ゆっくりいじめ系2100 メタな人たち 前編

※虐待スレアンチ的な要素が多分に含まれる気がしますのでご注意ください



一匹のゆっくりまりさが、野道をぴょんぴょん跳ねている。
娘である赤ちゃんれいむと一緒にハイキングに行った帰り道だ。胎生型出産で、一匹だけ生まれてきた赤ちゃんだ。
番のれいむは現在第二子をにんっしんっ中であり、おうちでお留守番をしている。
念願の妹の誕生を前に赤れいむは、「りっぱなおねえちゃんになゆよ!」と毎日一生懸命ごはんを食べている。
今日も綺麗なおはなさんや美味しいきのみさんを沢山食べて、また少し大きくなれた。
きっと見る見るうちに、お母さんれいむに似たとてもかわいくてしっかりした成ゆっくりに育つのだろう。
妹から尊敬されるお姉ちゃんになろうと美味しいごはんを食べる赤れいむを見て、まりさはとてもゆっくり出来ていた。
こんなにゆっくりした赤ちゃんを持っているのは、きっと世界で自分だけだ。まりさの自慢の赤ちゃんだ。
帰ったら早速れいむに、赤ちゃんが今日どんなにゆっくりしていたかを話してあげよう。
そして夫婦で両側から赤ちゃんに頬ずりをして、家族みんなでゆっくりしよう。
自然と速まる家路への歩み。人間で言えばスキップでもするようなリズム。
そんなまりさに、突然聞いたことのない声が掛けられた。

「あれー? ゆっくりだ」
「これゆっくりまりさじゃん! 可愛い~!」
「ゆゆ?」

声のした方向をまりさが見上げた先にいたのは、若い男女二人組の人間たち。
この辺りは綺麗な花畑のあるゆっくりプレイスなので、人間が遊びに来ることも珍しくはなかった。
まりさは人間さんという他種族にはあまり関わらないようにしていたが、
目の前の二人はゆっくり出来そうな人たちに見えたので、普段仲間にそうするように笑顔で挨拶することにした。

「ゆっくりしていってね!!」
「わ、ゆっくりしていってねだって!」
「初めて聞いたー! ゆっくりしていってね、まりさ!!」

人間さんたちは腰を屈めて、まりさに満面の笑みを向けてくれる。
良かった、やっぱりゆっくり出来る人たちだった。ゆっくり出来るならみんなお友達だ。
まりさは「ゆゆ~!」と身体を縦に伸ばし、新たな友人への親愛の情を表現していた。
すると、まりさの頭に載った帽子がもぞもぞと動き、中からちっちゃな赤ちゃんれいむが顔を出した。

「ゆ・・・ゆっくいしていっちぇね!」
「ゆ、まりさのあかちゃん!」

遊びつかれて、お帽子の中でお昼寝していた赤れいむ。まりさは『おこしちゃったかな?』と内心苦笑する。
(跳ねているまりさの帽子の中はかなり揺れるが、お母さんのおつむの上、お帽子の中というだけでとてもゆっくりできるのだ)
『ゆっくりしていってね』という言葉の魅惑的な響きに、いても立ってもいられなかったのだろう。
特に生まれて間もない赤ちゃんゆっくりにとって『ゆっくりしていってね』の挨拶は、
言うだけで気持ちがあったかくなる、とても楽しくてゆっくり出来るものだ。みんないつも言いたくてたまらない。
だから挨拶を聞いた赤ちゃんが這い出てきてしまうのも無理はないことである。
それにまりさのとってもかわいい赤ちゃんを見て、人間さんたちもますますゆっくり出来るだろう。
もしかしたらそのお礼として、お菓子がもらえるかも知れない。

「ゆゆ、にんげんさん!まりさのあかちゃんとってもかわいいでしょ!じまんのむすめだよ!!」

そんな期待を込めて、得意げに上を向いたまりさの瞳はしかし、忌々しげに細められた冷酷な視線によって射竦められた。
人間さんたちはもはや中腰にはなっておらず、まりさを遥か高みから威圧するように見下して来ている。

