まりさとありすの新婚旅行

	書いた人 超伝導ありす


よくあるお話です。が、書いてみたかったんですううう。
このSSは以下の要素を含みます。苦手な方は読むのをお控えください。

  • 罪のないゆっくりがひどい目に遭います
  • ゆっくりを食べるシーンがあります
  • ゆっくりを愛でるシーンがあります





 ここは、とある温泉地。
 ディーゼル列車が通り過ぎると、駅の周りに再び静けさが戻ってきた。
 カタン、カタン。
 レールの継ぎ目を車輪が跨ぐ乾いた音が、心地よく響き遠のいてゆく。

「ゆゆっ!やっとついたね!」
「なんていなかなのかしら!でもきょうは、とくべつにゆるしてあげるわ!」

 その駅舎の中から、一人のお兄さんと二匹のゆっくりが姿を現した。
 ゆっくりは片方がまりさで、もう片方がありすである。
 二匹の背丈は40cmを超えていて、野生であれば滅多に到達しない熟成の領域だ。
 もっとも、この二匹はお兄さんの飼いゆっくりなので、そう難しいことではない。

「よし、さっそく宿に行こうか」
「おにいさん、ゆっくりあるこうね!ふぜいがないよ!」

 ゆっくりに風情な無いと言われてしまっては人間終わりとしか言いようがない。
 が、お兄さんはよっぽど温厚なのか、気にもしていない様子だ。

「まってね!ありすをおいていかないでほしいわ!」

 一人と一匹より遅れている、ありす。
 なにやらお腹が重そうだ。

「どうしたんだ?ありす。今日はいつもに増してゆっくりだね」
「はふう、はふう。ありすはもともと、ゆっくりよ!」

 その姿を見て、まりさが慌ててありすの元へと跳ね寄る。

「ごめんよ、ありす!きがつかなかったよ!ありすはたいへんなのにごめんね!」

 すーりすーりと身を寄せる、まりさ。

「で、なにがたいへんなんだい?」
『ゆゆっ!』

 お兄さんにジト目で見られて、たちまちたじろぐ二匹。

「んんん~?まさか、ありすとまりさは、出来ちゃった婚なのかな?」
「そそそそ、そんなことないよ!まりさはむじつだよ!」
「ありすは、とかいはでりせいがある、ちてきなれでぃなのよ!そんなことはないわ!」

 二匹は、最近つがいになったばかりである。
 お兄さんが元々飼っていたのは、ありす。
 子ゆっくりの時にお兄さんがペットショップで買ってきた、血統書付きのゆっくりだ。

 一方、まりさはペットショップに紹介された、ゆっくりだ。
 ゆっくりがペットとして認知されている現代とはいえ、その人気は犬猫よりはマイナーである。
 すると、場合によっては売れ残ったゆっくりが、成体にまで育ってしまうことがあるのだ。
 まりさはその典型的なパターンで、ペットショップでも邪険にされていた所を、ありすによって拾われたのである。

「そうだよねぇ。お見合いで子供を作っちゃうゆっくりなんて、野良にも劣るよね」
「そうだよ!あかちゃんは、これからゆっくりつくろうね、ありす!」
「ええ、そのとおりよ、まりさ!ゆっくりすりすりしましょうね!」

 必死に否定する二匹を前にして、お兄さんは腹の中では大笑いしていた。
 どんなに隠した所で、ありすの下ぶくれのおなかは、前よりも一回り大きい。
 しかも、産道が形成し始めるにんっしんっ後期に達している。

 お兄さんが、野蛮なゆっくりはいらないよ!
 と、脅してやるたびに、二匹は必死になってごまかしてきた。

「レイパーありすやゲスまりさじゃあるまいしねぇ。ははははは」

 まりさにも、自分が売れ残りだという認識はあった。
 ここで、ゲスの烙印を押されてしまっては、もはや帰る所などない。
 野良ゆっくりとして、惨めに消えてゆくしかないだろう。
 ありすにとっても、ようやく許された結婚である。
 野生で言えば婚期などとっくに過ぎていて、長老と呼ばれていてもおかしくない体躯だ。
 幸せな家庭を作り、子供の巣立ちを見送るには、最後のチャンスだった。

