『その8 全力みょん』










 花が散って尚その威容を誇る桜の木々に囲まれた、広大な敷地を誇る日本家屋――白玉楼。

 その些か以上に年代を感じさせる建物の縁側に、二人の少女の人影があった。



「ねえ妖夢、わたし、お腹が空いてしまったわ」

 言って縁側に座布団を敷いて座している少女が、傍らに控えるように佇んでいた少女へと声を掛ける。

 声を掛けられた少女――魂魄妖夢は、相手の声が聞こえているのか居ないのか、特に反応らしい反応は見せずに、しかしその眉間には薄らと皺が寄せられていた。

「…………」

 会話を返さない妖夢に対して、座したまま目の前の桜木を眺めていた少女は、その視線を外して傍らの少女へと視線を向けた。

 見上げるような体勢。

 その小首を傾げてみせる。

「妖夢?」

 反応を返さない自らの警護役に対して、大丈夫かしら、この子、と少々斜め上へと思考が走り始めた頃、少女の傍らで一歩下がるように控えていた妖夢がようやく口を開いた。

「……幽々子様、確か私の記憶によれば……昼食をとられたのが三刻前、大福と饅頭を御召になられたのが二刻前、羊羹と草餅を御所望なされたのがつい一刻前……となっているのですが」

 芯の通った声色。

 何処か、確認を求める口調だった。

 反応を返した従者に対して、その主――西行寺幽々子はくすくすと喉を鳴らし、どこかあどけない笑顔を浮べ、目の前の木々達へと視線を戻した。

「ああ、そういえば、お昼に出た鮎の塩焼きは美味しかったわねぇ」

 昼間の食事を思い出しながら嬉しげな気配を発している主人に対して、その従者は憮然とした様子を湛えて見せる。

「いえ、そういう事では無く……」

 聞いていますか、お嬢様、と妖夢は問う。

 しかし相手は聞いているのかいないのか、何所かふわふわとした印象でその会話を聞き流す。

「苺大福とか、あるかしら?」

 苺はもう過ぎてしまったかしら、と何処か遠くの心配をしている幽々子に対して、もう一度、と妖夢は口を開く。

「あの……」

「水羊羹も捨てがたいわねぇ」

 芋……いえ、栗……と、やはり何処か遠くの事を考えている幽々子。

「いえ、ですから……」

「お願いね~」

 にっこりと笑顔でお願いされてしまっては、妖夢に拒む術は無い。

「…………みょん」

 諦めの気配をかもし出しながら、何処か煤けた様子で従者はその場を離れた。



 …………



 お嬢様は少々食べすぎではないだろうか……、と白玉楼の庭師兼警護役は首を捻りながらお勝手へと向かう。

「うーむ、これが食道楽というものなのだろうか……」

 ぎしぎし、と床板を鳴らしながら長い廊下を進む。

 さて、流石にこう立て続けに甘味はどうだろうか、何を作るべきか、と思考を進めながらお勝手の扉を潜るとそこには、

「むーしゃ♪ むーしゃ♪」

「…………?」

 くぐもった声が聞こえる。

 はて、と首を傾げて辺りを見回す。

 気配がするのは、空間の一角。

「…………」

「おいしーい!」

「…………」

「しあわせー!」

「…………む、妖怪か?」

 洗い場から離れた場所に備えてある、味噌や塩などが収められた壷の数々。

 その一つに丸い身体を突っ込み、なにやら上機嫌で中身を貪り食っている物体。

「あれは……砂糖壷だったか?」

 背中に差した楼観剣へと片手を這わせ、じりじりと近付き、中身を覗く。

「むーしゃ♪ むーしゃ♪」

「…………」

「あまーい!」

「…………」

「ぜんぶわたしのー!」

 まるで、大きな饅頭のような物体だった。

 壷の中身、砂糖にその身体を沈め、一心不乱にその口を動かしている。

「…………おい、そこのまんじゅう」

「ゆ?」

 謎の物体が振り向く。

 まるで巨大な饅頭のような身体にはしっかりと顔があり、その黒髪に対して赤いリボンを巻いてた。

 一瞬、その姿を妖夢はどこかで見たことがあるような気がしたが、特に気に留める事も無く、改めて口を開く。

「其処で何をしている」

「ゆゆ?」

 余りというか、全然状況が判っていないのだろうか、疑問符を浮べたまま此方を見上げている物体に対して、妖夢は威圧することもないだろうと身に纏っていた緊張感を解した。

 特に害意は在りそうには見えないし、どこぞから迷い込んだのだろう、とあたりを付け、どこか気を軽くしたような口調で物体へと声を掛ける。

「どうしたんだお前は、迷ったのか?」

「おねいさんだれ!」

 緊張を解した妖夢に対して、目の前の物体は今更ながらに警戒心が湧き上がってきたらしい。

 頬を膨れさせて、威嚇するように声高に叫んでみせる。

 思わず、妖夢の表情に苦笑が浮かぶ。

「私か? 私の名は――」

「わたしがさきにみつけたの! ぜんぶわたしのもの!」

 名を告げようとする妖夢の声を遮り、物体は声を張り上げる。

 どうやらこの砂糖壷は自分のものだと言っているらしかった。

 他にある味噌や糠床などか荒らされていない辺り、この物体は甘味が好きなのだろうか、と妖夢は考えてみるが、だからといって貴重な砂糖を丸ごとこの物体に与えるわけにはいかない。

