Voyager


※とんでも設定



暗闇の中、赤、緑、青などの小さなランプが点灯している。



―静寂―



突然どこからか甲高い警告音が鳴り機械的な音声が流れる。

『マモナク モクヒョウチテン ニ トウチャク シマス コールドスリープ ヲ カイジョ シマス』

奥の空間に青みがかった照明が灯る。
そこにあるのはパイプが何本か伸び点滅する装置がついた8つほどの箱状の何か。
表面は全体に薄く霜がつきはっきりは見えないが中に何かいるようだ。

程なくして「プシューッ」という音と共に球状の物体のあちらこちらから蒸気のようなものが噴出される。

そして少しずつ表面の一部が開き始めた。

「・・・・もう・・・ついたのか・・・・?」

長期間のコールドスリープのせいで頭がまだ朦朧としている。
つまずいて転ばないように装置のなかから這い出てあたりを見回すがまだ他の誰も起きてきていない。

ふらついた足取りのまま壁のスイッチを押すとカチャリと音がして小さな扉が開く。
中にあったヘッドマウントディスプレイのようなものを頭に取り付け電源をONにする。

『イシキ ニ ジャッカン ミダレ アリ ソレ イガイ ハ ケンコウジョウタイ モンダイ ナシ』

「とりあえずは大丈夫か・・・」

ぼんやりする意識のままエレベーターに乗りそのままシュッと音を立て階上へと移動した。
司令室に到着すると目の前の大きなモニタの中央に夢にまで見たそれは写っていた。

「ああ・・・ついに・・・ついに戻ってくるころができたんだ・・・」

青い星、我が故郷

「艦長、あれが・・・・」

いつの間にか隣に立っていた副艦長がそう呟いた。
艦長とは言ってもこの艦はほとんどが自動化されており、乗員は艦長含めて8名足らず。
スピードと長期のコールドスリープ装置の為極限までリソースを削られた艦だったのだ。

青く美しい星
今まで録画されていた画像でしか見ることの出来なかった母なる星。

「ああ、長かったな・・・我々がこの星を旅立ってからもうどのくらい経っただろうか」

「ええ・・・この日が来るのを夢にまで見ていました・・・」

薄暗い宇宙船の司令室
静かに語る二人の目から流れ落ちる涙。
その涙は何十年、何百年分もの重みがあった。
気がつくとクルー全員が揃い、そして皆一様に涙していた。

「総員着陸準備!」

艦長が号令をかける

クルー達は皆一斉にそれぞれの持ち場についた。この日のために厳しい訓練に耐え抜いてきた精鋭達だ。
慣れた手つきで操作盤を操る。

「これより大気圏に突入する!皆準備は良いか!」

「ラジャー!」

生まれ故郷に帰ってきたという興奮と大気圏突入という緊張に皆汗が止まらない。
船体がきしみをあげ大気圏突入を示すアラートがうるさく鳴り響く。

惑星の周回軌道を回っていた宇宙船は徐々に角度を変えそして海に挟まれた弓状列島へと吸い込まれていった。


「姿勢制御オールグリーン!」
「逆噴射開始します!!」

より一層揺れが激しくなりそして目の前のモニタにはみるみる近づいてくる緑、緑、緑・・・

その瞬間制御システムの異常を示すアラートが大音量で鳴り響く。

「艦長!姿勢制御システムに異常!角度が深すぎます!」

「マニュアル操作で姿勢を戻せ!早く!早く・・・・!」

ドガガガッ!!

木々から何十匹もの鳥が一斉に飛び立つ。
必死の努力も空しく船は半ば地面に突き刺さる姿勢で着陸した。

煙る船内、そこかしこで飛び散る火花

「うぅ・・・」

「艦長!しっかりしてください!傷は浅い!助かります!」

メディックがすかさず応急処置を行う。だが艦長の顔はみるみる生気を失っていく。

「う・・・私はもうダメだ・・・故郷の地を踏めず・・・無念・・・君達に・・・全てを・・・託した・・・ぞ・・・」

最後の言葉を残し艦長は事切れる。
副艦長の左目に装着されている小型モニタには無常にも艦長の命の灯火が消えたことを示す表示が映し出されていた。

「か、艦長ぉぉおおおお!!!」

クルーの誰もが艦長の死に涙していた。
だが艦長の死を無駄にしてはいけない、艦長の為に、そして我らの同胞の為にもいつまでも泣いてはいられなかった。
母なる大地に帰還した今、ここの新境地を開拓し、そして暮らさなくてはならない。
我々はその第一陣としての調査隊なのだ。ここでのレポートを母星の司令部に伝る事が使命だ。

