研究室に戻ってきた男は"まりさ"の相手をしてやった。
"れいむ"の様子を見に行くと伝えてあったので、ゆっくりできていたか聞いてきた。
男は、家族ととてもゆっくりできていたと教えた。
大事な実験体にわざわざストレスを与える必要もない。
それを聞くと安心したようだった。
別れて数日たつが、"まりさ"は"れいむ"のことをしっかり覚えていた。
れいむ種は家族だけでなく群れや友達も大事にするようだ。
追い詰められたときの優先順位は群れより家族および自分な辺りがゆっくりらしいが。

「れいむがげんきならいいんだぜ! まりさはさみしくないぜ!!」
こうは言っているが本心は"れいむ"が羨ましいことだろう。
本当に珍しくよくできたゆっくりだ。
そこで前回と同じようにお話について話す。
「また悲しいお話と嬉しいお話があるんだけどどうする?」
すると予想外の答えが返ってきた。
「かなしいほうからきくんだぜ!! そのほうがゆっくりできるんだぜ!!!」
どうにもゆっくりらしくない発言だ。
飾りを入れ替えて以来、知能も向上しているような気がする。
新たな研究材料になりそうだ。
男が自分の世界に入りそうになっていると"まりさ"が催促してきた。
「おにいさんゆっくりはやくおはなししてほしいんだぜ!!!」
難しい注文だ。ゆっくり且つ早くとは。
ゆっくりという言葉の使い方が根底から間違っているのではなかろうか。
「ああ、ごめんよ。悲しいお話っていうのは、今日で"まりさ"とはお別れしなきゃいけないってことなんだ」
「ゆっ!? おにいさんまりさがきらいになっちゃったんだぜ!?
 わるいことしちゃったんならあやまるんだぜ!!!」
まりさ種がみんなこんな性格ならもう少し長生きできるだろうに。
「ちがうよ。"まりさ"はいいゆっくりだから嫌いじゃないさ。」
「ほんとなんだぜ? よかったんだぜ!!」
「いいゆっくりの"まりさ"に嬉しい話もしてやろう。明日お前も家族のところに連れて行ってやるぞ。だからお別れなんだ」
「ゆゆっ!!! ほんとに!? ほんとにまりさかぞくにあえるんだぜ!?」
「お兄さんは嘘ついたことないだろう。頑張ってまりさがいなくなっちゃた家族を探したんだよ」
実際には、男がその家族から"れいむ"となったあのまりさを連れてきたのだが。
「ありがとうなんだぜおにいさん!!! "まりさ"うれしいぜ!!!」
「そうかそうか。よし! お別れの前にゆっくり遊んでやるぞ!!」
「ゆっくりしていってね!!!」
いいお兄さんでいるのも結構面倒だ。次の実験では冷淡なお兄さんにでもなろうか。
実験の道具に情が移るなんてことはない。

