ゆっくりが泣き叫びません
登場ゆっくりが何かわかりません
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男が、鈍色の空を見上げ、ぼんやりとしていた。
数刻前、カラリと晴れた青空に誘われ、散歩に出たものの、今や打って変わっての大雨である。
急ぎ帰ろうに家までは遠く、已む無く見知らぬ家の軒先に忍び込み、雨止みを待っていた。
ふと、気がつけばこの家の主人であろうか、青年がニコニコしながら傍に立っていた。
「どうぞ、ご覧になってください。」
ここは何かの店なのであろう、青年はそれだけ告げると奥に引っ込んでしまった。
特に興味もなかったが、このまま雨が止むのをただただ待つのもつまらなく思い、
男は古びた家に足を踏み入れた。
店に踏み入れると、目に付いたものは、大小様々な透明な箱。
大工道具を改造したであろうもの、蓋がついた大きな籠、棒の先に輪がついたもの、
日用品もあるようだが、どう使うのか見当もつかないものが大半であった。
まだ、外からは雨音が聞こえてくる。
店の奥へと進むと、先ほどの透明な箱に何か詰め込まれている。
ゆっくりと呼ばれるここ最近あちこちで見られるようになったモノのようだ。
皆一様にこちらに向かって何かを話しているようだが、箱のつくりがいいのだろう、雨音に消されて何も聞こえない。
端に置いてある箱を見やると、みちみちという音が聞こえそうなほど圧迫され、変形しているゆっくりがいた。
箱の上側には重そうな石が載せてあり、その重さによって中のゆっくりは形を変えさせられているようだ。
男には、ゆっくりを虐げる趣味はなかったが、ただ唐突に、ある好奇心が芽生えたようだ。
しばらく男は考る仕草をしたが、好奇心を抑えられなくなったのであろう、重石を両手で持ち上げた。
ゆっくりが何かを必死に訴えているのであろうか、箱がガタガタと揺れた。
だが、それも純粋な好奇心に突き動かされた男を止める理由にはならないようで、ゆっくりと男は重石を箱に載せた。
すると箱の側面、下のほうに小さな穴があったのだろう、そこから赤黒いものが、どろり、と漏れ出してきた。
中のゆっくりは白目をむき、何かを叫んでいるようだがまるで聞こえない。
ゆっくりと流れ出るそれを、男は満足げに眺めた後、店の奥へと歩んでいった。
雨音は激しさを増している。
透明な筒に、先ほどより小さなゆっくりがいくらか入れられたものが目に留まった。
その筒の下側に台座があり、その台座には、小さな赤い突起がついており、その横には『押す』と書かれている。
小さなゆっくりは必死に飛び跳ねているようだが筒には蓋がされているし、背も高い。
男は、初めて見るその道具はなんだろうかと考えるが、見たことのないものがわかるはずもなく、
押すと書かれている突起を押してみることにした。
押した途端に、雨の音すら霞んで聞こえるような轟音、男は目を白黒させながら飛び退った。
手を離すと音は止んだようだが、おっかなびっくりとその道具に近寄ると、筒の中には赤黒いものしか残っていなかった。
面妖なものがある、と男は思いつつも、さらに店の奥へと歩を進めた。
雨は降り止む気配を見せない。
小さな机の上に、先ほどまでとは比べて大きめのゆっくり、その横には匙。
大き目のゆっくりは頭が切り取られ、中身を露出させていた。
珍妙な光景に男は眉をひそめたが、甘い、なんとも腹の空く匂いがあたりに立ち込めていることに気が付く。
どうやらそのゆっくりの中から発せられているようで、男は興味本位で中身を一掬いした、
器であろうゆっくりが、びくり、と震えたが男は気にすることなく口へとそれを運んだ。
なんとも甘く、後味もすっきりとしている、男に二口目を食べさせるには十分な理由であった。
掬い上げるたびに、器がびくびくと震え、何かつぶやいているが、男は食べることに夢中で気にも留めない。
気がつくと、傍で青年が湯飲みをこちらに差し出し、ニコニコしていた。
熱い茶を飲み干し、一息ついた男は、青年に代金を支払うべきだと思い、財布を取り出した。
だが、青年は結構です、と身振りで示した、どうやらここは茶屋ではないようだ。
雨の音はもうしない。
結局、何の店かは最後までわからず終いだったものの、程よく腹も満たされ、
男の気分は今の空模様のように晴れ渡っていた。
男は、青年に一言お礼を言い、家路についた。
遠くなる背中に向かい青年は一言だけ告げる。
「またのお越しを、お待ちしております」
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長々とありがとうございました、ゆっくりの悲鳴を考えたものの思い浮かばずこのような結果に。
やっぱり虐待お兄さんにはなれないようです
最終更新:2008年09月14日 10:01