れみりゃを殺した
ゆっくり一家の監視は続いていた。あくまでも外敵にころっと殺されないための、であるが、段々と一家の周りに他のゆっくりが集まり出した。
まず、なんといってもれみりゃを倒したという武勇伝がその切欠だった。ちゃんぴおんの証を帽子につけた母まりさは皆の尊敬の視線を集めた。それでも最初はそれを妬んだものから挑戦されたりもしたが、母まりさはゆっくりとしては強い方だった。そうでなくては、さすがに咲夜が甘やかすだけ甘やかした軟弱れみりゃといはいえ倒すことはできなかっただろう。
挑戦者を全て退けて、母まりさはちゃんぴおんの座を防衛。長女まりさもかなり強く――というか、彼女の方が母まりさよりも強かった――この一家は付近のゆっくりたちの間で随分と幅をきかせるようになった。
一家は群れには所属していなかったが、その腕を見込んで近くに生息していた総数三十匹程度の群れが老いた長に代わって長になって欲しいと打診してきたのだ。
悩んだ一家だったが、結局その話を受けることにする。既に一家の周りには十匹ほどのゆっくりがその庇護を受けており、結果群れは六十匹を超えるものになった。
「みんなゆっくりさせるよ!」
長となった母まりさは、長の勤めを果たそうと頑張った。そして、やがて群れの数は膨れ上がり、すぐに百匹を超えた。れみりゃを倒したちゃんぴおんが長をしている群れがあると聞いてやってきた新規参入ゆっくりもいたが、それよりも、その群れでは死ぬゆっくりがほとんどいなかった。事故などで死んでしまうことはあったが、外敵による攻撃で死んだゆっくりはただの一匹もいなかったのである。
れみりゃやふらんといった捕食種はもちろん、野犬の群れすら長の一家によって追い払われた。ますますゆっくりたちの間でその武名は上がり、次々に群れに入ってゆっくりしたいというゆっくりが現れて群れは膨張の一途を辿った。
そうなってくると、心配なのは食料の確保である。
長の補佐役になっていた長女まりさは、ゆっくりの中では知恵の回る方だったので、当然それを心配して、なんとかしようと思っていたが、妙案が浮かばない内にどんどん時間は経ち――なんとかなった。
なんとかなってしまったのである。
「そろそろ食べ物のたくわえが少なくなってきたよ。きょうの狩りはゆっくりしないでがんばろうね! あとでゆっくりするためだからしょうがないよ!」
と、狩りに出かける前に皆を集めて激励すると、まるではかったかのようにその日は大量の食料が見つかるのだ。それも草や花よりも遙かにおいしいお菓子や果物ばかりである。
「ゆゆぅ、これでしばらくゆっくりできるよ!」
「ゆっ! このお菓子は前に食べたことがあるけど、うめっ、めちゃうめっ! ってなるんだぜ」
「ゆゆぅ~、それほんちょ?」
「ほんとうなんだぜ、おちびちゃんたちにも食べさせてやるんだぜ、少し堅いから噛んで柔らかくして……」
「むーちゃむーちゃ、ちあわちぇー」
「おいちぃぃぃぃぃぃ!」
「マジピャネエー」
とってもゆっくりしていて、むーしゃむーしゃして、しあわせーなみんなを見て、自分たちも美味しいお菓子に舌鼓を打ちながら満足そうな長まりさ、長女まりさも同じく嬉しそうだが、何か思いついて、みんなの注意を促した。
「ゆゆっ! これはたぶんみんな人間さんの作った食べ物だよ! 人間さんはゆっくりできないから、これが落ちていた所では注意してね! たぶん人間さんがよく来る所なんだよ!」
その長女まりさの言葉に、既に長と補佐役の二匹のまりさへは絶対の信頼を寄せているゆっくりたちは、なるほどと頷いた。
それからも食料の備蓄が乏しくなって、その場所へ行ってみると、大量のお菓子が落ちていた。長女まりさの指揮の下、人間さんがいないかどうかよく確認して、そろーりそろーり、と注意して運んだ。結局人間さんには会わなかったが、定期的に食料が置いてあるので、やはりここは人間さんがよく来る所なのだ、と確信した長女まりさは絶対に油断しないよう注意を続けた。あまりしつこく言い聞かせると文句の一つも出るものだが、この長女まりさへの信頼は篤く、皆従っていた。
