『奇跡を信じて』



秋も暮れ始めた山奥の森で、2匹のゆっくりが毒づいていた。

「ちきしょー! どいつもこいつも"おりきゃら、おりきゃら"ってよぉ!?」
「ほんとさぁー、ほうじょーのゆっくりなめんな!ってはなしだよなぁ、あねきぃー」

ゆっくりらしからぬ言葉で悪態をつく2匹。
だが、この2匹とて、最初からこうだったわけではない。
そして、この2匹に特別な落ち度があったわけでもない。

……強いて言うならば、時代か。
時代の趨勢が、この2匹をゆっくりさせないでいた。

「「ほんとやってられんわぁー」」

が、2匹が声をあわせて溜息をついたその時だった。
2匹の下に、聞き慣れぬ声が届いた。

「ゆっくりしんこうしていってね」
「「ゆゆっ!?」」

突然の声に、振り向いて身を強張らせる、2匹のゆっくり。
そこには、最近この山に移住してきた1匹のゆっくりが立っていた。

緑色の髪と、ふくよかな下膨れ顔。
その下には、一部の捕食種などと同じく胴体がついており、白と青を基調とした巫女服を着ている。

そのゆっくりは、自らのことを"さなえ"と呼んだ。

「ぬすみぎきたぁー、しゅみがわるいのぉー」
「じょーちゃんはかわええのぉー……きっとみんなからチヤホヤされとるんやろうなぁー?」

さなえは、端から見ても可愛らしく、その佇まいはゆっくりしていた。
それが、荒んだ2匹のゆっくりの心をささくれ立たせる。

一方、当のさなえはといえば、思いがけぬ言葉を、2匹のゆっくりに投げかけるのだった。

「しんこうすれば、だいじょーぶ!」

信仰……そう言うと、さなえはどこからか画用紙とクレヨンを取り出した。

「ゆっくり☆びっくり☆みらくる~みらくる~☆」

画用紙を前に、歌とも呪文ともつかぬ文言を唱えだす、さなえ。
そのトランスしたともいえる様子に、2匹のゆっくりは唖然とする。

一方さなえは、クレヨンをグーで握って、画用紙の上に何やら文字を書いていった。
そして1分後、さなえは満足そうに「ふぅー」と息を吐き、2枚の画用紙を頭上に掲げた。

「はい☆できましたぁー!」

さなえの掲げた画用紙。
そこには、"しずは""みのりこ"と幼い平仮名で書かれていた。

「「おおっ!」」

その紙を見て、反射的に叫ぶ2匹のゆっくり。

なるほど、この紙を持っていれば、この紙を掲げれば、
きっともう誰も"おりきゃら"等と呼ばなくなるに違いない。

「そう、そうよ……わたしたちは"おりきゃら"なんかじゃない……」
「そうだよ、おねぇーちゃん……わたしたちは……」

2匹のゆっくりは、さなえから名前の書かれた画用紙を受け取り、しきりに感謝を繰り返す。
その表情は柔和で喜びに満ちており、さきほどまの毒は嘘のように消えていた。

そんな2匹のゆっくりの姿を見て、さなえもまた顔をほころばせるのだった。

「これぞ、しんこうのきせきです☆」




それから、さなえは多くのゆっくりを助けていった。

くぼみに落ちて泣いていた赤ちゃんれいむを、救出してあげた。
風に飛ばされ木の枝に引っかかってしまった帽子を、まりさに返してあげた。
病気で苦しむぱちゅりーの子どものために、山に生えている薬草を取って来てあげた。