 にもかかわらず、二匹は早々にすっきりしてしまったわけだが、ある意味仕方がなかったかもしれない。
 どちらも栄養状態が良く、野良なんか比較にならないほどの美ゆっくり同士だったからだ。

「旅館で倒れられても仕方がない、よっこいしょ」

 お兄さんは、ずるずると付いてくるありすを見かねると、気合いを入れて運んであげるのだった。





「いらっしゃいませ」

 旅館に着くと挨拶もそこそこに、お兄さんと二匹は旅館自慢の温泉へと向かった。
 大して観光もせず、まっすぐに宿に向かったのは、温泉を満喫するためである。
 時間は、まだ昼の2時。
 温泉には、まだ他の客はいなかった。

「ゆゆっ!あったかそうだよ!ゆっくりしないではいるよ!」
「まってね、まりさ!ひとりだけでずるいわよ!」

 お兄さんが止める暇もなく、二匹は浴槽へと飛び込んだ。
 体も洗わず、まるで子供のよう。

 ぼちゃん。
 ぼちゃん。

 二匹は、そのまま浴槽の底へと沈んで行く。
 人間にとっては大したことのな深さではあったが、ゆっくりにとっては溺死レベルの深さだった。

「ごぼがぼごぼ!!?」
「ぼっぼごぼぉ!?」

 お兄さんの家のお風呂には、二匹が溺れない程度の高さの台が浴槽の一角に備え付けられている。
 いつものつもりで入水した二匹は、温泉で口をゆすぐ羽目になった。
 しかもお兄さんは、二匹を無視して体を洗い始めてしまう。

「ごっ…ぼっ…。いいがげんだずげでね!?」
「おお、忘れてた忘れてた」

 まりさが飛び上がって助けを求めると、お兄さんは背中をお湯で流していた。

「ゆふ~。ぽかぽかねぇ~」
「まりさたち、ゆっくりしてるね~」

 先ほどの一件で、二匹は皮がふやけてしまった。
 今は別々の桶に乗せてもらい、お湯の上に浮かびながら雰囲気だけを味わっている。
 温泉では一度暖まると、なかなか体は冷えないもの。

 お兄さんは、やはり一番に温泉に入って正解だと思っていた。
 人間たちの中には、未だにゆっくりを認められない人たちもいっぱいいる。
 無論、生首が跳ねているのだから、生理的に無理という輩もいるだろう。
 さきほどの騒ぎも、他の客がいたらどんな顔をされることか。

 否、もしかしたら『お腹が鳴る』かもしれなかった。
 ここは、そういう宿なのだから。

「さて、そろそろあがるとしようか」
『ゆっくりあがるよ!』

 二匹は合唱して、お兄さんに続いた。





「さて、ここからが本番だな」

 お兄さんは湯上がり処で麦茶を一杯頂き、体を冷ましていた。
 まりさとありすには、オレンジジュースを飲ませてやっている。
 二匹はそれだけで元気いっぱいに復活したようだ。

「さて、湯上がりのデザートでもいただくか」
「ゆゆっ!?デザート?」
「とうぜん、あまあまよね!?」

 早速、反応する二匹。
 お兄さんは、ジュースサーバーの脇にある冷蔵庫の前に立った。
 その冷蔵庫には「お一人様、一個まで」と但し書きがしてある。
 この旅館は、温泉自慢以上に料理が旨いことで知られていた。

 がぱっと、お兄さんは冷蔵庫の扉を開く。
 そこには。

「ゆぐうう!ゆぐうう!ゆぐうう!」
「おねえしゃああああん!きょわいいよおお!?」
「おかあしゃん!どこにいるのおお!!」
「もおやだああああ!おうちかえりゅうう!」

