ゆっくりの因果
「むきゅ~っ、むきゅ~っ」
巣穴の奥から聞こえてくるゆっくりぱちゅりーの声。
歌うように声をあげながら、寝藁をしきりに均らしている。小さく跳ねる旅にゆれる艶やかな紫髪。
忙しなく動き回るこのぱちゅりーは、この種にしては珍しく顔色が通常のゆっくりに近く、動きも機敏だ。ぼろぼろの幼児向けの本に見向きもせず、寝床の藁をふかふかに敷き詰めている。
ぱちゅりーの顔は上気していた。疲れたのか、一端動きが止まると悩ましげなため息を吐き出す。よく見ればその表情は真っ赤。寝藁に身を沈めながら、しきりに巣穴の入り口に熱っぽい視線を向けていた。
それは、これから命をかけて交尾を試みようとしているぱちゅりの姿だった。
通常はその体の弱さから交尾と出産によって命を落とすぱちゅり種。ぱちゅりーもその運命は知ってはいたが、それでもなお愛しのまりさとともに子供を育み、自らの知識を直接教えていきたかった。
そのために、数ヶ月前から健康に気を配り、初交尾の準備を進めてきた。この巣穴一面に広げたふかふかで心地よい寝藁も、まりさを迎え入れるため精一杯集めた嫁入り道具のようなものだ。
今、その相手、まりさが戻ってくるのをひたすらに待っている。
通常の妊娠に至らない性交も体力温存のために控えていたぱちゅりと、理解してずっと我慢してくれたまりさ。久しぶりに愛し合うことに、ぱちゅりは興奮を隠せない。
「む、むきゅううう!」
何を想像しているのか、吐息をはきだしてその体をくねらせるぱちゅり。
もうすぐ、待ちかねた幸福の世界が始まる。
ぱちゅりーが夢想を想うがままに広げていると、幸福の使者はようやく入り口から顔をのぞかせた。
「むきゅ! ま、まりさーっ」
呼びかけると、まりさはにこにこ顔で巣に入り込んでくる。そのまま、ぴたりとぱちゅりの隣へ。
その精悍な顔を横目で見るぱちゅり。吹き上げてくる熱にかられるように口を開く。
「じゅっ、じゅんびはできてむきゅううう!」
言い終えるよりも早くのしかかられるぱちゅり。
十分に言葉を交わす前の行動に少しあわてるぱちゅりだが、元より待ちかねたこと。まりさも緊張しているのだと一人納得して、その動きに身を任せていた。
ぱちゅりーの巣に荒い息づかいと体を打ち付ける音が反響し、やがては淫靡な湿った音がこもっていく。
相手の体温にとろけてしまいそうなぱちゅりー。
「しあわせ~」
喘ぐように、そして夢見るように響くぱちゅりーの嬌声。
「ゆふっ、ゆふっ!」
ゆちゅりーの甘い声に、まりさはただ荒い息づかいを返すだけ。愛を囁いたりはしない。ただその動きをどんどん早めていく。
数ヶ月ぶりであるはずのぱちゅりの体温をじっくり味わうこともなく、ただひたすらに高みへ上り詰めようというその行動。
乱暴なほどにぱちゅりの体を貪っていく。
「ぎもちいいよおおお、そろそろすっきりしようねえええええ!」
「むきゅきゅきゅきゅ!? ま、まりさ、もうなのおおおおお?」
高みに一方的にのぼりつつあるまりさに、ぱちゅりの口をつく不満の声。言いながら、ぱちゅりはハシタナイことを口にしているに
気づいて、顔がますます真っ赤になっていく。
ぱちゅりーの理性はまりさの気遣いを推し量っていた。
まりさはぱちゅりーの体を心配して早くすませようとしているのだろうに、自分がそのおもいを否定してはいけない。
そんな優しさも大好き大好きだよ、まりさ。
小刻みになっていくまりさの蠢動を感じなから、ぱちゅりーはまりさとともにすっきりすべく、愛しいまりさに自らも体をこすりつけていく。
二匹は高みへ一直線。
「んほおおおおおおおおおお、いぐうううううううううう、すっきりー! ……はああん♪」
同時に声をはき出して、深く息をすいこむぱちゅりー。
命をこの瞬間、確かに授かってこぼていく喜びの涙。
するすると蔓がのびていくが、ぱちゅりの命はまだ輝いている。生き延びたんだ。子供たちといっしょにゆっくりできるんだ。
ぱちゅりの涙がとまらない。
これから、まりさと子供とともにどれだけの幸せの道を歩めるのだろう。
「むきゅう~ どっちに似た子供が多いかしら♪」
今はまりさと幸せを甘受しよう。満足の笑みで話しかけるぱちゅり。
