その
ゆっくりは何故自分がここに居るのか分からなかった。
大好きな家族と一緒にゆっくり寝ていたはずなのに、目が覚めたら全く知らない場所だった。
自分をやさしく包んだ大木の根はなく、強烈な太陽光がみずみずしい皮を容赦なく焼く。
右を見ても左も見ても森どころか木の一本もなかった。
あるのは灰色の石でできた大きな塔や細長い棒。
肌にに感じる地面の感覚もおかしかった。
自分は柔らかな土ではなく温い岩の上にいることに気がついた。
「ゆっくり?」
急速に襲ってきた不安がゆっくりの精神を蝕む。
他のゆっくりがいればあるいは平静でいられただろうが、
生憎と見晴らしのいい石の上には右にも左にも仲間の姿はなかった。
そうやって見回しているうちに恐ろしいことに気がついてしまった。
他の仲間はいないが、ニンゲンが大勢いるのだ。
幸い、自分が上にいる岩はかなり大きく気がつかれてはいないようだが、いつ気づくか分からない。
発見したゆっくりポイントでご飯を食べていただけの仲間が大勢ニンゲンに殺されている。
理由も無くゆっくりを殺すニンゲンは本当に恐ろしかった。
隠れる場所を探そうとして再び辺りを見回す。
だが、岩の上に隠れる場所は無く、わずかな段差があるのみだった。
「ゆ゛っく゛りし゛た゛い゛よぉ…」
ニンゲンに捕まり、木に吊るされた仲間の無残な最期が脳裏にちらついて自然と涙が出てきた。
自分もああなってしまうのだろうか。
そう思っていると突然、大好物のトンボが飛ぶような、それでいて非常に大きな音が聞こえてきた。
あまりに大きすぎて自分の体が揺さぶられたようだった。
「とんぼさん!どこにいるの!でてきてゆっくりしようね!」
さっきまで感じていた恐怖も忘れて、トンボを探そうと飛び跳ねるゆっくり。
だがその行動はすぐに中断された。
周りにいたニンゲンたちが急にあわただしくなったのだ。
もうだめかと思ったが、やはりこちらには気づいていない様なので震えながらも安心するゆっくり。
ニンゲンたちはあっというまに地面の下や岩の中に入っていってしまった。
ふたたびトンボの飛ぶ音が聞こえる。
自分の近くを通過したときのような、短い音が三回。
トンボの姿を探して辺りを見回すがやはりいない。
すぐ近くでホバリングしているような音がすぐに聞こえてきた。
ゆっくりの意識はそこで終わり、永遠の闇の中へと吸い込まれた。
「誰かここで羊羹でもぶちまけたのか、随分酷いな。」
「あ~あ、勿体無いなぁ。でも誰がこんな所で羊羹を食うんですかね。わざわざ主砲塔に登ってまで。」
「さあな。それにしても随分こびり付いてるな、こりゃ掃除は大変だぞ。」
ゆっくりという生物は幻想郷でも外の世界でも非常識な生物である。
その為、幻想郷を囲む結界に何らかの偶然で触れると結界の機能がゆっくりの非常識さを解釈しきれず、
稀に触れたゆっくりが別の時間、別の空間へと飛ばされることがある。
大抵は幻想郷のどこかに現れるのだが、時々外の世界にとばされる個体もいる。
このゆっくりの場合は酷く不運だった。
対空戦闘が発令された直後の戦艦大和、第三砲塔上に現れたゆっくりは直後、三式弾発射時の爆圧によって破裂してしまったのだ。
最終更新:2008年09月14日 09:30