「あ? 何だこいつ……虐待用ゆっくりかよ」
「マジキモイんですけど、そういうの」
「ゆ・・・?」

まりさの満点の笑顔が不安に引きつる。
あんなにゆっくりしていた人間さんが、突然ゆっくり出来なくなったのだ。その理由が解らない。
もしも最初から冷たくされていたなら、まりさもさっさとその場を離れていたことだろう。
しかし一度ゆっくり出来る仲間だと思った相手から見放されるのは、ゆっくりにとってとても辛いことなのだ。
だからまりさは必死に考える。自分が何かまずいことをしたのだろうか。
もしかしたら、もっとよく赤ちゃんを見たいのかも知れない。
そう思ったまりさは、頭上の赤ちゃんをゆっくりと地面に下ろしてやり、
首を傾げる赤ちゃんに「いっしょににんげんさんをゆっくりさせてあげようね」と声をかける。
そして精一杯笑顔を作り、赤ちゃんと一緒に「にんげんさん、ゆっくりしていってね!!」と再び挨拶を繰り返す。
しかし人間さん達はこれ見よがしに、ますます表情を醜く歪めた。

「はあ? 何媚びてんのこいつら。キモすぎ」
「変てこ生物のくせに何で子供とか産んでんの? 動物みたいで気持ち悪いよ、マジ」
「ゆゆ?だれでもあかちゃんはうむよ!おにいさんもおねえさんもむかしはあかちゃんだったんだよ!」
「だーからー、人間と一緒にすんなっつうの。生々しいっつーか、発想が安直なんだよ」
「そうそう、ゆっくりは単純な動物とは違う不思議さが良いんじゃん。赤ちゃん産むとかゆっくりっぽくないし」

『ゆっくりっぽくない』……何を言っているのだろう、この人たちは。自分達を措いてゆっくりなどいない。
まりさには人間さんの言っていることが少しも理解出来なかったし、彼らも思ったことを言っているだけで、
全くまりさに解らせようとは思っていない。しかし、とてもゆっくり出来ないことを言われている事だけは解った。
二人の冷たい視線に晒された赤ちゃんは、くりりとした瞳を涙で満たし、戸惑いがちに視線を彷徨わせている。

「や、やめてね!まりさたちはとってもゆっくりしたゆっくりなんだよ!
 ゆっくりはみんなあかちゃんをうんでそだてるんだよ!かわいいあかちゃんといっしょだとゆっくりできるんだよ!!」
「かわいいあかちゃん(笑)そんな事言ってるの虐待お兄さん(笑)だけだし」
「普通の人は赤ちゃんゆっくりを見たら気持ち悪い汚物だと感じる。普通は避けて通る」
「に、にんげんしゃん、ゆっくいしちぇね!れ、れいみゅはきもちわゆくにゃいよ!ゆっくいできゆよ!」

おぼろげながら自分のことを否定されているのだと気づいた赤れいむが、必死に抗議の声を上げる。
しかしその縋るような声も人間達の一笑に付されてしまう。

「これだよこれ、このわざとらしい赤ちゃん言葉」
「そういうのが媚び媚びで気持ち悪いっつーんだよ、マジでゆっくり界の癌だな」
「にんげんさんたちやめてね!あかちゃんがないちゃうよ!
 だれだってはじめはうまくしゃべれないよ!にんげんさんたちだってそうだったんだよ!!」

人間さんはたまたまゆっくりと同じ言葉を使うから、これは良く解ってくれるはず、とまりさは思った。
特にまりさは昔、ハイキングに来ている人間の幼児を遠目に見ていたことがあった。
その様子を見た限りでは、人間は幼少期、満足に親と会話すらできないはず。
だとすれば、たどたどしくてもお母さんといっぱいお話が出来るゆっくりの赤ちゃんは、
人間さんの赤ちゃんよりもずっとゆっくりした存在なのではないだろうか。
羨ましがられることはあっても、気持ち悪がられるなどまりさの理解の範疇を超えている。

