エタノール。別名をエチルアルコール。人間の友、お酒の主成分である。
お酒(エタノール)を得るには、歴史上様々なものが用いられてきた。蜂蜜、麦、米、芋、サトウキビ…要するに、糖分があれば何でも良いのだ。
これらの代表的な植物を含む、生物由来の産業資源をバイオマスといい、バイオマスから作られるエタノールをバイオエタノールと呼ぶ。
さて、このバイオエタノール生産において画期的な資源が、日本において観測されたのは、まさに近年。2000年代初頭だ。
「というのが、定説になっています」
彼は、⚪︎⚪︎県ゆっくり加工所の広報担当である。
「ゆっくり自体はもう少し古い歴史があるみたいですけどね。人間の生活圏に頻出するようになったのがその辺りなんです」
長い廊下を案内される間に、彼の説明は続いていく。
「バイオエタノールを燃料に使おうという試みは以前からありました。それで、とうもろこしや甜菜、サトウキビなど糖度が高い作物が用いられていたわけです。しかし、ゆっくりは、まさにゲームチェンジャーと言えるでしょうね」
「それは、中身が餡子だから?」
「その通りです!あ、ここでお着替えください。納豆は食べていませんよね?」
この加工所では、「ゆカビ」を用いるため、納豆菌は厳禁なのだという。酒蔵のようなものと思えば納得だ。
エアシャワーを浴びて、二重の気密扉を通ると、自動化された機械類が並んでいる。エアチューブ内にベルトコンベアが通っており、その上をハゲ饅頭…もとい、ゆっくりが連なって運ばれている。
「意外と静かですね」
「ええ。あの筒、ポリカーボネート製で、二重になっていまして。防音も兼ねてるんです」
彼らはここで何をしているのか。そう、ゆっくりエタノール──「ゆたのーる」の生産である。
「そもそも加工所って、ゆっくりを回収して何をやっているか。皆さんあまり知りませんよね」
我々、取材班も恥ずかしながら、この取材まで殆ど知らなかったのだ。
「確かに、食品も製造してますし、ゆっくりの処分をしてますけど、それだけじゃ、こんな大規模な工場要らないはずですよね。冷却塔なんてあるし」
「最初から、エタノール源として?」
「そうなんです!最初は、ゆたのーるの生産を目的として設立されたんです」
知ってのとおり、大量の原油は限られた地域でしか産出されない。燃料として極めて広い範囲で用いられる、国家の戦略資源だ。
「ゆっくりをエタノールにできたら。そんな研究から加工所はスタートしたわけですね。つい話が長くなりました。ここから見てもらいましょうかね」
ここが生産の第一工程。ゆっくりのしゅっさんっラインだ。
「野良ゆっくりなんて衛生的に問題がありますから。こうやって無菌状態で出産させるんです」
「なるほど」
「で、だいぶ話が戻るんですけど。中身が餡子だから、有望と答えていただきました。餡子はまさに糖分の塊ですよ」
話を聞きながら見ていると、ラインを流れるのは、れいむ種かまりさ種である。
「餡子を強調しているだけあって、ぱちゅりー種やありす種がいませんね?」
「お。よくお気づきになりました。一般的に餡子の方が糖分が多いんです」
後で調査したところ、あずき餡で100gあたり約50%の糖分が含まれるとのこと。ありす種のカスタードクリームは100gあたり約25%で、ほぼ半分だ。
「で、生み出された赤ゆっくりは、コンベアに載せられます。動かれると困るので、あの区画だけはラムネで充満してるんです」
「それで、あそこの自動バリカンでハゲ饅頭にされるわけですか」
「ばでぃざのおぼぅぢぎゃぁああ!」
「れいみゅのおがざりがえぜぇえええ!」
「ごのよをみりょうっ!じゅるまりぢゃのざだざだへあーがぁああ!」
「皮は残すんですね」
「良いご質問です。次に行きましょうか」
コンベアを流れるゆっくりは、一瞬のうちにあんよを焼かれ、苦痛に顔を歪める。
「ゆぎゃあああああああ!!!」
「これが醍醐味ですから」
「なるほど」
私たちは固い握手を交わす。
