「そろーり、そろーり。ぬきあし!さしあし!しのびあし!」
 昼の一番天が高い時間、つがいのまりさとれいむは間抜けな大声を出しながら畑の中を這っていた。
 とても真剣な表情をしている。明日には忘れてしまうのだろうが、一世一代の綱渡りのような気分なのだろう。
 主人は彼女達に背を向けたままだが、気付いてないという事はないはずだ。

 まりさとれいむの数歩分前には野菜が宝石の如く輝いている。二匹は涎を垂らした。
「ゆっ!れいむ!きづかれなかったよ!まりさのさくせんはかんぺきだよ!」
「まりさはいつもとってもゆっくりしてるよ!」
「ちいさなおこえでしゃべればあのばかじじいにもきづかれないんだよ!」
「まりさすご~い」
 残念ながら全て『ばかじじい』には丸聞こえである。

 まりさはこの時間、彼が手前の畑を振り向かない事を良く知っていた。
 だからこの時間に畑で野菜を貪る事は出来るはずだと踏んだのだ。

 ばかじじいがこっちをみなければまりさたちにはきづかないよ!
 で、む~しゃむ~しゃしてしあわせになるんだよ!

 という成功が完全に妄想の域を出ない作戦について、失敗の可能性を毛筋程も考慮しなかった。

 まりさとれいむは輝く目で野菜に噛り付こうと駆け足になる。
「「ゆっくりいただくよ!!」」
「はーい、アウトー」
 しかし彼女達は目の前の野菜にたどり着く事はできなかった。
 青年の手に阻まれたのだ。それはニ匹が認識するところの『ばかじじい』である。
 二匹は予想だにしなかったその事実に驚愕の表情を浮かべた。
「ゆゆっ!?どっ、どうして!?さっきまであそこにいたのにどうしてここにいるのぉ!?」
 彼はやれやれ、またゆっくりか、という表情になる。
 因みにゆっくりにとっては遠くても人間の足で数歩の距離である。

「ゆっくりプレイス発言禁止という事で一つよろしく。それ言ったら容赦なく命奪いますんで」
 彼はこれまで痛い程ゆっくりに畑を荒らされてきたので、先手を打った。
 野良ゆっくりの事など解りたくもないのに解ってしまう。経験とは皮肉且つなんとドライなのだろうか。
 彼は家で品行方正なゆっくりを飼っている。
 彼女達を駆逐するのももしかしたら複雑な気持ちかもしれない。

 野良ゆっくりは彼の言ってる事が理解できないようで首をかしげた。
「ゆゆっ!?なにいってるのばかじじい!」
「ところでお前らここに何しにきたわけ?」
「このおやさいさんをたべにきたんだよ!これはさっきまりさがみつけたからまりさのものだよ!」
「そうだよ!このはたけのおやさいさんはぜんぶれいむのものだよ!あげないよ!」
 まりさとれいむはそう言いながらもの凄くキラッキラな目を彼に向けた。

 盗みに来ました!貴方のものだってわかってます!
 でもさきにまりさとれいむがみつけたからまりさとれいむのものだよね!
 私達は正しい事をしている、そんな目だ。

 完全な勘違いを犯している彼女達に彼は現実を突きつける事にした。

「これオレのだから」
「なにいってるの!?これはれいむたちのものだよ!ところでなんでれいむたちにきづいたの!?ゆっくりきかせてね!」
「あんなでかい声で喋ってたらゆっくりでもわかります~ぅ!そろーりそろーりなんてでかい声で言われたら気づくだろうが」
 その言葉にまりさは酷く驚いたようだった。れいむも揃って嘘でしょう?という顔になる。
「ゆゆうっ!?まりさたちはそろーり、そろーりなんていってないよ!」
「その上ぬきあし!さしあし!しのびあし!って言ってたし!」
「ゆゆっ!でもこのおやさいさんたちはまりさとれいむがさいしょにみつけたんだよ!ばかじじいはゆっくりしね!」
「まぁとりあえずここはオレの農場なんで、命を置いていってもらいます」
「ゆ゛ゆ゛ぅ゛!?ここはまりさのゆっくりぷれ゛っ!!」
「ゆっくりプレイス発言禁止!」
 まりさは最後まで言い切れずに彼のクワで力強く吹き飛ばされる。
 あんまりな速さにれいむは目を見開いて見つめるしかなかった。
 まりさは餡子を撒き散らしながら汚い花火にも似た放物線を描き、べしゃっと遠くの草むら辺りにおちて絶命である。

