※虐待というよりかは虐殺。
※東方キャラ登場。がんばったつもりだけど、やっぱりメイド長だけはキャラ崩壊。
※特定の
ゆっくりが優遇(?)されてます。
※いかにもゲスなゲスは出てきません。
※でも、たくさん死にます。
※東方キャラによる虐待は薄め、メインはゆっくり同士の殺し合い。
※こっちか投棄場か、悩んだけど、こっちへ。
※見ての通り、長いです。
「ゆぅぅぅぅ!」
まりさは、渾身の力で飛んだ。
捨て身の体当たり、それで自分の体がぺしゃりと潰れてもいい全力の一撃。
それで、そいつを倒せるなんて思っていなかった。できれば逃げてしまいたかった。
でも、おかーさんを助けるために、まりさは飛んだ。彼女は、元々れいむ種などよりも身体能力に優れているまりさ種の中でも特に秀でた個体だったが、相手が悪過ぎた。もしかしたらこの一撃で、などと微かな希望を抱くこともできなかった。
れみりゃ――。
ゆっくりの中でも、捕食種と呼ばれるそれは、れいむ種、まりさ種などの通常種など問題にしない能力を持っている。動きは鈍いが、それはまりさ種などもそうだったし、力となると全く相手にならない。
しかも目指すれみりゃは胴付きだ。小回りが効かぬため、入り組んだ場所に逃げ込めばむしろ胴無し種よりも容易な相手だが、手近なところにそのような場所は無いし、その手に握られたおかーさんを見捨てるわけにはいかなかった。
草原で思い思いに過ごす家族たち。
疲れた子供は寝転がって日向ぼっこ。
お腹が空いた子供は草を食む。赤ちゃんも食べたいといえば、咀嚼した草を吐き出して与えている。
おっかけっこに興じる子供たちもいる。
「ゆゆぅ、みんなとってもゆっくりしているね!」
母まりさが感無量といった感じで言った。
「ゆぅ、大きい子もちいちゃい子たちの面倒をよく見ているよ。とってもゆっくりしているね!」
それに答えたのは、母の横にいて妹たちを見守っている長女まりさ。
家族構成は、バレーボールサイズの母まりさに、それとほぼ変わらぬ大きさの長女まりさ、そしてテニスボールサイズの子まりさ四匹、子れいむ三匹。ピンポン玉サイズの赤ちゃんまりさが五、赤れいむが五、計十九匹のなかなかの大家族であった。
長女まりさだけが子供の中で大きいのは、彼女が両親の初めての子供であり、他の姉妹は既に死んでしまっているからだ。
おとーさんのれいむは、赤ちゃんたちが生まれてすぐにれみりゃに食べられて死んでしまった。一人立ちしていてもいい大きさの長女が家を出ないのはそのせいだ。
――それでも、そろそろゆっくり一人立ちする時かもしれないよ。
すぐ下の妹たちが一番下の妹たちの面倒をよく見ている。そろそろその時期かもしれない。今は夏、秋を経て冬を越したらそうしようと長女まりさは考えていた。
それでも、すぐに完全に離れるわけではない。始めは今のおうちの近くにおうちを作り、いざとなれば助け合えるようにしようと思っていた。
そんな幸せでゆっくりな風景がそよ風に草揺れる草原で展開されていたのが僅か一分前である。
「れみりゃ、だぁぁぁ!」
その一声で、その場にあったゆっくりなど吹き飛んだ。恐ろしい捕食者、狩りの得意だったおとーさんれいむをむしゃむしゃと食べてしまったあのれみりゃが現れたのだ。
「ゆっゆっ、ゆ゛びぃぃぃ!」
「だじゅけでえええ!」
「ごっぢこに゛ゃいでええええ!」
と叫びながら、しょわぁぁぁぁ、としーしー垂れ流しながらも必死に逃げるすぐ下の姉妹たちはまだマシで一番下の姉妹たちなどは震えて動けなくなっている。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛」
「ゆ゛っ゛ぐぢ」
辛うじて声にもなっていないような声が口から漏れるだけだ。
失敗した。自分が離れすぎた、と長女まりさは思った。まだ赤ちゃんには固めの草を噛んで柔らかくすることや、おっかけっこで転んですりむいてしまった赤ちゃんの傷をぺーろぺーろするぐらいならば姉たちで十分にできたが、れみりゃの襲来に対しては、大きめの姉妹も小さい姉妹も等しく無力であった。
