雪ちゃんのプレゼント後編
名無しさん
朝になり目が覚めても、ベッドの隣の雪乃は子ギツネ雪ちゃんのままだった。大きすぎる雪乃のパジャマを着て、無邪気な寝顔を晒している。
奏はやけに長い夢だと思いながらも、寝起きの背伸びで一日の始まりを実感していた。
着替えた奏は、昨日と同じように食事を部屋に持ち込み、雪ちゃんに食べさせた。
食事が終わり、今日は雪ちゃんと何をしようかと楽しみを考えている奏だが、すぐに子供のわがままに困らされることになった。
「ねえ、お外に行きたいぃ」
「学校を休んでるんだからダメ」
「やだあ! お外お外ぉっ」
「もー、わかってよぉ……」
今にも泣きそうな勢いで駄々をこねられ、奏はほとほと疲れた顔をするしかない。
――一時間後、奏はデパートの子供服売り場に立っていた。
買うのは当然、雪ちゃんの服。外出するなら、それなりの服装をしなければならない。ぶかぶかのTシャツ一枚では警察に通報されてしまう。
「はぁ、何やってんだろ……」
愚痴りながらも、雪ちゃんには敵わない奏だった。
雪ちゃんに服を着せ、頭に帽子をのせる。キツネ耳は隠さないといけない。そして、しっぽをある程度隠すために、下は長めのスカートだ。でも、かなりはみ出していた。
「まあ、いけるっしょ。しっぽはコスプレだと思えば」
「奏ちゃん、ありがとう」
「洋服代は貸しだから」
「お金持ってないよ」
「冗談だってば……」
今月のこづかいを使い果たした奏は、トホホと涙を呑む。それでも、服を喜ぶ雪ちゃんを見てると、どうでもいいと思えてしまうのだった。
決死の思いで寮から雪ちゃんと一緒に脱出した奏は、ほっと胸を撫で下ろした。寮生に雪ちゃんを見られたら何かと面倒だ。
だが、ピンチというのは安心した時にやってくる。
「奏先輩!」
大きな声で呼ばれ、奏は思わず跳び上がった。気分は警察に怯える犯罪者だ。
声の方を見ると、そこには咲夜がいた。何やら思いつめた表情で、両手をぎゅっと握り締めている。
「奏先輩、その子は誰との子なんですか」
「誰とのって?」
「とぼけないでください。先輩の隠し子なんですよね」
「か、隠し子!?」
どうやら咲夜は、超絶にぶっとんだ勘違いをしているらしい。
そんなことがあるはずがないのだが、一応は否定しておかないといけない。
「ちょい待って。そうだとしても、それって私がいくつの時にできた子になんの……」
「赤飯を炊いたらもう女です」
「ムリありすぎるから」
「じゃあ、どうしてコソコソと連れ歩いてるんですか。その子の服まで買って」
「服買うとこも見てたの?」
「当然です。私の奏先輩への愛はハンパないですよ」
「えっと、そこで愛とか言われても……。それに、今日は学校でしょ」
「先輩が心配で休みました。そうしたら案の定……」
咲夜の愛が深すぎて、奏が何を言っても聞いてくれそうにない。
そんな時、話がこじれそうになるのを打開してくれたのは雪ちゃんだった。
「ちち!」
唐突に叫んだ雪ちゃんは、咲夜の立派な胸を指先でつついた。
なぜか、それに咲夜は感動の涙を落とした。
「――わ、私がお父さんなんですね!」
「胸っしょ」
「そして、奏先輩がお母さんなんですね! 私たち、夫婦なんですね!」
「ちち! ちち!」
「はい! 私がお父さんです。一緒に明るい家庭を築きましょう!」
おっぱいが気に入ったのか、雪ちゃんは何度も繰り返しつつく。
意味不明なやりとりは、もうしばらく続いた。
三人は場所を移し、近くのファーストフード店でお茶をしていた。
気持ちが落ち着いた咲夜は、改めて雪ちゃんのことを奏に聞いた。
「なーんだぁ、親戚の子を預かってただけなんですね」
奏は無難に済ますため、うそをつくことにした。本当のことを言っても、余計に咲夜を勘ぐらせるだけだ。
