『鉄の檻』


爽やかな風吹く夏の森。
食べ物も豊富で外敵も少ないのでゆっくり達の住処となっていた。
そんな森に住むゆっくり達は群れを作らずに、それぞれの家族で自活しつつ友人たちと付き合いながらゆっくり過ごしていた。

そんな平和な森の中、子供のまりさが一匹元気に跳ねていた。
家族には友達と遊びに行くことを伝え、今はその友達を呼びに行く途中だ。
跳ねて数分のところに親友のれいむのおうちがある。
おうちの前まで着いたまりさはれいむを呼ぶ。

「れいむー、ゆっくりあそぼうねー!!」
「ゆゆっ? まりさなの?」
「そうだよ! ゆっくりしていってね!!」
「ゆっくりしていってね!! いまいくよ!!」

それかられいむが家族に出かけることを伝えておうちから出てきた。
このれいむはまりさと同じ時期に産まれたれいむで、まりさの一番の親友だ。

「ゆっくりしていってね!!」
「ゆっくりしようね!!」

顔を合わせて再び挨拶し、軽く頬を擦り合わせた。

「ゆ、きょうはなにしてあそぶの?」
「ゆゆ、ぱちゅとありすもよんであそぼうね!」

ぱちゅりーとありすもまりさと同じ時期に産まれたゆっくりで、これらも良き友達だ。
れいむもこの二匹と遊ぶことに賛同し、一緒に二匹を呼びに出かけた。


「ぱちゅりーゆっくりあそぼうね!!」
「むきゅー、いまいくわ」


「ありす! いっしょにあそぼうね!!」
「ど、どうしてもっていうならあそんであげてもいいわよ!!」



…とまあ、ぱちゅりーもありすも呼べばすぐに姿を現した。
仲良し四匹組が集まったので今日はどうやって遊ぶか相談をする。

「れいむはみんなでおうたをうたいたいよ!!」
「むきゅ、でも きのうも おうただったわ」
「おうたもいいけど、まりさはなにがしたいの?」
「まりさはみんなでしらないところにぼうけんしたいよ!」

まりさは冒険に出たかった。
今までいつもお歌を歌ったり、駆けっこしたり、お話したりする場所いつもこの周辺だけだった。
好奇心の強いまりさはいつか知らない場所に行ってみたい。
そう思って今日、冒険したいと提案した。

「ありすもちょうどぼうけんがしたかったのよ!
 べ、べつにまりさがいきたいからってわけじゃないのよ!?」
「ゆゆ、れいむもちょっときょうみあるよ!!」
「むきゅ、きけんだわ。それにぱちゅは うんどうがにがてよ」
「だいじょうぶだよぱちゅりー!!
 すこしとおくにいくだけだよ!」
「むきゅ」

ぱちゅは渋々といった感じだが賛成してくれたようだ。

「じゃあきまりだね!
 よにんでぼうけんしようね!!」
「ゆー!!!」


それから四匹の子ゆっくりは森を跳ねて進む。
ぱちゅりーの速度に合わせるのでその進みは遅いが友達と一緒に行くのだからそれだけで楽しい。
まりさがやや前に出て皆を先導する。
行く先は決まっていない。ただ気の向くままに進んでいた。

いつも四人で遊ぶ広場を越え、底が浅くて幅も細い川を跳び越える。
その先を少し進めばもう始めての場所だった。

「なかなかきれいなおはなね! とかいはだわ!」
「ゆゆー、ほんとだ! はじめてみるおはなだよ!!」
「むきゅー、つかれたわ」
「ゆ! それじゃあやすもうね!!」

冒険を始めてから一時間。
ぱちゅりーが疲れを訴えたので休憩することにした。
ゆっくりの足で一時間だがそれでも結構遠くまで来ていた。
相変わらず森の中だけど、初めて見る花があったりすると知らない場所に来たんだなと実感できた。

「ゆー、けっこうとおくまできたね!」
「むきゅ、まよいそうでこわいわ」
「だいじょうぶよぱちゅ! きたほうこうにもどればいいのよ!!」

補足だが、ゆっくりはご都合的な帰巣本能でおうちの場所が分かるので迷子の心配はほぼ無い。

「それよりぱちゅりー! こんなのみつけたよ!!
 これってなんなの?」

まりさはふと足元に綺麗な石を見つけた。
でもただの石とは違って光沢があった。

「それはてつね」
「てつ? それってなんなの? ゆっくりおしえてね!!」
「かたくてひかるいしよ。おかあさんもたからものにしてるわ」
「ゆゆ、すごいのみつけちゃったよ!!
 てつさん、きょうからまりさのたからものだよ!!」