 冷蔵庫の中には、喋るおまんじゅうが整然と並べられていた。
 もちろん、お兄さんには正体が分かっている。
 これらは、飾りを奪われ、髪の毛も丁寧に抜かれた、赤ゆっくりたちの姿である。

「ゆぅ!?おまんじゅうさんがしゃべってるよ!!おにいさん!」
「なんだか、ゆっくりできないおまんじゅうよね」

 外見がほとんど一緒なので、元が何種のゆっくりなのかは分からない。
 が、恐らくはれいむ種であろう、赤ゆっくりを手に取ると、お兄さんは口に運んだ。

「ゆぷえべぇ!?」

 まず、前歯で半分に切り裂き、あとは奥歯ですりつぶした。
 口の中に、何とも言えない、さわやかな甘みの餡子が広がる。
 しっとりしていて、この上ない舌触り。
 火照った体に染みこんでいくような素晴らしい冷菓だった。

「おねーじゃああん!!」
「おもうちょがああああ!?」
「ゆぐうう!ゆぐうう!」

 それを見ていた赤ゆっくりたちが、恐怖と悲しみに顔を歪ませて泣いていた。
 お兄さんは、おそらくまりさ種と、おそらくありす種を取り出し、二匹の前に置く。

「これは、旅館の名物だそうだ。喋るほど生きがいいんだぞ」
「ゆゆっ!そうだったんだね!おまんじゅうさん、おいしくたべられてね!」
「ゆっくりいただくわよ!」

 飾りもなく、ましてや頭髪すらない、『何か』を、饅頭として認識した二匹は、躊躇なくそれを口に含んだ。

「ゆああああ!おいしいよ!このおまんじゅうさん、とってもおいしいよ!」
「すばらしいかすたーどくりーむよ!ようふうのおまんじゅうなのかしら!?」

 おまんじゅうの味を絶賛する、まりさとありす。
 まったくもって、罪作りなナマモノである。

「ゆう?……どこかでゆっくりのひめいがきこえるわ」

 冷蔵庫の扉を閉めると、ありすがふと、呟いた。
 お兄さんが、冷蔵庫に耳を当てると、確かにゆっくりたちの怨嗟の声が聞こえた。
 冷蔵庫の扉をちょっとだけ開き、また閉める。

「ほう」
「どうしたの?おにいさん」
「いや、こっちじゃないな。どこか、森の中で野良ゆっくりが鳴いているんだろ」

 これは夕食には期待せざるを得ない、とお兄さんは確信した。 

 飾りを奪われ、髪を一本一本、丁寧に抜き取られた赤ゆっくりたち。
 底面を傷つけられて、身動きが取れない状態で待っているのは、地獄の冷蔵庫だ。
 扉が閉まれば、中は真っ暗闇。
 冷蔵庫内に仕掛けられているスピーカーから、仲間たちの悲鳴や恐怖におののく声を聞かされる。

 何も知らない赤ゆっくりは、身を切るような冷気に晒され、ただ泣き叫ぶ事しか出来ない。
 扉を開くと、スイッチが切れてスピーカーからの悲鳴が聞こえなくなる。
 安心したのもつかの間、今度は目の前に現れた人間に、姉妹を食われてしまう光景を見せつけられるのだ。

