かんばんむすめ
書いた人 超伝導ありす
このSSは以下の要素を含みます。苦手な方は読むのをお控えください。
- ゆっくりを食べるシーンがあります
- ゆっくりを愛でるシーンがあります
- 死なないゆっくりがいます
- 罪のないゆっくりがひどい目に遭います
- ぬるいじめ
「いらっしゃいませ、なんだどお~♪」
 ここは郊外の喫茶店。
 門前には、一匹の胴付きゆっくりれみりゃが立っていた。
 頭でっかちで、背丈は80cmほど。
 首からは『かんばんむすめ』と下手な字が書かれたプレートを下げている。
「ゆっくりカフェでいやされていくんだどう~」
 にぱにぱ~。と笑顔を振りまき、お客さんが興味を示すと、れみりゃ必殺の『のうさつだんす』を披露する。
「れみ☆りあ☆うー」
 微妙な腰つきとめちゃくちゃな腕の振り。
 正直、見ていて感心できるような踊りではないのだが、愛でお兄さんたちには概ね好評だった。
「やきたてコーヒーとパンがじまんのゆっくりゃカフェなんだどお~!」
「じゃ、今日も焼きたてコーヒーをいただいてから仕事に行くよ」
 常連の愛でお兄さんが、れみりゃの帽子を撫でてから店に入った。
「いちめいさま、ごあんない~」
 客が店に入ると、そこにはエプロンを付けた胴付きのふらん、そして胴付きのぱちゅりーが出迎えた。
「むきゅう~。ぱちゅりぃのとしょかんでゆっくりしてくといいわぁぁ」
「う~。ふらん、ねむいけどがんばる~」
 もちろん、カウンターの奥には人間のオーナーがいる。
 極低脳で勘違いだらけのぱちゅりーや、情緒不安定でひきこもりがちなふらん、踊ってばかりのれみりゃ。
 もしオーナーがないければ、この店でまともなブレックファーストを望むのはムリだっただろう。
 しかし、この店はこの三馬鹿トリオを売りにした、ゆっくりカフェの一つなのである。
 猫喫茶などと同じノリだ。
「むきゅう?ごちゅうもんはうぃんなーだったかしら?」
「がおー。さーしちゃうぞ~!」
 カフェは今日も愛でお兄さんたちの足が途絶えることはなかった。
 その日も、カフェは概ね平和だった。
「う~。う~。に、にぱ~」
 今日もお外で看板娘をつとめる、れみりゃ。
 しかし、今日はれみりゃにとっては不運が重なった。
 一つは、オーナーが朝寝坊をしてしまったこと。
 一つは、昨日の夜、ぱちゅりーが体調を崩し、代わりに外に出なければならなかったことだ。
 このカフェは、遅めの出社をするお兄さんたちに朝食も提供している。
 そのため、ちょっとでもオーナーが寝坊をしてしまうと、朝ご飯は後回しになってしまうのだった。
「れみりゃのカフェなんだどう~。おいしいコーヒーたべていってほしいどお!」
 それでもれみりゃは頑張っていた。
 飼い主であるオーナーの料理の腕は確かであると、巷では評判だった。
 看板娘を抜きにしても、少なくともゆっくりが極端に嫌いでなければ、料理を食べに来る客も居る。
「はやく、ごはんたべたいんだどお~。がんばるんだどお~」
 毎日の食事は、そのオーナーが愛情を込めて作るのだから、おいしくないはずがない。
 寝坊をした時の朝食は、お詫びを込めてスペシャル料理が振る舞われる。
 お客さんにちやほやされ、ダンスを披露しては拍手喝采。
 暖かい寝床と最高の食事、優しくしてくれる飼い主。
 そんな『ごーまかん』を持ったれみりゃは幸せだった。
 …昨日までは。
 ふと、れみりゃの目の前を、とあるお姉さんが通り過ぎた。
「うあ~!?めちゃくちゃおいしそうなにおいなんだどお!?」
 急いでいるのだろう、小走りで通り過ぎたお姉さんが持っていたのは、ほかほかの大判焼き。
 その大判焼きは、れみりゃの本能を刺激する匂いを発していたのだ。
 それはカフェの近くにある、老舗菓子屋の名物だった。
 老舗の大判焼きの餡子には、ゆっくりと苦しめたれいむ種の餡子が使われている。
 もちろん、虐待したゆっくりの餡子が使われているというのは企業秘密だ。
 ごくごく一般的にはゆっくりの虐待なんてものはイメージが悪い。
 それを『昔ながらの味』として売っているのだから、よくある食品偽装である。
「まつんだどお~。それをすこしだけわけでほしいんだどお~」
 ともかく、お腹の空いたれみりゃは、匂いに釣られて持ち場を離れてしまった。
 いつもなら、「こんなまいずものいらない!」と一蹴してしまうはずの、大判焼き。
 しかし、お腹がぺこぺこなれみりゃが、食欲に勝てるはずもない。
 しかも間の悪いことに、お姉さんは騒音カット式のイヤホンで音楽を聴いていて、れみりゃには気がつかなかった。
 よい子のみんな!危ないから通行中はノイズキャンセリングをオフにしてね!
