※ネタ元
ゆっくり虐待52(実質:ゆっくり虐待スレ53)の582,589
同じネタでのSSがすでにあるので公開を躊躇してましたが、書いたものを眠らせるのがもったいないので。
あと、ゆっくりは作品ごとに設定を変えてます。
(しあわせ想像妊娠)
森の奥にある広場に静かな日差しが落ちていた。
木陰を抜ける風も穏やかな草むら。
木々を揺らす風にのって、ゆっくりたちの甲高いはしゃぎ声が流れてくる。
草原の緑を跳ね回る肌色の生き物。
それは、ゆっくりの親子の姿だった。
「ゆっっくりしてね、おちびちゃんたち!」
「ゆんっ! ゆっくりちてるよっ!」
「ゆふふ! ほんとうにすごくゆっくりしてるね!」
あふれそうなほどの幸せに包まれたゆっくり一家の歓声。
はしゃぎあう子供たちを見つめるお母さんゆっくりの表情は、幸せそのもののまん丸の笑顔だった。
その表情には、一点の陰りもない。
出産前の二倍以上の餌を集める過酷な狩りも、昼夜問わず騒がしい子供の声も、言うことを聞かない奔放な子供の我侭も、
母ゆっくりの幸せを微塵も揺るがしてはいなかった。
母ゆっくりは、ただただ、ひたすらに命を分け合た子供たちが愛おしい。
狩りはわが子の成長のため、子供の声のおかげで寂しさも感じないし、奔放な身勝手さもつがいの若い頃に似ていて微笑ましかった。
きっと、いずれは自分たちのような素敵なゆっくりに育ってくれるのだろう。
親ゆっくりにとって、自分の命を受け継ぐ娘たちはそれほどに輝いた存在だった。
「ゆゆう~ゆう~♪」
母ゆっくりはそんな幸せな娘たちのために、至福の笑みで優しげな歌を歌いあげている。
歌声に誘われて、もぞもぞと寄り添う子供たち。
小さな体をぺったりと母ゆっくりはりつかせ、その美声を全身で聞いていた。
陽光降り注ぐ草原に、弛緩した時間が流れる。
「ゆーゆー♪」
何匹かは、母ゆっくりの歌声を真似て、音階を懸命になぞっていく。調子外れながらも楽しげなあどけない歌声。
そんな子供の様子に目を細めながら、母ゆっくりは自分たちの今のしあわせこそが本当のゆっくりなのだと理解していた。
幸福な家庭で生まれ育ち、番や子供たちと幸福な家庭を新たに築いていく。自分がその一員となること。
はしゃぎ回って泥だらけの赤ちゃんゆっくりの泥を舐め落としながら、母ゆっくりは目尻を下げる。
「ゆっくりした赤ちゃんがかわいくて、しあわせ~!」
母ゆっくりは心の底から喜びの歌を奏でていた。
そんな幸福なゆっくり一家を、羨ましげに見つめる存在があった。
「むこうのこどもたち、ゆっくりしていてかわいいね」
「うん、すっごくゆっくりしているね」
草影でひそひそと言葉を交し合うのは、ゆっくりまりさとゆっくりれいむの夫婦。
成体ゆっくりとしてはやや小柄な体格。十分に一人前の大きさではあったが、まだ若いつがいだった。
二匹の眼差しは、草原で遊ぶ子供の姿をじっととらえて離さない。
その視線にこもる熱。それは執着。
二匹、一緒に暮らすようになって最初に欲したのは子供。だが、どちらが原因かは定かでないが、どれだけすっきりしようが子供を授かることはできなかった。
愛の巣にこもり、二匹消耗しきるまで子作りに挑み続けたこともあったが、結果は徒労となった。
疲れきった体の重さに、ただがっくりうなだれるだけの夫婦。慰めの言葉すら尽き果てて、ただ苛立った視線を向け合うだけ。
子供が生まれれば、きっと笑い話になる苦労だとはわかっていた。
だが、子供が生まれなければ延々と続く失望の一端でしかない。
愛を確かめ合う交尾も、半年が過ぎた今ではお互いの無力さにうちひしがれるための作業と化していた。
二匹が幸福の証として狂おしい欲しいほどに欲した子供。
今ではきゃきゃとはしゃぐ赤ちゃんゆっくりの声を聞くだけで、無性にまりさとれいむの心がざらつく。同時に、あれが自分の
子供だったらどれだけ満たされるだろうと、叶わぬ未来を夢見ずにはいられなかった。
「あかちゃんができたら、ここでゆっくりあそばせてあげようね」
「うん、まりさはごはん集めるから、れいむがあかちゃんをきちんとみてあげてね!」
二匹は自分たちの子供が草原で遊ぶ様子を重ねて、うっとりと笑みをこぼす。
夢から覚めて今の惨めさに打ちのめされるまでの、短い夢想。
朝から暮れまでひっきりなしに賑やかな巣、心のうさを払いのける子供たちの爛漫の笑顔。そして何より、同年代の親子連れに
感じるもどかしい劣等感を払拭できる。
「れいむとまりさは、こどもがいないからゆっくりできていいね!」「でも、れいむもそろそろお母さんに子供を見せてあげないとだめだよ!」
などと余計なことを言われるのが嫌だった。
たくさんの子供に寄り添われてのその言葉が、ぎゅうと心を締め付けてゆっくりさせてくれない。顔を合わせるのが億劫になったまま、遠ざかってしまった友達もいた。