「ってゆーか赤ん坊のくせに最初から喋れるというのがおかしいし」
「ま、会話が成り立たないと話術で泣かせたり、絶望に突き落とせないからね。それもご都合ってことでしょ」
「そうだな。親を裏切らせたり、生きることに絶望させたり、無垢な赤ゆにならやりたい放題、
 全く汚らしい。それをやらせるために生まれてくる赤ゆ共もな」

返って来た言葉は、まりさには予想不可能な角度からの切り口だった。
言っていることの一つ一つは良く解らなかったが、赤ちゃんがお話出来るのはゆっくり出来なくなるためということらしい。
何なのだ、それは。確かにゆっくりの話す言葉には、相手をゆっくり出来なくさせる危険なものもある。
しかし言葉はその為にあるわけでは決して無いし、そんなものを赤ちゃんに向けることは絶対にない。
これには、お母さんからたっぷりゆっくりさせて貰っている赤れいむも怒り出してしまった。

「にゃにいっちぇゆの!れいみゅはおかーしゃんとゆっくいおはなししゅるためにしゃべれゆんだよ!」
「そうだよ!おはなしできるとすごくゆっくりできるんだよ!
 あかちゃんをかなしませたりしないよ!みんなあかちゃんのこととってもかわいがってるよ!!」
「れいみゅはおかーしゃんにゆっくいさせちぇもらってゆよ!
 おこりゃれゆこともありゅけど、しゃいごにはじぇっっったいにれいみゅをゆっくいしゃせてくれゆんだよ!!」

怒りに頬を膨らませ、ぷるぷると身体を震わせながら熱弁するまりさと赤れいむ。
自分達はゆっくりするために生まれて来て、ゆっくりするために生きている。
自らの存在の正当性を懸命に主張する二個の脆弱な饅頭を見て、人間達はプッと吹き出した。

「ね、ねえ、そもそも何でゆっくりが赤ちゃん産むようになったのか解ってる?」
「ゆ・・・?だからかわいいあかちゃんとゆっくりするためだよ!!」
「れいみゅもおおきくなっちゃらあかちゃんをうみゅよ!しょれでいっちょにゆっくいしゅるの!!」
「プッ、意味わかんねー。あのさあまりさ、自分の赤ちゃん可愛い?」
「ゆゆ?あたりまえでしょ!とっっっっっってもかわいいよ!!すごーーーくゆっくりできるんだよ!!」
「おかーしゃんだいしゅき♪」

すりすりと頬を擦り付けてくる赤れいむ。その微かな圧迫感がまりさには心地よい。
寄りかかる重みは自分のしあわせ、頬の柔らかさはゆっくりそのものだ。

「じゃあ赤ちゃんいなくなったら悲しい?」
「ゆゆ・・・かなしいよ!あかちゃんがいないとゆっくりできないよ!」
「おかーしゃんとはにゃれたくにゃいよ~~!!」
「ま、そういうことよ。つまり赤ちゃんを失う悲しみを味わうためにゆっくりは赤ちゃんを産むわけ」
「赤ゆっくりってマジで薄汚い悪意の塊だからな。平然と人前に出さないで欲しいわ」

まりさの笑顔が凍り付き、赤れいむの頬を上下させる動きも停まる。
確かに赤ちゃんを事故などで失って悲しみに暮れるゆっくりは沢山いるし、
そういう親ゆっくりが人間の子供などに笑われている光景も見たことがある。
だが全く理解出来ない論理展開だ。人間が悲劇を見て喜ぶことと、自分達の存在に何の関係がある?