「まってほしいんだどお。あまあまたべたいんだどおお」
 相手は小走り。こちらは腹ぺこでへなへなのれみりゃ。
 追いつけるはずもなく、れみりゃは気がつかずに、店からずっと離れてしまっていた。
「う?う~?ここはどこなんだどお?」
 気がつけば、見知らぬ住宅地の中。
 お姉さんはとっくの昔に視界から消え去っている。
「おなかぺこぺこなんだどお。はやくかえってごはんをたべるんだどお♪」
 ごはんの事を考えると、頬のゆるむれみりゃ。
 しかし。
「う?うあ?ご~まかんはどこなんだどお!?」
 今になって自分の置かれている状況に気がつく。
 ここはれみりゃの知らない場所。どちらを向いても同じような家しかない。
 それもそのはず、れみりゃは生まれてこのかた、『ごーまかん』たるカフェから離れたことはなかった。
 知っているのは、カフェの中と、隣にあるお庭だけ。
「れ、れみりゃはまいごなんかじゃないどお!れでぃはとりみだしたりしたないんだどお!」
 自分を言い聞かせるかのように強がり、あっちをウロウロ、こっちをウロウロ。
 状況はまったく好転しなかった。
「お。れみりゃじゃねーか」
「うあー。ごーまかんがわからないどお!」
 それを見つけたのは、住宅街に住むお兄さんだった。
 すでに何人かの人間とすれ違っていたのだが、関わらない方がいいとすべてスルーされてきたのだ。
「ちっ、なんだ。飼いゆっくりのマークがついてやがる…」
 お兄さんは忌々しげに舌打ちした。
 れみりゃの帽子に燦然と輝く金色の星形バッジ。
 これは、そのゆっくりが飼いゆっくりであることを証明するものだ。
 現代では害虫扱いのゆっくりでも、飼いゆっくりとなると勝手が違う。
 お兄さんは虐待お兄さんだった。
 虐待しようと思ったれみりゃが野良ではなかったことに、ひどく落胆する。
(そういや…胴付きのゆっくりカフェがあっちにあるんだっけか…)
「おい、れみりゃ。おまえのごーまかんは、あっちだぞ!」
 そう言って、虐待お兄さんが指さしたのは、れみりゃのカフェとは正反対の方角だった。
「うっうっうあうあ。ありがとうなんだどお」
 れみりゃは何の疑いもなく、その方向へと体を向けた。
 ふらふらと危なげなく飛んでいくその背中を、お兄さんは満足げに眺めていた。
 これは虐待ではない。
 もっとも、れみりゃの運命は見えたようなものだったが。
 れみりゃはしばらく飛んでいたが、住宅街の空き地があるのを見かけると、翼を休めた。
 今時珍しいが、その空き地には子供が入れそうな土管が積まれている。
「もうげんかいなんだどお…。あそこでやすむんだどお」
 太陽は、もうてっぺんまで登っていた。
 このまま日差しに照らされていたら、パサパサのまんじゅうになってしまう。
 土管の影で休もうと考えたのだ。
 とはいえ、ゆっくりが考えることは同じだった。
 土管の中には先客がいたのだ。
 中に居たのは、野良のれいむ一家。
 親れいむ一匹に子れいむが二匹。
 今日は餌にありつけたのだろうか、満ち足りた表情で昼寝をしていた。
「う?あ、あまあまがいるんだどお!!」
 野良のれいむ一家の身なりは薄汚れていた。
 ゆっくりは本来、きれい好きなナマモノである。
 野生のゆっくりであれば、水辺で体を洗ったり仲間同士で嘗め合ったりと、身繕いに余念がない。
 しかし、一度都会に出て生活し始めると、そうはいかなくなる。
 食事はゴミ漁り。
 人間や先住民たちの迫害をくぐり抜けるため、生きていくのに直接関係ない時間は省かねばならなくなる。
 
おまけに都会の川は広かったり汚れていたり。
 いつものれみりゃだったら、こんな汚いものは「ぽい!」している。
