ゆっくりいじめ系27 インプリンティング

インプリンティング

「ゆっくりしていってね!!!」
 夕暮れ時、里へ帰る道の途中草むらから生首のような、饅頭のような生き物が飛び出してきた。妖怪でも出たのかと思い肝を
冷やしたが、ソレは俺に襲いかかってくることはなく、その場でピョンピョン跳ねて冒頭の台詞を連呼し始めた。俺はその時、
驚きのあまり腰を抜かしてしまって、持っていた荷物を放り出して地面に尻餅をついてしまっていた。俺の眼前を意味もなく
跳ね回る「ゆっくり」は、俺が投げ出した荷物に気づいて目を輝かせる。それは今日香霖堂で手に入れた外の世界のお菓子で、
「カステラ」と呼ばれるものだった。
「うっめ!めっちゃうっめ!」
 カステラを包装していた紙ごとバリバリと貪り食うゆっくり。俺は訳がわからず、尻餅をついたまま呆然とその光景を眺めてい
た。すると、カステラを食い終わり、興奮した様子のゆっくりが、
「もっとたべさせてね!」
と、言いながら再び俺の目の前に跳ねてきたため、今度こそ食われると思った俺は、
「ヒイッ」
と、とっさに顔をそむけて両腕で顔を覆った。その時、顔を守ろうとした右腕がゆっくりの左頬に見事に当たり、
「ゆ”っぐ!?」
と顔面(?)を痛打されたゆっくりはぶっ飛ばされて横にあった太い木の幹にビタン、としこたま叩きつけられた。いつまで
経っても食べられないので、恐る恐る目を開けると、そこにはのびて気を失っているゆっくりの姿があった。
 人に力で負ける妖怪など聞いたことがない。どうやらこの生き物は妖精かなにかの類のようだ。(人語を話すし、動物にしては
少々グロテスクに過ぎる。)安心した俺は木の枝でこの得体の知れない生き物をつついて遊び始めた。頬の部分をつつくと、
枝の先端がもちもちの皮にブヨン、と沈み込み、つつく力を抜くとバイン、とはじき返される。漫画めいた弾力性だ。おまけに、
意識もないくせに突付かれるたびに、「ゆっ!」という奇声を上げる。目はつむっているのに、口元は起きているときと同じく
笑っているような形で開きっぱなしで、口からはよだれが一筋たれている。すべてが滑稽だった。胸の奥底から得体の知れない
感情が沸き起こってくるのを感じ、俺はこの生き物を枝でつつくのがやめられなくなった。どんどんつつく力がエスカレートして
いき、やがて枝の先からブス、という湿った音がしてそこに黒い泥のようなものが付着しているのをしげしげと眺めていると、
この鈍感な生き物はようやく目を覚ましたのだった。
「ゆっくり!ここはどこ!?おにいさんだれ!?」
 ピョンピョン跳ねながら言う。頭をぶつけたショックでさっきの記憶はないらしい。意識を取り戻し元気に跳ね回りながら、人
語を喋るこの生物を見て、俺は改めて思った。こいつの姿かたちや仕草、そして物言いは、どうも俺を苛立たせる。胸の奥に暗い
感情がまたも真夏の積乱雲の様にムクムクと広がるのを感じた俺は、これ以上とコレと関わりあうのは止そうと、ゆっくりの問い
かけを無視して立ち上がり、さっさと家に帰るため歩き出した。するとどうだろう、ゆっくりは俺の後をついてくる。足元に
まとわりついてきて、そのもちもちした感触がひどく気色悪い。思わず蹴り飛ばしてしまう。ゴロゴロと転がってまた木にバイン
とぶつかって、止まる。
「けらないでね!」
「なんでついてくるんだよ」
「おなかすいた!おうちかえる!」
 さっき俺のカステラを全部食ったばかりじゃないか。
「じゃあさっさと帰れよ」
「おうちわからないよ!はやくおにいさんのおうちにつれてってね!」
 どうやら記憶はキレイさっぱりなくなってしまったらしい。しかしそんなことはもちろん俺の知ったことじゃない。こんな
奇饅頭と一つ屋根の下で共同生活なんてお断りだ。俺はかまわず歩き始めた。ゆっくりもその後をあつかましくついてくる。
 最初のうちは俺の前を行ったり後を行ったり元気よく跳ね回りながら、「かえったらゆっくりしようね!」とか「はやくごはん
たべようね!」とか勝手なことを話しかけてきた。だがヤツは俺の歩くペースについてくるのが精一杯だったようで、十分もする
と、俺とゆっくりの距離はだんだんと離れ始めた。
「ゼッ、ゼッ、ハァッ…ゆっ!……ゆっくりしていってね!!!」
「勝手にゆっくりしてろよ」
「ゼヒッ……ゼッ、いっしょにゆっくりしようね!」
 なぜだかわからないが随分なつかれてしまったようだ。一部の動物の雛には刷り込みという、生まれてから一番最初に見たもの
を親と思い込む性質があるそうだが、ひょっとしたら記憶をなくしてしまったコイツは、目覚めて最初に俺を見て、親か何かだと
思い込んでいるのかもしれない。もうヤツの体力も限界に近いようだが、それでも懸命についてくる。里に着くまでこのまま
歩いて、あと一時間はかかる。確実にそこまではもたないだろう。
「ゆっぐ!」
 とうとうヤツは着地に失敗して顔面から地面にスライディングをかまし、ベッタリとのびてそれ以上動けなくなった。ゼヒッ、
ゼヒッ、と荒い呼吸をする度にブヨブヨした体が揺れるのが滑稽だ。俺はチラッとその様子を確認すると、当然助け起こすような
真似はせず、残りの道のりを急いだ。
「おいてかないでね!」
 と、泥にまみれた顔面を上げ、どんどん遠ざかる俺の背中に叫ぶゆっくり。しかしその声が全く聞こえていないかのように、
俺がゆっくりを振り返ることはなかった。
「ゆ”っぐりいいいいいいいい!」
 親に見捨てられた子供のような悲痛な叫びが夕焼けの中に響き渡る中、俺は胸の中に立ち込めていた暗雲が晴れていくのを
感じていた。

