※舞台は何故か
ゆっくりが当然のように存在している外界です。
数年前に突如現れ、急速に社会に浸透していった(ような気のする)ゆっくりと呼ばれる謎の生物。
人間の生首が膨張したような容姿のそいつらは饅頭のクセに生きていたり、どこから来たのは全く不明だったりとあまりに謎が多すぎるゆっくり達。
が、目新しいものや珍しいものを好む人々はその「ゆっくりしていってね!」とか「ゆーっ!」などと珍妙な鳴き声をあげる未知の存在をあっさりと受け入れた。
そして俺はそんな不思議に満ちた生命体の研究や飼育用の商品の開発に携わっている“ゆっくりカンパニー”のしがない一社員だ。
「・・・まずいな、遅刻しちまう」
駅の改札を出て、腕時計を見ると現在の時刻は8時54分。始業が9時からなので全力疾走すれば何とか間に合うくらいの時間だろう。
しかし、こんなときに限って駅を出てすぐの信号が赤だったりする。
「くそう、二度寝が不味かったなぁ・・・遅刻確定じゃないか」
そんなことをぼやいているとどこからか歌声が聞こえてくる。
それも、恐ろしく下手糞な歌声が。
「「「「ゆ~ゆゆゆ~ゆ~ゆゆ~♪」」」」
歌声の主を探し視線をさまよわせる。すると4匹のれいむ一家が視界に飛び込んできた。
その一家は安物のシートの上で一心不乱に歌を歌い続けており、傍らには空き缶が置かれている。
「・・・どうせ遅刻するんだし」
そんな言い訳をしながら、俺はれいむ一家に近づいていった。
「よお、ゆっくりしていってるか?」
「ゆ!ゆっくりしていってね!」
「「「ゆっきゅりちちぇっちぇね!」」」
ゆっくりという言葉に反応して、俺のほうを振り向いた一家は満面の笑みを浮かべる。
「ねえ、おにいさん!れいむたちのおうたきいてたの?」
「「「ゆっきゅり~!」」」
そして、何か期待に満ちたまなざしで俺を見つめてくる。
「ああ、聞いてたよ」
正確に言えば「聞こえてきた」か「聞かされた」なのだが、俺が虐待家でもゆっくり嫌いでもないのでそんな瑣末なことに拘るつもりはない。
「おうたうまかったでしょ?ゆっくりできたでしょ?」
「ああ、そうだな」
人間基準で言えばド下手糞だったが、ゆっくり基準で言えばなかなかのものだったと言えるだろう。
もっとも、そんなことを判別できるのは相当音感に自信のある人か、日常的にゆっくりに接している人くらいだが。
しかし、そんなことを言っても仕方がないので苦笑交じりに肯定してやった。
「だったらおかねをいれてね!」
「「「ゆ~!」」」
「おかね?」
なるほど、こいつらのまなざしの期待の正体はこれか。
「うん、おかねだよ!おにーさん、もってるでしょ!」
ゆっくり研究に携わっているものはゆっくりとコミュニケーションが出来る。
というのも、ゆっくりの価値観や知識・知覚について色々と理解しているからだ。
だから食べ物ではなくお金を要求してきた時点で、人間の価値観に染まっている、つまり元々飼われていたことが理解できた。
「お金はダメだ。食べ物ならそこのコンビニで買ってきてやる」
「ゆうううう!おにーさんのいじわる!れいむおこるよ、ぷんぷん!」
ぷくぅと膨らませて自分が怒っていることを表現した。お前らのためなんだけどなぁ・・・。
「「「ゆうゆう!」」」
そして、母親にならって赤ん坊達も頬を膨らませて威嚇のポーズを取る。
「・・・・・・はあ、分かったよ。これで良いか?」
そう言いながら、俺はおもむろに財布から500円を取り出そうとする。が・・・
「ん・・・500円玉がないな・・・」
「かみのおかねでもいいよ!」
いつの間にやら機嫌を直していた母れいむはふてぶてしくもそんなことを抜かしやがった。