「な・・・なにいっでるの!!まりざはぜっっっっっったいにあかちゃんをなくさないよ!!
 ずっといっしょにいてみまもっでであげるんだからね!!ゆっぐりでぎないことをいわないでね!!」
「ほら~、そういうリアクションが虐待厨どもを喜ばせるんだろ?」
「ゆっくりだったら『おお、こわいこわい』とか言って受け流す場面じゃん。もうゆっくりじゃないよこいつ」
「ゆー、だから・・・」
「にんげんしゃん、も、もうやめちぇね・・・!
 おか、おかーしゃんは・・・とってもゆっくいしたゆっくい・・・ゆ・・・ゆわあああああぁぁぁあん!!」
「あ、あ、あ゛がぢゃあぁぁぁん!!」

とうとう大声で泣き出してしまった赤れいむ。ゆっくり出来ない人間さん達の前に晒され続けた恐怖と緊張が溢れ出したのだ。
まりさは必死にすりすりをして赤ちゃんを宥めながら、キッと精一杯の怖い顔で人間さん達を睨み付ける。
しかしそれも彼らの失笑を買うだけだった。

「おいおい、何泣き出してんだよアンド怒って見せてんだよ」
「感情表現が豊かになると何か違っちゃうよね。ゆっくりって書割看板みたいな笑顔が魅力じゃん?」
「あとー、何『バカにされるお母さんのために泣いた』みたいな美しい雰囲気出そうとしてんの?
 非ゆっくり筆頭はてめーだっつってんだろ、赤ゆっくり。矛先逸らそうとすんなよ」
「ぷくううぅぅぅ!!もうそれいじょういわないでね!!にんげんさんたちはぜんぜんゆっくりしてないよ!!
 まりさはとっっっっってもおこってるんだからね!!」

そう、まりさは怒っていた。
初めは、ゆっくりしていない人間さん達にゆっくりしてもらおうと思って話を続けていた。
しかしこうまで言われて、赤ちゃんまで泣かされて、そんな風に友好的に考えることは最早不可能だった。
かわいいあかちゃんを守るためにたたかう。それがまりさの新たなる決心だった。

「だから怒ってるとかウゼーから」
「何でゆっくりなのにそんなに泣いたり怒ったりすんの? 全然ゆっくりしてないじゃん。
 マジ虐待厨のキチガイどもはゆっくりに何求めてんだって話」
「うるさいよ!!ゆっくりだっていきてるんだよ!!わらったりよろこんだり、ないたりおこったりするよ!!
 にんげんさんたちだってそうでしょ!!なにもかわらないよ!!」
「だーかーらー、何で人間に近づけるんだって言ってんだよぉ。ただの人間とかとは違うシュールさ?
 っつーかある種の超越性っつーか? そういう独自の魅力が完全にスポイルされてるじゃん」
「むずかしいことばをつかわないでね!!そんなふうにまりさからにげようとしないでね!!」
「おやおや、ちょっと突っ込んだ話をすると衒学厨の荒らし扱い、便利なシステムですね」
「餡子脳には難しかったでちゅか~(笑)」
「ゆゆ~、まりざはどってもかしこいんだよ!!おがあざんやれいむにほめられたこともあるんだよ!!
 わざとわからないいいかたをするにんげんさんたちがおがじいんだよ!!」
「おい、その餡子脳っての虐厨用語だから……」
「おっと、失敬失敬」
「さっきからなにいっでるの!!まりざのおはなじをぎいてね!!!」

極度のストレスに駆られ、ぽいんぽいんと乱暴に飛び跳ねてがなり立てるまりさ。
まりさがどんな決意をしようと、それは何者の足下にも及ぶものではなかった。
決定的な温度差があるのだ。まりさが何を素晴らしいと思っていても、それは他者にとっては唾棄すべきものであるのだから。
人間達はウンザリした風に、はあ、とため息を吐く。そして二人組のお姉さんの方が中腰になり、まりさに優しく視線を合わせた。
ようやく話をする気になったか、とまりさも昂ぶっていた感情を抑える。
「もうだいじょうぶだからね、なかないでね」と、ゆぐゆぐと泣く赤ちゃんに舌戦での勝利を約束しながら、正面に向き直った。

