※長いため前後編に分かれています。前編はストレスばかり溜まる展開になりますのでご容赦を。
「ゆっ! あそこよ……!」
ごくありふれた海沿いの村落。いつもと変わらない平凡な夜更け、生い茂る草むらの中から、小さな小さな声がした。
声の主は
ゆっくりという生物---人間の生首にも似た造型をし、自らの意思で喋る ちょっと不思議なお饅頭である。
そんなゆっくりが2匹。ゆっくりを捕食する者達が飛び交う危険な時間帯にも関わらず、ある物を人間達から取り戻すために この村落まで侵入してきたのだ。
目的の物は、とある家の庭に袋に詰められて放置されていた。
用心深く辺りを見回し、物陰から物陰へと移動する2匹のゆっくり。
夜ということもあってか、思いのほか首尾よく目的の袋の所まで辿りつくことができた。
しかし、問題は目的の袋そのものにあった。
ゆっくり達にとっては大きすぎて輸送が困難だったのである。
2匹はゆっくり達の中でも知能が高い種なのであるが、それに反するかのように、非力な種でもあった。
この2匹にとって目的の物は、文字通り少々重過ぎる荷なのだ。
とはいえ宝を目の前にして、わざわざ踵を返す冒険家などいるわけもない。
2匹はその知識を総動員して、袋の輸送の方法を考えた。
考えること10分。
「むきゅ! まるめて、ころがせばいいんだ!」
「ゆゆ! それはめいあんだね!」
紫髪のゆっくりが閃き、金髪にヘアバンドをしたゆっくりが、これを実行した。
横から体当たりして目的の袋を倒した後、その上でジャンプして筒状に丸めていく。
こうすれば、後は2匹で押し転がしていけば、目的の物を巣まで持ち帰ることができるのだ。完璧な計画のはずだった。
「なんだべ、お前ら。 ゆっくりか!」 静寂をやぶったのは人間の男の声。
完璧な計画は一瞬にして覆ることとなった。
「「ゆっ!!」」 2匹は驚き振り向く。
2匹が袋を運びあぐねているうちに、その物音に気づいた家主の男が、庭に出てきたのだ。
人間は怖い。ゆっくりの中でも頭の良い種の2匹が その事を知らないわけは無かった。
ある一家は卑怯な人間の嘘によって、巣から誘き出されたところを捕獲され、加工所に連れていかれたという。その一家はその後帰ってくることはなかった。
ある親ゆっくりは、子供達を惨殺された挙句、自身を産む機械にとして、無理やり交尾させられた上に、生まれた赤ちゃんを食われるという地獄の生活を送っていると聞く。
そんな噂ばかり効かされていた2匹。
「「……ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ!」」 怯えてそれ以上の声が出ない。
「なんだー? まさか食べ物を盗みにきたんべか?」 男の表情が強張る。
その険しい目つきに、ゆっくり達の震えがますます大きくなる。
「ご、ごめんなさい! たべものはいりません! これがほじがっだんでず!」
恐怖に震え涙をだだ流ししながらも、ゆっくりの片割れが意を決して応える。
「……あー? あー、それか……」 男は気づき、少しバツの悪い表情を示す。
その原因は袋の中身にあった。
袋の中身は、ゆっくり達の遺品である。
れいむのリボン、まりさの帽子、ありすのヘアバンド……
大量のそれらが、袋にぎっしりと詰まっているのだ。
この遺品は、男が殺してきたゆっくりの数をカウントするためのコレクション
……などではなく、漁師であるこの男が海で拾った品々であった。
ゆっくり達は生きているだけで、常に死の危険に晒されている生物である。
とりわけ、捕食死、圧迫死、水死、腹上死がその主な死因となる。
特に水死は、ほぼ本人達の思いあがりや不注意による物と判明しているのだが、一向に減る傾向を見せることは無かった。
学習することが滅多に無いゆっくり種が故であろう。
川に落ちて消えていったゆっくり達の遺品は、いずれ海まで流される。
毎年のように増え続けたそれは、ついには釣りや漁に悪い影響を及ぼすようになっていた。いわば環境汚染となっていたのである。
男はその対処のために、これら遺品を海から取り除いていたのだ。
