広大な草原をお兄さんは進む。
ずんずんとしっかり草を踏みしめて進んでいくと、一匹のゆっくりありすに見つかった。

「ゆっ! きのうのいなかもぶべっ!」
「悪いな、今日はただのゆっくりには興味がない」

かまわず踏み潰して進むお兄さん。
その音が聞こえたのか、ドスまりさが険しい顔で振り返った。
お兄さんとドスまりさ、両者の視線が交差する。

「やあ、昨日はどうも。ごきげんはいかがかな?」
「ゆっ! みんな、ここから離れてね!」

慌てて他のゆっくりを避難させるドスまりさ。
しかしお兄さんの進撃は止まらず、どんどんとゆっくり達を踏み潰していく。
既に昨日忠告はした。だからもうチャンスは与えない、とドスまりさは思った。

「もう怒ったよ! 昨日の忠告を聞かないなんて! 悪いけどお兄さんの命は貰ったよ!」

言い終わるが早いか、その巨体に似合わない速さで体当たりを仕掛けるドスまりさ。
しかし、その攻撃がお兄さんに当たることはなかった。

「ゆっ!?」

何もない宙へと突撃し、そのまま顔面から地面へとドスまりさは突っ込んだ。
その後方ではお兄さんがニヤニヤと笑っている。

「いかんなぁ、貴様には速さが足りない」

ドスまりさは困惑した。
確かに人間は素早い。だが生身でこんなに速く動けるはずはない。
それにあの人間には自分の姿が見えていない。それは昨日にわかっている。
何かの偶然が起きたのだろう、とドスまりさは判断した。
そして体勢を立て直し、再びお兄さんへと突撃する。

「速さも足りないが…何より力が足りんッ!」

迫りくるドスまりさに対してお兄さんは右拳を打ち込んだ。
両者激突する激しい音が周囲に響く。
一体どうなったのか、周りにいたゆっくり達にはわからなかった。
ドスまりさの悲鳴が聞こえるまでは。

「ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! い、いだいぃぃぃぃ!!」

叫び声を上げながらのたうちまわるドスまりさ。
その体には人間の拳程度の穴があいている。
ドスまりさにとっては気にもならないぐらいの小さな傷。だがそれはどういうわけか確実に彼女に激痛をもたらしていた。

「ゆ゛ぅ、仕方ない…お兄さん、ゆっくりしていってね!」

ドスまりさの周囲にオーラが漂い始めた。
昨日と同じく、ゆっくり光線がお兄さんを覆い、敵意を奪っていく。
そうなればあとはこちらのものだ。気は進まないがお兄さんには死んでもらおう。
と、ドスまりさはそう思っていた。
しかし。

「小賢しいッッ!!」

お兄さんの一喝と共に周囲に満ちていたゆっくり光線が綺麗さっぱり弾け飛ぶ。
予想外の出来事に困惑するドスまりさにお兄さんの頭突きが叩き込まれた。

「力こそパワーだ!」
「ゆぶぁぁぁぁぁぁっ!!」

下腹部にとてつもない衝撃を受け、巨体が悶える。
穴は空いてこそいないがそのダメージは普通の傷の比ではない。
ドスまりさは当然知らない事だがこの激痛もお兄さんの飲んだドリンク剤のせいだった。
ゆっくりに与える痛みを普段の何十、何百倍にも増加させるという反則気味の効力である。
先程の回避行動や今の的確な攻撃。
間違いなくこの人間には自分の姿が見えている、そうドスまりさは確信した。

「ゆゆ゛っ!? お兄さん、昨日のお兄さんでしょ? ち、違うの?」

涙を堪えながらドスまりさは目の前のお兄さんに問う。
見た目は昨日現われた人間と全く一緒だ。
しかし、どうやら彼には自分の姿が見えているようだし、何より昨日とは力が違いすぎる。
ドスまりさの問いにお兄さんはニヤリと口元を上げた。

