書きたかった事
- 一寸の虫にも五分の魂、一尺のゆっくりには?
- 時間軸ってどうなんだろうね
- 風神録であの人達が出てきたのは……
「よし、うちに着いたぞー」
二匹の
ゆっくりが籠に入れられどのくらい経っただろうか。すでに外は暗くなっていた。
ゆっくりと揺れる籠のおかげですっかり眠ってしまっていた二匹は突然籠ごと地面に降ろされ驚いて起きあがる。
「ゆうっ、ねむいねむいだからおこさないでね」
「
ゆっくりねさせてねー」
「何言ってるんだ、これからお前にはやってもらわにゃいかんことがたっぷりある」
そう言うと男は未だ寝ぼけ眼の二匹を籠から出してテーブルの上に並べた。
「手堅くいくならやっぱりぱちゅりーからかな? このちぇんはまだちっちゃいしなあ」
「むきゅ? なにかしら?」
男の独り言に律儀に反応したぱちゅりーだが、なぜ名前を呼ばれたのかは分からない。
男はそのぱちゅりーを持ち上げて全身をくまなく見回す。ときおり唸りながら顔、髪、帽子、足と順番に調べていった。
「むきゅー、はずかしいわ」
「声もまあ普通か。ちょっと痩せてるし太らしてからだな」
男はよしっ、と言いながらぱちゅりーをテーブルに戻した。
「さてそれじゃお前らの部屋に案内してやろう」
片手に一匹ずつ抱かれた状態で連れてこられたのは家の奥にある十畳の個室だった。
床が入り口から男の膝くらいまで下げられていており、つるつるして柔らかい素材が敷き詰められていた。
見上げれば大きめに取られた窓があり日当たりも良さそうだ。
そうでなくても空調が効いているのか外気よりも随分と暖かい。
隅にはこの部屋で一番目に付くものが設置してあった。
同じサイズの木箱をピラミッド状に重ねたものだ。箱の一つ一つに口が開けられ
ゆっくり一家族くらいが中に入れるようにしてある。
さしずめ
ゆっくりまんしょんと言ったところだろうか。だがそこには住人はいなかった。「今日からここがお前達の住処、
ゆっくりぷれいすだ。どうだ、いいだろ」
「ここはとても
ゆっくりできそうね!!」
「うんうん、わかるよー」
「今ご飯持ってきてやるからここで待ってな」
そう言って二匹は床に置かれ男が部屋から出て行った。
「むきゅ! ちぇん、あそこにすがあるわ」
「いっぱいあるんだねー」
「ここはぱちゅりーたちのおうちにぴったりね!!」
ぱちゅりーは高らかに念願の
お家宣言をした。
あの人間の言った通りとても
ゆっくりできる場所に連れてこられて二匹は思う存分
ゆっくりし始めた。
「「ゆゆ〜ゆ〜ゆゆゆ〜♪」」
巣に決めた一つの木箱のなかで久しぶりにすーりすーりしたり、歌を歌ったりした。
そうこうしているうちに男が戻ってきてご飯と水を置いて出ていった。
ご飯は野菜の皮や切れ端ではあったが二匹にとっては美味しく、満足できる量の食べ物に涙を流した。
ここならとても
ゆっくりできる。自分たちは
ゆっくりすることができる選ばれた
ゆっくりなのだ。
自分たちの境遇に体の奥から感慨深いものが押し寄せてきている気がした。
しかしそう思えていたのもつかの間であった。
11/3
男の家に来てから三日経ったとき異変が起こった。
「ゆっくりしていってね!!」
ちぇんが目覚めて開口一番に叫んだ声に返すものは誰もいなかった。
巣の中を見回しても寝る前まで隣にいたぱちゅりーの姿が見えなくなっていたのだ。
ちぇんはぱちゅりーを探すように他の巣を覗き込みながら挨拶を繰り返していくが最後まで反応はなかった。
「わからないよー……」
ぱちゅりーの消えたこの部屋は急に広く感じられ、ちぇんにとってとても落ち着けない空間に変わろうとしていた。