翌朝、男は一週間分の食料やらテントやらを準備して、"まりさ"を連れて森の中にある広場に来ていた。
大仰な荷物のわけはというと"れいむ"のときは様子見に行ったらあんなことになっていたので、今回は巣の近くに留まることにしたのだ。
前回と同じく巣の中をのぞいてみると、一家はまだ眠っていた。
自然に起きるのを待つのは時間の無駄なので起こす。
「ゆっくりしていってね!!!!!」
「「「「「びっくりしていってね!?!?!?」」」」」
突然の大声に混乱しているようだ。挨拶がおかしい。
「ゆゆっ! おにいさんまりさたちはまだおねむだよ!! しずかにしてね!!!」
これが親まりさ。おそらく母親だろう。母親になったまりさ種はだぜ言葉でない場合が多い。
「「「「そうだぜ!!! ゆっくりできないんだぜ!!!!」
こちらは子まりさたちと父親。しっかりだぜ言葉だ。
男も随分と大声を出したつもりだったがそれより遥かに煩いのがゆっくりの声だ。
「ごめんよ。でも君たちに大事なものを持って来たから早く見せたくて起こしちゃったんだよ。」
「だいじなもの? なんなんだぜ?」
「君たち最近とても大事なものを無くさなかったかな?」
「まりさのかわいいこどもがいなくなっちゃたからさがしてるよ!!!!」
「「「とってもかわいいいもうとなんだぜ!!!」」」
さすがに母親は大事なものと聞いていなくなった子供を思い浮かべたらしいが、父親は「そういえば」といった表情だ。
まりさ種らしい反応だろう。
「きっとこの子じゃないかと思ってつれてきたんだけど」
そう言いながら"まりさ"を見せる。
「ゆっくりしていってね!!!」
「「「「「ゆっくりしていってね!!!」」」」」
"まりさ"の挨拶に一家が返事をする。
これは本能的なものなのでまだ"まりさ"が家族として受け入れられたわけではない。
だが心配はなさそうだった。
「まりさ! みんなしんぱいしたんだよ!!!」
「そうだぜ! みんなでさがしたんだぜ!!!」
「「「しんぱいだったんだぜ!!!」」」
「ゆっくりごめんなさいだぜ!!!」
れいむ一家と同じように疑うことなく受け入れた。
おそらく"まりさ"ならば上手くいくだろう。
とりあえず嘘の事情を説明して信頼を得る。
巣の近くに居座るつもりなのだから良い人間だと思わせなければならない。
"まりさ"がよく懐いていたおかげで簡単だった。
その後、男は予定通りテントを設営しまりさ一家の観察を始めた。
事前に博麗神社でお札を買ってあるので妖怪については大丈夫だろう。たぶん。
ケチらず一番高いのを買ったのだ。というより、それ以外には色々不安な点があるような話をされては仕方がなかった。

観察日誌

観察一日目 
特に変わった様子はない。
昨日はれいむ一家のようにお祝いをしていたようだった。
そのせいか中々起きてこない。
そろそろ昼飯の準備でも、と思っていると全員が巣から出てきた。
どうやら餌を集めに行くようだ。
"まりさ"は完全に家族の一員だった。
一家の後についていき観察を続けるが、ごく一般的な野生のまりさ種の生活をしているだけで目新しいことは何もなかった。
なにせ他のゆっくりと出会っても"まりさ"が不審がられるようなこともないほどだ。
その後は巣の近くでゆっくりし、薄暗くなってくると巣の中へ入っていった。
正直に言ってつまらない一日だったと、嘆息した。
だが、まだ一日目である。
その内に何か起こるだろうと期待して早めに休むことにした。

観察二日目
昨日より早くに起きだしてきた以外に特筆すべきことはなかった。
この辺りは危険の少ない土地らしく他のゆっくりの姿も見られたが、希少種でもないのでどうでもいい。
"まりさ"は他のゆっくりの友達ができたようだ。
夕方になると空に雲が増えてきた。明日は降るかもしれない。
一応雨に備える準備をしてテントの中へ入った。

観察三日目
予想通りに朝から雨が降っていた。
親まりさが巣穴から外を覗き、しょんぼりしながら戻っていった。
水に長時間当たると溶けて死んでしまうゆっくりは、雨の日は巣の中でゆっくり過ごすしかない。
入り口はしっかり閉じてあるようなので雨で中が駄目になることはないだろう。
出てこない以上"まりさ"の様子もわからない。
男もテントの中でゆっくりするしかなかった。
明日には晴れることを祈ろう。

観察四日目
昨日とは打って変わってよく晴れた日だった。
まりさ一家も近くに住むほかのゆっくりも嬉しそうだ。
喜び勇んで遊びに出かけていった。
当然ついていき様子を見ていたが初日と変わらず楽しげなゆっくりたちを眺めることになっただけだった。
フラストレーションが溜まり潰してしまいたくなったが、そんなことをすれば観察が続けられない。
"まりさ"は先日友達になったらしいゆっくりと遊んでいた。
せめて美味い物でもと思い、もって来た食料の中でも一番良いものを食べた。
すこしは気分も晴れ、よく眠れた。

観察五日目
天気は快晴。
一家に変わった様子はなし。
"まりさ"は末っ子として可愛がられているらしい。
この数日で研究室にいたころより健康になっている。
ゆっくりにとっても他者とのコミュニケーションや家族との生活は重要なようだ。
すこし人恋しくなってきた。
せめて何か面白いことが起きれば…この数日間そればかりだ。