紙幣というのはその価値が発行元の社会的信用に裏付けられているものなので人間でも貨幣を用いる文化のない地域の出身者だとその価値を理解できないのだが、こいつは(細かな理屈はともかくとして)それを理解しているようだ。
なんとも生意気な饅頭である。まあ、職業柄ゆっくりに食わせてもらってるようなものだから、1000円くらいなら別に構わないのだが。
わが社の代表たる八雲 紫社長も「ゆっくりに生活を支えてもらっているのだから、ゆっくりには優しくなさい」って言ってるし。
「ったく、しゃーねえなぁ・・・ほらよ」
1000円札を缶の中に入れてやると、一家から歓声が漏れる。
「「「ゆっゆ~♪」」」
「あかちゃんたち、おかーさんがんばったよ!これでまたおねーさんとくらせるよ!」
なるほど、飼い主は女性だったのか。そして経済力があまりなかったのだろう。
よくあることだ。去勢する金を惜しんで、ゆっくりがどこかで子どもを作って、子どもをよそに譲ろうにも家族の結束の強いゆっくりはそれを拒む。
ゆえに子どもをよそにやると母親も反抗的になるし、親をよそにやると子どもがなつかなくなる。
その結果、全員捨てて新しいゆっくりを飼おうという結論に達する人は決して少なくない。
「・・・そんなはした金じゃ・・・まぁ、いいか」
喜ぶ一家を置いて、俺は会社へゆっくり歩いていった。
「ゆ~ゆゆゆ~♪」
お兄さんが立ち去った後もれいむ達はずっと歌を歌っていた。
「ねえ、おじさん!れいむのおうたじょうずだったでしょ?」
「あん?あの迷惑な雑音が歌だってぇ?」
みんな仕事でゆっくりしていない時間だけど、たまたまぼろぼろの服を来たおじさんが通りかかったりするから、その人にお歌を聞かせてあげた。
「ゆ!れいむおうたじょうずだもん!ぷんぷん、ぎゃ!?」
そういってほっぺを膨らましたら、いきなり蹴り飛ばされた。
「ゆぎゅ!?」
「がたがたうるさいんだよ、ど饅頭!潰されてえのか?!」
「「「ゆうううう~・・・」」」
おじさんが大声で怒鳴ったから、赤ちゃん達が怯えて、れいむの後ろに隠れた。
「お~・・・家族仲が良いんだなぁ・・・」
そんなことを言いながらしゃがみこんでれいむをにらみつけるおじさんからお酒と、何日もお風呂に入っていないみたいな嫌な臭いがする。
「ゆ~・・・くさいよ~!」
「てめぇ・・・饅頭のクセに馬鹿にしやがって!どうせてめえも嫁さんにもガキどもにも逃げられた俺を馬鹿にしてるんだろ!」
怒鳴りちらすと、お兄さんから貰ったお金を掴んで、立ち上がった。
「ゆ!なにするの!?それはれいむのおかねだよ!ゆっくりやめてね!」
「ああん?てめえにはもったいねえんだよ!」
「だめだよ!おにーさんからもらったのに!」
「うそつけ!てめえみたいな饅頭にお金を渡す馬鹿なんているもんか!」
そう言って、おじさんはまたれいむを蹴り飛ばす。それから赤ちゃん達のほうを見て、凄くいやらしい笑顔を浮かべる。
「・・・嘘つきにはお仕置きが必要だよなぁ・・・」
おじさんは足を上げる。靴が1匹の赤ちゃんの頭上に迫る。そして・・・
「ゆぐちぃっ!?」
れいむの赤ちゃんが踏み潰された。
「ゆうううううううう!れいむのあがぢゃんがああああああ!どぼぢでごんなごどずるのおおおお!」
「てめえが嘘なんかつくからだ!クソ饅頭!」
「おぢさんのばがあああああああああああ!でいぶうぞなんがづいでないもんんんん!」
「てめぇ!もう一匹潰されてぇのか!?」
「ゆううう・・・」
おじさんが怒鳴りながら地団駄を踏むたびに赤ちゃんは涙を浮かべがら身を縮こまらせてがたがたと震える。
「ゆぅ!?ゆっぐりやべでね!」
