Aerial World内検索 / 「チャプター4.笑顔が創る道」で検索した結果

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  • チャプター4.笑顔が創る道
    ―4― お金を払い、食堂を出た後は、表通りにでてほてほてと二人で歩く。 そうして辿りついたお昼過ぎの広場は、親子連れや露天商、暇そうにしている支援士などでいつも通りの賑わいを見せ、その光景はこのリエステールが活気ある街である事を誇示するかのようだった。 「画家さんかー。 ソールは絵なんて描けないからうらやましいな」 そんな中で、アウロラはソールに自分の身の上を訥々と語っていた。 何かを言うたびに、素直に、率直に思った事を口にする彼女は、先程アロちゃんなどというあだ名をつけられたときと同じように、久しく忘れていた『友達』に対する感情を思い出させてくれる。 「あ、思い出した。 『春の息吹』っていう絵、ソールすごく大好きだよ」 「……ありがと」 『春の息吹』はタイトル通り、去年の春に出した作品だった。 あの頃も、多少のスランプに悩まされながらも、元気に筆を動かして...
  • チャプター4.開戦
    ―4― 場所はリエステール東街道……では馬車などの通行の邪魔になるので、街道からややはずれた地点を選んでいた。 地形的アドバンテージはどちらにも傾いておらず、兵力差は4:2. 単純な数字の上では、こちらが有利な状況である。 人員に関しても、ティールが斬り込み、ディンが盾に、そしてエミリアとイリスが後方から魔法で攻撃する、とバランスはとれている。 ……ただ、イリスに関してはせいぜい火と風の中級魔法がかろうじて使えるといった具合で、多属性合成魔法も下級魔法同士を組み合わせて中の下程度の威力を出すのが関の山で、中級同士を組み合わせるほどの能力はまだ持ち合わせていない。 尤も、中央都市近辺のフィールドをうろついている魔物程度ならそれでも十分対応できるのだが、今回は”対人戦闘”であり、その相手をする二人組は間違いなく自分達と同格以上なので……イリス単体で魔法を使わせたところ...
  • チャプター4.酒場で
    ―4― 鉱山の町モレク。 元は鉱山の採掘を生業とする山男達で賑わう町だったが、鉱山が魔物の巣窟につながってしまい、ダンジョン化してからは、支援士の姿も多くなっていた。 ……それから、随分と長い時が過ぎた今もそれはかわらずに、町の酒場は支援士と、鍛冶専門のクリエイターを中心に、多くの人で賑わっていた。 「はっはっは、そりゃー災難だったな」 「他人事だと思ってわらうでない!」 そんな中で、酒場のマスターと話しこむ二人。 ディンは、エミリアがいち早く鉱山へと向かいたい様子だったのを考慮して、平原で出会った少女とも別れ、最終準備を手早く済ませて出発するつもりだったが、エミリアの口から出たのは『情報収集じゃ』の一言。 その言葉に拍子抜けしつつも感心し、とりあえずは少女と一緒に、もっとも情報が集まっているだろう酒場に来たわけだが…… 「いやいや、すまんすまん」 モレクにく...
  • チャプター4.七色の鳥
    ―4― その後、足早にモレクまで帰還したティールは自警団の駐屯騎士に事のあらましを告げた。 ……ただ、今の自分は事の大きさを理解しきれていないと考え、”ダンジョンから出たところを、荷物を狙われた”とだけ伝え、小鳥の存在についてはまだ隠しておく。 珍しい存在というものは、あらゆる方向から狙われる要因となり、加えて今自分がおかれている状況から考えると、騒ぎを大きくせずに、相手の出方を見る方が得策……そう考えての行動でもあった。 「……とはいえ、どうしたものかな」 自警団が岩礁洞窟方面に調査に出たのを見送ると、ティールは再びモレクの町を歩き出す。 とりあえず酒場に依頼されていた岩塩を届けるのは確定として…… 「ピィ~……」 「……あ、お腹すいた?」 コートのポケットからちょこんと顔を出し、なにやら切なげに鳴く小鳥。 思い返せば、たまごから孵ってからここまで何も...
  • チャプター4.天乃の重み
    ―4― 「ふむ……なるほど」 特に断る理由も無い、という事で、ホタルは二人を連れて工房へと戻り、ここ数か月の間に自分が作った、試作品も含めた数本を持ち出し……そして基本的に珍しいもの好きという性格から、一般人よりは目の利くらしいエミリアは、その一本一本を感慨深げに眺めていた。 「……悪いな、名品とか呼ばれてるのに目がないやつで」 「いえ。 『片刃剣』というだけでありがたがる人とは違うようですし」 その光景を呆れつつもどこか慣れた調子で眺めるディンと、少し調子を崩されつつも、少し微笑むような表情を浮かべ、そう答えるホタル。 「……やっぱり多いのか? 名前だけでありがたがるやつって」 「形だけ見て質を見ない。 そういった方は、ナマクラでも『片刃剣』と言うだけで満足して帰っていきます」 後に”ナマクラでも早々折れる事は無いですけど”と付け加え、あまり笑っているとは思え...
  • チャプター4.仲間の定義
    ―4― 互いに持っていた弁当を少しづつ交換したりしながらという和やかな昼食タイムを過ごし、魔法が使えないという状態のエミリアの穴をうめるように、シアとユキの二人と、銀牙の一匹を加えて、ミナルまでの道中を共にした。 シアはバードの特性上、本人の攻撃能力はゼロだったが、それを補うように『英雄の謳』『戦いの謳』といった”自らが味方と認識している者”を強化する謳と『癒しの謳』『奇跡の謳』という声の届く範囲にいる味方を回復し続ける、レ・ラリラルのような謳で、ディンと銀牙の戦いを補助していた。 ―欠点があるとすれば、”謳い続けなければ”効果を得られないと言うことと、その特性上”強化系の術の効果を残したまま回復する”ことが出来ないことだろうか。 ただ、効果範囲が”声の届く範囲”なので、発声しだいでかなりの広範囲の味方に効果を及ぼすことができるという利点もあるようだった。 ―また、...
