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 僅かに月光差すのみの深い闇の中、コンクリートを小刻みに叩く靴音だけが響く。
 それが自分の足音なのかすら判別できないほどに、山川美千子は動転していた。
 最も真に冷静ならば、彼女はこんなところを走ってなどいない。
 いずれ行き止まるは明白のこの螺旋階段を、息を切らせて駆け上がってなどいない。
 自分を殺そうとする人間に追われていながら逃げ場のない灯台に逃げ込み、
 隠れる場所がないのに絶望しながら上へとひた進む、そんな愚を侵すはずは――

 ない、とは言い切れない。それほどに、彼女は普通の少女だった。
 親戚で幼馴染の宮藤芳佳とは違う。
 彼女のようなウィッチ足りうるほどの魔法力を持って生まれなかった美千子は、
 ウィッチへの関心を持ちながらも、当事者である芳佳とは決定的に違う、
 どうしようもないぐらいに銃後の世界の住人だった。
 彼女にとってネウロイとの戦いなど記録映画の中の出来事に過ぎない。
 明確な悪意も、鮮明な殺意も、山川美千子が生まれて初めて向けられるもの。
 弾がかすめた頬の痛みも、早鐘と鳴る心臓の軋みも、初めて味わうもの。
 そして刻一刻と近づく死の実感が、絶望の予感が、初めて彼女を満たしていく。
 たとえ生命に関わる愚行でも、どうして彼女のことが責められようか。

 果たして灯台の最上部に辿り着いた彼女は、初めて自分の愚かしさに気がついた。
 身を隠すものすらろくにない、ただただ広いだけの空間。
 今置かれている状況は、まさに袋の鼠としか言いようがなかった。
 そして今自分が登ってきた階段からは、こつこつと響く足音が追跡者の接近を伝えていた。

「う、ううっ……ひっく……いや、死にたくないっ……」

 壁際まで追い詰められ、そこでへなへなと座り込んだ美千子は、もはや啜り泣くことしかできない。
 そうしている間にも、階段の足音は一音ごとに近付いているのが分かる。
 そして最後の段を登り終え、抵抗する気力すら失ってただ嗚咽するだけの美千子の前に、追跡者が姿を現した。

 差し込む月光が映し出すのは、ワインレッドのワンピースを纏った銀髪の少女の姿。
 二房に分かれた長髪が、吹き込む夜風を受けてゆるやかにたなびいている。
 年の頃はまだ十代後半に差し掛かったあたりだろうが、その固く結ばれた表情からは、
 この世の辛苦を舐め尽くしたような年に似合わぬ険しさがあった。
 一歩一歩美千子に向かって踏み出すその足取りに、余裕さはないが迷いもない。
 確固たる意志によって自分の体を動かしているのは明らかだった。
 その意志を体現する右腕が、まっすぐ美千子の方へと伸びる。
 その手に握られた拳銃の銃口が自分を狙うのを見て、美千子の口から声にならない悲鳴が漏れた。

「やっ、やめて、くだっ、殺さないで、お願いですっ……」

 続くのは命乞いの言葉。
 一度口に出してしまうと、もう止まらない。

「わっ、私、まだ十五で、ひっく、まだ全然生きてなくて、それでっ、ううっ」

 もはや取り留めのない願いでしかない。
 説得するだけの心の力を、彼女は既に保てていないのだから。

「それで、ぐすっ、死にたくな、私、死にたくないです、だから、お願い、見逃してくださいっ……」
「ダメだ」
「ひっ……」

 支離滅裂で、それ故に必死そのものの美千子の願いを、銀髪の少女は一言で切り捨てた。
 尻もちをついた状態のままの美千子の全身が、その言葉を聞いた瞬間弛緩する。
 同時に両腿の間から温かい液体が染み出し、みるみるうちに水たまりを作った。

(助けて……助けてよ、芳佳ちゃん……)

 傍にいない親友に呼びかけても、何の返事も返ってくるはずもなく。
 ただただ泣きじゃくるだけの美千子を銀髪の少女は幾つもの感情が入り混じったような顔で見下ろし、
 直後、その白く細い指で拳銃の引き金を引いた。

