駄作5号 前編
◆yuri0euJXw
「奏先輩!雪乃先輩!おはようございます!」
懲りないなぁと呆れ顔で奏が振り向くと,今日も元気いっぱいな咲夜が立っていた。
その手にはトレードマークと言っても差し支えない奏の姿が詰まったデジカメが‥‥。
今日も朝の一時が納められてていた。
「‥‥咲ちゃんおはよ。」
「おはよう。咲ちゃん」
げんなりとした奏は置いておかれ,咲夜と雪乃の間には歓談の花が咲いた。
「奏先輩。」
奏が気がつくと,いつの間にか下からの目線で,咲夜が真っ直ぐに奏を見ていた。
「‥‥なに?」
恐る恐る奏は咲夜に問いかけると,満面の笑みで咲夜は応える。
「今日はおいてかないでくださいね♪」
いやあれは,咲夜が妄想モードに入ったからであって‥‥と幾ら奏が言っても相変わらず咲夜は聞く耳を持たず,いつの間にか奏の手はしっかりと咲夜に握られていたのだった。
「‥‥あの‥‥これは?」
握られた手を持ち上げ,満面な笑みの咲夜とそれを見つめる雪乃に問いかけると,事も無げに咲夜は言った。
「はい!雪乃先輩がまるまるバナナと電車に乗るまでの奏先輩と手を繋ぐ権を交換してくれると言うことなので‥‥。」
「かなひゃん,いひゃいひゃいよ。」
「おやつであたしを売るなとあれほど言ったのに!もうっ。」
咲夜の話が終わる前に,雪乃のほっぺたは盛大に伸びた。
「仕方ないなぁ。」
前払いされたまるまるバナナの行方に思い当たる点があり,ため息をつきながら奏は諦めて咲夜と手を繋いだ。
「私はこっち~♪」
ウキウキと雪乃は反対の手を握る。
身動きのとれない自分の姿に朝から疲れ果てながら電車を待つ奏であった。
「はい!咲ちゃん。堪能できた?」
「雪乃先輩,ありがとうございました!」
混み合った車内で二人はこっそりと話し合っている。
いい加減にしなさいよと睨みを利かせながらも奏はドア沿いに立てるように二人に先を促した。
「ふぅ。」
今日は珍しく奏は雪乃に起こされた。いつかの仕返しなのか,雪乃の作戦なのか出すだけで奏は赤面してしまう。
『かなちゃん。かなちゃん。あ~さだよ。起きないとちゅーしちゃうぞ♪』
『‥‥うん‥‥?ゆき‥‥ちゃん?』
『ん~~』
夢うつつのまま,目を覚ました奏での目前にあと数ミリで目標点に到達する勢いの雪乃が迫っていたのだ。
慌てて飛び起きたせいで,奏は今もまだ起きた心地がしない。
珍しく雪乃が起きたのはこのためかと奏は思い直してげんなりした。
この時間帯は通勤ラッシュで非常に込み合うのであまり二人が乗ることはない。
というか,しっかりももであるはずの奏がゆったりと登校できるこの時間の電車に乗りたがらないのだ。
だから二人が電車に乗る時間帯は人が減った少し後,しかし時間はぎりぎりだった。
「ん?」
久しぶりに乗る満員電車に思いを馳せていると,乗客に押されるように咲夜が奏に密着してきた。
また何かの策略かと思いきや,雪乃の方にもそんな素振りはない。
よくよく咲夜を見るとただならぬ雰囲気がした。
「どうかしたの?咲ちゃん。」
思わず奏は咲夜に声をかけた。
咲夜は俯いたまま,奏の手をキュッと握ってきた。
小さい声で何かを言っているが奏は聞き取れない。
奏はもう一度聞き返した。
「奏先輩‥‥助けて‥‥痴漢‥‥。」
今度ははっきりと聞き取れた。
咲夜は顔をひきつらせて奏の方へ涙目の顔を向けた。
奏は咲夜の背後周辺をにらみつけるが,この混雑では全員が怪しく見えてしまう。
「咲ちゃん,こっちおいで。」
奏は咲夜を引き寄せ雪乃の側へ移動させる。
「雪ねぇ,カバン。」
事態を察知してるのかしてないのか雪乃は混み合う人混みから咲夜を庇うようにカバンを持ち替える。同じ様に奏も体を捻る。
「もうちょいで着くから,そしたらダッシュだよ。」
奏は咲夜と雪乃にだけ聞こえるように小声で伝えた。