「じゃあ、れいむは嘘つきです、って言ってみろ!?」
「ゆ!れ、れいぶはうぞなんが・・・「ガキども!お前のかーちゃんはお前らが嫌いなんだとよ!?」
「ゆっくちぃぃぃぃぃぃ・・・」
その言葉を聞いた瞬間、赤ちゃん達の目からぼろぼろと涙がこぼれた。
「ゆ!ぞ、ぞんなごどないよ!」
「じゃあ、なんて言うんだ?!」
「・・・で、でいぶはうぞづぎでず・・・!」
「やればできるじゃねえか!でも、嘘をついた分はお仕置きしないとな!」
おじさんは最後にそう言い残してかられいむをもう一度蹴り飛ばして、去っていったよ。
仕事帰り。朝見かけたれいむ一家を探してみるが、シートの上には空っぽの缶と潰された赤ちゃんれいむが1匹。
「・・・はあ、やっぱりこうなったか」
その光景をしばらく眺めているとさっきのれいむ一家が残飯を咥えて帰ってきた。
「よお、れいむ」
「ゆ!おにーさん、ひさしぶりだね!」
母れいむは暗い表情をしていたが、俺の顔を見ると幾分か元気を取り戻し笑顔になる。
が、次の俺の言葉を聞いた瞬間には大泣きすることになった。
「で、お金はたまったか?」
「ゆうう!?・・・ゆううううううううう!ゆっぐ・・・お゛に゛い゛さ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!」
「涙目で飛び掛ってくるな、スーツが汚れる」
勢い良く俺のむこう脛めがけて飛び込んできたのを紙一重でかわすと、母れいむは地べたに口付けした。
こいつ・・・着地する気皆無だったのか。あっさり懐き過ぎだろ。
「「ゆん!ゆん!」」
俺が母れいむの飛びつきをかわしたことに対して子どもたちは頬を膨らませて抗議している。
その行動に圧倒された、訳ではないが地べたにキスしたまま泣いている母れいむの頭を掴んで持ち上げた。
「・・・どうかしたのか?」
「あ゛の゛ね゛・・・でいぶのおがね、どられぢゃっだの゛ぉ・・・!」
ぐずぐずとどこにあるのか分からない鼻をすすりながら、嗚咽交じりにそう口にした。
「ぞれでね・・・ぞんなごどぢないで、やべでねでいっだら・・・ゆうううううう!!」
「やっぱりか」
「ゆ゛ううう・・・!やっばりっで、どぼいうごどなのおおおお・・・!?」
頭を捕まれて宙ぶらりんの状態で胴体を左右に振る。
「ゆううう~・・・」
そして、その様子を赤れいむたちが心配そうに見守っている。
「だって、お前みたいな貧弱な生き物が1000円札なんて持ってたら奪おうとする奴も当然いるだろ」
それに、人間相手と違って取得物横領程度の罪にしかならないし。
「ゆぅ!お゛にーさ゛ん、わかっででおがねおいでっだの?!」
「お前がお金が良いって言ったんだろーが。食べ物なら地べたにおいておけば人間に取られることはなかったんだけどな」
その言葉を聞くや否や、自分の浅はかさを理解した母れいむは再び火がついたように泣き始めた。
「ごべんなざああああいいいいい!でいぶがいうごどぎがながっだがらあああああ・・・!」
「「ゆ~!ゆ~!ゆ~!」」
気がつくと2匹の赤れいむが俺の脚に体当たりを食らわしていた。
頭を掴まれたまま泣きじゃくる母れいむを見て、俺に虐められていると思ったらしい。
なんだかやるせない気分になった。
結局、色んな事情を考慮した俺は保健所に連れて行った。
野良経験のせいで体内に不純物が多く、また変な病気を貰っていることも多いので加工所には当然引き取ってもらえない。
同様の理由に加えて、余計な治療費を出したくないという理由で飼い手もほとんど見つからない。
残念ながら、あの一家を養えるほどの経済的余裕がないのは俺だって同じことだし、希少種を飼っている手前、安易に野良を飼うわけにも行かない。