「れいむのあかちゃん……」
夢想に耽るれいむの目じりが下がっていた。
妄想の中のれいむは、かつての友達に「れいむのこどもは、すっごくゆっくりしているよ!」と赤ちゃんたちを見せ付けていた。
その友人たちは口々に賞賛する。
「すごくゆっくりしているよ! こんなゆっくりしたあかちゃんを産んだれいむは、さいこうにゆっくりしているよ!」
それらの感嘆の声に、れいむはそのふっくらした体を誇らしげにそらすのだ。
が、夢想では問題は何も解決しない。
草原に秋口の肌寒い風が吹きこむ頃、二匹は草原に誰もいなくなったことに気がついた。
れいむはちらりとつがいの顔を覗き見る。
夕闇が降りて影が差すまりさの顔は、白けた無表情。
「暗くなるから、かえろうね」
「うん、ゆっくりしようね」
まりさとれいむの夫婦は言葉少なく、巣への道筋を辿り始めた。
「ゆぴーゆぴー」
巣穴にまりさの寝息が響き渡る。
薄目を開けるれいむの前で、幸せそうな寝姿だった。
「まりさだけ、ゆっくりしているね……」
れいむはそれが面白くない。
今日も夜半にかけて続けられた交尾。まりさが気を失うまで必死に何度もすっきりしても、母体役のれいむには妊娠の兆候すら見られなかった。
雄役として死に物狂いに踏ん張ったまりさ。全身が生乾きの汁に包まれ、深く寝息が疲労の深さを物語る。
それに対して、れいむの疲労の色は薄かった。
交尾の間中、れいむは自分にのしかかりながら、真っ赤な顔で忙しなく動くまりさをぼんやりと眺めていた。
母体役として、つがいになってから繰り返されてきた営みに、すでに感慨も何も抱いていないのか、ただ種付け役のまりさにされるがまま。
結果、まりさだけが相当に疲労して、隣で泥のように眠り込んでいた。
お互いの子供がほしいという願いのため、奮闘するまりさ。
その寝顔を見ながら、れいむの心にわきおこってくるのは暗然たる思いだった。
いっしょにつがいになった当時は作りたい家庭の姿をただ笑顔で話し合っていた。それが、いつしか苛立ちや慰め合いが混じるようになり、
気がつけば通りすがる子供の姿に羨望し、歯噛みする日々。
家にいっても「ゆっくりできるね!」「しあわせだね!」とゆっくりライフを楽しんだ昔の姿はない。
むーしゃむーしゃしたら、即交尾。
体力を回復するために眠ったら、再びの狩りと食事、そしてなんの喜びもない交尾という繰り返しに埋没する日々だった。
「……れいむは、ちっともゆっくりできてないよ」
ひどく色あせた毎日に、れいむの声も悄然となる。
こんなとき、れいむはいつも思う。まりさに会う前はもっとゆっくりできていたのに、と。
「……ゆっくりしょ」
押し殺した小さな掛け声。
れいむは 隣のまりさを起こさないよう、静かに身を起こす。
そのまま、すりすりと巣の奥へ。
そこは、れいむが管理する食料庫。
だが、れいむは蓄えた食料に目もくれず、ひたすら奥へ奥へと顔を突っ込んでいく。
食料庫の奥、小石で封印された膨らみから引きずり出してきたのは、色あせた黒いリボンつきの帽子だった。
途端に、それを咥えるれいむの目がとろんと潤む。
「まりふぁあああ♪」
口にくわえたまま、れいむはうっとりと目を細める。
この帽子は確かにまりさ種のもの。しかし、離れて寝こけているまりさの頭にはいつもの帽子がのっていた。
これは、別のまりさ種の帽子だった。
性格には、れいむが今のつがいのまりさと出会う前に恋人だったまりさのもの。
すでにその恋人まりさは帽子を残して行方しれずとなっており、愛し合ったまま引き離されたれいむには、かつては辛い記憶の一つだった。
時間を経た今ではいっしょに過ごした時間を甘ったる追憶として思い出すこともできるが、当時は思い出す度、心に唐辛子を塗られたような痛みを覚えたものだ。
それほどの傷心が原因だったのだろう。今のまりさとつがいになってしまったのは。
傷心のれいむの近くにあらわれて、生活の苦しさと愛しいゆっくりの面影にほだされるようにしていっしょになっていた。
まりさがひっきりなしに口にする「あかちゃんをたくさんつくれば、しあわせになれるよ!」という言葉に、孤独に晒されていた自分の心が引き寄せられたからかもしれない。
いつしか、流されるままに始めていた夫婦生活。心は消えた前のまりさを求めているままに。
それでも今のまりさの言うとおり、いっしょにゆっくりして可愛い赤ちゃんに囲まれれば、今のまりさを一番に愛せるようになれるかもしれない。いや、ならなければいけない。
そんな浅はかなれいむの想いは、赤ちゃんの為せないまま足踏みを続けている。
「まりさ、おねがい。もどってきてねえええ……」
れいむは主を失った帽子に体をこすりつける。交尾ですらしなかった親愛と愛欲の行動。