 結果、相乗効果から、赤ゆっくりたちの味は極上の物に変貌していた。
 ゆっくりは苦しませれば苦しめさせるほど味が良くなる。
 料理に対する抜かりはなさそうだった。

 部屋に戻る途中、お兄さんは別の客とすれ違った。
 その客は、まりさとありすを、まるで「おいしそうな物を見る目」で眺めていき、二匹を恐怖させた。





 部屋で、文字通り二匹がごろごろしていると、夕食の時間になったようだった。
 お兄さんと同じように席に着いて待っていると、接客係が次々と料理を運んでくる。

 家ではまず並ばないような、山海の趣向を凝らした料理が並んでいく様に、二匹の目がキラキラと輝いた。

「まずは、先にお召し上がりください。後から主役をお持ちします」
「ありがとうございました」

「じゃあ、さっそく食べるか」
「ゆゆ!おいしそうだよお!」
「まりさ、おしょくじのはじめは、ゆっくりいただきますよ!」
「がまんできないよ!!」

 まりさが売れ残った一因が、見えた気がした。

 お兄さんは、自ら食べる傍ら、食べにくい料理は手伝ってやる。
 丁寧に食べさせれば、飼いゆっくりは卓上では粗相しない。
 野生のゆっくりと違い、より綺麗に食べようとする向上心もある。

 二匹の目が一段と輝くのは、やはり甘い料理を食べた時。
 風呂上がりにオレンジジュースを飲み、饅頭を食らったばかりだというのに、それらを求める勢いには限度がない。
 わかさぎの甘露煮や煮豆、栗おこわ。

「こんなおいしいもの、たべたことないよおおおお!」
「さすがはおにいさんのおめにかかったりょかんね。ここはいなかだけど、とてもとかいはなあじだわ!」

 と、一人と二匹が半分以上卓上の料理を平らげた頃、ようやくそれはやってきた。
 今回のプランのメインは、なんといっても旅館自慢のデザートだった。

「ゆっくりのお客様には、目隠しをさせていただきますね」
「ゆゆっ!?」
「せまいはこね!とかいてきじゃないわ!」

 まりさとありすは、真っ黒い箱を上から被せられてしまう。

「せまいよ!おにいさん、だしてよ!」
「今だけ我慢していただければ、極上のデザートをご用意できますよ」
「それなら、がまんしてあげるわ」

 接客係のお姉さんの簡単な説得に折れる二匹を、お兄さんはニヤニヤ笑って見下ろしていた。

 『それ』は料理人を伴って、ガラガラと台車に乗せられ部屋の中に入ってきた。
 台車の上に乗っているのは、拘束されて身動きの取れないゆっくりれいむ。
 人工的に肥満させられたれいむの背丈は、60cmほどもある。

「………!…………!…!!」

 れいむは口を焼かれて喋れないようになっていた。
 が、涙を流して何かを訴えているようにも見える。
 れいむが必死に話しかけようとしているのは、胎内にいる子ゆっくりだった。

(うまれないでね!ぜったいにうまれないでね!おちびじゃん!!)

 すでにれいむは、何回も同じ目に遭ってきた。
 むりやりすっきりさせられ、にんっしんっした愛しい我が子たちは、いつも出産間近になると奪われてしまう。
 陣痛のような痛みに襲われ、子ゆっくりも生まれる準備を終えているというのに、れいむは激しく抵抗していた。

「では、まいります」

 れいむの前に立つのは、かなり体格のいい男。
 今にも熊を打ち倒し、鍋でも作りそうな雰囲気だが、彼は旅館きってのパティシエである。
 確か某テレビ局のスイーツグランプリで、いいところまでいった人たと、お兄さんは思い出した。

「…………!……………!!」
(こんどこそ、おちびぢゃんだちはまもるよ!ぜったいにうませないよ!!)

 しかし、母れいむの祈りは通じることなく。

「ふんっ!」

 大男が二の腕を、れいむの産道へと突っ込む。
 確かな手応えとともに、大男は腕を引き抜いた。

 …その少し前。
 母れいむの胎内では、すでに子ゆっくりたちが出産に備えていた。

(もうすぐだね)
(はやくおかーさんにあいさつしたいね)

 目は開いていなかったが、意識はあった。
 暖かい母親の餡子の温もりを、薄い膜越しに感じている。
 そして、隣にいる、姉妹になるはずの、もう一匹も感じている。

(そとにでてゆっくりしようね)
(れいむがおねえさんなのかな?れいむがいもうとなのかな?)