 が、もはや空腹は今までに感じたことのないレベルに達していた。
「がお~!!た~べ~ちゃ~うぞ~~~!!」
「ゆゆっ!?」
 危険なフレーズを聴いた気がして、親れいむは慌てて目を覚ました。
 野良生活では危険が付きものだ。
 親れいむの反応は早かった。
 だが。
「おきゃーしゃあああん…!!」
「おちびちゃん!?」
「うーあまあま!」
 その時すでに、れみりゃは子れいむを一匹、むんずと両手で捕まえていて、ちょうど。
「ゆぎゃああああ!!」
 捕まえた子ゆっくりの横っ腹を食い破るところだった。
「おぢびじゃんがあああ!!!」
「れいむのいもうどがあああ!!」
「このあまあまはとってもおいしいんだどお!!」
 今のれみりゃにお上品なんて言葉はない。
 飼いゆっくりとして、食事はこぼさないようにと躾けられてはいたが、今は餡子を盛大にこぼして食べている。
「もっちょ…ゆっぎゅり…し…」
 子れいむの口が、れみりゃの口の中に収まっていった。
「これじゃあたりないんだどお!」
 両手を餡子で汚しながら、れみりゃは震えていた親子に視線を向けた。
 尊い犠牲が、まったくの無駄になってしまうのが、ゆっくりがゆっくりたる所以。
「おちびちゃんにげてええ!!」
「ごわいよおお!!」
 思わず身を翻した親れいむの後ろに、子れいむは続かなかった。
 いや、続けなかった。
 修羅場を抜けた場数の違いか、子れいむは恐怖にすくみ、動くことができなかったのだ。
「まっでね!おぢびじゃんはたべでもおいじぐないよお!?」
「ゆああああ!!」
 自らが作った涙の池から、子れいむの体が離れた。
「やっぱりあまあまさんはおいしいんだどおお!!」
 子れいむの餡子の味は、れみりゃの五臓六腑(ないけど)に染み渡る。
 今のれみりゃは、今までに食べたどんなに豪華な食事よりも餡子の味を堪能していた。
 本能が、これこそが本来の食べ物だと、告げていたのだ。
「あ…あ…」
 親れいむは、れみりゃから少し離れた場所から惨劇を眺めていた。
 涙がとめどなく流れる。
 れいむは都会生まれのゆっくりである。
 生まれた時からゆっくり出来ない環境に晒され、それでも自分なりにゆっくりを探求してきた。
 そして見つけた、自分だけのゆっくり。
 ごはん集めがとっても得意で素敵なまりさと出会い、蜜月を経て得た、何物にも代え難い子供たち。
 まりさは途中で潰されてしまったが、まりさの遺した子供たちだけは何としても育ててみせる…。
 この子たちにも、自分のゆっくりを見つけてほしい…。
 母親の切なる願いは、こんな簡単にも霧消してしまった。
「ごべんね!ごべんね、おぢびじゃんだぢ!!」
 親れいむは走り始めていた。
 自分一匹では、どう足掻いてもれみりゃには勝てない。
 今は生き延びよう。
 生き延びて、また可愛い赤ちゃんを産むことだけが、食べられた子ゆっくりに対して唯一できる償いだった。
「う~。おなかいっぱいになったんだどお」
 一方、れみりゃは子れいむ二匹で十分に満足していた。
 土管はほどよく涼しく、眠気を誘うには十分だった。
 食べたら寝る。
 野生では基本のスタイルである。
 しかし、れみりゃは気づくべきだった。
 自分は野生のれみりゃではない。
 飼いれみりゃであることに。
「あの土管に、最近れいむが住み着いてるんだ」
 時刻は小学生の下校時間になっていた。
 すぐ近くに隣同士で住んでいる小学生二人が、空き地に入ってくる。
 カバンを背負ったままの、学校帰り。
 ダイちゃんとシゲちゃん。
 二人は幼なじみで、いつも一緒に行動していた。
 その二人が、れみりゃの寝ている土管を覗き込んだ。