しかし、果たして自分がそばにいてもどうにかなったであろうか。れみりゃに対して無力なのは、長女まりさとて同様ではないか。
「ゆゆっ!」
長女まりさが硬直している間に、母まりさが脇目もふらずに赤ちゃんたちの元へ向かった。
「……ゆっ!」
慌てて長女まりさも後を追う。
「や、やめちぇね、むーしゃむーしゃしないでね!」
「ゆ゛あああん!」
赤ゆっくりたちはれみりゃへの無駄とわかっている懇願と悲鳴の大合唱だ。
「ゆーっ! まりさの赤ちゃんたちに手を出さないでね!」
一番手近なところにいた赤れいむに手を伸ばそうとしたれみりゃの前に、横から母まりさが立ちふさがった。おきゃーしゃんの登場に、赤ゆっくりたちは涙と涎をだばだばと流しながらその後ろに隠れる。。
「うー、ちいさいあまあまを食べようとしたら大きいあまあまが来たんだどー、いただきますだどー」
むしろそれにれみりゃは喜色を浮かべて、むんずと母まりさを掴んだ。指が母まりさの頭皮に食い込む。
「ゆぎぎぎぎ、赤ぢゃんだち、今のうぢにゆ゛っぐりじないで逃げでね!」
「あまあまだどぉー」
一足遅れて長女まりさが到着した時には、れみりゃは今にも母まりさにかぶりつこうとしていた。
「ゆぅぅぅぅ!」
まりさは渾身の力で飛んだ。
母まりさを助けたいという一心だった。
「うあ゛あああ」
その体当たりに、さすがにれみりゃがよろけて倒れ、母まりさを離した。
思っていた以上の戦果といえた。長女まりさは自分の渾身の体当たりですら、れみりゃはビクともしないだろうと思っていたのだ。
「ゆっ! ゆっ!」
続けて倒れたれみりゃに連続で体当たりを見舞っていく。今のうちにみんな逃げて、と思いながら。
「ゆっ! ゆっ!」
頭から餡子を少しはみ出させた母まりさもそれに加わった。
「い゛だいー、やめるんだどぉー」
れみりゃは泣き叫んでいる。そうなると、まりさたちは一層激しくぶつかっていった。
「おかーさんとおねーさんを助けるよ! 赤ちゃんたちは逃げてね!」
遠くに逃げていたはずの妹たちまで戻ってきてれみりゃ攻撃に加わったのに、母も長女もびっくりした。逃げて逃げて、といいたくとも、そのために少しでも体当たりの力が弱まったらその隙にれみりゃが復活して、子供たちがやられてしまうのでは、という強迫観念に支配されていて、体当たり以外にはあらゆる力を使えないのだ。
「ざぐやー! ごーまがんのあるじのびんちだどぉー! ざーぐやぁー」
叫ぶれみりゃへ決死の体当たりは続く、
「ゆゆーっ!」
長女まりさはれみりゃがいつまでも反撃して来ないので、思い切って噛み付き攻撃を仕掛けた。ぽよんぽよんと跳ね回る体当たりと違って噛み付きは強力だが、こちらの動きも止まってしまう危険な攻撃だ。
実際のところ、れみりゃが「さくや」なる言葉を吐き始めたら、これは相当に弱っているということなのだが、そんなことは知らない。そして、知らないのが良かった。少しも気を抜くことなく、みんな全力で攻撃している。
「むーしゃむーしゃ!」
長女まりさは、口の中に広がる肉汁の味に、思わず攻撃というよりも食事というべき声を出した。それを見て聞いた他のみんなも体当たりから噛み付きに切り替える。
「むーしゃむーしゃ! じねぇぇぇ!」
「にぐじるぶちまけてじねぇぇぇ!」
一つ一つは大したことのない傷でも、母と長女と七匹の姉妹たちに絶えず噛み千切られるのだから体の損傷は馬鹿にならない。
「いや、うめえ、これめっちゃうめえ」
「うめえ、マジパネェ、れみりゃイケる!」
そして、その台詞も段々、ただ単に食事している時と変わらなくなってきた。
「ざーぐーやー、だーずーげーでー」
れみりゃはこの期に及んでも反撃しない。というよりも、十分に反撃が可能な状態の時に泣くばかりで攻撃されていたために、もはや反撃ができないぐらいに体がボロボロになっていた。
「ゆゆっ! れみりゃが動かなくなったよ!」
