ゆっくりと共同生活
ソファにもたれてテレビを見る俺の周りで、ゆっくり一家がくつろいでいる。
「ゆゆぅ……ゆぅ……」
鼻息を漏らして寝ている、拳ぐらいの子まりさもいれば、
「ゆー……ゆっくち! ゆっくち!」
「ゆんゆん! ゆきゅっ♪」
にらめっこをして、にこにこ笑っている、ピンポン玉ぐらいの赤れいむもいる。
そしてあぐらをかいた俺の膝の上には、母れいむと母まりさが居座る。
「ゆぅ……すーりすーり! ……ゆぅ」
呼吸に合わせておだやかにふくらみ、ときどき頬ずりしている。
その様子は、幸せそのもの。
「れいむ、とってもゆっくりしてるね……」
「ゆー、まりさもだね……」
「赤ちゃんたちも、ゆっくりしてるね……」
「ゆっくち!」
ゆーゆーという相槌が上がる。あふれんばかりの団欒っぷり、ラブラブっぷりだ。
二匹の母親は、ほっぺたをもちっと押し合いながら、俺を見上げる。
「おにーさん、ありがとうね……」
「こんなにゆっくりできるお兄さんのおうちにいられて、れいむしあわせだよ!」
「「ゆっくりしていってね!」」
「そうだね」
俺は左右のゆっくりを交互に撫でる。
饅頭たちがぽよぽよと嬉しそうに揺れる。
「ちょっと降りてな。飲み物、持ってくるから」
「ゆうっ!」
二匹は、ぼよんと跳ねて、だぷっとカーペットに降りる。
バスケットボールぐらいある成ゆっくりだから、かなりの存在感だ。
「おかーしゃんだ!」
「まりさとゆっくちちてね!」
「だめだよ、れーむとゆっくちちゅるの! ゆっくち!」
集まってきた子供たちが、ゆっくちゆっくち、と声を上げる。
「ゆー、みんなでゆっくりするよ! おちびちゃんたち!」
「ゆーん!」
「おかーしゃん、ありがちょう!」
「ゆっくちちゅるー!」
母れいむもご満悦だ。すりすり、すりすりと頬をこすり付けあう。
ゆっくりにとって、「ゆっくり」は命のことば。
ゆっくりするのが大好きだし、それを言うだけでも幸せになれるのだ。
これからの人生で、ずうっと使うことば「ゆっくり」。
だから、なんでもないときでも、どんどん口にしてしまう。
ゆっくりを飼っていると、一日に千回ぐらいゆっくりを聞くことになる。
もちろん飼い主の俺も、その言葉が大好きだ。
そうでなければ、ゆっくりなんか飼ってられない。
「おかーしゃん!」「まりちゃも、まりちゃもー!」
机の陰や棚の下からも、ぞろぞろ、ころころと赤ちゃんたちが出てきた。
母れいむだけではすりすりが追いつかず、母まりさも出動する。
「みんな、まりさもゆっくりしてあげるんだぜ!」
「わーい!」「まりさおかーしゃん、だいちゅき!」「すーりすーり♪」
盛大なゆっくり大会になった。
そこらじゅうが小さな丸いころころで一杯。まるでスーパーのトマト棚だ。
それもそのはず、うちには30匹以上の子ゆっくりたちがいるのだ。
これだけ多いと、親たちも数を把握していない。
俺は立ち上がりながら、三匹ほどの赤れいむと赤まりさを摘み上げた。
広げた手のひらに乗せて、なるべく周りが見えるように運んでやる。
「ゆゆっ? ゆっくりのぼっていくよ!」
「おちょら、おちょら!」
「すーいすーい!」
喜ぶ赤ちゃんたちを連れて、にぎやかなゆっくり大会から離れ、キッチンに入る。
引き戸を閉めて、流しへ向かった。
手鍋をコンロに置き、ころころんと三匹を入れる。
「ゆっくちころがるよ!」「まぁるいおへやだよ!」
「はーい、おちょこだよー」
キャッキャと喜ぶ赤ちゃんたちの真ん中に、お猪口をひとつ、逆さまにして置いた。