 実際に喋れるのは、外に出てから。

(ゆっくりしていってね!!!)

 お外に出たら、すぐにお母さんと最初の挨拶をしよう。
 それからそれから。
 外の現実を知らず、幸せな未来を夢見ていた子れいむを襲ったのは、人間の腕だった。

 きょとん。

 母れいむの胎内から、無理矢理引きずり出された子れいむは、目を開いて正面の大男を見ていた。
 本来、胎内から生まれた子ゆっくりは、出産の衝撃で目を覚まし、口を開く。
 それは、本能に刻まれた、あたりまえのこと。
 でも、胎内を飛び出た感覚もなく、着地した衝撃もない。

 ここで何を言うべきか?
 子れいむの餡子脳は、一瞬戸惑い、しかし、言うべきことは一つだとすぐに思い出した。

「ゆっく…ぎゅええええ!!?」

 大男は、すかさず子ゆっくりの底に剣山を押し当てた。
 餡子中枢をかすめるほどの絶妙な長さの針が、何本も『あんよ』に突き刺さる。
 手早く飾りを奪うとともに、大男はその剣山を火の付いたガスコンロの上に置いた。
 子れいむは一度目の絶叫の後、今度は声にならない悲鳴を上げた。

 大男は、すぐに二匹目の子ゆっくりを抜き取った。 
 今度は、まりさ種だ。

「ゆっひびえええええ!?」

 この子まりさも、同じような運命を辿った。
 母れいむの顔は、決意の満ちた母の物から、憤怒に染まり醜く歪んでいた。

「また、後でよろしくお願いします」

 お兄さんの言葉に、素早く頷く大男。

「失礼いたしました。どうぞごゆっくり」

 料理人と接客係たちが部屋から退散すると、残されたのは、コンロの熱であぶられる、二匹の子ゆっくり。

「ゆゆ!またいきのいい、おまんじゅうさんがいるよ!」
「こんどはたくさんたべられそうね!」

 黒い箱から解放されたまりさとありすは、飾りのないソレを、再び饅頭として認識していた。
 昼間の味を知ってしまっては、もはや餡子・カスタード脳に判別など不可能だったのである。

「さて」

 お兄さんは、接客が並べていった、拷問道具と見間違えそうな食器たちを眺める。

「まあ、今回はこれでいいよね」

 焼きゴテみたいな棒の先を、コンロの火で加熱すると、子れいむの口にそれを押しつけた。

「ぴゅぎゅむうううう!!」

 悲鳴を上げたのも最初だけ。
 子れいむは口を焼かれて喋れなくなった。
 その光景を見て、ぷるぷると恐怖に震えている子まりさの口も、お兄さんは素早く塞いだ。

 隣の部屋からは、同じ料理を注文したのか、子ゆっくりらしき悲鳴が聞こえてくる。
 だが、今回はゆっくりも同伴していることだし、下手に騒がれても困るので、口は封じてしまった。

 なんとなく物足りなさを感じつつ。

「おいしいね!とってものうこうだよ!」
「たまにはいなかもいいわね!」

 子ゆっくりたちをいたぶりながら、お兄さんは二匹と食事を楽しんでいた。





「ゆふ、ゆふふふ」
「ゆぅ、ゆぅ」

 お兄さんが食事を終えた時、まりさとありすは卓上で寝入っていた。
 新婚祝いだよ、と強いお酒を勧めたのである。
 顔を真っ赤にして、二匹は深い眠りに落ちていた。

 と、ドアがノックされる。

「どうぞ」

 お兄さんが答えると、部屋に入ってきたのは、先ほどの料理人の一人。
 見事な引き抜き芸を見せた大男であった。

「もう一つの特別料理、楽しみにしてますよ。ああ、うちのありすはとてもデリケートだから…」
「心得ております」

 大男は、腹を見せて眠るありすの目の前に立つ。
 まだ不完全な産道の出口を見据え、指先に神経を集中させるのだった。





「ゆふぅん♪」

 部屋の中に、ありすの小さな嬌声が響いた。





 翌朝、ありすは上機嫌で朝食を食べていた。
 今回の新婚旅行には、まりさの性格を見極める意味もあった。
 問題なければ、子作りをしていいとお兄さんに言われているのである。