観察六日目
天気は曇りだ。
一家の様子は変わりなし。
"まりさ"はとても良いゆっくりとしてこのあたりでも評判になった。
あの"れいむ"を連れて行った家族の一員だとは思えないほどだ。
どうやら"まりさ"が上手くやっていけそうなのを見届けるだけになりそうだった。
明日の夕方には撤退だ。
すこし荷物をまとめておこう。



べつに失敗ではないのだが"れいむ"の方があんな結果だったのでなんだか物足りないと男は思っていた。
そして男の願いが叶ったかのように七日目に事件は起きた。


観察七日目
天気は晴れ。すこし雲が残っているが雨の心配はしなくてよさそうだ。
夕方には引き揚げるのでテントを初めとした荷物を片付ける。
一通り片付け終えたころにまりさ一家が起きだしてきた。
いつもと様子が違ったので声をかけてみると、今日はすこし遠出をするらしい。
なんでも末っ子の"まりさ"に川渡りをさせるそうだ。
この、もとはれいむ種の"まりさ"の川渡り。実に興味がある。
当然ついていくことにする。この一家の信頼は得ているので、歓迎された。
親は自分の子が立派に川を渡るところを見てもらうつもりのようだ。
一家は朝食を済ますと出発した。

道中ずっとへたくそな、歌とも呼べないものを聞かされてイライラした。
その上ゆっくり進むので余計にストレスの種だ。
昼を過ぎたころようやく川岸に到着した。
緩やかな流れで幅も大したことはない。小川といったほうが正しいだろう。
これでもゆっくりにとっては大河に値するのかもしれない。
一足先に川に近づいた子まりさが親を急かしていた。ゆっくりのくせに。

しばらく様子を見ていると親二匹が川を渡り始めた。
どうやら慣れているようでスムーズに向こう岸へ渡った。
見ていた子まりさたちも"まりさ"を除いて渡っていった。
子まりさたちも危なげなく成功した。
その後"まりさ"以外は何度か往復してみせた。
"まりさ"に教えているつもりなのだろう。
そして親が"まりさ"にやってみるように言った。
習うより慣れろということなのだろうが、無茶をさせているようにしか思えなかった。
しかし親と姉が簡単そうにやっていたからだろう。
"まりさ"は川に帽子を浮かべそれに乗った。
だが咥えた枝を使ってわずかに進んだところで"まりさ"はバランスを崩し川に落ちてしまった。
当然"まりさ"は助けを求めるがそこへ飛んできたのは罵声だった。
その次には石が飛んできた。
飛ばしているのはまりさ一家だ。
訳も分からないまま"まりさ"は沈んでいった。
一家は晴れやかな表情だった。
潰してしまおうかと思ったが持ち帰ることにした。
さっきの行動について聞いてみることにしたからだ。
菓子で釣り、研究室へ向かった。



研究室に戻った男は七日目の日誌とまりさ一家の話から考察を進めていた。
一家の話といくつかの資料によると、まりさ種の帽子で水を渡る能力は生まれついてのもので
子まりさにまで成長すれば教わらずともできるものらしい。
逆に、できないまりさはそのまま溺れ死ぬか、生き延びても家族にも群れにも相手にされず
惨めに死ぬしかないそうだ。もし、帽子が流されてしまえばそれでおしまい。
ともかくまりさ種にとってはできて当然なのだが"まりさ"はれいむ種なのでできなかったというわけだ。
一家はそれを知らない。"まりさ"は帽子から落ちた瞬間にだめまりさになったのだ。
だから罵声が飛んできたのだ。
その罵声は男が取っておいたメモによると次のような内容だった。

「おっこちるまりさはまりさのこどもじゃないよ!!!!」
「しんじらんないんだぜ!!! こんなのがまりさのこどもにいたなんてさいあくだぜ!!!!」
「だめなまりさはしずんじゃうといいんだぜ!!!」
「ゆっへっへ!!! これをぶつけてやるんだぜ!!!」
「まりさもやるぜ!!!!」
「さいしょにあてたやつがゆうしょーだぜ!!!」