「おちょこ、おちょこ!」「れいむたちみたいだね!」
形が気に入ったのか、赤ちゃんたちはさらに喜ぶ。
俺はカチンとコンロの火をつけて、食器棚へ向かった。
「ゆっ? ぽかぽかだよ!」
「あっちゃかくなってきたよ!」
グラスを選び、冷蔵庫から氷を取り出して、入れる。
スコッチの蓋を開けて、注ぐ。
トクトクと溜まる琥珀色の液体を、適当なところで止めて、蛍光灯にかざした。
いい色だ。そんなに高い酒じゃないが。
「ゆっ、ゆっ、あちゅい、あちゅいよ!」
「ゆっくちできない、ゆっくちできないよ!」
「つまみはー、っと」
水割りにしてから、菓子箱を漁った。いいものがない。
食べかけのスナック菓子があったが、開けたらしけっていた。
「あぢゅいい! あぢゅいよぉぉ!」
「たしゅけて、おにーしゃん! かぢだよぉぉぉ!」
「ちんぢゃう、まりちゃ、ちんぢゃうう!」
ぴょむ、ぴょむ、と小さな音の聞こえる鍋の横を通って、冷蔵庫の前に戻った。
その上のかごを下ろして調べると、チキンラーメンが見つかった。
ちょっと塩分とカロリーが高すぎだが、まあ仕方ない。
俺はチキラーを割って、皿に盛った。
饅頭側の焼ける香ばしい匂いが漂い始めている。
「どいて、どいでねっ!」
「れいむの! れいむのゆっくりぷれいちゅだよ!」
「ゆーっ、まりちゃのだよ! どかないとまりちゃがちんぢゃうよ!」
ぽにょん、ころん、びちょっ、ぷにょっ、びぢょん
ぢゅうぅぅぅぅぅっ……。
「ゆぎゃぁぁぁぁ!」
「おかあぢゃぁぁぁん!」
最後はもちろん、ゆっくりたち用の飲み物だ。
俺はれいむやまりさたちの喜ぶ顔が見たくて、二日に一度はオレンジジュースをやる。
もちろん無果汁の激安品だが、これほどゆっくりを可愛がっている飼い主はそういまい。
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆぢっ、ぢゅっ」
「もっちょ、ゆっくちちたかっ……ばぢゅっ」
ゆっくりは便利だ。セリフで焼け具合がわかる。
広い皿にオレンジジュースを満たして準備を終えると、ちょうど赤れいむたちの断末魔が聞こえてきた。
俺は火を止め、手鍋を覗いた。
赤れいむと赤まりさが一匹ずつ、焼きあがっていた。
全身ほどよく焦げ目がつき、ほこほこと湯気を立てている。
開いたままカリカリに焦げた口の中からは、沸騰した餡子がミチミチと漏れていた。
お猪口の上という、一箇所だけの安全地帯を巡って、壮絶に体当たりしあったのだろう。
そのゆっくりプレイスには、生き残ったまりさが一匹。
五分前まですりすりしあっていた姉妹たちの、凄絶な死にざまに、恐怖の顔で固まっている。
最愛の姉妹たちとの醜悪な争いは、無垢な心に、一生残る傷をつけたことだろう。
もっともその一生とは、あと一分もないのだが。
「ゆっ?」
わなわな震えていたまりさが、ふと俺の顔に気づいた。
その顔がくしゃくしゃと崩れ、愛くるしい泣き顔になる。
「ゆっ……ぇぇぇん! ゆえぇぇぇぇん! ゆえぇぇぇぇん!」
「おうおう、まりさ」
俺は手を伸ばしてまりさを救ってやる。ぴょんと飛び乗った赤まりさが、手のひらにすりすりする。
「れいむもまりさも、ちんぢゃったよお! バチバチってはねて、ちんぢゃったよお!」
「よしよし、こわかったな……」
「おにーしゃん、おしょかったよぉぉぉ! もっとはやくたちゅけてよぉぉ!」
生き残ったまりさの、涙に濡れた頬。
そのプニプニした感触を、指でつついて楽しみながら、俺は声をかける。
