私の声を、私の想いを世界中の人たちに届けたい。
歌さえあればほかに何もいらない。歌こそが私の全てだったから――
ただ、がむしゃらに歌姫になることを目指し飛び込んだアイドルの世界。
華やかなイメージと裏腹にその道のりは辛く険しい。
長時間車にゆられ、寝不足でふらふらのまま地方へ営業周りにいったこともあった。
あまり乗り気ではない雑誌のグラビア撮影もあった。
なにかネタがあればすぐにスキャンダルに結びつけようとする記者の視線がたまらなく嫌だった。
いくつも壁に阻まれながらも私はくじけることなくひとつひとつ乗り越えることができた。
それもひとえにファンの声援と、二人三脚で苦難を乗り越えてきたプロデューサーのおかげだろう。
その努力が身を結びファンの人たちも駆け出しだったころと比べると大幅に増え、メディアへの露出の機会も多くなった。
これから私はさらに夢に向かって大きく羽ばたく時――
そのはずだった。
「どうして……なの……」
今、この身に起ころうとする出来事がタチの悪いドッキリTVだとどれほどよかっただろうか。
物陰からプラカードを掲げたTV局スタッフが現れて、プロデューサーが平謝りでやってくる。
そんな淡い期待はあの血煙とともに脆くも崩れ去った。
むせかえるような鉄の臭い、そして赤、赤、赤。あれがドッキリのはずがない。
「うぐっ……」
初めて見る死体。その鮮明な記憶が蘇り思わず吐き気が込み上げる。
フィクションのような現実。でもそれはリアルの出来事。
だけど中途半端に現実を受け入れようとした私は不幸だったのかもしれない。
――なぜなら私はヒトを殺すための物を持っていたから。
手の中にずっしりと感じる鉄の塊。
まぎれもなくこれは本物の銃だった。
撮影で使うモデルガンとは触った感触も重みも全然違う。
本気で私たちに殺し合いをさせる気なのだ。
この島に連れて来られた人間が何人いるのかわからない。
おそらくほとんどの人間は本気で殺し合いなんてするつもりなんてないだろう。
だけど私はそんな楽観的に考えることができなかった。
だって私は……
私は――夢をあきらめることができないのだから。
きっと765プロは私がいなくなったことで大騒ぎになっているだろう。
私がいないことを嗅ぎ付けたマスコミはセンショーショナルに事をおもしろおかしく騒ぎ立てるのだろう。
大好物のアイドルのスキャンダルだ。さぞかし良い数字が取れるに違いない。
生きて戻ったところで、今までのような活動ができないことも容易に想像がつく。
下手をすればアイドル生命も終わりになるかもしれない。
でも、生きてさえいればチャンスはひとかけらでも存在する。
ここで死んでしまえばこれまでの努力すらも水の泡と化してしまう。
たとえ世間の奇異の目を向けられようとも私は這い上がる。不死鳥のように這い上がってみせる……!
私には歌しかないのだから――
「ねえ春香……こんな時……あなたなら……ってわかりきってるよね」
同じ765プロでデビューした者は多くいるが彼女――天海春香は私にとって少々特別な存在だった。
クールと言えば聞こえがいいが仏頂面の私と違って、明るく笑顔が似合う女の子。
ちょっとドジでおっちょこちょいなところがあるけど、そのトップアイドルを目指すひたむきな姿勢は誰もが認めるものだった。
正反対なタイプの私と春香。私たちは自身にないものを埋め合わせるようにお互い切磋琢磨しあってきた。
ライバルにして大切な親友の春香。
彼女ならきっとこんな殺し合いなんてものに真っ向から立ち向かうだろう。
弱い私を引っぱたいてでも止めるに決まっている。
だけど、ここに春香はいない。
「……っ」
せめぎ合う心が軋む。
春香の顔を思い浮かべるたびに今なら間に合うと良心が必死に叫んでいる。
だから私は、歌を、口ずさんだ。
夢をあきらめないために。
良心を捨て去るために。
『蒼い鳥』を――
「そ、その歌……っ! そこにいるの、ちっ千早さんですか……っ!」
「高槻……さん」
夢を追い続けるための代償とはこうまで罪深いものなのか。
私が生まれて初めて人をこの手にかけようとする相手は、私を慕うアイドルの女の子――高槻やよいだった。
◇ ◇ ◇
「やっぱり千早さんです~っ! 私、わたし……うぐっ……ひぐっ……」
よっぽど怖かったのだろう高槻さんは私の胸に飛び込んでくる。
小さな身体を震わせてすすり泣く彼女。
私はなんと声をかけたらいい? わからない。心が痛い。
だから私は無言で彼女の頭をやさしく撫でた。
「あのっ……ごめんさい……私ったら突然……」
「いいのよ……高槻さん。こんなときだもの」
私は能面のように微笑みを貼り付けて言う。
一言、一言を紡ぎだすごとに心が黒く死んでゆくようだった。
「えへへっ、もう大丈夫ですっ。ちょっと怖くて心細くて、それで千早さんを見つけたら思わずっ」
やめて。
それ以上その笑顔を私に向けないで。
「うっうー、もう少しがまんして待っていたらきっとプロデューサーさんが助けにきてくれます!」
本当は怖くて怖くて泣き出してしまいたいのに彼女はせいいっぱいの笑顔で私を勇気づけようとしてくれる。
いつも彼女は明るく朗らかで765プロのみんなを元気にしてくれる太陽のような女の子。
これ以上……彼女の顔を見続けるのは耐えられない。
幕引きを。
私の心と彼女の命に幕を下ろそう――
後ろ手に握る拳銃。
それを突きつけてしまえばいいのに。
私の身体は金縛りに遭ったかのようにそうすることを拒んでいる。
動け動け動け!
