*舞台は現代です。
ある日の夕方。
私は帰宅するため駅に向かっていた。
世間的にはクリスマス・イヴだというのに、手帳には何の予定も書かれていない。
24日、白紙。ガラ空き。もう全開状態。
友達を遊びに誘ってみる。デートだと断られる。
帰る途中カッコいい男の人に誘われたらどうしよぅ…なんて淡い期待を胸にいだいてみる。視線さえ向けてくれない。
結局、私は頬をふくらませてスタスタ歩いていた。
さて、エスカレーターに乗ろうとしたとき、脇の茂みがなにやらガサガサ動いている。
野良猫かなと思って見てみると、野良
ゆっくりの一家だった。、
母れいむが1匹、子れいむが1匹、赤ちゃんれいむが3匹というれいむづくし。
シーチキンの空き缶とボロボロのレジャーシートを持っていることから、どうやら物乞いの準備でもしてるみたい。
どうせ帰ってもすることがないから、れいむたちを刺激しない距離から様子をうかがうことにした。
あいかわらずの暇人っぷりに泣ける!
「それじゃあきゅーとなおちびちゃんたち、
ゆっくりおけしょうしようね!」
きゅーとなおちびちゃん? お化粧しようね?
都会の野良
ゆっくりは言うこともやることも変わってて、のっけから驚かされる。
お化粧道具でも拾ってきたのかなと思って見ていると、母れいむが舌をデローン…と伸ばして、子れいむの体をベロンベロン舐めはじめた。
なんだ、犬猫と変わらないじゃない…。
「ぺーろぺーろ、ぺーろぺーろ」
「ゆ! おかーさんくすぐったいよ! れいむはじゅうぶんかわいいから、おけしょうなんてひつようないよ!」
子れいむは自画自賛しながら、身をよじって舌から逃げる。
「しょーだよ! れーみゅたちはきゃわいーよ!」
「しゅっぴんでもあしょびにいけりゅよ!」
「きゃわいくうまれてごめんなちゃい!」
赤れいむたちも口々に自分は可愛いとうったえはじめる。
「そうだね! でもおちびちゃん、おけしょうするともっともっとかわいくなれるんだよ! にんげんさんたちもいっぱいおかねをくれるよ!
すかうとだってされちゃうんだよ!」
「すかうとされるの!? あいどるになるゆめがじつげんするんだね!?」
「れーみゅもきゃわいいあいどりゅになりゅ!」
「みんなをめろめろにしゅるよ!」
「みゃみゃ、ゆっくちしちぇないで、はやくれーみゅをぺーろぺーろしちぇにぇ!」
母れいむは別として、この子供たちは物乞い初体験らしい。
それにしても、アイドルを目指してる
ゆっくりがいるなんて…。
ゆっくりをアイドルに仕立てて写真集でも出した日には、その出版社大変だろな…。
…などと考えていると、母れいむは子供たちの汚れを舐め落とし、リボンをととのえ、空き缶とレジャーシートを口の端に咥えた。
母れいむを先頭に、一家は一列になって茂みから出てきた。
どこに行くのかなと先を見てみると、そこには上りのエスカレーター。
物乞いするのに駅構内まで乗り込んでいくとは、大した度胸だな〜と感心。
そうしてエスカレーターまで来ると、子れいむが驚きの声をあげた。
「ゆ! おかーさん! このかいだんうごいてるよ!」
「これはえれべーたーっていうんだよ!」
いや、エスカレーターでしょ…?
「どうやってのるの?」
「おかあさんがさきにのるから、
ゆっくりみててね!」
母れいむはタンミングを計り、ボヨンとステップに飛び乗った。
子供たちは口々に「おかーさんすごい!」と叫んだ。
母れいむは自慢げな表情でエスカレーターを逆走して、子供たちのところへ戻ってきた。
「こんどはおちびちゃんのばんだよ!
