優しさに包まれて
◆yuri0euJXw
かなちゃんが用事があるからと言うので今日は珍しく一人で帰ることにした。
時間帯によってはカフェで待ち合わせしたりするのだけど朝の天気予報によれば夕方から夜にかけて天気は下り坂になるらしいとのこと。
だからというわけではないけど,私は一足先に寮に帰ることにしたのだった。
部屋の窓から外を眺めると綺麗な夕焼けをバックに向かいの建物のシルエットが映る。
二人でいると賑やかなこの部屋もなんだか広くて静かだった。
「かなちゃん‥‥まだかなぁ‥‥。」
誰に言うわけでもなく一人で呟く。
遠くの空には綺麗な夕焼けとは対照的に気味の悪いくらいの黒雲が迫ってきていた。
最近めっきり予報になってない天気予報は,予報以上の天候を招いたようだった。
◇◆◇
「あ~あ,もうこんな時間!」
奏は慌てた様子で道を歩いていた。
駅を離れ寮への道を進むと遠くの空が光り,遅れて雷鳴が唸るように不気味に鳴り響く。
「ちょっと!!うそでしょ?!こんな時にっ!」
足を早める奏だったが,だんだんと迫ってくる黒雲に嫌な気配を感じて足早に駆け出すのだった。
「もぅ,信じらんない!!だから天気予報なんてあてになんないのよ!」
憎々しげに黒雲を睨んで,奏は吐き捨てるように叫ぶ。
朝の予報ではこんな激しい雷雨になるとは一言も言ってなかった。
奏はジリジリと感じる嫌な予感から逃れようといつしか全力疾走していた。
寮までの道程の半ばまで来きた頃,ポツポツと冷たい感触を顔で感じた。
パラパラと雨粒が落ちてきたかと思うとあっという間に激しく奏を打ち付ける。
もう寮は目前だというのに奏はすっかり濡れネズミだった。
滴る雨水を振り払いながら走る奏を追いかけるように激しい雷光が空を切り裂いた。
「きゃあああぁぁぁ!!」
空気を切り裂く閃光と,地鳴りのような爆音が同時に炸裂した。
奏は,一瞬何が起きたのかわからなかったが,本能が感じるままに反射的に耳を塞ぎ道路にうずくまるようにして悲鳴をあげていた。
空を走り抜ける雷光に続いて地響きのような雷鳴が幾度となく轟く。
あまりの激しい雷雨に奏は足が竦み動くことができなかった。
一刻も早く寮へ帰りたいのに‥‥もうすぐそこなのに‥‥。
間髪を入れずに荒れ狂う雷神の怒りは奏の行く手を阻んでいた。
「かなちゃん!」
街の喧噪もかき消す嵐の中で,はっきりと聞こえた奏を呼ぶ声。
うずくまったまま顔を上げると傘も差さず駆け寄ってくる雪乃の姿が見えた。
「ゆきちゃん!!」
奏はなりふり構わず雪乃に飛びついた。
雪乃を抱き締める奏の体は恐怖で震えていた。
「かなちゃん。帰ろ。」
雪乃は奏をしっかりと抱き止めると奏を抱えながら寮へ向かった。
◇◆◇
かなちゃんの帰りを,私は寮の玄関で待っていた。
遠くに見えた黒雲は徐々に広がり始め,もう空はいつ雨が降ってきてもおかしくない鉛色に変わっていた。
ゴロゴロとあやしげな雷が鳴り始めている。
駅を出たとメールが届いたのが少し前だから,もう少ししたらかなちゃんは戻ってくるはずだ。
雨が降る前に辿り着ければいいのに‥‥。
そう思いながら,私はいつでも迎えに行けるように傘を二つ用意して,雲を見つめていた。
するとすぐに地面に雨水の染みができ,あっという間に水溜りに変わった。
残念だったね♥かなちゃん!と冗談でも言えない。
聞いたこともないような激しい雷鳴が雨と同時にやってきたのだ。
往来は降り始めた雨を避けるために人が激しく行き交っている。
すると,ひときわ大きい雷が空を覆った。
でも雷の音とは別に頭の中に響くのは悲鳴。
待っていればもうすぐ着く頃だったかなちゃんをを思うと胸騒ぎがして,いてもたってもいられなくて,気付いたら傘も持たず駆け出していた。
叩きつけるような雨の中,道行く人々は駆け足で通り過ぎていく。
私はその中にかなちゃんの姿を探した。鼓膜が破れそうなほどの雷鳴が鳴り響く。
私の中の不安が大きくなり胸が熱くなった。
いつだったか酷い雷の日,泣きじゃくるかなちゃんを私はいつまでも抱き締めていた。
あの日以来そうすることはなかったけど,いつも雷が鳴る度に小さな悲鳴を上げていたのを覚えている。
こんな激しい雷雨の中でかなちゃんがどれほど怖い思いをしているのかと思うと胸が張り裂けそうだった。
駅への道を少し進んだ先で私は道の端でうずくまる人影を見つけた。
私は駆け寄りながらかなちゃんの名前を叫ぶと,涙を浮かべたかなちゃんが飛びついてきた。
力一杯私にしがみつくかなちゃんは小刻みに震えている。
とにかく無事でよかった。私はかなちゃんを連れて寮への道を戻った。
震える体をしっかりと抱き締めて‥‥。
◇◆◇
寮の玄関をくぐり,ドアを閉じると私とかなちゃんは腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
玄関をくぐる前にも一際激しい雷鳴が鳴り響いていてパニック寸前のかなちゃんを引き摺るようにして玄関をくぐったのだ。
ぜいぜいと二人で息をつく。
私もかなちゃんも水が滴り落ちてタイルの上に水溜りができていた。
流石に建物の中なので外ほど激しい音は聞こえないけれど,窓ガラスは雷鳴とともにビリビリと響いていた。
他に寮生も見当たらない。部屋に籠っているのだろうか?
