ゆっくり消しゴム。
今幻想郷で人間の子供達や精神の幼い妖怪の間で小さなブームとなっている文房具だ。
ゴムとは言うものの実際にはゴムではなく一匹の生き物である。
最近あらゆる方面で人気の高い生命体ゆっくり、その中でも3立方センチメートル程のちいさなものがこのゆっくり消しゴムとなる。
その愛らしい見た目と手頃な小ささからゆっくり消しゴムはいわゆる昔のたまごっちの様なブランドを子供たちの間で獲得したのだった。
「見ろよオレの!これ希少種のれみりゃっていうんだぜ!」
「いいなー私なんかせいぜいみょんぐらいしかないんだよ」
「そんなのまだいいさ、僕なんてやたら帽子がずれるまりさしかないんだよ」
互いに自分のゆっくりを子供たちが見せ合ってる中、その様子を木陰に隠れながらうらやましそうに見つめる一人の少女がいた。
彼女はチルノ、幻想郷の中でも比較的幼く子供らしい気質の妖精であった。
字も書けない彼女にとって消しゴム等というものは今まで必要の無いものであったが、
最近の子供たちの手に握られている奇妙な物体を見ると彼らの笑顔のせいもあってかどうしても欲しくて仕方なくなった。
とは言うものの養殖栽培で作られているゆっくり消しゴムは通常自然で手に入る事はほとんどない。
チルノはその無い頭を極限にまで回転させ、知恵熱で二日寝込み、その三日後に教職に就いている慧音のことを思い出した。
「あたいったら天才ね!」
全快したチルノは早速慧音のもとに向かいゆっくり消しゴムを一つくれるように頼み込んだ。
理由はどうあれ文房具を必死に欲しがるチルノに多少の好感を抱いた慧音はチルノにある提案をした。
「それじゃあゆっくり消しゴムと鉛筆、紙もわたしてあげよう。そのかわり、私に手紙を書いてきなさい。約束できるか?」
この約束に多少戸惑いはしたがそれもそれで面白いかも、とすぐに思い直しチルノは大きく首を縦に振った。
「ゆっくりしていってね!」
満面の笑みでチルノを見つめておなじみの言葉を発しているのはゆっくり霊夢、ゆっくり消しゴムの中で最も手に入りやすいものだった。
それでもチルノにとっては久しぶりに出来た宝物だったのだ。
チルノはすぐに湖の表面に手頃な氷の机を作り、渡された紙に手紙を書きはじめた。
字のお手本も既に慧音からもらっていたので準備は万端である。
大きな文字でお手本を見ながら好きな事を書くチルノをゆっくり霊夢はゆっくりしながら・・・
いや、ゆっくり霊夢はゆっくり出来ていなかった。なぜなら彼女は辺り一面凍り付いた氷上で敷物も敷かれずに置かれていたからである。
「ゆっゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ!!」
あまりの寒さにお決まりの台詞も言えないゆっくり。せめて紙の上にでもと体を動かそうとした瞬間
「ゆっ!?」
自分の体がその場所から全く動かないどころかその場所との接着面に鋭い痛みを感じるゆっくり。
そう、彼女は低温の氷の机の上にぴったりと張り付いてしまったのだ。
こうなるといくら頭の弱いゆっくりも自分が体を動かす事で鋭い痛みが走るという事には気づいた。
しょうがない、この氷の妖精が手紙を書き終えるまでゆっくり待つしかないか・・・
だがそうと割り切っても周りの低温と氷の机は自分の体の熱を奪っていく。たまらずゆっくりは
「早く手紙を書いてね!」
とチルノに向かってめずらしい応援をとばした。だがそれがいけなかった。
「うるさいなあ!急がすから失敗しちゃったじゃないかあ!」
ムカッときたチルノは机に張り付いているゆっくりを鷲掴み、容赦なく剥がしとった
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
そんな叫び声等おかまい無しにチルノはゆっくり霊夢を紙に押し付けむちゃくちゃに擦り付ける。
そう、ゆっくり霊夢は消しゴムなのだ。
本来この使い方が正しい使い方なのだがその使用時のあまりの断末魔に耐えかねて
消しゴムとして使用する人々が減り今の流行に落ち着いたのだ。
しかし、チルノは消しゴムというものをよく知らなかった事、手紙を書く事に躍起になっていた事もあって
ゆっくりの悲鳴を全く気にしなかった。
「やめてええええええええ、ゆっくりしたいよおおおおおおおおおお!!!」
粗方消しきって満足するチルノ、それとは対照的に顔面を机の上に押し付けたままへたっているゆっくり。
だが、ゆっくりの悲劇はこれだけでは終わらなかった。
ここでゆっくり消しゴムの構造について簡単に説明しなくてはならない。
この小型のゆっくりは急激なストレスや物理的ダメージを与えると体から汗とは違う特殊な体液を出す。
この体液こそ鉛筆の線を綺麗に消しとってくれるゆっくり消しゴムの秘密なのだ。
さてそうなると今氷の机の上に顔面から突っ伏しているゆっくり霊夢は今すぐ顔、いや体を上げようと思うべきだった。
「ん゛?ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!」
気づいた時には既に遅かった、さっき以上に顔面が氷にべったりと張り付いて身動きがとれなくなっていたのだ。
しかもタイミングの悪い事にちょうどチルノはまたも失敗した字を紙に書き込んで悔しがっていたのだ。
「だから・・・うるさいってばー!!」
その声に体をびくっとふるわせるゆっくり。寒いにもかかわらず額を汗がつたう。
「ん゛ー!ん゛ー!ん゛ん゛ん゛・・・ぃぃいぎゃああああああああああああ」
さっきと同様に躊躇なく机からゆっくりを引きはがすチルノ。その異常な声に流石のチルノも驚き手を離した。
そのためゆっくりは勢いよく放物線を描いて氷が張っていない湖面の方向へ飛んでいき見事に着水した。
「ぐぼ・・ぼぼぼぼぼぼぼぼぼ・・・・」
氷が張っていないとはいえ水の温度は5度程度、ゆっくりの少ない体力を奪うのには1分も必要としなかった。
ゆっくりできなかったよ! 薄れる意識の中ゆっくりは静かに思った。
「大丈夫?ねえ、大丈夫!?」
目が覚めるとゆっくり霊夢は濡れたまま湖のほとりにいた。どうやらぎりぎりのところをチルノが救い上げてくれたらしい。
「ごめんね、放り投げたりして。あんたが大きな声だすからびっくりして・・・」
誰のせいだと思っている。もうろうとした意識の中で軽くそんな事を思ったが今はどちらかといえば助けてくれた事への
感謝の気持ちの方が勝っていた。
「これからはゆっくりと大切に使っていくからね!」
笑顔をで発せられたゆっくりという単語に自然に反応し言葉を返すゆっくり霊夢
「うん、ゆっくりしていこうね!」
だがゆっくりは気づいていない。チルノがこれからもゆっくりを「使っていく」ということに。
そして何故ゆっくり霊夢が悲鳴を上げていたのかを、まだチルノは理解していないという事にも・・・
最終更新:2008年09月14日 11:00