そして、その度に、さなえは"しんこう"の素晴らしさを説いていった。

ゆっくり達は、さなえに感謝した。

そして、難しいことはよくわからなかったが、
とにかく"しんこう"はゆっくり出来るものらしいと認識するのだった。

……しかし。

数日後、ゆっくり達は"しんこう"などどうでもよくなるほどの衝撃を受ける。
巣を留守にしていた間に、何者かによって、備蓄していた食料が半分以上奪われていたのだ。

「ゆぅーー!? どぉーしてぇーー!!」




山奥のゆっくり達が悲鳴を上げて混乱する一方で、
ふもとの里山から、さなえの楽しげな歌が聞こえてきた。

「み~み~みらくる~☆しんこ~しんこ~☆」

さなえは、リズムにのって体をゆらしながら、里の道を歩いていく。
今日は、山を降りて、里山のゆっくりや人間達に"しんこう"を説こうと思っていた。

一人で里山まで遠出するのは心細さもあったが、
それ以上に、頑張って信仰を広めなければならない理由が、さなえにはあった。

「うー! うーうー!」
「もりゃ?」

さなえは、どこからか聞こえてきた声に足を止め、ふと周囲を見回す。
すると、道の傍ら、人間が作った畑の隅で、罠にかかっているゆっくりがいた。

それは、胴体無しのゆっくりれみりゃだった。

羽を除いた顔の大きさは、30~40cm程。
まだ大人になりきっていない子どものれみりゃが、目に涙を浮かべて、地ベタでパタパタ羽を動かして足掻いている。

「なにか、おこまりですか?」
「う、うーうー!」

近づくさなえの姿を見て、れみりゃは顔に希望を灯らせた。
見ると、れみりゃは農家の人が仕掛けたトリモチの罠に捕らわれていた。

「うぁーうぁー! たすけてぇー!」

必死に懇願するれみりゃの頼みを、さなえは快く引き受ける。
トリモチに注意しながら、れみりゃの顔を引っ張る、さなえ。

「うーんしょ、うーんしょ!」
「う~~! いたいーいたいー!!」

引っ張られ、びよーんと伸びるれみりゃの下膨れ。
痛みで号泣する寸前、どうにかれみりゃの体はトリモチから逃れることが出来た。

「うぁー! れみりゃのえれがんとなおかおがぁー!」
「ふぅ~これでもうだいじょーぶ、これもしんこうのおかげです☆」

ベリベリとトリモチから離れた影響で、下膨れをヒリヒリ赤く染めて泣き回るれみりゃ。
一方、さなえは"しんこう"に感謝し、れみりゃにも"しんこう"を説こうとした。

が、れみりゃは"しんこう"どころでなく、ひとしきり泣き終わると同時に、力なく地面に落ちてしまった。

「……う~~~っ」
「もりゃ?」

さなえは、オロオロしながらも、どうしたのかとれみりゃに問う。
弱りきった様子で、れみりゃはボソボソ口を開いた。

「ふんふん、おなかがすいてるんですね?」

れみりゃは、何時間も前にトリモチに捕まってしまい、
そのまま暴れたり泣いたりするうちに、エネルギーを使い果たしてしまったらしい。

そんなれみりゃに対して、さなえは太陽の如きまぶしい笑顔を向けた。

「しんこうすればだいじょーぶ☆」
「うー?」

怪訝がる、れみりゃ。
さなえは、そんなれみりゃの前で、"えーい"と奇跡を起こす呪文を唱える。

「ゆっくり☆びっくり☆みらくる~みらくる~☆」
「うぁ?」

実際のところ、それは奇跡を起こす呪文などではなく、
あくまでさなえ自身にとっての雰囲気作り的なところが大きかった。

だが、事実がどうあれ、さなえにとって、それは間違いなく信仰の奇跡を起こす呪文なのだ。
ある意味では、れみりゃ種の"のうさつ☆だんす"や"かりしゅま☆しんぽう"に通じるだろう。

「はい、どーぞ☆」

呪文を唱え終わったさなえは、疲れ果てたれみりゃを抱え上げて、
自らの柔らかなほっぺたに噛み付くように促した。

当初は、警戒していたれみりゃも、
捕食種の本能と空腹には勝てず、がぶりとさなえの頬に牙を突き立て、中身をチューチュー吸い上げる。

「うー♪ あまあまー♪」

さなえの"あまあま"は、今まで食べたこともない、とってもジューシーでフルーティーな味がした。
その初めて体験する美味に、れみりゃは感嘆の声をあげる。

それは、まさしく疲れを吹き飛ばすほどの味だった。

元気を取り戻すれみりゃを見て、痛みに耐えてうっすら涙を浮かべながらも、さなえは微笑んでいた。
これできっと、このゆっくりも"しんこう"をしてくれるようになるだろう……さなえはそんな青写真を描いていた。

「よかったですぅー、じゃあそろそろ……」
「うーうー♪ うまうま♪」
「も、もりゃ!?」

いくら献身の心が強くとも、いつまでも食べられていてはかなわない。
さなえは、れみりゃにそろそろ離れて欲しいと頼むが、れみりゃは一心不乱にさなえを吸い続けてしまう。

「うぁうぁ☆ふるーちゅふるーちゅ♪」
「もりゃー! もう、やめてぇー!」

流石に、さなえも恐怖を感じ出し、れみりゃに対して抵抗を試みる。
だが、れみりゃの牙はしっかり頬に突き刺さり、離れそうにない。
また、体こそさなえの方が大きかったが、体力を取り戻したれみりゃの力は、さなえよりもずっと強かった。

