更衣室で‥‥(前編)
◆yuri0euJXw
雪乃たちの通う学校。
夏も冬も水泳部の活動が快適に行えるのは言うまでもない十分な施設が整っている。
施設と建物を隔てるガラス越しに,奏は雪乃を眺めていることがしばしばあった。
後で,「恥ずかしいからダメ♥」と雪乃に注意されるのだが,それでも雪乃の姿を探しては奏は,その姿を眺めていた。
熱い日差しが構内を眩しく照らしている。
拘束時間から解放されたのか,ホールは多くの生徒たちで賑わっていた。
「ホントにやるの?」
「うん。今日は誰も使わないって。確認してあるから大丈夫だよ?」
「ほんとにも~。まさか,学校のプールで授業以外に入ることになるとは‥‥。」
ちょっと困ったような,でもほんの少し嬉しそうな笑顔を見せながらアップルソルベを口に運んで奏は言った。
「私はね,かなちゃんと一緒に泳ぎたいなって言ってるだけだよ?」
「‥‥でも水着着るの恥ずかしいし,髪はめんどいし‥‥。」
「じゃあ,かなちゃんは裸で泳ぐ?それに更衣室はシャワー完備だから大丈夫♥」
「はぁ~。シャレになってないし。それで水着置いてけって言ってたのね?」
呆れ顔の奏とは対照的に,雪乃はマンゴー/アップルソルベのダブルを満面な笑みを浮かべておいしそうに食べていた。
「かなちゃんて,いつもこっそりのぞきに来るんだもん。そっちのが恥ずかしいよ~。」
「‥‥‥ひとを変態よばわりすんな。」
ソルベを口に運ぶ雪乃と奏の視線の先には相変わらず人目を気にせずに目を輝かせながらひとり奏撮影会に精を出す咲夜の姿があった。
もう諦めたのか,深い溜息を吐くと空になったカップを雪乃から奪い,奏は立ち上がる。
「じゃあ,かなちゃん。後で連絡するね。」
「ん。わかった。」
奏の行き先は美術室だろうか。
雪乃は咲夜を連れて,自分も部活のために移動を始めた。
◇◆◇
活動時間も終わり,水泳部員でにぎわう更衣室で雪乃は携帯を手にしていた。
水着姿でタオルを首にかけ,弾む手つきで,奏にメールを送る。
『部活終わったよ♥みんな帰ったら連絡するね。』
メール送信のアニメーションが終わり,送信完了のメッセージが表示される。
パタンと携帯を折りたたむと,雪乃は簡易ベンチに腰かけた。
「雪乃先輩は帰らないんですか?」
髪の毛を拭きながら,咲夜が声をかけた。
「うん。これからもう少し泳ごうと思ってね。」
「わあ~。何で言ってくれないんですかぁ!!私も一緒に泳ぎますぅ!!」
「えっへへ。今日はね,ちょっと遠慮してほしいの♥」
「何かあるんですか?」
「さぁ?何でしょう~。」
嬉しそうな笑顔を振りまく雪乃に疑問の顔を向ける咲夜だったが,雪乃はその笑顔の理由を明かすことはなかった。
そうこうしているうちに,更衣室の喧騒は徐々に失われ,残る部員は咲夜一人となった。
「それじゃ私も帰ります。お疲れ様でした~。」
と言って,咲夜は更衣室を後にした。すると,外に続く廊下で,奏とすれ違った。
いつもなら昇降口近くで雪乃を待っているのに,なんとも今日は珍しい。
さようならと奏に声をかけた咲夜はふとその疑問を思い浮かべ,立ち止まると奏に気付かれないように踵を返した。
奏の向う先は,先ほどまで咲夜のいた更衣室。
中の様子をうかがうようにそっと入っていく奏を見送ると,咲夜は閉じられたドアの前まで近寄った。
「いらっしゃ~い。」
「初めて入った。ここ。水泳部専用なんじゃなかったけ?」
「そう~。綺麗でしょ~。」
中での会話がやっと聞こえるくらいだったが,二人の様子は十分うかがえた。
「かなちゃん,スクール水着は泳ぎにくいから,はいこれ。」
「うわっ,マジで?!‥‥あたしスク水でいいわ。」
「ダメ~。絶対ダメ~。ダメったらダメ~。これ着て泳がないと,かなちゃんのまるまるバナナ全部食べちゃうんだから~。」
「‥‥ははは,何個食べる気よ‥‥。」
奏のあきれ声が聞こえてから,しばらく会話はなかった。
衣擦れの気配と,小さな笑い声。
暫くすると,人の気配は更衣室から消えた。
咲夜はそっと,プールの方へ様子を見行くと,プールサイドに人影があった。
(わぁ~。水着だぁ~。奏先輩の水着~!!!!)
