竹取り男とゆっくり 10(最終回・後編)



 いつしか山は静まりかえっていた。
 ふと気づけば、生き残っているのは男とドスまりさの一人と一匹。
 竹林のほとんどはドスパークによって焼失し、黄昏の空は明るくひらけている。
 その下で対峙する、1人と1匹。

「やっと静かになったな」

 男は平常心を取りもどしていた。

「ゆっふぅぅぅ……」

 3階あたりから見下ろしてくるドスまりさ。

「れいむと、ぱちゅりーと、チビたちの仇。とらせてもらうぞ」

 ドスは顔を歪ませて餡子を吐いた。

「かーっ、ゆぺえっ! ゆっくりことわるよおおおおおおおおおおお!!」

 男は全力でドスに走っていった。
 ドスも全力で男に跳ねていった。

 ドスの口からドスパークの閃光がまぶしく光る。
 男は火炎竹を惜しみなく投げた。
 いくつもの爆発が生じ、ドスパークが遮られる。
 両者は急速に距離をちぢめながら、火炎竹とドスパークを相殺しあった。

 キュバアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
 キュバアアアアアッ!!
 ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 ボヨオーーーン☆

 緊張感のカケラもないが、それは確かに男とドスがぶつかり合う音だった。
 巨大饅頭の体当たりは凄まじい威力だったが、衝撃に耐えた男は、鍛え上げられた両腕からストレートパンチをくり出した。

「オラオラオラオラオラァ!!」

 下膨れのおなかが激しく波打つも、厚い皮が餡子へのダメージを完全に防いでいる。

「ゆっぶう! ゆっぶふう! そんなのっ! ぜんぜんっ! きかないよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 余裕の表情で頭をひと振りするドス。

 バチィン!!

「ぐうっ…!」

 ドスのシングルおさげに顔面を強打され、男はよろめいた。

「ゆ゙っゆ゙っゆ゙っ!! いまのはいたかったでしょおおお!!??」

 男は布袋から竹のブーメランを取りだした。

 ザンッ!!

「ゆぎゃっ! なにするの!? いまのはいたかったよおおおおお!!!」

 ドスのほっぺを切り裂いたブーメランを再び投げる。

 ズパァァッ!!

「ゆわああっ!! どすのあんてぃーくなおぼーしがあああああああああ!!!」

 古くさい帽子のトンガリをバッサリ切られて半狂乱になったドスは、ブーメランが戻るのを待っていた男をはじき飛ばした。
 そして地響きを鳴らしながら追いかけていくと、倒れている男を踏み潰そうと飛びあがった。
 男は布袋からまた何かを取りだすと、地面に置いてその場を逃れた。

 ズッシィィィィィィィン……

「ゆぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!??」

 ドスが絶叫する。
 あわてて仰向けにひっくり返ったドスの下から出てきたのは、青竹だった。
 踏むと気持ちがいい青竹も、ドスのように運動不足だと激痛が走るものである。

「ゆっぐぅ!! ゆっぐぅ!! あんよがいたくてゆっぐりでぎないいいいい!!」

 そのとき、戻ってきたブーメランがドスのあにゃるに深々と突き刺さった。

「#$%&@*¥∑%#$→?!◎%#=⑨⑨ωωω!?!!!???!?!?」

 メチャクチャに転がって暴れるせいで、刺さったブーメランがますますあにゃるにめり込んでいく。
 …饅頭が痔になるかは定かではないが、ドスはもう二度とうんうんして「すっきり~!」と言うことはできないだろう。
 のたうち回ってブザマに泣き叫びながら、ブーメランが刺さったおしりを芋虫のように振りまわしているドス。
 この好機を逃さず、男は最後の火炎竹に火をつけると、泣きわめくドスの口に放りこんだ。

「これでも食らえ!」
「ゆぼっ!? ゆぼおぼぼぼぼぼおおぼぼぼぼぼっ!!」

 意図せず口から火を噴いたドスは、狼狽のあまり男が背後に回りこんでいることにも気づかない。
 男は布袋から竹の90センチ定規を取りだすと、ドスのデカいケツを思いっきりひっぱたいてやった。

 パッチィィィィィィィィィン!!

「ゆっぴゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 ドスは火を噴いたまま全速力で飛び跳ねて、あたりを一周してからやっと戻ってきた。
 群れを全滅に追いこまれ、大切な帽子を傷つけられ、青竹を踏まされ、あにゃるをズタズタにされ、口を燃やされ、おしりをひっぱたかれたドスは、
恥辱と激怒で茹で饅頭のようになった。
 こんな屈辱は、約15年のゆん生で初めてのことだった。

「おこったよ……どすはほんとうにおこったよおおおお!!! もぉあやまったってゆるさないよおおおおおおおおっ!!!!」

 ドスは天を仰いだかと思うと、ブンッと頭を振ってとんがり帽子を飛ばしてきた。

「うわっ!?」

 すべてのゆっくりが大切にしている「飾り」を用いた攻撃…。
 強大な敵と戦うときのために取っておいた、ドスの最後の手段だった。
 男はこの予想外の攻撃に対処できず、とんがり帽子の中に閉じこめられてしまった。

「ゆ゙ーっゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙!! どすのおぼーしはおおきいでしょお!? そこでえいえんにゆっくりさせてあげるからねえええ!!!」

 巨大な帽子に覆われ、男は逃げ出すことができない。
 ドスは限界まで口を開くと、トドメのドスパークを放った。

「…………………………ゆゆっ!? どうしてどすぱーくがでないのお!!?」

 答えは、帽子の中から返ってきた。

「残念だったな。ドスパーク用のキノコはさっきの炎で燃え尽きた」
「ゆ゙ゔゔゔゔっ!!?」

 ドスまりさの証であるドスパーク…。
 それを奪われたドスは、血管も無いくせになぜか青筋を立てて、男を閉じこめた帽子に力いっぱい体当たりした。
 男は空を飛び、帽子は宙を舞った。
 ドスは主の体当たりでボロボロになった帽子を回収すると、いまだブーメランが刺さっているあにゃるをかばいながら、倒れている男に近づいた。

「くそっ……痛ってぇ……」

 死闘の末に、男もドスも満身創痍。
 だが、よろめきながらも立ちあがった男の手には、まだ90センチ定規が握られていた。

「ゆ゙ふぅぅぅぅ…どすはゆっくりみとめるよお! おにいさんはすごくつよかったよお! でもこれでさいごだよおおお!」

 ドスの全身から、七色のオーラが降りそそぐ。

「な、なんだ? 体がっ…」
「ゆ゙ふぅん!! どすのおーらで……ゆっくりしていってねえええええっ!!!!」

 種族を問わず、浴びたものすべてをゆっくりさせてしまうという、ゆっくりオーラ。
 男はガクリと膝を折った。
 それを見たドスは、まりさ種特有の小生意気な顔で高笑いした。

「ゆ゙ーーーっゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙っゆ゙っ!!!!」

 ゆっくりオーラで強制的にゆっくりさせられてしまった男の命は、もはや風前のともしび。
 あとは生かすも殺すもドス次第だった。
 だが……

「………………違う、これは"ゆっくり"じゃない」
「ゆ゙ゔゔゔっ!?」

 男の再起に、ドスの目が半分以上も飛び出した。

「どぼじでたっちゃうのおおお!!?」
「こんなのは、俺が知ってる"ゆっくり"じゃない…」
「なにいってるのお!! ゆっくりはゆっくりでしょお!?」
「違うっ! こんなのはただの虚脱感だ!」
「どっちでもいいよお!! これからとどめをさすんだから、おにいさんはゆっくりしないでさっさとゆっくりしていってねええええええ!!」