「艦長を丁重に埋葬した後探索を開始する。」

望まない形で艦長へと昇格したが、これからは自分が皆を率いていかなくてならない。
溢れ出る涙をぐっとこらえ船の出口へと向かう。

ギ・・・ギギ・・・

リフトは壊れていたもののクルーが力を合わせ手動でなんとか開くことができた。

暗い船内に流れ込むまばゆい程の光。
帰ってきたんだという思いを一層強くさせる。

慎重に、警戒しながらクルーが外に出ると、そこは想像以上の世界だった。
生い茂る草木、真っ青な空、さんさんと照る太陽
そこにある全てが生命を謳歌しているかのように見えた。

「すごい!!素晴らしい環境だ!データベースに残されていた世界そのものだ!いや、それ以上だ!」

クルーは喜び抱き合う。長い長い時間をかけてたどり着いた分喜びもひとしおだろう。

「・・・艦長にも・・・この世界を見せてやりたかった・・・」

そう呟くとはしゃいでいたクルー達が動きを止め押し黙る。

「艦長を埋葬しよう。夢にまで見たこの地で眠るんだ。喜んでくれるだろう」

そう言い皆で不時着した宇宙船から少し離れた場所にあったひときわ大きな木の下に穴を掘って艦長を埋葬した。
近くに咲いていた綺麗な花を添えて。

「亡くなった艦長の想いを無駄にしないように精一杯がんばろう。偉大なる艦長に敬礼!」

クルー全員が神妙な面持ちで元艦長の墓に敬礼をした。皆再び熱いものがこみ上げてきた。

「・・・では探索を開始する。この星に暮らす者がいるかもしれない。だが我々は侵略に来たのではないことを忘れないで欲しい。
 我々はあくまで帰還したのだ。ならばこれまでこの星を守ってくれた者達には最大限の尊厳を払わなくてはならない。
 無論既にこの星の者達は絶滅しており別の種族が闊歩しているかもしれない。だが決して敵対してはならない。」

無言のまま頷くクルー達

「艦は先ほど調査したところ時間はかかりますが修理可能です」

エンジニアが報告する。

「よし、探索開始だ、武器は全て格納状態にしておけ」

そう言うと新艦長含めクルーは頭の装置のボタンを押し武器を頭の真横のポジションから後ろの方へと移動させ格納した。
いよいよ探索の開始だ。

森の中を7名で連なり前進する。この星ではなんの変哲もないであろう草花が何もかも新しい。調査班は新しい花や草を見つけると
そのたびに採取ケースへと入れた。本国に存在する植物の原種らしくそのたびに狂喜していた。

その時、まだ艦からそう離れていない場所でクルーの一人が叫んだ。

「前方に動体反応あり!こちらに接近中!」

一瞬緊張が走る。クルーが自分の目についているモニターのモードを切り替えると確かに
前方から何かが二つ近づいてくる。

「総員警戒体勢!いいか、私が許可するまで決して武器を使うな!」

皆がゴクリとつばを飲む。
そして"それ"は徐々に姿を現し始めた。

「?!」

その姿がはっきりと確認できるぐらいの距離までに近づいたところで艦長が声を上げた。

「おおっ!我らが祖先!生き残っていたとは!」

クルーが皆感嘆の声を上げる。

「これほどの年月が経っているにも関わらずまだ我々の種はこの星に逞しく生き残っていたとは!」




「ん・・・?」
「えっ・・・」

艦長以下クルーが徐々に近づく"それ"の違和感に気づき出す。
でかいのだ。
我々のゆうに三倍はある。でかい、でかすぎる。





あまりに大きすぎるそれはそこらの森にいる「ゆっくり」だった。





時間は今から少し遡る。



とあるゆっくりが住む森の中。数匹のゆっくりがゴロゴロしていた。
そしてその中のまりさとれいむは昼間から頬をす~りす~りさせながらイチャついていた。

「れいむぅ~そろそろすっきりしよーよー」

「まりさったら!いっつもそればっかりね!」

「まりさのてくにっくはすごいんだぜ!れいむもいちころなんだぜ!」


ドガッガガガッ!!!


「ゆゆっ!なにかおとがしたんだぜ!」

「れいむもきこえたよ!あっちのほうからきこえたよ!」

「いってみるんだぜ!まりささまのなわばりをあらすやつはようしゃしないんだぜ!」

ぼいんぼいんとそこにいたゆっくり達は音のした方へと跳ねていった。

しばらく行くと道の上になにやら七つほどの塊が見えてくる。

「ゆゆっ!なんかへんなのがいるんだぜ!」

目の前には頭に見たこともない帽子を被った小まりさと小れいむ、小ぱちゅりーがいた。

「ゆぅ、へんなゆっくりだよ!!!れいむ!へんなぼうしのゆっくりだよ!ゆっくりできないね!」

「ゆゆっ!みたことないおぼうしだね!」

「へんなぼうしのへんなゆっくり!ばーか!ばーか!」

まりさは横に転がりながらおどけた顔をして罵っていた。




宇宙から来たゆっくりはとまどっていた。
目の前に現れた祖先、だがその振る舞いはまるで小さな子供のようだった。有り体に言えば馬鹿だった。
だがいくら知能が低いとは言えその姿は大きさは違えど我々と全く同じ。祖先には間違いない。