咲夜の部屋にある授業の隠し撮りとは違う奏の水着姿に咲夜は感動の余りきゅっとこぶしを握り締め,慌ててカメラを取り出す。
(あの水着,競泳用だ~~!!!)
スクール水着よりカットが多い競泳用はストイックさもあるが,ある意味かなり大胆な水着といえるだろう。
背中の大きく開いた水着は,奏でのきれいな背中のラインと体の凹凸を引き立たせていた。
そのまま咲夜は暫くカメラを手にし,じっとその姿をカメラに収め続けていた。
「動きやすいでしょ?」
「そうだけど,超恥ずかしいよこれ。」
足の付け根や後姿が気になるのか,奏では落ち着かない様子だ。
「私いつも着てるよ~。」
「いやそうだけどさ‥‥。」
体のラインがピッチリと出てしまう着慣れない水着に奏はちょっと戸惑う。
つくづく誰もいなくて良かったとホっとした。
シャワーで体を慣らしている雪乃の姿が目に入る。
引き締まった体は綺麗な曲線を浮かび上がらせ,水を含んだ水着が体によく馴染んでいた。
思わずその曲線に魅入っている自分に気が付き,奏はフルフルと頭を振る。
「かなちゃんも早くぅ~。」
冷たいシャワーの中で雪乃は手招きで奏を呼ぶ。
導かれるままにそこへ向かうと,適度な水温が体に心地よかった。
二人でプールに入る。泳ぐのも水遊びも奏にとっては割と久しぶりだった。
「やっぱり,夏はプールでしょ?」
「ふふっ,そうだね。」
誰もいない広いプールに二人だけ。
静寂の中で,二人に合わせて,水面には波紋が広がる。
まるで世界に二人しかいないような,そんな世界観を感じてしまう。
水の中で楽しそうに泳ぐ雪乃は,奏の手を取り,水の中へ誘う。
この世に二人だけ。たった二人だけの双子。
生まれた時からずっと,今もこれからもずっと‥‥一緒。
「‥‥人魚姫みたいだね。」
「ふぇ?それを言うならかなちゃんもでしょ?」
不意に奏が言う。
水に濡れた二人の姿は,夕日に煌めき神秘的ですらあった。
「あたしが人魚姫なら,いつかは泡になっちゃうかもね。」
髪先から伝う滴が,一つ,二つ流れる。
何かが奏の中で燻っていた。咲夜の件は誤解だとわかっているけど,あの時の強烈な衝撃は,今も胸に引っ掛かっていた。
「ゆきちゃんが‥‥他の人選んだら‥‥あたし‥‥泡になって‥‥消えちゃいそう。」
真剣な顔でそう言う奏に,雪乃は手を伸ばして言う。
思いもかけない奏のセリフに雪乃は微笑んで答えた。
奏の不安を癒そうとでも言うようにその笑顔はとても優しかった。
「かなちゃんは私の一番だよ?かなちゃんは違うの?」
首を振って奏は答える。
「違わない。あたしもゆきちゃんが一番好き!」
雪乃の伸ばされた手に,奏は手を伸ばす。
微笑みの中,雪乃にぐいっと手を引っ張られ,水の中で奏は雪乃に抱き寄せられた。
「こうして,二人は泡にならずに済みました♪」
「もうっ!」
薄い水着越しに密着する肌は熱い。
「私も,かなちゃんのこと離さないからね。」
いつかのお返しとでも言うように,雪乃は弾んだ口調で言う。
冷たい水の中で,熱を帯びた体温がひどく際立っていた。
時が止まったような時間が過ぎる。
静寂を破ったのは,雪乃の方だった。
「かなちゃん?」
「なぁに?」
「かなちゃんのおなかのお肉の素,また食べてあげるね♥」
「‥‥‥。コラっ!‥‥‥摘むなぁ~~!!!」
「キャ~~!!!」
水の中では雪乃の方が素早いのか,ひらりと奏の手を交わすとプールサイドへ向かって雪乃は泳ぎだした。
後から,何か叫びながら奏は雪乃を追いかける。
結局水から上がったプールサイドで雪乃は奏に掴まり,本日何度目かの頬っぺた伸ばしが炸裂した。
「いひゃいよぉ~。かなひゃぁん♥」
「ふんっだ!!知らないっ!!」
ひとしきり楽しんだ二人は,更衣室へと戻っていった。
一方咲夜は‥‥。
(更衣室に隠れて,奏先輩の着替えゲットですぅ!!)