よって、保健所に引き取ってもらうしかないのだ。・・・犬猫の餌として。
「ゆぅ?ここがほけんじょなの?」
「ああ、そうだよ。意外とゆっくり出来そうな場所だろ?」
俺がそう言って笑顔を浮かべると、れいむと赤ちゃん達も笑顔になった。
「「ゆっくちー」」
「ゆ!ここならゆっくりできるよ!」
もっとも、今このゆっくり達の目に映っているのは犬猫の預かり所と事務員の職場の中間地点に当たる場所。
つまり、犬猫はいないし、空調も効いている場所なのだからそう見えるのは当然だろう。
やがて、こいつらがゆっくりする場所はここじゃない。れいむ達はそのまま職員の中年男性に抱きかかえられて犬猫の預かり所に入っていった。
が、ここの職員でない俺は残念ながらそこから先へは行けないので、窓越しにあいつらの最期を見届けることにした。
なんつーか・・・偽善だよなぁ・・・。
お兄さんに連れられて、ほけんじょってところの犬さんや猫さんがいっぱいいるところにやってきた。
犬さんも猫さんも普段は怖いけど、檻の中にいるからぜんぜん大丈夫。
「「ゆ~ゆゆゆ~♪」」
赤ちゃん達もそのことに気付いて、犬さん達にお歌を聞かせてあげている。
「ねえ、おじさん!れいむのあかちゃんおうたじょうずでしょう!」
でも、おじさんは何度話しかけても返事をしてくれない。ずっと、何も言わずにれいむ達を抱えて歩き続けている。
「ねえ、どうしてむしするの!れいむおこるよ!」
ぷくぅ~っと頬を膨らませる。それを見た赤ちゃん達も一緒に頬を膨らませていた。
すると、それを見たおじさんが足を止めて、檻の中の犬さん達のほうを見た。
「ゆ~~~~~~?」
「ゆ!おそらをとんでるみたいだよ!」
いきなり浮遊感がやってきて、その直後に地面に叩きつけられた。
「「ゆううううううううううう!!」」
「ゆぎゅ!おじさん、なにする・・・の?」
振り返ったときにはおじさんはそばにあった扉からお外に出て行っていて、その姿が・・・檻の向こう側に見えた。
「ゆぅぅぅぅぅうん!ゆうぅぅぅぅぅぅ!」
「ゆ!?れいむのあかちゃんだいじょうぶ?」
痛みで身動きが取れないまま涙を流す赤ちゃん達のそばに駆け寄って頬ずりしてあげようとしたとき、突然、赤ちゃんの口から上が消えた。
ウウウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウ・・・!
「ゆ!?犬さん、ゆっくりやめてね!」
赤ちゃんを食べた犬さんはもう一匹の赤ちゃんもすぐに飲み込んで、れいむのほうを見る。
「れいむのあがぢゃんがあああああああ、ゆぎぃ!?」
犬さんの大きな前足の爪がれいむの皮に食い込み、そこから餡子が少しだけ漏れ出した。
「いだい!いだいよおおおおおおおお!」
でも、泣いても犬さんは全くやめてくれなかった。
二回目の前足パンチでリボンと髪の毛を引きちぎられて、三回目でお目目を潰された。
四回目からは・・・もう何も分からなかったよ。
---あとがき---
いくつか前のスレで見かけたネタが下地になってます。
今回のコンセプトは現代社会のゆっくりがいたら社会的にどういう扱いを受けるのか?
この現代社会のゆっくりシリーズに出てくるゆっくりはかなりオリ設定が濃厚です。
赤ちゃんは「ゆっくり」としか喋れないし、母れいむもあんまり口汚くない。一見するとスタンダードタイプですが。
多分、高度な言語能力は後天性のものなので飼い主しだいでは想像を絶するような口汚いゆっくりも生まれるかもしれません。
byゆっくりボールマン
最終更新:2008年09月14日 08:11