「やあちぇん、ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね!!」
ようやく返ってきた挨拶に涙がこぼれそうだったちぇんは笑顔に戻る。
声の主はこの場所に連れてきた男であり、その手には食事が盛られた皿があった。
「ほら、いつもの朝ご飯だぞ」
「
ゆっくりたべるよー!!」
ちぇんは細かく砕かれた魚のミンチにぱちゅりーがいないことなどすでに忘れたようにかぶりつく。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」
「よし」
男はちぇんの食事風景を毎回チェックしていた。そしていつもこう言った。
「ご飯のときは『むーしゃむーしゃしあわせ』だよな」
「うんうん、わかるよー」
「それ以外は
ゆっくりできないからな」これも毎度の会話である。
皿の隅々まで舐め回して食事を終えるとちぇんはようやくぱちゅりーのことを思い出した。
「おにいさん、ぱちゅりーがいないんだよー、わからないよー……」
「ぱちゅりーはね隣の部屋に移ってもらったんだよ」
どうして、という疑問を口にする前に男は続ける。
「しばらくしたらここも
ゆっくりでいっぱいになるからちょっとの間一人で我慢しててね」
「わかったよー」
「お前はなかなか素直で良い奴だな」
そう言って男が頭を撫でてやるとちぇんは嬉しそうに目を細めた。ぱちゅりーはどうやら無事らしいそれだけでちぇんは満足した。
11/10
ぱちゅりーがいなくなってからちぇんは窓の外を見つめる日々が続いた。
充分
ゆっくりはできているがどこか満たされない心が表れているかのような空模様が続いていたかと思うと雪が降っていた。
一匹になってから一週間経った日にご飯の時間でも無いのに男がちぇんの部屋に入ってきた。
「おーい、ちぇん。この子達に挨拶してやってくれ」
ちぇんが男に近づくと、男の手に収められた小さい箱からは何やら声が聞こえてくる。
箱の蓋を開けて床近くでひっくり返した。
するとそこから転がり現れたのは六匹の赤
ゆっくりだった。
「ゆえーん、おかーしゃんはどこー」
「しゅーりしゅーりしちゃいよ!!」
口々にこのような事を発していた。ちぇんは急な事で頭が回らず言葉も出ずに男の方に顔を向けた。
ほら、と手で促されため男に言われたように赤ちぇん達に挨拶してやる事にした。
「ゆっくりしていってね!!」
「「「「「「ゆっきゅりしちぇいっちぇね!!」」」」」」
ぱちゅりーが三匹、まりさが三匹ずつがちぇんを見ながら大声で叫んだ。
どの
ゆっくりも涙が溢れていたその顔にまた新しい涙が流れ出してきていた。
ゆっくりは生まれて初めてお決まりの挨拶をし合った相手が親であると刷り込まれる。
今この瞬間ちぇんは六匹の親になったのだ。しかしそれは赤
ゆっくりにとってはである。
「「おかーしゃんしゅーりしゅーりしゅるよ」」
「おかーしゃんおなかへっちゃよ!!」
「ゆっくちおうたうたっちぇ」
「「ゆっきゅりしゅりゅよ!!」」
「おにいさんわからないよー」
「いいかちぇん、これからお前がこの子達のおかーさんだ。しっかり育ててやってくれ」
目の前の床に赤
ゆっくりがくっついていただろう植物の茎を置き男は部屋を出て行った。
ちぇんの頭はわからない事ばかりで占められ呆然と部屋の真ん中で赤
ゆっくりを眺めてるしかなかった。
「ごはんたべりゅよ!!」
そのうちちぇんの目の前に置かれた茎に一匹の赤
ゆっくりが気付く。するとそれに反応して残りの五匹も茎に飛びついた。