こっそりと更衣室へ先回りした咲夜は,雪乃のロッカーに奏の着替えを見つけ,絶妙なポジションに身を潜めていた。
(ここはと~ってもおいしい場所ですぅ。正面には奏先輩,その背後には鏡!その奥には遠いけどシャワー室。これで余すとこなく奏先輩をゲットですぅ!!)
そうこうしているうちに,プール側に続くドアが開いた。
頬を押さえながら入ってくる雪乃と,ぷんすか膨れっ面を見せる奏。
二人は何かいつも通りのやり取りを続けながら,ロッカーの前に到着した。
「かなちゃん。あっちにシャワー室あるからね。」
「へいへい。使わせていただきます。」
「ぶ~。まだ膨れてるぅ~。」
「だって,‥‥ゆきちゃんのせいじゃないのさ。」
雪乃をジト目で見つめ,奏はシャワー室へと向かった。
カーテンで閉じるだけの簡単なシャワー室にはシャンプーとボディーソープが用意されている。
タオルを手にした奏は,タオルをタオル掛けに,脱いだ水着を棚へ置いた。
コックをひねるとすぐに湯が噴き出した。
熱めのシャワーが体に気持ちいい。
水の中で熱く感じた体温も,この熱いシャワーには敵わなかった。
「はぁ~。」
奏は先ほどのことを思ってため息を吐く。
色々なことがありすぎて,奏は困惑することが多かった。
咲夜の一件で,妙に雪乃のことを意識してしまう。今まで通り普通に接すればいいのに,雪乃に指摘されるまでもなく,なんでもないことが言い出せないこともある。
気持ちがつながっているのは確かなはずなのに,それが時に不安になる。
もっと強い絆が欲しいと心のどこかで思っている。それを物に求めたこともあった。
触れていることで安心できて,寝てる時も前より距離が縮まった気がした。
それが奏の方からなのか雪乃からなのか分からないけど。
「はぁ~。」
もう一度ため息を吐き,シャンプーに手を伸ばした時,急にカーテンが開いた。
「なっなっ何?」
「どうしたのそんなに驚いて。」
「‥‥なんだゆきちゃんか。」
他に誰もいないよ~,といいながら雪乃は自分も奏と同じブースへ入った。
「‥‥二人じゃ狭いんじゃない?」
「ん~。他にもいくつかあるけど,敢えて同じブースに一緒に入るっていうの良くない?」
「まぁ,無理じゃないからいいけど。」
「えへっ,洗いっこしようよ♪」
「いつもお風呂一緒に入ってるでしょ?」
シャワーを奪い合いながら二人は狭い中で,髪を洗い始める。
「あんまり動いてないと思ってたけど,結構キてるわ。あたし。」
「かなちゃんも,もう少し運動しないと‥‥。」
「雪ちゃん‥‥続きは?なんて言おうとしたの?」
「なんでもありませ~ん。奏さま~。」
まるでプールの続きとでも言うような二人の雰囲気は,寮での入浴とも少し違い,二人とも程よくリラックスしているようだ。
ただ,雪乃は普段と違う行動をひとつだけとっていた。
奏の知らない普段と違うこと,それはブース内の電灯を付けることだ。
個室内が明るくなりつけるのは当然のようだが,こうすることで,中の様子がカーテンにシルエットとして映ることになる。
そのため,他の部員がいるときは誰も点けたがらなかった。
誰もいないからだろうか?