「あれ。なんだ、れみりゃじゃないか」
「おっかしーな。昨日まではれいむの親子だったんだけど…。ああ!」
 ダイちゃんが手を叩く。
「このれみりゃが食べちゃったんだよ。ほら、餡子の後もあるし」
「せっかく久しぶりにゆっくりサッカーができると思ったんだけどなあ」
「いいじゃん。こいつで遊ぼうぜ」
 シゲちゃんは「そうだな」と、ニカッと笑い、れみりゃの体を土管から引きずり出した。
「う~?うあ~?なんなんだどお!?」
 足を引っ張られ、太陽の光を浴びて、れみりゃは即座に目を覚ました。
 れみりゃは人間と同じサイクルで生活しているが、本来れみりゃ種は夜行性なのである。
 いつもは鈍感なれみりゃだが、太陽に対する反応はそれなりに早かった。
「うっう~。にぱ~☆」
 れみりゃは子供たちに気がついて、あおむけのまま愛想を振り向いた。
「うわ、気持ち悪いな」
「あれ、なんか書いてあるよ?」
 子供たちは七文字のミミズ文字を解読しようとする。
「れみりゃは、かんばんむすめなんだどお」
「って、オイ!」
 シゲちゃんがれみりゃの腰をけりつける。
「うぎゃああ!なにするんだどお!?」
 れみりゃは驚いて立ち上がろうとした。
 ダイちゃんは、そのれみりゃの足を引っかけて転倒させる。
 今度はうつぶせの状態で倒れた。
「せっかく読もうとしてたのに、答えをバラすんじゃねえよ!」
 シゲちゃんはれみりゃの尻を何度も踏みつけた。
 最後に靴の先端を背中にたたき込むと、れみりゃのババくさい服にじわりとシミが広がった。
 背中の皮が破け、肉汁が漏れだしたのだ。
「いだいんだどお!やめでほしいんだどお!!」
「蹴り飛ばして遊ぶもんだから、看板は!」
 れみりゃは何がなんだか分からなかった。
 それもそのはず、れみりゃはずっとカフェの看板娘だった。
 ごーまかんの中で思う存分ゆっくりして、人間には頭を撫でられるのが普通。
 このような謂われのない暴力、しかも、怪我をするような仕打ちを受けたことはなかったのだ。
「れみりゃはかわいいんだどお!ごーまがんのあるじなんだどお!かんばんむすめなんだどお!」
「ほら立ってごらん、にくまん。遊んであげるよ~」
「れみりゃはにくまんじゃないどお!?」
 背中の傷口はとっくに塞がっていた。
 れみりゃは解放されると起きあがり、二人に向き直って抗議しようとした。
「はい、ここにございますのは墨汁~!!」
「と、筆!」
 いつの間にかシゲちゃんは墨汁をしみこませた筆を用意していた。
「はい、すわる!」
「う?」
 れみりゃはダイちゃんに上から圧力をかけられて思わず正座した。
「う~?ふきふきしてるれるのお~?」
「そうだったらいいよねえ」
「ま、看板だったら時々書き換えてやらないとな!!」
 シゲちゃんは筆でれみりゃの顔に落書きした。
 ○とか×を顔に書き込み…。
「意外とコレ、面白くないな」
「本来は罰ゲームとして笑い会うシーンだしね」
 ダイちゃんはれみりゃの翼を、おもむろに引きちぎった。
「うぎゃあおおおお!?」
「さっきから声が大きいって!」
「ぶぎゃっ!?」
 シゲちゃんは教科書のカドで、れみりゃの口を横から叩いた。
 教科書のカドは勢い余ってれみりゃの口元を横一文字に切り裂いてしまう。
「おお、口裂けれみりゃだ」
「気持ち悪いなあ。やっぱりれみりゃは遊ぶのに向かないね。れいむだったら餡子が吹き出るだけだけど」
「中身が肉まんだと、変な感じだよな」
 二人はれみりゃに興味を失いつつあった。
 そもそもは、ここにいたれいむをボールの代わりに蹴飛ばして遊ぶ予定だったのだ。
 胴付きのれみりゃでは、そういうわけにもいかない。
