「「「おはようございます!」」」
「おはよう、しばらくぶりね。みんな」
 ざわざわと、決して狭くない部屋中に騒がしい声が満ちる。
 夏休み後の寺子屋は、朝から晩まで、色黒になるまで遊び倒した子供達で一杯だ。
 そんな様子を微笑ましく眺めるのは、先生である上白沢慧音。
「夏休みはどうだったかな? ……もちろん、宿題はやってきたでしょうね?」
 にこやかに告げる慧音に、ビクっと震える子供が1人。どうやら、たっぷり遊び倒したせいでやって来なかったらしい。
 慧音は、笑顔のままで固まった子供をちょいちょい、とその細い指を使って招いた。
 寺子屋から、ごつんごつんと硬いものがぶつかる音が聞こえると同時に、悲鳴が響き渡った。





 『ゆっくり研究してね!』





「……あれだけ時間があったのだから、ちゃんとやって来なきゃダメでしょう?」
 慧音は、夏休み明け初日から頭突きをした事に内心ため息をつきながら、なみだ目の子供の頭をなでた。
 どこの世界でも宿題をやって来ない子はいるが、寺子屋に限ってはかなり少ない。
 それもそのはず、寺子屋の夏休みの宿題は自由研究だけだし、慧音の頭突きが怖くて痛いからだ。

「じゃあ、みんなのやってきた事を見せてもらいます。机の上に出してね」
 宿題をやって来なかった子に「反省する事」と言い残して別の子達の方を向いた慧音は、はーいと返事をする子供達を見て笑顔のまま固まった。
「ゆっくりの一日」「水に入れたゆっくりがどれだけ生きているか」「ゆっくりの食べ物」と、研究内容がゆっくりに対してばかりだったからだ。
 何やら透明な箱に入れられて、気が触れた様に笑うゆっくりを掲げている子もいる。

――ゆっくり以外の研究がないじゃないかっ!

 慧音は、頭を抱えてしまいそうになる自分を必死になだめながら、震える手を教卓に置いた。
「じゃ……じゃあ、左前から順番に発表してね」
 噛みながらも言えた。ちょっと自画自賛しながらも、それは現実逃避だと頭を振り、発表を聞く慧音。
 左最前列の子がちょっと恥かしそうに立ち上がり、発表を始める。
「ぼくは、ゆっくりが一日どうやってすごしているかについて調べてみました。その結果が、この紙に書いてあるものです」
 ぺらぺらの紙に書かれたものは、円グラフと色とりどりに描かれたゆっくりの一日について。
 それによると、ゆっくりは明六つ辺りまでは寝ていて、暮六つ以降に巣に戻るとなっているらしい。
 午の九つ辺りには食事を取り、生意気な事におやつの時間まであるらしい。ちなみに、人間と同じく八つに摂っている。
 案外詳しく調べられているそれに、先ほどの光景など忘れてしまった様に慧音はうんと一つ頷いた。
「なかなか詳しく調べられていますね。よろしい、合格です」
 頭を撫でられた子供は、真っ赤な顔をして嬉しそうに微笑んだ。
「……じゃあ、次の子の発表を聞きます。君は、何について調べたのかな?」
「ゆっくりです!」
 ガタンと、古いバラエティ番組っぽい動きで音を立ててこける慧音。
 その様子を見て、自分の研究はダメだったのかとなみだ目になる二番目の発表者に向けて、何でもないと手を振って答える。

――そういえば、全部ゆっくりだったな。気にしすぎない様にしないと。

 落ち着けと自分に言い聞かせつつ、慧音は次の子、更に次の子と発表を聞いていく。
 皆が特色ある自由研究をしている。だが、内容は全てゆっくり。
 流石に食傷気味だったが、数人聞いて他の子は聞かないなど出来ない。慧音は、鉄の自制心で似た様な研究を聞いていった。

「じゃあ、次のゆっくり……じゃない、君は何について調べたの?」
「はい、ぼくはこのゆっくりについて調べました」
 誇らしげに言いつつ、子供は透明な箱を掲げた。
 中のゆっくりは完全に気が触れているらしく、ただうふうふと笑っている。
 慧音は、その光景にちょっと引きつつも、更に問いかけた。
「えーと……そのゆっくりを使って、何を調べたの?」
「ゆっくりの赤ちゃんを目の前で食べたら、何匹目でうふうふ言い出すか調べました。18匹目でした」
 目の前で自分の赤ちゃんを食うのはただの自由研究だったと宣言されても、何も反応を見せずにうふうふと笑うゆっくり。
 どれほどの惨劇を目の当たりにしたのか、目がにごっており、口の端からはよだれが一筋流れている。
「そ、そう……すごいわね、あなたも合格」
 慧音は完全に引いていたが、この子も研究はキチンと出来ている。やった事は認めなくてはならない。
 口の端を引きつらせながらも笑顔を浮かべる慧音は、真に先生と褒められるだけの存在だった。
「じゃ、じゃあ……次の子……ふぅ」
 ゆっくりの○○、○○をするゆっくりなど、自由研究と言うよりはゆっくり研究とでも言えるそれの時間はまだまだ終りそうにない。
 もうお腹一杯の慧音は、流石に息をついてしまった。子供達にため息だと気付かれなかったのが唯一の幸いか。


「……はい、皆色々な研究をしてきましたね。皆合格です」
 やって来なかった奴はー? と聞く子に、その子はまた後からやってもらいますと答えて当人の顔を青ざめつつ、ゆっくり研究は終った。
「ここまで見てきた結果を踏まえて、皆に一つ言いたい事があります」
 なんだろーと騒ぐ子供達。慧音は手を叩いて静かにさせてから、おもむろに宣言した。
「次回以降、ゆっくり研究は禁止にします。皆、ゆっくりが簡単に手に入るからって研究しすぎです」
 えーと騒ぐ子供達。
 慧音は、延々と続くゆっくり研究が終ってくれた開放感を噛みしめつつ、今日の授業を開始する。
 その心に、帰り道で会ったゆっくりは即叩き潰そうという物騒な誓いを立てていた。






 21スレ459の話を聞きつけて、書いてみました。
 グダグダだけど書いてて結構面白かった。
 by319

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最終更新:2022年05月04日 22:04