ゆっくりやってみてね!」
子れいむは緊張した面持ちで、じっとタイミングを計っていた。
だが、初めてエスカレーターに乗るときって意外と難しい。
子れいむはタイミングを計ったままいつまでも動けなかった。
「おちびちゃん、
ゆっくりしてないではやくのってね!」
もう待ちくたびれたのか、母れいむは子れいむを催促しはじめる。
さっきは
ゆっくり乗れって言ってたのに…。
「ゆっ………ゆっ………ゆっ………」
子れいむは足元から出てくる階段の継ぎ目にあわせて声を出してタイミングをつかもうとする。
でもやっぱり乗れなかった。
そして、
「こわいよぉ!! このかいだんぜんぜん
ゆっくりしてないよぉ!!」
とうとう泣き出してしまった。
「ないてないではやくのってね! ひがくれちゃうよ!」
「やだよぉ!! こわいよぉ!!」
親子喧嘩が始まった。
道行く人々は邪魔だと思いながらも、公衆の面前だからか一家をよけてエスカレーターに乗っていく。
でも、
ゆっくりであるれいむ一家には公衆の面前という意識はない。
母れいむと子れいむは「乗る・乗らない」で、ただでさえ大きい声をいっそう張り上げて怒鳴り合っていた。
「さっきおかあさんがやってみせたでしょお!?」
「でもむずかしいよぉ!!」
「わがままいわないでね! おかあさんをこまらせないでね!」
「やだー!! もうおうちかえるぅ!!」
「おうちかえってもごはんがないでしょ!! きょうおかねをかせがないと、みんなごはんがたべられないんだよ!?」
「れーむはおうちでまってるから、おかねはおかーさんがかってにかせいできてね!!」
「どぼぢでぞんなごどいうのお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!??」
子れいむの言葉に、信じられないという表情の母
ゆっくり。
「そんなわがままをいうこどもはれいむのこどもじゃないよ!! さっさとあっちへいってね!!」
「ゆぎゃんっ!!」
母れいむが子れいむに体当たりをする。
子れいむは勢いよく飛ばされて、エスカレーターのステップの上に叩きつけられた。
「いたいよぉ!! たいせつなれーむになんてことするのおかーさ………ゆ?」
子れいむは景色が勝手に動いていることから、自分がエスカレーターに乗っていることに気づいた。
「のれたよ! れーむのれたよ! おかーさん、れーむをゆっくりほめてね!」
「ゆゆ! さすがれいむのおちびちゃんだね! やればできるこだね!」
子れいむは母れいむに体当たりされたことも忘れ、まるで自力で乗ったような言い方。
母れいむも鬼の形相から一転、さすがは自分の子供だと理屈をつけて褒めはじめる。
ゆっくりの餡子脳は人間の理解力を超えている…。
「おちびちゃんたちはあぶないから、おかーさんのおくちにはいってね!!」
「「「ゆっくちはいりゅよ!」」」
赤れいむを口に入れた母れいむは、ポンと飛んでエスカレーターに乗った。
私も遅れないように続いて飛び乗る。
先を行っていた子れいむは、逆走して上から下りてきた。
母れいむは赤ちゃんたちにも景色を見せてあげようと、口を開けて外に出した。
「ゆー! けちきがうごいちぇりゅよ!」
「しゅご〜い!」
「れーみゅおしょらをとんでるみちゃい〜♪」
ピョンピョン飛びはねて喜んでいる赤ちゃんたちの様子に、顔を見合わせて微笑む母れいむと子れいむ。
さっきの親子喧嘩など餡子脳から消し飛んだようだ。
…と、そのとき、私の後から一人の男の人がエスカレーターを歩いて上ってきた。
「おちびちゃんたち、にんげんさんがきたから
ゆっくりこっちにきてね!」
「「「ゆっくちわかっちゃよ!!」」」
3匹の赤れいむは、最初から左側にいた母れいむと子れいむにぴったりと寄り添った。
エスカレーターのルールを知ってることに驚かされた私。
「ゆゆ♪ おちびちゃんたちおぼえておいてね! こっちにいればにんげんさんたちにもふまれな…」
クチャッ
「「「「………………」」」」
大きな皮靴に一瞬で潰されて、放射状に餡子を飛び散らせた1匹の赤れいむ。
残された家族は、みんな目を見開いて口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
う〜ん…。
たしかに歩いて上る人は右側なんだけど、この時間帯は乗る人もまばらだから、左側を歩く人もたまにいるよね…。