「違うな、俺は虐待お兄さんEXだ」

そう言うなりドスまりさを蹴り上げるお兄さん、いやお兄さんEX。
すると、あろうことかドスまりさの巨体が宙に舞い、元いた場所から数十メートル離れた所まで吹き飛んだ。

「ゆ゛ぶぇっ!?」

地面に叩きつけられ、苦痛の声を上げるドスまりさ。
何が何だかわからない、というのが今の彼女の心境だった。
無理もない、相手は自分より遥かに小さく弱いはずの人間。しかし、それが今自分と同等かそれ以上の力を持っているのだ。
草がクッションになったものの、それなりのダメージを受けたドスまりさの耳に悲鳴が聞こえた。

「は、はなすんだぜぇぇぇ!!」

その声の主はゆっくりまりさだった。
見ると、あの人間に頭を掴まれているではないか。
やめろ!と叫びたいが、落下時のショックからかドスまりさは声が出せずにいた。

「ん? この俺が言う事聞くと思うの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

ギリギリと力を込めていく虐待お兄さんEX。
五本の指がまりさの頭に食い込み、餡子が飛び出た。

「う゛あ゛あ゛ぁぁぁ!! い゛だいぃぃぃぃ!! だずげでどすぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

ブチュリ

頭を握り潰されたまりさの下半身が地面に落ちた。
それを合図にお兄さんEXは次々と周りのゆっくり達を虐殺していく。

「やべでぇぇぇぇ!! どぼじでごんな゛ごどずるのぉぉぉぉ!!」
「でいぶだぢなにも゛わ゛るい゛ごとじていない゛のに゛ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「とかい゛はのどずぅぅぅぅぅぅ!! だすげでぇぇぇぇぇ!!」
「む、むぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!?」
「わがらな゛いぃぃ! わがらな゛い゛よ゛おぉぉぉぉぉ!!」

それはまさにゆっくりにとっての地獄絵図。
千切っては投げ千切っては投げ。大人も子供も赤ちゃんも、皆等しく殺されていく。
お兄さんEXはチラリとドスまりさを横目で見るとニヤリと口元を歪めた。
それを見たドスまりさは理解した。これは自分に見せつけるためにやっているのだと。

「やめろ…」

誰にでも優しく接することのできるれいむ。
お調子者だけどゆっくり達のムードメーカーのまりさ。
とっても頭が良く、色々な事を知っているぱちゅりー。
美しく、群れのアイドル的存在のありす。
素直でとっても可愛らしいちぇん。
皆殺されてしまった。とってもいい子たちだった。なのに何故こんなことに。
ドスまりさは震えていた。
しかしそれは恐怖からではない。お兄さんEXとそして皆を守れなかった自分自身に対しての怒りから。

「や゛め゛ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

全力を込め、お兄さんEXに突進するドスまりさ。大地が揺れ、風が咆哮する。
それに気づいたお兄さんEXはゆっくり達をジェノサイドする手を止め、迫ってくるドスまりさの方を向いて再び拳を構えた。
足首、膝、肩、手首…その他体中のありとあらゆる関節に回転を加え、ドスの巨体へと音速の拳を放つ。
バシャアッ!という音、それに続いて分厚い皮が破れる音が一瞬のうちに炸裂した。

「う゛がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

大きく裂けた傷口から餡子を垂れ流すドスまりさ。
それに対してお兄さんEXの拳は傷一つ付いていない。

「おいおい、なんて弱っちいんだ。もう少し楽しませてくれよ」

ゲラゲラ笑うお兄さんEX。その顔は余裕の表情だ。
このままでは殺されるとドスまりさが思った時、それは起こった。

「みんな! しっかりつかまえるのよ!」
「わかってるんだぜ! にんげんのすきかってにはさせないんだぜ!」
「ちーんぽ!」

お兄さんEXの足元に生き残ったゆっくり達が集まり、身動きをとれなくしたのだ。
ゆっくり数匹程度ならどうということはないだろう。
だが何十匹と集まり、他のゆっくり越しにも押さえつけられるとならば話は別だ。

