのだが…… 「……あ、たまご……」 そこまで思い返し、ようやく今自分がおかれている状況を思い出す。 とっさに受けとめた、割れかけのたまご……自分の手元を見下ろすと、そこにはそれがあるはずだった。 しかし、そこにあったのは……いや、”いた”のは、七色の羽毛をした小鳥。 その結果は、直前の展開から考えると予想できたことではあったのだが…… 「孵っちゃったか……」 ティールは、今の自分が抱いている感情を、どう表現するべきか分からなかった。 拾ってきた...
  • チャプター7.天衣岬
    ―7― ざくざくざく……と三人分の雪を踏みしめて歩く音が続く。 日もほとんど沈み、月と星明かりを頼りに進むのは、支援士としてはあまり珍しいことでもないが、晴れているとはいえ雪原を突き進むにしては、いい状態とは言えないだろう。 それでも、雪道そのものに慣れているホタルと、多少なり体力に覚えのある支援士の二人。 その程度の労はものともせず、順調に歩を進めていた。 「お…っと、海か?」 ……そうして、夕暮れの十六夜から歩き続けて一刻ほどたったころだろうか。 足元が崖のような形になり、その向こうに北の海を見渡せる、オーロラの絶好の見物場所とも言われている、天衣岬と呼ばれる場所にたどり着いた。 「オーロラ、見えないようじゃの……」 しかし、その上空は何の変哲も無い夜空が広がっているだけで、あるものと言えば、月と星、そしてわずかな雲くらいなものだった。 空を見上げながら...
  • チャプター5.依頼破棄?
    ―5― 「……この剣は、私の技の全てを込めたものです」 手の中にある剣を目の高さまで持ち上げ、そう口にするホタル。 「ほう? …………何かあるようじゃが……見せていただけぬか?」 そして、エミリアがその行為に答えるように言うと、ぴくり、とディンがまた何かを言いかけた。 しかし、その瞬間のホタル自身の表情と、エミリアの真剣な瞳を目にして、出しかけた手を引き、開きかけた口を閉じる。 今のこの二人に、口出しは無用。 そう感じたのだろう。 「……先代……お主の父は、シエンと言ったな」 「はい。 ……父から伝えられた技の全て……その剣に打ち込みました」 ゆっくりと鞘から刃を抜き、その刀身を眺めるエミリア。 そして、真剣な眼差しで、その様を見つめるホタル。 「同じ…じゃな。 多少の違いはあるようじゃが、モレクで見た『天乃』の剣と違いの無い作り。 見事な作品じゃ」 ...
  • チャプター4.疾風の白刃
    ―4― 自分のものさしだけで全てを測ろうとすると、いつか必ず壁にぶち当たる。 個人の常識など、世界の真理からすればほんとうに小さなものである。 ……これは、彼女がとある読書家から聞いた哲学的な一言だった。 その時はその言葉の意味がいまいち理解できなかったが、今、なんとなくその意味が分かりかけてきたような気がしていた。 「にゃにゃー」 道端につみかさなっていた桶にかるく身体を当て、転倒させるアーリー。 それらはバラバラに転がり始め、彼を追いかけるティールの視界から彼の姿を隠し、行く先を阻む。 しかし、ティールはひるまずその桶の波を跳び越え、ふたたび目標の姿を視界に捉えた。 「…あれ、本当にただのネコ…?」 ―とりあえず、ティールは白猫アーリーの捕獲に奮闘中である。 すでにモレクの町をほぼ網羅するほどあちこち走り回ったのは確実で、もう少しで捕まえられ...
  • チャプター1.戦闘訓練
    ―1― リエステール西街道・ミナルへの道。 この日も若干の雲は存在するものの、太陽はさんさんと輝き、川に沿って散歩でもすると、川のせせらぎもあいまって気持いいかもしれない。 ……そんな中、ミナル川を渡る橋の付近で、ひとつの支援士のグループが魔物の一団と交戦していた。 「我が右手に集え紅を纏う火精 我が左手に集え緑旋を宿す風精」 その中の一人――三人の前衛に守られるように立つ小さな少女が、呪文の詠唱を開始する。 …彼女達の前に立ち塞がるのは、この世界でも最弱とされる魔物であるスライム。 主に集団で現れる事の多い魔物だが、戦闘能力そのものが微弱であり、駆け出しの支援士のいい的だったりする。 ついでに言うなら、赤、青、黄……と様々な色が並んでいるものの、実際は色能力すらも持たない個体であり、弱点等を気にする必要もない。 「我が力を糧に一つとなりて敵を討て! ...