  • チャプター4.疾風の白刃
    ―4― 自分のものさしだけで全てを測ろうとすると、いつか必ず壁にぶち当たる。 個人の常識など、世界の真理からすればほんとうに小さなものである。 ……これは、彼女がとある読書家から聞いた哲学的な一言だった。 その時はその言葉の意味がいまいち理解できなかったが、今、なんとなくその意味が分かりかけてきたような気がしていた。 「にゃにゃー」 道端につみかさなっていた桶にかるく身体を当て、転倒させるアーリー。 それらはバラバラに転がり始め、彼を追いかけるティールの視界から彼の姿を隠し、行く先を阻む。 しかし、ティールはひるまずその桶の波を跳び越え、ふたたび目標の姿を視界に捉えた。 「…あれ、本当にただのネコ…?」 ―とりあえず、ティールは白猫アーリーの捕獲に奮闘中である。 すでにモレクの町をほぼ網羅するほどあちこち走り回ったのは確実で、もう少しで捕まえられ...
  • チャプター5.笑顔の誘い
    ―5― ――夜。 月も昇り、数々の支援士や住民達で賑わっていたモレクの町も静まりを見せ、町の賑わいは民家や酒場、宿屋の中へと移っていた。 今外にいる者達と言えば、遅めの帰宅の町人か、鉱山帰りの冒険者くらいのものだろう。 「あー……今日は空ぶりじゃったのぉ……」 ディンとエミリアの二人もその例にもれず、鉱山側の町の出口から、宿へと向かってほてほてと歩いていた。 エミリアは、目当てのものを見つけることが出来ずに意気消沈気味ではあるが…… 「バッグの1/3の鉄鉱石に、宝石の原石が数個。 昼過ぎからなら上出来だろう」 それ以外で手に入った鉱石類は、酒場のアイテム捜索依頼を漁れば使った時間に見合う報酬は出る収穫。 ディンは、まぁこんなものか、という感じでこの日の行動を振り返っていた。 「何を言うか。 目的のものが手に入らなければ、何を見つけようと空振りなのじゃー」 ...
  • チャプター1.名声
    ―1― もうすぐ春に差し掛かろうかというこの時期、暖かくなり始めた空気の中を歩く人達は、まだ厚着をしていたり、若干薄着に変わっている人もいたりと、人によって冬服と春服が入り混じるこの時期は、それはそれで面白い光景であるかもしれない。 アウロラの場合、彼女にとってはまだ肌寒いのか、比較的薄手のものではありながらも、コートを一枚羽織って街中を歩いている。 ……外出そのものに意味は無い。 強いて言うなら、じっとしていることが出来なかった、としか言う事はできないだろう。 とりあえずなにかしなければいけないような衝動に駆られながらも、その感情をカンバスに向ける気分にはならない。 それはスランプに陥った時によくある状態ではあるが、代わりとなるはけ口は早々見つかるものでもなかった。 「期待の新星とか、神童アウロラとか……周りは騒ぎ立てるばかりだし……」 とは言ったもの...
  • チャプター14.解き放つ想い
    ―14― 『どうじゃ、この衣装』 『いいんじゃないか? いかにも魔法少女(ウィッチ)って感じだし』 『うむ。 ディンも、意外と鎧姿が似合っているではないか』 『…一応、重戦士(ブレイブソード)だからな』 『しかし、あの泣き虫がパーティーの『盾』となるブレイブソードとは、世も末じゃな』 『……俺だって、いつまでもお前に守られていたくはない……今度は、俺がお前を守ってやる番だ』 『……そうじゃな。 私も、ディンのその言葉を信じて、ウィッチ―いや、マージナルになる道を選んだ。 これなら私の前を守ってくれるお主を、後ろから助けられる』 『……お前にいきなり素直にいわれると、なんか変な感じだな』 『ふふ、そんな素直じゃない私がこう言っているのじゃ。 ……ディン、お主も、まずはブレイブソードにとどまらず、パラディンナイトを...
  • チャプター16.咎人の指輪
    ―16― 「貴様等! 何をしている!!」 倒れ伏したディンとエミリアに向けて、男の怒る声が響く。 その二人は、敵であるティールの戦意を削ぐための大きなウエイトを占めていた……はずだった。 「無駄だよ。 意識の飛んだ相手に、あなたの声が届くはずも無い」 しかし何を思ったのだろうか、ティールは突如として与えられたその枷を振りきり、何の躊躇も無く二人を気絶させるレベルの攻撃を撃ち込んでいた。 「がはっ……」 「……ティール、こっちも終わったぞ」 同時に、この時点で周囲を取り囲むように布陣していた兵士達も、ヴァイ達の参陣により掃討されている。 どさりと地面に崩れ落ちる最後の一人を尻目に、一同は武器を構えたままティールの周囲に集まっていった。 「……Aランク以上の依頼は『放棄』こそ許されていないけど、『失敗』の例なら過去にいくらでも存在する。 二人はやられこそした...
  • チャプター5.依頼破棄?
    ―5― 「……この剣は、私の技の全てを込めたものです」 手の中にある剣を目の高さまで持ち上げ、そう口にするホタル。 「ほう? …………何かあるようじゃが……見せていただけぬか?」 そして、エミリアがその行為に答えるように言うと、ぴくり、とディンがまた何かを言いかけた。 しかし、その瞬間のホタル自身の表情と、エミリアの真剣な瞳を目にして、出しかけた手を引き、開きかけた口を閉じる。 今のこの二人に、口出しは無用。 そう感じたのだろう。 「……先代……お主の父は、シエンと言ったな」 「はい。 ……父から伝えられた技の全て……その剣に打ち込みました」 ゆっくりと鞘から刃を抜き、その刀身を眺めるエミリア。 そして、真剣な眼差しで、その様を見つめるホタル。 「同じ…じゃな。 多少の違いはあるようじゃが、モレクで見た『天乃』の剣と違いの無い作り。 見事な作品じゃ」 ...
