暁光が世界を目覚めさせる頃、迷いの竹林にある一軒家から白髪の少女が現れた。
藤原妹紅。
健康マニアの焼き鳥屋を自称する少女だ。
だが可憐な外見に騙されてはいけない。彼女は千と有余年を閲しているのだ。
妹紅は軒先に掛けられた木箱を開ける。
中には牛乳瓶が入っていた。
お日様のほうを向いて、腰に手を当て、ぐいとやる。
そのまま一息に飲み下していく。なだらかな喉元の線が艶かしく蠢く。
「っぷっはぁ~~~」
少女とは思えない余韻。
まるで、これがアタシの目覚めの儀式だ、文句あるか!?と言っているようであった。
健康マニアらしく、小鳥の囀りを聞きながら朝の体操をしている妹紅。
前屈をした時など、長い白髪が地面にばら撒かれたが、まったくと言っていいほど気にも留めていない。
体操のあとに行水をするから、束ねていないのだ。
程好く体もほぐれた妹紅は、その目にあるものを映す。
ゆっくりだ。
ゆっくり魔理沙の群れが、木の下で眠っている。
西瓜大の親ゆっくり魔理沙と、林檎大の姉ゆっくり魔理沙。卵大の妹ゆっくり魔理沙であった。
ゆぅゆぅと寝息を立てている。
しばしじっとその様子を見ている妹紅。
なにかを思いついたのか、にんまりと笑った。
その三匹を捕獲した妹紅は、家に入ると、鶏を飼っていたときに作った柵の中に安置した。
ここなら親ゆっくりでも飛び跳ねて出ることは出来ないし、体当たりで壊せもしないつくりになっている。
行水から戻ってくると、ゆっくりたちは目を覚ましていた。
「ゆ?ここどこ!?おねーさんだれ?」
「ゆっくりできるの?」
「おねーさん、しらがー!けらけらけら」
「アタシのことはどうでもいいだろう。それよりお前達、腹減ってないか?」
「ゆ!おなかすいた、あさごはん!あさごはん!」
三匹が騒ぐ。
妹紅はどんぐりなどの木の実を柵の中に投げ与えてみた。
ぼりぼりとかじりつく三匹。
「おまえら、いいものやるから、飲み込まないで口開けてみ?」
「?」
一斉にあ~~んと開ける。口の中には形がそのままの木の実が残っていた。
その中に水を流しながら、妹紅は困惑した。
咀嚼しても噛み砕けていないではないか。
ゆっくりは野菜を噛み千切ったりすると聞き及んでいたが、どういうことか?
ひょっとすると、口より大きい植物だけは噛み千切れるという不思議能力だろうか?
「おねーさん!もっとちょうだい!」
食べ物をねだる親ゆっくり魔理沙。
妹紅は苺をひとつずつ投げ入れてやった。
「うめぇ!これ、すっげぇうめぇ!!」
「おねーちゃん、もっとちょうだい!!」
「もっともっと!!」
妹紅は、葛を熱して苺に塗れさせると、それを洗った牛乳瓶に入れた。
底にへばりつく苺。さらに葛が冷えて、逆さにしても容易には落ちなくなった。
柵から出された三匹は、板の間で目の前の瓶をにらみつけていた。
中には先ほど食べた美味しい苺。
妹紅は、その中から苺を取り出せたら腹いっぱい苺を食わせてやると約束した。
それから三匹は四苦八苦しながら、取り出そうとしたが無理だった。
割ろうとしても牛乳瓶は頑丈で、親ゆっくりのストンピングでもびくともしなかった。
舌をいれようとも、狭すぎて入らないし、ゆっくりたちの舌はそんなに長くない。
妹ゆっくりが入り口から入ろうとしても、無理だった。
一生懸命に入ろうと全力でもがいているが、入り口でつっかえてしまって、皮が波打っている。
「む、むりだよぉおぉ~~~」
泣きそうな顔で瓶をにらみつけている三匹。
「降参か?」
「ゆ、ゆ~~~」
「まだがんばるよ!ゆっくりやればできるよ!!」
「ゆゆゆ」
横臥してそれを見守る妹紅。
眉間に皺を寄せてあれこれ浅知恵をめぐらせているゆっくりを楽しそうに見ている。
もしこの状態の苺をゆっくりが割らずに取れるのだとしたら、その手段を見てみたいとも思っていたのだ。
だが、期待に反して降参の声が上がるのは程なくしてからであった。
「そっか。降参か」
「ゆ~~~」
「とれないよ」
「ゆぅうぅ」
意気消沈して暗い空気をまとわせる群れ。
「んじゃぁ、そのおちびちゃんには、特別にこいつを食べさせてやるよ」
その言葉に一斉に妹紅を見据える三匹。
「ゆ?このこだけ?まりさには!?」
「ゆ!ゆ!ありがとう、おねーさん!!」
「おいおい、お前らお母さんにお姉さんだろ?そういうのは一番小さい子にやるもんなんだよ」
そう言って、妹紅は寝そべっていた体勢からあぐらを掻いて座った。
左手で牛乳瓶を持ち上げ、右手で妹ゆっくり魔理沙を掴むと、そのまま右手の人差し指に火を点けて、牛乳瓶に指し込む。
くるくると回して数秒後に、目にも留まらぬ速さで人差し指を抜き去ると、妹ゆっくり魔理沙を瓶の口に置いた。
そのまま二匹の目前に瓶を立てる。
「ゆ!ゆ!」
「ゆう~」
見れば瓶の口に妹ゆっくり魔理沙の体が入り込んでいくではないか!
