『間違ってるのは世界じゃない!ゆっくりの方だ! 前編』
事例1
「ゆっくりしていってね!!!」
緑まぶしい素敵な森の外れの洞。
ここに住んでいるのはゆっくりの親子たち。
食べ盛り育ち盛りの子供たちのためにお母さんゆっくりはご飯集めに大忙し。
「ちょうちょさん、ゆっくりしていってね!!!」
「とんぼさんもゆっくりしていってね!!!」
ゆっくりらしいスローテンポで、それでも一生懸命ご飯集め。
その甲斐もあってたくさんのご飯。
子供たちの笑顔が目に浮かぶ。
「ゆっくりまってたね!!!いまかえったよ!!!」
「ゆっくりまってたよ!!!おかえりなさい!!!」
お母さんを子供たちが笑顔で迎える。
「ごはんがいっぱいだよ!!!ゆっくりたべておおきくなってね!!!」
いつもだったら一斉に飛びつくのに今日はなぜかもじもじとお互いに目配せしあってる子供たち。
「ゆっ?どうしたの!!?おなかすいてないの!!?」
「おかあさん!!!ゆっくりめをつむってね!!!」
一番上のお姉さんゆっくりに言われてお母さんゆっくりは不思議に思いながら目を瞑る。
「ゆっくりのせてあげてね!!!」
「ゆっくりのせるよ!!!ゆっ!!!」
掛け声と共に何かを頭に載せられたお母さんゆっくりは目を開ける。
「ゆっ!!!おはなのかんむりだよ!!!とってもきれいだよ!!!」
お母さんゆっくりの頭には子ゆっくりたちが作ったお花の冠があった。
「おかあさん、いつもれいむたちのためにおいしいごはんをありがとう!!!」
「おかあさんありがとう!!!」
「だいすきだよ!!!おかあさん!!!」
子供たちの声が唱和する。
お母さんゆっくりの胸に熱いものが広がって、
「みんなずっとゆっくりしていってね!!!」
その日ゆっくりのおうちからは楽しげな声が途切れる事は無かった。
「これが事例1です」
事務的な声で告げたのは閻魔四季映姫・ヤマザナドゥ。
「ふむ…」
端的に応え眉をひそめたのは妖怪八雲紫。
共に幻想郷の実力者である。
二人はなぜか、幻想郷に最近現れたゆっくりと呼ばれる怪物体の観察記録を見ていた。
「それでは事例2です」
事例2
一面の菜の花畑。
そこにはまだ若いゆっくりまりさとゆっくりれいむの二体。
「むーしゃ、むーしゃ!!!しあわせー!!!」
「おいしいねー!!!ほっぺがおちそー!!!」
二体は菜の花畑の中、戯れながら食事をしていた。
「れいむ!!!こっちのおはなさんはやわらかくておいしいよ!!!」
「まりさ!!!こっちのおはなさんもあまくてすてきだよ!!!」
二体はお互いに大好きな相手にもっとおいしいものを食べて欲しいという気持ちでいっぱいである。
「ゆっぐ!!!ぐぇぇぇぇ!!!」
「どうしたの!!?れいむ!!?」
ゆっくりれいむの顔が歪む。
ゆっくりまりさが心配げに近づいていく。
「むしざんたべぢゃっだの゛おぉぉぉ!!!」
ゆっくりれいむの出して見せた舌には潰れた青虫がへばりついてた。
「にがいよぉぉぉ!!!」
「ゆっくりとるよ!!!」
ゆっくりれいむの舌に付いた青虫をゆっくりまりさが舐め取っていく。
青虫は確かに苦かったがゆっくりれいむの苦しみを和らげられるのなら何てことは無い。
「ゆっ!!?ゆゆゆゆゆゆゆゆっ!!!」
「ゆっ!!!ゆゆゆゆっゆ!!!」
二体の舌が絡み合い顔が紅潮していく。
二体の愛に場所と時間は関係なかった。
「「ゆゆゆゆゆっゆっゆっゆ!!!すっきりー!!!」」
「…これは困りましたわね」