「なんだぁ、それなら言ってくれりゃいいのに。」 男はそう続けた。
「「ゆゆっ!?」」 もはや死を覚悟していた2匹は一瞬沈黙し、そしてすぐに、その表情に輝きを取り戻していった。
「むきゅ、おにーさんごめんなさい。これ、もってっていいですか?」紫髪がそう尋ねる。
「ああ、こっちも処分に困ってたんだぁ。とっとと、もってげ~。」男は快諾する。
「「ありがとう! すえながくゆっくりしていってね!」」
2匹は最大級の感謝の言葉を男にかけ、袋を押しながらその場を後にした。
見送る男の気分は晴れていた。
ただゆっくりしたいだけの生物・ゆっくり。
しかしゆっくりできない生物・ゆっくり。
せめてその遺品くらいは、仲間の手で葬ってもらおう。
そんな事を考えながら、男は床に就いた。
1週間後。
ゆっくり達が住むとある山に、ドスまりさというゆっくりが現れた。
その横に並んで歩くのは、ゆっくりありす と ゆっくりぱちゅりー。
どちらもドスまりさの知識面をサポートする、側近である。
山に住んでいた地元のゆっくり達は、英雄の登場に歓喜した。
近年、人間とゆっくり達の関係が良化しているのは、全てドスまりさのおかげなのである。
「みんなごきげんよう。しばらくここにすむから、ゆっくりさせていってね!」
3人を代表して、ゆっくりありすが地元ゆっくり達に挨拶をする。
「「「ゆゆっ! ゆっくりしていってね!!」」」 群れは歓迎ムード一色。
地元ゆっくり達は早速、ドスまりさ達が住むに相応しい大きさの洞窟を探し、歓迎パーティーを開くための食事の調達へと奔走した。
英雄が地元にやってきた。その事が、地元ゆっくり達を浮き足立たせていた。
夜。歓迎パーティーの中で、ゆっくりぱちゅりーが今回の来訪の目的を話した。
1つ、食料品の組織的な管理法の伝授。
そのため、今後しばらく食料品はドスまりさのところに集めて一括管理する。
山菜の取り過ぎの抑制や、体が弱いゆっくり達への配給の実施、また人間に迷惑をかけないようにするための消費調整が目的である。
1つ、生活知識の伝授。
ゆっくり達の死因のうち、水死、圧迫死など、本人達が注意すれば逃れられる事柄についての教育を徹底し、みんなでゆっくり暮らせる群れにするのが目的である。
1つ、明るい家族計画の伝授。
少子化にならないよう、しかし産みすぎないように、子作りを計画的に行う方法を伝える。
行き過ぎた生殖活動の抑制を行うことで、群れが膨れ上がりすぎて自然環境等に影響等を及ぼさないようにするための措置である。
地元ゆっくり達にとっては唐突すぎるドスまりさ達の提案。
実のところ、地元ゆっくり達に疑問を感じる者も少なくなかった。
しかし、ドスまりさを見ると、その考えも吹き飛んでしまうのだ。
圧倒的にでかく、何か禍々しいオーラのような物まで感じさせる。
さらに後ろ髪に多数結ってある、信頼の証のリボンの数が何よりの証明だ。
このドスまりさが言うことに間違いは無いであろう。
そう地元ゆっくり達は思っていたのである。
結局その翌日から、地元ゆっくり達はドスまりさに管理された生活を送ることになった。
地元ゆっくり達が集めてきた食料は、ドスまりさのいる洞窟の奥へ一旦納められた。その後、決まった時間に全員へと配給されるのだ。
大半の地元ゆっくり達は食料の取り分が減ってしまったのだが、
「群れのためだから。」
「食料を蓄えるためだから。」
「子供達のためだから。」
と言われると、納得せざるを得なかった。
体力や年齢の問題で食料集めに行けないゆっくり達は、ゆっくりぱちゅりーの授業を受けることになった。
長く長く続く薀蓄話。大半はドスまりさとの武勇伝である。
最初は面白がって聞いていた子供達もすぐに飽き、あくびをする物もちらほらでてくる。
数匹のゆっくりが睡魔に負け、船をこぎ始めた瞬間……
「かーつ!!!!」
後方で授業を眺めていたドスまりさの空気を裂くような大音量の喝。
洞窟内においてのそれはまさに凶器だった。
眠りかけてた子供達はおろか、真面目に授業を聞いていた者でさえも気絶するほどの威力だった。