これまで、子づくりに失敗し続けていたれいむの胸には確固たる想いがあった。
子供は、本当にゆっくりできる相手としかできないのだと。
今のまりさは、餌集めが上手い便利なまりさで、優しくて、いっしょに暮らすのは嫌じゃない。だけど、たとえ自らが黒く朽ちても子供がほしい相手とは思わなかった。
せめて、今のまりさが昔恋人だったまりさぐらい逞しくて、優しくて、愛情があって、ゆっくりできるまりさだったらいいのに。
「きっと、まりさがゆっくりできてないから子供ができないんだよ! 子供ができないのはまりさのせいだよ!」
ほかの子連れゆっくりを見る度に胸を苛む惨めな思いも、全部今のまりさのせいだ。
自分から「こどもができれば、すごくゆっくりできるよ!」と熱く口説いてきたくせに、この体たらく。
心の底から嫌いじゃないけど、れいむの恋人まりさとはとても比べられないよ。
れいむは、まりさを低く見ることで自分を慰めていた。かつて、すばらしい恋人まりさに愛された自分は価値のあるゆっくりだとも思い込もうとしていた。
「ゆう。こづくりだって、れいむのだいすきなまりさなら……」
そう思い込むほどに、思い通りにならない家族計画の原因を今のまりさに求めずにはいられない。
きっと、愛しいまりさなら一回で立派な子供が生まれていた。あっという間に、この惨めな自分を救い出して素敵な母ゆっくりにしてくれるのに、と。
まりさ、お願い戻ってきて。れいむに早く子供がほしいよ。たくさん、すりすりしようよ。いつかのように、れいむを心からすっきりさせてよ。
祈るような眼差しでじっと帽子を見つめ続けるれいむ。
「……ゆ?」
長い沈鬱な時間の中で、不意にれいむの脳裏にある思いつきが芽生えた。
ちらりとゆぴーゆぴーと鼻ちょうちんを膨らませるまりさと、帽子を見比べるれいむ。
「おぼうしだけでもゆっくりしてね」
そんな言葉を残して、れいむは帽子を再び口にくわえる。
そのまま、そろーりそろーりと夜陰に乗じてひっぱていく。
行く先には、ゆーゆーと寝息の深くなってきたまりさの姿。
れいむは一度運んできた帽子を口から離し、代わって枯れ落ちていた木の枝をくわえてくる。
しずしずとまりさの元によりそうと、大きくその丸い体を伸び上がらせて、木の枝を押し込めた。
安らかな寝息をたてるまりさの帽子へと。
「ゆう!」
帽子は深く被られていたが、幾度目かの挑戦で音もなくまりさの金髪の上をすべりおち、巣の中をころころと転がる。
まりさの様子を息を呑んで見守るが、まりさの寝息は変わらない。
安堵のため息。
すぐさま、れいむはんできた恋人まりさの帽子を被せる。
苦もなく、帽子はまりさの上に屹立した。
「ま、まりさ……」
途端に、れいむの嘆息がもれてくる。
うっとりと、つがいのまりさの顔を、まるで恋する少女の面持ちで見つめるれいむ。
まりさは、れいむの目には昔のまりさと何一つ変わらず見えた。
古ぼけた帽子の下は何も変わらない。
それなのに、れいむにこみ上げるのは万感の思い。
れいむとって、そこにいたのはれいむに優しい微笑を向け、胸を熱くさせてくれた恋人の姿だった。
「あいだがっだあああ、まりさあああああ!!!」
もう止まらなかった。
涙とよだれを撒き散らして愛しのまりさの元へ。
「まりさ、まりさ、まりさ……!」
懸命にこすりつける頬。
その熱と柔らかさに、うっすらと目を開いていくのはまりさだった。
「ゆうう、何かへんだよ……ゆっ!?」
まりさの中に芽生えかけていた若干の違和感は、れいむの熱烈な愛撫ですぐさま吹き飛ぶ。
「おかえりなざい、まりさああああ!」
「ゆぐう!」
まりさ、どこにもいってないよ! そう返したいまりさの言葉を塞ぐ、れいむの口をはむような接吻。
まりさは呆然としながら、体の奥に熱いものがこみあげてくるのを感じていた。
ここしばらく、ただ寝そべるだけのれいむを相手にむなしい自慰に等しい交尾を繰り返していたまりさ。
その身に、愛するれいむの貪るような愛撫は強烈だった。身も心もしっとりとぬれた肌。ねじこまれる頬に、まるで蹂躙されるかのよう。
「ゆっふううう! れいむう、そんなにじだら、すっぎりしちゃうよおおおおおお!」
「まだだよおおお、まりさあああ! ゆっくりしてねっ!」
「だめだよおおお、ゆっぐりでぎないいいいほおおおおおおお!」
「もおおお、れいむにすっきりを教えてくれたのは、まりさでしょおおおお?」
「んほおおおおおおおおおっ!!!」
狂騒に近い絶叫と共に、まりさは果てた。
元から疲労していた身。
うつむいてぜいぜいと息を吐いて横になろうとするまりさ。
だが、休みたいという思いは叶わない。すぐさまひっくり返されて細かく身を震わすれいむに肌を合わされる。
「もっど、もっどおおおお、すっきりいいいいいいい!!!」