紫が短い沈黙の後ぼやいた。
「これは由々しき事態だという事が、あなたにも分かっていただけたでしょう」
分かっていただけたも何も、紫は閻魔の執務室に呼び出されゆっくりの観察記録を見せられただけである。
これで分かったらおかしいと思うのだが、『妖怪の賢者』と呼ばれる紫はやはり只者ではなかったようで、
「予想以上に酷い事になってるようですわね」
そう答えた。
「本来の幻想郷の生き物に食べられるはずの虫や草花がゆっくりに食べられる事で幻想郷のバランスが崩れようとしてますわね」
「それだけではありません。ゆっくりというものの生態そのものが、この世の理を大きく乱しています」
「ええ、ゆっくりの本分はあくまで饅頭。饅頭が虫や草花を食べるなど聞いた事もありませんわ」
「最近、ここへ来る虫や草花達の嘆きが大きな物となっています」
「生態系の最下層の存在として命を奉げる事で世界を回している自負のある彼らにとって饅頭に食われるなど…」
「ええ、どれほど大きな屈辱か私達には想像もできませんが、その声に応えねばなりません」
「それに、この現状は饅頭の本分を果たせないという意味でゆっくり達にとっても良くありませんわ」
「ならば」
「では」
二人の声が唱和する。
「「この誤った世界を正しましょう」」
その日を境に幻想郷は正しい姿を取り戻した。
「ゆっくりしていってね!!?」
お母さんゆっくりはその日、全身を苛む苦痛で目を覚ました。
目に酷い痒みを感じ、全身の表皮が引き攣れたように痛む。
体の中の餡子がグルグルと動くような感覚があり、鈍い頭痛と吐き気がした。
「みんなおかあさんはげんきがないから、みんなだけでゆっくりしていってね!!!」
「おがあざぁぁあん、いだいよう゛……」
子供たちの元気な返事は無く小さなうめき声だけが帰ってきた。
「ゆっ!!!みんなどうしたの!!?」
子供たちは表皮を赤く腫れ上がらせ、真っ赤な目をして口でゼーヒーゼーヒと荒い息をしている。
酷い状態の子は時折咳き込んだ拍子に餡子を吐き出したりしていた。
「……おがあざぁぁぁん……」
うめき声を上げたり咳き込んだりしている子供たちはまだいい、声を上げる事さえ出来ない子供達もいる。
「みんなおそとにでるよ!!!」
お母さんゆっくりはとっさにそう判断した。
おうちに何か悪い物が入ってきた、逃げなければ、そう考えたのだ。
自分も苦しいのを我慢しながら動けない子供を咥え上げ、動ける子供を支えながらヨタヨタとおうちから這い出した。
新鮮な森の空気を吸い込もうと深呼吸する。
「ゆっげぇぇぇぇぇぇ!!!」
入ってくるのは森の清涼な空気の筈だった。
しかし、入ってきたのは酸の様に強い刺激を持った気体だった。
口の中と喉が忽ち腫れ上がり、さらに呼吸が困難になる。
「ゆっげっ……」
小さな子供たちは嘔吐と気道閉塞で窒息した。
「どうじでぇぇぇぇぇぇ!!?」
赤く腫れ上がり涙で霞む目に映る森は昨日と全く変わりは無かった。
鳥たちは楽しげに歌い、木々はざわめき、蝶が舞っていた。
なぜ、自分たちだけがこんなに苦しいのか、分からない。
蝶が一匹、まだかすかに息のある子ゆっくりにとまった。
「…ちょうちょさん、ゆっくりしていってね………」
お母さんゆっくりが舌を伸ばして捕まえようとする。
子供たちにご飯を与えて少しでも元気になってもらおうと考えたのだ。
蝶はとまったまま逃げようともしない。
舌に包まれてクシャリと潰される………筈だった。
スパッ!!!