「というわけで、現在群れは二百匹になります」
「……それ、多いの?」
基準がよくわからないレミリアの問いに、咲夜は頷いた。
「近辺では最大の群れです」
「ふぅん」
「で、にっくき仇の一家の長女まりさ、こいつがなかなか切れるらしく」
「あいつら、切れるとか切れないとかあるの?」
それまでとことん興味がなかったレミリアは、饅頭なんて全部同じだろうと思っている。
「種の間や個体間で、けっこうな差があるんですよ」
で、そのゆっくりにしてはとってもゆっくり切れる長女まりさは、身体能力の高いゆっくりを選抜して、何やら軍隊紛いのものまで作っているらしい。ゆっくりみょんに指導されて口にくわえた小枝を振っている数十匹のゆっくりが確認されている。
「さすがにこれを相手にしては返り討ちに遭うかもしれません」
だからもっとれみりゃを鍛えるというのか。
「でも、そんなの数を調整すればいいじゃない。食料を少なくしたり、外敵に襲わせたりして」
レミリアの言う通りであった。数を減らすなどいくらでも可能だ。
備蓄が少なくなってくると大量に見つかるお菓子や果物も、襲ってきた外敵をゆっくりからはさも駆けつけた長まりさたちが追い払ったように見えるように姿を隠して追い払っているのも、全て紅魔館のメイドたちがやっていることなのだから。
「いえ、それは……面白……いえ、勝てそうなんです、もうちょっと鍛えれば」
「ふぅーん」
「それに、その長になっている母親と、補佐役になっている長女は、本当にゆっくりにしてはよく出来た個体らしく、外敵襲来と聞くと真っ先に飛び出して行くんです」
「ふむ、仇が間違って他の奴にやられてしまうかもしれない、と」
「はい」
実際、母まりさも長女まりさも、そしてその妹たちも勇敢だった。彼女らには群れを守る使命があるとの思いと、それよりも何よりも、自分たちはかつてれみりゃと真っ向勝負をして勝ったのだという自信があった。
それは、他のれみりゃ、ふらん、野犬やその他の外敵がほとんどまともに戦うこともなく逃げてしまうことでさらに強められていた。そもそも、あまり容量の無い餡子脳である。長女まりさが例外的に賢いだけで、その長女まりさですら、こうまで外敵が逃げて行くと、自分たちはやはり相当に強いのだ、と思わざるを得ない。
「ええ、本当、もう自分たちに勝てる者などいない、という感じらしいですよ。そこを私のれみりゃがバッタバッタと薙ぎ倒すんです」
「ふぅーん」
まあ、なかなか面白い話だったわね、ちょっとゆっくりに対するイメージが変わったわ。どうせ関わらないけど。と、思いつつレミリアは紅茶を飲んだ。
「それでですね、別に奴らに対抗するわけではないですが、うちのれみりゃにも剣を習わせたいのです」
「……ふぅーん」
勝手にやればいいではないか、やることやった上で。
「これは、お嬢様を通さねばならない話でして、何卒お力添えを」
キラキラを通り越してギラギラしてきたわねこいつの目、と思いながら、レミリアは自分を通さねばならぬ話とやらの詳細を促した。
「お待たせしたわね。……って、どこよ客人は」
「あ、あちらに……」
レミリアと咲夜が門までやってくると、美鈴が一人で突っ立っていた。
その美鈴の指し示す「あちら」を見ると、樹の周りを飛び回って剣を振っている客人がいた。
「ああ、あれが本職だったわね」
「はい、どうしてもあの樹が気になったらしく」
やがて、客人は剣を納めて地面に降り立ち、満足そうに樹を見上げる。
「あ、これは失礼を」
出迎えに来た主を待たせてしまった失態に気付いたらしく、慌てて走ってくる。
「いえ、よい腕を見せてもらったわ」
「光栄です」
「こちらです」
中庭に通された客人は、泣く子は黙らないけどけっこう強い魂魄妖夢である。
「この子ですか」
「うー、おねがいじますどー」
「へえ」
妖夢はそんなに