「やべでええええ! まりさ、もうあんごいっでぎもでなひいいいいいいい!!」
まりさの悲鳴にも、愛されたくてたまらにれいむは耳を貸さない。
ただ、失われた時間を取り戻そうとするかのように、まりさに肌を合わすだけ。
「んほおおおおおおおおおおおーっ!!!」
二匹の嬌声は、当分やむ気配もなかった。
幾度目かの絶頂がまりさの脳裏を高波となって襲い、気を失ってはマウス・トウ・マウスで息を吹き返されては続きが始まる。
そんな地獄のサイクルが終わったのは、朝焼けに空が滲む頃。
しなびた玉ねぎのようになって気を失ったまりさから、れいむはこそこそと帽子を回収する。変わって、巣穴に転がっていたまりさの帽子を適当に頭にのせた。
すると、そこにはいつものつがいであるまりさの姿。
寝冷えしないようにわらをかけてあげる気も失い、れいむは奥へと引っ込む。
そして、昨日の邂逅ににへらと表情を緩めた。
あんなに、心から蕩けるまで愛し合ったのは初めてだ。
何度も何度も、愛の証がれいむの中に運ばれてきた感触を、至福の笑顔で思い返す。
十数回目ぐらい餡子を注がれたときから、体が少し重くなってきたように感じていた。
ついに、妊娠したのだと、れいむは確信する。
しかも、今のつがいなどではなく、心の底から愛おしい恋人まりさとの子を。
「ゆほおおおおおお……!」
喜びに心がわきたつ。
早く、つがいのまりさとも喜びを分かち合いたい。
このまりさも自分の子供ではないとはいえ、あんな素敵なまりさの子供の育ての親となれるのだ。喜ばないはずがない。
れいむはこの上ない慶事を教えるべく、ひっくりかえってうなされるまりさの目覚めをにこにこと待っていた。
「赤ちゃんができたのおおおっ!? まりざ、うれじいよおおおお!!!」
まりさが疲れきったどんよりした眼で目覚めてきたのは日が高く上ってからだったが、れいむの「赤ちゃんできたよ」の一言で眠気も何もかも吹き飛んでいた。
「あかぢゃーん! まりさのあかちゃーん!!!」
飛び上がり、巣の天井に頭をぶつけては泣き笑いの表情で転がりまわるまりさ。
その狂喜する様に、れいむは恋人だったまりさの子供だよと教えるタイミングを逸したれいむ。
ただ、つがいの様子に驚きながらも、その喜びようをにこやかに見守っていた。
恋人まりさと比べるべくもないが、こっちのまりさにもれいむは好意はもっているのだ。
餌を人一倍集め、れいむのお願いを何でも聞いてくれるまりさを嫌う理由はれいむにはなかった。それだけに自分たちの妊娠を喜んでもらえると、心がほんわか暖かい気持ちになる。
「ゆぐうう。これで、しあわせになれるよ……」
歓喜を爆発させたまりさは、今度は嗚咽交じりにれいむの腹に涙目を向ける。
家族が沢山いる幸せ。それは、まりさのかつての記憶に深く焼きついた郷愁だった、
まだ子まりさだった頃、巣穴に飛び込んできた二匹のれみりゃ親子によって家族を失っていたまりさ。
冬支度で食料を大量に溜め込んでいたことから、れみりゃ親子はまりさのおうちに腰をすえる。たくさんの食料のせいで、まりさたちは暇つぶしのおもちゃになりながらの一週間。
耐え難い嬲られる痛みの果てに、巣の中の食料はついに尽きた。
つまり、れみりゃ親子にとっての食料はまりさたちだけとなった。
それから記憶に強く残るのは、体を貫く熱のこもったズキズキとした痛みと、親まりさの絶叫、姉妹の嗚咽。
「おがあざああああん、いだいよお……」
そして、自分の助けを求めることしかできない哀れな声。
まりさは、自分を上下に貫く節くれた枝によって地面に縫いとめられていた。
逃げられないよう、6匹とも全て串刺しにされた子まりさ姉妹。
何事もなければ、今日も追いかけっこして遅くなるまで遊びまわり、疲れたらおかあさんのそばですうすうと寝る幸せな一日になるはずだった。
本当なら、今頃はお互いが拾ってきた宝物のキラキラした石ころを自慢しあっていただろう。
だが、そのゆっくりたちの宝物は全てれみりゃのポケットへ。代わりに、まりさ姉妹は子れみりゃに飴玉のように舐められ、しゃぶられて涎まみれになっている。
「こどもはだべないでぐださい! まりざを、むーしゃむーしゃしあわせじでぐだざいいいいい!」
最初にれみりゃ親子に襲われ、両目を奪われて盲となった親まりさが叫んでいた。
出産時に死んだつがいの残した命。子供だけは一匹だけでも助けたい。
そんな必死の懇願に、れみりゃ親子は顔を見合わせた。
「うっうー♪ れみりゃのところまできたら、こどもを助けてあげるどー♪」
にこにこ顔のれみりゃが手を叩くと、その音の方向へ慎重にはいずっていく親まりさ。
すると、子まりさがしゃぶり溶かしていた子まりさに突然牙を突き立てる。
「まりざっ、おいじぐないよおおおおおっ!」