「あのさあ、赤ちゃんはどんな風に可愛いの?」
「ゆ・・・?とっっっっっても・・・」
「そういう抽象的なのは良いから。じゃあどんな風に可愛がってんの」
「ゆぅ・・・すりすりをしたり、ごはんをあげたり、おうたをうたってあげるよ」
「それだけじゃ赤ちゃんは大きく育たないでしょ」
「ゆぐぅぅ、あと、あと・・・ゆゆっ、ゆっくりできないものからあかちゃんをまもってあげるよ!!」
「へぇ~。どんなゆっくり出来ないものがあるの?」
「ゆっ、ゆっくりできないものはいっぱいあるんだよ」

ゆっくり達の知能ではろくに数を数えられないことを差し引いても、ゆっくり出来ない事物はあまりに多かった。
それを聞いて後ろの男が、「その時点で既にゆっくり生きられねえじゃん、矛盾だらけ」と呟いたが、まりさには聞こえなかった。

「たとえば雨が降ったら?」
「あめさんにぬれるととけちゃうよ・・・でもまりさがおぼうしのなかにいれてあげるよ!」
「川に落ちたら?」
「あめさんといっしょだよ!おみずさんはゆっくりできないんだよ!でもまりさがおぼうしにのってたすけにいくよ」
「寒くなったら?」
「ゆ、さむいさむいだとあんこがかたまって、ゆっくりできなくなるよ・・・でもまりさがあっためてあげるよ!」
「虫の大群に集られたら?」
「ゆゆ、むしさんは・・・あんこがみんなたべられちゃうよ。でもわるいむしさんはまりさがみーーーんなたべちゃうよ!」
「転んで石にぶつかったら?」
「あかちゃんはとってもやわらかいから、おおけがをしちゃうよ。でもまりさがぺーろぺーろするからだいじょうぶだよ」
「高い所から落ちたら?」
「すごくいたいいたいになっちゃうし、おけがもするよ・・・でもまりさがついてるからだいじょうぶだよ」
「尖った石を踏んだら? 尖った葉っぱや木の枝に引っ掛かったら?」
「ゆっ、か、かわがやぶけちゃうよ・・・でもねまりさが」
「悪いゆっくりに狙われたら?」
「そんなゆっくりはまりさがやっつけるよ!でもゆっくりごろしはいけないことだから、いっぱいおこってはんせいさせるよ」
「犬とか狐とか、他の獣に狙われたら?」
「ゆぐぐ・・・まりさのおくちにいれていっしょににげるよ!でもにげきれないときは、ま、まりさが・・・」
「じゃあ人間に狙われたら?」
「ゆぐぅぅう、まりさが、まりさが・・・どうしてぞんなごどきくのおぉぉぉ!?」

お姉さんはこの他にも、次々に『ゆっくりできないこと』を列挙していった。
その大半は、他の多くの生物であれば何とも無かったり、楽に回避出来るような問題だ。
後ろで「おかーしゃんがんばっちぇね!」と応援を送っていた赤れいむの顔色が、段々と青褪めてくる。
その中のどれか、またはいくつかに遭遇しかけた経験があるのだろう。

「もういいでしょ!ゆっくりできないことはいっぱいあるんだよ!!
 だからおかあさんがいっしょにいてまもってあげるんだよ!!そしたらゆっくりできるんだよ!!」
「ふぅん、で……そのどれにも遭遇しないで生き延びれる可能性ってどんだけあるわけ?」
「ゆぐっ・・・・」

まりさは『いくらでもあるよ!』とは答えられなかった。
何せ自分自身の姉妹が、生まれた時の1/3以下までその数を減らしていたからだ。
姉妹の数を正確にカウントすることなどまりさには出来るはずもなかったが、
日が経つごとにおうちの中が寂しくなっていくという実感だけが強く印象に残った。
一度に10匹以上が産まれ、数ヶ月の後、最終的に巣立つことが出来たのは2、3匹……
多くの姉妹が絶望と苦痛の中で死んでいった。自分が生き残れたことは奇跡としか言い様が無い。
まりさはその奇跡のような生に感謝して日々を過ごしていたのだ。
きっと同じ奇跡が自分の赤ちゃんにも起こるに違いない、と頑なに信じて。
根拠ならある。奇跡の子供である自分の赤ちゃんにも、奇跡が起きないわけがない。
だがそんなものは、まりさが我が子を設ける事を正当化するための思い込みであり、他の誰にも知ったことではなかった。