 ドスは地団駄を踏んだ。

「俺は本当の"ゆっくり"の感覚を知ってる。いや、教えてもらったんだ。れいむや、ぱちゅりーや、チビたちに……」

 たったひと冬の間だったが、男は亡きれいむ一家と過ごした日々を思いおこした。
 ゆっくりたちの言う、"ゆっくり"しているときの感覚……それがれいむ一家から学んだものだった。

 言葉で理解するのは難しかった。
 男は人間だったから。
 しかし、

一緒に食事をするなかに…
 一緒に会話をするなかに…
 一緒にタケノコを掘るなかに…

 本質はあった。
 それは、けっして忘れられない感覚だった。

「これで俺をゆっくりさせてるって言うなら、おまえのオーラは本物のゆっくりオーラじゃない」
「ゆぶぶぶっ…!?」
「ドスのくせに本物のゆっくりオーラを使えないおまえは、ドスの皮をかぶったニセドスだ!!」
「ゆおおおッ!!!??」

 ドスはブルブルと震え出した。
 …15年前にゆん生をスタートし、12年前にドスまりさとして目覚め、8年前にこの群れを作り上げ、以来ゆっくりの王として君臨している自分。
 そんな自分が、人間から「ニセドス」だと宣告されたのである。

「そんな…そんなはずないよお!! どすはほんとうのどすだよお!! どすのおーらもほんものだよおお!!」
「じゃあ見ろよ、俺の姿を。おまえのオーラを浴びても全然ゆっくりできないぞ?」
「ゆ゙っ…ぐっ…さっきはちょうしがわるかったんだよ!! こんどこそゆっくりさせるよお!!」

 ペカァァァァァァァァァァァァァァァ……

 ドスは再びゆっくりオーラを浴びせた。
 群れの仲間をゆっくりさせてあげたことを思い出しながら。
 だが、結果は変わらなかった。
 青ざめたドスは何度も何度もオーラを浴びせた。
 そうして何度浴びせても、ドスが望む反応を男が見せることはなかった。

「ゆふぅっ…! ゆふぅっ…! どぼじでぇ? どぼじでなのぉ?」
「無駄だ。そんなニセゆっくりオーラじゃ、ゆっくりの"ゆ"の字も出ない」
「ゆ゙っ…!? ゆ゙っゆ゙っ……そんなはずないよぉ……なにかのまちがいだよぉ……」
「どうした、ニセドス。俺をゆっくりさせるんじゃなかったのか?」
「ど、どすは、にせどすなんかじゃ…」
「こんのパチモンがっ!」
「ゆ゙ぐゔゔゔゔっ!!!」

 ドスの餡子脳はオーバーヒート寸前だった。

 遠い餡子の昔、偉大な母ありすと母まりさとの間に生まれた自分は、何不自由なく毎日ゆっくりしてきたはずだった。
 お母さんたちはいつも自分を「将来ドスになるおちびちゃん」だと自慢していた。
 成長して期待どおりドスになった自分を、この群れの仲間は「世界一ゆっくりしてるドス」だと慕ってくれた。
 ゆっくりオーラを浴びせてあげるたび、焦点の合わない目で涎を垂らしながら喜んでくれた。

 ……それでも、自分のオーラは本物じゃない?

 すると、自分はドスだと思っていただけで、本当はドスじゃなかったことになる。
 お母さんの言葉も全部嘘だったことになる。
 オーラを浴びせた仲間もゆっくりしたフリをしただけで、影で自分をあざ笑っていたことになる。
 でもそんなはずはない。ぱちぇもありす将軍もれいむ将軍も他の仲間も、最後まで自分と一緒に戦ってくれたじゃないか。

 ……それでも、自分はドスじゃない?

 もし自分がニセドスだというなら、今までのゆん生は何だったのだろう。
 自分がドスじゃないなら、いったい何なのだろう。
 体はこんなに大きい。
 餡子さんだってこんなにたくさん詰まってる。
 ドスパークだって撃てた。

 ……それでも、自分はドスじゃない!?