まりさは自分の見つけた"てつ"を一生の宝物にすることに決めた。
その場で口の頬袋に収納しようとしたが…

「まりさ! れいむにもゆっくりみせてね!!」
「ありすもみたいわ!」

れいむとありすはまりさの見つけた小さな鉄の塊を見て目をきらきらさせた。
ぱちゅりーの説明を聞いて彼女たちも欲しくなったのだろう。

「れ、れいむもほしいよ! れいむにもちょうだいね!」
「だめだよ! これはまりさのだもん!!」
「ゆー! でもほしいよ!」

まりさは困ってしまった。
れいむはちょっと我が侭なところがあった。
いつも欲しがるのは食べ物とか変な形の石だったので別にいいやとれいむにあげた。
でもこの珍しくて素晴らしい宝物はやっぱり渡したくなかった。

「むきゅ、もしかしたらほかにおちてるかもしれないわ」
「ゆ! そうなの? じゃあれいむさがしてみるね!!」
「ありすもさがすわ! わたしがほしいんじゃないわ! いもうとがほしいっていってたのよ!!」

れいむとありすはぱちゅりーの言葉を聞いて辺りを探索し始めた。単純である。

「ありがとね。ぱちゅりー」
「むきゅ、きにしないでいいわ」

ぱちゅりーの助け船のおかげで助かった。
ぱちゅりーはこういうちょっとした手助けが得意で、まりさ達は度々助けられていた。
運動は苦手だけれども、いざというときは一番頼りになる友達だった。

その後まりさとぱちゅりーも鉄の塊探しに加わった。
探してみると結構見つかるもので、結局全員分以上に見つけることが出来た。

「むこうにもいっぱいおちてたよ!」
「まさにたからのほうこね!!」
「むきゅ、もちきれないけどここにくればいつでもとれるわね」
「そうだね! でもみんなにはひみつにしようよ!!」
「ゆ! そうだねみんなのひみつきちにしようね!」
「ひみつきち! とかいはなひびきね!!」

素晴らしい場所を見つけ、喜びを露わにする四匹。
本当はこのまま帰っても良かったけどまだお昼にもなっていない。

「もっとすごいばしょがあるかもしれないよ!!
 さがしにいこうね!!」
「いこうね!!」





「つぎはどんなたからものがあるかなー」
「ゆっくりできるたからものがいいな!!」
「ありすはとかいはなたからものがいいわ!!」
「ごほんがほしいわ!!」

四匹はさらにおうちから遠くへと進んでいく。
不安げだったぱちゅりーも今やノリノリだ。
次はどんな宝物が見つかるだろうと辺りを見回しながら跳ね進む。

と、ここでまりさはある物を見つけた。
棒が網目状に組まれた面で構成された隙間だらけの変な箱。
壁も天井も、そして床も細い鉄の棒が縦横に組まれて出来ている。
鉄格子を思わせるその壁はまりさから見てとても綺麗だった。

「ゆっ! きれいなものをみつけたよ!!」

まりさは一番にかけていく。

「どうしたのまりさ?」
「むきゅ、おおきなてつのかたまりがあるわ」
「ゆー、れいむもいくよ!!」

遅れて他の三匹がついてくる。

まりさはその箱の前に来ると早速箱を観察する。
その箱の壁の隙間は産まれたての赤ちゃんゆっくりがギリギリ通れるぐらいだ。
ぐるりと周って見ると、一つの側面にだけ壁が無いことを見つけた。
なるほど。これはきっとおうちで、ここが入口なんだ。
そして箱の中には果物がいくつか置いてある。

「ゆー! くだものさんがあるよ!!」

まりさは何も考えずに箱の中へ入っていく。
何も食べ物を独り占めしようという訳じゃない。
ただ、自分の見つけた綺麗なおうちに一番乗りしたかったのだ。

ガチャン

でもそれは大きな間違いで、あまりにも短慮すぎた。
まりさが箱の奥まで入ると背中側から変な音が聞こえた。

「ゆ?」

まりさが振り返るとそこは壁。
さっきまで開いていたはずの場所に壁が出来ていた。

「ゆ? なんで?」

閉じ込められるというのは本能的に不安を覚えるもので、まりさもまさしく不安に襲われた。

「ゆゆ、まりさどうしたの??」
「むきゅー? どうやってはいったのかしら?」

ようやくまりさに追いついた三匹は不思議そうにまりさの入った鉄の籠を見ていた。
三匹はまりさが捕まった瞬間を見ていない。
なので赤ちゃんゆっくりがギリギリ通り抜けられる程度に隙間しかない籠に、
どうして子供サイズのまりさが入っているのか分からなかったのだ。

