相手を叩く
それが俺の仕事であり、戦闘におけるスタンスになっている。
こんな俺を認めてくれるのは、この世で主人ただ一人。主人さえ居てくれれば俺は幸せだった。
「・・・君も随分と大きくなったんだなぁ・・・」
そう言いながら、主人は俺の体を撫でてくれている。どんなに体が大きくなろうとも、この感覚だけは気持ちが良い。
「元気に体を動かせる君がうらやましいよ・・・」
そういう主人は車椅子に座り、優しい眼差しを送るその姿は弱々しく、まるで老人のようになよなよとしている。
初めて主人と出会った時、俺はやっと戦い方を覚えたエレキッドだった。
惚れた、と言えば違うかもしれないが、俺はこの主人が好きだ。人間として大好きだ。
何よりも暖かい。何よりも優しく、誰よりも俺の事を考えてくれている。
「フフ、さっきの戦いも楽しかったね。まだまだ僕も捨てたものじゃないな」
なに言ってんだ、主人。俺はアンタの命令だから動けるんだ。さあ、練習を始めよう。
「・・・そうだね。そろそろ始めようか」
…まるで会話が成り立っているかのようだろう?主人は俺の言葉を理解してくれているのさ。
言葉がわかるわけじゃない。俺の発音、言葉の強弱、目の動きから気持ちを理解してくれているのさ。
たまに違うけど・・・それでもほとんどの行動を読み取ってくれる。体が動かない分、洞察力が凄いみたい。
「さあ肩を貸してくれ。いちにの・・・さんっ」
俺は主人を支えながら、ゆっくりと立ち上がらせる。
主人の体は病気で動かなくなりつつあり、こうして定期的にリハビリをしなければ
二度と動かない体になってしまう。
逆を返すと、こうしていれば動くようになり、ちゃんと自分で立ち上がれるまでにもなるらしい。
「さあ、こっちの足からゆっくりといこう。いち、に、いち、に・・・」
俺は主人の歩幅に合わせてリハビリを開始した。
俺達の世界でいう『ジョーイさん』のように、体調が悪い時に直してくれる『イシャ』という人間がいる。
主人はそいつの言うことを聞いてリハビリをした。動かない体を精一杯動かして、苦いと言いながら変な薬も飲んでいた。
なのになぜ、主人はベッドから一歩も動かなくなってしまったんだ。俺の手伝い方が変だったのだろうか・・・。
「・・・君のせいじゃないんだ。だからそうしょんぼりしないでくれよ」
…薬を飲んでいる時以上に切なそうな顔をして。またリハビリをすればいいじゃないか。俺がいるじゃないか。いつでも付き合うって言ったじゃないか。
「ああ、わかってる・・・君は僕の唯一の友達なんだ。充分頼りにさせてもらってるよ・・・」
それでもやはり、いつものように優しい笑顔は見ることができなかった。
俺に何か出きることはないのか。また主人に外を見せてあげる事はできないのか。
…そうだ、俺が足になればいい。主人の足になればいいんだ。
「うわっ、ど、どうしたの?」
俺は主人をゆっくりと抱え上げ、肩の上に座らせる。主人はきょとんとした顔をした。
さあ主人、どこに行きたい。何を見たい。さあ、早く言ってくれ、主人。
「・・・フフ、
ありがとう。やっぱり君は僕の大切な友達・・・大切なパートナーだよ」
少し涙ぐんだ目を見せないように、遠くを見ながら俺を撫でてくれた。
白いその腕は、まるで主人の生命線のように細く、細く・・・。
君の大きなその手と力は、相手を傷つける為にあるんじゃないんだよ』
『じゃあ何の為にあるかって?・・・う~ん、力があるからこそ、相手を傷つけない事が大切なんだ』
『・・・結果的に傷つけてしまっても、相手を労わる心が必要だよ?・・・矛盾してるね、あはははは』
そう優しく教えてくれたな、主人。
聞こえているか。俺のこの声が。届いているか、俺のこの雷鳴が。
アンタは眠ったっきり、それっきりだ。もちろんソレが何を意味しているかも知っているさ。
アンタは旅立ったんだな。俺達とは違う、別の世界へ。
俺はこっちで
頑張るよ。弱い者の為に雷を拳に纏わせ、氷を纏わせ、地面を揺るがし、叩いて叩いて叩いて。
それがアンタの望んだ『俺』なんだもんな。頑張っていくさ。
『これが最後・・・『エレキブル』、強く生きて・・・僕の分まで強く・・・優しく・・・。』
最後の最後に名前を呼んでくれやがって。それがトレーナーとしての最後の命令なのか。そんな簡単なことが、俺への最後の命令なのか。
聞こえているか。俺のこの声が。届いているか、俺のこの想いが。
俺は今日も拳を握って戦うよ。
アンタを背中に乗せて来たこの場所で、夜空に広がる満天の星空と、一緒に見た真ん丸い満月に誓って。
最後まで笑顔だった主人。俺は主人を忘れない。優しく強くなるから、
いつまでも笑顔で見ててくれ。
いつかそっちで会えるまで・・・。
作 初代スレ>>783-785
最終更新:2007年10月20日 15:18