  • チャプター8.氷昌の冠
    ―8― 「……エミィ!?」 天空より降り注ぎ、大地を穿つ雷帝の鉄槌。 一筋の光の柱となって舞い降りたそれは、閃光とともにエミリアの身体を飲み込んでいた。 いくら魔法耐性の強いマージナルといえども、無防備なまま受けて無事でいられる一撃ではない…… そのくらいは、魔法についての知識のない自分でも、容易に理解することができた。 「……あっ……?」 そう考え至った次の瞬間、ひらりと足元に舞い落ちる黒い物体。 ティールは抱きかかえていたイリスを地面に降ろし、その物体に目を向けそのまま手を伸ばす。 ……それは、エミリアがいつも身につけている白い十字架と翼の模様が施された、黒地の帽子。 転んだ拍子に脱げ落ち、魔法の衝撃で舞い上がっていたのだろう。 「他愛もなかったね。 あとはあんたたち二人だけか」 勝ち誇ったようにそんなことを口にしながら、その紫電の双剣を構えるリーゼ...
  • チャプター7.魂の戦士
    ―7― 盗賊のねぐらは、モレクの町から見て鉱山の裏側の、天然洞窟を利用して作られていた。 天然洞窟と言っても鉱山や『巣窟』とはつながっておらず、完全に独立した、ただの空洞である。 が、広さだけならそれなりのもので、数十人の集団戦闘も充分に行える広さだった。 ねぐらにたどり着いて、盗賊への投降指示を出す間もなく戦闘が開始する。 盗賊団の頭は数十人の部下に守られるように奥にある岩に腰かけて、その戦闘を余裕の表情で眺めているようだった。 ―なんだかんだといって自警団が長期にわたって苦戦してきた相手である、末端の兵士でもそれなりに力を持っているのだろう。 「アルはそのまま後方援護! クーは左へ!!」 「レオン、私は?」 「ティールは俺と中央だ!!」 ティールと共にいたチームのリーダー、セイクリッドのレオンは、戦場全体の様子と状況を見極め、時々自分のチームメンバー...
  • チャプター3.太陽の子
    ―3― 暴走する馬から助けて貰ったこと、そして、絵描きとしての命である利き腕の治癒をしてくれたこと。 それらのお礼も兼ねて、アウロラは空腹だったらしい少女を、自分の行きつけの食堂へと連れて、ちょっと遅めの昼食を一緒にしていた。 「ふぁー、このお店すごくおいしー」 どんな町にも隠れた名店というのはあるもので、リエステールの裏路地にあるこの店は、場所が場所だけに並ぶほど人は来ないが、確実に常連はいるという十六夜風の食道である。 ”はし”という十六夜独自の食器に慣れない人には苦しいものがあるが、少女は特に問題なく扱っているようだった。 「お礼だから、遠慮なく食べてね」 「ソール別に何もしてないけど?」 自分のことを”ソール”と名前で呼ぶ少女は、きょとんとした顔でお礼という一言についてそんな事を口にした。 恐らく、彼女にとってあの行動は”やって当然”の事だったのだろ...
  • チャプター8.宝刀の悲劇
    ―8― この世で一番性質の悪いもの、と聞かれたら人間と答える。 理性を持つがゆえに欲望ももち、欲望を持つがゆえに秩序を乱す。 その秩序もまた人間が作ったものであり、世界そのものに定められた原初の秩序は忘れ去られていく。 ……そして怨恨を残して死んでいった者は、理という秩序をも超え、生者へ仇なす存在へと変わる。 「はああ!!」 ディンの振るう太刀が、一体の鎧武者の首を刎ね飛ばす。 だが、生ける屍(リビングデッド)に近い存在らしい鎧武者は、何事もなかったかのようにその手に握っている古びた片刃剣を掲げ、斬りつけてきた。 「―全てを貫く槍となれ アイスニードル!!」 だが、刃がディンの身体に触れようとしたその瞬間、後方から打ち出された氷の槍が鎧武者の腹部を貫き、一瞬遅れて、撃ち抜かれたその鎧武者は、空気に溶けるようにして消滅していった。 「ディン、こいつ...
  • チャプター18.天の三妖精
    「東に昇りくる月、西に沈み行く太陽」 「この時間に出番なんて偶然かな? 二つの光が同じ空に在るよ」 「今なら――ごく短い時間でも、全員が本来の力を出せる。 行くよ!!」 ―18― 最後の一歩で、ティールの身体は重力の魔法陣を抜け出していた。 ……しかし、その際に発現した怒りの劫火……それは彼女の肉体の限界を超えた炎で、攻撃そのものが不発に終わった上に、その炎は自らの身体を焼き、ティールはそのまま倒れてしまう。 「クク……ハハハハ!! そうか、感情が炎と化すならば、強すぎる怒りは自ら身を焦がす事になるのだな……」 「ママ! ママ!!」 男の腕の中で、必死に暴れて母親の元へ走ろうとするイリス。 しかし相手が魔術師とはいえ、小さな子どもの力では大の男の腕を振り解くなどとても不可能なことで、その叫びも空しく逃れる事は出来なかった。 「くっ……リステ...