「それにしても雪乃先輩の小さい頃にそっくりですよね」
「なんで知ってんの」
「先輩のご実家で写真を見せてもらいましたから」
「まあ、親戚だから似てても」
「お姉ちゃんは咲夜っていうの。あなたのお名前は?」
黙々とアイスクリームを食べる雪ちゃんが答える。
「ゆきの」
「先輩と同じ名前ですね」
「あはは、凄い偶然もあったもんだ。はは……」
「本当に珍しいですよね」
奏の苦しい笑い声が、この後も絶えることはなかった。
やっとの思いで寮の自室に帰還した奏はベッドに突っ伏した。
「あー、つっかれたー」
「私もつかれたー」
雪ちゃんも続いてベッドに倒れこむ。
「でも、楽しかったよ」
雪ちゃんが笑いかける。それを間近に見た奏は、どうしようもなく抱きしめたくなった。
「雪ちゃん、抱かせてよぉ」
「やー、なんか怖いぃ」
雪ちゃんは飛び起きて、迫る奏の魔の手から一目散に逃げた。動物の警戒心は鋭かった。
三日目の朝も、奏の隣の雪乃は小さかった。
わずかに震えるキツネ耳を見ても、今朝はときめかなかった。
いつも隣にいるはずの雪乃じゃない。
そう思ってしまうのと同時に、言い知れない不安に襲われた。このまま夢から覚めないのではないか、と。
「奏ちゃん、どうしたの? なんか元気ないよ」
「え、そんなことないよ」
朝食に箸を付けずにぼーっとしていた奏を、心配そうに見る雪ちゃん。
奏の視線の先には雪乃の机があった。そこには、もう三日も閉じられたままのノートパソコンが置かれていた。雪乃がいたら、ほぼフル稼働しているパソコンだ。
「雪ちゃんさあ、おっきな雪ちゃん知らない?」
「おっきいの?」
「そう、私くらい大きい雪ちゃん」
「うーん」
唸って考える雪ちゃんを見て、奏は聞くのを諦めた。子供を困らせてもしょうがない。
この日の雪ちゃんは奏に影響されたのか、昨日までの元気がうそのようにおとなしかった。
何事もなく迎えた三日目の夜。ベッドに入った雪ちゃんは、向き合って寝ている奏の手をそっと握った。
「奏ちゃん、だっこしてもいいよ」
「急にどうしたの?」
「なんとなく」
奏は雪ちゃんは寂しいのだと思った。奏自身も寂しいから、わかるような気がした。
「あったかいからこっちおいで」
「うん」
雪ちゃんは奏の胸に額を当てて丸くなった。奏は雪ちゃんの小さな背中に腕を回し、やさしく抱き寄せた。
雪乃と同じ甘い髪の匂いが鼻をくすぐる。
奏はどうしようもなく寂しくて、涙を一筋流した。
いつの間に眠ったのか、奏は広がる草原に立っていた。前にも見た夢の中の景色だ。
「奏ちゃん」
背後からかけられた透き通った声は、奏が一番聞きたかった声だった。
振り向くと、同じ歳の雪乃が微笑んでいた。
奏はいてもたってもいられず、雪乃の胸に飛び込んだ。言葉は何も出ない。ただ、雪乃の体温に触れたかった。
「もう、そんなに甘えてぇ」
恥ずかしがる雪乃とは違い、奏は離すまいと必死だった。奏は涙声で声を絞り出す。
「ねえ……雪ちゃん、どこにいるの?」
「いつも一緒にいるよ。ちょっとキツネになっちゃってるけど」
「あれも雪ちゃんなんだ」
「うん」
「でも……、やっぱり雪ちゃんに会いたいよ」
雪乃は涙を浮かべる奏の頭に手を置いた。
「そっか……。泣かせちゃってごめんね。本当に奏ちゃんへのプレゼントだったんだよ」
「うん、ありがと。うれしかった」
「じゃあ、そろそろ元に戻るね」
「お願い」
目が覚めると、奏の眼前に雪乃の寝顔があった。頭に大きな耳はない。いつもの日常に戻ったのだ。
「はは、変な夢」
そう笑って片付けようとした奏だったが、机に飾られていた絵に釘付けになった。
そこには、太陽と花と女の子が元気に描かれた絵が飾られていた。
終わり
最終更新:2010年11月11日 18:12