言わずと知れた赤
ゆっくりの初めての食事だが最初の食事は親の協力が必要なのをちぇんは記憶してなかった。
「おかーしゃん、かちぇくてたべれにゃいよ!!」
「くさしゃんゆっくりたべられちぇね!!」
「ゆえーん!! ゆえーん!!」
「どうすればいいかわからないよー」
ちぇんは理解を超えた事が起き続けてパニックになってしまっていたし、頭のいいぱちゅりーも今やこの部屋にはいないのだ。
しかしこの状況をなんとかしないといけない。なんとかしないと
ゆっくりできないからだ。
ちぇんはご飯を求めるどこか可愛い赤
ゆっくり達のために必死で考え始めた。
窓の外を見れば雪が降っているのに食べ物は保存する必要が無くなったため巣にご飯はない。
食べ物といえば目の前の赤
ゆっくりが食べられない草だけだ。
部屋の入り口まで背が届かないため外に出る事もできない。
………。
……。
…。
ゆっくりにしてはかなりの熟考しただろう。導き出された結論はやはり本能からくるものだろうか、茎を噛み砕いて与えるものだった。
しかしその動作はどこかぎこちなく、噛み砕いて吐き出せばいい物をわざわざ舌で一匹一匹に分け与えていった。
「「「とちぇもゆっきゅりできるにぇ!!」」」
「「「おにゃかぽんぽんになっちゃよ!!」」」
それでもなんとか充分親としての役割を果たせていた。
あとはすーりすーりしたりぺーろぺーろしてやったり、歌を歌ってやるだけでいいのだ。
ちぇんは見事に子を産まずして
ゆっくり達の
ゆっくりできる親になり得た。
色々とこれからの事を考えたり目の前の赤
ゆっくりを見ているうち家族であったぱちゅりーは記憶の奥底に追いやられていった。
11/15
「ゆっくりしていってね!!」
「「「「「「ゆっきゅりしていっちぇね!!」」」」」」
「みんなとても
ゆっくりできてるねー、わかるよー」
ちぇんが六匹の赤
ゆっくりの親になって数日経った。
自分が幼かった頃の記憶を引きずり出して自分がしてもらったように赤
ゆっくり達を育てていた。
子は親を見て育つ、
ゆっくりも同じで赤
ゆっくりもちぇんと同じように育っていった。
実に皆ちぇんのように素直で大人しい性格ですくすく育っているように見えるが、
赤まりさ達の大きさが赤ぱちゅりーに比べて一回り小さいようだった。
ゆっくり達が起床したのを見計らったかのように家の主である男が部屋に入ってくる。
男に気が付いて急いで全員で一斉にいつもの挨拶を男と交わした。
そうすることで男が朝御飯をくれるのだ。
男は今回も
ゆっくり達の食事風景を見つめていた。
ゆっくり達は何故監視されているのかはわからないし気に留める事もない。
「「「「「「む〜ちゃ、む〜ちゃ、ちあわちぇ〜♪」」」」」」
「今日もよし、ちぇんは良いおかーさんだな」
「まりさもちゃんと
ゆっくりできてるね、わかるよー」
まりさが若干発育不良なことと男が食事を監視していたことには関連があった。
それは赤
ゆっくりが来て通算二度目で、男から与えられる初めての食事の時だった。
男は
ゆっくりにご飯は持ってくるがそれを
ゆっくり達それぞれに分け与えるのはちぇんの役割と決めていた。
男は床にご飯を置くといつものようにそばに佇んで
ゆっくりの食事を見ていた。
すると赤まりさ達は揃って同じ言葉を発し始めた。
「「「うっみぇ、めっちゃうっみぇ」」」
これに男は眉をひそめた。ちぇんもこのまりさ達の様子に気が付いて男の顔を見る。
ちぇんは男の言葉を聞いていた。自分もそれに納得してた。そしてちぇんはある行動を取った。
「「「おかーしゃん、まりしゃのごはんゆっきゅりかえしちぇね!!」」」