甘噛みされる子供の悲鳴に、もう一刻の猶予もならないと焦る親まりさ。
「おチビちゃんんんんっ!」
一気に距離をつめるべく、全身全霊の力で地面を跳ね進んでいく。
だが、ひょいと身をかわすれみりゃに届くことはなかった。
ぺちゃりと壁面に顔が平べったくなるほどに打ち付ける親まりさ。
「うっうー♪ とってもおもしろんだどー♪」
ずりずりと力なくすべり落ちていく様子を、子れみりゃがきゃきゃとご満悦にはやし立てていた。
その手に握られた枝には、きれいな歯型が残った硬直する子まりさの姿。二つ、深い牙の穴からすわれたのか、視線が呆然と宙をさ迷っている。
痛みにふらふらと触れる親まりさの耳朶に、再びの手拍子が届いた。
「れみりゃはここだど~♪ はやくしないと、でなーがはじまっちゃうんだど~♪」
「……ゆっ!!!」
その言葉に弾けるように起き上がり、果敢に声のする方向へ。
だが、焦るあまりにれみりゃの羽ばたきの音まで気がまわらなかった。
「どぼじで、ごごにいないのおおおおおおっ!?」
虚空へ過ぎ去り、そのままごろごろと食料庫まで転げ落ちていく。
「ぶっぶー♪ はずれたから、ばつげーむだどお♪」
言いながら、子まりさの頭上から響く、みしりとした鈍い衝撃。
何だろうと顔を見上げたまりさの頭上を、生暖かく湿った塊が零れ落ちてくる。
「なにも、みえなぐなっだあ……ゆっ!? いっっっだああああああ!!! いだひぎいいいいいっ!!!」
同時に両目の治まる部分ごとを食いちぎられた姉まりさの絶叫。
「まりざの、がわいいこどもになにじだのおおおおっ!!!」
「他の子をたすけたかったら、れみりゃのところまで、いますぐくるんだどう♪」
必死の形相の親まりさが起き上がり、駆け出す。
れみりゃとは程遠い、屹立した土壁へ向けて。
「ぶべえっ!」
母まりさは、壁面に顔の右半面を削られながら再度の激突を果たした。
すでに身を固くする余力もなく崩れおちる親まりさ。
力を失った体が、その形を維持する余力すらないのか、ぐにゃりと平らかになる。
まん丸でいつも笑顔で自分たちを包み込んでくれた母の変わり果てた姿。
ぴくりともしない母の姿に、子まりさたちは体を苦痛の芯で貫かれながら叫んでいた。
「おがあぢゃあああああん! じなないでええええええっ!!!」
激痛にぶるぶる震えるだけの他の子まりさたちも一斉にわめきだす。
暗闇に落ちていた母の意識だが、子供の声が死の沼に沈み込もうとしていた母まりさを引き上げた。
かろうじて、声に反応してピクピクと震える体。
「おがあざあああああんっ!」
生きていてくれた母まりさの姿に、子まりさたちに薄くにじむ泣き笑顔。
その隣で、親れみりゃもいつもの表情で機嫌よく笑っていた。
長く遊べそうな餌たちをみつけるなんて、れみりゃは本当に優秀なハンターだどう。れみりゃの赤ちゃんも、きっとこのおもちゃでお勉強して立派なハンターになるんだどう。
にっこりと笑顔を向け合うれみりゃ親子。
「まりさの巣を見つけたあかちゃんはえらいんだどう♪ れみりゃのあかちゃんも狩りがうまいんだどう♪」
親れみりゃは、特に狩りに連れてきたばかりの子供の立ち振る舞いにご満悦だった。
親心を満足させた親れみりゃと、褒められてうれしい子れみりゃ。仲睦まじい団欒を彩るまりさたちの嗚咽。
だから踊り狂うれみりゃ親子も、ただ泣きながらお母さんに呼びかけるしかないまりさたちも気がつかなかった。
巣穴の入り口から大きな影を伸ばす生き物の存在について。
のっそりと、それは音も立てずに巣穴にもぐりこんできた。
「ママといっしょの狩りは大成功だどう♪ にぱー♪」
「うっうー♪ 大成功だどう、に……」
親れみりゃの愛らしい呼びかけは不意に途切れた。
いや、親れみりゃの顔そのものが掻き消えていた。
にぱーの体勢のまま顔以外がそのまま残された体。
消えうせた親れみりゃの笑顔は、洞窟奥の壁面にあった。
笑顔のまま壁面にはりついて、糸の切れた人形のように崩れ落ちる自分の体を見届けていた。
「ままー、どこいったんだどー?」
子れみりゃの幸せな思考では、そんな変わり果てた姿を親とは認識できない。
きょろきょろと視線をさまよわせた子れみりゃが唯一認識できたもの。
それは、たった今巣の出入り口に身を滑り込ませるように入ってきた黒い生き物。冬眠前で気のたっているツキノワグマだった。
子れみりゃはその大きさに一瞬あっけにとられるが、すぐに恐れる必要がないことを思い出す。
狩りの達人でおじょうさまなママ。それに、そのママに褒められた自分がいるのだから、これはもうたくさんのお肉さんでしかないのだ。
踊りながら、嬉嬉として飛び掛る子れみりゃ。
相手がひるんだら、たっくさんちゅうちゅうするぞおと両手を広げる。