髪も洗い終わり,二人はボディーソープの泡で全身をつつまれている。
時折,雪乃が奏にいたずらしながらも,楽しそうな声をあげて体を洗い合っていた。
「あ,そうだ。かなちゃんに私からのプレゼント♪」
「なっなに?」
「日頃使わない筋肉使うと明日痛いよ?だから‥‥。」
「うわぁっ!!ちょっ,やめぃ!!」
「じっとしててよ~。」
何をするかと思えば,泡でぬるぬるになった体で,雪乃が奏に抱き付いたのだ。
奏の背中にまわされた雪乃の手はどうやら奏の背中や腕を解しているらしい。
奏は流石に初めての体験で慌てていた。
背中に胸を押し付けられることはあっても,裸で正面から抱きつくことなんてほとんどありえない。
「やめやめっ!ありえないって!!普通こういうのは背中向きからでしょ?」
「ダメ~。この方がやりやすいの~。」
「じゃあ自分でやるから!いいって!」
「だ~め♥私がしたいんだから,かなちゃんじゃダメなの~。」
結局,抵抗の手はすべて言いくるめられて,奏は雪乃のなすがままだった。
向かい合った顔は近く,雪乃は真剣な顔をしているのがわかった。
奏はそんな雪乃の顔をちらちらと見ながら,自分の体が気持ち良く解れていくのを感じた。
しかし意識してしまうのも仕方なかった。
(あの‥‥‥胸が擦れてるんですけど‥‥。)
擦れるというか,滑り合うという方が正しいだろう。
そこは,滑り合うたびにまた新たな泡が生成され,きめ細かい泡立ちを見せていた。
真剣な表情で行っている雪乃は気がつかないが,奏の顔は徐々に切羽詰まったものに変わってきていた。
(あ‥‥ヤバっ‥‥。)
滑り合う動きの中で時折,体の中に響くように強い刺激を感じる。
それは,奏の胸の敏感な部分が自己主張を始めたことを意味していた。
また,雪乃の方も感じるには至らなくても,奏を悩ます刺激を送っているのは同じだった。
「あ‥‥‥あのさ‥‥どのくらいやるの‥‥これ‥‥。」
「う~ん。もうちょっと。かなちゃんの体って意外と凝ってるよ?」
「ふ~ん。そうなんだ‥‥。」
もう少し,あともう少し耐えれば解放される。
そう繰り返しながら,奏はなんとか耐え続けた。
奏ではいろんな煩悩から耐えるために,きゅっと目をつぶっていた。
しかしそれが裏目に出てしまったと気がつくのは,奏を悩ませる刺激の質が変化したのに気づいてからだった。
「ふぁっ‥‥ちょっ?!‥‥ぁっ‥‥っん。」
密着する体はそのままに,雪乃は奏を軽く壁に押し付ける。
奏の背中にまわされた雪乃の手は,背筋に沿ってそっと弄ると,ツツっと下のほうへ滑って行った。
その動きは,神経が昂ぶっていた奏に不意な衝撃を加える。
マッサージとはまったく異なる刺激が奏の背筋を走りぬけ,鼻から抜けるような甘い声を洩らさせた。
「ちょっと‥‥ゆきちゃん?」
奏の目の前には,恥じらいつつも艶っぽさを見せる雪乃の顔が迫っていた。
「ねぇ,かなちゃん♥‥‥ちゅーしていーい?」
「へ?‥‥なっ,何言ってんのよ?!」
「だって,かなちゃんの顔見てたら急にしたくなったんだもん。」
「ちょっ‥‥何言って‥‥ひゃっ‥‥ん。」
奏の弱い部分をじっくりと撫でながら,雪乃は密着した体をより擦り付けるように奏に迫る。
「あっ‥‥っく‥ぅん‥‥ダメっ‥‥そこ弱いっ‥‥て‥‥。」
「かなちゃんは‥‥したくないのぉ~♥?」
いたずらっ子のような表情を浮かべながら,奏を責めている雪乃。
さらに密着すると,舌先を伸ばし,奏の耳朶を舐めた。
「ひゃっぁ‥‥きゃふっ‥‥みみっ‥耳舐めたっ‥‥やっ‥‥。」
「かなちゃんが,うんって言ってくれないから耳食べちゃおうかな♥」
愛しいものを愛でるように目を細め,雪乃は奏の耳たぶを甘噛みすると奏からは湧き出てくる嬌声を押し殺した溜息が途切れることなく漏れた。
「ここ‥‥学校‥‥っだよ?‥‥ぁ誰かに‥‥見つかったら‥‥。」
「公認してもらえるよ?」
「‥‥‥いやそうじゃなくって,って‥‥んんんっ!!」
文字通りの濡れ場で絡み合った二人で交わされた会話は,やっとのことで,奏の理性をつなぎとめた。
しかし,その僅かに気を許した瞬間,奏の唇は雪乃のそれによって塞がれた。
奏の体を弄っていた手は泡まみれのまま,奏の両頬を捕まえてしっかり固定していた。
奏は一瞬何が起きたのかわからないうちに,口の中に侵入してきた雪乃の舌に絡めとられる。
逃げようにも,しっかりと頭は雪乃の両手で固定されていて,より深く味わえる角度に強制的に変えられていた。
どれくらいの時間そうしていたのだろう。すっかり余分な力のとれた奏は,自分からも雪乃を求め始めていた。
より深く‥‥一つになれたらいいのにと,新たな欲望が脳裏をよぎった。
(誰っ?!)