「どす! どすぱーくをつかって!」
「こいつをやっつけるにはそれしかないよ!」

破壊光線(ドスパーク)。それはドスまりさ最強の攻撃。
まともにくらえばゆっくりは勿論人間ですら消滅すさせるほどの威力を持つ。
確かにこの異常な人間を殺すにはそれしかない。
しかし、それは同時にお兄さんEXにしがみついているゆっくり達も巻き添えにしてしまうということ。
そんな事はできない。しかしそうしなければこの人間は倒せない。
苦悩するドスまりさの前で、お兄さんEXは何とか足を振る。

「えぇい、離れろ! 気持ち悪い」

その衝撃で潰れる何匹かのゆっくり。
だがその空いたスペースにまた新しいゆっくりがお兄さんEXの足にしがみつく。

「どす! はやく!」
「このにんげんをほっておいたら、ほかのむれのゆっくりたちにもきがいがおよぶかもしれないのよ!」
「そうだぜ! まりさたちのことはきにしないでほしいんだぜ!」

そこまでの覚悟。この子達は自分の身より他のゆっくりの心配をしているのだ。
なんていい子達なんだろう、そして同時になんて自分は無力なんだろう。
そう思うとドスまりさは涙が止まらなくなった。
己の無力さを噛みしめ、ドスまりさは口を大きく開ける。
その奥では大きな光が輝いていた。

「みんな…ごべんね゛!」

両目から涙を溢れさせながら、ドスまりさは破壊光線を発射した。
太陽が地上に現れたかと思うような眩い光。
それは確実にゆっくり達ごとお兄さんEXに直撃した。
破壊の光はゆっくり達を苦痛もなく一瞬にして消し去っり、お兄さんEXに殺されたゆっくり達の死体も同時に全て消滅させた。
土煙が舞い、草原を覆う。

「みんなごめんね…みんなの分まで私は生きるよ…」

自分の手で葬ってしまったゆっくり達にドスまりさは誓う。
本当は守らなければならなかった者達。それを自分は全て手にかけてしまった。
追悼の涙が両頬に流れる。
ドスまりさは誓った。もう涙を流すのはこれが最後にしようと。
二度と泣かないように、死んでしまった皆の分も強く生きようと決心した。
そして――その顔が絶望に歪む。

「くだらん技だな、ただホコリを巻き上げるだけか」
「あ、ああ゛……」

薄くなってきた土煙から姿を現したお兄さんEXは全くの無傷だった。
一瞬ドスまりさは破壊光線が外れたのかと思った。
しかし、お兄さんにEXにしがみついていたゆっくり達が跡形もなく消滅しているのがそれが間違いだという裏付け。
お兄さんEXには全く効果がなく、ドスまりさはゆっくりのみ殺してしまったのだ。
命を賭けてドスまりさにチャンスを与えてくれたゆっくり達だけを殺してしまったのだ。
ちなみにEX状態となっているお兄さんをゆっくりが何匹集まろうと足止め出来るわけがない。
動けないふりをしたのは全て演技だったのだ。

「嘘だ…嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ドスまりさは再び大きく口を開き、ドスパークを放つ。
お兄さんEXの体が光に包まれるが、その体は相変わらず傷一つ付かない。

「ドスといっても所詮ゆっくりか、学習能力が…ありゃ?」

お兄さんEXの視界から光が消え、元の風景を映し出す。
しかし、そこには誰もいなかった。
先程まで確かに目の前にいた巨体が消えている。
一体どこへ、とお兄さんEXが考えたとき、大地を大きな影が覆った。

「上かッ!!」

お兄さんEXは空を見上げる。
そこには天高く跳躍したドスまりさがいた。
二度目のドスパークは目くらましだったのであろう、真の目的は最も単純で、それゆえ最も効果的な踏みつけだったのだ。
長い滞空時間の後、ドスまりさはお兄さんEXめがけて全体重を乗せて落下した。
自分の身はどうなってもいい、この化け物を殺せるのなら。
それに対し、上空から聞こえてくる轟音を耳に、お兄さんEXはその場にしゃがんだ。
そして二人は激突する。