 かといって、首をねじり切ってしまえる程、二人は救いようのない悪ガキでもなかった。
「ほ~ら、残ったぼくじゅー!」
 シゲちゃんは墨汁をれみりゃに振りかける。
「うぎゃおー!れみりゃのえれがんとなおべべが!おべべが!」
「おべべ、だって(笑)」
「帰ってゲームでもしようぜ」
「だな。ま、このままじゃつまらないから…」
 シゲちゃんが取り出したのは、縄跳び。
「な、なにするんだどおお!?れみりゃにそんなしゅみはないんだどお!」
「ここをこーしてこーするの!」
 二人は連携プレイで縄跳びをれみりゃの体に巻き付け、キュッと縛り上げた。
「うあー。ほどくんだどお!かえれないんだどお!」
 れみりゃは見事に全身を縛り上げられていた。
 足と腕を背中へと折り曲げ、ぐるぐる巻いただけ、という荒っぽいものだったが。
 おお、しばりしばり。
「さて、帰るか」
 二人は荷物をまとめる。
「うあー!だすげで!だずげて!」
「さくやー。かな?」
『…おにいざん!!』
「え?」
 思わず振り返った。
 二人がれみりゃをいじめたのはこれが初めてはない。
 そして同時に、ピンチになれば共生関係にあるゆっくりさくやを呼ぼうとすることも知っていた。
 だが、このれみりゃが呼んだのは、お兄さん、だった。
「うっわ!やべ!」
「こいつ、飼いゆっくりだったのか!」
 ダイちゃんとシゲちゃんは、今になってれみりゃの帽子に付いているバッジに気がついた。
 飼いゆっくりをいじめていけない事は、二人だって知っている。
 でもまさか、飼いゆっくりが一人で土管で寝ているとは思わなかったのだ。
 元々、れいむをいじめるつもりで、ここへやってきた、という先入観もある。
「ど、どどどどどうしようダイちゃん?」
「と、とにかく落ち着こう、し、しんこきゅー!」
「あ、そうだ!」
 シゲちゃんは、れみりゃの帽子を素早く奪い取ると。
「れみりゃのおぼうし~!」
 バッジが付いている部分を破り取り、丸めてポッケにしまうシゲちゃん。
 そして、帽子を返す。
 うつぶせのままのれみりゃは、自分の帽子がどうなったのかは分からない。
 もっとも、それどころではなかったが。
「うごけないんだどお!ほどくんだどお!」
「それ、にげろ~!」
 二人はそのまま逃走した。
「う~。うあうあ☆にぱ~」
 日差しが赤みを帯び始めていた。
 しばらく騒いでいたれみりゃだったが、話しかける相手がいないことに気がつき、今度は愛想を振りまき始める。
 地面に向かって。
 れみりゃは本気で信じていた。
 笑っていれば、誰かが助けてくれる。
 飼い主が探し出してくれる。
 いつものように、頭を撫でてもらえる…。
 自分は看板娘なのだ、と。
 顔が地面に向きっぱなしである、という事実はすっぽ抜けていたが。
「見つけたよ!」
 ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。
「う~?」
 れみりゃがうつぶせのまま、右へと顔を傾けた。
 肉まん脳にインプットされる風景は、90度傾いていて、れみりゃはよく状況がつかめなかった。
 れみりゃに近づいてきたのは、先ほど子供を食べられた親れいむを先頭にして、近辺に住む野良ゆっくりが十数匹。
 いつもは餌を奪い合う仲だが、共通の敵がいれば手を組むこともある。
 しかも相手は手負いのれみりゃ。
 無力化出来れば、再生し放題の餌がたくさん食べられる。
 そうぱちゅりーに教えられて来た者もいる。
「う~。ゆっくりしていってね~」
「ゆっくりしね!」
 返って来た答えは、とてもゆっくりできるものではなかった。