  • チャプター3.鬼ごっこ
    ―3― 「マスター、おはよーっとっと…」 バタンと酒場の扉を開けて、いつもの調子で元気にその店の主に呼びかけようとした支援士の女性だったが、その直後に、不意をつくように飛び出て行った小柄な黒い影に驚き、わずかに身を避けた。 黒い影は、女性が目に入っていなかったのか、何も言わずにそのまま駆け出していってしまう。 「おお、ジュリアか。 丁度いいところに来てくれたな」 「え? なにか依頼でも入ってるの?」 しかし、それについては特に気にした様子も無い女性―ジュリアに向かって、マスターの声が飛ぶ。 ジュリアはぱたぱたと服のほこりをはたいて佇まいを直すと、とてとてとマスターの立つカウンターにむけて移動した。 「ああ、今外に出てったお嬢ちゃんの後を追って、様子を見て欲しい」 「今って、今でてった女の子を? 別にいいけど、何かあったの?」 誰の目にも分かりやすいハテナ...
  • チャプター3.雑音
    ―3― あれから数十分。 全員でミナル方面に向かって歩きながら、エミリアは先程の戦闘で起こった事に関して、戦闘に割り込んできた吟遊詩人(バード)の女性に尋ねていた。 ―バードは、『歌』の能力を持つカーディアルトの特殊職。それゆえに、特殊な状態異常などの治癒に関しても、カーディアルトと同等以上の知識、力を持っている。 そう考えての相談だった。 小さな女の子の方は、フロストファング―銀牙の背中に乗ってそのへんを駆け回っているが、ちゃんとこっちの動きは見えているのか、常に一定以上の距離をあけないようにしているようだ。 「体調は問題ないんですね?」 「うむ…魔力が尽きている感覚もないのじゃが……」 今エミリアの身体に起こっている事……それは、魔法が使えない、というマージナルとして致命的な状態だった。 相談をする際にも、その辺の石に向かって何度か魔法を使おうとしたが...
  • チャプター2.審判
    ―2― 出会い頭にこちらの持っているモノを渡してくれと言い、断ったら断ったで即座に実力行使に移る。 それはまっとうな人間ならば決してとることのない手段で、躊躇無くそれを行えるというその態度は、世間一般的に言う『悪』の精神に近いものをもっているということになる。 自分自身の考えが正義とは言わないが、気にいらないタイプの相手であることは確かだった。 「シャアア!!」 取り囲んでいたクレセントのうちの一人が、奇声をあげて飛びかかる。 ティールは鋭く狙い済まして振り回される敵のカタールを横に一歩跳ねて回避、そのまま適当な間合いを取り、その手のハルバードで一撃を叩きこむ。 「…っと、危ない」 一人が軽く吹き飛んで行った直後、また別の方向から時間差で飛びかかってくる残る四人。 一人一人の実力はティールとほぼ同レベルのようだが、このままでは数と連携の差で押されてしまうだろ...
  • チャプター5.覚悟
    「ディスケンスさん。」 「何だ?弟子。」 あなたの弟子じゃないんですけど…。 「この絵、あ。」 「知る必要は無い。 知りたければ、可能性に賭けて時が経つのを待つといい。 それまでは、閉まっておいた方がいいんだよっと。」 絵を手に取ると、倉庫の扉を開けて投げ入れられてしまった。 「……どうして教えてくれないんですか?」 「知るべきことじゃない。少なくとも、今はな。 あぁ、俺もお前に聞きたいことが一つあるんだがいいか?」 「え?」 「お前さ、よく寝言で“レウィス”って単語が出て来るんだが誰だ? おっと勘違いするなよ?ききたくてきいてるわけじゃないんだからな。 おーい、人の話を聞いてるか?」 寝言にまで出てくるのは、最近頻繁に見るようになった夢の所為? 「おい、弟子。」 「あ、はい。えっと、レウィスっていうのは…。」 「いう...
  • チャプター1.日課
    ―1― 今日の夕ご飯は白米と鮭、野菜の煮物、出汁巻きの4品。あとは茶でもあればひとまず満足といったところだろう。 ホタルは少し厚着をして工房を出、財布片手に十六夜の食品市場で今夜の夕食の食材を吟味している。 そういえばお酒がもう少しでなくなりそうだったことを思い出す。 あまり大量に飲む方では無いものの、寒波が厳しいこの時期に、身体を内から温める酒の有無は十六夜ではかなり重要だった。 ―まぁ、飲めない者はもっと厚着をすればいいという話だが。 「ふぅ~……今日は寒いね……」 十六夜の民が漏らすこの言葉に対し、他の町の感覚で”いつでも寒いだろう”などという台詞を言ってはいけない。 夏でも雪が残る事があるこの大地、冬の寒さは筆舌に尽くしがたい。 要するに、寒い。とにかく寒い。 雪が降らずに太陽が出てるだけマシである。 ホタルは自分の着ているコートを軽く着なおす。...
  • チャプター3.太陽の子
    ―3― 暴走する馬から助けて貰ったこと、そして、絵描きとしての命である利き腕の治癒をしてくれたこと。 それらのお礼も兼ねて、アウロラは空腹だったらしい少女を、自分の行きつけの食堂へと連れて、ちょっと遅めの昼食を一緒にしていた。 「ふぁー、このお店すごくおいしー」 どんな町にも隠れた名店というのはあるもので、リエステールの裏路地にあるこの店は、場所が場所だけに並ぶほど人は来ないが、確実に常連はいるという十六夜風の食道である。 ”はし”という十六夜独自の食器に慣れない人には苦しいものがあるが、少女は特に問題なく扱っているようだった。 「お礼だから、遠慮なく食べてね」 「ソール別に何もしてないけど?」 自分のことを”ソール”と名前で呼ぶ少女は、きょとんとした顔でお礼という一言についてそんな事を口にした。 恐らく、彼女にとってあの行動は”やって当然”の事だったのだろ...
  • チャプター3.『親』
    ―3― 「な……何……?」 恐る恐る目を開くと、いつの間にか空間そのものを飲み込むような勢いの光は消え、たまごに群がっていたはずの四人のクレセントと、ネクロマンサの男はなぜか全身にダメージを負った状態で、地面に倒れ伏していた。 先程たまごが発していた光の影響なら、抱きかかえていた自分自身もただではすんでいないはずなのだが…… 「……あ、たまご……」 そこまで思い返し、ようやく今自分がおかれている状況を思い出す。 とっさに受けとめた、割れかけのたまご……自分の手元を見下ろすと、そこにはそれがあるはずだった。 しかし、そこにあったのは……いや、”いた”のは、七色の羽毛をした小鳥。 その結果は、直前の展開から考えると予想できたことではあったのだが…… 「孵っちゃったか……」 ティールは、今の自分が抱いている感情を、どう表現するべきか分からなかった。 拾ってきた...