「うっうー♪ れいりゃのすぺしゃる・でぃなーだどう~♪ たべ……」
皆まで言う暇もなかった。
子れみりゃは、熊の右腕の一振りで母れみりゃのとなりにはりつく壁画と化していた。
二匹の死骸からだくだくと零れ落ちる肉汁。
「どうしたの? なにがあったのかゆっくりせつめいしてね!」
その臭気に、親まりさは異変にようやく気がつく。
「おかーさん! れみりゃがぜんぶしんじゃったよ!」
「ゆっ! ほんとう!?」
「ほんとうだよ! ゆっくりたすかったよ!!」
興奮気味の娘たちの声に、目を潰された母まりさの表情が初めて緩む。
目が見えない上、ひどく気づいて悶絶していた母まりさには、れみりゃを倒した相手がまったくわからない。
きっと誰か群れのゆっくりが助けてくれたに違いないと勝手に納得していた。
「ありがとう、ゆっくりしていってね!」
母まりさは真っ暗な視界に臆せず、虚空へと感謝の言葉を投げかける。
そんな親まりさの頬に触れたごわごわとした感触。
とても分厚くて、もじゃもじゃの毛がちくちくして、死んだ魚のようなすえた匂いがした。
「……おちびちゃんたち、助けてくれたのはゆっくりできそうな相手?」
自分の頬を掴みあげるその感触に、母まりさはぎこちなく子どもたちに尋ねる。
「うん、とってもゆっくりしたくまさんだよ!」
「っ! ゆがあああああああああああ!!! だめえ、にげでええええべぶううううっ!」
子供たちへの親まりさのメッセージは、くまがほんの少し片手に体重をのせるだけで止んだ。方針円状に噴出する餡子とともに。
「……」
口と鼻と空洞の両目から餡子の残滓を垂れ流して、親まりさはびくびくと震えた。もう、震えてやがて止まるだけの生き物となった。
「おがあぢゃん?」
あっけにとられた子まりさの前で、熊はその手を平を舐めまわしていた。
その存外の甘みにしばらく丹念に舌を走らせる。
が、嘗め尽くした後は奥へ奥へと体を進める。
「くまざんっ! まりさたちはたべものじゃないのおおおお!!」
「ゆっぐりじでね! ゆっぐりじでね! ゆっぐりじでねええええええっ!」
串刺しの子まりさたちにできるのは、ただ懇願するだけ。
「ゆっぐりじでねえ……どぼじでおぐぢ、あげでるのおおおおおお!?」
お団子状態の姉妹を、器用に一匹ずつ口の中に入れていく熊の姿。
ひたすらにむーしゃむーしゃと食べていく。
最後の一匹になった子まりさは、もう叫ぶ気力も失っていた。
ようやく母も姉もみんな消えてしまったことを理解して、深い絶望にただ沈みこんで声も上げられない。
ひょいと持ち上げられても、心はなぜか穏やかだった。ああ、次はまりさなんだね、お母さんのところへまりさも行くんだね。孤独の生よりもそっちの方がマシだと、まりさはぼんやりと思った。
だが、餡子の甘ったるい味に嫌気がさしたのだろうか。
ぽいと興味なさそうに捨てられる枝。
のそのそと巣穴を後にするそのくまの後姿を、見送るゆっくりは串刺しの子まりさだけ一匹だけ。
がらんどうの我が家には、もう子まりさ一匹と広々とした空間した残っていない。床にこぼれたわずかな餡子の染みだけが、家族の存在をまりさに嫌というほど思い起こさせていた。
それから三日間、餌のおすそ分けにきた他のゆっくりに見つかるまで、まりさはどうにもならない孤独のなかで過ごした。心まで凍えきった
三日間だった。
以来、まりさの家族と子供を求める思いは募っていく。
それが具体的な形となったのは、今のつがいのれいむに一目ぼれしたその時。
綺麗でとてもゆっくりしたれいむとけっこんして、ゆっくりしたこどもをたくさんつくる。
その幸せな光景を思うと、心がときめいてたまらない。れいむとの子供は、自分の人生を全部賭けてもいいぐらいの存在なんだ。まりさはすぐに理解していた。
それからのまりさはなりふり構わなかった。
何度もれいむをくどき、いっしょに行動して、たくさんの餌を集めて見せた。
必死のアピールを重ねて二ヶ月後、ようやくれいむが親愛のすりすりをしてくれた時、まりさはどれだけ喜びに打ち震えたことか。
とうとう幸せへの階段の一段目に体を乗せたのだ。
ただ、中々子供は生まれない。思いのほか長い間、足踏みすることになった幸せの階段の一段目。それでも、まりさは他のゆっくりへ安易に家庭を求めたりはしなかった。
愛するれいむの子供だからこそ本当のゆっくりにたどり着ける。
そのために、何度も何度も失望を繰り返しながら、諦めずにれいむと子作りを重ねてきた。
そんなまりさへとうとう舞い降りた妊娠の告知。
嬉しさがまりさの小さな体で爆ぜ、心は天にも昇る心地だった。
親友のぱちゅりーが「こどもがいれば幸せになれるかしら」と教えてくれたことがあったが、まったくその通りだ。まだ生まれてなくても