「わからないよ! このてつさんのおうちにはいったらいりぐちがなくなったの!!」
「むきゅ! おちついてまりさ、とびらかもしれないわ」
「ゆ、そうだったんだ! じゃあだいじょうぶだね!!」

まりさはぱちゅりーの一言で落ち着くことができた。
扉ならまりさのおうちにだって草や枝で入口に作ってある。
外敵対策だったり風を防ぐためのやつだ。
勝手に閉まるからびっくりしたけど、扉ならちょっと押せば問題なく開く。

「ゆー、ちょっとあせっちゃったよ」

「びっくりさせないでね!!」
「でもとかいはなおうちね。だれのおうちかしら」
「たべものがあるわね。むきゅ、おいしそうだわ」

と、他の三匹の感想を聞きながらまりさは扉を開けようと壁に体を押し付ける。
ビクともしない。

「ゆ?」

不思議に思いつつも今度は軽く体当たりしてみる。
やはりビクともしない。

「どうしてあかないの!!」

今度はガンガンと何度か体当たりしてみる。
それでも開かない。むしろ体当たりした顔が痛かった。

「ゆ? どうしたの?
 ゆっくりするのもいいけどれいむもおうちにいれてね!」
「そうよ。とかいはなおうちにありすもはいりたいわ」

「あかないよ! このとびらあかないよぉぉ!!!」

まりさはちょっと泣きそうになりながら叫んだ。
扉のはずなのに、まりさはそこから入ってきたはずなのに決して開かないのだ。

それもそのはず。
これは小動物なんかを捕らえるための人間が作った罠だった。
だから閉じてしまえば体当たりした程度じゃ開くことは決してない。
外からならば開くが、精密に動く手を持っていないゆっくりではやはり開けられないだろう。

「どういうこと?
 おしてもひいてもだめなの??」
「ゆぅぅぅ、おしてもあかないよぉ!」

「ゆゆ! でもどうやってはいったの?」
「ここから! ここからはいったのにでられないよぉぉ!!」

まりさは閉じた壁に体を押しつけながらそう叫ぶ。
すでに小粒の涙を流していた。

「むきゅ、こっちからおしてみるわ」
「ゆ、よくわからないけどたすけるよ!!」

れいむはまりさが入ってきたという籠の扉を押してみる。
だが、それでも開かない。開くわけがない。

「ゆゆ、あかないよ!」
「むきゅー、おかしいわね」

「ゆぅぅぅ!! でたいよ! たすけてよぉぉ!!」

もう二度と出られないんじゃないかという不安が色濃くなっていく。
森で過ごしてきたゆっくりには押すとか引くとか、そういう蓋的な扉しか知らない。
だから両面から押して駄目な時点でまりさは絶望し、半狂乱になっていた。

「ありすがたすけるわ! たすけるからね!!」

ありすは鉄の籠の周りを飛び跳ねて脱出口を探す。

「ゆー! だいじょうぶ!? まりさだいじょうぶ!?」

れいむはまりさに声をかけ続け、尚も開くはずの無い扉を押し続ける。

「むきゅ…あーでもない、こーでもない…」

ぱちゅりーはむきゅむきゅとまりさを助ける方法を考えていた。
しかし答えは見つかりそうになかった。
四匹の中では賢いぱちゅりーだが、全く未知のものにはその知識も役に立たなかった。