  • チャプター9.無情
    ―9― ちらり、と地面に倒れこんでいるディンへと目を向ける。 先程身動きもとれないほどのダメージを負っていたせいか、それからここまで相手には見向きもされていない。 ……それからここまで、それなりに時間が経っている。 自然回復だけであれば、さすがにまだ立てるような状態では無いだろうが…… 「氷昌の冠(クリスティオンクラウン)の下に――我らを覆い隠せ! ダイヤモンドダスト!!」 意を決し、エミリアは魔法を発動させる。 その瞬間、高く掲げた杖の先から噴き出した氷の微粒子が、この周囲一体を包みこむ濃霧のように展開し…… 一同の視界は太陽光を反射して輝く氷の霧で満たされ、かろうじて相手の位置を把握できるような状態に持ち込まれた。 「イリス!」 「うん! ――焦熱の赤をまとう火精」 その直後、エミリアの一声を受けて詠唱を開始するイリス。 「ふんっ、これで目隠しのつ...
  • チャプター2.奴隷
    護衛の姿も見えず、フィールドを駆けるには余りにも不用心すぎる一台の幌馬車 ガタガタゴトゴトと揺れる荷車の中 様々な荷物と共に10歳前半の奴隷が鎖に繋がれて縮こまっていた。 「………。」 奴隷にはあちこちに打撲や浅い切り傷が体中にあり 疲れた顔をして、多少破れた幌から見ることの出来る空を眺めていた。 その奴隷には、空を行く鳥が何よりも自由に見えた。 “よく、あんな子供が手に入りましたね。 なかなか高く売れるんじゃないですか?” “商品を売りに行った時に連中、全額払いきれなかったんだ。 残額分ってことであの奴隷を俺に売ったんだ 元々孤児だったらしいからな、まぁていのいい厄介払いだ。 この先を少し行ったところの盗賊たちに高く買ってもらうつもりだ。” その会話は、荷車の中の奴隷にも不鮮明ながらも聞こえていた。 だが彼女は何の反応も示さ...
  • チャプター17.異端児
    ―17― モレクの酒場。 先日と変わらず、『新種の鉱石』―その真の名が『エメトの欠片』と呼ばれる事を彼らは知らないだろうが、それを求める支援士達で賑わっていた。 当然、他の目的の支援士もいるかもしれないが、現在酒場に置かれている依頼の大半はそれで間違いないだろう。 「ティール。 ここにいたか」 目的の人物を発見するまでに、特に時間はかからなかった。 酒場の中にはいったその時点で、カウンターに座りバージンメアリーを飲みながら、マスターと話している姿が目に映っていた。 「……随分と災難だったみたいだな」 マスターのその言葉は、先日の盗賊の時と言っている内容こそ同じものの、あの時のような気楽さはなかった。 彼の心にのしかかっていた重さを、ティールというフィルタを通して聞いていながら、しっかりと理解している。 ―当のティールは、黙って顔も向けずにグラスを傾けてい...
  • チャプター7.初心
    ―7― カノンの大魔法を前に、思わず目を閉ざしてしまっていた。 地面に倒れこんでしまった今、もはやその攻撃範囲から逃げ出すような時間は残されていない。 いくら魔法に耐性を持っているマージナルといえども、目の前に迫っていた雷撃はそれすらも貫通する威力がある事は、見るからに明らかな事。 ……結局、最後まで足を引っ張ったまま終わるのか…… そう思うと、悔いても悔いきれない想いで、涙が出そうになるのを感じた。 「―――……ん…?」 ……しかし、目前まで迫っていた一撃は、いくら待てども来る事は無かった。 何事か起こったのだろうか? それだけを思いつつ、恐る恐る閉じていたまぶたを開いていく。 ――そうして最初に目に映ったのは、予想だにしない人物だった。 「やっほー。 エミィちゃん」 「―――あ、アウドムラ!? こ……ここは……」 思いっきり目を見開いて身...
  • チャプター6.選んだ道
    ―6― リエステール中央部に建造された時計塔。 それは教会本部に続く町のシンボルであり、南部で最も高いとされている建造物。 一時も休むことなく時を刻み続ける大時計は、町の人達が時を知るための大切な機能を果たしている。 「はぁ……ふぅ……」 そんな壮大な存在である時計塔は、基本的に教会の権限の元に管理されており、外から眺めるだけならともかく、その内部に入ろうとするならば教会の人間の許可と、同伴が必要とされている。 ―孤児院の社会見学でごくごくたまに多くの子どもで賑わうこともあるが、太陽も昇っていない早朝、加えて、そういった時期では無い事もあり、今塔内にいる人間と言えば、案内人をかってでたエルナと、見学者のアウロラ……そして、教会所属の時計塔管理者数名といったところだろう。 「あら、もう息切れ?」 「すみません……普段、あんまり動かないもので……」 そして、今は...
  • チャプター24.マアトの裁定
    ―24― 月明かりの落ちるモレク近辺の林の中。 一人のネクロマンサの男が、全体がボロボロとなった衣装を身につけ、半ば這うような姿でその中を進んでいる。 「くっ……おの…れ……!」 彼は、アイリスのレインボウドロップの直撃をかろうじて回避したものの、着弾後に広がった強烈な魔力の余波をその身に受け、全身に大きなダメージを負うに至り…… 余波だけでこの威力と言うのなら、それは直撃を受ければそのまま死に至らせる可能性もあった一撃であり……彼は、精霊王の強大な力の片鱗に、これまでに無いほどの畏怖と恐怖を感じていた。 「あの……妖精(ムシ)めが……出てこなければ……」 ……そう、あのままヒミンと名乗っていた妖精が乱入してこなければ、アイリス本来の力を発揮することなく全てが終わっていたはずだった。 天に輝く12星座――『黄道十二宮(ゾディアックベルト)』の力。 それは、...
