ゆっくりたちの部屋にも余っている寝床はあるが、私の顔を見ると、みんな喋ったり遊
んだり色々したがるだろうから、自室に置いてある予備を使う事にした。
私の自室も家具は少ない。
ベッドと本棚、パソコンを置いた机と椅子、衣類や雑貨を収めたタンスと姿見の他は、
中身が入っている木箱と、空の木箱などをいくつか壁際に積んでいるぐらいだ。
普段着る衣類がタンス一つに納まり、しかも雑貨などを入れられるぐらい余裕があると
言うのは、年頃の娘として我ながらどうかと思う。
替えを含めた夏冬の制服、制服用ブラウス、コートなどの他は、あまり外へ着て行く服
を多く持っていない。
制服を着て学園に行くか買い物へ出るぐらいしか、私は外出しないのだから、外出着が
少ないのも当然だろう。
ありすにはジュースとお菓子を与えておいたから、とりあえず制服を脱いで部屋着に着
替えようと思った。
制服を着ていると、どうにも気分が切り替えられない。
月曜の朝までは、ずっと私が本当の私で居られる時間だというのに、学園に居る延長み
たいな気分では──
ゆっくりできない。
ありすの傷口から漏れたクリームで汚れた制服は後で洗うとして、私はタンスから部屋
着などを取り出す。
私の部屋着はジャージである。着たまま眠れるので楽だ。
別に他人が見ているわけでもないから、外面を気にする必要を私は感じない。
下着類については、体育の時などに見られる事を考えて、あまりに地味すぎる、飾り気
がなさ過ぎる物は避けている。
しかし、やたらと凝った物など愛用すると、今度は別の問題が発生するため、色々と悩
ましい。
好み的には、可愛らしい物や際どい下着が好きなのだが、それらは部屋にいるときだけ
身に付ける。
私が下着を見せたい相手は、人間には居ない──私の可愛い子たちだけだ。
着る物を選んでから、私は服を脱ぐ。
上着やスカート、ブラウスとタイツはもちろん、ブラジャーとパンツも脱いで全裸にな
る。
装って取り繕っている私から、本当の私に戻るためには、一回全部脱ぎたいのだ。
大切なカチューシャ以外、学園に着て行った物を身に付けたままだと、なんとなく気分
が落ち着かないと言うか、色々と吹っ切れられない。
私は姿見に裸体を映す。
ナルシストの気が皆無な女の子は少ないだろう。
私は多少それが強い部類だが、自分の一切合切が好きと言うわけではない。
本心を出さず隠しているのは、慣れたとは言え多少気疲れするし、ずっと嘘をついてる
ようなものだから、あまり好きじゃない。
本当の自分に自信を持っていないのが、まず嫌いだ。
人間に興味が無いと自分で自分に言い聞かせて、装う事を正当化している。
興味が無いわけではなく、ただ単に怖いだけだと言うのに、怖さから目を背けるために、
興味が無いと思い込んでいるのだ。
何故なら、人間に興味が無いと言っているくせに、私はみんなの事を良く知っている。
そう、本当に興味が無いのなら、他人を詳しく観察して記憶に残したりしない。
興味を持たれないなら、こっちも興味を持たないと言うのも嘘だ。
関心を持たれようと振る舞って、失敗するのが怖いだけ。
私は動く前に負けを認めている敗北主義者で、それを誤魔化している嘘吐きに過ぎない。
我ながら、度し難いと思う。
ああ、鏡の中の私も笑っているじゃないか。
冷たい目で、ふっと馬鹿にしたような冷笑を浮かべている。
おいおい、あなたは私だと言うのに、そんな顔で私を笑うのかい?
そうかそうか、侮蔑するほどじゃないが、馬鹿らしいと切り捨てる程度には、嘲笑に値
するのか──なるほどね、私もそう思うよ。
非健康的な白い肌は、外出を最小限にして、閉じこもっている証明。
かと言って身体が弱いわけでもなく、運動能力は中の上程度なおかげで、儚げな魅力と
やらも存在しない。
健康的な美もなければ、儚い美しさもない、中途半端だ。
特徴はあっても、それを打ち消す要素があるから、何の役にも立っていない。
どっちつかずなのは、胸の大きさもだ。
巨大さや貧しさは、一種のステータス。
私のバストは、可もなく不可もない程度の大きさ。
形が飛び抜けて美しいわけでもなく、ごくごく普通に盛り上がって、年相応に張りがあ
って、先端がほんのり色付いているだけ。
巨乳、貧乳、美乳などに当てはまらず、強い印象を与える崩れも全くない、平均点程度
では何の価値も無かろう。
普通が一番?