 そう思い妖夢は口を開くが、

「おねいさんにはあげない! あっちいってね!」

「いや、しかし――」

「ここはわたしがみつけたおうちだよ! おねいさんはあっちにいってね!」

「おうちとは――」

「はやくあっちにいってね! とっととあっちにいってね!」

「…………」

 どうやらこの砂糖壷は目の前の饅頭の様な物体にとって、如何ともし難い魅力を発しているらしい。

 口角泡を飛ばすといった勢いで、激しく言葉を捲し立ててくる。

 その一生懸命に妖夢を追い払おうとしている姿は笑みを浮べるに値するが、この屋敷にある物はすべからくお嬢様の物である、というのが妖夢の思考である。

 よってどうにかこうにか説得を試みようとしてみるが、しかし、

「どうしたの? なんであっちいかないの? おねいさんばかなの?」

「な」

 真坂馬鹿と言われるとは思いもしなかったのか、呆気にとられる妖夢。

 さらに目の前の物体は言い募る。

「なにしてるのばかなおねいさん? どうしたのばかなおねいさん? うごくためののうみそもたりないくらいばかなの?」

「…………」

「おねいさんあたまわるいのね! むずかしいこといってごめんね!」

「…………」

「ごめんね、ばか! ゆるしてね、ばか!」

「…………ふっ」

 思わず、妖夢の口角が歪む。

 妙に黒い笑みだった。

「少々私はお前の事を誤解をしていたようだ」

 言って、すらりと楼観剣を引き抜き、片手で上段に構えてみせる。

「ゆ?」

「どうするまんじゅう妖怪。早く其処から出ないと、壷ごと真っ二つになってしまうぞ?」

「ゆゆ?」

 半ば何も考えずに引き抜かれた銀光を眺めていた物体。

 次いで述べられた妖夢の言葉にも、その危機感が働く事は無かった。

 何を言っているのだろう? この相手は、といった様子である。

「…………ひょっとしてお前は刀を知らないのか」

 言って妖夢は楼観剣の刀身を奔らせ、砂糖壷の直傍に置かれた壷の一つ、その上に載せられた漬物石を一線した。

 妖夢の動作に遅れて一拍、丸石の表面に斜線が走り、ずるり、とその上部が床へと落下した。

 重く厳しい音が室内に響く。

 改めて楼観剣を上段に構える。

「さて、改めて聞くが、どうする?」

 物体の収まった砂糖壷の中からは、妖夢が振り上げる白刃も、先ほど切り落とされた漬物石の様子も、はっきりと見えていた。

 事此処に到って、ようやく己に危機が迫っている事を認識したのだろう。

「ゆ♪ ゆー♪」

 先ほどの態度とは打って変わって、精一杯の愛嬌を妖夢に対して振りまいて見るが、今更過ぎて、もう遅い。

「なるほど。笑顔のまま逝きたいと、そういう事か」

「ゆ゛ゆ゛!??」

 思わず混乱状態に陥る物体。

 右往左往といった様子でゴトゴトと壷を揺らす。

 しかしこのままの状態ではさすがに拙いと思ったのか、物体は砂糖をもりもりと口に含み、妖夢の前へと吐き出して見せた。

 妖夢の足元が砂糖で汚される。

 意識して眉根が寄った。

「おねいさんにもわけてあげるから、これでゆっくりしてね!」

「…………」

 どうやらこれで妖夢を懐柔しようという心算らしかった。

 自信満々といった表情で物体は笑みを浮べている。

 その様子を受けた妖夢は重々しく頷き、

「ふむ、魂魄の昇天すら所望するか」

 言って、空いていた片腕で白楼剣を引き抜く。

 二刀を改めて構えてみせる。

「ゆ゛っ!?」

 慌てた様子でもう一度同じ動作を繰り返す物体。

 足元に盛られた砂糖が一回り大きくなる。

 妖夢の眉根がさらに寄った。

「まずは生き地獄から味わいたいと」

「む゛っ!」

 未だ刀を構えたままの妖夢に対して、物体は一転してむくれた表情を表してみせた。

 どうやら目の前の物体にとっては、砂糖二口が妥協点であるらしかった。

 妖夢の足元に盛られた砂糖の小さな丘。

 片手で掴み取れそうな程の量しかない。

 それは人が摂取するには多すぎる量だったかも知れないが、壷の中身からすれば微々たるものだったし、というかそもそも妖夢は砂糖を欲していない。

 妖夢の内心を想像することもしないだろう物体は、強気な姿勢で声を張り上げる。

「それでゆっくりしてね! さっさとゆっくりしてね!」

「私は、其処から出て行けと言っているのだが?」

「よくばりなおねいさん! なんてずうずうしいの!」

「その砂糖壷はこの屋敷の物、引いてはお嬢様の所有物だ。さっさと其処から出て行くがいい」

「ここはわたしがみつけたおうちなの! そんなことしらない!」

「なんて厚かましい妖怪だ」

「なんてききわけのないおねいさんなの! ほんとにばかなのね!」

「ああ、もういい。言い合うだけ無駄のようだ」

 言って、妖夢は間髪いれずに楼観剣を相手の柔肉へと突き刺した。

 物体がその身に起こった事を理解するよりも疾く刀身を振って床に転がし、上から足で押さえつけ、両手に持った二刀を相手へと向ける。

 一瞬のうちに目まぐるしく回転する視界に物体は数秒ほど呆然とした様子を見せていたが、やがてその身体に宿る熱に気付き、痛みを自覚する。

「い゛……!?」

「どうした? なんだ? さっさと言え。辞世の句ぐらいしっかりと聞いて――」

「い゛た゛い゛ぃ゛!! い゛た゛い゛よ゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」

「……ここで泣くか」

「じぬ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!! じん゛じゃう゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!」