というよりあの男の人、意図的に足のばして踏んでったような…。
「でいぶのぎゅーどなあがぢゃんがあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!」
「おがーじゃんのうぞづぎいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「ちゅぶれぢゃっだよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「くちゃってきこえたぁぁぁぁぁ!!!!」
構内に悲鳴がこだましたと思うと、れいむ一家はわんわん泣きはじめたが、まもなく降り口が近づいている。
母れいむは泣きながら残った2匹の赤ちゃんを口に入れた。
原型さえとどめずに潰されて死んだ妹を見ながら、これは夢じゃないか…という表情の子れいむ。
きっと悲しすぎて、母れいむの注意も聞こえなかったのだろう。
子れいむは飛ばなかった。
「ゆぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
本日2度目の悲鳴が構内にこだました。
先に飛び下りて赤ちゃんを吐き出していた母
ゆっくりが振り返ると、子れいむの足がステップの引き込み口に吸い込まれていた。
「でいぶのあがぢゃんがあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!」
本日3度目の悲鳴。
なにしろやわらかい饅頭の皮だ。
子れいむの足はみるみるクシ型の引き込み口に削られて、餡子が漏れ出しはじめた。
「おがーじゃんいだいよぉぉぉぉ!!!」
「おぢびぢゃん゙ん゙ん゙ん゙ん゙!!! ゆっぐじとんでねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ゆっくちとんじぇー!!」
「おにぇーぢゃぁん!!」
赤ちゃんは仕方ないとして、お母さんまでもが目の前で足を削り取られていく子供を助けもせず、ただ叫んでいるだけ。
早く口で引っ張ってあげなさいよ…。
下からその光景を見ながら、私はそう思った。
「ゆぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
「あ゙あ゙あ゙あ゙おぢびぢゃんのびれーなあ゙ん゙よ゙があ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!」
美麗なあんよとか言ってる場合じゃないと思うんだけど…。
さすがにかわいそうになった私は、子れいむを持ち上げて助けてあげた。
「ゆぐっ!? ……おでえざんありがどお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!」
母れいむが泣き叫びながら、子れいむを抱きかかえた私に突っ込んできた。
「う、うわっ!?」
その顔が涙と涎で醜くグチャグチャになっていることに気づいて、うっかり反射的に避けてしまった。
「ゆぶしっっっ」
母れいむは顔面から着地して、粘液の糸を引きながらズザーッとすべって行った。
ごめんね、新品のパンプス汚されたくなかったの…。
心の中で謝りながら2匹の赤
ゆっくりの前に傷ついた子れいむを下ろすと、私は「じゃね〜♪」と挨拶して去った。
……と見せかけて物影から見ていたっ!
母れいむは擦り切れて真っ赤になった顔で起きあがると、子供たちのところに戻って行った。
顔の擦り切れた母れいむ。
足を怪我した子れいむ。
生まれたばかりの2匹の赤れいむ。
そして全員元気なし。
物乞いには持って来いの状態じゃないかな…なんて不謹慎なことを考えてしまうくらい、みすぼらしいれいむ一家。
しばらく広い通路の端っこで子れいむの足をぺーろぺーろしていたが、子れいむが泣きやむと、一家はトボトボと歩き出した。
…………改札口のすぐ近く。
駅構内の地図を載せた〈インフォメーション〉の立て看板の下で、元気をなくしたれいむ一家がステージの準備をしていた。
小さなボロボロのレジャーシートを敷いて、その一番後ろが母れいむ。
その前に子れいむ。
さらにその前には2匹の赤れいむ。
そして一番前に、シーチキンの空き缶を置いた。
「おちびちゃんたち、おうたのじゅんびはいい?」
