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「殺し合い……?」

菊地真の呟きはしんとした闇に吸い込まれ、誰にも届かないまま消えていく。
突然過ぎる状況の変化に対して、真はただ困惑するしかない。
殺し合えと言われて――人が死んで――次に目覚めたとき、ここに来ていた。
いったいここはどこなんだろう。
意識の覚醒と共に、真は周囲の状況を知覚していく。
辺りは暗い。だが、闇に慣れた目を凝らしてみればどこか部屋の中にいるということは分かった。
そういえば今自分が横たわっているこれは、革張りのソファーだ。
手を動かせば、ガラス製のテーブルにぶつかった。
どこかの応接間のようだった。彼女が所属していた芸能事務所のそれを思い出させる作りだ。
しかし真はここがどこなのか、見覚えもなければ想像も出来ない。
まったくわけがわからなかった。
本当に、殺し合いをしなければいけないのか? あまりにも現実離れしすぎてやいないか?
いくら考えたところで正しい解答が導けるはずもない。
ただ確かにここにある現実といえば、首に嵌められた鉄の冷たさだけだ。

ぎしり、と扉の開いた音がする。同時に、ランタンの灯が室内を照らした。
はっと身構え、来室者に対応する。誰だ、と。
真の問いに対して、来室者は何も返事をしないままランタンを持ち上げた。
灯りの位置が高くなったことで、お互いの顔がはっきりと見える。
来室者の碧い瞳が、まっすぐに真を見据える。ここにきてようやく来室者は口を開いた。

「あら、あそこにいたのは女の子ばかりだと思ってたけど……男の子もいたのね」
「な……ボクは男じゃない! 女の子だよ!」

いきなりの不躾な言葉に、真は思わず言葉尻を上げて反論する。
そのボーイッシュな容姿から性別を間違えられることも稀によくある真だったが、何度間違えられてもこればかりは慣れることがない。
理想は女の子らしい女の子になることだというのに、どうしていつもみんなが真を褒めるときの形容詞は「格好良い」になるんだろうか。
真の乙女心を知ってか知らずか、来室者は大して悪びれた様子もなくごめんなさいと形ばかりの謝罪の言葉を口にする。

「まぁ、あなたの性別はともかくとして。私の名前は藩田思信。あなた、名前は?」
「菊地真……ちぇっ、なんだよ、ともかくとしてって。こっちは気にしてるっていうのに……」
「これはこれは失礼しました。で、早速本題に入りたいんだけど……あなた、この状況について、何か知ってる?」

聞きたいのはこっちのほうだ――真がそう答えたところ、思信も「やっぱりそうよね」とそれ以上追求しない。
三人寄れば文殊の知恵とは言うものの、一人が二人になったところで分からないものは分からないのだ。
だから分かる範囲で話を進めていく。互いの個人情報を、教えても問題がないレベルまで交換する。
何かしらの共通点が見つかるかもしれないと考えてのことだったが、二人の間に共通点など何もなかった。
二人が今まで通りの生活を続けていれば、まず交わることはなかったであろう。

「それじゃあ菊地さん――あなたは、この殺し合い、やれと言われて他の誰かを殺すつもりはあるかしら?」

藩田思信が問うのは、菊地真に殺意はあるのか、ということ。
二人の間に、にわかに緊張が走る。この問いの答え次第では――今ここで殺し合いが始まる可能性も、充分にあるのだ。

「ないよ。ボクが誰かを殺すなんてことは、ありえない。うん、断言してもいい」
「じゃあ――本当に最後の一人しか生き残れないんだとしたら、あなたはどうするの?」
「うーん、死ぬのはゴメンだけど……でも、誰かを殺すなんてもっとゴメンだね。
 最後まで諦めずに、みんなで生き残る方法を探す……ありきたりな答えだけど、これじゃだめかな?」

頭をかきながら、真は自分の考え――いや、信念をはっきりと思信へ告げる。
たとえ自らが死の危険に侵されようとも、他者の命を奪ってまで生き延びようとなど思わない。
正当防衛として反撃することはあっても、命を奪うほどの過剰防衛までするつもりはない。

「立派な心掛けね。でも、私もまったく同感だわ。殺し合いだなんてナンセンス――それより、ほら」

思信はずいと身を乗り出し、真との距離を縮める。もう少しで鼻先がぶつかりそうな距離。

「ちょっ――いったいなに――!?」

思信の右手が、真の方を頬を撫でた。
びりん、と電流が走ったような感覚に襲われる。ん、と小さく息を呑んだ真を見て、思信は微笑みを浮かべる。
私はね、殺し合いなんて馬鹿げたことをするよりも、こうやって可愛い女の子と触れ合うほうが好きなの。
耳元でささやかれた声は甘い。脳の髄に直接響いてくる。
鼻孔をくすぐる花の匂いは真がつけたこともない香水のもので、何もつけていない自分は、汗のニオイがするんじゃないかと内心慌てる。
頬を触っていた思信の右手がだんだんと下に動いて、輪郭をなぞるようにして顎まで、そして首筋を這う。
ただ触られているだけのはずなのに、今までに感じたことがない不思議な、そして恥ずかしい感覚が湧き上がってくる。
困惑する。今すぐに思信をはねのけたい衝動と、もっと触られていたいという欲求と、相反する二つの感情が真の中でないまぜになっていた。