一方、まりさはこちらに背を向けていた。口のあたりがもごもごと動いる。
「まりさ?」
呼びかけると振り向くまりさ。その口にはぱちゅりーが二人の生活のために集めた寝藁が、めいいいっぱいくわえこまれていた。
いぶかしむぱちゅりの視線に、まりさは口から一度わらを出してにっこりと説明する。
「子供ができるとここは狭いから、まりさが見つけた新居にもっていくね!」
「まりさ……」
まりさなりに自分との新しい家族との生活を考えていてくれた。
その優しさに再度暖かい涙がこぼれる。
実をつけつつある八つの膨らみ。確かにここでは狭かった。身重の自分が新居に行くためには無防備な自分を引っ張ってもらわねばならなかったが、その間まりさが守ってくれるなら大丈夫。
「ゆっくり引っ越しの支度をしてね!」
ぱちゅりーの声援を受け、黙々と作業を開始するまりさ。
半刻もしないうちにほとんどのねわらが運ばれていき、ふたりの愛液をすいこんだ恥ずかしい寝藁までが運ばれていく。
後に残されたのはがらんとした巣穴と、動けないぱちゅりー。
最後に自分が運ばれていくのを、今か今かと待ちかまえている。
「ぱちゅりー、待たせてごめんね! ゆっくりしすぎたよ!」
そこへ、朗らかなまりさの声。
入り口から慌ただしい足取りでまりさが転がり込んで、ぱちゅりーに幸せそうな笑顔を向け、そのまま凍り付いた。
「ぱ、ちゅ、り、い……?」
引きつった声で名前を呼びながら、その視線をぱちゅりーから伸びた蔓に視線を固定している。
「むきゅー、早くあたらしいおうちに案内してね!」
待ちくたびれたぱちゅりーが笑顔で促す。だが、まりさはぶるぶると震えだして応えようとしない。
ぱちゅりーへの愛情あふれる言葉の代わりに、かっと見開かれた敵意の視線。
「ぱちゅりー! 何で……なんで、にんっしんっしているのおおおおおおお!?」
わずかな困惑と、それをはるかに上回る怒りの声。
それを真正面から受けて、今度はぱちゅりが目を見開く番だった。
「むきゅうううう!? まりさがぱちゅりーをにんっしんっさせてくれたんだよ!」
あれだけ愛し合って実らせた命。二人の幸福の形。それなのに、当の本人は激情にまなじりをつり上げ、ぱちゅりーにくってかかろうとしていた。
「うそつかないで! まりさは一度もぱちゅりーと愛しあっていないよ! 誰と浮気したのか、言ってね!」
「む、むきゅうううううう!!!」
その真摯な怒りに、ぱちゅりは混乱した。だが、まりさの帽子がその視界に入ると同時に、ぱちゅりーの記憶がささやく。
そういえば、自分を守るときにツバが欠けたまりさの帽子。興奮状態で気づかなかったけど、さっきのまりさは欠けてなかったような……
「む、むきゅうううううう! むきゅうううううううう!!!」
巣穴に響くぱちゅりーの絶叫。
「うるさいよ、何がむきゅうなの! まりさにずっとすっきりさせないで、自分は誰とすっきりしたのっ!!!」
まりさの怒声にはもはや涙声が混じっている。
ぱちゅりーを心から愛し、信用していた。ぱちゅりーとの約束を懸命に守って、数ヶ月を過ごしてきた。まりさの願望は、冬を越しながら子供と向きあってゆっくり育てること。何匹子供ができてもいいように、ひたすら食料を集めた。幸せな生活のため、どれだけの誘惑や危険を退けてきただろう。
その回答が、この不実。
「誰の子か、さっさと言ってね!」
「わ、わからないのおおおおおおおおお!!! むきゅーっ!」
ぱちゅりーは驚愕で視界がまっくらになる想いだった。頭の上で揺れる、幸せの果実だった我が子たち。
それが今、まりさへの裏切りの証拠として、ぱちゅりーの未来絵図を粉々に破壊しつつある。
「誰かもわからないの、このっいんらんぱちゅりー!」
「むきゅううううう! まりさ、それはひどいのおおおおおお!!」
「ほんとのことだよっ! ぱちゅりーが生きているってことは、ぱちゅりーもすっきりしたんでしょ! 誰とでも、相手がわかんなくてもすっきりできる子なんでしょ、ぱちゅりは!」
かわしきれない怒りの矛先に、ぱちゅりは苦痛に苛まれるようにぽろぽろと涙がこぼれる。
違うの、違うの、信じて。あなただと思ったの。それだけなの。
しかし、こみ上げる嗚咽に言葉にならない。嗚咽を堪えてむせるばかりで、ぱちゅりーから出るのは涙と咳のみだった。