「しね゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「サマァァソルトキィィィィィィック!!」

ドスまりさの落下に合わせてお兄さんEXは後方宙返りをしながら蹴りを放った。
発生した衝撃波でドスまりさの底面の皮が破れ、大量の餡子が漏れ出す。
と同時にお兄さんEXは地面を蹴る力を利用し、驚異のジャンプ力で安全な場所へと着地していた。
ドスまりさ着地の衝撃で大地が揺れ、グチャリという大きな音が草原に響く。
それはドスまりさの底面の傷が大きく裂け、下半身が潰れてしまった音だった。
これではもう動くことも出来ないだろう。

「ゆ゛ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」

下半身を失うほどの激痛がドスまりさを襲う。
だが涙は流さなかった。何が何でも強く生きようと決心したから。

「あっはははは! ぶざまだなぁ、えぇ? ドスが聞いて呆れるぜ!」

ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるお兄さんEXが近づく。
その顔に浮かぶは勝利の余韻。
餡子が漏れる痛みに耐えながら、ドスまりさは目の前の男を睨みつけた。

「あんたみたいなのに負けないよ!」
「おいおい、状況をよく見てみろよ…っと、餡子脳にそんなこと言っても無駄か! あっはははははは!」
「違うよ、心だよ! 私はあんなみたいなゲスヤローには決して屈しないよ!」

その言葉にお兄さんEXがさらに意地の悪い笑みになる。

「ゴミクズにゲスヤローと言われるとは、面白い! その強がりがどこまで保つか、試させてもらおう」

お兄さんEXは動けないドスまりさに近寄り、勢いよく地面を蹴った。
異常な脚力が生み出す跳躍により、お兄さんEXはドスまりさの右目付近まで体を持っていくことができた。
そして、その目に向かって手刀を叩きこむ。
それは文字通り手の刀となってドスまりさの右目を縦一線に綺麗に裂いた。

「ゆぎゃあ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

傷口から餡子が漏れ、草原の緑を黒に染める。
だがやはり涙は出さない。何が有ろうと流さないと誓ったから。

「ふーん、意外と強情なんだな。いいねぇ、こっちもやりがいがある」

目の他にも数か所傷つけてみたがドスまりさは叫ぶだけで泣きはしない。

「ならこれはどうかな?」

お兄さんEXはライター(漂着物)を取り出し、火をつけた。
シュポッと小さな火が灯る。しかし、この程度の火力ではドスまりさに火傷一つ負わせることはできないだろう。
お兄さんEXは火に口を近づけ、大きく息を吹きかける。普通なら小さな火を吹き消してしまうような行為。
しかしその時!不思議なことが起こった!
お兄さんEXの息を媒介とし、ライターの小さな火は火炎放射のごとく勢いよく舞う大きな炎となったのだ。
獲物を求め、うねりを上げて燃え盛る炎。
それはドスまりさの美しい髪の毛に引火し、どんどんと燃えてゆく。
もちろん、髪に結ばれていたものをも取り込んで。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! りぼんが、りぼんがあぁぁぁぁぁぁ!!」

それは仲間達からの信頼の証。
れいむがくれた、まりさがくれた、ありすがくれた、ちぇんがくれた…群れの皆から貰った大切な絆。
それが今、音を立てて燃えている。赤い悪魔が喰らってゆく。
炎は暫く獲物を捕え続け、消え去った後にはドスまりさの髪の毛はほとんどなくなっていた。
かつて綺麗なりぼんだったものが黒い灰となり、風に流されてゆく。
ドスまりさは唇を噛みしめていた。少しで力を緩めると涙が流れそうだ。
だから彼女は食いしばる。例え唇が破れ、餡子が漏れようともかまわずに。

「いいねぇ、その顔。ぞくぞくする」

オラッオラッという掛け声とともにドスまりさの皮を何度も蹴るお兄さんEX。
本来は何とも無いはずのその攻撃は皮を破り、ドスまりさに激痛をもたらす。
餡子がどんどん漏れていき、次第にドスまりさの頭はぼやけ始めた時、彼女の耳に小さな声が入って来た。