  • チャプター15.約束の真理
    ―15― 「…それは?」 ティールの手の中にある少し大きめのガラスビン。 その内側には何かが入っているらしく、ガラスを通して全体が白い光を放っていた。 ティールは何も言わずにクスリと笑うと、そのビンをエミリアのいるベッドへ向かって放り投げた。 「わっ、とと……」 手を滑らせ落としても、その下は布団。 ビンが割れる事は無い。 それでも、反射的にとんできたビンを手で受け止め、軽くバランスを崩して落としそうになった。 「ふぅ……いきなり投げるでない! 危ないではないか」 「ゴメンゴメン。 ……それ貴方達の探し物だよ」 特に反省した様子もなく、笑顔のままそう答えるティール。 ……貴方達の探し物―それはつまり、このビンの中身が、二人がこの町に来た最大の理由である『白い鉱石』であるという事を物語っている。 改めて見ると、コルク栓で密閉されたビンの中に、数個の白い...
  • チャプター6.命の借り
    ―6― 「……で、俺達に何か用でもあるのか?」 エミリアが去り、ディンとティールの二人だけになった宿の一室で、本を読みかけていたティールに向けて、ディンはそうきりだした。 「なんのことかな」 ぱたん、と開きかけた本を閉じ、問いかけた相手に視線を合わせるわけでもなく、ただそう声に出すティール。 しかしその表情は、問いかけられるのを待っていたかのようにも見えた。 「3人で相部屋に……俺には、『話したい事があるから同じ部屋にできないか』と言ってる様にきこえたんだが」 帰ってきていたのはとぼけた一言だったが、ディンは会話を続けるのをやめようとはしない。 いつもなら一笑に伏すような出来事だったが、なぜか、ティールの『一言』は見逃すつもりにはなれなかった。 「それは深読みしすぎじゃないかな」 「それならそれで構わない。 だが、何かあるような気がしてならないんでな」 ...
  • チャプター7.朝霧の町
    ―7― 「う……わぁ……」 3人で覗きこむのは、東の窓。 そこから見えるのは、太陽が昇り、一日の始まりを告げる東の空。 そして眼下に広がるのは、空を光で染める太陽に照らされた、雲の都…… 「街は朝霧に包まれて、まるで雲の海に浮かぶように」 ソールは、アウロラの横で楽しそうに微笑みながら、町のその様を眺めている。 それは、肌寒い空気から生み出されし朝霧に沈んだ、リエステールの街そのもの。 もし、空を流れる雲の上に街があるとするならば……きっと、こんな光景に違いない。 そう思わせる程街は白い霧に包まれ、そして昇り始めた朝日の朱を反射し、ただ美しく輝いていた。 「……こんな景色が……こんなところに……」 街そのものという身近すぎて、誰も気付かない世界。 凍るような空気が満ちる、冬の朝にしか望む事のできない、大自然の奇跡。 高い塔を登りつめたという疲れも忘...
  • チャプター3.挑戦者
    ―3― ――朝。 今日も、何か変わったことでもないものか、とつぶやく人もいるかもしれない平凡な日々がまた始まる。 それでも、この平穏はこの街が平和である証でもある。 特別な事件というものは、悪い兆候を交えるものが多く存在しているのだから。 それでも、”本当に何も起こっていないのか”といえばそれは否であり、中には、必ず小さな非日常に見舞われている人たちも存在している。 ……何か変わったことでもないものか、そう口にする人は、たまたま”非日常”が訪れていないだけ。 世界は、小さな非日常の繰り返しで成り立っているのだから。 それは、ちょうど朝食を食べ始めようかという時だった。 ヴァイとリスティは三日ほど前から街を離れているので、今この場にはいない。 その一点については特に珍しいことでもなく、残されているメンバーも気にするようなことはないだろう。 「...
  • チャプター10.天乃 蛍
    ―10― クウヤの途中参戦もあり、鎧武者の一団をなんとか退けた一行。 撃退後に本来町から出る事の無いクリエイター系列であるはずのホタルがあの場所にいた経緯も話し、その後はクウヤも交えてオーロラの発生を待つ事となった。 ……しかし、その日はオーロラそのものを見る事は叶わず、一旦十六夜へと帰還することとなり、町へついた後にもエミリアとディンは少し残念そうな表情を見せており……特にエミリアの方はかなり露骨な溜息を交えていた。 ただ、その横で非常に充実した表情を見せるホタルの姿もあったことを、クウヤは見逃してはいなかった。 ……そして、その2日後の早朝。 十六夜のはずれにある、どんな寒さでも凍らず流れ続けるという霊水の池に、ホタルは一人向かっていた。 昨日一日を使い天衣岬で見えた『答え』の意味を考え……今、戒めと決意の意味を込め、禊を行う。 今すべきは、剣を打つ...
  • チャプター14.業の集う場所
    「―あ、出るタイミング逃しちゃった?」 「……起死回生。 出る必要がなくなっただけ」 「いや……状況はまだ悪そうだよ。 もう少し、様子を見ようか」 ―14― 「――ヴァイ!?」 ティールの心臓に剣を突き立てようとした兵士が一撃の下に吹き飛ばされ、予想だにしない援軍の到来に、一瞬怖気づく他の兵士達。 「グオオオオ!!」 そして、その一瞬の隙を突くかのように、純白の体毛をなびかせ、一体のフロストファング――銀牙が戦場に飛び込み、群がっていた兵士達を蹴散らしていった。 攻撃を受けなかった他の兵士達も、完全に虚を突かれ動揺し、なす術もなく後退していく。 「くっ……貴様等!?」 その兵士達の向こう側で、驚愕の声を上げる男。 そうしている間にも、ヴァイ、銀牙に続いてリスティ、シア……そして、ユキとイリスもこの場へと集い、地面に倒れこんでいるティールを守るか...
