記憶の歌
数え切れない程の卵を孵化させ、生まれたポケモンが望んだポケモンでなかったら逃がす、これの繰り返し。
そうして自分は一体どれ程のポケモンを逃がしたか。
今日も育て屋へ通い、卵を出来るだけ持って自転車を走らせる。
この辺りの道はもう走り慣れて飽きてしまった。
だからといって走るのを止める訳もないが。
…たまにはカンナギの方にも行ってみるか。
この考えは、ほんの、気紛れだった。この辺りの道に飽きてしまっていた自分の。
長い草を掻き分けて、抜けた先の道を歩く。此処等は霧が深くて視界が悪い。
けれど違う道ってのはいいかもな。
そう近くを流れる川を見ながら呑気に考えながら歩いていた時だ。
「っうわ!?」
急に何かが飛び出してきた為に、思わず足を止めた。
飛び出してきたものを見れば此処等ではあまり見ないポケモン。
…誰かが逃がしたポケモンか?全身が傷だらけで、殺気だっていた。
そのポケモンが此方に飛びかかってきたので、慌てて避けた時にバランスを崩して…転落、そして視界が真っ暗になった。
どれくらい経ったのか解らないが、ふと目を覚ました。
どうやら川に転落して、岸に流されたらしい。
起きようとしたが足に走る激痛で無理だった。
挫いたか…?見れば足は腫れていて、腕なども所々傷ができていた。
誰か気付いてくれないだろうかと思ったが、この深い霧のせいで誰も気づかないだろう。
この状態でどうやって帰ろうか…。
手持ちにはマグマッグと卵。これでは空を飛んで帰ることも出来ない。
此処でこのまま死ぬのか…ぼんやりとそんなことを考えながら、再び目を閉じた。
次に目を覚ました時に感じたのは暖かくふわふわとした感触。何故か酷く懐かしい感じがした。
そして耳に聞こえたのはソプラノの心地よい歌声。…この歌を俺は知っている。
確かこの歌は、
「…チ…ルタ…リス…。」呼んだ声は情けなく枯れていたが、
「ピーヨ、」と返事が返ってきた気がして、何だか安心した俺はまた目を閉じてしまった。
目を閉じた後も、心地よい歌声は頭の中に優しく響いていた。
「………。」
目を覚ますと、白い天井が見えた。
「あら、目が覚めたのね!良かったわ!」
声の主を見れば、ジョーイさんがいた。
「…あの、何で俺はポケモンセンターに…?」
…話に寄れば、俺はズイの町入口付近に倒れていたのを町の人に発見されたのだという。
そして此処に運ばれ、手当されたようだ。
「町の人が言ってたんですけどね、なんでもチルタリスと思われるポケモンがあなたの近くにいたって言うのよ。
でもこの近くにチルタリスは生息していたかしら…」
その町の人が見たのは間違いなくチルタリスだ。俺が逃がして傷つけた…。
「そうですか…」
俺はそう一言だけ返した。
ジョーイさんは「安静にしてて下さいね」と言うと部屋を出ていった。
…ポケモンを逃がすことはもうやめよう。
俺の前に飛び出してきた傷だらけのポケモンが忘れられない。
そして目を閉じると思い出すのは、チルタリスとの思い出と、チルタリスが俺を助けてくれた時に聞かせてくれた懐かしい歌声。
チルタリスとの
思い出を忘れて、何故俺はチルタリスを逃がしたんだろう。
傷つけるような言葉も言って…
もし、俺を助けてくれた場所へお前を迎えに行ったら、お前はお前を傷つけた俺の前に現れてくれるだろうか。
お前に会えたら、言いたいことはいろいろとあるけれど、
ありがとうと、ごめん、を最初に
伝えたい。
(終わり)
作 2代目スレ>>700-702
最終更新:2008年10月09日 23:07