「いだいようぅぅぅ!!!」
蝶の羽の縁に触れた途端、お母さんゆっくりの舌がスッパリと切れた。
激痛に苦しむお母さんゆっくりをよそに、蝶は子ゆっくりの赤い目に口吻を突き刺した。
「ゆ゛っぐっ!!?り゛ぃぃぃい!!!」
子ゆっくりの絶叫が響く。
蝶は蜜を吸うように子ゆっくりの眼球の水分を吸い上げていく。
「ゆ゛ぅぅぅぅぅぅ!!!」
「ちょうちょさん、やめてね!!!」
お母さんゆっくりは何とか追い払おうとするが蝶は鋭い羽の縁であしらい歯牙にかけない。
そしてどこからともなく現れた無数の蝶が子ゆっくりに集っていく。
「ちょうちょさん、どこかにいってね!!!こどもをたすけてね!!!」
全身に切り傷を作りながら蝶を追い払おうとお母さんゆっくりが絶叫する。
その痛みにお母さんゆっくりが挫けそうになった時、蝶が子ゆっくりから一斉に飛び立った。
「…だいじょうぶ!!?ゆっくりできる!!?………ゆっ!!!」
そこにあったのは干からびた小さな何かであった。
お母さんゆっくりの努力が実を結んだのではない。
ただ吸う蜜が無くなり満足したから飛び立ったのだ。
「どうじでなのぉぉぉ!!!」
お母さんゆっくりの悲痛な叫びが響く。
その日ゆっくりたちの悲鳴が途切れる事は無かった。
「でいぶ、じっがりじで…」
「ま゛っりざ…ゆっぐりでぎないよう…」
菜の花畑の二体も酷い状態であった。
表皮は赤く爛れ餡子がにじみ出ている。
瞼が腫れ上がり目もほとんど見えない。
「まりざ…あがぢゃんはぶじ…?」
先日の愛の営みでにんしんしていたゆっくりれいむは自分の苦痛に耐えながらゆっくりまりさに聞いた。
ゆっくりれいむの頭上には萎びた何かが生えていた。
にんしんの副作用かゆっくりまりさより状態の酷いゆっくりれいむには見えないようである。
「ぶじだよ!!!ゆっくりげんきにそだってるよ!!!」
「…ぞう…よがっだ…」
「だから゛でいぶもゆ゛っぐりよくなっでね!!!あがぢゃんもおがあさんがいないとかなじむよ!!!」
「うん………がんばる゛………」
菜の花は今まで通りに綺麗でおいしそうだった。
こんな素敵な菜の花を食べたらゆっくりれいむも元気になるに違いない。
そう考えてゆっくりまりさは食べやすいサイズに菜の花を齧り取ろうとした。
「ゆ゛っ!!!いだいよう!!!」
菜の花に齧りついた途端に剃刀に触れたように口が切れた。
菜の花の表面の繊維が棘の様にゆっくりまりさの舌に突き刺さる。
「いだいようぅぅぅぅぅぅ!!!だずげでぇぇぇ!!!」
その痛みに七転八倒するゆっくりまりさは菜の花畑に突っ込んだ。
茎や葉がまるで鑢や剃刀の様にゆっくりまりさを傷つけていく。
さらにその痛みでゆっくりまりさは暴れ回り、さらに傷ついていく。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
一際長く大きな悲鳴と共にゆっくりまりさは動かなくなった。
全身を傷つけられる苦痛にショック死したのだ。
「…まりざ?…まりざ?………まりざぁぁぁぁぁぁ!!!」
昨日はあんなに愛し合ったのに、愛する人はもういない。
その日ゆっくりれいむがゆっくりまりさを呼ぶ声は途切れることがなかったという。
さて、いったいゆっくりたちに何が起こったのだろうか?
それは四季映姫・ヤマザナドゥと八雲紫の能力によるものである。
以前の幻想郷のパワーバランスはこの様であった。
ゆっくり≧虫≧草花
これに紫が境界を操る程度の能力で干渉した。
その結果、
虫≧草花≧ゆっくり
となったのである。
さらに映姫が白黒はっきりつける程度の能力で干渉し、
虫≧草花>ゆっくり
となったのだ。(政宗口調で)
植物の出す化学物質は全てゆっくりたちのアレルゲンとなった。
虫達はゆっくりのみを傷つける武器を新たに手に入れた。
そして彼らは決してゆっくりに傷つけられない肉体を手に入れたのである。
そう、ゆっくりにはもう他の生き物を食べる事は不可能になったのである。
さあ、食べる事すら許されなくなったゆっくりには未来はあるのだろうか。
後編ではその後のゆっくりの生活をお楽しみいただきたい。
後編に続く(政宗口調で)
最終更新:2008年09月14日 06:15