「うー! たーべちゃうぞぉー♪」
「やだやだぁー! やめてぇーやめてくださいぃー!」

おうちへ帰りたいと涙ぐむさなえをよそに、れみりゃはとんでもないことを言い出した。

「うっうー♪ まんまぁーにもふるーちゅ♪」
「もりゃー!?」

さなえの頬から牙を抜く、れみりゃ。
けれど、さなえがホッとするより早く、れみりゃはさなえの襟を咥えて、さなえを宙に持ち上げ始める。

「おぜうさまたるもの、ごおんはわすれないんだぞぉ~♪ さなえはーれみりゃとまんまぁーといっしょにくらすぞぉ~♪」

れみりゃは、さなえを自分の巣まで運ぼうとしていた。
そして、そこで母親と一緒に、さなえの味を堪能しようと考えたのだ。

しかも悪いことに、このれみりゃは幼く我侭であるにも関わらず、さなえに対してキッチリ恩義を感じていた。
故に、"かりしゅまおぜうさま"な自分達と優雅に暮らす特権を与えるのだと、勝手に話を進めてしまっていた。

れみりゃに咥えられ、動けぬまま空中を漂う、さなえ。
多くの人は、こういう時こそ神への祈りを捧げるのかもしれない。

しかし、気づくとさなえは、信仰でも奇跡でもなく、ただ自分にとってかけがえの無い存在を呼んでいた。
力の限り、大事な家族の名前を……。

「うぁーん! かなちゃーん! すぅーちゃーん! たすけてぇー!」

だが、さなえの叫びは、夕焼け空に吸い込まれて、むなしく消えていく。
必死に呼んだ助けが、さなえの下に来ることは無かった。



何故なら……



「ゆぅー! ついにはんにんをみつけたよ!」
「かえしてね! まりさのごはんをかえしてね!」
「むっきゅー! げんこうはんたいほなのよ!」

さなえが助けを求めた相手、さなえが"しんこう"を集めて助けてあげようとした相手は、
とあるゆっくりの巣で、食べ物を奪われた大勢のゆっくり達に囲まれ、今まさに袋叩きにされようとしていた。

怒るゆっくり達の中心にいたのは、2匹のゆっくり。
盗み出そうとした食べ物を口に咥えた、ゆっくりかなこと、ゆっくりすわこだった。

この2匹のゆっくりと、さなえは、一緒に暮らす家族だった。
けれど、この3匹のゆっくりは、最近この山に移ってきたばかりで、冬を間近にして勝手がわからないでいた。

そこでさなえは、ゆっくり達の"しんこう"を集めて結果的に好意の形で庇護を得ようと考えた。
これは、前に住んでいた山で行っていたことでもあった。

けれど、さなえよりずっと長く生きてきた、かなことすわこは知っていた。
所詮、ゆっくりから信仰によって得られる寄付や御布施など、たかが知れているということを。

現に、前に住んでいた山を引っ越すことになったのも、十分な信仰が集められなかったからに他ならない。

だから、さなえに悲しい思いをさせないためにも、
かなことすわこは、自分達が寄付を集めなければならないと考えた。

……例え"ゆっくりできない"手段を使ってでも。

「さなえとゆっくりしたかったけっかがこれだよ……」
「けろ……」

ゆっくり達の怒りの津波を前にして、かなことすわこは瞼の裏に大好きなさなえの姿を浮かべた。
せめて、さなえにはゆっくり生きてもらいたいと……。




月明かりが照らす、森の外れの岩肌の隙間。
その奥からは、毎晩ゆっくり達の声が聞こえてきた。

「ゆっくり……びっくり……みらくるみらくるー……」

生気の薄れた瞳を虚ろに揺らし、さなえは今日も"しんこう"を説いていた。
ろくに言葉の通じぬ、頭や頬に噛み付いている捕食者たちに。

「うーうー、あかちゃんありがとぉー♪」
「う~♪ まんまぁーふるーちゅおいしぃー♪」

2匹のれみりゃは、親子だった。
子どもが持ち帰った珍しい味のゆっくりに、親子ともどもご満悦だ。

ジューシィーなフルーツの味を楽しみながら、れみりゃの親子は歌いだす。
さなえはその歌を聞きながら、大好きな家族のことを思い出しては微笑むのだった。

「「うーうーうぁうぁー♪ ゆっくりゆっくりぃー♪」」
「……ゆっくり……しんこう……していってね」




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作者当てシリーズ*



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最終更新:2022年05月03日 23:55