 結果、まりさはお行儀がちょっと悪かったものの、お兄さんの機嫌を損ねることはなかった。
 数日して、それとなく子供が出来たことを知らせよう。
 ありすは、自分がにんっしんっしている事が、まだばれていないと本気で信じていた。

「ふむ、朝食のデザートはシュークリームか」
『シュークリームは大好きだよ!!』

 二匹の声がハモった。
 シュークリームの中身は、小豆入りのカスタードクリーム。
 材料を厳選したのか、とても小さなミニサイズのシュークリームである。
 一人と二匹は、ほぼ同時にそれを口に放り込み、咀嚼した。

 これは絶品。
 お兄さんは、筆舌に尽くしがたい、とはまさにコレのためにある言葉だと思った。
 二匹も言葉に出来ず、ただただ感動の涙を流していた。

 お兄さんは支払いを済ませ、朝日を浴びながら二匹と駅までの道を歩く。

「なんだか、とてもちょうしがいいわよ!」
「よかったね、ありす!まりさもうれしいよ!」

 昨日のように誤魔化す手間が省けたからか、ほっとした表情のまりさ。

「おんせんと、おいしいたべもののこうかかしら?とてもからだがかるいわ!」

 昨日とは打って変わって、軽々と飛び跳ねるありす。
 一回り痩せた下ぶくれで調子よく地面を叩き、お兄さんの歩幅に遅れを取ることはない。 

 駅には、定刻通りディーゼル列車がやってきた。

「ゆっくりうまれてね…」

 列車に揺られながら、ありすはお腹の中に居るであろう子ゆっくりたちに、小さな声で呼びかけた。
 ありすのお腹は応えない。

「ゆふふ。まだねてるのかしら?とってもゆっくりしているね!」
「うん?なにがだ?ありす」
「な、ななな、なんでもないわよ、おにいさん!」

 ありすは慌てて誤魔化すと、目を閉じて幸せな家庭を夢見る。

「おもいきり、ゆっくりさせてあげるからね…。ありすのおちびちゃん…」

 一人と二匹を乗せた列車は、乾いた音と共に、トンネルの闇へと消えていくのだった。





あとがき
 いつか理不尽ないじめをして、ゲスどもに正義の鉄槌を食らわせてやる!!
 と、思いつつ完成するのは、こんなぬるいじめばかりです。

 最後のシュークリームは、出産直前の未熟児の餡子(とカスタード)中枢のみを使用しているので極上の旨さなのです。
 親ゆっくりよりも、子ゆっくりのほうが餡子がしっとりしていておいしい、というアノ設定ですね。

 もしよろしければ、感想をお願いします。










おまけ

 数日後、ありすは再び妊娠した。
 赤子が居ないことに気がついたのではない。
 自分は妊娠している、という強い妄想がそれを実現したのである。
 ゆっクリニックで診てもらったのだから、間違いない。

 中絶手術の代わりに、あの宿泊プラン選んだのになー。
 最後にしてやられちゃったね、お兄さん。
 さすがは思いこみでどうにかなるゆっくり。

 しかし、今回はこれで、少し期待していたりもする。
 ありすの中にいるのは、三匹の子ありす。
 今回は、まりさの餡子情報は受け継いでいないということだ。

 果たして、生まれた子供たちが、まりさを親として認識できるのか。
 もし、できなかったら、まりさはどんな反応をするのか。
 ありすの対応は?
 ゾクゾクとした淡い期待の喜びが、お兄さんの背中を駆け巡るのだった。

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最終更新:2022年05月19日 12:16