「ゆわあああ……ゆわあああああ……」

 生まれ出ずる悩みに身をやつしたドスは、目を回してフラフラとさまよった。
 饅頭が餡子で哲学を考えるなど、土台ムリな話なのだ。
 だが、普通のゆっくりより賢く、ぱちゅりーより餡子脳なドスは、答えの出ない問題をいつまでも突っついていた。

「おい、まりさ」
「ゆぐううう!!??」

 男の声で現実に引き戻される。
 だが、敵ながらもはや「ドス」とさえ呼んでくれないことに、懊悩するドスは大量の冷や汗を流した。

「おにいさん、どすにゆっくりおしえてね? ゆっくりやさしくおしえてね? どすはどすだよね? せかいでいちばんゆっくりしてるどすだよね?」
「…………」
「むかしはまりさだったけど、いまはどすだよね? どすはゆっくりしてるよね? ゆっくりしてないなんてうそだよね? おにいさん……そうでしょ?」
「…………」

 ドスは男にすり寄って体を擦りつけながら、すがるような声音で質問してきた。
 全身から餡子汗を流し、その体は冷えきって震えていた。
 できれば優しく撫でてもらって、『おまえはすごくゆっくりしてるドスだよ』と言って欲しかった。

「おにいさん…どすはこんなにおっきくてゆっくりしてるんだよ…おにいさん…」
「まりさ」
「ゆ゙っ!? ……ゆっ、ゆっ、ゆんやぁーーーーーーーーっ!! そのなまえでよばないでえええええええええ!!」
「まりさ」
「ゆぐうううう!! どすってよんでえええええええええええ!!」
「まりさ」
「い゙や゙ぁ゙ーーーーーっ!! いやだあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
「ま り さ ぁ !!」
「ゆんぎゃあああああああぁあぁああああぁぁぁああああああぁあああぁっぁぁああああああぁあああああ!!!!!」

 ドスは狂ったように金切り声で絶叫した。
 その絶叫が一瞬止まり、ドスのほっぺが風船のように膨らんだかと思うと、

「 ぶぉ え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ っ っ !!!!!!!!!!」

 体内の餡子が洪水となって一気に噴き出した。
 ゆっくりは餡子の中に記憶を保存するため、ゆっくりできない事があると、ひと握りの餡子を吐きだして嫌な記憶を抹消する。
 しかしドスの嘔吐はかぎりなく続いた。
 自分の存在とゆん生を信じられなくなったドスは、自己防衛のために、記憶…すなわち中身の餡子のほとんどを破棄すべきものとして認識したようだ。
 吐き出された餡子は山のように盛られ、ドスはその分だけ縮んでいった。
 やがて半分になり…3分の1になり…とうとうドスは餡子を吐き尽くして、平べったい潰れ饅頭になった。

「 ゆ゙っ … ゆ゙っ … ゆ゙っ … ゆ゙っ … 」

 もうわずかな餡子しか残っていないドスは、出餡多量でビクン…ビクン…と痙攣していた。
 男は拳を振り挙げると、ドスの眉間を貫いて最後の餡子を殴り潰した。

「ゆ゙っ…!! ………… もっと … ゆっぐり … したかった ………… !」

 苦渋に満ちた声でそう言い放つと、ドスはゆっくりと事切れた。
 約15年という、饅頭にしては長すぎるゆん生が今、終わりを告げた…。

「ふぅ。 ……ん?」

 男が返り餡子をふり払ったそのとき、視界の端に動くものがあった。
 ドスの参謀ガングロぱちゅりーだった。
 今まで仲間の残骸に隠れて、逃げだす機会をこっそりと伺っていたのだった。

「待て!」
「むぎゅう~! だっしゅつにしっぱいしたわ! ゆっくりみのがしてぇ!」
「おまえ、ドスまりさの参謀だったな」
「むぎゅ!? ゆ、ゆっくりはんせいしてるわ! だからみのがしてね! ぱちぇをみのがしてくれたら、おれいにきちょうなごほんをあげるわ!」
「どんな本だ」