長女まりさがそういった時には、れみりゃは既に事切れていた。
「ゆゆゆゆゆぅぅぅぅぅぅ!」
家族全員、大きく息を吐いてべしゃりと潰れるようにへたり込んだ。
「つ、疲れだよ゛~」
母まりさの言葉が全員の気持ちを代弁していた。無我夢中で限界を超えて動いていたのが、気が抜けた途端に意識が披露を認識して、どっと疲れてしまったのだ。
「もう動けないよー!」
と、言いながら、みな弾けるような笑顔だ。それもそのはず――。
「勝った! れみりゃに勝ったよ! 勝ったよ! 勝っだよー!」
母まりさは歓喜の声を上げる。それには、生き延びたという喜び以上の熱がこもっていた。
「でいぶぅぅぅ! 勝っだよ! れ゛みりゃにがっだんだよぉぉぉぉ!」
今は亡き伴侶の仇を討った。無論、れいむを殺したのは別の個体だが、同じれみりゃだ。見事仇討ちを果たしたと思いたいのも無理は無い。
子供たちもみんな、おとーさんのかたきをとったよ! と喜び転げ回っていたが、もしこの一連の光景を見ていたゆっくりにある程度詳しい者がいたら、こういって水を差したかもしれない。
「なんて弱いれみりゃだ」
と。
「むーちゃむーちゃ、ちあわちぇー」
「赤ちゃんたち、もうお腹一杯になったね! それじゃ暗くならないうちにおうちに帰るよ!」
れみりゃの残骸をついばんでいた赤ちゃんたちに母まりさが声をかける。
「ゆっきゅりおうちにきゃえるよ!」
「ゆっゆっ、ちょっと急がないと暗くなっちゃうから急いでね! ゆっくりはおうちに帰ってからするよ!」
一家がちょっとゆっくりしない速さで帰宅しようとしたその時、
「あ、あれじゃないかしら。ねえ、ちょっとみんな来て!」
上空からそんな声がしたかと思うと、すいーと空から妖精たちが合わせて三人、れみりゃの死体の傍らに着地した。
「うわちゃー、死んでるね、これ」
「うん、確かに赤バッチがあるわ」
「ああ、メイド長の激怒ぶりが目に浮かぶ……」
その妖精たちはメイド服を着ていた。この幻想郷でそんな格好をしている妖精といえば、泣く子も黙る悪魔の館、紅魔館のメイドたちである。
「あ、ゆっくり、まりさとれいむみたい」
「ねえ、ちょっと話を……なんか威嚇されてる?」
ぷくー、と顔を膨らましたゆっくり一家を見て、メイドの一人が困った顔をする。
その困惑顔を向けられたメイドは、ゆっくりの扱いを知っていた。
「ゆっくりしていってね!」
と、声をかけ、
「「「ゆっくりしていってね!」」」
と、元気に返事をされると、すぐに自分たちはゆっくりできる妖精だと伝え、ちょっと話を聞かせて欲しい、といった。
「ゆゆっ、暗くならないうちにおうちに帰らないといけないからゆっくりしないではやく話してね!」
「はいはい」
母まりさににこやかに答えると、メイドはれみりゃの残骸を指差した。
「あそこのれみりゃがなんで死んでるのか知らない?」
「ゆゆっ、それはまりさたちが……」
と、そこまで言って、もしやこの妖精たちはれみりゃの仲間ではないのか、と思った母まりさは口を噤んだ。長女まりさもそれを察して沈黙する。
「そのばかなれみりゃは、おかーさんとおねーさんとわたしたちがやっつけたんだよ!」
「そうだよ、わるいのは赤ちゃんを食べようとしたれみりゃだよ!」
「まりさたち、強いんだよ! れみりゃに勝ったんだからね」
しかし、妹たちはそこまで察することはできずに口々にそういって、ぷくーと膨らんでメイドたちを威嚇する。
「ええ、ウソでしょ!」
思わずメイドはいっていた。いくらなんでも、成体まりさが二匹だけで、あとは子供のゆっくり一家にやられるれみりゃはいないだろう、と思ったのだ。
「ウソじゃないよ!」
「まりさたちはウソつかないよ!」
「そうだよ! おかーしゃんもおねーしゃんも、強いんちゃからね!」
途端に、一家が激昂する。れみりゃを倒して仇討ちを果たしたと思っている母まりさと長女まりさも、頭からウソと決め付けるメイドの発言に、後先考えずに怒鳴り散らした。
「ああ、はいはい、ごめんごめん」