「もうやだよぉ!! おうちかえるぅぅ!!」

まりさは泣きながら籠の内壁に体をぶつけ続けた。
それもすぐに体が痛くなって止めてしまった。

「すぐたすけるからね! たすけるからね!!」
「ちょっとまってなさいよ! きっとたすかるわ!!」

「じゃあたすけてよぉぉ!! まりさはこんなところいやだよぉぉ!!
 ぱちゅりぃたすけてよぉぉ!!!」

もはや頼りになるのはぱちゅりーだけだった。
ぱちゅりーなら、ぱちゅりーならきっと何とかしてくれる。
そんな期待を持っていた。

「むきゅ、ちょっとまってね。
 とじたのならあくはずなのよ…」

でも…何も思い付かず、考え続けるだけだった。

「なんでだすげでぐれないのぉぉ!!
 まりざのごどきらいになっぢゃったのおぉぉぉ!?」
「そんなことないよ! まりさのことすきだよ!!」
「あ、ありすもまりさのことす、す、すすすすすすすー!!」
「むきゅ、たすけようとしてるわ。あとちょっと、あとちょっとなのよ…」

「ゆうぅぅぅぅぅ!!
 ぱちゅりーのばかー!! ゆっくりかんがえてないでたずげでよぉぉぉ!!」





結局、それから二時間まりさは助けられることは無かった。

「ゆぅ…ゆぅ…」

まりさは泣き疲れ、二度と出られない恐怖で衰弱していた。

れいむはお腹かが空いたのか辺りの草を食べ始め、
ありすはぱちゅりーと一緒に助ける方法を考え続け、
そしてぱちゅりーはバッと顔をあげた。

「むきゅ、そうだわ!」
「ゆ? どうしたのぱちゅりー?」

と、ありす。
まりさはすでにぱちゅりーの助けは期待してないので反応も無しだ。
ただ籠の中から空を見上げている。

「おかあさんにたすけをもとめましょう!!」
「ゆゆ? おかーさんに?」

最終手段だった。
この場をひとまず離れ、自らの母親に助けを求めるのだ。

「そうよ。ぱちゅのおかあさんならきっとめいあんがうかぶわ!!」
「それはよさそうね! じゃあありすもおかーさんよぶわ!!」
「ゆぅ? きまったの?」

二匹の声にれいむが食事を止めて復帰した。

「むきゅ、れいむのおかあさんにたすけをもとめてね。
 みんなのおかあさんがあつまればぜったいだいじょうぶよ!」
「ゆっ! それならまりさをたすけられるね!!」

三匹のゆっくりの結論が出た。
まりさを置いておうちへ帰りお母さんを呼ぶ。
そうしたら後はお母さんが助けてくれるはずだと。

「むきゅ! まりさ! いまからおかあさんをよんでくるわ!
 だからそこでまっていてね!!」
「すぐよんでくるからね!!」
「おかーさんならきっとたすけられるわ!!」

「おかーさん??」

まりさはその言葉を聞くとおうちを思い出して寂しくなった。
が、一方でお母さんが来てくれると考えると希望が心に芽生えた。

「おかーさん!
 まりさのおかーさんもよんでほしいよ!!」
「もちろんよ! みんなのおかーさんでまりさをたすけるわ!!」
「ゆー!!」

まりさの顔に生気が戻る。
お母さんなら間違いなく自分を助けられる。
だってお母さんだもの。

「じゃあいってくるね!!」
「まっていてね!!」

三匹の友達はまりさに背を向け跳ねていく。

「ゆっくりしないではやくね!!」
「ゆっくりりかいしたよ!!」

三匹は去っていく。
その後ろ姿は茂みに隠れてすぐに見えなくなった。
訪れる静寂。
まりさは途端に寂しくなった。

「さびしいよ…
 ゆっくりしないでね…」









少しずつ薄暗くなり森の中を親の元へと帰る三匹。
先頭はありす、次にれいむ、ぱちゅりーの順番で駆けていた。
来たときとは違って一直線におうちへ向かっている。
しかし三匹は自らに迫る脅威に気付いていない。
平和な場所で過ごしていた三匹は、夕暮れ時に現れる捕食者に対する危機感が欠けていた。


「むきゅ、おもったよりとおいわね」

数時間かけて来た道だ。
おうちまではまだまだ遠い。

「うー! うー!」

「ゆゆ? ありすなにかいった?」
「いってないわよ」

「うー!」

「ゆゆ、ぱちゅりーがはなしてるの??」
「む、むぎゅ」

ぱちゅりーは真っ青な顔をしていた。
れいむとありすは平和な森の中で捕食種のゆっくりを教育されず、知らなかった。
だがぱちゅりーは違う。
うー、と楽しげに鳴くこの声の正体を聞いた話であるが、知っていた。

