夜空一面の星々の下、光を受けるのは小山の小屋。
その小屋の壁にもたれながら、座り込むのは赤髪の少女。
そしてそれに向き合いながら、銃を取るのは黒髪の少女。
「震えてるぜ」
ひっ、と息を呑む小さな声が、天羽奏の耳に届いた。
まったく、なんてツラをしてやがると。
かちかちと揺れる銃口の先――恐らくは同年代であろう、黒髪の娘の姿を見据える。
気がついたらこんな所に集められ、悪趣味な殺し合いを強要され、この小山に飛ばされたかと思いきや、これだ。
どうしたものかと思いながら、悠長に身構えていたところに、この少女が現れたのである。
「そんなにもあたしが怖いなら、何でわざわざその銃を取った? 見るからにあんたは、そういうタマじゃないだろうが」
押し黙る娘に、奏が問う。
見るに堪えない顔だった。
ガンを飛ばされた黒髪の少女は、怯える手で銃を握っていた。
否、こちらが睨むまでもない。彼女は最初に会った時から、何かに身体を震わせながら、奏に銃を向けていた。
臆病を咎めるつもりはない。恐怖が悪意を鈍らせるなら、それはそれで構わないと思う。
問題はそんな臆病者が、何故殺し合いに乗る気になったかだ。
逃げ隠れすれば楽なものを、一体何がこの少女を、血みどろの戦いへと駆り立てたのかだ。
「だって……そんなの、仕方ないじゃないか……!」
動悸に声音を上ずらせながら。
かたかたと恐怖の音を響かせながら。
それでも少女はその手を離さず、黒金のピストルを構えて叫ぶ。
喉へと引っ込みそうな声を、なけなしの気合いで奮い立たせながら、搾り出すように言葉を紡ぐ。
「ここには律が、軽音部のみんなが……私の大切な友達がいるんだ……」
きっとそれは、この臆病な少女の、精一杯の勇気だったのだろう。
命を狙われるリスクを背負ってでも、守りたい仲間がいたのだろう。
恐らくこの黒髪の少女は、自分と違って、戦闘や殺し合いなどとは、無縁の存在だったのだと思う。
拙い銃の構えには、経験値というものが感じられない。
人より怖がりな娘が、己が保身を曲げてまで、勝ち目の薄い戦いに、敢えてその身を投じたのだ。
その結論に至るために、どれほどの覚悟を必要としたのか。
その結論へと導いた仲間が、どれほどかけがえのない存在だったのか。
「だからっ――!」
ぐ、と指に力がこもる。
叫びと共に、引き金が引かれる。
「――ざけんなッ!」
だが、だからとてその銃弾を、撃たせるわけにはいかないのだ。
少女がトリガーを引くより早く、奏の身体が動いていた。
一喝と共に右手が伸びる。
銃弾より素早い何物かが飛ぶ。
「いつっ!」
アンダースローで投げられたのは、近場に転がっていた石ころだ。
狙い過たず命中したのは、少女が銃を握る右手。
がんっ、と音を立てながら、ピストルがその手から弾かれる。
小さな悲鳴が上がった頃には、既に黒髪の少女の眼前には、天羽奏の姿はなく。
「っ、ぁあああ!」
背後に回った奏の右手が、少女の腕を捻り上げていた。
「そうやって大事な人を理由にして、誰かを傷つけて何になる?」
ぎりぎりとその手に力を込める。
落ちたピストルを拾わせぬよう、右手の1つで動きを封じる。
ロストテクノロジーの結晶――シンフォギアシステムを纏わずとも、奏は厳しい訓練を積んだ戦士だ。
所詮は駄々をこねる女子高生1人、鎧を纏うまでもない。
人外の魔物を狩るための槍は、彼女を黙らせるためには必要ない。
「その先に待ってるのは破滅だけだ。
大事な人は喜ばない、なんて当たり前のことだけじゃない……
自分を無理に抑え込んで、誰かを言い訳にしちまったら、自分も傷つくことになっちまう」
「! ……それでも……それでも、私はっ!」
それ以上の反論は上がらなかった。
がん、と後頭部を打つ衝撃が、少女の意識を奪ったのだ。