その間にも、まりさは怒りに吹き上がる表情を、汚物を見るような覚めた眼差しにかえていく。
「もういいよ、ぱちゅりー。ゆっくりしていってね」
言い捨てて背を向ける。
ゆっくり遠ざかっていくその背中。
「まっでええええ! もうすぐ冬なのおおお、子供、どうすればいいのおおおおおお!」
背中を追ってくる悲痛なぱちゅりーの声に、まりさは振り向きもしなかった。
「まりさとは関係のない、いんらんとその子がどうなっても知らないよ。ゆっくり後悔してね!」
巣穴から出ていくまりさの足取りにためらいはなく、すぐに見えなくなっていく。
「まっでええええ、ちがうのおおおおおお! むきゅううううううううううううう!!!」
後にはいつまでも泣き叫ぶぱちゅりと、ゆっくりと健やかに育ていく子供たちが残されていた。
愛しいゆっくりまりさの消えた入り口から、一陣の木枯らしが吹き込んでくる。
冬は近い。
「ゆっしょ! ゆっしょ!」
広々とした巣穴に寝藁を敷き詰めていく一匹のゆっくりまりさがいた。
先ほどのぱちゅりーの住処に比べて、三倍ほどの広さだろうか。
それも、薄めに敷くことで人通りは寝藁に覆うことができた。
「すっきりさせた結果がこれだよ!」
得意満面で声をあげるまりさ。先ほど、ぱちゅりーを妊娠させて寝藁をとりあげたゆっくりまりさだった。
まりさ一匹には広すぎる我が家で、今はにこにこと戦果を眺めている。
それでも、まだ満足というまでは顔を緩めてはいない。
「あと、ゆっくりするにはご飯が必要だね!」
言うなり、巣穴を飛び出していくまりさだった。
「ゆっ、ゆっ、ゆう~♪」
ゆっくりれいむは、我が子の歌声を聞きながら目を細めていた。
四匹の娘が奏でる甘美な音階に不安はない。れいむは冬篭りの成功を確信していた。
れいむの背後には食料の山。入り口には完璧な偽装。仲睦まじい自慢の家族は、真冬であっても十分な温もりを与えてくれるだろう。
特に出入り口の偽装は母れいむの自信作。
人間の目線では藪にしか見えず、目線の低い獣では匂い一つこぼれていかない。
後は春先までゆっくりを楽しむだけ。
「ゆ~、ゆ~くり~ん♪」
母れいむも娘に応えて歌を口ずさんだその頃。
少しずつ、少しずつ、音をたてないように取り払われていく入り口の枯れ草。
「すごい、お母さん上手!」
「こう、もっとゆっくり歌ってね! ゆゆー、ゆっ~くりいいい♪」
持ち上げられ、脇に積み上げられていく石ころ。
一匹分だけかろうじて開いた穴に差し入れられていく、針金を使ったゆっくり用捕獲棒。
「こっちで練習してから、お母さんに聞かせてあげるね!」
部屋の奥で仲良く練習を始める娘たち。母ゆっくりれいむが娘たちの素直さに、母性あふれる微笑を浮かべたときだった。
針金の輪が、上から慎重に母れいむを囲み込む。
「ゆ?」
かろじて視界に入ったそれの疑問を口にしたとき、すでに輪は急速に収束しようとしていた。
「ゆううう……」
捕らわれる母まりさ。だが、力任せに締め付けるその抑圧に、声もあげられない。咽が潰されそうで、ひいひいと息がもれる。
「……!?」
何が起こっているのかわからないが、その苦痛に娘に声をかけようとするれいむ。
それも、すさまじい圧力に塞がれた。視界の先では、母親に見違えるほど上手くなった自分をみせたいのか、こちらから見えない物陰に隠れて歌に熱中する娘たち。
誰一人気づかれないまま、母れいむは静かに引きずり出されていく。
頬に感じる秋の風。防壁は粉砕されていた。なんでえええええと、叫びたいが声にならない。
そのまま、秋晴れの陽光の元ひ引きずりだされるれいむ。
そして、自らを囲んで見下ろす人間たちの姿に気がついた。
「よし、こいつは繁殖。もう少し育てれば、腹からいける」
年長の男が部下に言いつける言葉の意味はわからない。ただ、恐ろしさがふつふつとわいて、母れいむは涙がこぼれていく。
それでも、拘束された体はゆっくりの膂力ではどうしようもない。
部下が差し出した籠に詰め込まれる母まりさ。
上から、せんべいになれとばかりに凄まじい圧力がかけられ、籠一杯に広がる母れいむ。
弾け飛んで死ねれば楽なのにと思えるほど苦しい。
