とある人間の家、ちゃぶ台の上に置かれた透明の箱に
ゆっくりまりさがふてぶてしい顔で閉じ込められていた。
正面には家の主であろう人間がまりさを見つめて座る。
「さっさとまりさをここからだしてね!ゆっくりできないひとはさっさとしんでね!」
言いながら抵抗を試みるが、少しきついくらいの箱に押し込められたまりさは
跳ねる事も、頬を膨らませる事も、顔の向きを変えることすら出来ない。
「そうは言うけどねまりさ、勝手に人の家に入って暴れたゆっくりには
お仕置きしないといけないんだよ」
「なにいってるの?ここはまりさのうちだよ?ばかなの?しぬの?」
このまりさは勝手に家に上がりこんで自分の家宣言をしてから、
目の前の人間に捕らえられてもう1日は経っていた。
テンプレート通りの返答が帰してはいるが、
既にここが人間の家だと言う事はわかっている。
実際、自分の家宣言をしたゆっくりをちょっと痛めつけたら、
「ごべんだざいぃぃ!ここはまりざのうちじゃだいでずぅぅ!」
と泣いて謝ったと言う事例が何件もあるそうだ。
だが「自分の我侭を押し通す事=ゆっくり」であるゆっくりにとって、
自分の間違いを認めるのは強い抵抗がある事だった。
「まりさはおなかがすいたよ、さっさとごはんをもってきてね!」
自分を箱の中に閉じ込めた目の前の人間に、傲慢な態度をとるまりさ。
その様子に呆れながらも、人間は透明な箱の蓋を開けた。
蓋に押し付けられていた帽子がびょん、と元の高さに戻る。
「ゆ?だしてくれるの?まりさをだしたらごはんをもってきてね、
それからまりさをとじこめたことをゆっくりあやまってね!」
自分を出してくれるのだと安心しきった笑みをこぼそうとするが、
顔面が壁に押し付けられるほどきつめの箱に入っているので
ゆがんだ表情は笑いを誘っているようにしか見えない。
そんな馬鹿面を引っ張り出し、帽子を取り上げてちゃぶ台の上に押さえつけてやる。
饅頭の頭に手がめりこみ、箱に合わせて四角くなっていた体が
ぐにっと楕円形に歪められた。
「ゆぐっ!やめてね!さっさとてをはなしてね!」
と叫ぶまりさを横向きにし、ちゃぶ台の下から取り出した包丁で
前後の丁度中間の位置で2つに切り分ける。
「ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
餡子に直に刃を入れられ、体の上から下まで突き抜ける痛みに
まりさは叫びだした。眼球はこぼれ落ちるのではないかと言うほど飛び出し、
切断面と口からはどろりとした餡子が流れ出る。
このままでは餡子を出しすぎて絶命してしまうので、
2つに切り分けた頭部それぞれを、切断面を上にするように倒す。
なみなみと餡子を入れたボウルが2つ並んでいるかのようになると
前面だったものは自分の重さで顔面をちゃぶ台に押し付けられ、
「ゆぐぅぅぅっ!ゆぐぐぅぅ!」
と今だ続く激しい痛みに嗚咽を漏らす。
顔がつぶれ苦しいのか起き上がろうとするが、足にあたる底面ごと半分になった体では
うまく起き上がる事ができず、ゆらゆらと揺れるだけに留まる。
背面だったものは細かくビクッビクッと痙攣するだけである。
前面と背面がちょうど半分になるように包丁を入れたので、
どちらのボウルにも餡子は5割ずつ。ゆっくりが思考能力を失うのは
餡子が全体の5分の2になったあたりらしいので、まりさはぎりぎりの量で
思考を許され、苦痛から逃げる事が出来ないでいる。
人間は2つに分かれたまりさが、どちらも死んでいない事を確認すると
今度はちゃぶ台のしたからオレンジジュースの入った水差しを取り出し
それぞれのボウルに注ぎ始めた。
「ゆ゛ぎゃぁぁぁっ!?ぎぃぃぃぃ!」
むき出しになった餡子に勢い良くジュースが落ち、鋭い痛みがまりさを襲う。
だが神経にさわるような悲鳴とは裏腹に、前面、背面とも再生能力が上がり