「増殖力が頼みの生物って、痛覚が無かったり赤ん坊が自生出来たりするだろ。
 それが生物としては最弱レベルで、発達したのは家族をいとおしむ情ばかりって、歪んでるとしか言い様がねーよ」
「つまり赤ちゃんは惨たらしく死んで親を泣かせるために産まれて来るようなもんじゃん。
 はっきり言ってコンセプトが醜すぎ。こんなグロテスクな背景持ってるヤツ可愛いなんて思うわけないよ」
「ひひ、ひどいごどいわないでね!!ぜんぶおおうそだよ!!にんげんさんはうぞづきだね!!
 みんなゆっくりするためにうまれてくるんだよ!!あかちゃんはゆっぐりじで・・・ゆっぐりっ・・・・」

まりさは嗚咽に言葉を詰まらせるが、そんなことに興味が無い人間達は容赦なく追い打ちの言葉を浴びせる。

「だから、その気持ち自体が打ち砕かれるためにあるんだってーの!!」
「お前らがいくらゆっくりしたがっても、お前らの世界は絶対にゆっくりさせてくれない。
 だって明らかに世界に適応してないもん。動物っぽいリアリティを持ちながら、まるで理に適ってないじゃん。
 ゆっくり出来なくなるためにカスタマイズされたお前らをゆっくりと認める奴は誰もいないよ」
「ゆぐ・・・ゆあ・・・・ゆあぁぁぁ・・・・・」

赤ちゃんれいむがその小さな身体を預け、いつかは自分もと憧れた、まりさの大きな大きなほっぺた。
その頬に涙が幾筋も伝い、次々に冷えて乾いていく様を、赤れいむは呆然と眺めていた。
まりさは混乱していた。何故なのだろう。何故こんな訳の解らないやり取りで、自分の心は追い詰められているのだろう。
でも言われてみれば、確かに不公平なのだ。この世界はゆっくりにだけ優しくない気がしてくる。
どうして自分は、今までゆっくり達がずっとゆっくりできると信じて生きて来れたのだろうか。
まりさの餡子がフル回転し、その疑問に対する一つの答えを引っ張り出してきた。
それは、紛れも無い今の現実だ。
ゆっくり達が家族を成し、群れを成し、色んな辛いことや悲しいことに巻き込まれながらも、日々を一生懸命暮らしている。
自分は毎日それを眺めて、その中に身を置いて、『ゆっくり』というものをたくさんたくさん実感してきた。
これこそが『ゆっくりがゆっくり生きられる可能性』の、何よりの証拠ではないか。
この正解こそは反撃の剣だ。人間達の妄言をばっさりと切って捨てることが出来る、まりさの正義だ。
顔をぶるぶると左右に振り、白玉の目から溢れ続ける涙を払うと、まりさは唇に忍ばせた反撃の刃を、人間さん達に向けた。

「ゆっ・・・・にっ・・・にんげんざんだぢはおばがだね!!
 ばりざだちはいまもいきてるよ!でいぶもありずもばちゅりーも、たぐさんのゆっくりが、い、いっじょにゆっぐりじてるよ!!
 あがぢゃんがゆっぐりでぎるから、むれがうばれるんだよ!!ぞしたらまたあがぢゃんがうばれで、むれがでぎるよ!!
 ごれでわがっだでしょ!!ばりざだぢはゆっぐりでぎるゆっくりなんだがらね!!!」