「まりさは
ゆっくりできてないよー、わかってねー」
そしてちぇんは取り上げたご飯をぱちゅりー達に分け与えていった。
「「「む〜ちゃ、む〜ちゃ、ちあわちぇ〜♪」」」
「「「どおじぢぇぞんにゃごとしゅるのぉ!!」」」
「ぱちゅりーは
ゆっくりできてるからだよー」
「そうだな、ちぇん。ちゃんと
ゆっくり出来る奴しかご飯は食べちゃだめだな」
「うんうん、わかるわかるよー」
「「「ゆえーん、ゆえーん」」」
野良の
ゆっくりでも素行の悪い
ゆっくりによく見られる食事のときの台詞に男とちぇんは反応した。
ちぇんからすれば食事の時の決まった言葉以外しゃべるのはゆっくりできないゆっくりのすることだと認識していた。
ゆっくりできることと
ゆっくりできないことへの記憶はそれほど悪くないのが
ゆっくりという生物だ。
そして今回は自分が
ゆっくり出来ていて、
ゆっくり出来てない
ゆっくりを見つけると敏感にその上過剰に反応する
ゆっくりの特性が見事に発揮された結果だ。
結局この場はまりさは少しのごはんにしかありつけず、ぱちゅりーは多めに食べる事が出来た。
この一連の流れはもう一度だけ確認されたがそれ以降はぱったりと見られなくなった。
たった二回の食事制限により赤まりさ達の成長は遅れ、子供達の中での立場も少し弱いものになっていた。
そのおかげで気の弱いぱちゅりーがまりさに負けることなくご飯にありつけたし、
ちぇんとスキンシップすることができ
ゆっくりすることができた。
男はちぇんのこの育児方法にとても満足していたが、ちぇんにそうしろと言った憶えはないし、ちぇんが自発的に取ったこの行動の背景は知らない。
そこにはどこか黒くねとつくような思念があった。
しかしちぇんは意識上にはそのようなものは一切ない。
ちぇんが赤まりさ達のごはんを取り上げたのには、目の前の赤まりさに必死に思い出した幼い頃の記憶にあったあのまりさ達の影がまとわりついていたからだった。
思い出したくもないあの時の記憶、すでに忘れていたあの時の絶望。
しかしそれはちぇんの心に深く刻まれ、今まさに無意識に発散されたのだ。
11/22
さらに一週間たち赤
ゆっくり達は条件の良い環境により早くも子
ゆっくりサイズになっていた。
ちぇんもまた成体サイズに一歩近づいたようだ。
良好な環境下では
ゆっくりはあっという間に成長する。
もちろん成長速度に限界はあるが、人の手によって管理されれば最高速度で成長させることは簡単なことだ。
今日も親子七匹水入らずで楽しく遊んでいる。
雪も積もっているのにこんなに
ゆっくりできている
ゆっくりは飼われている
ゆっくりくらいのものだ。
そんな親子の団欒の時間に珍しく男が片手に箱を持って入ってきた。
すると子供達はごはんの時間と間違えて早速男に挨拶しようとするが男に空いている片手を突き出され牽制された。
「ぷくぅ、びっくりしたよ!!」
「
ゆっくりあやまってね!!」
「静かにしろ。ちぇんはこっちに来てくれ」
「わかったよー」
男の足下に跳ねていくと、ちぇんには見覚えのある箱が再び目の前に現れた。
中からはいつか聞いたような泣き声が聞こえてくる。
「おにいさん……」
「ちぇん、挨拶してやってくれ」
そう言ってちぇんの六匹の子供達が来たときの事が再現された。
「ゆ、ゆっくりしていってね」
「「「「「「ゆっきゅりしちぇいってね!!」」」」」」
今度はぱちゅりーが四匹にれいむが五匹だった。
1/11
最初の子供が来てからおおよそ二週間おきにちぇんの子供は増えていった。