「にげるわよ!!」

ぱちゅりーは大声で叫ぶ。
その声は焦りや恐怖が混じって震えていた。

「ゆー? どうしてぇ?」
「なにからにげるのよ」

そんなぱちゅりーに対してどこか能天気なれいむ。
しかし…

「うー、たべちゃうぞ〜♪」

「ゆぐぃっ!?」
「ゆ"っ!?」

目の前でありすが翼の生えたゆっくりに押さえ込まれるとれいむの顔が驚愕のそれに変わった。
教えられなくても、今まで知らなくても実物を見ることで本能が教えてくれた。
あれは…れみりゃ。自分を食べて殺すゆっくり出来ない存在。

「う"ー!!」
「い、いだいぃぃぃ!!」

ありすが徐々に萎んでいく。

「あ"…あ"……」

れいむは目の前で友人が命を吸われていく様を見て固まっていた。
今のうちに逃げればいいのかも知れないが、恐怖で動けない。
それに…素直じゃないけど優しいありすが死んでいくのに頭が追い付いていない。
つい数秒前まで一緒に森を駆けていたというのに、突然死にそうになっているのが信じられないのだ。

「むぎゅっ!?」

後ろにいるぱちゅりーが悲鳴を上げた。
れいむは恐る恐る後ろを振り向く。

明らかに普通じゃない声。
そして何故か前からだけじゃなく後ろからも嫌な音が聞こえる。
ぢゅるるる、と何かを吸うような音だ。

「あぁぁ…」

やっぱり、ぱちゅりーも吸われていた。
れみりゃはもう一匹いたのだ。

「れ"い"む"ぅ……にげ……で……」
「う"ー!!」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ」

ぱちゅりーは逃げてと言ったが、れいむには無理だった。
殺人者が前後にいるのに動ける者など普通いない。
ましてや暴力や恐怖とは無縁に過ごしてきたれいむが冷静になって逃げれるわけがなかった。

「や"、やべでよ"お"ぉ"…ごないでよぉぉ…」

頭が真っ白になったれいむは泣きじゃくりながらその場にへたり込むだけだった。
その間もれいむの左右で大事な友達は吸われていく。

「うー!」
「ゆ"…ゆ"……ゅ"……」

「うー!」
「む"ぎ…ぃ"……」

「い"や"だよぉ、い"や"だよぉ」

二匹の声は徐々に小さくなっていく。
友達の声が聞こえなくなるまで10秒か、20秒か。
れいむにとってそれはもっと長く感じられた。

「ゆ"あ"ー! や"だあ"ぁ"ぁ"!!!」

泣き叫んでいるうちにぢゅるぢゅるとゆっくり出来ない吸引音は止んだ。
それからすぐに元気な二匹の声がれいむの真横で響く。

「うー!」
「うー、うー!!」

言うまでもなく、友達を食べて元気になったれみりゃの声だ。
その二匹はれいむに近づいていく。

れいむはゆらりと近づいてくる相手に引きつった笑みを向ける。
瞳に怯えを浮かべつつ、口元を吊り上げるだけのそんな笑顔。

「や"べでね"…れ"いむ"おいじぐないよ"。
 な、ながよぐじようよ"…
 もうおながいっぱいでじょ? だ、だから…」

「うー!!」

命乞い空しく、れいむは二匹のれみりゃに餡子を吸われて死んだ。
三匹はまりさの行方を知らせること無く皮を残して息絶えた。
まりさの居場所を知る者はまりさ以外誰もいない。









すっかり暗くなった森の中。
友達に何が起きたかを知らないまりさは、お母さんと友人たちをワクワクと待っていた。
宝物にした鉄の塊は床に置いてある。
籠の中に入っていた果物は食べたけど周りに誰もいないせいか味気なく感じた。

「ゆぅ、もうまっくらだよ。
 みんなゆっくりしすぎだよ」

まりさは友達が去っていった方向を見るが、暗くて見えなかった。

「あした、くるんだよね。
 まりさはゆっくりねるよ。ゆっくりおやすみだよ」

当然返事をする者はいない。
虫の声がどこかでするだけだ。

「さびしいよ。
 まりさにへんじしてね。さびしいの…やだよ」

こんなにゆっくり出来ない夜は初めてだった。
今まではいつもお母さんや姉妹と寄り添って寝ていた。
でも今寄り添えるのはひんやり冷たい鉄の壁だけ。
いつもは暗くなったらすぐ寝れたけど、この夜は中々寝付けなかった。