メイドがあっさり謝ったので、一家は「わかればいいんだよ、ゆふん」と胸……というか顎の下を張っている。
「……これを上げるわ」
それまで黙っていたメイドが母まりさに向けて手を差し出した。その掌の上には、赤いバッチがあった。れみりゃの帽子についていたものだ。
「ゆっ、それはれみりゃのお帽子についてた赤いのだね」
母まりさもそれに気付いた。
「あのれみりゃはチャンピオンだったのよ」
「ゆゆ? ちゃんぴおん?」
「すっごく強いことをみんなに認められたってことよ」
「ゆゆっ! まりさたちの方が強いよ!」
「うん、だから王者交代、この赤いのをこれからはあなたのお帽子に着けるの。れみりゃに勝ったという証よ」
「ゆぅ、それなら貰うよ!」
「じゃ、つけて上げる。あなたたちの口じゃつけられないだろうから」
メイドは母まりさの横にしゃがみこみ、黒い三角帽子にその赤バッチを取り付けた。
「うん、似合ってるわよ。新チャンピオン!」
ぐっ、と親指を立てるメイド。
「ゆゆぅ、なんか照れるよ……」
「すごーい、おかーさんすごーい!」
「しゅごーい、おきゃーしゃんしゅごーい!」
子供たちも囃し立てるものだからますます母まりさは照れてクネクネと体をよじる。人によってはそれだけで殺害理由になりかねない。
「でも、おかーさんが代表して赤いの貰ったけど、みんなもれみりゃをやっつけたちゃんぴおんなんだからね」
「ゆゆっ! まりさたちもちゃんぴおん!」
「ゆゆっ! れいむたちもちゃんぴおん!」
いい感じに出来上がっとるなあ、と思いつつ、メイドたちはふわりと宙に浮いた。
「それじゃあね、チャンピオン!」
「妖精さんたちありがとー」
「ありがちょー!」
「ゆゆっ、それじゃ急いでおうちに帰るよ! おうちに帰ってゆっくりしようね!」
「「「ゆっくりしようね!!!」」」
時折、ちゃんぴおん♪ ちゃんぴおん♪ と叫びつつ、ぽよんぽよんと跳ねて行くゆっくり一家を見送ってから妖精メイドのうち二人が紅魔館の方へと飛んでいった。その内一人の手には、れみりゃの帽子がある。
残った一人は、ゆっくり一家が去っていった方角へとゆっっっくりと向かった。
「……そう」
れみりゃが死んだ。ゆっくりまりさとれいむの一家に殺された。
そう告げて、れみりゃの帽子をテーブルに置いた。
「赤バッチをその一家の親まりさの帽子につけてあります」
「一人、残って一家を見張らせています」
「いい処置だわ」
れみりゃの帽子を優しく撫でながら、紅魔館のメイド長十六夜咲夜は、全く笑っていない笑みをメイドたちに向けた。そのうそ臭い笑みの向こうにあるものが自分たちに向けられていないことがわかっても背筋を悪寒が縦断せざるを得ない。
ああ、あの時のじゃんけんに勝っていれば……。
と、二人は悔やんだ。先ほど、残ってゆっくり一家を見張る役目をかけたじゃんけんで二人は見事に負けてしまったのだ。一見、さっさと館に戻るよりも、ずっとゆっくり一家を見張っている方が厭わしげに思えるが、れみりゃの死を報告すればメイド長がこうなることは目に見えていたので、むしろ残って見張りが一番マシな役目なのだ。
先ほどメイドがゆっくりたちにいった「赤バッチはチャンピオンの証」というのはもちろん嘘である。あれはあのれみりゃが紅魔館で飼われている――館の周辺や庭に住み着いて時々、メイドに餌を貰っているのではなく――正真正銘、十六夜咲夜に飼われているものであることの証であった。
飼いゆっくりのつけるバッチで最上のものは金バッチであるが、この赤バッチはそれよりも遙かに恐るべき存在であった。例え金バッチであろうとも、いやむしろ金バッチをつけているゆっくりほど虐待しがいがあるんだぜ、ヒャッハー! という人間の法できっちり裁かれるということがわかっていながらやってしまう筋金入りの虐待派でも、この赤バッチには手を出さない。
「出かけるわ」
「はい」
咲夜が立ち上がった。既に行くべき場所はわかっている。あの赤バッチには少々の魔法処置が施してあって、いわば外の世界でいう発信機のように場所を特定することができるのだ。