元々は1つだった半身それぞれが1匹のゆっくりになる様に再生してゆく。
まるで酸をかけて溶ける饅頭のビデオを逆回しで見ているかのような光景である。
前面だった体は綺麗な金髪のロングヘアーがするすると伸び、
背面だった体は大きな口とゼラチン質の眼が復活する。
完全な体になった2匹のまりさはぐるんと起き上がった。
「「ゆふーっ!ゆふーっ!ゆふー……」」
先ほどまで前面だった『前まりさ』はずっと悲鳴を上げ続けて居た為
涙を流しながら息を整えようとするのだが、最後に顔面が修復された『後まりさ』も
なぜか同じように息を荒くし涙を流し始めた。
半分となった背面側の餡子にも記憶や苦痛がしっかりと残っていたのだろうか。
やがて呼吸が整いだすと、2匹のまりさは口を揃えて苦情を言い出した。
「「なんでこんなことするのぉぉぉ!」」
「ゆっくりできないひとはさっさとしね!」
「まりさのいうとおりだよ!ゆっくりしないでしんでね!」
同じ顔をした饅頭が横に並んで、涙目になりながら訴えてくる様子が微笑ましい。
そんな2匹の前に、先ほど取り上げておいた帽子を置いて見せてやる。
「ゆっ!まりさのおぼうしさっさとかえしてね!」
「ぼうしがないとゆっくりできないよ!」
と2匹それぞれが1つの帽子に向かって跳ね、お互いの側面に勢い良くぶつかると
弾力のある体にぼよんと跳ね返されて、お互いに足を向け合うような形で転がった。
「ゆべっ!?なんでぶつかってくるのぉぉ!?これはまりさのおぼうしだよ!」
「なにいってるの?これはまりさのぼうしでしょ!ゆっくりうそつかないでね!」
2匹ともこれは自分の帽子だと引こうとしないが、同じ餡子から再生した
同一人物なのでどちらも間違ってはいない。
「どっちのまりさも、これが自分の帽子で間違いないのかな?」
「ゆっ、そうだよ!これはまりさのぼうしだよ!」
「ちがうよ、このぼうしはまりさのものだよ!」
「そうか…それじゃどちらかのまりさが、嘘をついている偽者と言う事になるな」
「「ゆっ!?!?」」
どちらも本物であるが、ゆっくりに説明してもわかるまい。
「まりさがほんものだよ!うそつきのまりさはどっかいってね!」
「ほんもののまりさはまりさだよ!なんでうそつくのぉぉ!?」
1人称、2人称ともに『まりさ』なのでわかりにくいが、
「私が本物でお前が偽者ぜ!ほんとぜ!」と言い合っている。
傲慢で短気なまりさ種なら大抵「うそつきなまりさはさっさとしね!」と
暴力で解決しようとするものだが、同じ餡子から再生し自分と寸分も違いの無い相手に
どこか戸惑いを感じてもいるようだった。
もしかしたら、このまりさもまりさなのかも───
「どっちが本物かはわからないけど、本物だったら偽者なんかには負けないよね」
「ゆ!?そ、そうだね!ほんもののまりさはとてもつよいんだから、
にせものにまけたりしないよ」
「それじゃ、戦って勝った方がこの帽子を貰うのはどうかな?」
「「…」」
2匹とも黙ってしまう。我侭で自分本位なゆっくりも家族や愛人に情を感じたり、
自分と同じ種、れいむ種同士やまりさ種同士の間で連帯感や信頼感を感じる。
お互い明確にはわかっていないかも知れないが、同じ種どころか同一人物であれば
本能的に争いたくない気持ちが湧いているのかもしれない。
このまりさはまりさとすごくにている。
このまりさとなら、とてもゆっくりできるきがする。
このまりさとなかよくしたい、このまりさといっしょにゆっくりしたい。
でも、ぼうしがなくちゃゆっくりできないし、ぼうしはひとつしかない…
「ゆ、ゆうっ!これはまりさのぼうしだからねっ!」
「ゆ゛っ!?」
先に動いたのは『前まりさ』だった。大きく跳ね『後まりさ』の頭部に
自分の腹部、顎の部分をぶつけようと飛び掛っていく。
「や、やめてねっ!」