翌朝、夏とはいえ森の朝は冷え込む。

「ゆぅ、さむいよ」

遮る物の無い籠の中は冷たい風が吹く。
それでまりさは目を覚ました。

「ゆっくりしていって…ね」

目覚めの挨拶をしようとして、そこで自分が檻の中だと思いだす。
昨日まではお母さんや姉妹と体を寄せ合い、ぬくぬくの中で気持ちよく目を覚ましたのに。

「これじゃゆっくりできないよ」

口を凹の上下逆の形にして落胆の表情になってしまう。
しかしその表情には少しの余裕が感じられる。
もう少し待てばお母さんが助けに来てくれると信じているからだ。

「ゆぅ、おかーさんまだかな。
 ゆっくりしないではやおきしてね」


それからすぐにまりさは朝ご飯にしようとした。
だが昨日置いてあった果物は昨日の夕飯にしたのでもう無くなってる。
残してあればよかったのだが、「あしたおかーさんくるならだいじょうぶだね」と全部食べちゃったのだ。

「ゆぅ、おなかすいたよ。くだものさんたべたいよ」

果物の置いてあった場所をペロペロ舐めるが鉄の変な味しかしなかった。
仕方ないので辺りを見回してみる。
鉄の籠の外には短い草が生えていた。
昨日れいむも食べていた草だ。

まりさはそれでもいいやと考えて舌を伸ばす。
が、その舌も狭い格子を通り抜けることは出来なかった。
つまり外の物は食べる事が出来ない。
食べることが出来るのはこの檻の中にあるものだけ。
そして今あるのは昨日宝物にしようとした小さな鉄の塊だけだ。
もちろんそれは食べられない。

「くささんたべたいよ。おなかすいたよぉ」

まりさは壁をペロペロしながらその向こうに見える草を恨めしそうに見つめていた。


結局まりさは食事を諦めてお母さんや友達を待つことにした。
小さな鉄の塊を呆然と見つかながら何も喋らずにじっと待ち続ける。


しかし…
お日様が真上になっても助けは来なかった。

「ゆっくりしすぎだよ。
 まりさはさびしいんだよ。はやくきてよぉ…」

まりさは時々涙を流しながらぼそぼそと呟く。
何でこんなに待っているのに誰も来ないの?
れいむもありすもぱちゅりーも、本当にお母さんを呼んだの?
もしかして自分のことなんて忘れて遊んでるの?
考えれば考えるほど悪い方向に考えてしまう。


実はまりさのお母さんもその友達のお母さんも帰ってこない娘を探していた。
でもまりさがどこに行ったか知る者はこの世にまりさしかいない。
そんな状態で、それもこんな遠くまで探しに来ることは普通に考えてあり得なかった。



「どうじでだれもぎでぐれないのぉぉぉ!!!」

日がまた傾き始めた頃。
まりさは大泣きしながらガンガンと鉄の柵に体をぶつけていた。
もうここからおうちまでを往復できるぐらいの時間は経っている。
なのにゆっくりの声すら聞こえてこない。

「でたいよぉ!! たすけてよぉぉぉぉ!!」

空に向かって大声で泣き叫ぶが驚いた鳥が逃げるだけだった。


やがて疲れたまりさは床にへたり込んで檻の外を見つめていた。
視線の先には野を歩く虫がいた。

「むしさん、むしさんこっちおいでね。
 まりさがたべてあげるよ」

そんなまりさの願いが通じたのか、虫達は一匹もまりさの入った檻に入ってこなかった。
そりゃそうだ。まりさの願いが本当に伝わったとして、食べて貰いに来る馬鹿はいやしない。

「むしさぁん…くだものでもいいよ。おねがい、まりさにごはん…」





二度目の朝がやってきた。

「ゆ、ゆぅ…」

目が覚めると蟻が一匹檻から抜け出すところだった。

「まってね、まって。ゆー」

しかし蟻は振り返ることも無く、出られないまりさを嘲笑うかのように檻から出ていった。
まりさは小さく溜息をつくだけだった。


「ごはん、ごはん、ごはんほしいよ。ごはん」

まりさは注意しなければ聞こえないほど小さな声で呟きつつ、鉄の柵をベロベロ舐める。
少しでも食欲を紛らわすための悲しい行為。
それすらも舌を動かすことに疲れてすぐにやめた。
舌を動かすのに精一杯。それぐらいにまりさは弱っていた。