「奥には、ぱっと見いませんね」
「……ゆ~♪」
覗き込んだ人間の言葉を聞いて、息苦しさにもかかわらず笑みがこぼれる母れいむの顔。
娘たちだけでも、助かるかもしれない。
そんな希望の光は、陽気なほどの新たな声で再び闇に消えた。
「そんなわけないよ! れいむはここで娘を四匹産んだんだよ! ゆっくり奥を探してね!」
れいむの視界を闇に閉ざしたのは、人間たちの間を元気に駆け回るゆっくりまりさ。
あの、ぱちゅりーを妊娠させたまりさだった。
「まっまりざあああああああああああああ!!!」
れいむの絶叫で籠がびりびりとゆれる。だが、それだけ。母れいむはその裏切り者の忌々しい口を塞ぐことはできない。
「ち、違うよ! れいむはぴっちぴちのばーじんだよ! 子供なんていないよ!!!」
「よく探せ」
中の数が分かればもはやこそこそする必要はないとばかりに手短な年長の指示。
その言葉に、遠慮なく巣の壁を取り払い、身を中におどらせていく若い男。
「おにーさん、ふくが汚れるだけだよ! むだだからね!!」
真っ青な顔で、できる唯一の妨害にでるれいむ。
そうだね、でも仕事だから仕方ないねと、もぐっていく男の動きは止まらない。
れいむの顔はどんどん青く、顔は泣きそうなほどに歪んでいく。
「むだなことするなんて、ばかなの! だからやめてね! やめてねって、いってるでしょおおおおおおおお!!!」
「あ、いました。四匹確認!」
「ゆぐうううううううううううううううううううう!!!」
無慈悲な報告に、母れいむはとうとう断末魔の声。泡を吹き上げ、びくびくと震えている。自分の中に眠る母との幸せな生活。ようやく子供を得て、自分もそのゆっくりとした幸せを味わおうとしていた。それが今、命を次代につなぐという、母ゆっくりとしての意味すらなくなろうとしている。
次々と引き出され、周囲を見渡しているうちにどんどんしまわれていく娘たち。
「なんなのごれええええ!!! ぐべっ」
「ぐるじいよおおおおおお! びぎいい」
「なんとかして、おがあぢゃあああああん! ぎゅむううう!!!」
「れ、れいむが歌ってあげるから許してねええ! ゆーゆーゆっ、ぎゅべえええええ!!!」
口々にわめいていたが、籠に押し込まれて嗚咽とうめき声しか聞こえなくなる。
「こいつらはフライボール」
「なに、ぞれえええええ!」
年長の男が言い放った謎の単語に、濁った声で騒ぐ子れいむ。
「まず皮を全部剥いで、健康な薄皮がついたところで衣をつけて油で揚げる。油っこくならないように工夫を施した衣と油に、たっぷりのこしあん。砂糖はまぶす程度で、控えめの甘みが飽きさせない秘密だ」
律儀なのか、滔々と説明を加える男。一工程ごとに子れいむの震えが大きくなっていくのも気づかずに。
「みんな、残さず食べてくれる。君たちはまったく無駄にならないのだよ」
慰めにならないことを告げて、籠を背負いよっこらしょと立ち上がる。
その足元には、ゆっくりまりさがまとわりついていた。
「まりさがこのおうちをおじさんたちに教えてあげたんだよ! 子供の数も教えてあげたよ!」
ぴょんぴょんと、功を誇示して跳ね回る。
年長の男が顎をしゃくると、若い男が報酬の和菓子類を取り出す。
まりさは満面の顔で受け取っていた。
「まりざのうらぎりものおおおおおお」
「ひどいいいいいいいいい!」
「みんなにいっでやるうううううう!!!」
籠から響く呪詛の声にも、まりさの表情は陰ることはない。
「でも、みんなもう生きてお外にでられないよ! かわいそうだね!」
籠からの呪詛は止んだ。代わりに、狂おしいうめき声がこぼれていくる。
男たちが歩き出すと、その声も遠ざかっていき、後には得意そうにもらったお菓子とれいむが溜め込んだ食料を運び出すまりさの姿だけが残された。
「ゆー、まだ少し足りないね!」
巣の中でまりさは一人ごちる。
だが、奥に詰まれた満載の食料は一人で三度の冬を越えられそうなほど。
広々とした巣にたった一匹のまりさに不要なほどだが。
「もう一箇所、行くよ!」
言いながら、再び寒空の下に飛び出していく。
「ゆっくり待っててね! もうすぐだよ!」
秋風にそんな言葉をのせながら。
最終更新:2022年05月04日 22:05