このままでは同じサイズのゆっくりに押しつぶされて、そのまま何度も
踏みつけられてしまう。体格差もないのに先制攻撃をうけては、
体制を持ち直すことも出来ずに一方的にやられるのは目に見えていた。
『後まりさ』はタイミングを計って、ぽよんと垂直に飛び上がり
自分の真下に落ちてくる『前まりさ』を時間差で押しつぶそうとする。
「ゆべべっ!」
だが、急に『後まりさ』に避けられて、角度を誤って顔面から落ちた
『前まりさ』は前方への跳躍の勢いを殺す事が出来ず、でんぐり返しの要領で
前方へころんと1回転した。
「ゆゆっ!?どこにいったの!?」
まりさがきえた!?と『後まりさ』は驚愕した。『前まりさ』が消えた落下地点に
底面を叩き付けるように落ち、ぼいんと音を立てて1バウンドする。
バウンドして自由に動けない時間も惜しいと、空中で体を左右にゆすって
『前まりさ』を探すが一向に見つからない。
当の『前まりさ』は『後まりさ』の下をくぐって背面に回っているのだから。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁん!まりざのおがおがぁぁぁ!」
『後まりさ』が自分を見失っている今こそが、『前まりさ』にとって
絶好のチャンスなのだが、顔面から落下した痛みに泣き出してしまった。
前方への跳躍+でんぐり返しによって、既にちゃぶ台の端まで到達している。
目の前に広がる段差は高いものではないが、痛みに悶えるゆっくりは
ちゃぶ台から降りて逃げ出そうとするよりも大声で泣き叫ぶ事を選んでいた。
「ゆっ!うしろにいたんだね!」
『前まりさ』の泣き声に気付いた『後まりさ』が振り向くと、
自分に背中を向けてちゃぶ台の端で泣き叫ぶ『前まりさ』の金髪が見えた。
泣く事に必死で『後まりさ』が近づく事にも気付く様子が無い。
『後まりさ』は勝利を確信した。
「まりさのために、にせものさんはしんでね!!」
黙って襲えばいいのに大声で宣言して突進する。
さすがに声に気付いた『前まりさ』が振り向くと、眼前に『後まりさ』が迫っていた。
もう横に飛んでも上に跳んでも避けられる距離ではない。
進退窮まった『前まりさ』は、突進してくる『後まりさ』に向かって小さく跳躍し、
『後まりさ』がぶつけようとしてきたその額に歯を突き立てた。
開けた口に、勝手に『後まりさ』が突っ込んで来たと言うべきかもしれない。
「がっっっ!?」
「ゆ゛も゛っ」
突進の勢いは死なず、額と口がくっついたままの状態でちゃぶ台から落下し、
『前まりさ』が後頭部から畳に激突すると、口から『後まりさ』がすっぽ抜ける。
『後まりさ』の視界は上下逆さまになっていた。
目の前に広がる畳の上にはこちらに頭を向けて倒れる『前まりさ』がいて、
自分はそこから急激に遠ざかっていた。
奇妙な浮遊感を感じ、ふと背中に空気の壁のようなものを感じた瞬間、
「ゆぐっ!!」と断末魔を上げ、べしゃっと壁にたたき付けられた。
背中から放射状に餡子が飛び散り、苦痛に顔を歪めきる間もなかったのか
少し眉をしかめたような顔で壁に張り付いていた。
「ひゅーっ、ひゅーっ、ひゅーっ」
訳)ふーっ、ふーっ、ふーっ
ともえ投げと言うにはあまりにも不恰好で、投げ飛ばした方のまりさも
肩で息をするように荒く呼吸をしており、眼の端からは涙の筋が見える。
『後まりさ』に突き立てた飴細工の歯は、勢い良くすっぽ抜ける饅頭の重みに耐えられず
今も壁にはりついた顔の額の部分に数本が刺さっている。
天井を向いて呼吸を整えているまりさに見えるよう、ちゃぶ台の上にあった帽子を
持ってひらひらと揺らしてやる。
そう言えば自分はこの帽子の為に戦っていたのだ。
「ひゅ、まりひゃのびょうひ、かえひへへ…」
訳)ゆ、まりさのぼうし、かえしてね…