子供達の復帰をまたずして、ゆっくりぱちゅりーの授業は進んでいく。
もはやゆっくりぱちゅりーが薀蓄を喋ることで悦に浸っているようだった。
しかしそれも
「人間と生活していくため。」
「自然と共存していくため。」
「子供達が生きていくため。」
と言われると、納得せざるを得なかった。
夜。授業で疲れきった子供達が寝静まると繁殖の時間となる。
草むらや洞窟で身をこすり合う恋仲のゆっくり達。しかしそれもまた管理されている。
「ゆっ!? だめだよ! そこのれいむとまりさ! こどもつくらないでね!」
見回りのゆっくりありすが目ざとくチェックを入れる。
「かわりにありすがすっきりさせてあげるからね!」そう言ったありすは、2人の間に割って入り、身をこすりだす。
……「「「すっきりー」」」
3人で仲良くすっきりし、ストレスの解消だけが果たされる。
2人相手にすっきりさせるとは、このありすもなかなかのテクニシャンであるようだ。自身も発情していないため、無駄に子供を作ることも無い。
しかし、2人で愛し合いたかった れいむとまりさは釈然としない。
他にも多数の恋仲ゆっくり達が同様の目にあっていた。
しかしそれも
「子供を増やしすぎないため。」
「群れを存続させるため。」
「自然環境を守るため」
と言われると、納得せざるを得なかった。
地元ゆっくり達は、これらの管理された生活にストレスを感じつつあったが、それもドスまりさの威光に掻き消されてしまう。
逆らったらつぶされるのではないか。
そのような思いもあり、結局この生活に慣れていくしかなかった。
そのような生活が続くうちに、ドスまりさの周りには必然的に取り巻きがついていた。
自分達だけでも、できるだけゆっくりするために集まった者達である。
この取り巻きゆっくり達は、ドスまりさと側近のありす、そしてぱちゅりーに媚びへつらい、食料のおこぼれを預かり、ぱちゅりーの授業を免除され、子作りの制限も見逃されていた。
取り巻きを得たドスまりさ達の管理は、さらにエスカレートしていく。
地元のゆっくり達はその行動を次々と抑制された上に、食料集めのノルマまで設定された。
ぱちゅりー大先生によると、それにより競争意識を高め効率的に食料を集められるということだった。
実際のところ、過多な食料採取は長い目で見ると極めて危険な行為のであるが。
ノルマを達成できなかったゆっくり達は、連帯責任という名目によって その家族ともども、食事を大幅に減らされることになった。
さらに人間との接触も禁止された。
あらゆる人間との接触はドスまりさを通して行うことになったのである。
近くの村落の人間達とは比較的有効な関係を築いており、人間との接触はゆっくりにとって有益なことも多かったのだが、人間との接触は常に危険を孕んでいると言われると、納得せざるを得なかった。
地元ゆっくり達は黙ってそれらのルールに従っていた。
全ては群れのため、仲間のため、家族のためである。
それから2週間ほど経ったある日。
一匹のゆっくりが、こっそりと群れを抜け出して人里を目指していた。
そのゆっくりはゆっくりちぇん種。
このゆっくりちぇんは過去、れみりゃに襲われて瀕死になっていたところを人間の少年の手によって助けられたのである。
その時から、その人間の少年とゆっくりちぇんとの交流がはじまった。
しかし、ここ2週間会うことができていない。群れの規則のためだ。
もちろん、それについて不満は無い。群れのためなら仕方が無いとわかっていた。ただ、せめて会えない理由を伝えたい。あの少年が悲しむことがないように。
「わかる、わかるよー。はやくあいたいよー。」
それは初恋にも似た、憧れにも近い想いであった。
人間の村落にほど近い野原。
2週間、毎日そこに来ては待ちぼうけを食らっていた少年が、今日もまた何かを待ち続けていた。
「ゆ! わかる、わかるよー! ひさしぶりだよー!」 ゆっくりちぇんが少年に駆け寄る。
「お! どうしたんだよおまえ! 心配したんだぞ!」 少年は太陽のような笑顔を見せてそう言った。
「ごめんねー。むれのるーるのせいで、なかなかこれなかったんだよー。