ずるりと音がしても不思議ではないそれに、二匹は飛び跳ねて喜んでいた。
「すごいすごい!まりさすごい!!おかーさんもはながたかいよ!」
「さすがまりさのいもーとだね!やればできるよ!」
やがてぽとりと落ちると、すぐさま苺をむさぼった。
「うんま~い」
見事食べ終わると、思う様堪能したという満たされた表情になる。
「おねーさん!まりさたちもいちごたべたいよ!」
「たべたいよ!」
「あ~?おまえら問題が出来なかったじゃないか」
「うゆぅ。じゃぁじゃぁ!べつのもんだいをだしてね!ゆっくりといてみせるよ!」
「そうだよ!もっともんだいだしてね!」
「ん~じゃぁ、問題出すけど、大丈夫か?」
頭をぽりぽりと掻きながら問う。
それに何故か得意げな顔になる三匹。
「ふっ!まりさたちにかかればちょちょいのちょいだよ!」
「ちょいちょい!」
「わかった」
そう言って妹紅は牛乳瓶を指差す。
「この中から、その小さいゆっくりを出してみろ。できたら食わせてやる」
「ゆ!そんなかんたんでいいの?」
「簡単だったかな?」
「ゆっふふふふ。ゆぅっふふふっふ。ゆふふのふ」
「かぁんたんだよ!さぁ、でといで!」
「ゆぅ~!ゆぅ~!でれないよ!」
家族の言葉に飛び跳ねる妹ゆっくり魔理沙。
しかし飛距離など見るまでもない。
「こうすればでられるよね!」
親ゆっくり魔理沙が体当たりして、牛乳瓶を倒す。
瓶は倒れた勢いでしばし転がり止る。
「さぁ、でておいで!」
「ゆぅゆぅ♪いっちご~~~ん」
「ゆっくりでるよ!」
瓶の口に向かって這いずって行く卵大の妹ゆっくり魔理沙。
だが、瓶の首、曲線になっている場所で足止めされてしまった。
そのままどう頑張っても前進できない。
「ゆ、ゆぅうぅううぅ!でられない!でられないよぅ!!」
泣き出してしまった。
「ゆ!?なにいってるの?はいれたんだからでられるよ!!」
「そうだよ!はやくでてきてね!」
「だっで、がべがじゃまぢでずずめないのぉおぉぉお~~~!!」
その言葉にじっと見る二匹。
たしかに、瓶の首にびっちりとくっついたようになっていて、進めそうにない。
「ど、どおぉぢでええぇええぇぇぇえぇっ!」
「なんででられないのぉぉおぉぉ!!」
泣きじゃくる三匹。
その様子をあぐらを掻いて見守っていた妹紅は、今はぴしゃりぴしゃりと膝を叩いて大笑いしている。
「おねーさん!わらってないでたすけてよん!」
「そうだよ!いもーとがとじこめられてるんだよ!」
「ん?降参か?甘くて美味しい苺はいらないんだな?」
しばしの逡巡。しかし、
「い、いらないよっ!」
「そうだよぅ!いちごよりかぞくがだいじだよ!」
と、叫んでいた。
妹紅は感心していた。
ゆっくり魔理沙は、自己中心的思考が肥大した、てめーさえよけりゃあいいというナマモノだと思っていたのだ。
これは認識を改める必要があるかな、と思い直していた。
しかし、弱者は強者に搾取されるもの。
この暇つぶしをここで止めるつもりはなかった。
「そうか。でもアタシにも出すことは出来ないんだ」
「ゆ!?」
「でも、おねーさんがいもーとをいれたんだよ!だせるはずだよ!!」
必死に叫ぶ姉ゆっくり魔理沙。
「無理だよ」
「なんで!どうじでぇっ!!!だじでよぉぉおぉぉっ!までぃざのがわいいごどもぐぁあああ!!!」
「まぢじゃのうもうどがあああ!!ででよぉぉおおお!おねがいだよぉぉぉおお!!!」
「ま、時間はあるし、じっくりと頑張りなよ。大丈夫、そのうち出てくるって」
そう告げて、妹紅は鶏用の柵に、二匹のゆっくり魔理沙と牛乳瓶をひとつ置いた。
終わり。
うす味、短め。
著:Hey!胡乱
最終更新:2008年09月14日 05:28