メイドが一人見張っているので、到着前に死んでしまっていることはないだろう。そう、残ったメイドは、いと死に易い生物であるゆっくりたちが、咲夜が行く前に外敵に殺されたりしないように見張っているのだ。
やはり、自分で手を下すか、とメイドたちは自分たちの判断の正しさにほっとした。実のところ、すぐにあのゆっくり一家を殺してしまおうかとも思ったのだが、きっと咲夜が自らの手で殺したがるだろうと思い直して赤バッチを取り付けて逃がしてやったのだ。
「おはよう」
しかし、廊下を歩いていると前方からやってきたのはレミリアであった。
レミリア・スカーレット。この紅魔館の主であり、この幻想郷の人間妖怪妖精神様その他全て含めてもトップクラスの力の持ち主である。見た目はロリっちいが、これでも五百年は生きている吸血鬼だ。
陽が落ちるこの時刻は、丁度彼女の起床時間である。
「早速紅茶を入れてちょうだい」
居間へ向かうレミリアが、咲夜を見た。感じたのは少しの違和感。
――何を苛立っているのかしら?
一見、平静そのものの咲夜だが、なにやら心穏やかでないことは一目ではわからずとも、少し見ればわかった。
何かあった、と確信したのは、後ろのメイドたちを見てからである。こちらは必死に装うとしているが、全く成功していない。
「何があったのか話なさい」
レミリアは、メイドではなく殊更咲夜に言った。言外に、咲夜の口から全て話せ、と圧力をかけている。
ちら、とレミリアの視線がメイドに移ったところで咲夜は降参した。メイドたちがレミリアの強圧を受けて沈黙を通せるはずがない。それに、そもそもレミリアに感付かれてしまった時点で、隠し切れるはずがないと諦めてもいた。
まずは何よりもお茶よ。
との、主の命令に従って話をする前に紅茶が淹れられる。この状況でもいつもと変わらぬ絶妙のお茶を淹れる従者にいささかの満足を覚えつつ、レミリアは話を促した。
「ふーん」
話を聞き終えて、あからさまに、どうでもよさげにレミリアは呟いた。もっと面白い話かと思っていたと、続けて吐いた溜息に表れていた。
「ちゃんと掃除しときなさい」
そんなことする暇があるなら、という前段の言葉を省いてレミリアは言った。
色々と言いたいことはあるのだろうが、レミリアにそう言われては反論もできない。
「大体、あの肉まん、捕食種とかいうんじゃないの」
自分に似た格好で名前の響きまで似ているあの愚鈍な生物をそう呼ぶ気になれず、レミリアはいつもれみりゃのことを「あの肉まん」と呼ぶ。
「普通の巫女やら魔法使いに似たゆっくりよりも強いんじゃないの? なんでやられてんのよ」
少しそれが不満である。存在自体が不快なのに、それよりも弱いとされている連中にやられるとはどういうつもりなのか。
「あなたが甘やかし過ぎたからじゃないの」
部屋を出ようとしている咲夜の背中にそういってやると、明らかに動揺が感じられた。咲夜もそれに思い当たらないではいられなかったのだろう。実際、あのれみりゃが本気で戦えばまず負けることのないゆっくり一家にやられてしまったのは、痛みに弱かったからである。咲夜の庇護を受けていたのと、多少の強運もあり、ほとんど痛みらしい痛みを感じずに育ってしまったあのれみりゃは、少々の痛みにも取り乱し、反撃をすることを思うことすらできずにやられてしまったのだ。
紅茶を飲んでいると、どたどたと瀟洒とは言いがたい足音を立てながら咲夜がやってきた。
「何かあったの?」
あの咲夜がそんなことをするものだから、レミリアはけっこう真剣に何か重大な出来事が起こったのかと思ったのである。
「あのれみりゃの子供です!」
ずい、と目の前に差し出されたのは、ちっこいれみりゃだ。
「紅茶に肉まんは合わないわよ」
なんかもう、心底どうでもいいと思ったレミリアは適当にそういったが、咲夜は真剣な面持ちである。
「今日は早めに休みなさいな」
と、到底理解はできない理由ながら、意気消沈しているであろう従者を気遣ったレミリアだが、咲夜は下がらない。