 妖怪ならばこの程度で死にはしないだろうに、と妖夢は思う。

 実際、刀で一突きされた程度で死ぬ妖怪は稀だ。

 目の前の物体にとっても、これが致命傷とは程遠い状態である事くらい妖夢の目にも見て取れる。

「だずげでね゛!!! だれ゛がだずげでね゛!!!」

「……さらに他力本願とは」

 なんて見下げた根性だ、と妖夢は溜息を吐いた。

「ゆ゛っ゛ぐり゛ざぜでね゛!!! ゆ゛っ゛ぐり゛じよ゛う゛ね゛!!!」

「ああ、もう分かった分かった」

 呆れた口調で言葉を吐いて感情を収める妖夢。

 もとより、口で言うほど物騒な行動を取る心算は妖夢に無かった。

 多少痛めつけて追い出せば良い、というぐらいの思考である。

 それがこうも相手に大声で泣き叫ばれては、さすがに痛めつけることに対して抵抗を覚えたくもなる。

 気勢を削がれたと言うべきだろうか、楼観剣と白楼剣の二振りを鞘に収め、足元の物体を持ち上げる。

「ゆ゛……っ!?」

 両手の中で、びくり、と身体を振るわせる物体には気にも留めず、お勝手から水汲み場へと繋がる扉を抜け、外へと足を運ぶ。

 そして、それを地面へとそっと置く。

「ゆ゛?」

「ほら、何処へなりとも行くが良い」

「…………」

「何をしている、早く去れ」

「…………」

「いい加減にしないか」

「むーっ!」

 渋々といった様子で、不貞腐れた表情のまま井戸の近くに茂っていた藪の中へと消えていく物体。

 がさり、と草音が鳴り、沈黙が訪れる。

「……ふぅ」

 とりあえず、これでこの白玉楼に近付く気は失せただろう、と一息吐いた妖夢は踵を返したのだが、

「すきありーーーーーーーっ!!!」

「なに? って、うわ!?」

 予想外にも藪の中から転がるように飛び出してきた物体は、背中を向けていた妖夢に対して足元を狙うように体当たりを試みる。

 ちょうど膝の裏側を押されるように足を払われ、妖夢は思わず尻餅をついた。

「きゃん」

「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛っくりー!!!」

「こふ」

 さらに追い討ちとばかりに、妖夢の腹部へと体当たりを敢行する物体。

 尻餅をついたままの体勢ではそれを支えることも出来ずに、仰向けに倒れ込んでしまう妖夢。

 地面に背中を強かに打ちつけ、肺の空気が零れる。

「ゆーーーーーーーっ!!!!」

「むきゅ」

 止めとばかりに妖夢の顔へと圧し掛かる物体。

 一抱えほどもあるその大きさは、見た目に比例してしっかりと重かった。

 妖夢は固く冷たい地面の感触を後頭部に感じ、次いで顔を塞いでいる重みが消失するのを感じた。

 そして、衝撃。

「!」

「ゆっくりしてやったね!!! ゆっくりしてやったよ!!!」

 顔の上で上下に飛び跳ねられるという行為は、もしかしなくても首が折れるかもしれないと妖夢に思わせるに十分な威力があったが、しかしどうにかその攻勢に首は耐え切る。

 やがて物体はこのぐらい痛めつければ十分だと思ったのか、もちもちと柔らかい感触の身体を妖夢の首の上から退けた。

 顔をずっと塞がれていた為だろうか、肺に酸素を取り込むべく肩で息をしている妖夢と、妙に勝ち誇った笑顔を向けてくる物体。

「おもいしったか!!!」

 相手は、そのまま意気揚々とお勝手の中へ消え去っていく。

「…………」

 その光景を暫し無言で眺め続け、自らを地に付けたその相手が見えなくなってからも無言を続ける妖夢。

 どれぐらいの時間が経ったのだろうか、妖夢はおもむろに立ち上がり、やはり口を開かぬままにお勝手へと足を進めた。

「…………」

「むーしゃ♪ むーしゃ♪」

「…………」

「しあわせー!」

「…………」

「むーしゃ♪ むーしゃ♪」

「…………」

「おいしーい!」

「…………」

「むーしゃ♪ むーしゃ♪」

「…………」

「あまーい!」

「…………」

「むーしゃ♪ むーしゃ♪」

「…………」

「ゆっくりー!」

 やはり砂糖壷の中に納まっていた相手は、真上から見下ろす妖夢の視線に気付いているだろうに、その存在を気にすることは無い。

 これが勝者の余裕、とばかりに敢えて大仰に砂糖を貪り喰らう物体。

 やがて妖夢を無視するのにも飽きたのか、饅頭のようなその身体をくるりと回転させて妖夢を見上げてみせる。

 暗澹とした光を湛える妖夢の瞳と視線が合う。

「おお、こわいこわい」

 まるで格下の相手を馬鹿にするかのような表情と台詞に、しかし妖夢は反応を返さない。

「どうしたの、まけいぬのおねいさん! どうしたの、ゆっくりできないおねいさん!」

 続けてつくられる満面の笑顔と蔑んだ台詞にも、やはり妖夢は微動だにすることも無かった。

「ほしいの? これがほしいの?」

 そう言って口に含んだ砂糖をねちゃり、と見せてみる目の前の物体。

「あげなーい! これはぜんぶわたしのー!」

 口を閉じ、むぐむぐと砂糖を租借し、やがて空になった口の中を開けてみせる物体。

「わかったらあっちへいってね! とっととあっちへいってね!」

 妖夢に笑みを向け、もう用は済んだとばかりに砂糖に向き直る物体。

 改めて、砂糖の租借音が室内に響き始めた。

「むーしゃ♪ むーしゃ♪」

「…………ふ」

 妖夢の口に歪な笑みが浮かぶ。

 耳を澄ませばようやく聞こえる程度の風切音が鳴った。

 いつの間に抜いていたのか、横に振りぬかれた楼観剣が鞘に収められる。

 一拍遅れてバラバラと解体される砂糖壷。

「ゆゆ!!?」

「……どうせ、得体の知れない妖怪の唾液で粘り固まった砂糖など、お嬢様にお出しする料理の材料には使えたものではないだろうからな」

 どのような芸当か、その中に納まっていた物体には傷一つ無い。

 ざらざらとその中身があふれ出し、壷の残骸を覆い隠すように広がった砂糖の上に鎮座した物体。

 状況が判っていないのか、辺りをきょろきょろと見回し、その表情に疑問符を浮べてみせる。

「ゆ? ゆゆ?」

 しかし、広がる砂糖、解体された壷、投げ出された自分、と状況を理解していくにつれ、その表情が怒りの方向へと高潮していく。

 やがてその怒りの温度が沸点へと近付いた頃、頭上より妖夢の声が振ってくる。

「どうした? なにをそんなに呆けているんだ」

「ゆ!」

 どのような方法であるかは理解が及ばなかったようだが、これが妖夢の仕業であると物体は思い至った様子だった。

 妖夢を睨みつけ、身体全体で感情を表すように上下に飛び跳ねて怒りを見せ始める。

「なんでわたしのおうちこわしちゃうの!! これはわたしのみつけたおうちだったのに!!」

「そうか、それは済まなかったな」

 言いつつ妖夢は一歩踏み出すが、その時足にしてしまった砂糖が相手の逆鱗に触れたらしい。

「なにしてるの! これはわたしがさきにみつけたんだよ!」

「それは済まなかったな」

「ゆっくりあしをどけてね! ぜんぶわたしのものなんだからね!」

「それは済まなかったな」

「もう! なんてききわけのないおねいさんなの! じぶんかってね!」

「それは済まなかったな」

「ゆっくりしなくていいからあっちへいってね! わがままなおねいさんのあいてはすごくつかれるから!」

「それは済まなかったな」

 再び楼観剣の鯉口が切られ、今度はどこか緩慢な動作でその刀身を突き刺す。

「ゆ゛……っ!?」

 引き抜き、突き刺す。

「い゛、い゛い゛……」

 引き抜き、突き刺す。

「い゛だい゛いいい!!!!」

 引き抜き、突き刺す。

「い゛、い゛だっ! い゛だい゛っ!!!」

 引き抜き、突き刺す。

「いだい!! やめ゙てやめでね゙!!! はやくやめでね゙!!!」

 引き抜き、突き刺す。

「や゛め゛、や゛め゛て゛ね゛!!!」

 引き抜く。

「い゛た゛い゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛!!!! う゛わ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!」

 突き刺す。

「ゆ゛っぐり゛ぃ゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!!」

 あまりの連続した痛みの発生に恐慌状態に陥った物体は後先を考えることもせずに後退を試みるが、その身体には深々と楼観剣の刀身が沈められたままである。

 楼観剣の刃は妖夢自身の方へと向けられている状態であり、それで後退を試みるとどうなるのか。

「ゆ゛? ゆ゛ゆ゛!??」

 自らの後押しで、その身体の一部がすっぱりと縦に斬り裂かれた。

「なんだ、自ら傷つくような真似をして」

「……!??? ……!!!!???」

 呆れた表情を見せる妖夢に対して、相手は激痛で頭が一杯になっているのか呻き声をあげるばかりだった。

 裂かれた体から黒い何かか零れ出すものの気に留める事も出来ず、ただ痙攣を繰り返しながら痛みを耐え続けていた。

「なるほど、そうか。お前はチクチクと突き刺され続けるよりも、バラバラに切り刻まれるほうが好みなのだな」

「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛っ!!!??」

 淡々と紡がれた妖夢の言葉に身体と精神が恐怖に震わされるものの、うろたえる以上の行動を起こす前に楼観剣の冷たい感触がその身体を通り過ぎる。

 薄く、ほんの少しだけ、身体が削り取られた。

「一枚」

 切り裂く。

「二枚」

 切り裂く。

「三枚」

 切り裂く。

「四枚」

 切り裂く。

「五枚」

 切り裂く。

「六枚」

 切り裂く。

「七枚」

 切り裂く。

「八枚」

 切り裂く。

「九枚」

 切り裂く。

「十――」

「い゛た゛い゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛!!!! う゛わ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!」

 薄く相手の身体を削っていき、その回数が十を数える頃にようやく物体は叫び声を上げた。

「だれ゛がだずげでぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぶむ゛っ!??? ぐぐ!!????」