「どしゅをいじめりゅなー!」
「ゆっくりできにゃいおじしゃんはゆっくりしにぇー!」

それは昨日の夜生まれたれいむとまりさの赤ちゃん達だった。
両親に森まで連れて行かれ、しばらく隠れるように言われていたのだ。
だがその内の一匹が様子を見にきてみるとドスが人間に虐められているではないか。
赤ちゃんゆっくり達はいてもたってもいられなくなり、加勢に来たのだった。
ちなみに両親は赤ちゃん達を避難させた後、ドスまりさを助けるために草原に戻り、潰されていた。
ぽすぽすとお兄さんEXに体当たりする赤ちゃん達。
それを見るドスまりさは気が気ではなく、思わず口走ってしまう。

「駄目だよっ! みんな逃げて!」

直後、自分の失言に気付いて青ざめるドスまりさ。
見ると――お兄さんEXの顔には今までで最上級の邪悪な笑みが張り付いていた。
狂気に満ちた目を見開き、両端が裂けるのではないかと思われるほど口を吊り上げて笑うお兄さんEX。

「ほっほ~う、どうやら…お前はこいつらが大切らしいな?」

と、赤ちゃんれいむを摘み上げる。
親指と人差し指に挟まれた赤れいむは状況が分かっていないのか、お兄さんEXに向けて罵声を放っていた。

「はにゃせー! こにょくしょじじぃ!」
「いもーとをはにゃさにゃいといのちはにゃいよ!」
「おねーちゃん! かみちゅいちゃえ!」

掴まれている赤ちゃんれいむだけでなく、足もとにいるの他の赤ちゃんゆっくり達も抗議の声を上げる。
それを聞いたお兄さんEXはちょっと不機嫌そうにドスまりさに尋ねた。

「なあ、ドス。こいつら潰していいか?」
「…ッ!?」

ドスまりさにはわかっていた。
これは単なる自分を動揺させるだけの言葉だ。遅かれ早かれこの赤ん坊達はこの化け物に殺されるだろう。
しかし、何もせずに見ているだけなど出来る筈がない。
たとえそれがこの人間を喜ばせるだけだと理解していても。

「やめてっ! 私はどうなってもいいからその子達には手を出さないで!」
「あァ? どうやら物の頼み方ってのを知らねぇらしいな」

お兄さんEXが挟む力を少し強めると、それだけで赤ちゃんれいむの体は瓢箪形に変形した。
先程までの余裕はどこへやら、顔を真っ黒にして泣き叫ぶ赤ちゃんれいむ。

「ゆぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! やべぢぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! ぐるじぃぃよぉぉぉぉぉ!!」
「や、やめてください! お願いします!」
「何だ、ちゃんと知ってんじゃねぇか。最初から敬語を使わないなんて、どうやら俺はまだ舐められてるみたいだな」

ブチュッ

口や目、さらに耳からも餡子を吹き出して赤ちゃんれいむは絶命した。
ドスまりさは必死に涙を堪え、歯を食いしばる。
それを見て漸く周りにいる赤ん坊ゆっくりたちにも状況が理解できたようだ。

「ま゛り゛ざのいも゛ーちょがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「いや゛ぁぁぁぁぁぁぁ!! お゛ねぇぇぇちゃゃゃゃん゛!!」
「だしゅけてぇぇぇおかぁぁしゃぁぁぁぁん!! おとうしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「どぼしできてくれにゃいのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

昨日生まれたばかりの小さな命が頼りにするのは自分の親。
だが両親は既にお兄さんEXによって殺され、ドスパークによって死体も綺麗に消滅している。
ドスまりさは決心した。この子達を生きてこの場から逃がすのが自分の最後の使命だと。
もう下半身は無く、移動することはできない。だがまだ上半身が残っている。
幸い、お兄さんEXはその射程圏内に入っていた。
ドスまりさは持てる全ての力を振り絞り、頭を屈ませてその大きな帽子の淵でお兄さんEXを捕らえる。