  • チャプター6.命の借り
    ―6― 「……で、俺達に何か用でもあるのか?」 エミリアが去り、ディンとティールの二人だけになった宿の一室で、本を読みかけていたティールに向けて、ディンはそうきりだした。 「なんのことかな」 ぱたん、と開きかけた本を閉じ、問いかけた相手に視線を合わせるわけでもなく、ただそう声に出すティール。 しかしその表情は、問いかけられるのを待っていたかのようにも見えた。 「3人で相部屋に……俺には、『話したい事があるから同じ部屋にできないか』と言ってる様にきこえたんだが」 帰ってきていたのはとぼけた一言だったが、ディンは会話を続けるのをやめようとはしない。 いつもなら一笑に伏すような出来事だったが、なぜか、ティールの『一言』は見逃すつもりにはなれなかった。 「それは深読みしすぎじゃないかな」 「それならそれで構わない。 だが、何かあるような気がしてならないんでな」 ...
  • チャプター5.王の足取り
    ―5― 「『虹彩の魔鳥』の雛の捕獲依頼じゃと!?」 ある日の朝の、南部中央都市リエステールの酒場。 ここしばらく北部で行動していたと言う二人の支援士が、久々に顔を合わすマスターと談笑混じりに仕事の依頼を受けようとした時の出来事だった。 ……この二人の支援士ランクがAに昇格したのは十六夜に向かう少し前の話になるものの、これまでAランクの依頼というものは一度も来た事が無い。 もっとも、拒否権のない依頼なので、若干苦手意識も持ってはいたのだが、基本的に報酬も高くなるのでそう悪い話でもない。 「ああ、昨日の夜にきた依頼でな、『レアハンター』……お前達を名指しで依頼したいと」 どこか渋い物を食べた後ような顔をしてそう口にするマスター。 確かに、『虹彩の魔鳥』と呼ばれる鳥は、常に世界に一匹しかいないとされる貴重な魔物の一つ。 ランクとしてはAに属していても間違いは無いだ...
  • チャプター11.望まぬ邂逅
    ―11― 「……これは捕獲と言うより、奪還という形では無いのか?」 日も高く昇り、そろそろ傾き始めるだろうと思われる時間帯の、南部フィールドのモレクから少し離れた場所。 そこは街道からも外れ、森と言えるほどの量では無いが樹も多く、普段から支援士すらも寄りつかない場所である。 人が寄り付かない理由は、強い魔物がいるというわけではなく、探索しても何も見つからないので来る価値も無い、という理由からではあるが。 「……話を聞く限りじゃ、そうなるな」 そんな場所で、エミリアとディンの二人は『虹彩の魔鳥の捕獲』の依頼主の指示で、数人のクセレントと肩を並べて待機させられている。 依頼主曰く、このクレセントはエミリア達とは別に雇った支援士であるらしいのだが、マスターとクローディアの話を聞いた後のせいか、どうにも胡散臭い気配を放っている気がしてならなかった。 「……賊に...
  • チャプター6.紫電の双剣
    ―6― 「――開け、轟雷宮の門――我が呼びかけに応え、ここに出でよ! 『ライトニングエッジ』!!」 リーゼが高らかにそう宣言した瞬間、その両手を差し出した先……晴天のはずの空に、いくつものの雷光が走るのが見えた。 ――セイクリッドが攻撃系の魔法を使うとは思えない……いや、ありえない。 少なくとも、ティール達四人は、そのような話は聞いた事が無かった……が、次の瞬間、四人は更に驚かされることとなる。 上空を走る雷光が一点に集まり、そのまま轟音と共にリーゼの高く掲げたその腕に落ちてきたのだから。 「なっ……!?」 それは、その直後の事…… その場所には落雷の直撃を受けながら、平然とその足で立つリーゼ。 ……そして、舞い降りた雷光は掲げたその手に吸い込まれていくかのように一瞬の間に収縮していき、バチバチとうねりを上げながら、一つの形へと変化していた。 「……...