  • チャプター11.天の刃
    ―11― 「十六夜を出る前にはまた顔を出すのじゃ」 「―ま、オーロラが見れるまではいつくことになりそうだしな。 それまでは、たまに来てもいいか?」 ディンが天羽々斬を受け取り、数分談笑した後……4人はそろって工房の外へ出て、ディンとエミリアは宿へと、ホタルとクウヤはその見送りという形で、対面するように並んでいた。 「ええ、ぜひ来てください。 お茶くらいなら出しますので」 ホタルはにこりと笑って、目の前の二人に向けてそう口にする。 たったの数時間程度の冒険だったけれど、その中で得たものはなによりも大きいもの。 それだけに、彼女はまるで命を救って貰ったかのような大きな恩を二人に感じていた。 「……エミリアさん、次に会う時は、ホタルと呼んでください。 貴方たちとは、これからも仲良くしたいから」 「ん、そうか。 では、わたしの事もエミィでよいぞ? むしろそっちの方が...
  • チャプター2.氷昌姫
    ―2― 氷昌宮、クリスティオンパレス。 それは一般的に『水晶の館』として伝えられている氷の館の正式な名称らしく、その館の主を名乗るアウドムラの口からそう告げられていた。 夢の中でこの場所にたどり着くのは、もう片手で数えられる数は越えてしまっている。 ……氷昌宮の夢を見た後は、目を覚ました後でも明確に夢の中の出来事を記憶していた。 それは何度繰り返しても同じで、それだけでもこの夢がただの夢では無い事は理解できる。 もっとも、最初に辿りついた時はこの館の詳しいコトなど何も知らず、戸惑うばかりだったが…… 「……ふぅ……」 勝手知ったるなんとやら、とまではいかないものの、入り口から広間と、その周辺にかけてはある程度構造は理解できている。 この日も夢の中でたどり着いた館の廊下を進み、広間のテーブルの一つに腰かけて、頬杖をつくようにして溜息を漏らしていた。 「あら...
  • チャプター9.巣窟地帯
    ―9― その後道中に何度かモンスターと遭遇しつつ、エミリアの目標以外のアイテム探索も交え、3人は炭坑の奥へと進んで行った。 『巣窟』付近まで来ると、昨日の二人のように、中まで行かずともどこかにあるのではないか、と踏んでいるであろう、クリエイターを引きつれた支援士達ともなんどかすれちがう事もあった。 「ふぅ…さすがに中まで来ると足場が悪いな。 エミィ、大丈夫か」 そんな彼らを尻目に、3人は巣窟内部へと足を踏み入れる。 内側は炭坑と違い人の手が一切はいっておらず、洞窟としての広さもまちまちなのは当然ながら、人工的な明かりが無いどころか足場の悪さも今まで以上のものだった。 「大丈夫じゃ。 ……しかし、どうやら何人かがすでに入った形跡もあるようじゃの……」 「ま、話が出てきて1ヶ月だからな……ダンジョン慣れしてるやつなら行くのも出てくるだろう」 そんな状況でも...
  • チャプター5.始めての…
    ―5― その後、戦場は屋根の上から再び路地裏に移り、その次は表通り、かと思えばまた屋根の上…と、二人は次々と場所を移動し続け、その『戦闘』の監視役であるジュリアも、ブレイブマスターと足には自信があったが、さすがにそのめまぐるしさには疲れが見えはじめていた。 もっとも、熟練の冒険者と呼ばれるほどの経験を積んでいるジュリアならば、ここまで時間を掛ける前に、既につかまえているだろう。 どちらかと言うと彼女の場合、時間がかかりすぎて観察に飽きてきたための疲れかもしれない。 ……そして、 「つ、つかまえてきましたー…」 一度捕まえてしまってからはなぜかおとなしくなったアーリーを手に持って、酒場へと戻ってくるティール。 ティール自身、底無しに感じていたスタミナにも限度はあったらしく、数時間の激闘直後と言うこともあって、さすがに精神的にも体力的にも疲れが表に現れて...
  • チャプター6.いつも通りに
    ―6― 一口に酒場と言っても、町や地方によってその趣を異にするものがある。 極端な例を上げれば、リエステールの標準的な文化と、十六夜の『和』と呼ばれる文化の差を考えれば分かりやすいかもしれない。 また、一つの町に一つしか酒場が無い、というわけでもなく―特に広い町では町の端と端に別の酒場があったりする事もある―そこをきりもりするマスターによって、その酒場で依頼を受けられるかどうかの差も出てくる。 リエステールの酒場のマスターのように、依頼を管理を任される程の人間の選別は、非常に慎重さを求められるという影響もあるのだろう。 「………」 今、彼女―エミリアがいる場所は、ミナルにある酒場のうちの一つ。 ここは支援士が集まり依頼の受け渡しを行える場所では無いが、どこか静かで落ち着ける雰囲気のこの場所は、かもしだす空気からしてとしてゴロツキがほとんど寄りつかないため、一人静か...
  • チャプター8.つながり
    ―8― 「そっか、チームに入るつもりはないんだな」 一部逃げ出してしまった末端の兵士を除いて、モレク鉱山裏の洞窟を根城にしていた盗賊団は壊滅し、自警団の手でそのメンバーは連行されて行った。 ティールとレオン達のチームは自警団のメンバーに去り際に報酬を手渡され、今はモレク~リエステールを結ぶ街道の上で別れの挨拶をしているところだった。 「うん……ちょっと、今は一人で考えたい事があるから……」 その時、レオンの口から自分達のチームに入らないかという提案が出されていたのだが、ティールは決して首を縦には振らなかった。 どちらかといえば、今は誰かと組むにしても、様々な人と関わっていきたい。 誰かと組みたいとは望んでいても、一つのチームに留まって、あまり情を深く持ちたくは無いと考えていた。 ―こんな考え方をするという事は、まだまだトラウマは払拭されているとは言えないだろう...
  • チャプター3.ひとやすみ
    ―3― 「どうぞ」 ホタルはコトリ、とちゃぶ台の上にお茶が注がれた湯飲みを三つと、茶瓶を置く。 そしてかるく衣服を正すと、二人と向かい合うような位置に、正座で腰を下ろした。 「すまぬな、ここまでしてもらうつもりではなかったのじゃが……」 エミリアはかるく苦笑いを浮かべつついつもかぶっているらしい帽子を足元に置き、自らも佇まいを直し、丁寧に湯のみを受け取った。 「いえ。 ……あのディンさん、慣れないようですし、足崩していただいても結構ですよ」 「……ああ、悪い……」 正座、というのは”椅子”というものがあまり使われず、床に直に座るという風習が主となっている十六夜独特の文化の一つであり、一般的に外から来た人間には馴染みのない座り方である。 ……慣れない者なら、短時間でも足に強い痺れを感じ、しばらくは立つこともままならなくなる場合があるという、外の者達にはこんな座...