「この子に親の仇討ちをさせます!」
「……ふーん」
「このままでは紅魔館の名折れです」
「別にそんな程度で折れるような名前じゃないけど、要するにそいつを飼いたいんでしょう。やることやって自分で面倒見るのよ」
「ははっ! ありがたき幸せ!」
やっぱりなんか咲夜はおかしくなっているな、と思ったレミリアは、退出する咲夜の背中へもう一度声をかけたのだった。
「本当に、今日は早めにお休みなさいな」
「……で、何してるのかしら、これは」
あの夜から、けっこうな時間が経った。無論、レミリアにとっては大した時間ではないが。
「うー、うー、うー」
「はい、あと十回、がんばれー」
「わんもあせっ!」
れみりゃが前に倒れて腕を屈伸させていた。いわゆる腕立て伏せだが、レミリアはいまいちそれがわからない。人間が体を鍛える方法など、自らが全く必要としないため興味がなかったからだ。
「特訓です!」
咲夜が、凄く目をキラキラさせて答えた。
「うー、うー、う゛ー」
「ほら、あと三回! まぁまの仇とるんでしょう!」
「今日は週に一度のプリンの日だよー、そらがんばれー」
苦しそうなれみりゃを、二人の妖精メイドが励ましている。
「……あれ、こないだの小さいの?」
「はい!」
だから、なんなのだ、そのキラキラした目は。
「うー、づかれだんだどぉー」
「はい、よくやったわね。プリンだよー」
「うー、うー、ぷっでぃーん。特訓の後のぷっでぃーんはさいこーだどー」
腕が疲れて動かないれみりゃの口に、メイドがスプーンでプリンを運んでやると、れみりゃは喜色満面、おいしそうに口を動かす。
「ふーん、頑張ってるようね」
何気なくいったレミリアの言葉に、
「そうなんです! ここまで来るには大変でした!」
凄い勢いで咲夜が食いついてきたので、何も言わないで黙っているのが正解だったとレミリアは後悔した。
あまりにも嬉しそうに言うので聞いてやった咲夜の話によると、あの晩から、既に特訓は始まっていたらしい。
「いい? あなたはお母さんの仇をとるのよ」
と、言い聞かせたが、当然そんなこと言っても赤ん坊なので聞きゃしない。そこで死なない程度にぼてくり回して、無理矢理、了解させた。
「う゛ー、れみりゃはまぁまのかたきをうつんだどー、そのためにいっしょーをささげるんだどぉー」
と、咲夜の提示された言葉を何十回となく復唱させた。
それからは、食事の前にそれを百回復唱しなければ食事をさせなかった。少しでも嫌がれば殴り蹴り押し潰し、死ぬ寸前まで痛めつけた。
それを続けていると、れみりゃも文句をいわなくなった。
「泣きながら殴った私の気持ちをわかってくれたんですよ」
と、咲夜は言うのだが、レミリアはコメントを控えた。
体が少し成長してくると、本格的な特訓が始まった。普段は餡子(もちろん、その辺のゆっくりを捕まえて潰したもの)を与え、週に一度だけ頑張ったご褒美として最上級のプリンを食べさせた。
もはや、そのプリンだけが人生ならぬゆっくり生における唯一の楽しみなのか、どんなにだらけてきても「今週のプリンを無しにするわよ!」と言うと、最後の力を振り絞った。
「ほら、見てください。あの自信に満ちた表情を」
ゆっくり生に疲れきった囚人みたいな顔にしか見えないが、咲夜にとってはそう見えるらしい。
「まあ、頑張りなさい……やることやった上でね」
寛大にそう告げてレミリアは去っていった。
またまた少し時間が経った。
「門番、何してるのよ」
紅魔館の中庭に紅美鈴がいるのを見て、レミリアは声をかけた。正直に言って、あまり門番として頼りになるとは思っていないのだが、それでも妖精程度なら通さないし、彼女がやられることで侵入者であることを知ることができるので、持ち場を離れられると本格的に役に立たないのである。
「これはお嬢様。咲夜さんにちょっと特訓を頼まれまして、門はメイド部隊に任せてあります」
「ふーん」