そう言い終わるが先か、少年の太陽のような笑顔は消えうせることになった。
ゆっくりちぇんの背後に般若のような表情のドスまりさが現れたのである。
「こんなところでなにをやってるんだぜ?」 ドスまりさはゆっくりちぇんを問い詰める。
ドスまりさの取り巻きのゆっくりの一匹が、ゆっくりちぇんが逃げたことに気づいて報告していたのである。
「ゆっくりちぇんごときが……」 絶対のルールが破られたことに、ドスまりさのプライドは傷つき、その怒りにまかせて追尾してきたのである。
「ゆ”! ごめんなさい。でもどうしてもあいたかったんだよー……」 震えながら応える ちぇん。
しかし、そんな言い訳には聞く耳も持たずに、ドスまりさは少年に向って突進を始めた。
「え!? おわ!」 ドスまりさの帽子のツバに乗せられる少年。
次の瞬間、下からもの凄い勢いで突き上げられることになる。
ドスまりさの必殺技・高い高いである。
本来、他のゆっくり達を楽しませるための行動なのであるが、ゆっくり達のように自分で空気を吸うことによって膨らむことなど人間にできるわけもない。
少年にとっては危険な攻撃でしかなかった。
「ゆっ! ゆっ! ゆっ!」凄まじい怒気で少年を突き上げるドスまりさ。
そして、その場から退く。
空中制御をとれず、肩口から地面に落下する少年。
「うあああああ!」 幸い命はとりとめたものの、右肩を強く強打してしまった少年は、その場でうずくまり痛みをこらえた。
さらにドスまりさは ゆっくりちぇんの方に向っていく。
ゆっくりちぇんには高い高いは意味が無い。
だから、今度はただ突進するだけであった。
ゆっくりちぇんに超重量が圧し掛かる。言わば轢き逃げのような格好となった。
「わ、わがらないよぉぉ……」そう言って倒れるゆっくりちぇん。
「すっきりー!」 ドスまりさはそう言って、同行した取り巻き達と共に、鼻息を荒くしながら群れに帰っていった。
その夜、群れでは宴が行われた。
「「「ドスまりさはすごい! 人間の子供を懲らしめてやった! 人間に勝った!」」」
取り巻き達が必死にドスまりさを讃える。
ゆっくりぱちゅりーも やや興奮気味に、生徒達にドスまりさの武勇伝を語る。
もう100回以上同じ話を続けられ、生徒達はなかばうんざりしていたのだが。
ゆっくりありすは もはや発情期のそれであった。
群れの綺麗どころを呼びつけの乱交状態。無礼講にも程がある。
「れいむがわいいいいいぃぃ。 ゆうしゅうなさんぼうのありすのこどもをうんでいってねぇぇぇぇ!」 あくまで自分を主張しながら絶頂に達するありす。
通常時のただすっきりするだけの交尾ではない。子供を作るためのそれであった。
連れてこられたゆっくりれいむは、ただただ涙を堪えてそれに付き合うしかなかった。
そんな様子を見て、ニヤニヤするドスまりさ。
自らの威厳に酔っているのである。
「さて、おれもたのしませてもらうんだぜ?」 そう言うと、群れで一番の美れいむを呼びつけ、身体をこすり始めた。
「うぶっ、うほっ、んほおおお! えいゆうのこどもを、みごもっていってねええええ!!」
『やめてぇえぇぇ!』 泣き叫びたいけれど、決して口にすることのできない美れいむ。
もし口にしたら一家ともども餡ペーストにされることであろう。
凶宴は日が昇るまで続いた。
翌日、人間の村落ではドスまりさに対する緊急対策会議が開かれていた。
ゆっくりが人間を襲って大怪我をさせた。
その事実は、それまで友好的であった人間とゆっくり達の間柄を引き裂くに充分な出来事であった。
しかしさすがに巨大なドスまりさを駆除するには、相当な戦力と装備を整える必要がある。
決して裕福と言えない村の人間達はどうにもならない葛藤の中にあった。
「なんとか、ありものでやるしかあんめぇ」
人間の村の長がそう言う。
それぞれ家にある農耕具などを手にして、ゆっくりの群れと戦おうか、という流れになった会議場に一陣の風が吹いた。
「おまちください! ゆっくりのもんだいは、ゆっくりがかいけつします。」
最終更新:2008年12月23日 17:26