「んあっ!?」

刹那、お兄さんEXの体が上空に投げ飛ばされた。
元々はゆっくり達を楽しませる目的のたかいたかい。
それは人間に使用すれば確実に死に追いやる行為でもあった。
しかし、ドスパークと踏みつけが効かなかった時点であの人間をこの攻撃でも殺せるとは思っていない。
ドスまりさはただ赤ちゃん達をここから避難させる時間稼ぎを少しでもしたかったのだ。

「皆! 急いでここから森の中まで逃げて!」
「で、でもおかあしゃんが――」
「いいから早く!!」

今朝までの優しい口調ではなく、恐ろしい剣幕で叫ぶドスまりさ。
それに赤ちゃんゆっくり達は一瞬ビクッと体を震えさせたが、すぐに森の方へと走っていった。
ドスまりさの言う事を聞いていれば絶対にゆっくりできる、それを昨日両親から教わったから。
今はただあの恐ろしい人間から逃げればいい。
そうすればまた優しい群れの皆とゆっくりできる、とそう信じて。

「あー、なるほど。そういうことか」

眼下の光景を見てお兄さんEXは何が起きたか理解した。
本来のたかいたかいの半分程度の高度までしか飛ばされていなかったが、それでも普通の人間なら落ちれば確実に死にいたる高さである。
だがお兄さんEXは全く焦っていない。今までと同じく、絶対に助かることが本能でわかっているから。

「ならこっちにも考えがある」

落下し始めた体の向きを調節し、空中を移動する。
それはそのまま垂直に落ちていくよりも、後方――ドスまりさから離れるように大きく弧を描くような形となった。

「こりぇだけはしったらもうにんげんもおいちゅけにゃいね!」
「それにきっとどしゅがやっちゅけてくれりゅよ!」
「そうしたらまたみんにゃでゆっくちしようにぇ♪」

等と陽気に喋りながら森を目指す赤ちゃんゆっくり達。どうやら死んだ姉妹の事は忘れてしまったらしい。
頭の中にあるのはただ一つ、ドスの言う事を聞けばゆっくりできるということだけだった。

「ゆっ! もうしゅぐだよ!」

実際はまだ半分ほどしか進んでいないのだが赤ちゃん達にとってはかなり走ったように思えた。
あとちょっとでゆっくりできる。
赤ちゃんゆっくり達が目を輝かせた時、それは空から落ちてきた。

「本日の天気は晴れ、ところによりお兄さんが降るでしょう!」

落下してきたお兄さんEXの下敷きになり、ブチュブチュという音を立てて潰される赤ちゃんゆっくり達。
運よく二匹の赤ちゃんがそれを免れた。

「う゛あ゛ぁぁぁぁぁまでぃざのい゛もーどだぢがぁぁぁぁぁ!!」
「ゆ゛ぅぅぅぅぅぅぅ!? おにぇーぢゃぁぁぁぁぁぁん!!」

潰れて飛び散った姉妹の餡子を顔に受け、泣き叫ぶ二匹の赤ちゃんゆっくり。
それは丁度れいむ種とまりさ種だった。
お兄さんEXはそれを一匹ずつ両手に掴んだ。

「う゛あ…そんなぁ…」

全てを見ていたドスまりさは絶望した。
これでもう希望は無くなった。あの子達は殺され、自分もこのまま死ぬだろう。
何故こんなことになったのだろうか。
群れのゆっくり達は人間に迷惑をかけたことなんてない。
この草原で時に笑い、時に怒り、時に泣き、皆で平和にゆっくりしていただけだ。
餡子が少なくなり、ぼやけた頭でそんな事を考えていると、お兄さんEXが目の前に戻ってきた。

「さてさて、ドスちゃ~ん。もうそろそろ意識が危ないかな? かな?」

鬱陶しいぐらいに楽しそうに声を上げるお兄さんEX。
その手には赤ちゃんれいむとまりさが握られている。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!! ゆっくちちたいよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「たしゅけてどしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