新艦長となった宇宙ゆっくりまりさは一歩前に出てこう叫ぶ。

『祖先の方々!我々は遥か昔この星を旅立ち、そして今またこの母なる星へと帰還したのです!』
「ゆっくり!ゆっくり!ゆっくり!」

『あなた方が我々がこの星に降り立って始めて遭遇した同じゆっくりなのです!」』
「ゆっく!ゆー!!ゆっくり!」

『この星の環境変化のせいか他の要因かは分かりませんがあなた方はとても大きくなり、我々は昔のままだ。だが、我々には
 あなた方が持っていない頭脳と技術がある。お互い共存しようじゃありませんか!』
「ゆっくりしていってね!ゆっくりゆっくり!ゆっくりー!!ゆっくりー!」

「このちびたちはゆっくりしかしゃべれないのかな?ばかなの?」

「ゆぅ、そうみたいね!さっきからゆっくり!しかいってないね!」

そうなのだ、この星のゆっくりや人間にはただ「ゆっくり!」にしか聞こえないのだが、その実微妙に発音や
アクセント等で会話していたのだ。
この星のゆっくりもその昔は「ゆっくりしていってね!」ぐらいしか話さなかったようだが、「人間」という外因に接触した
結果なのかは知らないが、知らずのうちに人語を話すようになっていた。その違いだった。

「このぼうしはばかなちびにはもったいないんだぜ!まりささまがいただくんだぜ!」

そう言うが早いかリーダーのまりさが正面にいた新艦長まりさのヘッドギアを舌で奪い取る。

『貴様!艦長に何をする!!』
「ゆっくりしていってね!!」

そう言い警備班が武器のロックを解除しようとするが

『待て!武器は使ってはならないと言っただろ!』
「ゆっ!ゆっくり!ゆっくりしていってね!」

と艦長に止められ外しかけたロックを元に戻す。
しかしその判断が全てを決めてしまった。

周りに取り囲むようにしていた他のまりさやれいむが次々と他のクルーのヘッドギアを舌で奪い取る。
自分達よりも遥かに小さなゆっくりだ。ひょいと奪うのは簡単だった。

「ゆゆっ!れいむもほしいよ!ゆっくりしかいえないばかなおちびちゃんにはもったいないからもらうね!」

『あっ、何をっ・・・やめろ!!』
「ゆっ、ゆゆっ・・・ゆっくり!!」

こうなってしまってはもはやいかに優れた知能と技術を持つ宇宙ゆっくりとは言えただの小ゆっくりに過ぎない。

「ゆっ?これはなんなんだぜ?」

そう言ってリーダーまりさが小さなスイッチを押す。
ウィーン・・・と音を立て銃がスタンバイ状態になる。

『それを押してはいけない!!』
「ゆっくりしていってね!!」

バシュッ

銃口から発射された何かが隣のまりさを瞬時にして消した。まりさのいた場所には白い灰だけが残っていた。

「ゆぎゃあああ!!!!!なんなのごれえええええ!!!」

驚いたリーダーまりさは思わずヘッドギアを放す。そして

「こんなゆっくりできないものはしね!!!」

そう言って小ゆっくりサイズのヘッドギアの上をどしんどしんと踏みつけ完全に壊してしまった。
他のゆっくりも同じように「じねえええ!!!」と言いながら叩き潰す。

『貴様らなんてことを・・・』
「ゆっくりしていってね・・・」

そして宇宙ゆっくりの方をギロリと睨み

「おばえだぢのせいだ!!!!」

そう言うが早いか目の前にいたエンジニアの宇宙ゆっくりを一撃で踏み潰してしまった。

『みんな逃げろ!!艦に逃げるんだ!!』
「ゆっくり!!ゆっくりしていってね!!」

一斉に逃げ出すがやはり体格の差は歴然。艦の入り口まであと一歩というところで捕まってしまう。

「わるいゆっくりだね!おしおきしないとね!!」

そう言い手下まりさは宇宙ゆっくり達の上に乗りぎゅうぎゅうと押し付ける。
いつのまにか騒ぎを聞きつけ森のゆっくりが何十匹も集まっていた。

「ゆゆっ!まりさ!へんなものがあるよ!」

地面に先端が突き刺さった艦に気づくれいむ。

「ゆっ!こいつらのすかもしれないね!!」

『やめてくれ・・・それだけは・・・』
「ゆっくり・・・していってね・・・」

他のまりさ達に押さえつけられた宇宙ゆっくり達はもはやなす術が無い。

「おいしいものをかくしてるかもしれないからゆっくりなかをさがしてみるよ!」

まりさがリフトから中に入ろうとする。しかしそれは小ゆっくりサイズの宇宙ゆっくり仕様だ。
まりさの体よりやや小さく作られており、なかなか入ることができない。

「ゆぐぐ!いりぐちがせまいね!もうちょっとではいれるよ!!」

ぎゅうぎゅうと体をねじ込ませるまりさ。墜落の衝撃であちこちに亀裂が入っていた艦はまりさの攻撃に耐え切れず

バキン!バキバキ!