まりさのご高説に、後ろで聞いていた赤れいむは感動の涙を流し、
人間さん達は耳の穴をかっぽじりながら無表情という表情を浮かべた。

「ふーん。なるほどねー」
「ゆっくりりがいでぎた!?そしたらまりざとあがちゃんにあやまっ・・・」
「じゃ、最初のゆっくりはどこで生まれたんだよ」
「ゆっ?」

何を今更、下らない質問をしているんだろう。まりさの言葉が鋭すぎて頭がおかしくなったのかな?
勿論最初のゆっくりも、お母さんから生まれてきたに決まっている。みんな最初は赤ちゃんだったのだ。
……あれ? じゃあそのお母さんは、一体どうやって生まれたんだろう。そのお母さんは? そのまたお母さんは?
どこまで行っても最初に辿り着けない。
ゆっくりは動く饅頭であるから、自然界の進化の中でどこかから分岐してくるわけもない。
無論そのような理屈めいたことまで、まりさの知識も思考も及ぶはずはなかったが。

「・・・ゆ?ゆゆゆ?ゆゆゆゆ!?」
「ゆゆゆじゃねーよ汚物が。可愛いつもりかその鳴き声」
「これで解ったよね、まりさ? 今生きてるゆっくりの出自なんか誰も興味無いから。
 最初のゆっくりは、どっかから適当に沸いて来たんだよ。これ以上の設定は無いの。
 お前ら『繁殖力が強い』だけで誤魔化せないぐらい弱いじゃん。絶対先細りになるに決まってる。
 だから絶滅しかかると、またどっかから忽然と沸いて来るの。この繰り返し」
「まったくいい加減というか、ゆっくりの不思議さを逆手にとって卑怯だよな、リアリズムを突き詰められないからって」
「ま、ちょっとでも自然界で生き延びられる力を与えちゃうと、ゆっくりされちゃうからでしょ?
 虐キチはそういうの絶対許さないからねー、ほんと陰湿っていうかキモイ」
「ゆ・・・・・?・・・・ゆ?・・・・・・?」
「だからね、ゆっくりが勝手に生えてくる限りは、お前らがゆっくりできる必然性は何も無いってことだよ。虐厨にとっては」

ゆっくりはかってにはえてくる。
そういえば、数も数えられないし、見た目もみんな仲良くそっくりだからあまりはっきりとは解らないけど、
時々、見かけないゆっくりが群れのお友達に混ざっていることがあるような……。
しかしそんな時でも、まりさはお友達が増えたと素直に喜んでいた。
それは大抵、いつものお友達が減っていって、寂しくなって来た時に現れるからだ。
番のれいむも、ある日突然森の中で見かけ、まりさが一目惚れしたのが結婚するきっかけだった。
人間さん達は彼女達が、勝手に惨たらしく死んでいくゆっくり達の補充に過ぎないのだという。
出会いを歓び、ゆっくりを共にした伴侶や友達が、実は自分達がゆっくり出来なくなるための装置だという。
そして彼女達もまた、惨たらしく死んでいくために発生するのだという。

「そ・・・ぞんなのうぞだよ・・・だっで・・・だってね・・・・」
「嘘も何も、単なる帰納じゃねーか。解りきった見たまんまを言っただけだよ」
「結論を出せもしない設定論議には躍起になるくせに、そういう現実からは目を背けるんだよね。だらしないね」
「やべで・・・やべでね・・・・やべでね・・・・・まっ・・・まりざをなかせないでね・・・・・・
 あかちゃんが・・・・あがぢゃんがみでるんだよぉぉ・・・・!」

度重なるゆっくりの否定を受け、まりさの精神はもう限界に来ていた。
冷たく突き放すような喋り方を、今までまりさは受けたことが無かった。
ゆっくり同士はとても馴れ馴れしく図々しく、よく言えば親しみを込めて話すことがほとんどだからだ。
そんなまりさがここまでの緊張に耐えられたのも、ひとえに「まりさはおかあさんだよ」という信念に支えられてのこと。
しかしその小豆のように固い信念も、既に打ち砕かれる寸前だ。
それも、自分が守ると誓った赤ちゃんの目の前で。
このまま見っとも無く泣き出してしまう所を赤ちゃんに見られてしまえば、きっと自分は立ち直れなくなる。
だからあふれ出す悲しみと闘いながら、顔中を引き攣らせながらも懇願する。
もう自分達をいじめないようにと。赤ちゃんや自分をゆっくりさせてほしいのだと。
だが人間さん達は取り合わず、心底嫌そうな表情でまりさを見下す。