両の手から聞こえてくる悲鳴。それを聞いてドスまりさの意識が少し覚醒した。

「ゆ゛…お兄さん…その子達を放してあげてください…」

それが今できる精一杯の事。
もう動くことができず、喋る体力もほとんど無い。

「そうだな、ならお前に選んでもらおうか」
「…え?」

お兄さんEXは両手をドスまりさの残る左目にはっきりと映るように前に差し出した。
その中では赤ちゃんれいむとまりさが泣いている。

「れいむとまりさ。お前はどちらに未来を託す?」

一瞬何を聞かれたのかがわからなかった。
だがすぐにドスまりさは理解した。
生かしたい方を選べと、殺したい方を選べと言っているのだ。
言葉の意味がよく分かっていない二匹の赤ちゃんはただドスに助けを呼ぶばかり。

「どうした? はやく選べよ」
「そんなの…できないよ…」

出来る筈がない。どちらかを選ぶなど。
いらない命なんて無いのだから。大切な仲間なのだから。

「そうかい。なら仕方ない…なッ!!」

掛け声と共にお兄さんEXは両手を振り、ドスまりさめがけて赤ちゃん達を投げつける。
勢いよく分厚いドスまりさの皮に衝突した二匹は放射状の小さな黒い染みとなった。

「うあ…うあ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「おいおい、お前が悪いんだぞ? どっちか選ぶことなんて出来ないって言ったんだからな」

耳をつんざく激しい慟哭。
だがお兄さんEXは耳を塞がない。それは彼が最も愛する音楽だから。
体力もほとんどなくなり、意識も薄れているドスまりさは最後に聞く。

「お…お兄さん…、どうして…何の理由があってこんなことする…の?」
「理由か…理由ねぇ」

お兄さんEXは右手を口に当て、クックックと笑った。
復讐。それもあるだろう。だがそんなものは途中でどうでもよくなっていた。
元を辿ればたった一つ。とても単純、いたってシンプルな理由。

「そんなものはただ一つ。お前がゆっくりで、俺が虐待お兄さんだからだ」

瞬間、ドスまりさの中で何かが切れた。
そんな――そんなくだらない理由で皆死んだのか。
そんなくだらない理由であの幸せは壊されたのか。
そんなくだらない理由でこの人間はここまで酷い事ができるのか。
狂っている、とドスまりさは薄れゆく意識の中で思った。
そしてそんなモノに手も足も出なかった自分自身を思うと情けなさで今まで我慢してきた涙が溢れ出た。
一度境界を越えてしまったらもう止めることはできない。
ドスまりさはその巨体に似合う大量の涙を滝のように流し続けた。

「あははははは! どうした? 心は負けないんじゃなかったのか?」

手を叩いて心底嬉しそうに笑うお兄さんEX。
だがその声もドスまりさには聞こえていなかった。
彼女の頭に思い浮かぶのは今朝までの平和で幸福な日々。
ゆっくり達が追いかけっこをしたり、お昼寝をしたり、愛を語っていたりしたゆっくりした日常。
それが永遠に失われてしまったのだ。二度と手に入らないのだ。
こんなゴミクズ野郎が来なければ。昨日殺しておけば。
絶望と後悔と憤怒を折り混ぜてドスまりさは泣き続ける。

「いいねぇその表情! 最高だ! 頑張ったかいがあるってもんだ!」

涙が枯れ果てるまで泣いたころ、彼女は静かに息を引き取った。その顔には負の感情が張り付いている。
それを確認したお兄さんEXは意気揚々と軽やかなステップを踏み、鼻歌を口ずさみながらその場を後にした。
今朝まではゆっくり達で賑わっていた草原。今はただ、巨大な饅頭が横たわるのみ。
ゆっくり達が楽しそうにはしゃぐ声も、姿もどこにも無い。鳥の小さなさえずりが聞こえるだけだった。


ちなみにこの後三日間、お兄さんは薬の副作用でロクに体が動きませんでしたとさ。


終わり

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最終更新:2022年06月03日 22:19