全体の半分はぱちゅりーで残りをれいむとまりさで二分してちぇん種は一匹だけだ。
その数すでに50。広くて寂しかった部屋も今では騒々しい程だ。
ちぇんが全員の母親であったがもちろん全ての面倒を見きれる訳はない。
最初に来た六匹はもう立派な
ゆっくりに育って、率先して妹たちの世話をするようになっていた。
それでも手が足りずちぇんの負担は増えていく一方だった。
「「「おかーしゃん、おにゃかへっちゃよ!!」」」
「「「おかーしゃん、おうたうたっちぇね!!」」」
「「「ゆえーん、しゅーりしゅーりしちゃいよ!!」」」
一番のちび達はちぇんに一番甘えてくる。生まれた直後少し母と離されたおかげでその依存度がものすごく高くなっているのだ。
二番目に小さいちび達もまだまだ赤
ゆっくり言葉が抜けず甘えたい年頃なのだ。それでも母の忙しさを理解してかなんとか涙をこらえて兄弟で遊ぶようにしていた。
部屋の中は喧噪と悲涙で溢れていた。
おひるねをしている隣でかけっこをして寝ている子を起こしてしまう。
兄弟同士で突き飛ばしごっこをすれば小さい子が巻き込まれる。
注意をしないとどこでもかしこでもうんうんやしーしーを垂れ流す。
あちこちで各々が叫ぶので次第に声量を大きくしないと伝わる物も伝わらない。
ゆっくり達の置かれた環境は空調、ご飯、巣等では申し分ないが圧倒的な大人不足だと言わざるを得なかった。
そしてちぇんは
ゆっくり達の親であることに疲れ果てて黙り込んでいた。
数が多い事もそうだが数が増えると好き勝手な行動をとる
ゆっくりに辟易したからだ。
ゆっくりしたいと言いながら現実はこうだ。もはやちぇんは子供に、というより
ゆっくり自体に関心がなくなっていた。
もう彼らに対して何も思う事はない。
昼ご飯の時間になって両手の盆にご飯を盛った男が入ってくる。
最初の頃は一斉にされていた
ゆっくり達の男への挨拶も今では口々に我先にと行われるようになっていた。
男の足下では最年長のぱちゅりー二匹が盆を受け取り、体の大きさに合った分のご飯を分け与えてなんとか混乱が起きないようにしている。
近頃ではちぇんはおこぼれだけを食べるようにして食事の時間には子供と関わらないようにしていた。
そんなちぇんのあまり元気の無い様子に男は心配していた。
積極的にご飯を食べない事ではない。繁殖用の
ゆっくりとして使えるかという事だ。
男の当初からの目的はぱちゅりー種とちぇん種の飼い
ゆっくり用に繁殖させることだった。
ここにきたときはぱちゅりーはすでに成体であったから即繁殖に回して、子供だったちぇんの成長を待つ事にしていたのだ。
部屋にはもう十分といいほどのぱちゅりー種が集まった。
本当は殺処分しようかと思っていたれいむやまりさも何とか飼い
ゆっくり用に卸せるように成長して満足いる。
春が来るまでにはちぇん種を繁殖させ人気種かつ希少種のぱちゅりーとちぇんで儲けることを画策していたが、少し状況が芳しくないようで男は不安を募っていた。
「ちぇんちょっとこっちにおいで」
「わかったよー」
近寄ってきたちぇんを男は胸の辺りまで抱き上げる。足下からは子供達の羨ましそうな声が聞こえてくる。
そして男はちぇんだけに聞こえるようにそっと囁いた。
「ちぇん、隣の部屋に移らないか」
ちぇんの様子をみて男が考えたのはここらで再びちぇんを
ゆっくりさせることだった。
もしちぇんを子供と引き離す事になっても、直接生んだわけではない子供達との離別にちぇんが強く反対するようなこともあるまい。
「お前の親のぱちゅりーとも久しぶりに会わしてやろう」それに再び家族と会わせるのだ。