この頃になるとまりさは家族のことばかり考えていた。
れいむやありす、ぱちゅりーなんて思い出したくもない。
何も知らないまりさはその三匹を約束を忘れた裏切り者と決めつけていた。
謝ったってもう許すつもりは無かった。

それよりもお母さんと会いたい。
お母さんの大きな体にスリスリして、頬を舐めて貰いたい。
その後は一緒にむーしゃむーしゃしあわせして…子守唄を聞きながら眠りたい。

12匹いる妹とも会いたい。
一番のお姉ちゃんであるまりさに甘えてくる可愛い妹たち。
あまりに甘えてくるのでたまにゆっくり出来なかったけど、今ではあの騒々しさが懐かしい。

あまりの懐かしさに涙が出てきそうだったけど一滴も出なかった。
もう涙に使える水分なんて残っちゃいなかった。
檻を出ようと足掻いたのと、寂しさと恐怖で泣き叫んだのとで小さなまりさの体力は確実に奪われていた。
もうほとんど体力は残っていない。
それはもう、次の朝は迎えられないぐらいに。

「おかーさんとすりすりしたいよ」

衰弱しきったまりさに出来ることはもう少ない。
まりさはそんな中で、ゆっくり出来る妄想に浸ることを選んだ。

「ゆぅ、ゆぅ…うふふふふ……」










森の中を男が歩く。
野兎か猪でも捕まえようと餌で釣って閉じ込めるタイプの罠を仕掛けた男だ。
罠を仕掛けたはいいものの、その後数日調子を悪くして回収出来ずにいた。
そして体調を戻した今日、森にその罠を回収しに来たわけだ。

「まーさか、餓死してたりしてねーよな」

頭をボリボリと掻き、罠を仕掛けた場所を示す目印に沿って森を進む。
男が心配していたのは罠にかかった獲物が死んじゃいないかってことだった。
つい一日前に引っ掛かったならば特別な事が無い限りは死んでないだろう。
でも罠を仕掛けて間もなくに引っ掛かったら最悪死んでるかも知れない。
死んでる獲物は虫が湧く。そんなの食いたくない。

「おっと発見」

男は自分の仕掛けた罠を見つけ、罠が作動していることを確認した。

「何が入ってるかねぇ」

男は覗きこむ。
するとそこには黒い塊。いや、それは帽子だった。
先がへにょへにょっとなったトンガリ帽子は見覚えがある。
そうだ、ゆっくりまりさだ。

「こりゃ珍しい。れみりゃが住み着いてから中々見なくなったんだがな」

しかし元気がない。
前に見たまりさは出会うなり「ゆっくりしていってね」と元気に挨拶してきたものだ。
これは悪い予感が当たったかなと男は思った。

「生きてればまだ食えるんだけどなぁ」

何て言いながら鉄の檻に手を伸ばすと黒帽子がぴくりと動いた。
おや、生きてたのかと思えばまりさは顔を僅かに上げてこちらの姿を認めた。

「ゆ"…」

口を僅かに動かして声というよりも音を出したまりさはそれきり動くことは無かった。
檻を持ち上げてまりさの様子を見てみる。

そのふっくらとしているはずの顔は痩せ細っていた。
どれだけ泣いたのか、頬には涙の筋がくっきりと残ってた。
髪はハラハラと異常なほど抜け落ち、眼は見開いたまま何も映さず動くこともなかった。

「…死んだか」

せめてもう一日、いや一時間でも早ければ死にはしなかっただろう。
そしたら…そしたら長持ちしたのに。

「死んだらこの場で食うしかないじゃんか」

男は罠の仕掛けを外し、まりさ達がどうやっても開けられなかった扉を上側にスライドして開けた。
まりさを取り出して邪魔な帽子を捨て、頬を一口サイズに千切り取る。
パクリと食べると口の中で餡子はサッと溶けて上品な餡子の味が広がった。

「うん、美味い」

どれだけの恐怖を味わったのか知らないが、このまりさは美味かった。
こんなに美味しいなら今度はゆっくり用の仕掛けを用意してもいいかもな。
男はまりさを少しずつ食べながら森を去っていく。
その後に残るのはまりさの帽子だけ。

その帽子は風に吹かれて飛んでいく。
自由になったまりさの帽子は風の吹くままどこかへ消えた。













by 赤福

三連休で短編三作出すはずでしたがこいつは間に合わず。
次に何か書くとしたら時間かけて書こうかと。

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最終更新:2022年05月18日 22:34