「いつでもいいよ!!」
「ゆっくちがんばろーにぇ!!」
「れーみゅがんばりゅ!!」
気合の入った一家。
赤ちゃんを失い、子れいむも怪我をしてしょげていた母れいむは、子供たちのやる気に満ちた声に励まされた。
「つかれたにんげんさんたちを、れいむたちのすてきなおうたでいやしてあげようね! ついでにたくさんおかねをもらおうね!」
「「「「ゆゆ!!」」」」
「それじゃあいくよ? せーのっ! …ゆ〜ゆっゆゆゆぅ〜〜ゆっゆっゆ〜ゆゆゆっゆゆ〜♪」
「ゆゆ〜ゆっゆっゆ〜ゆゆ〜ゆゆゆ♪」
「ゅ〜! ゅ〜! ゅ〜!」
「ゅぅぅぅ〜〜〜ゅっゅっゅっ」
うわっ…なんてメチャクチャなっ…(汗)
一斉に「ゆー」とだけ声を出したほうがずっとマシだ。
リズムもバラバラ。
音程も半音上がったり下がったり。
2匹の赤ちゃんは一生懸命声をふり絞ってるだけって感じ。
アフター5に近づいて混雑してきた駅を行き交う人々は、耳ざわりな
ゆっくりの雑音に顔をしかめてチラ見していく。
一方、母れいむは視線をもらっていることを人気が出てきたと勘違いして、さらに声を張り上げて歌った。
「ゆううううぅぅぅ〜〜〜っ!! ゆっゆっゆっゆっゆっゆうぅぅぅうぅうぅうぅうぅ!!♪」
あぁ…これはダメでしょう…。
私は両手で耳を塞いだ。
「いっきょくおわったよ! れいむたちのおうたにいやされたひとは、おかねをちょうだいね! かんどうしたひとは、もっとちょうだいね!」
「おいしいごはんでもいいよ!」
「いっぱいちょーだいにぇ!」
「ゆっ! ゆっ!」
れいむ一家は自信満々の表情で、行き交う人々を見渡しながら声をかけた。
でも、お金をくれる人は誰もいない。
立ち止まる人さえ……あれ、立ち止まった。
でも、足元のれいむたちは見ていない。
スーツ姿のその男の人は、急いで改札口から走ってきて、れいむ一家の頭上の看板の地図を見ていたのだった。
だが、母れいむは自分たちに用があるのだと勘違いした。
「ゆゆ! おじさんはぁはぁいってるよ? そんなにこうふんしたの? だったらいっぱいおかねをちょうだいね!」
「…………」
その人は地図に夢中で足元からの声が聞こえないみたい。
母れいむのほうは、側に来たのにお金をくれない男の人に腹を立てたようだ。
「ゆゆっ!? おじさんきこえないの!? みみついてないの!? ことばわからないの!? ばかなの!? それともおかねだせないくらいびんぼーなの!?」
キッツイなぁ…。
「え? なに? ……僕?」
あ、気づいた。
「れいむたちのすてきなおうたをきいたのに、どーしておかねをくれないの!? どびんぼーなの!?」
「どびんぼーなの!?」
「どびんぼーにゃの!?」
「どびんぼーにゃの!?」
男の人は呆気に取られていた。
「いや…僕、今来たんだよ。 ……歌ってたの?」
「そーだよ! れいむたちのいちりゅーのびせいをききのがしたなんて、おじさんうんがないね!」
「そっか。ちょっと急いでるから、ごめんな!」
そう言って駆けだした。
「うんのないひとは
ゆっくりきえてね! れいむたちもめいわくだよ!」
「「「めーわくだよ!」」」
あれ、あの人戻ってきた。
「もしかして……」
また構内にれいむ一家の悲鳴が響き渡るんじゃないかと思いきや、
「まぁ何かの縁だから。頑張れよ」
男の人はそう言って百円玉を空き缶に入れると、母れいむの頭にそっと手を置いて、人ゴミの中へ走って消えていった。
そんな親切を受けた母れいむは
「ゆ! やっぱりおうたをきいてたんだね!? うそついてもすぐわかるよ!! ほんとうはりょうしんがとがめたんでしょ!?」
恩を仇で返していた…。
子供たちも、男の人が消えた方角に向かって口々に罵倒している。
なんてヒドい!
てかあの人素敵!!
私は両目をハートマークにしてときめいていた。
でもきっと彼女さんに急いで会いに行ったんだろうね。
今日はイヴだし。
はぁ。
「おちびちゃんたち、にきょくめにいくよ! じゅんびをしてね!」
「「「「ゆ〜!」」」」
「せーのっ! …ゆ゙ゆ゙ゆ゙ゆ゙ゆ゙ゆ゙ゆ゙ぅ〜〜〜」
落ち込んだ私の耳に飛び込んでくる雑音。
今度はダミ声のせいか、なんだかおぞましい歌だ。
子供たちも母を真似て喉を潰したような声を出している。
クリスマス・イヴの聖なる夜、駅には不吉なれいむ一家のダミ声が響いていた。
最終更新:2022年01月31日 02:42