ちぇんがこの部屋を出るのは揺るぎない物と思われた。
心労を癒してからちぇんの繁殖に入りたい男の耳に入ってきたのは不思議な言葉だった。
「もうわからないよー」
部屋を移動したいしたくないではなく、どちらにすればいいかわからないでもなく、何もかもわからない。そんな言い方だった。
「どうした?」
心配になった男はちぇんを顔まで持ち上げ初めて正面で見つめ合った。
そしてちぇんの口から続く言葉に男は驚くしかなかった。
「そうだ。おねえさんにあいたいよー」
それはちぇんがこれまでの
ゆっくりに関する記憶を放棄した結果であった。
ちぇんに残っていたのは一番最初の頃の記憶。あの時別れたおねえさんが急に思い出されたのだ。
おねえさんにあいたい、そう言ったのか。急な事で男は慌てる。
そしてちぇんの帽子から尻尾、耳、髪と調べた。
するとどうだ伸びた髪の毛に隠されていたとても小さな髪留めが発見された。
「お前は飼い
ゆっくりだったのか……」
どうやらあのとき冬間近の森で散歩中だった飼い
ゆっくりを誤って拾ってきてしまっていたようだ。
実際はそれが誤解だが男は自分の行動に焦りと後悔を感じていた。
男はどちらかと言えば
ゆっくり愛護派であったし、好きが高じて
ゆっくりブリーダーになっていた。
もし自分の飼っているそして愛している
ゆっくりが突然行方不明になったらどうなるだろう。
村の中でも心ない人間に殺されてしまことは多くはなかったが、普通に
ゆっくりがいなくなり悲しんでいたものを知っている。
もしかするとこのちぇんが突然いなくなって悲しんだ人がいるかと思うと心が痛かった。
ちぇんが男の間違いに訂正をいれようとするのを遮って男は言葉を続ける。
「ちぇんにはすまないことをした。今からすぐ
ゆっくり屋に行ってそこで本当の飼い主を待つようにしてくれ」
そう言うとちぇんの子供達が引き留める間もなく男とちぇんは部屋を飛び出した。
例年以上に降り積もる雪を掻き分けて村の一角を目指して進んでいった。
エピローグ
「霊夢が動き出す前にあなたを回収できててよかったわ」
危うく異変の片棒を担いだと言われこっぴどく叱られる所だったと八雲紫は胸をなで下ろす。
暖かい日差しが降りそそぐ縁側で大妖怪は膝の上にちぇんを乗せ、その髪を撫でてやっている。
「自然の状態で妖率を上げる方法もうまくいったようで良かったけど、神様まで動かすのはまずかったわね」
自分が冬眠している間に起こっていた異変と膝の上のちぇんの追跡調査の結果を式神から聞き出すとなかなかおもしろいことが起こっていたようだった。
「どうしてちぇんをあやかしにしたの? わからないよー」
「それはねあなたにうちの橙の能力への抵抗力をつけてもらうためよ。
あなたを
ゆっくりのまま飼ってたんじゃ命がいくつあっても足りなかったわよ。
それに運が無いだけであっさり死ぬんだから凶兆の黒猫の前に置いておくわけにもいけないでしょ。」
「なんとなくわかったよー」
「理解が良くて助かるわ。それに比べてうちの式神はねぇ……」
庭で洗濯物を干している式神にわざわざ聞こえるように呟く。式神も相変わらずの愚痴に相変わらずの無視を決め込む。
「それにしてもマヨヒガの髪飾りは効果絶大だったみたいね。持ち出したのは橙なんだけど」
「それはもう。妖力を
ゆっくりと浸透させることもできましたし。なにより何度も死にそうな状況を奇跡的に脱してましたからね」
「死ななかった事はあまり問題じゃないのよ、藍。だから問題だったのだけど」
そうなのですかと少し驚いた様子でこちらを向いた藍にうなずきで返す。
「
ゆっくり達にとっての幸せってやっぱり『