 現れることも無い誰かに対して助けの声を張り上げる物体に対して、妖夢は靴のつま先に砂糖を擦り付け、それを相手の口内へと蹴り上げるように突っ込んだ。

「今更だが、五月蝿いぞ。ほら、お前の大好きな砂糖だ。たんと舐め取るがいい」

「むぐっ!!? むぐぐ……っ!!??」

「そうか、美味いか。よかったな」

 作業を再開する。

 少しずつ、少しずつ。

 薄く、丁寧に、何度も何度も。

 切り裂き、削ぎ落とし、刃を奔らせ、肉を剥がす。

 やがて磨り減った外側の奥から現れる黒い中身。

 ごぼりとあふれ出すそれは、まるで餡子のようにも見受けられる。

 さらに作業は続く。

 まるで墨汁を垂らしたような黒髪を無理矢理に引き剥がし、その身を彩った赤の装飾も髪と一緒に毟り取られた。

 淡々と作業を進める。

 妖夢が白刃を振るう風切音と、物体のくぐもった呻き声が室内を静かに満たしていた。

 裸同然の状態にされた物体。

 見れば、顔面部分を除いて全ての表皮を切り落とされていた。

 ようやくと言うべきか、妖夢がその足を相手の口から引き抜く。

 零れ出て広がった黒い中身の上に乗せられた顔面部分。

 様々な感情に顔を歪ませ涙と涎を垂れ流し続けていた物体は、開放されたばかりの口をぱくぱくと動かし、思い切りの吸気を試みる。

「……っ! ……っっ!!! ……っっっ!!!!!!!」

 しゃくりあげながら大きく口を開き、やがて何事かを叫ぼうとする物体。

 冷やかな視線のまま、改めて妖夢の足が踏み下ろされる。

「ゆ゛っく゛り゛ぶぶふぅ!!???」

「ああ、すまない。何か言う心算だったのか」

「……ぶぶぶっ!!!!!!」

 意識を苛む激痛と、身体を切られた喪失感と、砂糖に対する独占欲と、妖夢に対する怒りと憎しみと、激情が渦巻くままに唸り声を上げる物体。

「何を言っている。ちゃんと言葉を喋れ」

「む゛む゛む゛……っ!!!!!!」

「お前の言っている事は判らないな。私が馬鹿なのだろうか、それともお前が人語を話せないのだろうか」

「ゆ゛ーっ!!!!! ゆ゛ーっ!!!!!」

「そうか、お前が言葉を喋れないのだな。ははっ、馬鹿め」

「ゆ゛む゛む゛む゛む゛む゛む゛む゛む゛む゛ーーっ!!!!!」

 膨れたまま唸り声を上げ続ける物体だったが、妖夢の足に押されてどんどんとその顔が黒い塊の中へと埋もれていく。

 足を除けると、その面にはしっかりと妖夢の足跡が刻まれていた。

「ほう、よく伸びる面の皮だ」

「ゆ゛っぐり゛ーーーーーー!!!!!」

 どうやら妖夢に攻撃を加えようと飛び掛ろうとしている様子が見受けられたが、もはや面の皮しか残っていない状態ではそれが叶う筈も無い。

 気持ち悪く蠢いて見せた程度で、その行動は終了した。

「さて、そろそろお嬢様がお待ちかねの頃合だ」

 言って、手に持った二振りを鞘に収め、物体の顔面部分へと手を掛ける。

 それを勢いよく引き剥がし、砂糖と黒い塊の山とは反対の方向へと投げ捨てた。

「ゆ゛ぶ!?」

 ぺたーん、と既に質量の大半を失った物体は、情けない音を立てながら床板と接吻を交わす。

「此処の掃除は後回しにするとして……」

 言って先ほど両断した重石を両手に持ち、足音を立てながら物体へと近付く。

「……? ……??」

「そうだな、当たり障りの無い所で煎餅と……ああ、団子があったか」

 二つの重石を床を向いたままの物体の上に置き、ぐいぐいと面の皮を引っ張って包み込み始めた。

「……!? ……!??? ……!!!???」

「後はお茶、と。うむ、これで良いか」

 包む為に寄せた面の皮を、傍らに落ちていた赤いリボンで縛り上げ、まるで巾着のような姿が完成する。

「……っ!? ……っ!????」

「さて、それでは先ず手を洗ってくる事にするか」

 人面巾着袋と化した物体を掴み上げ、外へと足を進める妖夢。

 扉を潜り、そしてそのまま井戸の前を通り過ぎてさらに足を進める。

 辿り着いたのは、地面に深い穴が開いており、その直傍に大量の土が盛ってある裏庭の一角であった。

「ん? ああ、参ったな。古井戸の方まで足を運んでしまうとは」

 片手で掴み上げていた人面巾着袋を穴の中へと放り入れる。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 次いで傍らに用意してあった梅の枝と葦の葉を穴に落とし、盛った土に挿してあった円匙に手を掛け、土山を崩し始めた。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ゆ゛ぶっ!!!??」