「というのは冗談です。ゆカビを吹き付けるためなんですね。ゆカビって、どうもコウジカビと酵母の役割を果たす、極めて特殊なものらしいんですよ」
「へぇ」
「これが、餡子に直接だと上手くいかないわけです」
「それまたどうして?」
「ゆっくりは苦痛を感じると甘くなるでしょう?」
「ええ」
「要するに、そういうときは糖分が多くなっている」
「れいびゅのあんよがうごがだいよぉおおお!」
「あんなふうにしーしー漏らして、涙を流すからですね。水分が抜けるんです」
「あー、なるほど」
「今までの検査だと、最大で糖度70以上に達します」
「ななじゅう!?」
「そこまで高くなると、かえって雑菌なんかも繁殖しにくくなるんですよ。傷口から入った雑菌をやっつけちゃおうってことですかね」
「ほ〜…」
生命、いやナマモノの不思議だ。案外、合理的にできている。先ほどのれいみゅに、霧が吹きかけられる。
「ゆびゅっ?!」
「あれでゆカビを噴霧しています。ゆっくりの皮には、適度な糖分と水分が含まれているので、繁殖しやすいわけです」
「考えられてるんですね…」
「ありがとうございます。で、この後は保管室です。ゆカビが好む温度と湿度を保った部屋で寝かせます」
三番目の部屋を外から覗く。ここも大きなポリカーボネート製の窓が嵌められていた。
「…もうゆっくりに見えませんね」
「カビのお化けみたいですよねえ」
「ゆ……ごろ……じで……」
「ゆっぐり、ゆっぐり、ゆっぐりぃいいいっ!」
「この工程は一日…24時間かけています。その間に、ああなるんですよ」
その部屋を後にして、大きなタンクが並ぶ区画へ通される。
「コンベアはここで終わりですか」
「タンクの中に入れて、発酵を待ちます。ゆカビは都合のいいくらい優秀なんですよ。糖分にもエタノールにもやたら強い。……ゆっくり以外には全然つかないことを除いて」
「もっと……ゆっ…ちた……」
7日の発酵で、平均して30vol%のエタノールが取れるのだという。この後は、蒸留と精製を繰り返して、ゆたのーるの完成だ。
「これがゆたのーるの原液です。ちょっと水で割ってます。衛生管理してますから、飲めちゃいますよ」
「は、これはどうも…うわっ!餡子の香りがする」
「特徴的ですよね。実際には蒸留するから、この香りは消し飛んじゃうんですけれど」
工程を終えて、広報室へ戻る。
「いかがでしたか?」
「いや、ただただ圧倒されました」
「驚いてもらえたようでよかった。見ていただいたように、ゆっくりはエネルギー源として非常に有用です」
ゆっくりは、成長が極めて早く、繁殖力も高い。管理も容易である。
「我が国のエネルギー源は、輸入に頼るところが大きい。その中にあって、地産地消できるゆっくりの存在は、ひとつの光明と言えるかもしれません」
彼の目には、確かに情熱の火が燃えている。
「大量の作付面積を必要とするトウモロコシなどの作物を、凌駕するポテンシャルがあると信じています」
我が国のエネルギー政策を支える。そんな情熱を持って、加工所職員は日々奮闘しているのだ。
ー 終 ー
〜〜〜〜〜〜
「ほー。だってよ、饅頭」
「でいぶのあんよがやげるぅううう!!!」
「はっはっは。ありがたく味わえよ。せっかくの
ゆたのーるだぞ」
テレビの前では、よくある光景が繰り広げられていた。すでにゆたのーるは、社会に浸透し始めている。
「お前らも役に立つことがあってよかったな」
「よぐだいいぃいい!!じじいはゆっぐりじ」
がこんっ
「ゴミはゴミ箱へ、ゆっくりはゆっくり箱へ。ってね」
これからも、ゆっくり加工所へのご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
◇◇◇
誰でもいいと言われたので書きました。
糖分の塊って、エネルギーの塊だよなぁ、なんてアホのような思いつきをダラダラ書き殴ったものですが、暇つぶしにでもなればいいなぁ、なんて。
最終更新:2025年09月22日 05:59