駅に着くと同時に三人は算段通り人混みを離れた。
「もう大丈夫かな。」
奏は人気の少なくなったホームで咲夜に声をかける。
「こ‥‥怖かったですぅ。」
かくんとへたり込んだ咲夜を雪乃が抱きしめて慰めていた。
「ゆ‥‥雪乃センパ‥‥。」
「咲ちゃんて可愛いから,気をつけないとね。」
雪乃は奏の方を見ながら優しく咲夜の頭を撫でていた。
この時間になると流石に登校生徒も多くなる。
女子校ともなればその喧噪は予想以上だ。
「も~,今日の奏先輩超素敵でした!」
すっかり元気を取り戻した咲夜は奏に助けられたことを辺り構わず吹聴して‥‥とは言っても
他にギャラリーはいないのだが,それを雪乃は適当な相槌を入れながら聞いていた。
「咲ちゃん,これに懲りたら朝は普通に登校したら?」
奏は,すっかり復活した咲夜に呆れながらも,元気になって良かったとほっとした。
「それはできません。奏先輩。」
咲夜は立ち止まって下からのぞき込むように奏を見上げた。
「だって今日あそこにいなかったら超かっこいい先輩に助けてもらえなかったじゃないですかぁ。」
写真に撮れなかったのが残念と,咲夜は悔しがっていた。
懲りないなあとあきれるも,雪乃と奏は自分たちの校舎へと向かう。
咲夜はありがとうございましたと大きく手を振って一年生の校舎へ向かった。
「頑張っちゃったね。かなちゃん。」
二人になったとたんに,雪乃は口を開く。
意味深な言葉に奏はどきっとした。
「‥‥誰だって‥‥嫌でしょ‥‥あんなの。」
「そう言って私の時も助けてくれた。」
でもあの時は激しかったよねぇ,と思いだしながら雪乃は語る。
昔,雪乃を襲った痴漢の指をメった討ちにするという荒業を奏はやってしまったのだ。
痴漢は騒ぎにならなかったが,その怪我が騒ぎの種になってひと騒ぎ起きたらしい。
らしいというのは,混乱に乗じて二人は逃げてしまったから登校が重なった友人からの伝聞ということだ。
「だって‥‥許せなかったんだもん。」
「なにが?」
「‥‥‥なんでもない!!それより,今日みたいなこと次やったら知らないんだから。」
「ん~~何のことかなぁ?」
「しらばっくれんでもいい。」
「いひゃいひゃいひゃいひゃい。」
雪乃の頬っぺたは今日も伸び心地抜群だ。
「まるまるバナナであたしのこと売り飛ばすんじゃないわよ。」
「おいしかったねぇ~,まるまるバナナ。」
「ゆ・き・ちゃん!!」
「はぁ~い。善処しま~す。」
ぷんすかとふくれっ面を見せる奏だったが,そう大して怒っている様子でもなかった。
そんな奏の横顔を見て,雪乃は微笑む。
絡み合うように握られた手をさらに絡めるように雪乃は奏の腕を抱きしめた。
「あっそうだ。頑張ったかなちゃんにご褒美上げちゃおうかな?」
「ん?ご褒美?」
「何がいい?次の中から選んでください♪」
(1)雪乃特製カレースパゲッティ(じゃんけんで勝ったら食べられる)
(2)まるまるバナナ(3分の1)
(3)ちゅーで目覚まし(ご希望次第でフルコース♪)
「あの‥‥。選択になってないんですけど‥‥。てか,これご褒美?」
「さて,奏さんはどれがお好みですか?」
「‥‥(本当は3がいいけど)‥ゆきちゃんに任せるわ。」
「じゃ‥‥さん‥‥。」
良くわけのわからない会話を雪乃としている間に時間は過ぎ,予鈴が鳴るのが聞こえた。
「あぁ!!やばっ!!もうこんな時間。せっかく早く来た意味ないし。」
「いや~ん。プリン食べてないよ~。」
「お昼に購買で買ってあげるから。早く行くよ。」
「は~い。」
教室に向かってかけていく二人の手は,今日もしっかりと握られていた。
何気ない日常に込められた二人の物語。
そこに咲夜が混じったとしてもけして揺らぐことはない二人の絆がそこにあった。
最終更新:2010年11月18日 22:54