 物言わぬまりさの遺骸はそのまま崩れ、帽子が外れた。
「ばっ!ばりさぁ゛あ゛あ゛!!!?あ゛あ゛あ゛おぼうちがはずれでるぅうう!ゆっぐりでぎないぃいいい!」
 大量の涙を流すれいむ。ばりさとでいぶ、美しい愛の形である。れいむはぴょんぴょん飛んで哀しみを表現しているらしい。
「ゆぇえええん!ばりさー!」
「ごーみごみごみいなかのゴミ~♪」
「ゆべっ!?」
 続いて彼はれいむを蹴っ飛ばした。れいむは顔をくしゃくしゃにして涙を流す。
 それを見て彼は顔を歪めた。
「ああ、めっちゃいい表情っす!」
 彼がもの凄く気持ち良さそうな表情をしていると、れいむはむっくりと起き上がった。
 けれどめったやたらな苦悶を叫ぶので精一杯だ。
 そんなれいむに彼の影がそれこそそろーり、そろーりと近づいてきた。
「ゆ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛いだい!いだいよぉ゛お!おに゛い゛ざん゛がそ゛ろ゛−り゛じでぐる゛よぉ゛!!!ごわ゛いよ゛ぉ!」
「なんつーの?お前らはここにいると逆に狩られる存在になっちゃってるんだよね」
「いっでるごどがわ゛がんない゛よぉお゛お゛!!!」
「ぷっでぃーんたべちゃうどぉー♪」
 彼は悪ノリでれみりゃの真似をしてみた。
「ゆ゛ぇ゛え゛え゛え゛えええええ!!!!ばりさ!ばりさぁ゛あ゛!!!!!れ゛っ゛!れ゛み゛り゛ゃ゛がぎだぁ゛あ!!!!」
「いねーよアホ」
「ゆべっ!!!」
 彼はまた蹴っ飛ばした。今度は畑の縁の道へすっ飛ばす。
 まりさはクワを使ったので簡単に死んでしまったが、弾力なんかを考慮するとこれくらいで死なない事も彼にはわかっている。
 彼は道に上がるとれいむを形が変わる程度の力で踏みつけた。
 凶悪な顔で笑いながら彼はれいむに言葉を投げかける。
「はい、今回は何がいけなかったでしょうか」
「ゆっ……!?いだい……」
「なんでまりさちゃんは死んじゃったんでしょうか?じきにれいむちゃんも死んじゃいますが!」
「ばっ!ばりざぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「しっかりしていってね!」
 彼は話をするためにれいむを掴み上げた。すると恐怖に滲んだれいむの顔は晴れやかになっていくではないか。
「ゆ゛っ……!?おそら?おそらとんでるみたい!ゆっゆ~♪」
 高い所に浮くような感覚はゆっくりにとって至高の幸福でもある。
 ゆっくりが空に浮かぶ時といったら、大体死ぬか怪我をする。
 その防御反応のために脳内麻薬でも出してるんじゃなかろうか。
「ちゃんと聞いてね」
「たかいたかいよ~♪すご~い!」

 パン!
「ゆべぇっ!?」
「今平手で殴りました。ちょっと人の言う事聞いてくださいね」
「ゆっ、ゆゆゆっ!?たたかないでね!ゆっくりいうこときくからころさないでね!」
「えっ……?もっとその、まりさのかたきぃい!とかないの?」
「ゆえっ!?まりさ?なんのこと?」
「……記憶喪失?ホラ、あそこにいるじゃん」
 そう言って彼はまりさを指差す。れいむの顔が歪んでいった。
「ばり゛ざぁ゛あ゛あ゛!!!おぼうぢどれ゛でゆっぐり゛でぎな゛ぁ゛あ゛い゛!!!」
「覚えてんじゃねーか。まぁいいや、なんで今日お前、オレに捕まえられたと思う?」
「ゆっぐ……ゆっぐ……ば、ばりざがいげないんだよ!ばりざがおにいざんのはたげのおやざいどっぢゃえ!っていっだがら゛」
「あれれ?先に死んじゃった人のせいにするの?ここにいる時点でれいむも同じじゃね?」
「ばり゛ざはいっづも゛ぞう゛だよ゛!だがら゛れ゛い゛む゛はわ゛るぐないでじょ!?おうぢがえる゛ぅう゛!!!!!」

 パーン
「ゆべっ!!?あばきょ!?」
 れいむは顔を張られた後に地面に落下せしめられた。
 砂利を吐きながら無様な顔で彼を見上げるれいむ。しかしこれで助かると思ったのか、笑顔になる。
「ゆっ!?ゆゆっ!?おにいさんたすけてくれたんだね!ゆっくりしね!れいむはかえるよ!」
「かえしませ、ん!」
「ゆ゛ぶ゛ぇ゛あっ゛!?」
 れいむは彼に足で踏み抜かれてしまった。
 突然の衝撃に見開かれた目は前方に気持ちよく吹き飛び、柔らかな肌からは太い幹のような彼の足が生えていた。
 他の部分は餡子が集まってしまったせいで膨らんでしまっている。ドーナツのような状態だ。

「ゆ、べー!」
「おいおい、まだ生きてんのかよ」
「ゅ゛え゛え゛!れ゛い゛ぶは゛……ゆ゛っ!わ゛る゛ぐな゛い゛よ゛!」
「はいはい。さよなら」
 そう言うと、彼はもう片方の足で残った皮の決壊を早めた。
 べしゃっ、べしゃりと作業的な音を立ててれいむは踏み潰されていく。
「もっど……ゆっぐり……じだっがぁ゛え゛!!」
「じゃあ人間の畑なんかにくんなよ。くるんだったら誰も来ない時間に来りゃいいんだ。ああ!これじゃ足りねぇ!」
 彼の欲求不満は死んだれいむをしこたま踏み続けるように彼を動かし続けた。
 最後に残ったのは、始めが何だったのかわからないような餡子と皮の混ざり合った灰色の物体である。
 数日後、雨が降って痕跡は完全になくなり、彼の記憶からもこのまりさとれいむは消え去った。

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最終更新:2022年04月17日 00:59