 ガングロぱちゅりーはむきゅむきゅ言いながら、汚いメモ用紙を出した。

「むきゅぅぅぅん! これは"まどうしょ"のかけらよ! ぜんぶあつめると、おにいさんもいだいな"まほうつかい"に……むっぎゅーっ!?」

 左右のおさげをウサギのように掴まれ、ガングロは空中に浮いていた。
 ここでお空がなんだとか言わないあたり、まだ理性が濃いようだ。

「むぎゅむぎゅ! "まどうしょ"がいらないならこんなのはどお!? たからのちずよ!!」

 ビッターーーンッ!

「むぎぃっ!!? ……む…ぎゅ……むぎゅむぎゅう……」

 顔から地面に叩きつけられたガングロは、舌をのばして自分の顔をぺろぺろしていた。

「ぱちゅりー種ってのはみんな賢くていい奴なのかと思ってたが、そうでもないみたいだな」
「むぎゅっ!? ぱちゅりーは賢くていいゆっくりよ! おにいさんのさいしょのかんがえどおりよ!」
「れいむたちを殺したのにか?」
「むぐっ!? あれはっ…むれのなかまがやったのよ!」
「命令したのはおまえだ」
「むぎゅうぅ! でもぱちぇはっ……ぱちぇは……むぎゅうぅぅぅぅ! ごめんなさぁぁぁい!! ぱちぇはゆっくりはんせいしてるのぉぉぉぉ!!」

 言い逃れできなくなったガングロがとうとう泣きだした。

「反省か…。じゃあ、ひとつおまえに問題を出そう。それが解けたら助けてやる」
「むっきゃー! たすけてくれるのぉ!?」

 嘘泣きだった…。

「さて、問題だ」
「むっきゅ~ん♪」

 体力勝負なら勝ち目がない。
 だが頭脳勝負なら負けないと信じきっているガングロは、すでに勝利した気分。
 しかし……

「こういう状況では、どうやって逃げる?」
「…………むきゅ?」

 男に抱きかかえられ、ガングロは凍りついた。
 考える問題でありながら、じつは体力がないと解決できない問題だった。
 むぎゅむぎゅ言いながらどんなに暴れても、振りほどくどころか微動だにできない。
 ガングロは体内の生クリームを考えることに集中させたが、なんの良策も浮かばなかった。

「むっきゅぅぅぅぅぅぅ! こんなのむりよぉ!」
「賢いおまえなら解けると思ったが、買いかぶったか。じゃあ残念だが…」
「むぎゅっ!? ゆっくりまってね! ひんとをちょうだいね!」
「ヒント? 頭じゃなく、口を使うことだ」
「くち? ぱちぇのおくち?」

 ガングロはしばらく思案していたが、急にポッと赤くなると、目をつむって口を突き出してきた。

「ぱちぇのふぁーすとちゅっちゅ…おにいさんに…」

 バッチィィィン!!

「ぶぎょえぇっ!!!??」

 強烈なビンタを食らい、ほっぺの皮がちぎれ飛んで生クリームが飛び散った。

「口って言ったら言葉だろうがド饅頭が! せいぜい命乞いでもしてみやがれ!」
「たったすけてっ! やめてっ! ぱちぇをころさないでぇーっ!!」

 ドスの群れに守られて長らく忘れていた"痛み"という感覚に襲われ、ガングロは真っ青になって命乞いを始めた。

「ぱちぇはすなおなゆっくりよ! あたまもいいし、かしこいし、ちてきだし、せいせきもゆうしゅうよ!」
「むぎゅむぎゅ! それにおとなしくてしずかだから、おにいさんのじゃまもしないわよ!」
「ごほごほっ! むぎゅ…じびょうのせきがっ…! おにいさんわかるでしょ! ぱちぇはもうながくないの!」
「だからおにいさん、ぱちぇをころさないで、おにいさんのおうちにつれていってね!」
「おうちにだれもいないんでしょ!? だったらぱちぇがいっしょにゆっくりしてあげる!」