  • チャプター6.恩師来たりて
    ―6― ――朝。 普段は喧騒に満ちているこの鉱山の町でも、深夜から早朝にかけては静寂に包まれた世界となる。 それでも、太陽が高く昇るにつれて町を歩く人影も増えていき、昼を回るその前には普段通りの賑わいを見せるのもまた必定。 ……今は、その中間にあたる時間帯。 窓から外を覗き見れば、外を歩く人も増え始め、太陽が高くまで差し掛かろうとしている。 「――……う……ん~……」 そんな中で、一人宿をとり一夜を過ごしたティールは、いつもより少し遅れた時間に目を覚ましていた。 七色の羽根を持つ――ティール自身がイリスと名付けた小鳥や、それをつけねらうような言動をしていた男…… その存在が、多少なり精神的な疲れを感じさせていたのかもしれない。 「……はぁー……」 もっと小さな頃……かつて生まれ育った世界にいたころから、比較的アクシデントに巻きこまれやすい...
  • チャプター7.天衣岬
    ―7― ざくざくざく……と三人分の雪を踏みしめて歩く音が続く。 日もほとんど沈み、月と星明かりを頼りに進むのは、支援士としてはあまり珍しいことでもないが、晴れているとはいえ雪原を突き進むにしては、いい状態とは言えないだろう。 それでも、雪道そのものに慣れているホタルと、多少なり体力に覚えのある支援士の二人。 その程度の労はものともせず、順調に歩を進めていた。 「お…っと、海か?」 ……そうして、夕暮れの十六夜から歩き続けて一刻ほどたったころだろうか。 足元が崖のような形になり、その向こうに北の海を見渡せる、オーロラの絶好の見物場所とも言われている、天衣岬と呼ばれる場所にたどり着いた。 「オーロラ、見えないようじゃの……」 しかし、その上空は何の変哲も無い夜空が広がっているだけで、あるものと言えば、月と星、そしてわずかな雲くらいなものだった。 空を見上げながら...
  • チャプター22.結論
    ―22― ティールとイリス、エミリア、ディン、そしてヴァイとリスティという大所帯で、女性で四人部屋と、男性で二人部屋を借りて昨日の夜は過ごしていた。 現在集まっているのは、女性陣が使っていた四人部屋であるが、さすがにクローディア、シア、ユキのプラス3人ともなれば、本来入るべき人数の二倍以上の人数となり、比較的広い部屋とはいえ窮屈に感じられる。 ……が、今はそんなことを気にしていられる状況でも無いのか誰も気にした様子もなく、先に現状の確認をするべきだと踏んだのか、廊下へのドアを閉めたクローディアに向けて、エミリアが真っ先に声をかけていた。 「自警団と教会はどう言っておった?」 気になる点は二つ。 一つは、自分達に課せられていた依頼の扱い。 そしてもう一つは、”教会と自警団における”イリスの扱い。 前者については昨日の間にクローディアの口から”強制破棄”という答...
  • チャプター5.定例コント
    ―5― ―次の日の朝、なんとなく早く目が覚めたディンは、鎧では無い私服を身につけて、朝の町を散歩していた。 いつもは慌しく船頭をやとって水路上の最短距離をすすんでいたこの町は、彼は随分見慣れた気がしていたが、こうやってゆっくり歩くと、新しい発見のようなものも多くあるようだった。 「たまには、こういうのもいいかもな」 誰に話しかけるわけでもなくそう一言。 色々な店が集まっている通りも、看板の表示はまだどこも『CLOSED』のままで、開いている店は一つとして無い。 なかには早起きの店主か看板娘かが軒先の掃除をしており、ディンは彼等が自分に気がついたかと思うと、かるく会釈を交わしていた。 ……ふと空を眺めて見ると、小鳥が数羽、頭上を駆け抜けている。 数十分の散策を終えて、レイスの工房へと戻るディン。 自分が外へ出た時は、レイスもエミリアもまだ目を覚まし...
  • チャプター1.戦闘訓練
    ―1― リエステール西街道・ミナルへの道。 この日も若干の雲は存在するものの、太陽はさんさんと輝き、川に沿って散歩でもすると、川のせせらぎもあいまって気持いいかもしれない。 ……そんな中、ミナル川を渡る橋の付近で、ひとつの支援士のグループが魔物の一団と交戦していた。 「我が右手に集え紅を纏う火精 我が左手に集え緑旋を宿す風精」 その中の一人――三人の前衛に守られるように立つ小さな少女が、呪文の詠唱を開始する。 …彼女達の前に立ち塞がるのは、この世界でも最弱とされる魔物であるスライム。 主に集団で現れる事の多い魔物だが、戦闘能力そのものが微弱であり、駆け出しの支援士のいい的だったりする。 ついでに言うなら、赤、青、黄……と様々な色が並んでいるものの、実際は色能力すらも持たない個体であり、弱点等を気にする必要もない。 「我が力を糧に一つとなりて敵を討て! ...
  • チャプター20.記憶の涙
    ―20― アイリスが地面に降り立つと同時に、ゆっくりとその背の大きな翼が、小さな”イリス”の身体に吸い込まれるように消えていった。 ……外見こそ幼いイリスのままだが、纏う空気はさも”王”のごとき風格を帯び、そして他者に感じさせる力の強さは、”記憶”が解放される前とは比べ物にならないほどの強力な物へと変化している。 周囲が呆然と眺める中で、アイリスはシアの腕に抱かれているティールの元に歩を進めていく。 「……”イリス”のために……自らを、ここまで……」 「だって、私はあなたの『親』だから……絶対に、まもってあげるって決めたから」 そして、外面上の傷は消えたティールのその顔にそっと手を触れながら……心から申し訳なさそうな顔を浮かべるが、ティールは苦しげな顔も見せず、笑顔でそう答えていた。 「……そのままじっとしていてください」 その表情を目にし、アイリスはすこし...