何本もの前歯がごっそり無くなったまりさが、ゆっくりとした動きで起き上がる。
2匹でもつれあって落ちはしたが、畳が衝撃を吸収したのか
餡子が飛び散るような破損は無い。それでも満足には動けないようだ。
そのまままりさを誘導するように、帽子をひらひらさせたまま距離を離す。
「ひゃにひへふほ?はっはとかえひへへ」
訳)なにしてるの?さっさとかえしてね
跳ねるのがつらいのか、最後の方はずりずりと這うようにして押入れの前に到着する。
そこで人間は屈み、まりさは距離が近くなった帽子を見上げてぼよんぽよんと
極めて小さく跳ねる。だらしなく口をあけ、餌を待つ雛鳥のようだ。
「本物のまりさなら帽子を返してあげたいんだけど」
「ひゅ?まりははほんももだよ」
「でもね、まだまだこんなに居るんだ」
と言って押入れを開ける。その中を見たまりさは言葉を失って固まってしまった。
まりさがいっぱいいる。
まりさとおなじまりさがいっぱいいる。
押入れの下の段、防音性の広い透明ケースに、帽子の無いまりさが6匹見える。
奥の方は暗くて見えないが、何かがいるような気配を感じる。
その帽子の無いまりさ達は、人間にはただそっくりなだけに見えるが、
まりさの本能が全員同じ、同一人物である事を悟っていた。
混乱したまりさの餡子に、忘れていた記憶が蘇っていく。
人間の家に侵入して、現れた人間にあっけなく捕まって、
必死に抵抗したのに箱に閉じ込められて、
部屋から出た人間がジュースの入った器と包丁を手に戻ってきて…
「ひゅびゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
訳)ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
思い出した事にまりさは絶叫した。
何度も真っ二つにされ、何度も再生させられ、そんな苦しみを繰り返すうちに
気を失って、そのときに辛い記憶も消し去っていたのだ。
目の前に居る帽子の無いまりさ達は、昨日自分の半身から再生した自分だ。
びゃあびゃあと泣き喚くまりさの頭を掴むと、押入れから透明ケースを引き出す。
見えなかった部分まで光があたり、中にいるそっくりなまりさ達が
眩しそうに眼を細める。その数は9匹だった。
透明ケースの蓋を開けると、中に居るまりさ達がぎゃあぎゃあと騒ぐ。
「さっさとここからだしてね!」
「ゆっくりできないひとはゆっくりしないでしね!」
「おなかがすいたからおいしいおかしをもってきてね!」
「ぼうしがないとゆっくりできないよ!ゆっくりおぼうしかえしてね!」
「そうだよ、それはまりさのぼうしだからかえしてね!」
「ゆ?あれはまりさのぼうしだよ?ばかなの?」
透明ケースからも人間が持っている帽子が見え、
このまりさ達もこの帽子が自分のものだと主張を始める。
ケースの中に歯の折れたまりさをそっと置いてあげると、
人間はまたまりさ達に教えてあげるのだった。
「帽子は一つしかないよ、みんながこの帽子を自分の物だと言うなら、
この帽子の本当の持ち主以外は偽者のまりさなんじゃないかな?」
9匹のまりさ達にざわめきが起きる。この9匹は昨日のうちに餡子から再生し、
食事も与えずに透明ケースに放置したので、空腹やストレスを感じている。
これ以上人間が誘導しなくても、他のゆっくりを倒して本物にならなくてはいけないと
理解したようだ。9匹の視線は、自然と満身創痍で震える新参者に向けられた。
自分とそっくりなまりさ達がにやにやとこちらを見つめ、
じりじりと近寄ってくる。自分自身に殺されてしまう。
相手が自分と同じだと気付いていない自分に。
「ひゃめへまりひゃ、まりひゃはまりひゃびゃひょぉぉぉ──!」
訳)やめてまりさ、まりさはまりさだよぉぉ──!
おわり。
最終更新:2022年03月15日 00:42