一応、その辺のシフトの組み換えは咲夜に一任してしまっているので越権行為とも言えず、レミリアは気の無い返事をした。
「あ、来ました」
咲夜が「あの肉まん」を連れてやってきた。もう、死んだ母親と同じぐらいの大きさにまで成長している。
「あら」
と、思わず隣の美鈴にも聞こえぬほどの小声でレミリアは呟いた。
れみりゃの顔が、何やら引き締まって見えたのだ。これまでれみりゃといえば脳天気に頭の悪そうな笑顔ばかりという印象だったのだが、何やら渋面というか、何も楽しいことはないというような顔をしていた。
それはこの前もそうだったといえばそうだったのだが、以前よりも諦めというか達観というか、自分のゆっくり生は、もうこれで行くしかないのだ、とでも言うような……。
「お嬢様もいらっしゃっていたのですね」
で、こいつは相変わらずキラキラした目である。
美鈴と相対すると、れみりゃの顔が強張った。
「じゃ、私と同じように」
「は、はいだどー!」
声にも緊張感がある。
「はい!」
美鈴の四肢が緩やかに動く。彼女は拳法を一通り心得ている。この幻想郷において大きな力を持つ者同士が決着をつけるスペルカードによる弾幕バトルではそれほどではないが、純粋な肉弾戦となったら紅美鈴は相当に強いと言われている。
「うー」
れみりゃもそれを真似て手足を動かす。
「そこぉ!」
突如、美鈴の足がしなってれみりゃの右腿を叩いた。
「う゛あ゛ー」
れみりゃの悲鳴など聞こえぬとばかりに、美鈴は動きを再開する。慌ててれみりゃもそれに続くが、
「何度蹴られりゃわかるんだ! お前はぁ!」
すぐさま美鈴に蹴られる。一発二発と蹴っていたが、とうとう倒れこんでしまい、そこを上から蹴られた。
ちらっ、と美鈴が咲夜を見る。咲夜は表情を少しも変えずにいる。
「おらぁ! 立てコラぁ!」
引きずり起こして無理矢理に立たせて、再開。しかし、既にれみりゃの両足はガクガクだ。すぐに体勢が崩れ、美鈴の怒声と蹴りが飛んでくる。
ちらっ、と美鈴が咲夜を見る。
「美鈴、その辺にしておきなさい」
「はい。おらっ、この肉饅頭! 咲夜さんがもう休んでいいとよ!」
と、また無理矢理立たせた。
「礼!」
手を合わせ、美鈴がれみりゃに向けて頭を下げる。
「あ゛じがどうどだいまじだぁー」
れみりゃが目を潤ませながら、同じように頭を下げた。ありがとうございました、と言っているらしい。
妖精メイドに付き添われて部屋に戻っていくれみりゃを見ながら、美鈴がぽつりと呟いた。
「……大丈夫ですかね? けっこう強く蹴ってしまいましたが」
「大丈夫よ、あの程度なら。壊れたところはすぐ回復するわ」
一連のやり取りで、レミリアには既に察しがついていた。
「美鈴は鬼教官役なのね」
「その通りでございます」
「ちょっとかわいそうですけどねー」
「見た目が私に似ているアレを蹴飛ばしてすっきりしているんじゃないの?」
「…………………………そんなことはありませんよ」
「何よ、その間」
「いえ、冗談、あくまでも冗談ですが、ええ、実はそうなんです、とか言っていいものかどうか悩んだわけです」
「あら面白い。言えばよかったのに、お腹抱えて笑ったわよ」
「私は門番の仕事に戻ります!」
「ええ、励みなさいな」
「ははっ!」
美鈴は凄い勢いで門の方へと戻っていった。
「でも、あの肉まん……」
「はい、なんでしょう」
「もう、けっこう強いんじゃないの。少なくとも、母親の仇のゆっくりに勝てるぐらいには」
美鈴はもちろん相当に手加減した蹴りを打っていたが、それでもそこそこの強さだった。普通のゆっくりだったら即死していただろう。それを何回も喰らいながら、目を潤ませる程度に我慢して泣き叫んだりすることは無かった。
「ええ、そうなんですが、ここまで来たらあの子がどれだけ強くなるのかと思いまして、それと……仇のゆっくりですが、今や群れの長になっておりまして」
「ふーん、その話、退屈しのぎに聞かせて貰おうかしら。お茶を淹れてね」
「はい、お嬢様」
最終更新:2009年06月01日 05:04