  • チャプター8.氷昌の冠
    ―8― 「……エミィ!?」 天空より降り注ぎ、大地を穿つ雷帝の鉄槌。 一筋の光の柱となって舞い降りたそれは、閃光とともにエミリアの身体を飲み込んでいた。 いくら魔法耐性の強いマージナルといえども、無防備なまま受けて無事でいられる一撃ではない…… そのくらいは、魔法についての知識のない自分でも、容易に理解することができた。 「……あっ……?」 そう考え至った次の瞬間、ひらりと足元に舞い落ちる黒い物体。 ティールは抱きかかえていたイリスを地面に降ろし、その物体に目を向けそのまま手を伸ばす。 ……それは、エミリアがいつも身につけている白い十字架と翼の模様が施された、黒地の帽子。 転んだ拍子に脱げ落ち、魔法の衝撃で舞い上がっていたのだろう。 「他愛もなかったね。 あとはあんたたち二人だけか」 勝ち誇ったようにそんなことを口にしながら、その紫電の双剣を構えるリーゼ...
  • チャプター7.魂の戦士
    ―7― 盗賊のねぐらは、モレクの町から見て鉱山の裏側の、天然洞窟を利用して作られていた。 天然洞窟と言っても鉱山や『巣窟』とはつながっておらず、完全に独立した、ただの空洞である。 が、広さだけならそれなりのもので、数十人の集団戦闘も充分に行える広さだった。 ねぐらにたどり着いて、盗賊への投降指示を出す間もなく戦闘が開始する。 盗賊団の頭は数十人の部下に守られるように奥にある岩に腰かけて、その戦闘を余裕の表情で眺めているようだった。 ―なんだかんだといって自警団が長期にわたって苦戦してきた相手である、末端の兵士でもそれなりに力を持っているのだろう。 「アルはそのまま後方援護! クーは左へ!!」 「レオン、私は?」 「ティールは俺と中央だ!!」 ティールと共にいたチームのリーダー、セイクリッドのレオンは、戦場全体の様子と状況を見極め、時々自分のチームメンバー...
  • チャプター1.浮き足立って
    ―1― 河川の町ミナル―『河の上に建つ町』とも呼ばれるこの町は、いたるところに河が流れ、町の中の交通手段といえば、あらゆる場所に河がつながっているという地形から、渡し舟が主要なものとして扱われている。 まだ太陽も低い朝、一日の始まりを告げる明るみを帯び始めたばかりのその町は、河のせせらぎだけをBGMに、静かな時間を刻んでいた― 「起きろディン!! 鉱山に行くぞ!!」 ……とある宿屋の一室を除いて、の話ではあるが。 「……エミィか……また唐突だな。 もう少し寝かせろよ」 部屋中に響き渡るかのような勢いのその声に叩き起こされた青年―ディンは、一度引っぺがされた布団を、めんどくさそうに被りなおした。 しかし、エミィと呼ばれた少女―エミリアは、相手のその行為にも一切引かず、さらに勢いづけてもう一度それをひっぺがし、さっき以上に叫びたてるような声を張り上げる。 「何...
  • チャプター15.修羅の炎
    ―15― 「お前等の相手は俺だ!」 「がはっ!?」 ヴァイと銀牙が周囲に群がってくる兵士達の相手をしている間に、武器を構えて一歩前に出たティールは、真っ直ぐにかつての仲間に向けて戦闘の意思を示す。 「ディン、エミィ。 ……行くよ」 向こうもこちらも、本心ではこんな形で刃を交える事など望んではいなかっただろう。 それでも、いま自分達に残されているのは”現状”という運命のみ。 状況を変えることは不可能では無いが、互いに非常にリスキーな選択肢しか与えられておらず……。 対峙する二人も、表情に難色を示しながらも黙ってそれぞれの武器を構え、ティールのその意識を受け止めていた。 「―滾るは心――燃えるは魂――我が力、内なる灯火と共に――――ブレイブハート!!」 一度はかききえた魂の炎を、再び灯し――その勢いは、明らかに先程のそれよりも増していた。 それは、かつて”エ...
  • チャプター7.思考凍結
    ―7― さすがに宿の中まで銀牙を連れて歩くというわけにはいかず、一度彼を宿の裏に隠れさせて宿の中へと入る。 ……ヴァイ達はどの部屋に目的の少女がいるのか分からずに、ここにきて少しまよっていたが、ふと受付に目を向けると、シアが従業員に”宿泊客の友人です”と言い、目的の少女が泊まっている部屋の場所を教えて貰っていた。 「……堂々としてりゃ普通に教えて貰えるものなのか?」 バードの僧服を見に着けたままなので、教会の人間であるという影響もあるかもしれないが……実際のところは、シアの名前はモレクでも多少いい意味での評判が広まっている、という理由が主である。 「203号室だそうですよ。 行きましょうか」 もっとも、本人にその自覚があるかどうかは定かではなく、シアは特になんでもないような表情のまま、後ろに立っていたヴァイ達に呼びかけていた。 「で、来てみたもの...
  • チャプター13.魂の意思
    ―13― おそらく寄せ集めだろう荒くれの集団と、常に一人で戦い続けてきた支援士。 荒くれというものは総じてそれなりの力を有しているものだが、多対一における戦闘慣れをしているティールにとっては、即席のチーム相手なら立ち回り次第で対応は可能なようだった。 その動きは、常に敵軍という塊の外側に出るように足を運び、一体づつ確実に数を減らしている。 「ブレイブソード!!」 加えて、自身の能力を大幅に底上げする特殊能力の”ブレイブハート”の存在は大きく、生半可な実力では手がつけられないレベルまで戦闘力が上昇している。 ……長時間連続して使う事はできないと言っていたが、覚醒状態ならばAランク後期からSランク初期程度の実力を有しているかもしれない。 「そこの二人、眺めているだけなら、依頼放棄と見る事になるが……」 「……わかった、戦えばいいんだろう、戦えば」 数で圧倒的に勝...
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