それはそうかも知れないが、そう達観できるほど私はまだ老成していない。
もっとも、見せる相手も、見せたい人が居るわけでもないから、これはこれで良いんだ
ろう。
私の可愛い子たちを胸へ抱くのに、程良い弾力を与えられて、邪魔にならないぐらいな
のだから──そう考えれば、理想的だと言える。
腕や脚、腹部も、これと言って特徴が無い。
やや太腿が大きく、肌の白さから受ける印象と比べて腕が太いだけ。
腕の太さは、ぽっちゃりとかふっくらではなく、どちらかと言えばしっかり。
ゆっくりを持ち上げたり、武器を振るったり、自主的に訓練している所為で、無駄に筋
肉がついているからだろう。
それだって、もっと太ければ健康的な強さをイメージさせられるのに、そこまでではな
く「意外としっかり」程度では、特徴と成り得ない。
徒歩移動が多いのと、良くその部位の筋肉を使うから、やや太くなっている太腿も腕と
同じだ。
だが、こちらは少女らしいと言える範疇を、やや越えてしまっている。
むっちり、と形容詞を付けられても、反論出来ないレベルだろう。
しかし、それも大きな特徴と言えるほどではなく、脱いでみたら意外に程度の要素でし
かない。
腹部も、出ているでもなく、くびれが目立つわけでもない、ごくごく普通なウエスト。
思い切り力を入れたら、多少は腹筋を目立たせる事も出来るが、別にそんなものを目立
たせたいとは思わない。
ダイエットして細くする必要も感じていない。この部位を、下手にどうこうしようとす
ると、身体の外見バランスを大きく崩す結果となりやすい。
体型を気にして良くダイエット挑戦してるクラスの子も、着替えの時に見た限り気にす
る必要あるとは思えなかったし。
ふと、鏡に映る私の下腹部を見た。
先ほどありすに治療を行った際、じんわりと中から漏れ出した液体のおかげで、少しだ
け濡れている。
あまり濃くないアンダーヘアの下にある、奥まで何かを迎え入れた経験が無い割れ目を、
ぐいっと押し開いたらもっと溢れ出てくるだろう。
そんなことは滅多にしないけど。
この部位を私は滅多に弄らない。
手洗いの際に拭く、入浴時に洗う、毎月訪れる忌まわしい期間にナプキンを宛てがう、
それぐらいでしか触れない。
性的な欲求を満たすために、そこを弄った事は皆無では無いが、そのような目的で弄る
のは年に数回あるかないか。
快感を得るために弄るのは──別の場所だ。
がたっと物音がした。
私の意識は、鏡の中から周囲に向けられる。
なんだ、積んでいた箱がひとつ落ちたのか。
家族向けの新しい物件なため、ここは元から防音がしっかりしている。
赤ん坊の泣き声や、うるさい盛りのガキの声が、他の部屋から聞こえてきた事はない。
しかし、他者が出す音が気になるタイプの私は、さらに自主的に防音を施している。
私の居室のみならず、内廊下とダイニング、二つある
ゆっくりたちの部屋にも、防音ウ
レタンシートを壁に貼り、床にも同様の処置を施した。
私が四股を踏んだ程度では、音も振動も他へはほとんど伝わらないだろう。
喉が裂けそうなほどに、大声を出しても全く問題は無い。
「っと、そうだった……ありすに寝床、持って行かないと」
やるべき事を思い出し、私は呟く。
部屋の隅へと移動してバスケットを抱え、ダイニングへと戻る。
着替えは──面倒だから止めて、全裸のまま。
「ごめんね、遅くなっちゃったわね。お待たせ、ありす」
「……! お、おねえさん……そ、そのかっこ……」
ありすは唖然とした顔で、口を大きく開けている。
ゆっくりなのに人間の服装を気にするなんて、変わった子だ。
「あら、ありすは私の裸気に入らないの?」
口を尖らせ、私は拗ねてみせる。
「そ、そそそんなことっ、な、ないわよっ! た、ただ……び、びっくりしただけよ」
紅白饅頭の紅い方になったみたいに、ありすは顔を真っ赤にして怒鳴った。
やけに「そんなことない」と言うのに、力を込めて。
「あらあら、それじゃ私の裸を見たかったの? エッチな子ね……ふふっ」
口に手を当て、にんまりと私は笑う。
「なっ、そ……そんなんじゃ……でも、その……」
あ、図星だったのか……さっきキスしたので、かなり私を意識してるみたいだ。
「いいのよ、素直になって。ありすと私は、もうこれからずっと一緒なんだから、ね」
言いながら、そう言えばまだこの子の意志確認をしていなかったのに気付く。
出会ってから現在まで二時間足らずの間に、それっぽい事を何度か私の方から言ってお