 乾いた炸裂音が深夜の灯台内に響く。

「あ…………」

 美千子は自分の喉に空いた穴から気泡混じりの血が漏れ出すのを呆然と見下ろし、

「芳佳、ちゃ、   」

 最後まで友達の名前を呼ぼうとして、それすらもはや叶わず、
 そのまま夜の外気で冷えきった床に崩れて動かなくなった。


   ▼  ▼  ▼


 目の前で血溜りに横たわった少女の骸を見下ろし、雪音クリスは立ち竦んでいた。
 たった今、自分自身の手で射殺した、たった今まで生きていたはずの、死体。
 最後の最後まで抵抗らしい抵抗も見せず、ただ友達と思しき名前を呼んで死んだ、
 ごくごく普通の、どこにでもいるような女の子。その抜け殻だ。

「――――」

 クリスの胸中に、これまでの経緯が去来する。
 完全聖遺物たるネフシュタンの鎧を脱ぎ捨て、切り札のイチイバルまで開放して、
 立花響(とアイツは名乗っていた)と視線を繰り広げたのが数時間前、のはずだ。
 その後夜の街を彷徨っていたはずが、何時の間にかあの教室のような場所にいて。
 告げられる現実。爆散する少女の姿。否応なしに巻き込まれた殺し合い。
 そのまま深夜の森の中で再び目覚めた時、彼女の頭は既に決まっていた。
 自分はこんなところで死ぬ訳にはいかない。
 だったら戦って戦って、生き残るしかないじゃないか。

(そうだ、あたしはまだ死ねないんだ……生きて、フィーネと世界を変えるんだ……!)

 自分に力と目的を与えてくれた女性の名を思い出し、クリスは決意した。
 首輪をはめられている以上、あの主催者への抵抗は無意味。
 脱出の手段が皆無かどうかは判断がつかないが、クリスは早々に切り捨てた。
 理由は、この会場で真っ先に確認し、そして激しく狼狽した事実。
 『主催者にイチイバルを奪われている』という、認めたくないこの事実。
 これがある限り、ただの脱出はもはや意味を為さない。
 ただ生還したとしても、肝心の聖遺物たるイチイバルを失いおめおめと戻れば、
 フィーネが自分を受け入れてくれるはずがないのは明白だ。
 自身の生還とイチイバルの奪還。それらを両立させなければ何の意味もない。
 そしてそれを為すために最も合理的なのは、表向き主催者に従い、
 会場の人間を皆殺しにして生還し、イチイバルを取り返すこと。
 狂った主催者共はその直後にでも始末すればいい。それまでの辛抱だ。
 だからこうして殺し合いに乗り、力なき少女を殺すのは正しい選択だ。

 そう、頭では、確かにそう分かっている。

 改めて、目の前の屍を見下ろす。
 死ぬまでの数分間に一生分の苦痛と絶望を味わったような顔。
 それを見ても、達成感など湧きはしない。湧くはずがない。
 雪音クリスの在り方が、そんな感情を許すはずがない。

「――あっけねえっ……!」

 それどころか、最初に口を突いて出たのは、憤怒に染まった言葉で。

「あっけねえ、あっけねえあっけねえあっけねえあっけねえ!
 抵抗もしやがらねえ、命乞いまでしやがる、そんな人間を殺すのが、
 こんなにあっけなくていいわけないだろうがぁぁぁっ!!!」

 続いて溢れ出した言葉はもはやほとんど慟哭だった。

「一方的に奪い取るのが、こんなに簡単でいいわけがねえ……
 一方的に奪われるのが、どれだけ辛くて、痛くて、苦しくて……っ!」

 堰を切った思いは濁流めいてただただ迸り、クリスは涙すら浮かべて叫んだ。
 南米で両親を失って以来、ひたすら奪われるだけの人生を歩んできた自分が、
 あろうことかあの腐った大人たちと同じように、力なき者から奪い取っている。
 そうしなければならないのは分かっている。認識している。理解している。
 だが、雪音クリスの魂が、その生命が、納得することだけを拒んでいた。