左手の手刀をほどきながら、くずおれる娘を奏が支える。
気絶した少女の身体を抱き止め、すぐそこの山小屋へと運んでいく。
ログハウスの玄関を開けた先で、最初に目をつけたのは色あせたソファだ。
見るからに安物臭い椅子だが、地面に寝かせるよりはましだろう。
歩み寄り、黒髪の娘を寝かせると、自身はすぐ傍の床に腰を下ろす。
あまりこういう手は使いたくないが、これ以上暴れるというのなら、身柄を拘束しなければならない。
何か使えるものはないものかと、がさごそとデイパックを漁る。
ややあって、見つけたのはガムテープだ。適当な長さにカットすると、両手両足に貼り付け枷とした。
「……見てらんないね」
はぁ、とため息をつきながら、うんざりとした口調で独りごちる。
その時の奏の表情には、苛烈な怒りの色はなかった。
眉をひそめるその様は、むしろ悲しみと呼ぶのが近い。
覚悟の強さは確かに認めた。しかし、この娘はその覚悟の、使い道を誤ってしまったのだ。
(どれだけの決意を固めても、いつかは必ず我に返る……)
その時彼女に待っているのは、とりかえしのつかないことをしてしまったと、後悔に打ちのめされる末路だ。
きっと誰かを殺した者は、いつか必ず報いを受ける。罪の意識は必ず芽生え、殺人者を苛むことになる。
その殺意が誰かのためのものであれば、更に痛みは倍加するだろう。
誰より大切にすべき者を、悪行の動機にして穢してしまえば、罪悪を感じるのは自明の理だ。
(分かってんだろうな、翼?)
己が相棒へと、問いかけた。
人類を襲う災害・ノイズを、シンフォギアの力で祓う戦士――防人の使命を受けた者は、奏1人だけではない。
風鳴翼という名前の、共に戦うパートナーがいるのだ。
同時に、彼女の存在そのものが、奏の不安の1つでもある。
(あんたが防人だって言うのなら……頼むから、妙な考えは起こさないでくれよ)
似ていたのだ。
思いつめ銃を構えた少女と、翼の姿がダブったのだ。
生真面目で少し気が弱くて、自分を慕っている翼には、その強さ以上の危うさがある。
人類を守るために鍛えた力が、それを殺すために振るわれるなどとは、絶対に想像すらもしたくない。
それでも、何かがきっかけになってしまえば、あるいは彼女はやるかもしれない。
この少女がそう決意したように、奏の脅威となる者を、進んで殺しに行くかもしれない。
脆さと重さを孕んだ想いは、翼を凶行に走らせる可能性を、僅かであっても含んでいる。
きっとこの少女の持つ危うさと、翼の危うさは同質のものだ。
(……何にせよ、早いとこ行動を起こさないといけないね)
であれば、取るべき行動は決まっている。
一刻も早く彼女と合流し、己が意志を伝えることだ。
奏はこの殺し合いには、全く乗るつもりがない。
どころか、この会場を脱出し、あのいけ好かない主催者共を、叩き潰すつもりでいる。
復讐のみのために戦っていた、かつての自分とは違うのだ。
人々の命を守るために、この身とこの槍はここにあるのだ。
それを翼へと伝え、共に主催者に抗うこと――それが現状の急務と言えた。
そのためには、黒髪の少女が起きるのを待って、彼女を説得しなければならない。
迅速に移動するためには、拘束を解かなければならないのだ。
そのためには、彼女が他の参加者にとって、無害な存在となる必要があった。
(といっても……その槍はここにはないんだけど)
そして彼女にはもう1つ、クリアしなければならない条件がある。
第3号聖遺物――ガングニールの回収だ。
厳密に言えば、先ほどの奏は、シンフォギアを纏わなかったのではない。
そもそも支給すらされていなかったがために、纏うことができなかったのである。
己が最も信頼する、神話の時代から受け継がれし武具は、主催者に没収されてしまったのだ。