ゆっくりについて詳しい方ではないが、それでもれみりゃ種が、こんなふうに殊勝に他人に頭を下げる存在ではない、というぐらいの知識はあった。
「それでは」
あらかじめ渡されてた木剣を構える。
「厳しく、とのことなので遠慮なく」
「う゛ー、う゛ー、きびじぐなんだどおー」
「では」
容赦無く、木剣が唸り、れみりゃの体を打ちのめす。だが、泣かない。いや、泣けない、というべきか。既にれみりゃはれみりゃ種という枠を超えた別の何かに作り変えられていたのかもしれない。気丈に自らの木剣を突き出して行く。
「うん、うん」
妖夢は、思っていたよりも鋭い攻撃に感心しつつやはり一片の容赦も無くそれを弾き、反撃に転じた。
「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
おそらく、大人の人間でも痛がる程度には妖夢も力を込めている。たまらずにれみりゃが転げ回る。
「今日はプリンの日だよー!」
付き添いのメイドに励まされて、れみりゃは目をうるうるさせながらも立ち上がった。もはやその一杯のために生きているといっても過言ではない。
「う゛ーっ!」
その突き込みに、今度こそ妖夢は本心から感嘆した。もちろん、ゆっくりにしては、という断り付きではあるが。
「調子いいみたいね」
「ええ、最近は特に」
「謝礼の方は手抜かりは無いわね。……あったら私が食べられかねないわ」
「ふふ、それはもちろん、完璧に」
「そう」
今頃、紅魔館のメイドたちが大量の食材を持ち込んだ白玉楼の台所で腕を振るっている頃だろう。
「これまでにした方がいいでしょうね」
ボロボロになって倒れたれみりゃを見て、妖夢が告げたのは、彼女がやってきてからけっこうな時間が経ってからだった。
「どう? あの子」
「ちょっとびっくりしました。ゆっくりってもっと弱いかと思ってましたから。あれは基礎体力とかを相当鍛えてますね」
「ええ」
素直に驚きを顔に出す妖夢に、咲夜は愉快そうに頷いた。
「ほら、プリンだよ」
「う゛ー、う゛ー」
れみりゃは待望のプリンを口に入れてもらって――例によって腕が動かない――大層御満悦である。
「うー、ぷっでぃーん、この一杯をさいごの一杯だと思うと、美味しいんだどぉー」
妙に達観してしまっているが、一応、喜んではいる。
「うー」
珍しい顔がやってきたので、図書館の主は、訝しげにそれを見た。
てくてくと歩いて来て、主――パチュリー・ノーレッジの前にちょこんと座る。
「どうしたの? 今日は特訓はおしまい?」
「うー、そうなんだどぉー」
「ふふ、それでなんの用?」
「生きる意味を知りたいんだどぉ、これだけ本があるなら、書いてある本があるんだどぉ」
「……また、予想以上に哲学的な疑問が来たわね」
パチュリーは、れみりゃの口から「生きる意味」などという言葉が出てきたことに驚きかつ呆れつつ、溜息をついた。
「それらしいことが書いてある本は確かにたくさんあるけど……結局、それはあなたがそう思ってるだけでしょう、としか思わないわね」
「うー?」
「だから、自分で思ったことを生きる意味だと思うしかないのよ。他人の思うそれを自分のそれにしようとしても、いつかどこかで違うことに気付くわ」
「うー、むずかじくてわがらないどぉー」
「うん、難しいのよ。これは、本当に」
知識の塊のようなパチュリーがそう言って溜息をつく。
「まさか、あなたにねぇ」
まさか、れみりゃによってこんなふうに溜息をつくことがあろうとは思っていなかった。
「まあ、それを踏まえて、私が適当に考えてることだから、そのつもりで聞いてね」
「うー」
「あなたはゆっくりなんだから、やっぱりゆっくりするのが生きる意味なんじゃないかしら」
と、パチュリーは言った。基本的に外のことに興味が無い彼女なので、咲夜が首謀者になってこのれみりゃを特訓しているようだ、というのは知っていてもその内容がどれほどゆっくりできないもので、それをれみりゃは生まれて間も無い頃からやらされ、いかにゆっくり的な思考ができなくなっているのかまでは知らない。