「お嬢様は此処を埋めるのは後で良いと言っておられたが、そうだな、折角の事だ。少しばかり埋め立ててしまうのも悪くないだろう」

 既に外観を解体されて穴だけが残る干からびた古井戸に、その穴を埋め立てる為の土が降る。

「ゆゆっ!?」

 暫し無言で動作を繰り返す妖夢。

「こ、ここからだしてね! ゆっくりだしてね!」

 何やら穴の底が騒がしい様子だが、穴は深く、反響して届いた声はくぐもった音に劣化して、言葉として妖夢の耳に届くには程遠い。

「おもいの! からだがおもいの!! つぶ、っぺ! な、なんなのー!?? なにがおこってるのかぜんぜんわからなーい!!!」

 妖夢が円匙で土を削る音にも紛れ、やがて人面巾着袋の姿は深い穴底の只中で土に埋もれて見えなくなった。

「だ、だれかたすけてね! ゆっくりたすけ……!!?? ……!! …………!!?? ……………………!!!!??」

 最後に一際大きい土の塊を落とし、妖夢は円匙を盛り土に突き挿す。

 両手を叩いて幾らかの汚れを落とし、ふぅ、と一息を吐く。



「……………………さて、これでゆっくり仕事ができる」










『その9 ゆっくり+@』










「幽々子様、本日三度目の間食をお持ちしましたよ」

「あらあら妖夢、ずいぶんと遅かったわね。私、待ちくたびれちゃったわ」

「その点については申し訳ありません、不肖妖夢の至らなさでござい、ま……す?」

「へぇ、お煎餅とお団子なのね。私、嬉しいわ」

「あ、あの……」

「ほら、妖夢もこっちへいらっしゃい。一緒に食べましょう」

「あの、幽々子様……」

「? 何かしら」

「その傍らの丸い物体は……」

「ちーんぽっ!」

「この子?」

「ちーんぽっ!」

「ふふ、さっきこの庭に迷い込んでいたところを拾ったの」

「ちーんぽっ!」

「おもしろいでしょ」

「ちーんぽっ!」

「? どうしたの妖夢」

「ちーんぽっ!」

「妖夢? あら、ちょっとこの子には刺激が強すぎたかしら」

「ちーんぽっ!」

「…………あの、それ、斬っていいですか?」

「ちーんぽっ!??」

「あらあら、急に物騒なのね。駄目よ、そんな無闇に刀を振り回しては」

「ちーんぽっ!」

「では、叩いていいですか」

「ちーんぽっ!??」

「あらあら妖夢……ほら、この子を良く見て見なさい」

「ちーんぽっ!」

「…………むかつく顔ですね」

「ちーんぽっ!??」

「うーん、そう見えるかしら」

「ちーんぽっ!」

「他になんと見れば……」

「ちーんぽっ!」

「私には、あなたに似ているような愛嬌のある顔に見えるわ」

「ちーんぽっ!」

「…………似てますか?」

「ちーんぽっ!」

「あなたはもう少し鏡を見たほうが良いかもしれないわ。ほら、この髪の色と髪飾りなんかそっくり」

「ちーんぽっ!」

「妖夢、あなたも女の子なんだから、もっとおめかしするようにならないと」

「ちーんぽっ!」

「…………」

「ちーんぽっ!」

「妖夢? ふぅ……また黙っちゃって、どうしたのかしらね、この子は」

「ちーんぽっ!」

「…………えいっ」

「――――!!!!!」

「あら、叩いちゃった」

「――――」

「って、あらまあ」

「――――」

「物凄い顔で固まってるわね」

「――――」

「今、口から飛び出したのは魂かしら」

「――――」

「うーん、この表情はなんだか気持ち悪いわ」

「――――」

「捨ててきます」

「はぁ、仕方が無いわね、ちゃんと弔ってあげるのよ」

「ええ、同類と一緒に埋めて固めて均しておきますので、その辺りのご心配はなさらずに」

「あらあら」

「では、失礼いたします」










『その10 十六夜咲夜の教育的指導(解体編)』










 ~あらすじ~

 紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの思いつきでお嬢様代理となったゆっくりれみりゃ。

 館のメイド長である十六夜咲夜は一時的にれみりゃの付人に任命され、その世話を甲斐甲斐しくする羽目になる。

「くっきーいらない! ぷりんじゃないとやだぁ! ぷりんたべるのぷりん!!」

 溜まるストレス。

「おやさいきらい! ぷりんちょうだいぷりん! さくやどこ! さくやきて! ぷりんたべたいぷりん!」

 溜まるストレス。

「ざくや! ざくやどこ? ざくやー! ざくやー!!! ごろんだー! いだいのー!」

 溜まるストレス。

「さくやー♪ ぎゃおー♪ たーべちゃうぞー♪ さくやー♪ ぎゃおー♪ たーべちゃうぞー♪ さくやー♪ ぎゃおー♪ たーべちゃうぞー♪」

 溜まるストレス。

「うっ♪ うー♪ あそんでめいりん♪ あそんでくれないとさくやにいいつけちゃうぞー♪ さくやにおこられちゃうぞー♪ がおー♪」

 溜まるストレス。



 そろそろ我慢の限界です。



 …………



 四方を木々に囲まれた暗い空間。

 周囲を見渡しても、木々に遮られたその奥を見通す事は出来ない。

 上を見上げても、周囲の木々から伸びた枝葉が月明かりをか細く突き通しているだけであった。

 風が草葉を揺らす音も無い、虫の鳴き声すら聞こえない、どこか寂しげな印象を抱かせる森の只中。

 一人、ゆっくりれみりゃがただ呆然とそこに座り込んでいた。

「どこ……? さくやは……?」

 虚空に問いかける声に、答えは無い。

「……さ、さくやー」

 もう一度と暗闇に言葉を投げかけるが、やはり答えは無い。

「…………さくやぁ……」

 暗闇に対する恐怖と、一人で居ることに対する孤独と孤立に襲われる。

 暗い。

 寒い。

 怖い。

 寂しい。

 心細い。

 感情の波が決壊へと近付き、溢れ出す。

「ざ、ざくや! ざくやどこ!? ざくやー!!! ざくやー!!!」

 何でこんな所にれみりゃは居るのか。

 先ほどまで、れみりゃは紅魔館の一室にてふかふかのベットに包まれながら咲夜のお話を聞いていたはずだった。

 咲夜の用意してくれた柔らかくて良い匂いの布団の感触を、まだ覚えている。

 記憶の中にある幸福感が今現在の恐怖感をより一層際立たせていた。

「ざ、ざぐ、ざぐや゛ー! ざぐや゛どごい゛る゛の゛!? ね゛え゛ざぐや゛! どご!?」

 涙を零しながら叫び声を上げても、聞きたい声は聞こえず、見たい姿は見られず。