「うわ、また泣きそうになってるし。しかも必死に堪えてるのがまたキモイ」
「泣くにしたって、バーっと泣き喚いてケロリとするのがゆっくりでしょ。例えて言うならエシディシみたいな?
 こういう葛藤とか情とかで思い詰めてるのはさすがに勘弁。人間の出来損ないじゃん」
「そうそう、全くゆっくりしてないよね。人間になれなかったからゆっくりです、みたいな。
 害悪としか言い様がないな、こんなの」
「ゆぐ・・・・ゆぐうぅぅぅぅぅぅ!!ゆぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

もうだめだ。まりさは人間さん達に泣かされてしまうんだ。
わんわん泣き喚くまりさを見て、きっと赤ちゃんはがっかりするだろう。ゆっくりできないお母さんだと嫌いになるだろう。
そしてまりさが言い負かされてしまったら、赤ちゃんは生まれてきたこと自体が嫌になってしまうかも知れない。
そんなのいやだ。まりさは赤ちゃんに嫌われたくない。赤ちゃんをずっとゆっくりさせてあげたい。
しかし、そうした恐れの感情はより大きな悲しみを呼ぶだけだ。まりさの涙腺は既に決壊しかかっていた。
もう堪えきれない。まりさの絶望が最高潮に達しようとしたその時。
まりさはその頬に、とても軽く、とても小さな、しかし確固とした暖かみを感じた。

「おかーしゃん、ゆっくいしていっちぇね?」
「ゆっ・・・・・?」

横を向いたまりさが見たのは、両目いっぱいに涙を浮かべ、微かに全身を震わせながら、
しかし一生懸命自分に頬をすり寄せてくる、自分の愛娘の姿だった。

「ゆっくいしちぇね、おかーしゃん!ゆっくいできないことはいっぱいあゆよ!
 でもれいみゅは、れいみゅはおかーしゃんといりゅだけでしゅっごーーくゆっくいできゆんだよ!!
 だからおかーしゃんはれいみゅがゆっくいさせちぇあげりゅからね!!なかにゃいでね!!」
「ゆあ・・・あかちゃん・・・ばりざのあがぢゃあああああああん・・・・・・・」

まりさと赤れいむの涙が混じりあい、すりすりをする中で互いの表皮がベタベタになっていく。
そのペタペタとくっつく感触すら、まりさには愛おしかった。
何故、最後まで信じられなかったのだろう。
自分の子が奇跡の子だということを。世界で一番ゆっくりできる赤ちゃんだということを。
人間さん達が何を言おうと、それはただの机上の話。まりさにとって見えない恐怖でしかない。
今、自分とすりすりしている赤ちゃんの体重、体温、心のぬくもりこそが現実だ。
その絶対の現実は、想像の暗闇に沈もうとしていたまりさの心を、しっかりと支えてくれたのだ。

(そうだよ!!あかちゃんがいればゆっくりできるんだよ!!
 あかちゃんはかわいいよ!!いつかつらいめにあうかもしれないけど、あかちゃんはすごくゆっくりできるよ!!
 まりさはいますごくしあわせなんだよ!!だからなんにもこわくないよ!!!)

まりさは世界中の全てに向けて、大声でそう主張したかった。
しかし感極まったまりさの口は上手く回らず、うぅ、とか、うぁぁ、という呻き声にしかならなかった。
涙で滲む視界をぎゅっと閉じ、すりすりに応える儚く柔らかな感触に全神経を集中する。
まりさは一人じゃない。まりさには家族がいるんだ。ゆっくり出来なくなっても、お互いに助け合える。だから何も怖くない。
しかしその家族の感触は、数秒後に失われた。



後編へと続く

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最終更新:2009年01月31日 16:42
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