 れみりゃはすでに、暴行を受けたことで自分の犯した罪など、とうの昔に忘れていた。
 お腹もいっぱいで、睡眠もほどほどに取った。
 ここにいるのは、争いを知らない、かんばんむすめだった。
「う?なかよくするんだどお。うっうっ、にぱー!」
「おぢびじゃんのかたきぃぃぃ!」
「うんぎゃおおおおおお!!?」
 空き地にゆっくりたちの怒声と、れみりゃの肉汁が吹き荒れた。
「う…うあ…」
 見知らぬ道を、一人歩くれみりゃ。
「れみ、りゃ…かんば…ん…」
 長かった夜が明けようとしていた。
 れみりゃにはもう、翼はない。
 一生懸命書いた、かんばんむすめのプレートもない。
 えれがんとなおべべは、見る影もなく、体中は傷だらけだった。
 中途半端に塞がった傷口からは、肉汁がにじみ、点滴のようにポタポタと、れみりゃの足跡を残していく。
 回復力を超えるダメージに、体中が痛んだ。
 それでも、れみりゃは『ごーまかん』に帰りたかった。
 なぜなら、れみりゃはごーまかんのあるじだから。
 優しい飼い主がまっているから。
 楽しい仲間がいるから。
 そして、もう一つ…。
 奇跡的にも、れみりゃの足は、カフェへと向いていて。
 一晩歩き通して、ようやく視界に建物の影が見え始めていた。
 れみりゃは無我夢中だった。
 どうやって、縄をほどいたかも、包囲を脱したかも覚えてはいない。
 でも、もうすぐ。
 もうすぐ、れみりゃは帰れる。
 ごーまかんに帰れるんだ。
「かえったどお。あるじがかえったどおお…!」
 と。
「れみりゃはかんばんむしゅめだじょー!」
「ふりゃんはかわいいんだどお!」
 れみりゃの声を、そのまま甲高くしたような声。
 かんばんむすめが立つべきその場所には、身長30cmほどの、赤ちゃんれみりゃと、赤ちゃんふらんが立っていたのだ。
 小さな台の上に立ち、手を取り合って母親の代役を務めている。
「あがじゃん…。れみりゃの…あがじゃん…!」
 れみりゃの瞳に涙が浮かんだ。
 苦しみではない、喜びの涙。
 れみりゃがごーまかんに帰らなくてはならない、もう一つの理由は、我が子が待っているからだった。
 さくや種と同様に、れみりゃ種と共生関係にある、ふらん種。
 凶悪な胴無しのふらんと違い、胴付きのふらんは、他の胴付き種と同様、かなりの低脳だったが。
 それでも最愛のふらんとともに生み出した子供たちを残して死ぬわけにはいかなかったのだ。
「あがじゃん!まんまがかえってきたどお!さみしいおもいをさせたんだどお!」
「「う~?まんまぁ?」」
 れみりゃはようやく、声が届く距離にまでたどり着いた。
 今すぐ抱きしめてあげたい。
 すりすりしてあげたい。
 声を聞き、れみりゃを見上げた赤れみりゃと赤ふらんは、そこで恐ろしいものを見た。
「うあ~!くるんじゃないじょぅ!きちゃないおばけなんだじょう!」
「う~!まんまぁ?まんまはどこぉ?きたにゃいおばちゃんがいるどお!」
「う?」
 愛しの我が子たちが、悲鳴を上げて背を向ける。
 れみりゃは最初、自分の後ろに何物かがいるのかと思った。
 しかし、振り向いても誰もいない。
「まんまだどお!れみりゃはまんまだどお!」
 再び我が子に目を戻すと、赤れみりゃと赤ふらんは、台の影で怯えていた。
 みれりゃは気がつかなかった。
 自分の帽子が、すでになくなっているということに。
 帽子を失ったゆっくりは、同属として扱われることはない。
 れみりゃがれみりゃで有り続けたとしても、周囲の目はそうはならなかった。
「れみりゃのぼうしが!あがじゃん!しんじるんだどお!れみりゃはまんまなんだどおおおお!!!」
 ここまで来たのに。
 赤ちゃんのために帰ってきたのに!