自分はこんなに幸せなのだから。無事あかちゃんが生まれたら、途方もない幸せがやってくるに違いない。
「赤ちゃん、れいむの中でゆっくりしてる?」
「うん、とてもゆっくりしているよ!」
れいむが自信満々に頷く。
反り返ったれいむのおなか。その新しい命が宿った下腹部の膨らみが愛おしくて、まりさの心に熱い昂ぶりがこみ上げてくる。知らず、頬を涙が伝い落ちていた。
「ゆっぐっ、ゆっぐり、おおぎぐなっでね……!!」
感極まって、しばしの感涙。
まりさの喜びようが嬉しくてれいむはそっと体をすりよせる。
そのれいむの体の温もりにもう一つの命が宿っていると思うと、まりさの心に一つの自覚が目覚めてきた。
もう、嬉しいからといって泣いてばかりいちゃいけない。だって、まりさはとうとう親になるのだから。
まりさはれいむから身を離すと、くるりと巣の入り口へと向き直る。
「あかちゃんのたべもの、たくさんもってくるよ!」
「うん、れいむのあかちゃんのために、ゆっくりしていってね!」
れいむの声援を背に、先ほどまでの疲労はどこに消えたのかばかりに弾みをつけて巣穴を出て行くまりさ。
つがいの後姿を、れいむは感謝の眼差しで見送っていた。
れいむと恋人まりさの子供のためにがんばってくれるつがい。その義理の父の献身に、久しぶりに心からの愛情を感じたれいむだった。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」
一面に広がる食料に、全身を埋めるようにして食事をしているれいむ。
「ゆっくり食べてね」
まりさは壁にもたれて、そんなれいむの様子を目じりの下がった笑顔で見つめていた。
日が暮れるまで餌を集め続けていた体は鉛のように重かったが、れいむの様子を見ていると苦労の甲斐があったと心が満たされる。
「あかちゃん、これがこおろぎさんだよ。むーしゃむーしゃ」
れいむがお腹の子供に語りかけながらの食事を続けている。
その微笑ましさに心がぽかぽかと幸福感に包まれるまりさ。
疲労感も相まって、少し自分の分を口にしただけで漣のように眠気が押し寄せてくる。
まりさは睡魔に逆らおうとはしなかった。
それに、これだけ沢山ごはんをとったんだから、後三日はゆっくりできる。
たっぷり眠って体を休めたら、れいむのお腹に口をつけて子供に話しかけてあげよう。
そんな自分の姿を思い浮かべながら、まりさは幸せな眠りの世界へと旅立っていった。
「ゆっくりしないではやくおきてね!」
体を乱暴に揺り動かれていた。
その忙しないゆっくりしてない動きにとうとうまりさがうっすらと目を開くと、目の前には愛しのにんっしんっれいむ。
「ゆ? どうしたの、れいむ?」
寝ぼけ眼の向こうのれいむは、なぜか怒ったようにその丸々とした体を震わせていた。
まりさの視界はまだ薄暗い。
巣の外にはかすむ朝靄。まだ早朝のようだ。
「ようやくおきたの、まりさ! おやのじかくがたりないよ!」
ゆっくりとしては早すぎるほどの時間なのに、れいむに怒られてたまりさは困惑する。
「どうしたの? ゆっくりさせてね、れいむ?」
「まりさよりも、れいむのあかちゃんをゆっくりさせてあげてね! あかちゃんのためのごはんがないとゆっくりできないよ!」
れいむが何を言っているのかわからなかった。
まりさは昨日、ゆうに三日は寝てくらせるだけの食料を調達したといのに。
そこでまりさはようやく気がついた。巣の中に餌がまるでないことを。昨日の寝る前のまりさの食べ残しまで、きれいさっぱりなくなっている。
「れいむ、まさかぜんぶ食べちゃったの?」
「れいむじゃないよ、あかちゃんが食べちゃったの! わかったら、はやくごはん集めてきてね!」
悪びれないれいむの言葉だが、あかちゃんのことを言われると反論できないまりさ。
まあ、たくさん食べて大きくなったほうが、早くあかちゃんが産まれるのかもしれない。
持ち前の前向きな心で納得する。
「今日は昨日よりさくさんとってきてね! れいむの赤ちゃんを、このへいげんでいちばんゆっくりしたあかちゃんにさせてね!」
その言葉にまりさも異存はない。ただ、外へ向けて背中をぐいぐいと押そうとするれいむの行動に少しだけの不満。
でも、まりさとれいむの子供のためだから仕方がない。
「うん、がんばってくるよ!」
朝ごはんを口せず、疲れも抜けきっていない体を奮い起こして、まりさは草原へと駆け出していった。
れいむはその後姿を見送って、視線を自分のお腹に向ける。
その目はうっとりと恋に焦がれる乙女のよう。
「待ってね、まりさ。もうすぐ会えるから、ゆっくり育ってね……」
喘ぐように呟くと、そっと目を閉じた。
それから、二週間がすぎた。
巣の中にはまるで
冬篭りを前にしたような食料の山。
だが、まりさはそれが今日一日しかもたないことを、この二週間の経験で知っていた。
