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SS-32

『日常風景』

名無しさん


「ねー,雪ちゃん」

お風呂上がりのドライヤー待ちの時間。
椅子に座って丸々バナナを頬張っていたら,後ろから奏ちゃんが話しかけてきた。

「なぁに?奏ちゃん終わったぁ?」

振り向きながらおかわり用に持ってきたもう一本を背中に回す。

「ん,今ナニ隠した?」
「ふぇ?ななな,何でもないよ!」
「そうやって誤魔化すところがぁゃιぃっ!」
「な,何でもないってばぁ~」

両手を背中に回した私と,私の両脇から手を背中に回してくる奏ちゃん。
ぼふ,と音を立てて,奏ちゃんの顔が私の胸に突っ込んできた。

「やん」
「わゎゎ,ゴメン!」

慌てて離れようとするけど,今奏ちゃんのバランスを支えているのは私の胸で。
背中に回した手を上手く引き抜けないまま,結局もう一度,ぼふ,と顔を私の胸に埋めた。
何だか情けない顔をして,上目遣いで見上げてくる奏ちゃんが無性に可愛くて。
思わずそのままムギュゥゥウウー!と抱き締めてしまった。

「ゆ,ゆきひゃん?」
「ふふふ」

奏ちゃんの口の動きがこそばゆい。
乾いた髪がさらさらと揺れて,ほんのり甘い香りを漂わせる。
描くのに邪魔だからと言っていつもキッチリくくってしまうけれど,
奏ちゃんのさらさらの髪,私大好きなんだよ。

右手で髪をすきながら背中から腰に指を這わせると,奏ちゃんの身体がピクンと動いた。
何だか肌が熱くなってるように感じるのは,お風呂上がりだからかな?
また胸で奏ちゃんの口が動く感触がする。
私の身体も奥から小さい熱が広がっていった。

「ぅぁあっ!ダメっ,ダメだよ!」

急に奏ちゃんが叫びながら顔を上げた。
不安定な体勢から机に右手をかけてプルプルと腕を震わせながら身体を離した。

「何がダメなのぉ~?」

腕の中の温もりと,柔らかい肌と髪の感触と,鼻腔をくすぐる香りを一度に失って,寂しくなった私は口を尖らせて聞いた。

「いや,だから‥‥」
「だからぁ?」

奏ちゃんは目を逸らしながらポツリポツリ口を動かす。

「お風呂入ったばっかだし‥‥」
「キレイでいいじゃない?」
「もうすぐ点呼だし‥‥」
「私達の事なんてもう寮中にバレてるよ?」
「いや,そーいう問題じゃ‥‥」
「ドアの札に取り込み中って書いたら誰も入って来れないし」
「いやいやいやっ!」

全力で首を振る奏ちゃん。
もぉ,本気でそんな事するはずないじゃない。

「奏ちゃんは何ともなかったの?」

私と抱き合っていても何も感じないの?

「何ともあったからマズイんじゃん!って‥‥あ‥‥ゃ‥‥」

自分の言葉見る見る間に頬が赤くなっていく奏ちゃん。
可愛いな~奏ちゃんは。
可愛くて,可愛くて,どうしようもなく欲しくて堪らない。

人は自分に似ている他人を好きになるらしい。
幼い頃に養子に出され,存在も知らないまま育った男女の双子が,
偶然出逢った瞬間,互いに運命を感じ結婚に至った話を聞いた事がある。
それは血縁が発覚して別れさせられたとか何とか,BAD ENDだったけれど。

私達は双子だから似ている。
でも私達は互いに姉妹で,大切な家族である事も知っている。
運命なんて感じる暇なくずっと一緒に過ごしてきて。
鏡に映したような私達は,気持ちまで同じように互いを欲している。
ずっと,一つになりたいと願っている。
別々の個体のまま一つに。
身体を重ねるだけが全てだとは思わないけれど。
私にはアナタが必要なのだと,細胞の一つ一つが叫んでいるのだから。

「───だから,おいでよ♪」
「“だから”の意味が分かんないか‥‥ら」

名案でしょ?とばかりに両手を広げて奏ちゃんにアピールしたら,
奏ちゃんの視線が大きく逸れて私の左手に向かった。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「あ,ははは‥‥は」

私の左手には,さっき背中に隠した丸々バナナがまだしっかりと握られていた。

「雪,ちゃん?」
「はぁ‥‥い」
「ソレ,あたしの丸々バナナだよねっ?!」
「え?えぇ~?そーかなぁ~?分かんな~い」
「分かんないワケあるかっ!この,バカ姉っっ!!」
「いひゃい,いひゃいよっ!かなひゃ~ん」

*

「そう言えば。ねぇ,奏ちゃん?さっき言いかけてたのってなぁに?」
「へ?」
「ほらぁ,私が最初に丸々バナナ食べてた時」

結局,残りの丸々バナナは二人で半分ずっこして食べた。

「あ。あーいや,別に大したことじゃないんだけどね」
「うん~?」
「埋め立て始めてからの,前スレのしぶとさが咲ちゃんに似てるなぁ~って思って」

奏ちゃんは,それだけ,と呟きながら人差し指でポリポリとおでこをかいた。

この間,奏ちゃんは咲ちゃんに私達が互いに好き合っている事を言葉で伝えたらしい。
当然咲ちゃんも知ってはいただろうけど,それを奏ちゃんから直接言われるって事は。
まぁ,有り体に言えばちゃんとフったって事なんだろうけど‥‥。

咲ちゃんは『はい,知っています』と答えたらしい。
そして『それでも私は奏センパイが好きです!』と,笑顔で答えたらしい。
『諦めるとか奪うとかじゃなく,私の中で奏センパイより好きな人が現れるまで,好きでいてもいいですか?』と,言ったらしい。
想い続ける事を選べる咲ちゃんの強さが眩しくて,奏ちゃんは頷くしか出来なかったらしい。

「ちょっと,妬けちゃう,な」
「え?」
「結局,奏ちゃんは咲ちゃんの事を気にかけているんだもん」
「そ,そりゃあ気にはなるじゃん?年下だし,変わってるけど健気なトコあるし」
「“あるし”?」

奏ちゃんの優しさは優柔不断の“優”だよ。

「な‥‥んか,さ。全然タイプ違うはずなのに,たまにしーちゃん見てるみたいに思えて‥‥」

あ。
それは分からなくもない。
私も咲ちゃんが部活の後輩って以上に,ライバルってだけじゃなくて,もっと近い存在として気になっているから。

「放っておけない。‥‥でも」
「“でも”?」
「あたしが好きになって欲しいのも,好きなのも,雪ちゃんだけ‥‥だから」

はい。
答えるかわりに奏ちゃんの額に軽く唇を寄せた。

そのまま奏ちゃんを抱き寄せてから,更に後ろの机に手を伸ばして,ルーズリーフにサインペンで文字を書く。
床に膝立ちのままの奏ちゃんをベッドに座らせて,書いた紙をドアの外に貼り付けた。

「あの‥‥雪ちゃん?」
「ん~,なぁに~?」

ドアの鍵をかけながら答える。

「今のって,」
「ん~?」

ベッドまで4歩。2秒もかからない。

───こういう事。

この台詞は,キスをする前に言ったのか,その後ベッドに押し倒した時に言ったのか。
奏ちゃんの可愛い声と表情に記憶が占領されて覚えていない。

部屋の外では,時々『取り込み中(はぁと)』の紙が貼られたホワイトボードが,風に(?)揺れてドアをノックしていた。


おわり。



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最終更新:2010年11月11日 17:55
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