ゆっくりできること』なんでしょうね」
言うまでもないが死はやはり
ゆっくりできない状態なのだろう。
本来ならことある事に死を免れていたのは運が良かったというべきだが。
作業の手を止めて相槌をうつ藍に促されるように紫は続ける。
「でもこの子は少し違った。『わかる』『わからない』で幸せを考えていたようね」
「つまり『わかること』が幸せで『わからないこと』が不幸せだと?」
「半分正解ね。それだと今回の状況は説明できないのよ」
膝の上のちぇんを抱いて立ち上がると、藍に近づいていった。
「この子はね、『わからない状態でなくなる』ことが幸せだったのよ。これでも中正解。
大正解は『不可解な状況を呪い、それが瓦解したとき』こそが幸せと言ったところかしらね」
事の顛末はこうだった。
橙によって森に置き去りにされたとき一人ぼっちになったことがわからなかった。
ある群れに迎え入れられたとき兄弟に殺されそうになったのがわからなかった。
親代わりの
ゆっくりと共に行動したとき、別の群れに迎え入れられなかったのがわからなかった。
その親代わりの親らしからぬ行動がわからなかった。
兄弟に、他の
ゆっくりに、親
ゆっくりに失望したが、残された子
ゆっくりにも失望させられるとは思わなかった。
もはや
ゆっくりの存在理由がわからなかった。
ちぇんはこれらの不可解な状況や存在を潜在意識で呪った。
ちぇんはマヨヒガから持ち出された髪飾りにより身に余るほどの幸運を手にしていた。
そしてちぇんはわからないものを一つ一つ潰して廻った。
兄弟はご飯の目の前で餓死させた。
巣に迎えてくれなかった
ゆっくりは冬の開始を早めて結果餓死や凍死させた。
親ぱちゅりーは無茶な繁殖を繰り返させ衰弱死させた。
「最初と最後はどう呪ったのでしょうか」
「橙に捨てられたときははっきりとした自我を持ち合わせてなかったことが幸いして呪われることはなし。
最後は越冬できず野生の
ゆっくりが急に減少したことで一時的な
ゆっくり特需が湧いて……」
「あの家の
ゆっくりまりさやれいむ達が加工場送りになったのはそういう経緯ですか」
「そんなとこかしらね」
「ところでどこに博麗の霊夢が関係しているのです?」
「あぁそれは結果から遡っていってわかったことよ。このちぇんが早めた冬には秋を司
る神様達がいつもより早くに冬を司る神様に季節を渡した事が原因なわけで。秋の神
様達が早々に退場したのは戦闘が得意でもないのに霊夢と弾幕ごっこして弱ってしまっ
た事が原因なわけで。そしてなぜ霊夢に挑んだのかといえば……」
「まさかこのちぇんがけしかけたなんて言うんじゃ」
「ご名答〜。この子は呪いのために神様の意思すらもねじ曲げてしまったのよ」
「ほんとですか?」
「さあね?」
「冗談だったのですか……」
「あら心外ね。私はいつも真剣ですわよ」
「真剣に冗談事を引き起こしますからね」
「そういうことよ」
さて、と言いながら紫は藍に
ゆっくりを手渡す。このあと藍から橙へと引き渡されるであろう。
暖かい日差しの下で体が温まると再び眠気を感じて、紫はもう一眠りを決め込んで母屋に向かっていった。
終
一尺の
ゆっくりには五寸釘をテーマに書いてたらなんだか迷走してた(; `・д´・)
いろいろと描写を端折ったから分かりづらいかも……
ちぇんが冬を早めたのはぱちゅりーから越冬できない群れのことを聞いたからとか。
秋姉妹にはひどいことをしてしまった感が。風神録の異変のタイミングが少し違うかも…。
いろいろ
ゆっくりみのがしてね!!
最終更新:2022年01月31日 03:38