 張り上げる声は虚空に響き、闇夜に紛れ、消えていく。



 …………



「……おながずいだぁ……」

 どれくらいの時間を泣き続けたのだろうか。

 やがで泣き疲れ、目元を腫らせたまま、しょんぼりとした空気を纏いながらお腹を鳴らすれみりゃ。

 そっとお腹に手を這わす。

「ぷりん……」

 思い起こすのは、咲夜が作ってくれた甘くて美味しいぷりん。

 スプーンをそっと通して掬い取り、口の中へと運べば蕩ける様な食感と甘美な一時を与えてくれる。

 れみりゃが今まで食べた物の中で、一番美味しい食べ物。

 食べたい、と呟いてまたお腹が鳴った。

「ざぐや゛ぁ……どごぉ……」

 人恋しさに呟く声にも、空腹の為か力が無い。

 一層夜の闇が広がった暗がりの中で、れみりゃは一人孤独に震えながら優しい咲夜が助けに来るのを待ち続けていた。



 …………



 がさり、と草音が鳴る。

「……っ!??」

 れみりゃがびくりと肩を震わせ、怖々といった様子で音が鳴った方向へと首を回した。

 視線を向けた先は深い暗闇。

 何が音を立てたのか、ただ先の望めぬ光景が広がっているばかりだった。

「さ、さくやー?」

 恐る恐るといった様子で、自らが待ち望む名を暗がりへと告げてみせるが、反応は無い。

「さ、さくやー」

 もう一度、何かしらの期待を込めて名前を呼んでみる。

 しかしやはり、何の反応も見られなかった。

 れみりゃがしょんぼりと首を俯ける。

「うー……」

 がさり、と草音が鳴る。

「……っ!? ……さ、さくや……?」

 慌てて顔を上げて問いを発するも、返答は無い。

 静寂が場に満ちる。

 再び、れみりゃの首がしょんぼりと垂れ下がる。

「うー……」

 がさり、と草音が鳴る。

「っ!」

 がさり、と後ろから。

「!?」

 がさり、がさり、と左右から。

「な゛、な゛に゛……!??」

 がさり、がさり、がさり、がさり、と四方から。

「う゛、う゛ぁ……ざ、ざぐや゛ぁ…………」

 周囲から聞こえる草葉のざわめきに、れみりゃの顔がくしゃりと恐怖に歪む。

 嗚咽が漏れ出し、あと少しで泣き始めるというその時、

「――――」

 れみりゃの直後ろで、草を踏む音がした。

「っ……!!????」

 真後ろ、とても近い位置から聞こえた足音に、れみりゃの身体が一瞬震え、次いで恐怖に強張る。

「――――」

 その背中に感じる気配に、れみりゃは動けない。

 まるで心臓を鷲掴みにされてしまったかのような息苦しさを味わい、浅い呼吸が口から零れた。

 そんなれみりゃが感じている恐怖を知ってか知らずか、足音はれみりゃを回り込むように進んで、やがてれみりゃの目の前に一つの人影が現れた。

「!!!」

「――――」

 黒い人影だった。

 全身を黒の衣装で身に纏い、黒い覆面で顔を隠したその姿。

 まるでこの周囲に満ちている暗闇が人の形をとって現れたかのような印象をれみりゃは覚える。

 知らず、後退る。

「う゛、う゛ぁ……」

「――――」

 じり、と無意識に後ろへ下がるれみりゃに対して黒い人影は大股で一歩詰め寄ると、姿勢を屈めてれみりゃと顔の高さを同じくする。

 れみりゃの視界に、黒い人影の覆面が一杯に納められる。

 得体の知れない相手に対する恐怖に身体が震える、精神が竦む。

「――――」

「い゛ぁ……っ!?」

 急に胸が圧迫される感触、上へと流れる視界。

 黒い人影がいきなり突き出した片腕によって、れみりゃは仰向けに倒れるようにと突き飛ばされた。

「……い゛や゛ぁ!」

 何をされたのか、と考えるよりもこの黒い人影が怖いという思考が頭の中を満たし、慌てて立ち上がり逃げ出すべ走り出そうとするれみりゃ。

 その足が払われる。

「――――」

「い゛だぃ!?」

 うつ伏せに倒れ込み、その顔が土に汚れる。

 目じりに浮かぶのは涙。

 背後から聞こえた草を踏む音にに、足をもつらせながらも立ち上がり、改めて駆け出そうとするれみりゃ。

 その視界が暗闇ではない黒に染められる。

「――――」

「!!??」

 いつの間に回りこんだのか、れみりゃの視界に映るのは、鼻先まで迫った黒い人影の衣装。

 上を見上げると、黒い覆面がれみりゃをただ見下ろしている。

「――――」

「う゛……う゛ぁ……」

 額に掌を添えられ、押し出す様に力が加えられる。

 どん、と尻餅を突かされたれみりゃに対して、屈んで視線を合わせて見せる黒い人影。

「――――」

「い゛、い゛や゛ぁ……」

 恐怖が胸の内を満たす。

 感情の渦は直に臨界を迎え、れみりゃはこの恐怖をどう消化するべきかも判らぬままに大声を上げて泣き出し始める。

「――――」

「い゛や゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛!!! ごわ゛ぃ゛ぃ゛い゛い゛い゛ぃ゛!!!」

「――――」

「ざぐや゛ー! ざぐや゛どごー!! ばや゛ぐぎでー!!!」

「――――」

「ばや゛ぐれ゛み゛り゛ゃを゛だずげでぇえ゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛え゛!! ざぐや゛ぶっ!!??」

 頬を張られる。

 振りぬいた腕を戻し、再びれみりゃを見つめ続ける黒い人影。

 赤く腫れた頬を思わず押さえ、次いで滲んでくるその痛みにれみりゃの表情が歪む。

「い゛だ、い゛だい゛い゛い゛い゛!!! ざぐや゛ー! ばや゛ぐぎでざぐぶっ!!??」

 頬を張られる。

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!! ざ、ざぐや゛に゛い゛い゛づけ゛ぶっ!!??」

 頬を張られる。

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! お゛う゛ぢがえ゛る゛う゛う゛ぶっ!!??」

 頬を張られる。

「ざぐや゛ー!!! ざぐや゛ー!!! ざぐや゛ざぐや゛ざぐや゛ぶっ!!??」

 頬を張られる。

「――――」

「い゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! お゛う゛ち゛がえ゛り゛ゅう゛う゛う゛う゛う゛ぶっ!!??」