「さっきは男の子と間違えてごめんなさい。あなたやっぱり――おんなのこ、だわ」

ささやいたその唇が、真の頬に優しく触れた。柔らかいそれが、小鳥が餌を食べるときのように優しくはんでくる。
ちろりと、濡れた舌が真のやわ肌を這う。本来であれば嫌悪を覚えるはずの他人の唾液が、今はそれほど嫌ではない。
だが藩田思信の愛撫をそのまま受け入れられるほどには、菊地真の理性は崩れてはいなかった。
「ん、やめて……」
抵抗の声を上げる。しかしそのか細い声が、逆に思信の嗜虐心を刺激した。
思信の手が、真の服の中へと伸びていく。しっとりと汗ばんだ真の背中を思信の細い指が走り、玉になった汗がぽとりとソファーの上に落ちる。
いつの間にか上着はたくし上げられ、真の貧相な胸部はあらわになっていた。下着まで外している思信の早業は、流石というべきか。
思信の口づけが、今度は鎖骨に。そして更に下に向かい、胸へ。なだらかな膨らみの頂点にあるそれを、口に含む。
舌先で転がされるごとに、それは固さを増していく。気を抜けば漏れそうになる嬌声を、真は必死にこらえた。

「我慢しなくてもいいわよ。よく褒められるの。私のくちびる、気持ちいいって」
「んっ……!」
「それでは……いただきます」

くちびるとくちびるが、重なった。柔らかく、吸い付いてくる。
――あれ? どうしてボク、出会ったばかりの人とこんなこと……
脳裏に浮かんだ疑問も、唇をこじ開け侵入してくる思信の舌使いにかき消される。
真の中すべてを味わい尽くすように、思信の舌は這い回る。舌に絡み、歯茎をねぶる。
もはや真に抵抗の意思はなくなっていた。思信にされるがままに、甘美な快楽に身を任せている。
長い長い口づけが終わり、ぷはぁ、と息を吐く。二人の交じり合った蜜が口元からつぅと伸び、糸を作っていた。
荒くなった呼吸を整えながら、真は呟く。

「いきなり、こんな……」
「愛に時間は関係ないの――なんて、白々しすぎるかしら。でも私、誰にでもこんなことするわけじゃないわ。
 気に入った女の子としか、愛は交わさない。誰にでも愛を切り売りするような安い女だなんて思われるのは心外よ」
「……嘘つき。だったら、わざわざボクを選ぶなんてことしないだろ。誰でもいいから、ボクでもいいんだ」

可愛い女の子は真の憧れだった。
ファンシーなフリルがいっぱいついた、純白の衣装に身を包むお姫様――そういうものが、真の理想だった。
だからこそ、自分はそれに似つかわしくない容姿をしていることも、自覚している。嫌というほどに知っている。
少女たちにとって都合のいい『理想の男の子』の代替品になることはあっても、女の子として真を求める人間は今までいなかった。
思信だって、真『だから』選んだのではなく。真『でも』問題なかったからこそ、このような情事に及んだのだろう。
菊地真はそれが汲めないほど機微に鈍した少女ではなかった。

「違うわ。言ったでしょう、安い女だと思われるのは心外だって。私は私自身が、低く見積もられるのが我慢ならないの。
 いつでも摘めるような路傍の草じゃない。私は自分を高嶺の花だと思っているから――だから、自分に見合うような女の子しか目に入らない。
 あなたは可愛いわよ。十分に、少女として。周りもあなたも、それに気付いていないようだけど――」

私だけは、あなたをわかってあげられる。女の子としてのあなたを、好きでいてあげる。思信がそう言ってくれた気がした。
ズルいよ、と真は口には出さず心の中で一人ごちる。
弱さを気付いてくれる人に甘えずにいるだなんて、そんなこと、弱さを抱えた人間が出来る筈がない。
思信の言葉に不意を打たれた真の心が、思信を求めていた。

「……そんなこと言われるのは、初めてだよ」
「なら、真の初めてを――いっぱいもらっちゃっても、いいかしら?」

聞いておきながら、返事は待てないとばかりに思信は真の身体に乗りかかる。
思信の愛が、真の全身を包んだ。

 ◇

「愛は、世界を救う――陳腐だけれど、良い言葉だと思わない?
 こうやって肌と肌を合わせているあいだは、私たちは幸せでいられるもの」

顔を上気させた真を後目に、思信は手早く服装を整え、自身に支給された殺し合いの道具とやらをデイパックから取り出していた。
右手に握られたそれを、真へと向ける。

「紅茶はお好き?」

思信の手に持っていたのは、殺し合いの場においては何の役にも立たないティーカップ。
とはいえただの量産品ではない。一組数十万円は下らない高級ティーセットが、思信への支給品だった。
ヘレンドにロイヤルコペンハーゲン、ウェッジウッドといった名だたる陶磁器ブランドの名器たちが一堂に会するそのテーブルの光景は、見るものが見れば泣いて喜びかねないほど。

「私もこの殺し合いに乗るつもりはないわ。こんな下卑た催しは、私なりのやり方で終わらせるつもりよ。
 まったく、私たちも安く見られたものよね――この程度の脅しで、乙女の矜持が曲げられると思っているのかしら。
 だとしたら、あの男はまったくもって私たちを馬鹿にしているわね。ね、そう思うでしょ、あなたも」

藩田思信は、にっこりと微笑んだ。


【一日目/深夜】
【E-2/学校】

【菊地真@THE IDOLM@STER】
【状態】心地よい疲労
【装備】なし
【所持品】ランダム支給品1~2
【思考・状況】
1.殺し合いに乗るつもりはない

【藩田思信@少女セクト】
【状態】健康
【装備】なし
【所持品】超高級ティーセット@けいおん、ランダム支給品0~1
【思考・状況】
1.殺し合いなんてぶっ潰す

【超高級ティーセット@けいおん】
琴吹紬が桜高軽音部々室に持ち込んでいたティーセット。
一般庶民には一生縁がないであろう高級品である。
スイーツは入っていないが、紅茶葉は付属している。


002:決意の矛先 投下順 004:歌を忘れた小鳥の歌
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最終更新:2012年05月24日 04:27