私の夢はこの程度なの!?
私の歌は――!
「ち、はや……さん?」
私の手に握られた銃を見て、彼女は信じられないようなものを見た表情だった。
そう、これでいい。あとはこの引き金を引いてしまえば全てが始まる。
「うそ……ですよね? 冗談……ですよね?」
「ごめんなさい……私は、生きて帰らなければいけないの。私は歌が全てだから――!」
「そんなのっだめです! たとえ帰れてもそれじゃあだめ――あぐっ!」
狙いのおぼつかない私の銃は彼女の太股を撃ち抜いた。
地面に崩れ苦しむ彼女。どくどくと赤い血が太股からあふれ出る。
おそらく太い血管が傷ついてしまっただろう。適切な治療を施さなければ失血死は免れない。
「……ち、はやさん……」
苦痛で顔を涙でいっぱいにしても彼女は『助けて』とは一言も言わなかった。
こんな状況になっても私のことを心配しているようだった。
「おね、がい……です。こん、なことは……わた、しで最後にしてください……」
「無理よ……もう後には引けないわ。私は最後のひとりになって帰る。そのためには……!」
「それで……傷ついた千早さんを……私はみたく……ありま、せん……!」
彼女の優しさに今すぐ泣いて許しを請いそうになる心を殺し、私は冷酷な殺人者の仮面を被る。
だが彼女はそんな私を見透かすように、私を少しでも踏み留めさせるように、苦悶の表情を笑顔で押し殺す。
「私……っ、ちは、や……さんのこと恨み、ません……から……っ」
「やめてよ……何言ってるのよ……! 私はあなたを殺すのよ! 恨みなさいよ! 罵りなさいよ!」
「ほら……やっぱり、千早さんは、やさしいひと……」
彼女の青白い顔が力なく笑う。
流れ落ちる血液とともに彼女の生命力が燃え尽きようとしている。
これ以上彼女が苦しむ姿を見たくはなかった。少しでも彼女の苦痛を楽に。
私は彼女の眉間に銃口を向けた。
何かを掴むように差し伸ばされる彼女の右手。
私は引き金に力を込めようとする指を止める。
「さいごに……はいたっち……してほしい、です……」
「……ごめんなさい。私にはそんな資格はないわ」
「そう、ですか……うっうー……ざんねん、です……」
銃声が森に響き渡る。
高槻やよいの生命が燃え尽きる。
そして私の心も凍てつく氷河に閉ざされた。
もう、戻れない。
志を同じくする仲間をその手にかけた。
幸せの青い鳥は籠から飛び去ってもういない。
夢という名の呪いに囚われた私はもう堕ちるだけ。
翼をもがれた蒼い鳥はどこまでも堕ちてゆく。
そう、堕ちてゆく。
【高槻やよい@THE IDOLM@STER 死亡】
【一日目/深夜】
【B-5/森】
【如月千早@THE IDOLM@STER】
【状態】健康
【装備】SIG SAUER P220(7/9)@現実
【所持品】ランダム支給品1~2、予備マガジン
【思考・状況】
1.優勝して夢を叶える
最終更新:2012年06月04日 03:14