 泣き叫ぶ事に頬を張られ、逃げ出そうとするたびに足を払われ、偶に突き飛ばされる。

 真赤に腫れた量頬と、擦り剥いた肘や膝。

 何度も転ばされた為か身体の彼方此方が痛みを訴え、少し前までは綺麗だったお気に入りの衣装は、今や土や草葉に汚れて見る影もなくなっていた。

「――――」

「……っく……ひっく……ぅう……」

 しゃくり続けるれみりゃ。

 泣き出せば、叩かれる。

 逃げ出せば、転ばされる。

 泣いたらまた叩かれる、と嗚咽が零れ出しそうになるのを堪え、黒い人影を見ないようにと俯いたまま痛みを堪えるれみりゃ。

「――――」

「っ…………」

 先の如く姿勢を下げて、俯いたままのれみりゃを覗き込むように見上げてくる黒い人影。

 もう何度も繰り返された為か、その黒い覆面を見ない様にとあらぬ方向へ視線を逸らすれみりゃ。

 その視線の先に黒い人影は移動し、再び視線を合わせるべく顔を近づける。

「――――」

「…………ぅー」

 もうその手は食わない、とばかりに視線を逸らしてみるれみりゃ。

 と、れみりゃを見つめ続けていた黒い人影はれみりゃが馴れ始めている事を悟ったのか一転して少しばかりの距離を取り、じっとれみりゃを眺め始めた。

 次は何をしようかというように、暫し考え込むような仕草をし、やがて何かを思いついたのか大股でその足を進める。

 恐る恐るといった様子で黒い人影を見上げるれみりゃの瞳には恐怖の色合いが浮かんでいた。

「――――」

 思い切り、れみりゃの胸板を蹴り上げる黒い人影。

「い゛ぁっ!!!???」

 大きく弧を描いて地面へと叩きつけられるれみりゃ。

 先ほどまでの頬を叩いたり足を払ったりする嫌がらせ染みた行動とは違う、相手を壊す為の全力の蹴り。

 足先が鋭く突き刺さった胸は熱く焼け付く様な痛みを訴え、圧迫された肺の空気が口から零れる。

 強かに地面に打ちつけた身体は酷く痛み、れみりゃはその赤く腫れあがった顔を苦悶に歪ませていた。

「――――」

 倒れ付したれみりゃの視界に、黒い人影の足元が映る。

「――――」

「い゛ぅっ!!?」

 仰向けに倒れる様にと、蹴り転がされるれみりゃ。

 黒い人影はれみりゃの身体に足を掛け、その片腕を無造作に掴み上げる。

「――――」

 それを、思い切り引く。

「い゛……っ!!!???」

 黒い人影に掴まれた腕の肩口から、ごきん、と関節の外れる音がした。

 手にしていた腕を放し、もう一方の腕を掴み取る。

「――――」

 そして、もう一度。

「や゛、や゛め゛……っ!!????」

 ごきん、とれみりゃの身体に音が響く。

「――――」

 無言のままに、黒い人影は今度は足に手を掛ける。

 れみりゃは苦悶の表情を浮べたままその意味を悟り、じたばたと両足で抵抗を試みるが、しかし、

「――――」

「……っぎ、ぃぁあ!!??」

 思い切り、肉を骨ごとを握りつぶすかという程の握力で足首を握り締め、れみりゃの抵抗を圧殺する。

 ごきん、と股関節から音が響き、次いで、ごきん、ともう一度同じ音が続いた。



 …………



 ずるり、ずるり、とれみりゃの襟首を後ろから掴んで引きずり、直傍にあった木を背もたれにして座らせる。

 間接を外された四肢は力無く投げ出されており、れみりゃは間接を外された痛みからか、下唇をかんで必死に痛みを堪えていた。

「――――」

 黒い人影はれみりゃの直傍に腰を降ろすと、相手の衣装に手を掛け、それを引き千切ってみせる。

 シルクが裂かれ、リボンが毟られ、ボタンが弾け飛ぶ。

「…………ぁ」

 咲夜がれみりゃに似合うようにと用意してくれた、お気に入りのお洋服が無残にも襤褸切れへと変貌していく。

 下着すら失って曝け出された少女の柔肌は、先ほどの暴行を受けてその白い肌の彼方此方に赤黒い染みを作っていた。

 外気に触れた、その穢れを知らぬ少女の体躯に宛がわれたのは、銀のナイフ。

 その暗がりでもなお輝く銀光にれみりゃの目は見開かれ、胸に触れた冷たい感触にその肌は震えた。

 声を上げようとする間も無く、つぷり、とその先端が沈む。

「――――」

 音も無くナイフは鎖骨の間から下腹部までを通り過ぎ、一拍遅れてその軌跡をなぞる様に朱色が刻まれる。

「ひぐぅ……ぁ……!!??」

 感じたのは熱い熱。

 痛みなどではなく、ただ熱かった。

 吸血鬼の弱点である銀による切断である。

 れみりゃに刻まれた縦の朱線の切り傷は、焼き切ったかの様な傷痕を見せていた。

 その縦に裂かれたれみりゃの胸板に、黒い人影の両手が突き入れられる。

「――――」

「!!!!!!!!????????」

 めりめりと肉を引き剥がす音を立てながら、その胸肉をこじ開けていく黒い人影。

 肉を内側から触られる感触が気持ち悪い。

 突き入れた両手に対する異物感に怖気が走る。

 そして何よりも、痛い。

 ただ、痛い。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!?????????????」

「――――」

 ぐっちゃぐっちゃと音を立て、黒い人影はれみりゃの胸肉を掻き分けながらその両手を突き入れていく。

 腑を握る。

 掴んで、潰す。

 掴んで、捨てる。

 肋骨を引き剥がし、肺臓を握り潰し、肝臓を毟り取り、膵臓を放り捨て、腎臓を押し潰し、胃袋を捻り取り、大腸を千切り捨て、小腸を掻き出して、心臓に手を掛ける。

「い゛ぎ、あ゛っ、が、がががががががが」

 泡を吹き、血を零しながら呻き声を上げ続けるれみりゃ。

 脂肪と血液と肉片と腸液に汚れた手が心臓と共に引き抜かれる。

 未だ微かに鼓動を繰り返すそれをれみりゃの口の中へと無理矢理押し込み、圧し潰す。

「――――」

「ぐががががががも゛ごごご」

 さらに解体は続く。

 未だ間接が外されたままの四肢に手を掛け、薄く皮を引き剥がし、筋に沿って肉を削ぎ落とし、やがて現れる骨を叩き砕く。

 下腹部へと新たにナイフを奔らせ、やはり先ほどと同じようにその中身を蹂躙する。

 最後に背骨を引き抜かれ、残ったのはズタズタに引き裂かれた四肢と中身を失った胴体。

 れみりゃは身を切り刻まれる激痛に耐え切れなくなったのか白目を剥いて気絶をしており、だらしなく開かれた口からは先ほど押し込んだ心臓の肉片が涎と共に地面へと零れ落ちていた。

「――――」



 …………



 東の彼方から薄らと射された日の光を感じて、れみりゃがその瞼をゆっくりと開ける。

 夢を見ていたようだった。

 夢を見ているようだった。

 どこか虚ろな表情で目の前の風景を眺めてみるが、見覚えのある景色ではない。

 陽の光を浴びてはいけませんよ、と咲夜に言われていたのを思い出して、手を翳そうとしたところでふと気付いた。

「うー?」

 手が動かない。

 首を動かして確認してみようと思ったが、何故か首も動かない。

 どうしたんだろう、と頭に疑問符を浮かべ、ならば何時もれみりゃに優しくしてくれる咲夜に聞こうと口を開いた。

「さくやー、さくやどこー」

 何時もならばすぐさま駆けつけてくれる筈の呼び声に、しかし望んだ人物は現れてくれない。

「さくやー、れみりゃがよんでるよー、はやくきてー」

 ならばともう一度声を上げてみるが、やはり咲夜は現れてくれなかった。

「……うー」

 何故か空虚さが胸の内を満たし、心寂しくぼんやりとしていた所で、れみりゃの視界が影で覆われた。

「う?」

 首は動かないままに、精一杯視線を上に向けるれみりゃ。

 すると其処には、

「――――」



「…………ぁ」



 黒い人影。

「…………ぅぁ?」

 刹那の内に記憶が呼び起こされる。

 鮮明に光景が蘇る。

 克明に激痛が蘇る。

 叩かれた事も転ばされた事も突き飛ばされた事も蹴り飛ばされた事も間接を外された事も身体を切り刻まれた事もぐちゃくちゃにされてしまった事も。

 瞬間、

「ぎゃあああああああああああああ!!!!! でだああああああああ!!!!!」

「――――」

 どこか茫洋としていた精神は一瞬で恐慌状態へと陥り、れみりゃの思考は脇目も振らずに逃げることを選択する。

 だが、

「う゛、う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?? あ゛!? あ゛あ゛!!?? な゛ん゛っ!? な゛ん゛でえ゛え゛え゛え゛え゛!!???」

 地を蹴って駆け出そうとして足が動かず、目の前の恐怖を振り払おうとして手が動かず、そもそも顔を逸らす事すら出来ていないという事に気付いて、れみりゃの精神は限界を迎える。

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛づい゛い゛い゛い゛い゛い゛!!?????」

 さらに、少しずつ上り始めてきた太陽の光がれみりゃの顔を焼き始める。

 陽に照らされた肌は焼け付くように熱く、じわじわと真赤に変色し始め、瞬く間に乾燥した表皮に罅が入り、剥がれ落ちる。。

 熱に燻られた髪はやがて煙を上げて灰へと変化し、れみりゃの頭部は砂山を壊すかの如く崩れ出す。

「だ、だ、だず、だずげでざぐや゛あああああああ!!!! ざぐや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」

 黒い人影は何もせず、ただ眺めているばかりだ。

「ざぐや゛!!! どござぐや゛どご!!? あ゛づい゛だずげで!!! あ゛づぐでい゛だい゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!!!!」

 涙を流し涎を飛ばし、喉が潰れるかというほど声を張り上げる。

 なんで自分がこんな目にあっているのか、どうして咲夜は助けに来てくれないのか。

 激痛が思考を苛み、絶望が意識を侵食する。

 現実逃避の為に磨り減っていた自己意識がさらに削り取られ、錯乱と混乱と狂乱の極地へと精神は進む。

 あと少しで、れみりゃの砕けてはいけない何かが砕け散る。

 もう少しで、れみりゃの砕けたら元に戻らない何かが砕け散る。

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛!!! ごな゛い゛でえ゛え゛え゛!!! だぁべじゃう゛ぞ!!!  だぁべじゃう゛ぞお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!」