大いに可愛がっていた者に対してこの態度だ。
実にまりさ種らしい対応といえる。
この容赦のなさは水に浮かべていた帽子から落ちたということで、飾りを身に付けていない状態であることも影響しているようだ。
そして"まりさ"は石が当たり、ふやけ始めていた皮が破れ餡子をもらしながら流れていく。
「もっど…ゆっぐ…だがった……ぜ」
程なくして沈んでいってしまった。
最後まで"まりさ"はまりさ種になりきっていた。

答えは分かりきっていたが、一家になぜ"まりさ"にあんなことをしたのか聞いてみることにした。
「ぼうしにのれないのはまりさじゃないからだぜ!!!!」
「ぶざまにもほどがあるんだぜ!!!」
これは父と子まりさ。
「ほかのまりさにばれたらこまるんだよ!!!」
これは母まりさ。駄目なまりさを生んだことがばれると群れでの立場にでも影響があるのだろう。
ということは突然変異か何かでまりさ種なのにできない者が生まれることもあるのだ。
まったくいくらでも研究のネタを提供してくれる、と男は思った。
「でもあれは大事な子供じゃなかったのかな?」
「ちがうぜ!!! あんなのいらないんだぜ!!!」
大事にしていたころのことはすっかり忘れているようだ。
もうこいつらに用はない。最後にこの一週間のストレス発散の役に立ってもらおう。
といっても自分ではつぶさない。加工所で苦しむ様を眺めるだけだ。
男は箱に入れた一家を持つと研究室を出て行った。

戻ってきた男はレポートの作成を始めた。ストレスが解消したからか作業は順調だ。

"まりさ"の実験で分かったことは髪飾りは行動や性格には大きな影響を与えるが種族特有の能力にまでは関与しないということだ。
おそらくれいむ種にれみりゃの帽子をかぶせても「ぎゃおー」と言い出したとして、羽が生えることはないだろう。
また大きな影響があるといっても性格の変化などは元が素直なれいむ種以外では限界がありそうだ。
他のゆっくりはどれも種としての我が強い。
事実、元だぜまりさであった"れいむ"はそのせいで死んだ。
またごく一部のぱちゅりーやドスなどは髪飾り以外でゆっくりを見分けることが出来るらしい。
逆に言えばやはり個体の認識については絶大な影響力があるといえる。
"まりさ"も"れいむ"も初めは問題なく家族や群れに溶け込んでいたのだから。
"れいむ"のおかげで完全に依存しているわけではないことが明らかになったが。
ちなみに"まりさ"はあの家族の生活圏内に川が流れていなければもっとゆっくりできていただろう。
それぐらい完璧に近かった。

何とか終了したが今回の実験ではまだまだ髪飾りの謎は残ったままだ。
髪飾り+思い込みで中身が変化するかも気になるし、赤ゆっくりのうちから入れ替えて育てた場合はどうなるか
サイズを変化させたらどんな影響が出るだろうか、など思いつく内容はいくらでもある。
とっとと今回のレポートを仕上げ次の実験に取り掛かろう。
男は徹夜を覚悟すると焼き饅頭を口に放り込んだ。


おしまい


あとがき

やっと終わりました。
今回書いた、自分をまりさだと思ってるれいむに川渡らせたらどうなるかなって思ったのが始まりでした。
結局その部分大して書いてませんが。

虐待要素ほとんどない連作になってしまいました。
ただ、愛でスレ向きではないと思ったのでこちらで書かせていただきました。
突っ込みどころだらけかと思いますがどうぞよろしく。

書いてみたいネタはいくつかあるのでその内また投下していきたいと思います。

最後になりますが、読んでくれた方、感想をスレに書いてくれた方本当にありがとうございます。


ALSUS

以前投下したもの

盲目の子れいむ
髪飾りの影響 前
まりさは本当に強いのか
武器を手にしたゆっくり
髪飾りの影響 後「れいむ」(リボンまりさ)




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最終更新:2022年05月03日 09:45