 ガングロは病弱な自分を強調しながら、男に飼われて生きながらえようと必死にアピールした。

「むっきゅっきゅ! おにいさんといっしょにいたあんなぱちゅりーより、ぱちぇとくらしたほうがゆっくりできるわよ!」

 その言葉が終わらないうちに、ガングロの底部が、むしり取られた。

「むぎゃーーーーーーーっ!!!??」

 甲高い悲鳴が上がったが、男はガングロを逆さまに持っているので、足の傷から中身が漏れ出すことはなかった。
 ガングロは男の手の中でジタバタと醜く暴れていた。

「ぶっぎゅうううう!! だずげでぇ!! だずげでぐだざいぃぃぃぃ!! なんでもじまずがらあぁぁぁぁぁぁ!!」
「ばぢぇはひどりじゃいぎでいげないんでずうぅぅぅ!! よわいんでずうぅぅぅ!! さびじぐですぐじんじゃうんでずうぅぅぅぅぅぅ!!」
「おでがいでずぅぅ!! おでぃいざんのおうぢでゆっぐじ…」

 ブンッ! ビチャアァァァ!!

 ガングロの髪をつかんだまま腕を一回転させると、遠心力で生クリームがすべて飛び出した。
 あれほど騒いでいたのが嘘のような静けさ…。
 あらためて手のものを見ると、一瞬のうちに目も舌も生クリームも失ってペラペラになった薄いデスマスクだけが残っていた。
 男は無言になったそれを投げ捨てた。

 …疲労を越えて、全身が痛い。
 男は潰れた饅頭の中に倒れこむと、顔だけを動かして山肌を眺めた。
 竹林の消えた、竹取り山…。

「しばらく畑でも耕すか」

 男は転職を決意すると、意識を失わないうちに呟くようにいった。

「ぱちぇ、俺はここで待ってるからな。ゆっくりしないで来いよな…」





 季節はめぐり、竹取り山は青々とした若竹におおわれていた。
 その山から、カーン…カーン…と竹を切る音がこだまする。
 ときおり巣穴を飛び出して「しずかにしてね! ゆっくりできないでしょ!」と抗議するゆっくりの悲鳴があがった。

 竹林が再生して林業に戻ってからも、男は畑をつぶさなかった。
 かつてれいむ一家が白菜を育てた畑が中心にあるからだ。
 朝は荷車を引いて竹を切り、昼は鍬をもって畑を耕し、夕は庭に立ててある4本の竹を拝んだ。

 竹に書かれた名前は年とともに霞んでいった。
 男が文字を書き足したとき、すでに数年が経っていた。
 変わらない日常はあいかわらず続いていた。

 ……生々流転。
 時がながれ、ゆっくりが何世代を交代しようとも、男は待ちつづけていた。
 ぱちゅりーと交わした約束が現実になるその時を。
 この竹取り山こそが、男と4匹をつなぐ目印だった。

 そうして今日もまた、男は荷車を引いて家路につく。
 男は今でも待っている。
 家の前で、生まれ変わったれいむとぱちぇとチビたちが迎えてくれる。
 そんな情景を想い描いて。



 ――――――――――――――――――――ゆっくりおかえりなさい!






~あとがき~
あぁ…終わりました…
お待たせしちゃってごめんなさい、ちょっと高飛びしてたんです。。。
でもちゃんと最後までお届けできてよかった!( *´艸`)

このシリーズにお付き合いくださってありがとうございました!
どこかに感想いただけたら嬉しいです♪
またね!


~書いたもの~
竹取り男とゆっくり1~10(完結)
暇なお姉さんとゆっくり
せつゆんとぺにこぷたー
悲劇がとまらない!
あるゆっくり一家のひな祭り


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最終更新:2022年05月21日 23:43