いたが、まだ明確にこの子の意志は聞いていない。
もっとも、その気が無いなら、その気にさせれば良いだけだ。
完治するまでとか、色々と理由は付けられるのだから、時間は幾らでも作れる。
どうしても難しい時は、私の血肉、みんなの皮餡となって貰えば、文字通りずっと一緒。
「う、うん……でも、いいの? ありす、おねえさんといっしょにいても?」
「何度も言ったでしょ、私もありすと一緒にいたいのよ。だから、今日から……ありすは
私の家族よ」
拒絶されなくて良かった、と私は心の底から思った。
相手が
ゆっくりであっても拒絶は、否定は嫌だ。
安堵と嬉しさで、ぽろっと涙がひとしずく、私の瞳からこぼれ落ちる。
「お、おねえさん……ないてる、の?」
「あはっ、嬉し涙よ。ありすが、私と居てくれるのが嬉しいのよ」
目元を拭い、私は微笑んだ。
「そ、そんなに……ありすのこと……ど、どうして? さっきあったばかりなのに……」
私の涙が止まったと思ったら、今度はありすが目に涙を浮かべている。
「出会ったのがいつなんて、些細な問題よ。言ったでしょ、私は
ゆっくり出来る人なんだ
から、ありすみたいな可愛い子が好きなのよ……って、ありす?」
「うっ、うぅっ……ぐしゅっ、お、おねえさん……うぅっ……」
そんなに泣いたら、ふやけちゃうんじゃないかと思うぐらい、ありすは大きな瞳からぼ
ろぼろと涙をこぼす。
「大丈夫よ、ありす。もう、あなたにひどい事する人なんか、いないんだから、ね?」
強制的に去勢されただけじゃなく、もっと辛い目に遭ったんだろう。
一緒に居た家族か仲間を惨殺された、ってところだろうか。
ありすにとっては生涯のトラウマだろうが、あの学園では日常茶飯。
先のれみりゃ母子に限らず、私がともに暮らす他の
ゆっくりたちも、群れ唯一の生き残
り、一家惨殺の中で辛うじて生きていた、すでに事切れた母胎から生まれた、底部を焼か
れた上で全身の皮肌を剥がされ油で揚げられた、など多彩な経歴の持ち主が多い。
ゆっくりであると言うただそれだけの理由で、どのような仕打ちをしても良いと、あの
学園では定められている。
もっとも、学園のみならず、なんだかんだで外部に於いても、
ゆっくりは真っ当な生き
物として扱われていないが。
私自身の手も、決して白くはない。
殺すのは授業ぐらいで、プライベートではあまり多く無いが、接触した際に不快を感じ
たら、死なない程度に痛めつけるぐらいしょっちゅうである。
現に、先ほども馬鹿にされたと言う理由で、きめぇ丸を殺さない程度に銃剣で何度か刺
した。
機嫌の悪い時に学園内で、たまたま通りかかった個体を、ストレス解消の捌け口とする
事も良くある。
ゆっくりは可愛い。
可愛くて好きだが、だからと言って全てが好きなわけではない。
それに──可愛いからこそ、痛めつけたり、虐めたりもしたくなる。
「ぐしゅっ、う、うん! あ、ありがと、おねえさん」
手が無いのだから当たり前だが、溢れる涙も拭わず、ありすは笑った。
私の個人的な嗜好だが、
ゆっくりが最も可愛く見えるのは、泣きながら笑みを浮かべて
いる時だと思う。
泣きやませてあげたいと言う保護欲と、もっと泣かせたいと思う嗜虐心、どちらもが良
い具合に刺激され、胸が疼く。
「い、いいのよ……そ、そろそろ、寝た方が良いわ。ありすとお話しするのは、私も楽し
いけど、今は体のことを考えましょう。ね、ありす」
どうにかすると、何かしてしまいそうになる気持ちを、私は抑え込む。
テーブルの上のありすを抱え、床へ置いた寝床に下ろした。
「……う、うん……わかったわ」
もっと喋りたかったのか、ありすは少し残念そうな声を出す。
「ごめんね、私もありすともっとお話ししたいけど、怪我が心配なのよ……元気になった
ら、いっぱい遊びましょうね」
頭を撫でつつフォローの言葉を口にしてから、寒くないよう毛布を被せた。
「ありがと、おねえさん……しんぱいかけて、ごめんなさい……」
なにか喋ると、その一言から会話がまた続きそうなので、ありすに向かって無言で微笑
みかける。
「何時間かしたら様子見に来るわ。喉かわいたりお腹減ったら、ここのお菓子とジュース
食べていいわ……それじゃあ、おやすみなさい」
寝ぼけて転がしたりしてしまわないよう、少し距離を取った位置に飲み物と食物を置き、
私はダイニングを後にした。
最終更新:2022年01月31日 02:54