大きく入り口が壊れてしまった。

『ああ・・・我々の艦が・・・なんてことだ・・・』
「ゆぅ・・・ゆっくり・・・・ゆっくりしていってね!」

「ぴかぴかなにかひかってるよ!!きっとたからものだね!!」

中からガシャン、バリバリバリと破壊音が聞こえてきた。まりさがわけもわからずあたりを破壊しまくっているようだった。
艦を支えていた足がガクンと中にめり込み大きく揺れる。もはや修復は無理だろう。
押さえつけられていたクルーは絶望の表情になった。

『くっ・・・これまでか・・・』
「ゆっ・・・ゆっくり・・・」

手下まりさの踏みつける圧力と艦を失った絶望で一人、また一人と餡子を吐いて絶命していく宇宙ゆっくり。
悔しい思いで一杯だった。
新艦長のまりさ以外は全員死んでしまった。

「ゆぐぐぐぐ!どこにもおいしいものがないぜ!!きっとどこかにかくしてるんだぜ!そいつをここにつれてくるんだぜ!」

リーダーまりさが手下に命令をした。

「さっさとかくしてるばしょをはいたほうがみのためなんだぜ」

手下まりさが死に掛けている宇宙まりさを口で艦の中に運び入れる。噛んだ場所が少し千切れて餡子が漏れ落ちる。

『この獣どもが・・・くそっ・・・艦長・・・許してください・・・』
「ゆっくり・・・ゆっ・・・ゆっ・・ゆっくり・・・」

そして最後の力を振り絞り、噛まれた体がちぎれるのをものともせず艦長用コンソールの裏にあるボタンに体当たりをする。
そのまま床に落ちて息を引き取った。

「ゆっ!ばかなやつなんだぜ、すなおにおしえてればいいものをなんだぜ!」

『ケイコク ケイコク コノ カン ハ 120 ビョウゴ ニ バクハツ シマス ソウイン タダチ ニ タイヒ シテ クダサイ』

突然鳴り響く機械音声。
神の慈悲なのか、自爆装置はかろうじて生き残っていた。

「ゆっ?!これはなんなんだぜ?なにがおこるんだぜ?」

奇妙な音に引かれて手下まりさを始め他のゆっくりも艦の周りに集まり始める。

「ゆゆっ!!このすはまりさのものなんだぜ!おまえらにはわたさないんだぜ!!さっさとはなれるんだぜ!!」

「まりさばっかりずるいよ!みんなのものだよ!」
「そうだよ!れいむにもわけてよ!!」

どんどん騒がしくなる。
艦の外装をはがし始めるゆっくりも出てきた。

『アト ノコリ 10 ビョウ デス』

「うるさいんだぜ!しずかにするんだぜ!!」

リーダーまりさは中に入ってこようとするゆっくりを体当たりで外に追い出す。だが次々とゆっくりどもが中に入ろうと
入り口に殺到していた。
それはまるで角砂糖に群がる大量の蟻のように。


『アト 5 ビョウ デス ミナサン サヨウナラ』







角砂糖を中心に太陽よりも明るい真っ白な光が広がる。




ズゥーーーーンッッ!




大きな地鳴りがして何百匹という鳥があちらこちらから一斉に飛び立つ。
まりさは意識すること無く蒸発した。
群がる大量の蟻も同様に。

角砂糖があった場所には宇宙ゆっくりが乗ってきた艦の破片すら残っておらず、大きな大きなくぼみが出来ていた。




故郷への帰還計画「Voyage」は失敗に終わった。






おわり





==============
あとがき

猿の惑星とかいろいろなSF物をちょいちょい参考にしました。


実は遥か昔高度な知性を持ったゆっくりがいて・・・とかいう無茶苦茶な設定です。
冒頭に出てきた宇宙船内部のコールドスリープ用の箱は後の虐待用の透明な箱に繋がって・・・
とか妄想してみたりしています。



これまで書いたもの

うんうんの報い
ゆっくり罠地獄その1
社員ゆっくり


by ゆっくりジェントルマン

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最終更新:2022年05月21日 23:07