「ゆっくりしていってね!」
そこには池に帽子を置いて水面に浮かんでいる
ゆっくりが居た。
これがゆっくりか、はじめて見た。帽子を使ってるからまりさと言われている種類のようだ。
「おはようさん、なにやらゆっくりしているね」
生き馬の目を抜くような昨今の現代社会、
その中でこの様な光景に出くわした俺は安らぎを感じずには居られなかった。
ゆっくりしていると言われて嬉しいのか、まりさはパァァ!笑顔を見せ、
帽子の上でゆふんゆふんと身を躍らせて喜んでいる。
「でも、じつはまりさはあまりゆっくりしてないの!
おにいさんはいそがしくなかったら、まりさをゆっくりたすけてね!」
笑顔はそのままにじわっと涙ぐむまりさ、
どうやら池をショートカットしようとして見事に失敗したようだった。
「暇じゃないけどゆっくり助けてあげるよ」
俺は素早くズボンを捲ると靴を脱いで池に入り、まりさと帽子を拾い上げた。
「ゆっ!ありがとう!おにいさん!ゆっくりしていってね!」
地味に死に直面していたまりさは、涙を流して喜んだ。
そんなまりさを地面に置き、車からタオルを取り出して体を拭いてやった。
ふやけていた肌は元のもちもちとした肌を取り戻し、
日光を反射してつやつやとしている。頬を撫でてやると嬉しそうに頬を赤らめた。
「ゆっくりしていってね!」
「悪いけど、これから仕事だからゆっくりできないんだ。ごめんな」
そういうと、まりさは悲しげな顔をし「ゆゆぅ・・・!」と小さく漏らした。
しかし、フルフルと顔を振るとまた笑顔に戻り
「おにいさん!おしごとがんばってね!まりさもこんなスィーがもらえるくらいにがんばるよ!」
と、ぽいん!と跳ねながら言った。すいー?まりさの視線の先には俺の車がある。
「車の事か?そうだな、これがあれば池に落ちる事もないかも、それじゃあな」
「ゆっくりいってらっしゃい!」
自分の足もタオルで拭いた後、互いに別れを告げその場を後にした。
早起きしてよかったな。まだ時間には余裕があるだろう。
俺は携帯を取り出し時間を確認し・・・あれ?
携帯が無い、というか鞄が無い!・・・そうだ。池に入るときに地面に置いたんだった。
戻るとなるとちょっと時間が不安になってきたぞ。
俺は素早くUターンすると、先程の池に戻ってき
パァン!
何かが破裂するような鈍い音。
あれ・・・?これは・・・もしかして・・・?
車を脇に寄せ外にでると、血痕・・・じゃなくて餡子痕が転々と・・・その先には
「やっちまった」
ゆん身事故である。
うつぶせになり左半身にくっきりとタイヤの跡がついてるまりさ、
目玉から、口から、あにゃるから餡子を垂れ流し、鬼のような形相を浮かべている。
「お゛っ!おでぃっ!ざん゛・・・ま゛りざばっ・・・!」
喋っている!もしかしたらまだ助かるかも知れない!これって動物病院でいいのか!?
「喋るな!まりさ!すぐに・・・「あれぇ?ゆっくりでねぇのぉ?」」
割って入ってきたでっぷりと肥えた戦国武将みたいな中年女性・・・大家さんである。
「大家さん!」
「春んなるとこれだもんなぁ!」
ためらい無く、まりさの無事な方の右半身を踏みつける大家さん、
そのまま担いだ籠に素早く潰れたゆっくりを放り込む。
「新社会人!こったらとこで遊んでねぇで仕事いけ!ウヘハッ!」
「は、はい・・・」
そういうと大家さんは次のゴミを求めのしのしと歩いていった。
すれ違いざまに籠からは「ゆ゛っ!ゆ゛っ!」とまりさのうめき声が聞こえた。
生き馬の目を抜くような昨今の現代社会とは言え、あまりにも世知辛い。
「帰りに花でも添えてやるか・・・ごめんな」
そう呟くと俺は車に乗り、事故現場を後にした。
しかし慣れない仕事に右往左往し、帰る頃には花の事はおろかまりさの事すら忘れてしまっていた。
おしまい
最終更新:2009年04月25日 01:19