「運命ってヤローは、どこまであたしをあざ笑えば気が済むんだよ……!
 畜生、畜生畜生畜生畜生! …………畜生っ…………!!」

 争いを無くすべき自分が争いを撒き散らす、この矛盾。
 雪音クリスの存在と決定的に相容れない、このバトルロワイアル。
 しかしどれだけ心が軋もうと、もはや戦い抜く以外の選択肢は残されていないのだ。
 これまでもたった一人で生きてきた。これからも、きっと。
 それが分かっているからこそ、今は、今だけは。
 感情の奔流に任せて、雪音クリスは自分が殺した少女の傍らで涙を流した。


   ▼  ▼  ▼


(……大丈夫だ。もう、戦える。あたし一人で、やってみせる)

 どれぐらいの時間が過ぎたのか、自分でも分からない。
 しかし、クリスの心に一区切りを与えるには十分な時間だった。
 クリスは淡々と死んだ少女の支給品を自分のディパックへと移していく。
 どういう仕組みになっているのか、ディパックはどれほどの物を入れようとも
 一定以上は大きくも重くもならないようだった。
 外見は今まで通りだが実際は二人分の支給品の入ったディパックを担ごうとして、
 クリスはそのままの姿勢で僅かに逡巡した。
 視線の先にあるのはまたしても少女の死体である。

「ヨシカ……か……」

 誰にでもなく呟くと、意を決したようにしゃがみ込む。
 そして、絶望に見開いたままの目に手をやり、そっと閉じさせた。
 自分でもどうしてそんなことをしようと思ったのかは分からない。
 それは偽善めいた甘さかもしれないし、彼女の捨て切れない人間性かもしれなかった。

 灯台から外に出ても、相変わらず闇は深く、月光のみが周囲を照らしていた。
 中で長い長い時間が過ぎたように感じていたが、実際はそうではないようだ。
 クリスは片腕でディパックを担ぎ、もう一方の手に拳銃を握ったまま歩み出した。

(必ず、必ず帰るから……待っててくれよ、フィーネ……)

 彼女の名前を心のなかで呼ぶと、少しだけ胸のつかえが取れる気がする。
 今この瞬間も自分の胸は悲鳴を上げそうになっているのが分かる。
 それを塗り潰すだけの意志の強さを、彼女が与えてくれるような気がして。
 彼女が自分を認めてくれる限り、まだ戦える。まだ、折れないでいられる。
 そう、自分はフィーネ以外に、誰にも頼ってはならないのだから。

(そういや、あいつも……)

 クリスはここに飛ばされる直前の教室に、見覚えのある後ろ姿があったのを思い出す。
 戦っている真っ最中にまで、自分と分かり合いたいと言う底抜けのお人好しを。
 果たして彼女は、人殺しとなった今の自分にも、手を差し伸べようとするのだろうか。

(あたしはもう踏み出しちまった……あんたはどうするんだ、立花響……?)

 その問いに答えるものは誰も無く。
 雪音クリスはただ一人、夜の森へ踏み込んでいった。


【山川美千子@ストライクウィッチーズ 死亡】

【一日目/深夜】
【A-2/灯台付近】

【雪音クリス@戦姫絶唱シンフォギア】
【状態】健康、心理的葛藤
【装備】ベレッタM92(14/15)@現実
【所持品】ランダム支給品1~2、予備マガジン
【思考・状況】
1.脱出と聖遺物奪還のため、最短で優勝を狙う
2.他人は信用しない。自分一人の力で戦い抜く
3.無意識に響との再会を望んでいる?

※無抵抗の人間の殺害に、強い抵抗と嫌悪感を感じています。
※参戦時期は第七話・対響戦からフィーネに捨てられる前までの間です。
 原作で一切接触のない奏に加え、この時点では未来とも面識がありません。

※向かう方向は次の書き手さんに任せます。


【支給品紹介】
【ベレッタM92@現実】
 抜群の安定性と扱いやすさに定評のあるイタリア製の自動拳銃。
 原作バトルロワイアルでは三村信史の支給品として登場する。


003:少女(不)十分 投下順 005:今は逃げない、まだ泣きたくない
003:少女(不)十分 時系列順 005:今は逃げない、まだ泣きたくない
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最終更新:2012年05月24日 04:30