餌をを地面ごと貪るかのようなれいむによって、早くも山の麓は崩されようとしている。
「むーしゃむーしゃ! ゆふふー、あかちゃん大きくなってきたね! まりさ、あしたはもっとたくさんとってきてね!」
ひたすらに暢気なれいむの声は、まりさの頭上から響く。
この一種間、ひたすらに食いまくって寝て過ごしたれいむは巨大化していた。高さだけでまりさの二倍ほど。楕円の体格からして、重量と体積は数倍にもなっているだろう。
そのでっぷり太った巨体を震わして、餌をがつがつとかきこんでいく。
詰め込めば詰め込むほど膨らむ、単純な生き物であるゆっくりらしい急激な膨張ぶりだった。
まりさはぼんやりとした目でそれを眺めている。
その頭に占める思いは、出産予定日を通り越したあかちゃんのことではなく、明日の食料の調達先のことだった。
まりさは、これまで一度に全部根こそぎ餌を取りつくしたことはなかった。季節は秋の暮れ。草が青さを失い、茶色くしなびてしまう時期。
草木を取り付くせば来年まで土地は裸のままだと、親友のぱちゅりーから教えてもらったことがある。
それなのに、わかっていながらもまりさは餌の収集を止められない。
にんっしんっから一週間が過ぎ、ふっくらと1.5倍ほどに大きくなっていたれいむの体。まりさはもう出産間際だからこれで最後だと、言い訳をしながら草地を丸裸に変えていく。
しかし、その最後がさらに一週間続くなんて思いもよらなかった。
気がついたとき、ついには巣の周囲を荒れ地となっていた。まりさたちの巣を中心に広がる赤茶けた大地。
れいむに追い立てられ、泣きつかれ、怒られた末に食料を狩りつくした結果だった。
もう、これから食べ物を得るためには縄張りの外に出なくてはいけない。他のゆっくりの餌場まで足を伸ばさなければいけない。
知り合いのゆっくりと餌を奪い合ったり、野犬に追い回されたり、捕食種から襲われたりと、苦労を思い計るだけでまりさの気持ちは憂鬱になるばかり。
今朝だってそうだ。探索範囲を広げたところを蜂に襲われ、泣きながら逃げるはめになった。命懸けで水溜りに体を沈めてやり過ごし、体がふやけきるまでに何とか這い出してこられたのは不幸中の幸運といえる。
しかし、自分のテリトリーを守って命の危険を極力避けてきたまりさにとって、この生死の境は怖気だつ衝撃そのもの。
親の自覚に燃え上がっていたまりさの心も、すでに今日は折れていた。
もうおうちにかえる、ゆっぐりじたいとばかりに、ほうほうの体で我が家に逃げこむ。
空腹な上に疲労で、体はまるで鉛のよう。せめて心だけは癒したいと、れいむのふくよか過ぎるお腹に頬ずりしようとするまりさ。
「まりさ、ご飯はどこなの?」
だが、頭上からの押さえつけるようなれいむの言葉とぶるぶるという体の蠢動に遮られた。
れいむの巨体はわずかに転がるだけで、まりさの体をたやすくぺちゃんこにしてしまう。
まりさはすりすりに未練を残しながら、自分がどれだけ大変な目にあったのかれいむに報告した。
が、言い終わる前にみるみる赤くなっていくれいむの顔。
「なんでかえってきちゃうのおおおっ!? れいむのあかちゃんは、はちのこと、はちみつをたべたいっていっているよ! もう一度いってきてねっ!」
「ゆぎいいいい!? やだああああ! まりさ、じにだくないいいいい!!!」
つい先ほど感じた死の恐怖の余韻に、ぶるぶると全身を震わせて拒絶。
それなのに、まりさを見つめるれいむの目は呆れ顔。「なにいっているの」と言外に言葉を匂わせている。
「まりさはほんとうになさけないね! れいむはあかちゃんをお腹でそだてる大切なおしごとをしているのに、まりさは餌ぐらいちゃんともってこれないのっ!?」
今日は一日中、家の奥で幸せそうに恋人まりさの帽子に語りかけていただけのれいむ。
何も知らないまりさは、身重になったれいむの苦労を思いやる。
そうだ、にんっしんっしてあかちゃんが産まれるまで一番大変なのはれいむなんだから、自分ががんばらないと。
それにもう二週間。さすがにそろそろ子供が生まれる頃だろう。あまり知識はないが、大体そのぐらいだとまりさは考えていた。
出産さえ終わればれいむの食事の量も元に戻るし、子ゆっくりは少し育てば狩りにだって同行してくれる。
子供に生き抜く方法を教えながらの一緒の狩り。それは、どれだけまりさが夢に見た光景だろう。
この辛さはそれまでのほんの短い辛抱だと、まりさは再びの狩りの舞台へと、ようやく水気の抜けきった体をひきづっていく。
家の周りの荒地を抜け、草原の奥へ。
いざ、蜂の巣へと覚悟を決めたとき、後ろから不意に声がかけられた。
「むきゅ? まりさ、こんなところまでどうしたの?」
最終更新:2008年11月07日 16:54