ロッカーの方から物音がした。二人の世界に集中していた奏にはドアの音がしないなどの冷静な分析はできなかった。
あわてて雪乃を引きはがそうと奏は慌てるが,雪乃はたっぷりと奏を舐ってから解放した。
「ちょっと見てくるね。」
ざっとシャワーを浴びた雪乃はそう言ってバスタオルで体を包み,シャワールームから出て行った。
こっそりと,カーテンの陰から様子をうかがうとそこには咲夜の姿が!
「あれぇ?咲ちゃんどうしたのぉ?」
「わっ,忘れ物したんで,とっ,取りに来ただけです。」
「そうなんだ。気をつけてね~。」
「‥‥今日は奏先輩来てるんですか?」
「えっへへ,先生には内緒にしてね?」
咲夜の後ろには不自然な動きをした箇所があるのだが,雪乃はそれについて追及することはなかった。
急いで部屋を出ようとする咲夜を引き留め,そっと耳打ちする。
ロッカーの陰になっていてそれは奏は見ることができなかった。
「ねぇ,咲ちゃん。かなちゃんの写真,変なことに使っちゃダメだよ♥」
「おっ‥‥お先に失礼します!」
バイバイと手を振って,雪乃は平静を装ういながら更衣室を出ていく咲夜をやさしく見送った。
雪乃が奏の元に戻ると,既に奏はロッカーの前で着替え始めていた。
「忘れものだって。咲ちゃん。」
それだけ言うと,雪乃も着替え始めた。奏はさっさと着替えてドライヤーをかけ始める。
それまで,一言も口を利くことはなかった。
乾いた髪をまとめ上げると,後ろから雪乃の声が聞こえた。
「ねぇ~。かなちゃ~ん。ドライヤーかけて~。」
「もう‥‥仕方ないなぁ。」
いつものように雪乃の髪を丁寧に乾かすと,いつの間にか奏の顔も落ち着きを取り戻していた。
「もう,雪ちゃんがあんなことするからすっかり遅くなっちゃったじゃないの。」
「へ?あんなこと?」
「‥‥雪ちゃん。ほっぺたと半乾きとどっちがいい?」
「あ‥‥両方イヤ~。」
あ~あと大きなため息をつくと奏は雪乃の髪を仕上げた。
終わると,雪乃は奏の顔を鏡越しに見て尋ねる。
「かなちゃん。イヤだった?」
「何が?」
「ちゅー。」
「なっ!!‥‥‥‥別に‥‥‥いやじゃないけど‥‥‥。」
それを聞いて,雪乃の顔が緩む。
「それじゃぁね。かなちゃん。」
「なに?」
「今日はぁ,私がどれだけかなちゃんのことが好きか体中にちゅーして教えてあげる♥」
「えっ?!なっ?!」
何を言ったのかわからない,というか理解しきれず唖然とした顔をしている奏に雪乃は今度は奏本人を前にして向き合う。
「かなちゃん。返事はぁ?」
「はっ!!あのっ‥‥そのっ‥‥よ‥‥よろしく‥‥お願い‥‥します。」
「はい♥よくできましたぁ♥」
ぷすぷすと音を立てそうなほど赤くした顔を背けて,消えそうな声で返事をする奏を楽しそうに雪乃は見ていた。
今夜は何が起きるのか,奏の胸はバクバクしっぱなしだ。
雪乃は弾む足取りで,奏は動揺を隠しきれずに更衣室を後にするのだった。
さて,このあと二人がどうなったのかは,また別のお話。
一方,走って逃げ帰った咲夜はというと‥‥。
「雪乃先輩,当てすぎですぅ。」
「これはひょっとして‥‥‥?!」
奏の水着の写真と,シャワー室のカーテンシルエットがメモリーいっぱいに保存されたカメラの中からベストショットを選別していた。
「もう大人ですね,雪乃先輩は。あたしも大人になります,奏先輩と!!」
くねくねと体をくねらせ,咲夜の妄想は広がる。
その夜,神山家の息女の部屋のカーテンにはあやしく揺れる影が映っていたそうな。
「次はあたしの番ですからね!!奏先輩!!」
最終更新:2010年11月08日 09:55