 その何かに罅が入り、もう一押しで割れ散ってしまうという所で、不意に視界の中に変化が訪れる。

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……………………ぁ?」

 目の前には、咲夜の姿。



 …………



 咲夜は、眉根を下げて相手を気遣うような表情を作り、れみりゃの顔を見やっていた。

 気付けば、れみりゃの視界が先ほどよりも陰っている。

 先ほどまで感じていた身を崩すような陽の光も、いつの間にか届いていない。

 咲夜は、れみりゃが陽の光を浴びないようにと、日傘をれみりゃの頭上へと差し出していた。

「大丈夫ですか?」

 優しい、相手を安心させるような声色だった。

「…………? …………さ、さく、や……?」

 数秒前まで感じていた絶望の余韻は未だ確りと残っており、どこか恐る恐るといった様子で咲夜へと語りかけるれみりゃ。

 夢か、幻か。

 待ち望んだ人影をすぐには現実と認識できないほどに、れみりゃの心は追い詰められていた。

「はい、そうですよ」

「ほ、ほんとに……?」

 言葉の通りに本当であって欲しいと、れみりゃは縋るように声を絞り出す。

「あら、お嬢様代理には私が他の誰かに見えているのですか?」

「ち、ちがう!」

「ふふ、では、少しお待ち下さい。直に下ろして差し上げますから」

 そう言って咲夜はれみりゃの頭部を上へと引き上げ始める。

 れみりゃは自らの頭の中にあった異物感を初めて自覚し、奇妙な感覚に表情を歪ませる。

 やがてれみりゃの視界に映ったのは、長い、一本の棒だった。

 真っ直ぐ地面に突き立てられた長い棒。

 その上の辺りにれみりゃは突き刺されていたのだった。

 れみりゃの身体は、無い。

 あの時、最後には首まで切断されてしまったのか、他のゆっくり生物のように頭部だけになってしまったれみりゃ。

「傷は痛みますか」

「……うん」

 器用にも、れみりゃを片腕で胸元に抱き留める咲夜。

 もう片方の手で日傘を差し、れみりゃに日差しが射さない様にと位置を調節する。

「一日も過ぎれば元に戻るでしょうから、それまでの辛抱ですよ」

 ゆっくり生物は総じて僅かばかりの再生能力を持っており、さらにれみりゃは吸血鬼としての特性も有していた。

 よって、このような物理的に昇天してもおかしくないような状態になったとしても、結果として生き残る事が出来る。

 咲夜の言い通り、食事をとりつつ一日ほど時間が経過すれば、以前と変わりない姿を取り戻すことが出来るだろう。

「さくやー♪」

「なんでしょうか?」

「さくやさくやー♪」

「ふふっ」

 咲夜の胸に抱かれた事で安堵を覚えたのか、ようやく安心した表情を見せるれみりゃ。

 心が安らぎ、温かい何かで満たされる。

 何も疑問に思う事は無かった。

 あの黒い人影は何処に行ったのか。

 どうして咲夜はれみりゃに起こった事を何も聞かないのか。

 れみりゃの幼い思考ではそれらの疑問を思いつくことも無く、ただ目の前の事実だけを受け入れる。

「ぅー……」

 ようやく訪れた心安らぐひと時に、れみりゃはゆっくりと瞼を下ろし始める。

 頭の後ろに咲夜の暖かさと胸の鼓動を感じながら、まどろみへと誘われていくれみりゃ。

 やがて零れ落ちる安息の吐息と共に、咲夜は紅魔館へと足を進め始めた。



 …………



「そういえば、お嬢様代理、知っていますか?」

「うー?」

「黒いお化けのお話です」

「ぅ゛あ゛っ!?」

「何でも、聞き分けの無い悪い子を夜に連れ去って、物凄く酷い事をしてしまうという話だそうです」

「…………!!???」

「でも、お嬢様代理は皆を困らせる事の無い良い子ですから、そんな怖いお化けが来る事もないでしょうね」

「う、うん、れみりゃはよいこだよ」

「そうですよね、プリンは一日一度、野菜はきちんと残さず食べる、転んだって一人で起き上がれて、中国や他のメイド達を困らせる事も無くて、四六時中私を呼び付けて扱き使う事の無い、良い子ですよね」

「う、うん…………」

「ちなみに、黒いお化けが来るのは一度だけではないそうです」

「!!!!??」

「悪い子が良い子に変るまで、何度も何度も連れ去っていってしまうそうですよ」

「ひぃ……っ!???」

「まあ、皆を困らせる事の無い良い子のお嬢様代理には関係の無い話かもしれませんが」

「…………ぅ、うん」



 …………



「最近、お嬢様代理がやけにおとなしいですけど、何かあったんですか?」

「さぁ? 何か怖い目にでもあったんじゃないかしら」



 紅魔館は今日も平和だ。










『その11 テイクⅡ』










「…………? …………さ、さく、や……?」

「はい、そうですよ」

「ほ、ほんとに……?」

「あら、お嬢様代理には私が他の誰かに見えているのですか?」

「ち、ちがう!」

「そうでしょう、そうでしょう」

「う、うん」

「ほら、ちゃんとプリンも持ってきましたよ」

「えっ!?」

「美味しいプリンですよ」

「ぷりんー♪」

「あら、手が滑って落としてしまいました」

「あ゛っ!?」

「あら、足が滑って踏みつけてしまいました」

「あ゛っ!?」

「いえ、でも大丈夫です」

「ぅ゛?」

「もう一つ、こちらに」

「ぷ、ぷりんー♪」

「ええ、あら、これ本当に美味しいわ」

「ぇ゛え゛!!??」

「あら、私ったらうっかり食べてしまったわ」

「ぷ、ぷりん、れみりゃもたべたいな♪」

「なんてことでしょう、もう手元に一つも無いのです」

「うー……」

「しかし大丈夫です」

「う?」

「お屋敷に行けば、沢山あります」

「れみりゃ、ぷりんたべれるの?」

「ええ、食べられますとも」

「ほんと?」

「本当ですよ」

「わあい♪」

「では、取りに行ってきますので、また後ほど」

「うん♪ さくやいってらっしゃいー♪」

「それでは失礼いたします」




「あ゛づっ!?」

「…………」

「あ゛、あ゛づい゛!?」

「…………」

「あ゛! あ゛、がざ!! ざぐや゛がざ!!!」

「…………」

「ざ、ざぐや゛も゛どっでぎでえ゛!!! がざ!! がざがな゛い゛どれ゛み゛り゛ゃも゛え゛ち゛ゃう゛う゛!!!」

「…………」

「あ゛づい゛い゛い゛い゛い゛い゛!!! ばい゛に゛な゛り゛ゅう゛う゛う゛う゛う゛!!!」

「…………」

「ざぐや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「…………」

「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」




「…………ふふふっ、あそこまでしておいて本気じゃ無いだなんて、そんな事あるわけないでしょう」










『おわれ』



駄文製作者:ななな

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最終更新:2020年09月21日 13:53