 翌日の朝、俺は再び香霖堂を目指していた。すると昨日と同じ道の昨日と同じ茂みから昨日と同じ化け物が飛び出してきた。
「ゆっくりまってたよ!」
 全身泥だらけで、頭から生えている髪の毛のような毛もボサボサだった。結局自分の巣に帰れず、その辺の茂みで夜を明かし
たのだろう。ボロボロの姿で俺のまわりを嬉しそうに跳ね回る姿に、多少健気さを感じないでもなかったが、胸から沸き起こる
暗雲はそれを圧倒した。というのも、俺が手に持っている風呂敷の荷物に気づいたゆっくりが、目の色を変えて騒ぎ出したから
だ。
「おなかすいた!それちょうだい!」
 それは香霖堂で商品と交換してもらうために持ってきた、家で育てている果物だった。昨日のカステラも、大事な客人をもてな
すために一番出来のいい果物を選んで交換してきたものだ。昨日この化け物に食われてしまったから今日わざわざ再び香霖堂へ
足を運んでいるというのに。俺の暗い衝動はピークに達した。
 果物の甘いにおいに興奮して俺の風呂敷に飛びつこうと跳ね回るゆっくり。ゆっくりが着地する瞬間を見計らって、俺はヤツを
思いっきり踏みつけた。その瞬間、ゆっくりは「ぐっ」と低い声を上げ、昨日俺が枝で皮に開けた小さな穴から「ビイイイイッ」
っと鋭い音を立てて黒い泥のようなものが放物線を描いて五メートルも先まで噴出した。俺はそれを見て嫌悪感と快感の両方が
背筋を駆け巡り、思わず身震いしてしまった。
「ゆっ……く……」
 どうやら相当なダメージを受けたようで、ゆっくりは痙攣して横たわったまま動けなくなった。
 溜飲が下った俺は、重体のゆっくりを残し、口笛を吹きながら香霖堂へ向かった。

 結局カステラは手に入らなかった。店主に、外の世界のものはそうタイミングよく入荷できるものじゃない、いつまた手に入る
かもわからないから諦めてくれ、と言われた。重い果物を手に帰り道をとぼとぼ歩いていると、またもあの憎たらしい声が聞こえ
てきた。
「ゆっくりしていってね!」
 中身が飛び出たせいか、大きさが半分ほどになり、もちもちだった皮が余ってだぶついている。まだ跳ねる元気はないらしく、
ズリズリとはって移動している。まるで巨大なナメクジだった。俺が近づくと、ヤツはビクリ、とおびえた。また踏まれるかも
しれないと警戒しているのだ。しかし本能の力は残酷で、一度親と認識してしまった俺から逃げることは体が許さなず、こうして
また俺の前にノコノコと現れたわけだ。まったく、どこまでも滑稽な生き物だ。
 俺はおびえるゆっくりに近づいて言った。
「さあ、おうちに帰ってゆっくりしようか」
 ゆっくりの顔が輝く。
「ほんと!?」
「ああ、ほんとうだよ。ここでちょっと休んだら、今度はゆっくり一緒に帰って、おうちでいっぱいごはんを食べようね」
 ズリズリと這いまわって「いっしょにかえろうね!」「ゆっくりできるよ!」と喜ぶゆっくり。
俺はゆっくりが騒いでいる間、ゆっくり帰れるルートを考えていた。まず最初は川がいい。ゆっくりの身長ならあの浅瀬でも十分
溺死寸前まで追い込めるだろう。その後は熊笹が生い茂った山道を通ろうか。いや巨大な蛭がうようよいる湿地帯も捨てがたい。
どこへ行ってもあいつはバカのようについて来るだろう。
あいつが最大限ゆっくりできるような、最高のルートで、ゆっくり帰ろう。俺は岩に腰掛け、幸せそうに這いまわるゆっくりを
眺めながら、思った。 


おわり
(なんで香霖堂でお菓子売ってんねん、とかなんでカステラやねん、とかいった色々な疑問はどうぞ胸の奥に閉まっておいてください…)

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最終更新:2008年09月14日 04:50
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