  • チャプター11.天の刃
    ―11― 「十六夜を出る前にはまた顔を出すのじゃ」 「―ま、オーロラが見れるまではいつくことになりそうだしな。 それまでは、たまに来てもいいか?」 ディンが天羽々斬を受け取り、数分談笑した後……4人はそろって工房の外へ出て、ディンとエミリアは宿へと、ホタルとクウヤはその見送りという形で、対面するように並んでいた。 「ええ、ぜひ来てください。 お茶くらいなら出しますので」 ホタルはにこりと笑って、目の前の二人に向けてそう口にする。 たったの数時間程度の冒険だったけれど、その中で得たものはなによりも大きいもの。 それだけに、彼女はまるで命を救って貰ったかのような大きな恩を二人に感じていた。 「……エミリアさん、次に会う時は、ホタルと呼んでください。 貴方たちとは、これからも仲良くしたいから」 「ん、そうか。 では、わたしの事もエミィでよいぞ? むしろそっちの方が...
  • チャプター7.答えは…
    ―7― ―その夜は、レイスの工房には泊まらず、いつも通りに適当な宿の二人部屋をとって、レイスの工房から荷物を運び込んだ。 そもそも、工房に止めて貰ったのは日が落ちてきたので宿も埋まっているかもしれない、という推測の元にした事だったので、宿がとれるならムリに泊まる必要は無い。 ……もっとも、レイスはあの服のネタを仕込むために自分達を泊めたと言う可能性も否定はできないのだが。 宿に入り、すでに二日分の宿泊費を払っているので、シアの忠告通り、今日を含めた三日後までは泊まる場所の心配をする必要は無い。 「レイスには悪いが、やはり広い部屋でベッドの上で寝るのが一番じゃのぉ」 「まぁ…昨日のは本来泊まるための部屋じゃなかったからな」 レイスが用意した部屋は、いわゆる客間ではあったが、工房の一部を改装したような場所という事で、二人泊まれないことは無いが、狭い事は確かだった...
  • チャプター5.始めての…
    ―5― その後、戦場は屋根の上から再び路地裏に移り、その次は表通り、かと思えばまた屋根の上…と、二人は次々と場所を移動し続け、その『戦闘』の監視役であるジュリアも、ブレイブマスターと足には自信があったが、さすがにそのめまぐるしさには疲れが見えはじめていた。 もっとも、熟練の冒険者と呼ばれるほどの経験を積んでいるジュリアならば、ここまで時間を掛ける前に、既につかまえているだろう。 どちらかと言うと彼女の場合、時間がかかりすぎて観察に飽きてきたための疲れかもしれない。 ……そして、 「つ、つかまえてきましたー…」 一度捕まえてしまってからはなぜかおとなしくなったアーリーを手に持って、酒場へと戻ってくるティール。 ティール自身、底無しに感じていたスタミナにも限度はあったらしく、数時間の激闘直後と言うこともあって、さすがに精神的にも体力的にも疲れが表に現れて...
  • チャプター8.つながり
    ―8― 「そっか、チームに入るつもりはないんだな」 一部逃げ出してしまった末端の兵士を除いて、モレク鉱山裏の洞窟を根城にしていた盗賊団は壊滅し、自警団の手でそのメンバーは連行されて行った。 ティールとレオン達のチームは自警団のメンバーに去り際に報酬を手渡され、今はモレク~リエステールを結ぶ街道の上で別れの挨拶をしているところだった。 「うん……ちょっと、今は一人で考えたい事があるから……」 その時、レオンの口から自分達のチームに入らないかという提案が出されていたのだが、ティールは決して首を縦には振らなかった。 どちらかといえば、今は誰かと組むにしても、様々な人と関わっていきたい。 誰かと組みたいとは望んでいても、一つのチームに留まって、あまり情を深く持ちたくは無いと考えていた。 ―こんな考え方をするという事は、まだまだトラウマは払拭されているとは言えないだろう...
  • チャプター4.仲間の定義
    ―4― 互いに持っていた弁当を少しづつ交換したりしながらという和やかな昼食タイムを過ごし、魔法が使えないという状態のエミリアの穴をうめるように、シアとユキの二人と、銀牙の一匹を加えて、ミナルまでの道中を共にした。 シアはバードの特性上、本人の攻撃能力はゼロだったが、それを補うように『英雄の謳』『戦いの謳』といった”自らが味方と認識している者”を強化する謳と『癒しの謳』『奇跡の謳』という声の届く範囲にいる味方を回復し続ける、レ・ラリラルのような謳で、ディンと銀牙の戦いを補助していた。 ―欠点があるとすれば、”謳い続けなければ”効果を得られないと言うことと、その特性上”強化系の術の効果を残したまま回復する”ことが出来ないことだろうか。 ただ、効果範囲が”声の届く範囲”なので、発声しだいでかなりの広範囲の味方に効果を及ぼすことができるという利点もあるようだった。 ―また、...
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