「うー、ゆっくり」
れみりゃは捕食種であるせいか、れいむやまりさのように「ゆっくりしていってね!」とやたらめったら言ったりはしない。それでも、一応はゆっくりの一種である。ゆっくりする、という言葉に何やら心地よいふわふわするような気持ちを抱くことは事実だ。
「だめなんだど、れみりゃはもうずっとゆっくりできないんだど」
「そうかしら」
「そうなんだど……」
上手く言葉にして説明はできないが、れみりゃは漠然と感じていた。当然、母親の仇討ちが終わるまでは、咲夜や、その何倍も恐ろしい美鈴(と、れみりゃは思っている)によってゆっくりなどさせて貰えないだろう。しかし、それさえ果たせば、ゆっくりできるかといえばれみりゃは疑問だった。咲夜たちは、もうゆっくりしていいと言うかもしれない。でも、もう自分はゆっくりすることができない存在になっているのではないか。
「うー、うー」
唸りながら図書館を出て行ったれみりゃを少し心配そうに見つめながらも、パチュリーにとっては今読んでいる本以上に興味を引くものは無い。少し頭を振ってから、読書を再開した。
れみりゃが再びやってきたのは、それから一週間ほど経った頃だった。
「うー、あじた、まぁまのかたきうちに行くんだどぉ」
「あら、そうなの」
「がんばってね」
今日は、図書館の司書役をやっている小悪魔もいた。
「あなた、ゆっくりとは思えない思考してるわね」
少し話していると、小悪魔は言った。やたらとネガティブというか達観しているというか、ゆっくりのくせに、しかもその中でも極めてお馬鹿なはずのれみりゃのくせに。
しかし、それも考えてみれば当然なのかもしれない。なにしろ彼女は産まれてすぐに十六夜咲夜の手によって多大な精神的矯正をされて、死ぬ寸前まで殴られ蹴られ、成長してからは健康的な人間でさえ遠慮したくなるような特訓をゆっくりの身でありながら受け続けたのだ。楽しみは、週に一度のプリンだけ。
「そりゃ、おかしくもなるか」
小悪魔はさっさと一人で納得した。
「あれから、考えたんだどぉ」
少ない肉まんの具脳で考えた。自分の生きる意味を。
「まぁまのかたきうちだどぉ」
出た結論はそれだ。
当然だろう。産まれた時からそればかりを言い聞かされ、それをするだけのために生きてきたのだ。それがどんなに他者からの押し付けであろうとなんであろうと、もうそれ以外に何も無いのだ。
「あなたがそう思うのなら、それがあなたの生きる意味よ」
パチュリーは優しく言った。実のところ、れみりゃなどは咲夜が理解し難い特殊嗜好でかわいがっているレミリアもどき、としか思っていなかったが、このれみりゃに対しては、好意を抱いていることを自覚していた。
れみりゃがあれこれと思いつくままのことを話す。
「さぐやに教えられたんだどぉ、おねむからおきた時に、殺されるんだどぉ、頭の中でだどぉ、殺されたと思うんだどぉ、それでもう死んだつもりになるんだどぉ、そうすれば何も怖くないんだどぉ」
起きた時に、自分の頭の中で自分が殺されることを想像する。そこでわが身はもはや死んだものと思うことにより、危険を顧みずに行動することができる。そういった精神鍛錬法を咲夜に教えられてれみりゃは毎日毎日実行しているらしい。咲夜がそうと意識したのか、或いは彼女は彼女なりに独自にその境地へ達しその方法を編み出したのかは知らぬが、それは小悪魔が最近読んだ外の世界から流れてきた本に書いてあった武士と呼ばれる戦士たちの鍛錬と同じものであった。
あの本は、なんかわけわかんなかったけど、面白かったなぁ、と小悪魔は思い起こした。そんなことを思っていたのでれみりゃが、
「ゆっくりは、死ぬことなんだどぉ、生きている間はゆっくりすることはできないんだどぉ。死んではじめでゆっぐりできるんだど」
と、言ったのを聞いた時、思わず何気なくいじっていたペンを動かして、手元の紙に書き付けていた。
ゆっくりとは、死ぬことと見つけたり
最終更新:2009年06月01日 05:05