「ごめんな……俺、おまえたちのことが大好きなんだわ」
「ゆぇぇぇぇん! ゆぇぇぇぇぇん! ……ゆっ?」
まりさが不意に、ぴたりと泣き止む。
その目が、口が、恐怖に見開かれる。
つぶらな二つの目に映るのは、大きく開かれた俺の口腔。
白く硬い歯並び。
はむっ。
<なにちゅるのっ? ゆっくちやめちぇね!>
閉じた口の中で、もたもたと小さな球が跳ね回る。耳骨に叫びが伝わってくる。
<ちゅぶれりゅ! まりちゃ、ちゅぶれりゅよ! だちてね! ゆっくちだちてね!>
ぱくっ、と口を開けてやった。「ゆっ!」と赤まりさが飛び出してくる。
すかさず俺はそれを手のひらで受け止める。
ぺちゃん、と着地したまりさが、振り向いてほっぺたをふくらませた。
「ぷくぅううう! おにーしゃん、ゆっくちあやまってね!」
「はっはっは、ごめんごめん」
「まりちゃ、こわかっちゃよ! おにーしゃんのばか! ばか!」
「そっか、こわかった?」
「ちゅっごくこわかったよ! おかーしゃんにちかってもらうからね!」
「ほんとごめんな。もうしないからな」
指先でころころとくすぐってやると、黒帽子のちいちゃな金髪まりさは、
「ゆふっ、わかればいーよ♪」
と微笑んだ。
「ありがとな」
俺はそう言うと、そのまりさをもう一度口に入れて、前歯でプチンと五分の一ほど齧り取った。
そして、凄まじい悲鳴を上げて舌の上でピクンピクンと跳ね回る感触を楽しんだ。
焼けまりさと焼けれいむをつまみ、口に入れてもぐもぐと咀嚼しながら、酒とつまみとオレンジジュースのトレイを手に取った。
それから、引き戸を足で開けてリビングへ戻った。
遊んでいた親ゆっくりたちが振り向く。
「ゆっくりよういしてくれた?」
「まりさたちも、のどがかわいたんだぜ!」
その声が聞こえたのかどうか、口の中の生まりさが、ビクンと強く跳ねた。
俺はそれをよく噛んでこね回し、とても甘い餡を味わった。
ごくんと飲み込む。
「おう、お待たせ。いつも通り五匹ずつね」
そう言って、床にトレイを置いた。
「みんな、ゆっくりのもうね!」
「「「ゆ~~~!」」」
母れいむの指示通り、赤ゆっくりと子ゆっくりたちが広い皿の周りについて、行儀よくぺーろぺーろと舐めだした。
甘いジュースに喜んで、ぱあっと感動の顔になる。
「「「「ちあわちぇー♪」」」」
涙を流し、ぷるぷる震える。母れいむが俺にすりすりする。
「こんなにおいしいじゅーすをのめて、れいむたちほんとにしあわせだよ!」
俺はいやいやいやと手を振って聞き返す。
「俺の幸せはおまえたちのゆっくりだよ。どう、子供たちはみんなゆっくりできてる?」
子供たちを振り向いたれいむが、力強くうなずく。
「ゆっくり! ゆっくりしているよ!」
「いっぱいいるけど、みんな大丈夫?」
「だいじょうぶだよ! このおうちは、こどもがいっぱいふえてもゆっくりできる、ふしぎなゆっくりプレイスだよ!」
「そうかあ、よかったなあ」
俺はにっこり笑って、腰を下ろす。
「これからも、どんどんすっきりして子供産んでいいからな」
「ゆっ、ありがとう!」
「ありがとうだぜ!」
「「「ありがちょうね!」」」
子供たちもいっせいに声を上げる。
俺は水割りを口にして、残っていた甘味を飲み込んだ。
fin.
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何かこう自然体のホラーを書きたかった。
YT
最終更新:2022年05月04日 22:46