「かなちゃん,取り敢えず部屋に行こっ。そのままだと風邪引いちゃうよぉ。」
雷光が射す度に小さく悲鳴を上げるかなちゃんの手をぎゅっと握り締め,私は部屋へ向かって歩き始めた。
私は部屋に入るとふぅっと一息つきながらかなちゃんを拭き,濡れたものを脱がせて部屋着に着せ替える。
「‥‥こっ‥‥」
かなちゃんが私を見ながら何か言おうとしていた。
私はかなちゃんの髪をわしゃわしゃと拭きながら聞いていた。
「怖かったよぉ~。」
ホッとしたのか,かなちゃんはまた涙を滲ませてポロポロと涙がこぼれた。
「ほんとにすごい雷だね。天気予報じゃ何も言ってなかったのに。」
「ホントだよ~。死ぬかと思った。」
かなちゃんは涙を拭くと,帰ってきた時と打って変わって平気そうな顔して大袈裟な身振りでそう言った。
けど,また大きめの雷が鳴ると悲鳴をあげながら私に抱きついてきた。
やぁん♥可愛いなぁもう♥
でも本当に無事でよかった。
そっとかなちゃんを抱きしめると不意に触れた手は,かなちゃんの冷たさを感じた。
濡れた体を温めたいけどお風呂までは時間があるし,シャワーだと多分落ち着いて入れない。
私はかなちゃんを大きめのバスタオルで包むと脱いだ二人分の服を抱えて立ち上がった。
「かなちゃん。私,服乾かしてくるからちょっと待っててね。」
でもかなちゃんは私にしがみついたまま離れようとはしなかった。
「かなちゃん?」
「待って,あ‥‥あたしも一緒に行く‥‥。」
おどおどしながらかなちゃんはそう言うけど,一向に動く気配はない。
「いいよぉ,待っててってばぁ。」
「いいよっ,一緒にいくっ‥‥ぅぁぁひゃぁぁぁぁ!!!」
空気を裂くような鈍く響く雷鳴が寮を揺さぶった。
この音は‥‥どこかに落ちたのだろう。
かなちゃんは,言いかけた言葉を悲鳴に置き換え私にギュッと抱きつく。
私がかなちゃんの背中を抱きしめると,その手に気がついたのか,恥ずかしそうに顔を私の肩口に埋めた。
「っ‥‥雪ちゃんは‥‥怖くないの?」
きゅっとかなちゃんは腕に力を込めた。
今の私はかなちゃんにどう映ってるんだろう?
一緒に怖いゲームをしても,一緒に怖い映画を見ても,怖がってるのはかなちゃんばっかりだと本当に思ってるんだろうか?
「私だって怖いよぉ?」
「全然怖がってるようには見えないけど?」
「怖いけどぉ,かなちゃんがこうして一緒にいてくれてるから大丈夫♥」
私もギュッとかなちゃんを抱きしめ返した。
私がいつもかなちゃんに怖いものを見せるのは,自分が怖いことよりも怖がってるかなちゃんを見るのが好きなんだよぉ~,なんて言ったら怒られちゃうかな?
「じゃぁ,服乾かすのは後で‥ね。雷がおさまるまで,二人でもう少しこうしていよ♪」
「‥‥うん。」
私たちはベッドに潜り込んで,二人で丸まった。
まだ雷が鳴るたびに,かなちゃんはびくびくしている。
だから私は昔みたいにずっとかなちゃんを抱き締めていた。
「昔からさ‥‥雷の時はいつも雪ちゃんが抱きしめてくれたよね‥‥。」
かなちゃんが顔をすりよせながら呟くように言った。
「いつも‥‥雪ちゃんがこうやって抱きしめてくれるとどんなに凄い雷でもあたし眠れちゃうんだよ‥‥不思議‥‥。」
「ふふふっ‥‥私も‥‥かなちゃんとこうしてると優しくなれる気がするよ‥‥。」
「雪ちゃんはいつも優しいよ‥‥。誰にでも‥‥すごく‥‥優しい‥‥。」
私はかなちゃんの頭を優しく撫でながら,かなちゃんの呟きを聞いていた。
次第に言葉に間が長くなって,いつの間にかかなちゃんは私の胸の中で寝息を立てていた。
「‥‥誰にでもなんてこと‥‥ないんだけどなぁ‥‥。」
私がその言葉を口にする頃には,雷鳴は遠くの空に消え始めていた。
かなちゃんの寝顔を胸に抱いて,私も少し眠ろうかな。
「ん‥‥ゆきねぇ‥‥大好き‥‥。」
「ふふっ‥‥私もだよっ‥‥かなちゃん‥‥。」
かなちゃんの寝言に返事をして,私も目を瞑る。
久しぶりの雷のせいで,私たちは幼い頃の思い出を夢に見ていた。
あまりの心地よさに夕飯を食べ損ねたことで,
かなちゃんの雷のトラウマが増えたかもしれないけどね♥
最終更新:2010年11月11日 17:13