自分の持てる力の全てを、最大限に発揮するには、あれを奪還しなければならない。
そしてそのポテンシャルの全てを、十全に機能させるためには、更に制御薬・LiNKERが必要になる。
ここ数日は、目前に控えたProject:Nのために、摂取を控えていたのだが、今はそう言ってもいられない。
この非常時を乗り切るためには、奏だけでなく、ガングニールも、万全なコンディションを維持しなければならないのだ。
(……あたしが本物の適合者だったら、んな面倒はいらなかったんだけどね)
苦笑を浮かべ、自嘲する。
本来ならばLiNKERの投与は、適合者にとって必須ではない。
これは奏の身体が、投薬なしの状態では、ガングニールに適合できなかったからに過ぎない。
要するに己の才能のなさが、そういった事態を招いたのだ。
「どこまで耐えられるかは分かんないけど……ま、やってやろうじゃないか」
LiNKERには危険な副作用がある。
その猛毒はこの身を蝕み、限界ギリギリまで痛めつけている。
本当なら今日の実験を最後に、引退することになっていた防人家業だ。
それでも、こんなことになってしまった以上は、そんなことは言っていられない。
この殺し合いを止め、皆を守る。
あの日撃槍を受け入れた身体は、そのためだけに存続してきた。
これが最期の戦場であると、天羽奏は確信し、拳を握って不敵に笑った。
【一日目・深夜】
【C-3/山小屋】
【天羽奏@戦姫絶唱シンフォギア】
【状態】健康
【装備】コルト・ガバメント(7/7)@現実
【所持品】基本支給品、ランダム支給品0~1、ガムテープ@現実
【思考・状況】
1.この殺し合いを止める
2.翼と合流する
3. ガングニールとLiNKERを探す
4.黒髪の少女(=澪)が起きるのを待ち、殺し合いに乗るのをやめるよう説得する
【備考】
※1話回想での、ライブ直前からの参戦です
◆
秋山澪という少女は、本来怖がりな性分である。
お化けや幽霊は大嫌いだし、グロテスクなものへの耐性もない。
軽音部に入部しながら、人前で演奏する度胸もない、ないない尽くしの臆病者だった。
そんな彼女を変えたのは、その軽音部の仲間達だ。
友達や後輩との交流が、彼女に少しずつ自信を与え、精神の成長を促していた。
完全に拭い去れたわけではないものの、その臆病な性格も、少しずつ沈静化へ向かっていった。
平沢唯、琴吹紬、中野梓。
そして何より幼馴染――田井中律の存在が、彼女を強く支えていたのだ。
しかし、かけがえのない日常は、為す術もなく崩された。
訳の分からない外人に拉致され、要求されたのは殺し合いだ。
自分を支えてくれた恩人たちは、一転して迫り来る死の恐怖に、命を狙われる立ち場になった。
彼女達を、死なせたくない。
大切な仲間に、恩返しがしたい。
何より、大切な親友を、この手で恐怖から守りたい。
そのためには、戦わなくちゃいけないんだ。
たとえどんなに怖くても、どんなに苦しい道だとしても、進まなくちゃいけないんだ。
自身も恐怖に晒されながら、その一方で澪の心に、強く湧き上がった想いだった。
それが怯える手足を動かし、震える指先に銃を取らせた。
そして、その決意が向かう先は――
【一日目・深夜】
【C-3/山小屋】
【秋山澪@けいおん!】
【状態】気絶、ガムテープによって両手・両足を拘束中、右手と後頭部に痛み
【装備】なし
【所持品】基本支給品、ランダム支給品0~1
【思考・状況】
1.律と軽音部の仲間を守る
2.そのためにはたとえ怖くても、敵を殺さなくちゃならない
【備考】
※高校3年生編からの参戦です。詳細な時期は、後続の書き手さんにお任せします
最終更新:2012年05月19日 06:30