 れみりゃのショックは大きかった。
 そして、慟哭した。
 思わず心の底からわき起こる情動に、大声で叫んでいた。
「うるさいぞ!」
 騒ぎを聞きつけてドアを開けて出てきたのは、カフェのオーナーだった。
「うあ~。れみりゃは~!」
 れみりゃの心に光明が差す。
 優しい飼い主に救いを求めたれみりゃは。
 しかし。
 ドゴスっ!!
 言葉を言い切れないうちに、顔面にオーナーの本気パンチがめり込んでいた。
「よーし、こわかっただろうね」
 顔面が陥没し、倒れたままぴくぴくと痙攣するれみりゃを脇目に、オーナーは赤れみりゃと赤ふらんをすくい上げる。
「おっかないお化けは僕が退治したよ。さあさあ。泣くならふらんおかーさんのところでね」
「「まんまぁ~」」
 二匹は泣きながら、ゆっくりの専用出入り口へと飛んでいく。
 オーナーはそれを見届けると、ふたたびれみりゃに向き直った。
「悪かったなあ、れみりゃ」
 そう言いつつも、オーナーはニヤリと笑い。
「看板は定期的に交換しないといけないんだよ……。そうしないとお客さんが飽きるからね」
 オーナーはいまだ痙攣を続けるれみりゃの肉汁を指差に付け、味見した。
「フフッ。これは久しぶりにスーパーデラックスなディナーが出来るかもしれないな」
 オーナーは周囲に人がいないのを確認すると、れみりゃを引きずって裏口へと入っていくのだった。
 一ヶ月後の朝。
「むきゅ、ここはぱちゅりぃのだいとしょかんよ!へいせつされたカフェでゆっくりしていきなさい!」
 そこには、看板娘である胴付きぱちゅりーが立っていた。
「ふう…おなかがすいたわ…。おにいさん、どうしてきょうはねぼうしたのかしら…」
 ここは胴付きゆっくりをウリにした、ゆっくりカフェ。
 愛でお兄さんに朝食も提供する、癒しの空間。
 お腹ペコペコの彼女の目の前を、大きなハンバーガーを片手にした青年が通り過ぎて行く。
 この日、ぱちゅりーに降りかかったいくつかの不幸。
 それが、お友達のれみりゃが失踪した理由と良く似ていることに、ぱちゅりーが気づくことはない…。
あとがき
 最近SS書く時間が無いんです!ってほどでもないですが。
 最初から最後までゆっくりをいじめ倒すSSに挑戦して、モチベーション続かないなあ…みたいな状況です。
 ちなみに作中でふらん種が共生関係とありますが、あくまで胴付きだけの話です。
 れみりゃとぱちゅりーが胴付きになると劣化する設定なんだから、ふらんもそうしないとなあ…。
 と、ふと思った次第です。
 もしよろしければ、感想をお願いします。
最終更新:2022年05月19日 12:54